医学のあゆみ
Volume 219, Issue 5, 2006
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11月第1土曜特集【性差医学 ──性差の背景を探る:遺伝子・ホルモン・環境】
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- 最新基礎研究動向──遺伝子・ホルモン・環境
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性差と遺伝子──性差を生み出している遺伝子発現制御
219巻5号(2006);View Description Hide Description遺伝子は生命の設計図であるが,男性と女性の設計図上の差は,男性におけるY染色体の存在のみである.このY染色体の違いが,雄性・雌性生殖器の形成,性腺ホルモンの分泌,ホルモンの対象臓器における遺伝子誘導のカスケードを通じて,性による遺伝子発現の差を生み出している.しかし,性腺以外の細胞もすべて性をもっており,性腺ホルモンの働きから独立した性染色体の違いに基づく遺伝子発現の違いも生じる可能性が近年示されてきた.またマウスの研究より,発現量に性差を認める遺伝子は生殖器以外の臓器にわたって,発現遺伝子の比較的高い割合を占め,臓器特異的な制御を受けていることが示唆されている.性差の背景となる遺伝子制御のさらなる解明によって,よりきめの細かい性差医療が実現できるようになると思われる. -
胎生期における性決定と性分化
219巻5号(2006);View Description Hide Description性決定とは,性のある生物で雌雄の区別がなされることである.哺乳動物では性決定遺伝子によって雌雄が区別されるが,種によっては実に多彩な性決定方式をとっている.有性生殖の目的は多様性を確保することである.性が決定されると,未分化であった生殖腺原基は精巣または卵巣へと分化して生殖腺による性が決定される.これを第一次性決定という.また,生殖腺以外の性形質が決まることを第二次性決定という.本稿ではその過程を概説する.哺乳類の性分化の過程を一見すると,雄が苦労して雌から変身し,なにもしなければ雌はそのまま雌になるように思われがちである.しかし,雌の性腺を発達させるpathwayは明らかに存在し,その一部には雄化を抑制する過程すら含まれる.その意味では雌への分化はひとつの独立した過程であって,雌は積極的に雌になる. -
ライフステージと女性ホルモン──女性のライフステージにおける性差の出現とエストロゲン
219巻5号(2006);View Description Hide Description女性ホルモンであるエストロゲンは胎児の神経内分泌の発育や性分化へ影響を及ぼし,さらに思春期の発来,成熟期で女性的な心理行動を発現させ,生殖生理に深く関係する子宮・乳腺などへ作用する.このほかに,エストロゲンは数多くの性器外作用(脂質・糖・骨代謝,肝・脳・血管の機能)を有する.女性は閉経(平均50歳)を迎える.近年,平均寿命もさらに延び続け,そのため卵巣機能(エストロゲン)が低下した状態で,女性はより長く生きる.そのためエストロゲン欠落リスク(骨粗鬆症の出現,泌尿生殖器の萎縮,心血管系の疾患)の予防が問題となる.エストロゲンはアンドロゲンとのバランスにより作用し,ライフステージで,思春期,成熟期(月経周期,妊娠・出産),更年期などで上昇と低下や欠乏を示す.エストロゲンのバランス不調による自己免疫疾患や,中枢への作用欠落による消退症状(うつ病など)が出現することがある. -
ライフステージと男性ホルモン
219巻5号(2006);View Description Hide Description男性のライフサイクルにおけるアンドロゲン(そのおもなものはテストステロン)は,その個々の時期によって大きく変化し,男性としての形態・機能や疾病と関連している.最近の話題から例をあげると,環境ホルモンによる生殖機能の修飾の問題,生活の質(QOL)の追求からのEDの問題,スポーツ選手におけるドーピングの問題,高齢化社会における男性更年期の問題,悪性新生物のなかのホルモン依存性癌である前立腺癌の増加など,テストステロンにかかわる問題は数多い.“男性を男性としている”テストステロンのライフステージにおける意義は非常に大きく,その研究は現在もなお精力的に行われている.最近の研究成果も交えてテストステロン研究の現状について述べる. -
脳の性:セックスとジェンダ──脳の構造と機能における二種類の性的二型性
