医学のあゆみ

活性酸素とは一般にスーパーオキシド（O2−），過酸化水素（H2O2），ヒドロキシラジカルなどの酸素種を示す．活性酸素は元来好中球や貪食細胞などから大量に産生し殺菌作用を示すものと考えられていた．しかし，近年心血管系細胞から，さまざまな刺激（ストレス，細胞増殖因子およびG蛋白質結合型受容体アゴニスト）によって細胞内に少量産生され，シグナル伝達因子として働くことが明らかになってきた．酸化ストレスは活性酸素産生系とその消去系のバランスがくずれ，活性酸素が過剰に産生された状態を示す．酸化ストレスは血管内皮機能障害

ヒトミトコンドリアゲノムは約16 kbpの環状DNAで，電子伝達系における酸化的リン酸化による好気的ATP合成に必須である．ミトコンドリアは細胞内最大の生理的活性酸素発生源と考えられ，そのためミトコンドリアDNAは核よりも強い酸化障害を受けている．最近は心不全，癌，糖尿病などより一般的な疾患においてミトコンドリアゲノム異常との関連が認識されてきており，体細胞性のミトコンドリアゲノムの変異とその維持の重要性が明らかになってきた．障害，修復，複製などすべてを含めたミトコンドリアDNAの維持に，ミトコンドリアDNAの高次構造が決定的な役割を果たしており，ミトコンドリア転写因子A（mitochondrialtranscription factor A：TFAM）がそこで多機能な役割を果たしている．裸のプラスミドのような過去のヒトミトコンドリアDNA像は捨てなくてはならない．

活性酸素は生体内でつねに産生されている物質で，通常は細胞内シグナル伝達に中心的役割を演じているが，過剰に産生されると酸化ストレスとなり，細胞障害を引き起こす．この酸化ストレスの消去系にはグルタチオン，ビタミンC，Eなどの低分子抗酸化物質，アルブミン，トランスフェリンなどの結合蛋白質，そして酵素的に消去している抗酸化酵素などがある．本稿では抗酸化酵素のなかで主要なスーパーオキシドジスムターゼ（SOD）とグルタチオンペルオキシダーゼ（GPx）に焦点を絞り，その酵素的性質，機能，関連疾患に関して最新の知見を交えて述べる．

チオレドキシンは細胞内レドックス制御にかかわる還元酵素のひとつである．一方，ペルオキシレドキシンはチオレドキシンを電子供与体として利用し，過酸化水素の消去を行うチオレドキシン標的分子のひとつである．これらのレドックス制御因子は生体を酸化ストレスから保護するだけでなく，さまざまな生体応答を活性酸素の消去と特異的な標的分子との相互作用を介して制御している．また，これらは細胞外に分泌されることによっても抗酸化や抗炎症作用を発揮し，細胞の内外から生体の保護を行うユニークな因子である．さまざまな疾患における酸化ストレスの関与が明らかにされており，同時にこのような内因性の還元酵素群が酸化ストレス関連疾患に対して治療効果をもつことが示されつつある．

NOは3種類のアイソフォームからなるNO合成酵素（NOS）により産生される多機能分子である．NOはcGMP依存性に血管機能維持や細胞保護に働く一方で，スーパーオキシドと反応してパーオキシナイトライトとなると，直接的に強い細胞傷害性を示す．また，NOはさまざまな抗動脈硬化作用を有していてスーパーオキシドを消去する作用も報告されているが，NOSの基質であるL−アルギニンや補酵素であるテトラヒドロビオプテリンが不足するような特定の条件下（高脂血症，高血圧，糖尿病など）では，NOSはアンカップリングをきたしている．このアンカップリングしたNOSからはNO産生が低下してスーパーオキシド産生が過剰に増加するために，NOSが動脈硬化病変形成をかえって促進する場合があることが知られている．以上のように，NOは心血管疾患に対して有益と有害の二面性を示す．

