医学のあゆみ

同種造血幹細胞移植後の急性移植片対宿主病（GVHD）は移植の成否を左右する合併症であり，したがって，その予防対策は重要である．現在，標準的に用いられているGVHD予防法はカルシニューリン阻害薬であるシクロスポリンと代謝拮抗薬であるメトトレキサートの併用であるが，タクロリムス，ミコフェノール酸モフェチルなどの薬剤との比較試験も行われている．体外でドナーT細胞を除去して移植する方法や，抗体を用いて体内でT細胞を除去することによってGVHDを予防する方法もHLA不適合移植などに適用されている．一方で，過度の免疫抑制は感染症や再発の増加を招くため，患者の病状，ドナーとの関係などを考慮して至適なGVHD予防法を選択することが望ましい．

急性GVHDの診断において移植後100日以内という定義は撤廃され，100日以内に発症する古典的急性GVHDと，それ以降に発症する非典型的急性GVHD（持続型，再燃型，遅発性）に分類される．初期治療はステロイドが第一選択で，速やかに有効性を判断し，無効であれば二次治療へと移行する．最近はその病態生理に基づいて新規薬剤が使用されるようになってきており，その成績についても概説する．

移植医療の多様化に起因するGVHD臨床像の変貌を受けて，慢性GVHDに関してあらたな診断基準，重症度分類が2006年，NIH consensus development projectにより提唱された．単独で診断可能な臨床徴候と，特徴的ではあるが，生検や検査所見を必要とする臨床徴候，およびその他の徴候を明確に区別して診断基準を作成し，急性GVHDの重症度分類と同様に各臓器別の障害程度に基づいて重症度を定義している．同プロジェクトは治療に関しても重症度を勘案した治療戦略を提唱し，ステロイド剤による全身療法の開始・中止基準の策定，臓器別の局所療法や支持療法の標準化を新しいエビデンスに基づいて構築する試みがなされている．診断と治療に関するあらたな指針の登場は医療現場にインパクトをもたらしたが，今後統一された評価基準を用いて検証することが求められている．

移植片対宿主病（GVHD）は小児患者に対する同種造血細胞移植においても，成人の場合と同様に移植の成否にかかわる重要な合併症である．急性GVHDの臨床症状としては発熱に続いて斑状丘疹が出現するが，ウイルス感染症，薬疹，生着症候群などとの鑑別が重要であり，安易に副腎皮質ステロイドを開始することによって過剰な免疫抑制状態を招かないように注意すべきである．慢性GVHDは膠原線維の沈着を特徴とし，全身性強皮症や関節拘縮，歯肉萎縮から歯牙形成不全などを合併して成長発達に著しく影響するほか，閉塞性細気管支炎は生命を脅かす重要な合併症である．Tacrolimusの開発によって，HLA一致同胞以外のドナーからの移植においても生存率の向上が得られているが，いったん重症化したGVHDの抑制はかならずしも容易ではなく，あらたな免疫抑制剤の開発と承認が待たれている．

造血幹細胞移植は一部の血液疾患に治癒を望みうる治療法として確立されてきた．造血幹細胞移植の適応があるにもかかわらず同胞にHLA適合ドナーが存在しない場合，骨髄バンクに登録して非血縁者ドナーを探すことが選択肢のひとつとなる．しかし，非血縁ドナー選択の際にも同胞ドナーの際と同様，HLAの適合度が重要なファクターとなる．わが国では厚生労働省の班研究などを通して日本骨髄移植財団（JMDP）を介して行った非血縁者間造血幹細胞移植におけるHLA−A，B，C，DR，DQ，DPlocusの臨床的重要性が明らかにされており13），その情報はHLA一部不適合ドナー選択に活用されている．最近明らかにされたkiller immunoglobulin−like recepto（r KIR）リガンドの適合度の臨床的重要性もこれらの研究の成果である3）．本稿ではわが国におけるこれまでのHLA適合度と非血縁者間造血幹細胞移植の成績を，急性GVHDの発症率を中心に紹介するとともに，最新の解析で明らかになりつつあるHLAの遺伝学的不適合の組合せと急性GVHDのリスクについても述べたい．