219巻5号(2006);View Description Hide Descriptionヒトの脳は,個体維持・種族保存という基本的生命活動にかかわる古脳と,認知,記憶,思考をもとに創造的行動を行わせる新脳,という2つの脳に分けて考えるといろいろなことがわかりやすい.ここでは脳の性として,古脳には出生前にできるセックス,新脳には出生後にできるジェンダーという性があることを,その成立のメカニズムとともに解説する.古脳のセックスはヒトが手を入れることのできない生物学的なものであるが,新脳のジェンダーは生後の養育・教育によって組み込まれる人工的な産物である.著者がこの,“新脳にジェンダーが組み込まれる”とする仮説を提唱しているのは,ジェンダーがない新脳をつくっていくべきである,ということを主張するためでもある.そのためには,生直後から男女を同一の環境で育てることが必要なのである. -
薬物動態と薬力学における性差
219巻5号(2006);View Description Hide Description生殖機能を除き疾病の発生機序や病態には性差がないという前提のもと,性差を意識しない医療が近年展開されてきた.そのため,従来の臨床研究あるいは薬物療法において,男女差に関する情報はかならずしも多くなかった.しかし最近になり,ヒト本来の生理機能や加齢変化にも性差があり,同一疾患であっても男女ではその病態が異なることがしだいに明らかとなってきた.このようなことから,1990年代にgender−specificmedicineという新しい医療の概念がアメリカで生まれた.わが国においてもその概念が受け入れられ,徐々に一般化しつつある.ここでは薬物動態および薬力学的作用において性差が明らかとなっているいくつかの医薬品を例に薬物動態と薬力学の性差について述べる. - 疾患と性差──各科における最新エビデンス
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加齢と性差
219巻5号(2006);View Description Hide Description幼少時から高齢までどの年代においても,女性の平均余命は男性より長い.加齢/老化は,1生理的老化,2病的老化−老年症候群,3老年病,の3つの観点に区別してとらえられる.本稿では2 3を取り上げ,それぞれのうち,性差を認めるものを中心に概説する.2ではうつや骨粗鬆症,尿失禁などが該当し,3ではさまざまな動脈硬化性疾患とその危険因子,一部の悪性腫瘍などが該当する.たとえば,閉経後に女性の虚血性心血管病発症率が急増し,75歳以上ではかなり男性に近づく傾向にある.糖尿病合併時のリスクがとくに高く,男性に匹敵する.この原因としてエストロゲンと血管内皮機能の関与が示唆される.高齢者医療においても,性差を意識した診療はますます重要になってくると考える. -
感染症と性差
219巻5号(2006);View Description Hide Descriptionこれまで男女間の性差は解剖学的・内分泌学的な差異によると考えられてきた.しかし近年,チアゾリジン系誘導体のなかには,男女差により副作用や免疫細胞に与える影響が違うなど,細胞の機能的な性差が注目されている.さらに,男性と女性の間で種々の感染症に対する抗体産生量,抗体の種類,サイトカインの産生に違いがみられることなど,女性は男性に比べ獲得免疫系が強い可能性があることが明らかになってきている.ウイルス・細菌・寄生虫感染に対する性差を分子・細胞学的な観点から検討した. -
循環器疾患における性差
219巻5号(2006);View Description Hide Descriptionわが国において心疾患は男性,女性ともに死因の第2位を占め,現在もその死亡数・死亡率は上昇傾向にある.しかし,虚血性心疾患の発症は男性に比べて閉経前の女性では極端に少なく,閉経後に著しく増加するという特徴がある.こういったことから,近年,循環器疾患における性差が明らかになってきた.性差の機序はかならずしも解明されていないが,エストロゲンによる心血管保護作用などが関係すると考えられている.性差による循環器疾患の発症機序や病態の違いが明らかになることは,今後,男性,女性ともに有益な疾病の予防や新しい治療の開発につながるであろう. -
消化器疾患における性差
219巻5号(2006);View Description Hide Description各種の消化器疾患で頻度,成因,病態などに性差が認められる.食道癌,胃癌,大腸癌はいずれも男性に多い.過敏性大腸症候群は女性に多く月経周期と関連する.ウイルス性肝疾患では慢性肝炎,肝硬変,肝細胞癌いずれも男性に多いが,病態の進展とともに男性の比率が高くなる.自己免疫性肝炎や原発性胆汁性肝硬変は女性に圧倒的に多い.非アルコール性脂肪性肝疾患は30歳以上の男性では各年齢層で20〜30%であるが,女性では閉経前が10%,閉経後は急増し約20〜25%となる.アルコール性肝障害は女性が男性に比較し2/3の飲酒量で肝障害をきたす.胆 *結石保有率は女性に多く胆 *癌も女性に多いが,胆管癌は男性に多い.急性膵炎,慢性膵炎はともに男性に多く,成因の第一位は男性がアルコール,女性では特発性である.膵癌には性差がみられない.膵 *胞性腫瘍のうち漿液性 *胞腫瘍と粘液性 *胞腫瘍は女性に多く,膵管内乳頭粘液腫瘍は男性に多い. -