白血球酸化ストレスは独立した危険因子か，危険因子の増加により白血球酸化ストレスは上昇するのか，その上昇した白血球酸化ストレスは治療による危険因子の是正により減少できるのかどうかについて概説する．著者らは白血球の酸化ストレスをflow cytometryを用いて好中球・単球を別々に測定し，循環器疾患の他の危険因子との関係を検討した．また，各種降圧薬の治療効果の評価に利用できるかどうか検討した．好中球の酸化ストレスおよび単球の酸化ストレスは，同じヒトの血液中を流れていながら異なった調節を受けていることが明らかになった．好中球の酸化ストレスは血圧およびヘモグロビンA1cによって影響を受け，単球の酸化ストレスは血管内の炎症を反映する．単球の酸化ストレスは高血圧性心肥大や不安による交感神経の活性化にも関係している．また，両者はそれぞれ独立した心血管病の危険因子であることも明らかになりつつある．

疾患の発症・進展に及ぼす酸化ストレスの影響を的確に評価するためには，“酸化ストレス”を実際に測定することがたいへん重要である．これまでに著者らをはじめ，いくつかのグループがヒト血漿酸化LDLの測定法を開発してきた．いずれの方法でも冠動脈疾患患者で血漿酸化LDL値の亢進が報告されており，病態との関連性が認められることはほぼ一致した見解である．近年，いくつかの前向き研究の結果が報告されている．酸化LDL高値の患者群ではその後の再狭窄率，あるいは心疾患イベント発症率が非常に高い傾向が示され，酸化LDL値が冠動脈疾患患者の予後を予測するパラメータとして有用であることを強く期待させる．近年では試薬がキット化されたこともあり，酸化LDLの臨床的な意義を真に評価するための土台が築かれつつある．

酸化ストレスは障害の進展・増悪に関与すると考えられている．酸化ストレスの本質であるフリーラジカル・活性酸素を評価することは，酸化ストレスのメカニズム解明に重要である．電子スピン共鳴（ESR）分光法はフリーラジカルを特異的に測定する手法である．本稿では生体試料にESR法を適応する際に繁用されるスピントラップ法およびスピンプローブ法の原理について概説した．さらに，生体内ラジカル生成の無侵襲測定法であるin vivo ESR／スピンプローブおよびその病態モデルへの応用例を示した．今後，画像化を行うことで，より詳細な解析が可能になると期待される．

酸化ストレスは心血管病発症に重要な役割を果たすが，その危険因子である高血圧の病態にも密接に関与している．たとえば，いくつかの高血圧モデルでは酸化ストレスの亢進を認め，酸化ストレス亢進状態が血圧上昇を来すことが指摘されている．逆に，抗酸化薬は高血圧を改善する．さらに，血圧上昇システムであるレニン−アンジオテンシン−アルドステロン系はROS産生を刺激し，血管拡張物質の一酸化窒素（NO）やアドレノメデュリンは酸化ストレスに拮抗的に作用する．近年になって末梢のみならず中枢においてもROSは交感神経系刺激作用を認め，これに基づく血圧上昇が高血圧モデル動物で指摘されている．また，ROSはメタボリックシンドロームの背景となっているインスリン抵抗性の亢進をもきたし，これもまた血圧上昇の一因となっていると考えられる．このように酸化ストレスは多様な機序に基づいて高血圧の発症・維持に関与していると思われる．

糖尿病罹患人口の増加に伴い，血管合併症を抱えた患者数も激増の一途をたどっている．糖尿病腎症や網膜症などの細小血管症や動脈硬化症をベースとした大血管症は，いずれも患者のquality of lifeと生命予後にかかわる重大な合併症である．近年，高血糖下ではさまざまな代謝経路を介して酸化ストレスの産生が亢進し，血管障害が引き起こされることが明らかとなってきた．高血糖による酸化ストレスの産生を抑えることで，糖尿病血管合併症の発症・進展・増悪を阻止できるかもしれない．

