医学のあゆみ
Volume 212, Issue 10, 2005
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3月第1土曜特集【脳科学の先端的研究──遺伝子から高次機能まで】
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- ■神経の発生
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脳の領域化と神経分化のメカニズム
212巻10号(2005);View Description Hide Description神経系の発生はシート状の外胚葉組織である神経板の形成にはじまる.この神経板は比較的単純な構造をしているが,発生が進むにつれその構造は劇的な変化を遂げる.神経板は巻き上がり,神経管が形成される.神経管からは前脳胞,中脳胞,菱脳胞という3つの脳胞ができ,その後各脳胞はそれぞれ決められた領域へと変化していく.その過程において神経管のパターン形成および領域化,神経幹細胞の増殖,ニューロンとグリア細胞の分化といったさまざまな事象が独立かつ並行に生じ,複雑な脳が形成される. -
神経幹細胞
212巻10号(2005);View Description Hide Description神経幹細胞とは自己複製能と多分化能(中枢神経系における複数の種類の細胞を産生できる能力)を合わせもつ,未分化な神経系細胞と定義される.さらに,損傷後の組織修復能を有するという定義が加えられることもある13.).従来神経幹細胞は神経発達の終了とともに消滅すると考えられていたが,近年成体の中枢神経系においても神経幹細胞の存在が確認された.成体脳に存在する神経幹細胞の活性化により障害を受けた神経組織を修復し機能再生を促すという,いわゆる再生医療が注目されている.本稿では神経幹細胞に関する最新の知見とその臨床応用 -
神経細胞の極性と軸索形成
212巻10号(2005);View Description Hide Description神経細胞は脳内において複雑なネットワークを形成するが,その基本機能は,シグナルを受け取り,統合して他の細胞へ伝えることである.この機能の遂行には,神経細胞のもつ極性が重要な役割を果たす.神経細胞は1本の軸索と複数の樹状突起という形態的にも機能的にも異なる突起を有している.最近,異なる2種類の突起形成には細胞膜輸送や細胞骨格の再構築が重要であることがわかってきた.本稿では神経細胞の極性と軸索形成の関係について,CRMP−2の解析を中心として最近の知見を踏まえて概説したい. -
脳の発生と神経細胞の移動──ヒトの脳はどのようにしてつくられるのであろうか
212巻10号(2005);View Description Hide Description脳の形成は,神経上皮の生み出した神経細胞が放射方向へ移動して基底膜側に外套層を形成することによりはじまる.神経管はモザイクで,各領域がすべての種の神経細胞をつくるわけではなく,隣りあう領域から接線方向に移動して渡来する異なる種類の神経細胞を獲得し,各領域の神経回路を形成する.小さな脳であれば,神経上皮が供給する神経細胞のみで営むことができたかもしれないが,140億の神経細胞を擁するヒトの脳では,神経上皮が神経細胞のみならず分裂能をもった神経前駆細胞も生み出し,前駆細胞も移動して目的地で増殖し,神経細胞の供 -
脳における匂い地図形成の分子機構
212巻10号(2005);View Description Hide Descriptionわれわれヒトの脳の複雑な機能は,多様に特殊化した神経細胞が自らの特異性を踏まえてたがいに連絡しあい,無数の神経回路を形成することによって支えられている.神経発生の研究では,神経細胞の個性の獲得およびそれに基づく特異的な神経接続の機構解明が重要な課題となっている.嗅覚神経系は個々の嗅細胞が発現する嗅覚受容体の種類という“identity”と,それに依存して生じる軸索投射の嗅球における位置(糸球)が明瞭に定義できるという意味で優れたシステムを提供している.また,哺乳類の嗅細胞は常時再生し,再生の際に生じる嗅細 - ■神経の発達
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生後発達における小脳登上線維-Purkinje細胞シナプスの成熟
212巻10号(2005);View Description Hide Description生後発達初期の神経系には一時的に過剰なシナプスが存在するが,生後発達に伴ってこれらのうち機能的に必要なシナプスが強化され,不必要なものが弱化・除去されることにより,しだいに機能的な神経回路が形成される.中枢神経系では神経細胞への入出力関係が複雑なため,シナプスの生後発達を詳細に調べるのは困難であるが,小脳の登上線維−Purkinje細胞シナプスは中枢神経系においてそれが可能な数少ない実験系のひとつである.生直後の小脳Purkinje細胞には複数の登上線維が結合し(multiple innervation) -