NK細胞は細胞表面上の自己HLAクラス抗原の発現量低下を監視することで，腫瘍細胞やウイルス感染細胞を識別・排除しており，その役割を担う主要なレセプターがkiller immunoglobulin−like recepto（r KIR）である．このNK細胞の認識（ミッシングセルフ機構）は自己と同一のリガンドクラス特異性をもたない同種細胞にも向けられ，アロ反応性を示す．このKIRとリガンド間の不適合によるNK細胞アロ反応性が造血幹細胞移植成績に影響することが報告されている．本稿では，急性GVHD発症へのKIR−リガンド適合性の関連について，国内非血縁者間骨髄移植症例の解析結果を中心に概説する．

移植後微小血管障害（TAM）は，造血細胞移植後の合併症として大きくとらえられるようになってきている．GVHDとTAMの標的臓器がオーバーラップするため，急性GVHDとTAMを臨床的に区別することは困難であり，その診断には病理学的診断が必要となる．しかし，診断が確定しTAMが完成されたときにはすでに治療が困難になる症例も数多く存在するため，治療に直結する臨床的な診断基準の確立が急務である．TAM治療の基本はシクロスポリンなどの免疫抑制剤の減量にあるが，ミスマッチ移植などの場合はGVHDの再燃に注意が必要である．ステロイド抵抗性急性GVHDのある部分はTAMの可能性もあり，新しい治療の方向性を示すものと考えられる．defibrotideやinfliximabに代表される抗体療法も効果をあげており，今後の新しい治療の開発に期待がもてる．

臍帯血移植（CBT）は，その独特な免疫学的寛容性によりHLA不適合移植も可能とし，成人領域でも急速に増加している．しかし，体重当りの移植細胞数が限られることから，生着不全や遅延が最大の問題点とされ，同時に免疫学的にnaiveなリンパ球が輸注されるため，移植後の感染症のリスクが高いとされている．また，CBT後血球生着前に発熱などの独特の免疫反応があることは以前から知られており，著者らは生着前6日以前にみられる非感染性発熱，末梢性浮腫，体重増加，皮疹，下痢，黄疸の症状をCBT後のpre−engraftmentimmune reaction（PIR）として報告した．平均移植後9日目に発症するが（day 9 fever），重篤な場合はびまん性肺障害，腎障害から多臓器不全と進展する症例もみられる．ステロイド剤に対する反応は良好で何らかの同種免疫反応に伴う高サイトカイン血症と考えているが，その本体は不明である．高熱による全身状態の悪化，臓器障害の出現，感染症の併発，急性GVHDへの移行など移植後早期の重篤な合併症につながる側面が強い．

医学部卒業後，母校の衛生学教室に入室し14年目．2006年8月からWomen’s Healthと英語を学習するため家族4人でメルボルンへ（経緯は前号の第0回を参照）．1年5カ月間の留学予定である．出会ったエピソードをエッセイと，ちょっと役立つ（？）情報編に分けて紹介していく予定．

医療情報のIT化が有効に働くには，医療情報システムの相互運用性がはかられなければならない．そのために標準化は必須である．確実に標準化を進めるには医療現場が必要とする業務の流れ（ワークフロー）を明確化し，それを共通のものとして確立する必要がある．IHE手法は共通のワークフローを構成する機能をアクタとしてモデル化し，アクタ間の通信を標準規格で定義し，規格適用のガイドラインとする．これにより，現場でそのまま動く規格のシステム実装が可能となった．さらに，接続試験会を開催する体制とし，各アクタを担当するベンダが実際に接続試験を行う環境を整えた．さまざまなモデルの開発を進め，EHR（electronic healthrecord）の基盤づくりをめざしている．わが国においてもIHE−Jとして活動が開始されており，各医療機関のIT化ソリューションやEHR構築の基盤として導入が期待されている．