呼吸器疾患における性差
219巻5号(2006);View Description Hide Descriptionタバコの煙は直接肺に入るため,呼吸器疾患の発症に影響を与えうるということは容易に想像される.実際に肺癌,慢性閉塞性肺疾患(COPD)は喫煙関連疾患としてあげられる.性差の問題はまず喫煙習慣にみられる.さらに,喫煙した後,喫煙関連疾患に発展するかどうか(喫煙感受性)に性差が影響しているとは考えられるが,その機序は不明である.性に関係した遺伝的素因,性ホルモンの影響,性ホルモン以外の性差そのものの影響もあると考えられ,今後の検討課題である. -
内分泌・腎疾患における性差──レニンーアンジオテンシン系も含めて
219巻5号(2006);View Description Hide Description内分泌疾患の多くは,ホルモン産生過剰あるいは低下によってもたらされている.したがって,同じ疾患でも男性と女性で臨床症状が異なることはよく見受けられる.また,その発症頻度もそれぞれの疾患によって異なっている.内分泌疾患といわれるなかで明らかに性差が認められているものには,プロラクチン産生腫瘍,Cushing病,甲状腺機能亢進症,原発性アルドステロン症,Cushing症候群がある.腎臓病ではIgA腎症は男性に多く発症し,また男性のほうが腎障害の進行が早いことが認められている.これらの相違に深く関連している可能性があるのが,レニン−アンジオテンシン系と性ホルモン,とくにエストロゲンとの関係である.レニン−アンジオテンシン系の各コンポーネントおよびその作用はエストロゲンにより調節を受けている. -
免疫疾患における性差
219巻5号(2006);View Description Hide Description自己免疫疾患の有病率は圧倒的に女性に多く,そのメカニズムにはライフステージ,環境因子,ホルモン因子,遺伝因子が考えられる.近年,性ホルモンによる免疫系の修飾が自己免疫疾患の発症に関与するとの報告が多数あり,たとえば関節リウマチ(RA)患者の関節滑液中にエストロゲンが多く存在し,滑膜増殖を促進させる.また,SLEのモデルマウスであるBWF1ではエストロゲン投与により疾患活動性が亢進し,アンドロゲン投与により低下する.プロラクチンがB細胞の抗アポトーシス活性を促進し,自己反応性B細胞の負の選択を抑制するとの説もある.以上より,性ホルモンが自己免疫疾患の治療における新しいターゲットとなる可能性がある.男性RA患者へのアンドロゲン補充療法や,実験的自己免疫性脳炎(EAE)モデルマウスへのエストロゲンレセプターαリガンド投与が症状を改善するとの報告もあり,さらなる検討および臨床への応用が期待される. -
脳・神経疾患における性差──神経疾患,とくに脳卒中における性差医療
219巻5号(2006);View Description Hide Description神経疾患のなかで,脳卒中は男性に多く,Alzheimer病は女性に多いとされてきた.しかし脳卒中に関しては,その性差は縮まっているとも考えられる.一方,現在,多様になりつつある脳梗塞の治療に関しては,超急性期に血栓溶解薬として使用されるrt−PAや予防に使用されるアスピリンでは,その効果は女性のほうが高いとされる.女性には卵巣機能に伴ったライフサイクルの影響があり,またエストロゲンの増減や妊娠,経口避妊薬,ホルモン補充療法により,片頭痛,子癇,脳静脈閉塞症,てんかん,認知症などの管理,注意点も男性とは異なる.数々の研究により,各種疾患や治療に関して男女差が指摘されるようになっているものの,本質的な検査,治療に大きな差異はないとも考えるが,一般医の知識として役に立つものを中心に神経疾患の性差について述べた. -
メンタルヘルスにおける性差──精神障害の性差
219巻5号(2006);View Description Hide Descriptionメンタルヘルスにおける性差については,自閉性障害,注意欠陥多動性障害(ADHD),進行性言語障害などの小児・児童期に発症する神経発達障害に基づく疾患では女性より男性で約4倍も多い.逆に,思春期以降に発症する感情障害,身体表現性障害,摂食障害,心身症などのほとんどで女性が優位である.本稿では気分障害(大うつ病性障害,気分変調性障害,双極性障害),不安障害(パニック障害,特定の恐怖症,社会不安障害,強迫性障害,外傷性ストレス障害,全般性不安障害),適応障害,身体表現性障害(身体化障害,転換性障害,疼痛性障害,心気症),摂食障害(神経性食欲不振症,神経性過食症),性同一性障害,睡眠障害,心身症の性差について取り上げた.これらの疾患のなかでは社会不安障害,強迫性障害,性同一性障害,原発性過眠症を除き,男性に比べ女性で多く発症している.メンタルヘルスの性差においては身体的性差だけでなく,ストレッサーに対する認知・反応様式や生理学的ストレス反応の性差とも密接にかかわっている. -