発達後期に生じるシナプス伝達物質のスイッチング
212巻10号(2005);View Description Hide Description発達後期に脳機能の基盤となる神経回路機能に再編成が観察される.ラット聴覚の中経路核である外側上オリーブ核への抑制性入力においては,発達に伴いGABA作動性主体から次第にグリシン作動性へと変化する.この伝達様式の変化は,伝達物質がGABAからGABA+グリシンのco−releaseの状態を経て,グリシンへと単一神経終末内で発達スイッチすることによって引き起こされることが,電気生理学的および免疫組織学的手法によって示唆された.余剰回路の除去に代表される回路連絡自体の変化や受容体の構造/機能変化に加えて,伝達物 -
発達期大脳皮質に存在するサイレントシナプスの活性化と脳由来神経栄養因子
212巻10号(2005);View Description Hide Description脳は神経細胞どうしがシナプスとよばれる特殊な構造を介してたがいにコミュニケーションを行うことによって機能しているが,シナプスの発達は遺伝因子と環境因子によって大きく左右される.また,その発達は単調でなく,臨界期とよばれる外的刺激に対して感受性の高い時期に格段の変化を遂げる.しかも,この時期に獲得された変化は生涯にわたり安定である.臨界期には,幼弱なシナプスが外からの刺激,すなわち神経の電気的活動により成熟したシナプスに変化すると考えられているが,その詳細は不明である.脳内に豊富に存在する脳由来神経栄養因子 -
小脳シナプス回路発達の分子機構
212巻10号(2005);View Description Hide Description小脳は整然とした細胞構成とシナプス回路を有しており,情報処理機構に関してもっともよく理解されている脳部位である.なかでもPurkinje細胞に対する平行線維と登上線維という2つの興奮性入力線維によるシナプス回路は,機能的にも形態学的にも詳細な研究が重ねられてきた.前世紀末に登場した遺伝子改変マウスを用いた研究は,このシナプス回路の形成と可塑性の基盤となる分子機構を明らかにした.本稿では,Purkinje細胞シナプス回路発達を制御するグルタミン酸受容体GluRδ2とCaチャネルα1Aの分子機能について,著者 - ■神経の疾患
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Alzheimer病のワクチン療法の開発
212巻10号(2005);View Description Hide DescriptionAlzheimer病に対し合成アミロイドベータ蛋白による免疫療法の治験が行われた.経皮的に注射するこのワクチンは副作用としての自己免疫性と思われる髄膜脳炎が起こったため開発が中止になった.しかし,ワクチン接種を受けほかの原因で死亡した患者の剖検脳は老人斑の消失を示唆した.また,ワクチン接種1年あるいは3年後の経過観察では老人斑に沈着するアミロイドに対する抗体が上昇した患者では認知機能の低下が有意に軽度であり,臨床的有用性も示唆された.著者らはアデノ随伴ウイルスベクターにAβcDNAを組み込み,経口接種する -
ゲノムスキャンによる日本人のAlzheimer病危険因子同定の試み
212巻10号(2005);View Description Hide Description2004年10月にヒトゲノムの全塩基配列が発表され,遺伝子の数が20,000〜25,000と推定された.この膨大な情報を基盤とするヒト生物学が新しい局面に入ったといえる.単一遺伝子の異常が原因である遺伝病のみならず,多くの病気はゲノム情報をベースとして環境要因が加わって発症すると考えられる.多因子疾患の解明に向けて,このゲノム情報は大きな武器となる.Alzheimer病を多因子疾患としてとらえ,日本人における遺伝的危険因子の探索の現状について著者らの研究を中心に述べる. -
Parkinson病の分子遺伝学の進歩
212巻10号(2005);View Description Hide Description家族性Parkinson病(PD)の病因遺伝子が続々と同定されている.優性遺伝性PD(park1,4)において孤発性PDでも蓄積するα−synucleinが見出され,若年性劣性遺伝性パーキンソニズム(AR−JP:park2)においてユビキチンリガーゼをコードするparkin遺伝子が同定されたことにより,蛋白質の凝集・蓄積および蛋白質分解系の障害とPDにおける細胞死が関連づけられた.また,AR−JPの他の病因遺伝子として抗酸化ストレス能の推定されるDJ−1(park7),ミトコンドリア移行シグナルをもつプロ -
筋萎縮性側索硬化症の研究の進歩
212巻10号(2005);View Description Hide DescriptionALSは神経変性疾患のなかでも難病中の難病のひとつである.しかし,近年の研究で病態メカニズムがさまざまな面で明らかにされ,治療への手がかりがひらけてきた.ALSの大多数を占める孤発性ALSの病因仮説として研究の積み重ねの結果,イオンチャネル型グルタミン酸受容体サブタイプのAMPA受容体を介した興奮性神経細胞死が有力視されてきた.著者らはALS脊髄運動ニューロンにはAMPA受容体のGluR2Q/R部位RNA編集異常が疾患特異的・細胞選択的に生じていることを明らかにした.この分子異常によりAMPA受容体のCa -
