医学のあゆみ

わが国における肺がん死亡数および罹患数は一貫して増加している．2006年の最新データより肺がん死亡率ではがん部位別のうち，男性第1位，女性第2位となっている．肺がん死亡数および罹患数の増加の背景には近年における人口高齢化がある．高齢化などの年齢分布の影響を除いた年齢調整死亡率は，男女とも1990年代後半より緩やかに減少に転じている．年齢調整罹患率は男性では1990年代半ばより緩やかに減少に転じているが，女性では1980年代半ばから横ばいとなり，1989年からふたたび増加傾向を示している．年齢階級別肺がん死亡率の傾向は各年齢階級で異なっているが，同じ出生年代の死亡率は一定の傾向を示しており，男性の出生年代別の肺がん死亡率の動向パターンは喫煙経験者割合のパターンとよく合致している．今後，よりいっそう禁煙を推進することが必要である．

わが国の肺癌患者数は増加の一途をたどっており，年間死亡者数は6万人を超えている．進行期の肺癌の予後はきわめて不良であり，予防が重要である．危険因子としては喫煙がもっとも重要であり，最近ではアスベストの職業的曝露が社会問題となっている．わが国における喫煙率は漸減傾向にあるが，たばこ消費量はいぜんとして多く，国家的な禁煙対策と医療機関による禁煙プログラムの提供が重要である．石綿肺癌については，ヘルシンキ・クライテリアに基づいて労災認定要件が定められているが，現状では悪性中皮腫に比べて石綿肺癌の認定率は低い．

肺癌は，癌抑制遺伝子の不活性化，癌遺伝子の活性化をはじめとする複数の分子経路の異常が蓄積して発生する．体系的な遺伝子発現情報解析による検討では，肺癌の組織型，病期，病変部位（原発巣，転移巣），抗癌剤感受性などに特有の遺伝子発現異常が明らかとなっている．癌細胞で特異的に活性化され，かつ癌遺伝子的機能を有する複数の癌抗原（oncoantigen）は，細胞増殖・不死化・接着・運動にかかわるシグナル伝達，細胞内物質輸送，染色体動態制御などの，癌細胞の生存に必須の機能を有しており，その分子経路の選択的遮断は癌細胞死を効果的に誘導することから，副作用のリスクの低い有望な治療標的分子である．また，これらの分子は癌の早期診断と病態診断に有用なバイオマーカーに応用可能である．体系的発現情報を統合して肺癌の分子病態を解明することは，新しい診断・治療法に基づいた癌の個別化（オーダーメイド）医療の臨床展開に貢献することが期待される．

幹細胞とは，多分化能と自己複製能をもつ細胞群の名称であり，さまざまな組織に存在することがわかってきた．一方，肺癌をはじめとする悪性腫瘍の多くは，さまざまな治療にもかかわらず再発をきたす．これは治療抵抗性の癌細胞の存在を示唆する．このようななか，癌細胞の一部に，治療抵抗性で悪性度の高い少数の細胞群があることが明らかとなり，幹細胞と性質が似ているため，癌幹細胞とよばれるようになった．肺癌においても肺癌幹細胞の存在が明らかとなっており，1つはヘキスト（Hoechst）33342染色抵抗性細胞群（sidepopulation），1つはCD133発現細胞群としてそれぞれ同定された．これらの細胞群はともに少数の細胞数でもSCIDマウスに腫瘍をつくり，抗癌剤に治療抵抗性であった．癌幹細胞をターゲットとする治療法が開発されれば癌治療の成績の向上が期待される．

肺癌は脳，肺，肝，副腎，骨などの多臓器に転移することが特徴である．転移は癌細胞の，1.原発巣での増殖，2.原発巣からの癌細胞の離脱と脈管（血管やリンパ管）への浸潤，3.脈管内での移動，4.転移臓器の血管内皮への接着，5.転移臓器への浸潤，6.転移臓器内での増殖，などの過程から構成されており，それぞれ数多くの癌細胞因子および宿主側因子によって制御されている．最近，転移の臓器特異性規定因子としてのケモカインや，血管新生制御因子としてのdelta-like 4／Notchシグナル系が注目され，転移治療における標的分子となる可能性がある．

