医学のあゆみ
Volume 220, Issue 4, 2007
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あゆみ 眠りの科学──動物モデルによる睡眠覚醒研究
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睡眠覚醒の液性調節
220巻4号(2007);View Description Hide Description睡眠の液性因子に関する研究はおよそ100年前に,断眠したイヌの脳や血液から“催眠性物質”あるいは“睡眠毒素”を抽出したことにはじまる.睡眠覚醒調節には脳ニューロン活動に基づく神経機構と睡眠物質に基づく液性機構があり,これら神経機構と液性機構の相互作用により脳の活動水準が制御されている.これまでに,数十種類の睡眠あるいは覚醒を調節する液性因子が報告されている.近年,摂食調節ペプチドが睡眠覚睡調節機構に関与することが明らかにされている.睡眠覚醒調節機構を明らかにするには,睡眠あるいは覚醒を何らかの様式で調節している物質の生理的役割を理解することが重要である. -
ラットの眠りをヒトの眠りに──メタンフェタミンを用いたヒト睡眠覚醒リズム制御研究
220巻4号(2007);View Description Hide Description生体のほとんどの生理機能は,内因性の自律発振機構である生物時計によって駆動されたサーカディアンリズムを示す.ヒトは時間隔離下で,しばしば睡眠覚醒リズムが長周期となり,メラトニンや直腸温リズムから解離する“内的脱同調”を生じることから,周期の異なる2つの時計機構の存在が知られていた.しかし,実験動物は内的脱同調を示さないため,ヒト睡眠覚醒リズム研究が困難であった.著者らは,ラットやマウスがメタンフェタミン慢性投与でヒトの非24時間睡眠覚醒症候群と類似した行動リズム変化を示し,その際,睡眠覚醒リズムとメラトニンリズムが内的脱同調することを見出した.メタンフェタミン依存性リズムは視交叉上核非依存性であり,ヒト睡眠覚醒リズム障害の有用なモデル動物である. -
オレキシン神経系──内外の環境に応じて適切な睡眠・覚醒ステージを保つ機構
220巻4号(2007);View Description Hide Description睡眠障害“ナルコレプシー”と新規神経ペプチド“オレキシン”の深い関係が明らかになり,オレキシンは覚醒・睡眠制御に関して重要な役割を担っていると考えられている.ナルコレプシーは,正常な睡眠・覚醒のパターンを維持できず,睡眠・覚醒の各ステージが頻回に移り変わることを特徴とする神経疾患である.この疾患にオレキシンの欠損が関与していることは,オレキシンが正常な睡眠・覚醒パターンの維持・制御,とくに各ステージの安定性や維持に重要な役割をしていることを意味する.最近,オレキシン産生神経の入出力系が解明され,情動やエネルギー恒常性,摂食行動の制御系,覚醒制御システムとの相互の関係が明らかになってきた.オレキシン神経は,エネルギー恒常性を維持する系や,情動の制御系,報酬系などさまざまなシステムからの情報を受け,睡眠・覚醒状態を適切に保っている. -
オレキシンによる筋緊張の調節
220巻4号(2007);View Description Hide Descriptionナルコレプシーはオレキシンニューロンやオレキシンレセプターの欠損によって起こることが知られており,オレキシンによる睡眠・覚醒調節機構については多くの知見が得られている.しかし,ナルコレプシーの主症状のひとつである情動脱力発作カタプレキシーのメカニズムに関しては不明の点が多い.本研究では中脳のレベルで前脳を離断したネコを用い,オレキシンによる筋緊張の調節機構について調べた.筋弛緩は脳幹脚橋被蓋核:PPNのアセチルコリンニューロンによって調節されている.一方,中脳には歩行を誘発する領域中脳歩行誘発野:MLRが存在する.オレキシンは,正常個体では黒質網様部やPPNのGABA作動性ニューロンによる抑制系を介して,PPNの活動を抑制し,筋弛緩の発現を抑制している.また,MLRの活動性を持続的に維持することにより歩行運動を可能にする.ナルコレプシーの個体ではオレキシンによるGABA作動性抑制が機能しないため,情動性刺激によってPPNが賦活され,筋弛緩,カタプレキシーが起こる. -
睡眠呼吸障害の動物モデル──睡眠時無呼吸症候群の病態解明をめざして