ポリグルタミン病治療の展望
212巻10号(2005);View Description Hide Descriptionポリグルタミン病は,CAG塩基配列の繰返しが異常に伸長するという遺伝子異常から引き起こされる難治性の遺伝性神経変性疾患の総称であり,現在までに9つの疾患が知られている.伸長したCAGから翻訳された伸長したポリグルタミン鎖が構造変化を起こして神経細胞に異常蓄積することにより,神経細胞死やミトコンドリア機能障害,転写障害,分解系異常などのさまざまな機能異常を引き起こすと考えられている.これまでに明らかになった病態に基づいて,さまざまな分子機構の各段階でポリグルタミン病の進展を阻止する試みがなされており,発症予 - ■高次機能
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報酬依存性動作制御と大脳基底核
212巻10号(2005);View Description Hide Description私たちが行う手,足,眼球や口の運動・動作は幅広く,またフレキシブルである.たとえば,自分に向かって飛んでくるボールに気づいたとたんに顔を背けたり身を伏せる動作や,身体のバランスを失って倒れそうなときに足を踏ん張って立ち直る動作はいうまでもなく反射である.一方,手足を交互に振って歩く歩行運動や物を食べるときの咀嚼運動は感覚刺激によって誘発されるリズム運動である.このような運動は身を守ったり食物を取り込んだりという目的をかなえるための運動ということができる.動物が高等になると反射やリズム運動に比べて物をもった -
ヒトの高次痛覚情報系──脳磁図を用いたヒトの痛覚認知のメカニズムの研究
212巻10号(2005);View Description Hide Descriptionヒトの脳内痛覚認知機構(高次痛覚情報系)について脳磁図(MEG)を用いたこれまでの研究を要約し,今後の問題点について考察した.Aδ線維刺激による方法(first pain関連)ではまず刺激対側半球の第一次体性感覚野(SI)の1野に小さな反応がみられ,ついで両側半球の第二次体性感覚野(SII)から島が活動し,その後両側半球の帯状回および扁桃体−海馬付近に反応がみられた.最近,皮膚の非常に小さな面積にAδ線維刺激時よりもやや弱い刺激を与えることによってC線維の選択的刺激(second pain関連)が可能とな -
辺縁系による行動制御──扁桃体,眼窩皮質,および前部帯状回の役割
212巻10号(2005);View Description Hide Description情動と行動発現には大脳辺縁系(扁桃体,前頭葉眼窩皮質,前部帯状回など)が重要な役割を果たしている.扁桃体では,1. 扁桃体外側核で条件刺激と無条件刺激(電気ショック)の連合学習が起こり,扁桃体中心核は外側核からその情報を受けて反射的なすばやい情動表出(すくみ反応,自律神経反応,内分泌反応など)に,2. 扁桃体基底外側核は同じ情報を外側核から受けるが,随意的・能動的な行動表出に関与することが示唆されている.一方,前部帯状回の尾側領域は自己の行動(行為)の結果生じた出来事の評価(行動のモニタリング)とそれに基 -
運動前野機能に関する最近の進歩
212巻10号(2005);View Description Hide Description霊長類の大脳には,一次運動野のほかに多数の高次運動野がある.そのひとつである運動前野は,かつては姿勢の調節や反射の制御に関与するとされてきた.しかし現在ではその機能の考え方が一新され,認知的な動作制御への関与が重視されている.具体的には動作の発現・構成・企画・準備など,動作実行以前の過程を制御する働きが重要である.運動前野には感覚情報,とくに視覚情報が豊富に入力されるので,感覚情報に依拠した動作の選択や制御が多様になされている.ここでは次の2点に焦点を絞って,運動前野の働きを説明する.第一の主題は視覚情報 -
海馬-皮質系の記憶情報表現──実験とモデル
212巻10号(2005);View Description Hide Description脳の記憶には事実や出来事に関する記憶(エピソード記憶)がある.保持できる時間に応じて短期記憶(海馬に存在する)と長期記憶(連合野に存在する)に分類されている.海馬−皮質聴覚野記憶システムにおいて,信号の相互作用および連合学習のひとつである古典的条件付けの実験を実施し,次のことを明らかにした. 1. 海馬刺激と音刺激のタイミングに依存した修飾が聴覚皮質ニューロンに生じる.この修飾は音応答のピーク時よりも20〜40 ms遅れて働き,海馬の刺激の弱いときは抑制性に,強いときは興奮性に働く. 2. 連合学習では条
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