酸化と動脈硬化症の関係については，脂質蓄積や炎症仮説の面から考察されている．特に酸化LDLは多様な作用で動脈硬化症の開始に関与するとして研究が展開されている．単球・マクロファージ上の受容体を介した酸化LDLの取り込みのみならず，酸化LDLは単球・マクロファージの血管内皮下への遊走を刺激するとともに，マクロファージが泡沫細胞へと分化する過程においても重要な働きをするとされている．さらに酸化LDLは内皮細胞障害を引き起こし，それが粥状動脈硬化症の開始に関与しているとされている．酸化LDLの受容体に関しては，いくつかの候補分子が示されており，病態との因果関係が注目されている．酸化LDLと動脈硬化症の関係については動物モデルを用いた基礎研究が展開されている．一方，臨床的なエビデンスとして抗酸化ビタミンを用いた大規模臨床試験が実施されているが，その有効性については十分に立証されていない．

動脈硬化の発症・進展における酸化ストレスの役割を概説した．酸化ストレスを惹起する因子について，従来から血管壁におけるアンジオテンシンⅡや炎症性サイトカイン（TNF−α，IL−1βなど）が指摘されてきた．最近では，内臓脂肪組織においてNAD（P）Hオキシダーゼの活性化を介して活性酸素種（ROS）の産生が亢進していることが明らかにされ，Fat ROSの重要性が注目されている．また，ROSによる細胞内伝達経路の活性化のメカニズムの詳細も報告されている．NF−κBの活性化におけるNIK，MEKK−1の関与やPKCの活性化が重要である．また，KLF5はNF−κBとは独立した経路で血管平滑筋細胞の活性化や脂肪細胞分化を調節する因子であることが明らかにされている．こうした研究の発展から，動脈硬化の治療薬の開発に向けて抗酸化物質，転写因子活性阻害薬のアプローチが期待されている．

高齢化社会・食生活の欧米化が急速に進んだ日本において，虚血性心疾患の発症頻度は増加傾向にある．急性心筋梗塞発症早期の再灌流療法の普及により死亡率が低下し，予後が大きく改善しているものの，再灌流療法の施行によって，1心筋壊死，2心筋スタニング，3再灌流性不整脈，4 no−reflow現象の出現などの新しい病態が生じ，慢性期の心機能障害の原因となっている．再灌流障害は心臓のみならず，脳，腎，骨格筋，皮膚にも認められる普遍的な障害である．しかし，心臓は収縮・弛緩をたえず繰り返し，エネルギーを消費する臓器であるがゆえに，機序や治療法は他の臓器と異なり独特の部分も多い．再灌流障害は，Ca2＋過負荷，活性酸素・フリーラジカルの産生，血管内皮・好中球・血小板の活性化，交感神経活性化などが複雑に関連して生じることが明らかにされているが，日常診療において十分に克服されているとはいえない．治療に直結する，さらなる基礎および臨床研究の進展が必要と考えられる．

心不全は心収縮，拡張期障害および神経・体液性調節異常とからなる病態で，体液貯留，運動耐容能低下，寿命の短縮で特徴づけられる．心不全ではミトコンドリア由来の酸化ストレスが増加している．増加した酸化ストレスは，ミトコンドリアDNA（mtDNA）の障害からミトコンドリア機能障害へと導く．このことは，さらなる酸化ストレス増加という悪循環を引き起こす．ミトコンドリア酸化ストレスを舞台とした分子機構が，心不全や心筋リモデリングの形成・進展にかかわっている．一方，心不全患者の運動耐容能低下には骨格筋機能異常が重要である．心不全の骨格筋ミトコンドリアでも心筋と同様の現象が起こっていると考えられ，酸化ストレスの増加が骨格筋エネルギー代謝をはじめとする骨格筋機能異常に深くかかわっている可能性が示唆されている．