220巻4号(2007);View Description Hide Description睡眠時無呼吸症候群sleep apnea syndrome:SASの動物モデルとしては,おもにマウス・ラットに対し一定の時間間隔で低酸素ガスを投与する,間欠的低酸素モデルで研究されている.このモデルにより現在,脳の活性酸素ストレス応答,神経細胞死や神経新生,記憶学習障害が起こること,また心臓・血管系の障害高血圧,心臓重量の変化,呼吸応答の変化などが起こり,またレプチン欠損による肥満を伴うことで,インスリン抵抗性を悪化させることなどがわかってきている.さらに,DNAマイクロアレイやノックアウトマウスを用いた研究により,これらの低酸素モデルにおける脳・心臓血管系組織の遺伝子変化についても解明されつつある.これらの研究により,SASの分子細胞レベルでの病態が明らかになってきているものの,この間欠的低酸素法は実際のSASとはかなり条件が違うため,今後はヒトのSASにより近いモデル動物の開発が必要であると思われる. -
睡眠-覚醒制御機構の生理学的モデル
220巻4号(2007);View Description Hide Description近年の脳神経科学研究の発展に伴って,覚醒・ノンレム睡眠・レム睡眠のサイクルを制御する神経機構の研究はめざましく発展してきた.睡眠−覚醒のサイクルは,1レム睡眠時にのみ活動するニューロン群,2覚醒時に活発に活動し,レム睡眠時に活動を停止するニューロン群,3ノンレム睡眠とレム睡眠時に活動するニューロン群,4覚醒・レム睡眠時に活動するニューロン群,という視床下部または脳幹に存在する4つの“睡眠調節ニューロン群”が,概日約24時間リズムをつくる“視交叉上核”や恒常性の維持にかかわる“睡眠物質”と相互作用した結果つくりだされることが明らかとなってきた.本稿では,この複雑な睡眠−覚醒機構の理解につながる“睡眠−覚醒制御機構の生理学的モデル”を紹介し,そのモデルを用いて睡眠障害のメカニズムを予測する. -
睡眠の新しいモデル生物:ショウジョウバエ
220巻4号(2007);View Description Hide Description睡眠は高等脊椎動物の脳機能と考えられてきたが,昆虫などの無脊椎動物にも睡眠類似行動がみられ,なかでも遺伝学的手法が強力なショウジョウバエが睡眠研究の新しいモデル生物として注目されている.著者らは睡眠が極端に減少したショウジョウバエの突然変異fumin不眠をみつけ,その原因が哺乳類でも覚醒制御に関与してコカインやアンフェタミンなどの覚醒物質の標的になるドパミントランスポーター遺伝子の変異であることを明らかにした.この結果は進化的距離の大きいショウジョウバエと哺乳類の間で,行動レベルだけではなく遺伝子レベルでも睡眠覚醒に相似性があることをはじめて示した.また最近,ショウジョウバエでもキノコ体とよばれる学習や記憶に重要な脳の領域が睡眠制御に関与することが報告されるなど,睡眠の意義や機能についてもショウジョウバエを用いてアプローチできる可能性も示唆され,今後の研究の発展が期待される.
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フォーラム
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連載
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- 臨床研究のあたらしい潮流─わが国発の臨床研究推進に向けて
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5.小病巣・高分化前立腺癌の治療方針に関する研究──すぐに切らなくてもよい前立腺癌を選別できるか?
220巻4号(2007);View Description Hide Description前立腺癌の生検方法はこの10年間で激変した.以前は直腸内指診で異常のある部位を中心に針生検が施行されたが,経直腸的超音波断層下に前立腺を描出し,系統的に6カ所以上の針生検を行う方式に改められた.その結果,前立腺特異抗原PSAの上昇以外に症状のない患者のなかから直腸内指診で異常がないような早期の前立腺癌が数多く発見されるようになった.これらのなかにはラテント癌に類似するような生命予後に影響を与えない癌も含まれている可能性がある.一方,前立腺癌の根治的治療法である手術や放射線療法に伴う有害事象は,少なからず患者のQOLに負の影響を与える.著者らは,PSAの上昇のみを契機に発見された“小病巣・高分化前立腺癌”患者に対して,当面治療を開始せずPSAによる経過観察を遂行しうる患者選択規準を設定し,その妥当性を解析中である.本稿ではこの臨床試験の背景やプロトコール作成における問題点,中間解析の結果などを紹介する.