肺がんはわが国のがん死亡の第1位を占める予後不良な疾患であり，発見時に根治可能な症例は半数を下まわる．肺がん死亡率を減少させるためには新しい肺がんの治療法の開発と同時に，発がんの適切な予防を行うことがきわめて重要である．多くの疫学研究により，肺がんは食道がんや口腔・頭頸部がんと並ぶ喫煙関連がんであることは明らかである．禁煙を10年続けることで，継続喫煙者に比較し肺がんリスクは約30〜50％低下し，以後非喫煙者のリスクとほぼ平行して推移する．実際に大規模な禁煙キャンペーンを行ったアメリカやイギリスでは，近年肺がん死亡者数の減少傾向を認めている．一方，喫煙者が禁煙を行っても，永遠に非喫煙者と同等までは肺がんリスクの軽減に至らないことから，何らかの治療介入が必要と考えられ，ビタミンや抗炎症剤などの化学予防薬が検討された．現時点で，科学的に証明された標準的化学予防薬は存在しないが，今後分子疫学解析の結果や分子標的薬剤の開発に伴い，新しい化学予防薬の開発・研究が進むと予想される．

現行の胸部写真による肺癌検診は，症例対照研究にて肺癌死亡率の減少効果が証明されている．早期肺癌の発見には，低線量CTなど方法論のあらたな導入とその妥当性の検証が必要である．対策型検診体制の整備と精度管理が急務である．

肺の前癌病変・非浸潤癌として，扁平上皮癌の扁平上皮異形成および上皮内癌，腺癌の異型腺腫様過形成（AAH）および細気管支肺胞上皮癌（BAC），また神経内分泌腫瘍ではびまん性特発性肺神経内分泌細胞過形成（DIPNECH）が，それぞれ定義されている．前癌病変・非浸潤癌は浸潤癌へと進展増悪することからそのように呼ばれるのであるが，少なくとも肺に関してはこれらの病変が，浸潤癌に移行するかどうかについては未だ結論が出ているとはいえない．なぜならば，これまではこれらの病変は偶然見つかる場合が多く，実際の自然史については

肺の大細胞神経内分泌がん（LCNEC）は，1999年にWHOの肺がん組織分類が改訂1）になり，大細胞がんの一亜型として加えられた．したがって，LCNECは非小細胞がんのひとつとして扱われている．しかし，悪性度は小細胞がん（SCLC）に類似し，SCLCと同様に男性，高齢者，喫煙者に多く認められる．LCNECは肺野末梢に発生することが多く，胸部X線撮影，CTの画像は充実性で，辺縁不整の所見を呈する．組織学的には類器官構造，柵状配列，ロゼット形成などの神経内分泌がんに特徴的な形態が認められる．免疫染色ではneuralcell adhesion molecule，chromogranin A，cynaptophysinの3つの染色を行い，いずれかが陽性ならばLCNECの組織診断が得られる．組織学的には小細胞がんとの鑑別がもっとも難しいが，LCNECのほうがSCLCよりも細胞質が多い，核が類円型で，核クロマチンは粗造，核小体がめだつものが多いなどの特徴がある．LCNECには非小細胞がんに分類すべきかを含め，まだ多くの議論が必要である．

近年進歩の著しい分子生物学，とくにゲノム科学によってもたらされた情報を今後どのように病理診断にいかしていくか，重要な課題となっている．1999年に改定されたWHO分類においては，細気管支肺胞上皮癌，混合型腺癌の扱いについて問題が残されており，分子情報を加えた新しい肺癌の組織分類の確立が望まれる．従来の組織構築による分類とは別個に，新しい細胞亜型分類も提唱されており，p53の遺伝子異常や肺のmastergeneであるTTF-1との関連性が示されている．EGFR，KRASなどの遺伝子異常，TTF-1など分子マーカーの発現，分子標的薬剤感受性などの情報は今後さらに増えていくことが予想されており，これら分子情報と関連付けられた組織分類を創造することが，今後の病理診断に求められる方向性である．

肺癌の診療において胸部単純X線とCTは重要な画像診断法であるが，近年，この両方で装置の進歩が進んでいる．胸部単純X線写真では微細な検出器を平面状に並べたフラットパネル型装置の出現によって，画質の向上に加え，撮影から表示までの高速化，X線被曝量の低減などの進歩をみた．また，X線CT装置ではマルチスライスCTの登場によって，さらには検出器の多列化が進むことによって，連続した広範囲の薄層CTを容易に得られるようになった．このことは，より精緻で広範囲の冠状断や矢状断での画像表示を可能にし，肺癌の診断においては，肺結節の診断，原発巣の進展範囲診断，リンパ節転移診断や他臓器転移診断にも，より高精度かつ効率的に応用されるようになった．