脳組織は体中の組織臓器のなかでもっとも酸化ストレス障害を被りやすい臓器であると同時に，障害の蓄積も起こりやすい．脳梗塞の病態においては一過性，持続虚血にかかわらずフリーラジカルが過剰に発生するために，内因性抗酸化物質（フリーラジカルスカベンジャー）が消費されてしまい，細胞障害を引き起こす．このように酸化ストレスは脳梗塞急性期病態においてきわめて重要な役割を演じているので，この制御は急性期治療において必須の重要課題であり，仙台カクテルやエダラボンは脳梗塞治療現場で広く使用されている．最近では抗高脂血症薬スタチンや降圧薬ARBの抗酸化作用が脳梗塞の予防・治療に有用であることが明らかにされ，注目されている．

運動は活性酸素を増加させる活動であり，身体組織に害を及ぼす可能性があるとの警告がある．運動時には酸素摂取量が安静時のおよそ10〜15倍に達し，乳酸は増加し，組織のpHは低下する．したがって，活性酸素の発生量も酸化ストレスも著しく高まると考えられる．しかし，疫学的にみた運動の“効能”は，動脈硬化の抑制，癌の予防や死亡率の低下など，酸化ストレスによる障害と反対の効果を示す．運動中に酸化ストレスが増加することは電子スピン共鳴法などで証明されているが，適切な運動の継続により種々の抗酸化機序が誘導され，抗動脈硬化的，あるいは抗老化的に働くことが示されている．一方，実験動物においては運動トレーニングにより最大寿命が延長することはなく，最大寿命はカロリー制限で延長される．このような矛盾や測定系の未確立など，運動と酸化ストレスの研究はいまだ初期の段階といえるであろう．

活性酸素種は白血球，血管壁細胞，心筋細胞などにおいて産生される．生理的レベルの細胞内活性酸素種は細胞内情報伝達を調節し，細胞機能制御に重要な役割を果たす．一方，過剰な活性酸素種の産生は細胞障害活性を有し，心血管障害の発症・進展に重要な役割を果たすことが多くの臨床・基礎研究により示されてきた．スタチンはコレステロール生合成経路の律速段階であるHMG−CoA還元酵素を阻害する高コレステロール血症治療薬であり，心血管保護作用を有することが明らかにされてきた．またスタチンは，コレステロール低下作用とは独立して細胞内シグナルに直接作用し，多彩な細胞機能を修飾することが示されている．スタチンはNAD（P）H oxidase活性を抑制することにより活性酸素種の産生を減少させ，カタラーゼを中心とする抗酸化酵素の産生を促進すると同時に，NOの生物学的活性を増加させることにより抗酸化作用を発揮し，活性酸素種による心血管組織障害の軽減に貢献すると考えられる．

交感神経刺激は直接的あるいは間接的に酸化ストレスを誘導し，心不全をはじめとする循環器疾患の病態をつかさどる重要な因子であることが認識されるようになった．その病態には炎症性サイトカインやアポトーシスなどが複雑に交絡していると思われる．β遮断薬は心筋梗塞や心不全に有用であることが多くの臨床試験によって明らかにされてきたが，そのなかでカルベジロールの有用性がとくにきわだつ結果となった．基礎的データの多くはカルベジロールが抗酸化作用を有することを支持しており，他のβ遮断薬を凌駕する臨床効果に酸化ストレス抑制作用が寄与することが推察される．実際の慢性心不全患者においてもカルベジロールに抗酸化作用は認められるが，他のβ遮断薬との差があるかについては結論をみない．

ミトコンドリアは，大量の酸素からエネルギーを産生する場であると同時に，その過程においてスーパーオキシドを産生する細胞内小器官である．Tfamは核でコードされる蛋白であるが，近年ミトコンドリアDNAの転写および複製だけではなく，その維持にも重要であることが明らかとなってきた．心不全モデル動物ではミトコンドリア由来の活性酸素が増加していることが示唆されているが，Tfamを過剰発現させることで，心筋リモデリングおよび心不全を抑制し，その予後が改善される．Tfamの制御機構を明らかにすることがレドックス制御を可能