女性の線維筋痛症と脊椎関節炎──広範囲疼痛診断の盲点を探る
219巻5号(2006);View Description Hide Description最近まで注目度が低かった広範囲疼痛を主症状とする2疾患を述べる.線維筋痛症は幼児虐待,性的虐待など各種の虐待,多数回手術,重度外傷,それらに関連したPTSD,あるいは関節リウマチ,脊椎関節炎など全身性炎症性疾患が発病の誘因となる.アメリカリウマチ学会の分類基準が診断に使われる.この基準は2項目からなる.ひとつは全身広範囲の疼痛の定義であり,2番目は規定の18カ所の圧痛点のうち11カ所以上に疼痛を感じると診断されるという内容である.脊椎関節炎は四肢,体幹の腱あるいは靱帯付着部の炎症を基盤とする多発性付着部炎の状態から広範囲の疼痛が出現する.中国の調査で有病率は0.26%といわれている.掌蹠膿疱症あるいは乾癬などがあると診断されやすいが,確定診断が遅れる症例がきわめて多い.HLA−B27陽性が有名であるが,日本人では陰性の発病が多い.理学所見で多発性付着部炎を評価することが大切である. -
歯科・口腔外科における性差──性差がある口腔疾患
219巻5号(2006);View Description Hide Description義歯を作製するときに,歯科医は歯牙の形態,色調などにおける男女の違いを念頭において人工歯を選択している.個人差を考慮しながら個々の患者の機能性を回復することは歯科医の得意とする分野である.更年期の歯科3大疾患である“口腔乾燥症”“歯周病”“顎関節症”は,女性ホルモンの影響を受けていると考えられている代表的な疾患である.しかし,歯科では性差医療についてほとんど認知されておらず,女性ホルモンが口腔内に及ぼす影響についてはいまだ不明な点が多いため,今後の解明が望まれる. - その他・最新トピックス
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癌における性差──臨床腫瘍学における性差の配慮
219巻5号(2006);View Description Hide Description癌死亡者総数では男性が多く,臓器別では男性の1位が肺癌,女性の1位が大腸癌である.肺癌の原因として重要な喫煙の習慣に性差のあることや,消化器癌の発生に関与する生活習慣・食習慣において,飲酒量は男性に多く,大腸癌の予防因子である野菜,果物,高繊維食の摂取に対して一般的に女性が積極的である.膵癌の発生には,最近アルコール代謝関連酵素の遺伝子変化と喫煙の相互作用が示唆され,飲酒と喫煙の両者が発癌に影響する食道癌が男性に多いのはその習慣の関与が大きい.このような疫学的性差以外に,最近の分子標的薬剤の効果に性差が関与することが判明している.肺癌治療薬のゲフィチニブは,1日本人,2女性,3非喫煙者,4腺癌,5上皮増殖因子受容体遺伝子変異という5つの要素を満たす症例で奏効する.また,癌化学療法の副作用や緩和ケアでの症状発現に性差があり,今後癌予防においても性差を考慮した対策が必要となろう. -
臨床検査にみられる性差とエイジング
219巻5号(2006);View Description Hide Description日本では臨床検査や健診で用いられている検査項目の診断において,一部の項目を除いて性差や年齢依存が考慮されていない.男性も女性も,20歳の人も80歳の人も,同じ基準で診断されている.しかし,アメリカの診療ガイドラインでは性と年齢を考慮して治療や生活習慣改善の開始基準が決められており,日本でも運動能力などでは男女別かつ年齢別になっている.日本人約70万人の健診結果を用いて正常群を抽出し,24項目の基準範囲を設定した.その結果,ほとんどの項目で性差と年齢依存がみられた.従来の基準で診断すると,若い人と女性の早期異常を見逃し,高齢者にむだな医療を行っていることが示唆された.また,これらの結果は,欧米の診療ガイドラインや臨床学会で使われている基準とよく一致したが,日本の臨床学会が公表している診断基準とはかならずしも一致しなかった.これは,日本の診療ガイドラインが最新のエビデンスに基づいていないことが原因と推定された.
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