2002年4月よりわが国でも2-［18F］fluoro-2-deoxy-D-glucose（FDG）を用いたpositron emission tomography（PET）検査の保険診療が認められ，なかでも肺癌はFDG-PET適応疾患のうち最多を占めている．良悪性の鑑別診断，病期診断，治療効果判定や再発診断などFDG-PETの有用性が広く認知されるとともに，近年はPET／CT装置の出現でPET単独と比較し高い診断能を有するようになり，さらに放射線治療計画にも応用されはじめている．しかし，糖代謝を反映するFDGは悪性腫瘍のみならず炎症や一部の良性腫瘍にも集積すること，組織型による集積程度の違い，さらに装置，撮影法，画像再構成法など施設間の差やこれらが半定量値に与える影響など解決すべき問題も多い．臨床医はその有用性とともに現時点での限界を十分理解したうえで，肺癌診療においてPETを有効に活用する必要がある．また，現在FDGに続くあらたな腫瘍PET薬剤の開発・研究が行われている．

小型の肺野病変に対する経気管支生検の成績は満足するものでなく，施行されることが少なくなり，CTによる経過観察または開胸生検・胸腔鏡下生検（VATS）を選択することが多くなった．しかし，開胸生検やVATSによる生検の結果，結核などの良性病変であったなどの例も多く，これらのケースでは結果的には全身麻酔下での手術は不要であったと考えられる．最近，CTガイド下経気管支生検や経気管支超音波ガイド下生検により，その診断成績が向上している．また，極細径気管支鏡や屈曲シース法により娘枝領域の病変に対するアプローチも可能となり，今後期待される方法と考えられる．今後，バーチャル気管支鏡や三次元CT画像を用いたナビゲーション技術の発達により，エキスパートでなくとも効率よくターゲットまで生検デバイスを誘導可能になるシステムが期待される．

呼吸器内視鏡の領域での特殊な内視鏡，1. EBUS guided trans-bronchial needle aspiration（EBUS-TBNA），2.狭帯域光気管支鏡（narrow band imaging：NBI）を解説する．EBUS-TBNAはconvex型超音波気管支鏡を使用し，描出できる縦隔・肺門リンパ節は#1，2，3，4，7，10，11，12番リンパ節などであり，TBNA診断率の上昇，穿刺回数の軽減，合併症の減少が報告されてきた．NBIは癌における異常な血管新生を検出するのに臨床的に使用されている．とくに気管支上皮から発生した　@平上皮癌で上皮内にIPCLを認めることがある．Intra-epithelial papillary capillary loops（IPCL）が癌の上皮内で拡張／蛇行したりスクリュー状にねじれたりするのを観察することで，早期癌の検出に有用である．

気道狭窄に対する気管支鏡的治療，つまりレーザー焼灼術と気道ステント留置は気流制限による呼吸困難を伴う中枢気道狭窄例には呼吸困難を訴える患者の症状を劇的に改善し，QOLを向上させる有用な治療手段である．レーザー治療には，中心型進行肺癌による気管支の閉塞，狭窄に対し，高出力レーザーを用いて腫瘍を焼灼する方法と，早期中心型肺癌に対し低出力レーザーを用いる光線力学的療法がある．気道狭窄に対するNd：YAGレーザー焼灼術は，低肺機能など対術能が低い，または腫瘍自体が外科的切除不能な気道内腫瘍に対する姑息的治療である．適応は，気道狭窄が区域気管支より中枢の太い気管支に存在し，閉塞部の開通にて末梢肺組織が換気循環で生理機能を回復できる症例である．また，気管，気管支軟骨の破壊，消失が2個以上に及ぶ症例では，軟骨輪による気道内腔の保持ができないためレーザー単独ではなくステント留置などの追加治療が必要になる

原発性肺癌の約85％を占める非小細胞癌において，限局病変に対して治癒をもたらしうる治療法は外科治療である．標準手術とされる肺葉切除＋縦隔リンパ節郭清はすでに完成された領域に達しており，大きな進展は望めない．近年の諸情勢の変化により，より小さな末梢型の肺癌が多く発見されるようになり，従来の方法の踏襲が正しいのかという疑問が生じてきている．つまり縮小手術，ひいては低侵襲手術の必要性を皆が考えはじめている．縮小手術には切除する肺の分量を少なくする部分切除と区域切除が，リンパ節郭清では範囲の縮小（選択的郭清など）があり，ともに低侵襲となりうる．また，胸腔内へのアプローチとしては，従来の大きく開胸する方法から胸腔鏡を使用した胸腔鏡下手術でも低侵襲となる．しかし，現時点では縮小・低侵襲手技が従来の方法に勝るというエビデンスはなく，これからの臨床試験の結果に期待がかかっている．

肺癌の放射線治療成績を向上させるための基本は，正常組織への影響を許容範囲内に抑えて腫瘍局所への線量を増加させ，局所制御率の向上をはかることである．そのための対策として，1.空間的線量分布の改善，2.時間的線量配分（分割照射法）の最適化，3.照射効果の修飾（増感・防護）があげられる．とくに最近では，画像診断技術の向上とコンピュータ技術の進歩により標的腫瘍範囲の把握が容易となり，腫瘍病巣への線量集中性が飛躍的に向上した．高精度に線量を集中するためには照射野の位置精度が重要で，その確認に種々の照合画像を利用するため，画像誘導放射線治療（IGRT）の呼称も用いられている．代表的なIGRTとしては，三次元原体放射線治療，定位放射線照射，強度変調放射線治療，重粒子線治療がある．また，治療技術の進歩とともに放射線治療の品質管理もますます重要となっている．

末梢型肺腫瘍に対するRFAは，侵襲の低い治療法として世界中で急速に普及している．これまでの報告から，手技は簡便で短時間で比較的確実に腫瘍量の減少が得られ，耐用性のある治療法であることがわかってきた．さらに，経済面やQOLの観点からも有用な治療法と考えられる．適応症例の選択は今後の課題であるが，重篤な心肺機能傷害のため外科的切除術の行えない腫瘍径3 cm以下の非小細胞肺癌は根治治療の可能性を有していると考える．また，根治は望めないが，腫瘍縮小により良好なQOLの向上が得られる症例にも有用と考える．今後の課題は，多施設による大規模臨床研究による標準治療法との無作為化比較試験である．これにより新しい治療法として確立されることが望まれる．

わが国においても医療を適正かつ効率的に行うためにevidence-based medicine（EBM）の考え方が導入され，急速に普及しつつある．肺癌治療においても診療ガイドラインが作成され，EBMに基づく医療が広く実践されようとしている．これまで肺癌に対しては数多くの大規模臨床試験が行われており，肺癌治療におけるエビデンスレベルは他疾患に比べ高いものが多いと考えられる．しかし，これまで日本でつくられたエビデンスは少ない．一方で，エビデンスレベルが低く，解決しなければならない問題も数多く，臨床試験を行いエビデンスのある研究データを収集しなければならない事項もある．EBMにおけるエビデンスつくりのために，日本でも癌治療を適正に評価できる質の高い臨床試験を効率よく行う必要がある．そのためには，癌医療の専門医の育成と臨床試験を行うための体制づくりが望まれる．

肺非小細胞癌の予後は不良であり，現在もっとも確実な治療法は可能なかぎり早期に発見し，完全に切除することである．しかし，完全切除例の5年生存率は術後の病理病期（p）ⅠB期でも66％，pⅢA期では33％にとどまり，その多くが遠隔転移で再発している．このため生存期間の延長をめざして術前・術後の化学療法・放射線療法の検討が行われてきた．現在pⅡ・pⅢA期完全切除例に対してシスプラチンベースの術後化学療法の有用性が示されている．また，臨床病期ⅢA期に対して術前放射線化学療法の優れた第Ⅱ相試験の成績が示されているが，アメリカで行われた無作為化比較試験で無病生存期間の有意な延長が証明されたものの，生存期間の延長は示されていない．外科切除症例では豊富な検体から免疫組織学的・分子生物学的な検討が可能であり，薬剤の標的分子を指標とした前向きの個別化治療の検討が期待される．

Performance status（PS）は，非小細胞肺癌におけるもっとも重要な予後因子のひとつである．PS不良の原因にはさまざまなものが考えられ，それらに応じて治療方針を検討する必要がある．1980年代以降，第Ⅱ世代抗癌剤を用いた化学療法レジメンでは，PS-2患者は毒性が強く，効果不良であることが報告されていたが，最近の第Ⅲ世代抗癌剤を用いたレジメンではPS0-1患者同様のbenefitを示唆する報告がある．PS不良例に対しては，PS不良理由を含めた全身状態の把握，適切な患者への説明，患者の意思の把握がとくに重要である．これまでの臨床試験結果から，第Ⅲ世代抗癌剤を用いた化学療法レジメンではPS-2NSCLC患者に対してもPS1-2患者同様の利益があることが示唆される．PS不良である理由，年齢，他の合併症など，化学療法の毒性を増加させる可能性のある因子を総合的に判断し，個々の患者に応じた治療戦略を検討することが必要である．

わが国では肺癌は全癌死の約19％を占め，年間死亡者数は6万人を超える．なかでも非小細胞肺癌は全体の約80％を占めている．1990年代に進行非小細胞肺癌の初回標準的治療法として，プラチナ製剤と1990年代以降に開発された新規抗癌剤との2剤併用療法が確立された．しかし，経過中に病状の進行は必発といえる状況であり，二次治療が必要となる．以前の二次治療は有効性に乏しく，臨床的意義は否定的であったが，新規抗癌剤の導入で治療成績が向上し，生存期間あるいは無増悪生存期間を延長した報告がされている．わが国の肺癌診療ガイドラインにおいて，一次治療後の増悪あるいは再発非小細胞肺癌において二次治療にdocetaxelを使用することはグレードBの推奨となっている．また2003年，2004年に第㈽相試験にてpemetrexedとerlotinibの有効性が報告され，2007年にはgefitinibの有効性が報告された．今後これらの薬剤を含め，二次治療の検討の必要性があると考えられる．

すべての腫瘍細胞の複製・分裂を抑える働きを有する抗癌剤とは異なり，発癌・増殖・浸潤・転移のメカニズムについての知見に基づき，そのキーポイントとなる分子の働きを制御する目的で最近，多数の分子標的薬剤が発見・合成・開発されてきている．これら分子標的薬剤は従来の細胞障害性抗癌剤とは毒性が異なるため，単剤使用以外でも抗癌剤との併用による治療成績の向上が今後も期待されている．モノクローナル抗体の開発がはじまった1980年代初頭より，メシル酸イマチニブ（imatinib）やゲフィチニブ（gefitinib）などの小分子化合物が臨床使用されはじめた1990年代後半を経て，現在，肺癌領域においても数々の分子（EGFR，VEGFR，MEK，Raf，mTOR，c-METなど）をターゲットとした分子標的薬剤の開発および臨床試験が進行中である．

血管内皮増殖因子受容体（VEGFR），上皮成長因子受容体（EGFR），血小板由来増殖因子受容体（PDGFR）などを中心に多分子を標的とした分子標的治療薬の開発が進められている．その体表的な薬剤がsunitinibmalate（VEGFR-1，2，PDGFR-α，β，c-kit，Flt-3，RETの阻害活性を有する）と，sorafenib tosylate（VEGFR-2，3，PDGFR-β，FLT3，c-kit，RET，B-Raf，Raf-1／C-Rafなどの阻害活性を有する）である．前者はすでにイマチニブ抵抗性GISTや腎癌での有効性が示され，FDAで認可されており，後者もサイトカイン抵抗性腎癌での有効性が示されている．両薬剤とも非小細胞肺癌で第㈼相臨床試験が進行中で，今後の展開が期待される．Vandetanib，vatalanib，axitinibなどの薬剤も臨床試験段階にあり，既存の化学療法剤や分子標的治療薬との併用法も含めた検討が進められることが予想される．

小細胞肺癌は進展速度が速く，早期に遠隔転移を認めることが多いが，化学療法・放射線療法に対する感受性が高い．ペプチドホルモンや生理活性物質を分泌することにより腫瘍随伴症候群を呈することがあり，種々の癌遺伝子・癌抑制遺伝子が発生・進展に関与している．病期はTMN分類のほかに治療方針選択の面から限局型と進展型に分類される．限局型では4サイクルのcisplatin＋etoposide併用療法（PE療法）に早期からの総線量45 Gyの胸部放射線療法同時併用が標準的治療である．進展型では4サイクルのPE療法またはcisplatin＋irinotecan併用療法（IP療法）が標準的治療である．限局型では初回治療奏効例における予防的全脳照射の有用性が示されている．治療成績向上のために，再発例・高齢者を対象とした臨床試験や新規抗癌剤・分子標的薬を用いた研究が精力的に行われている．

肺癌化学療法は進歩しつつあり，患者の希望，医療機関の事情，社会の要望もあり，外来化学療法は日本全国で行われるようになっている．外来化学療法を行うにはアメニティーにも配慮した設備が必要であり，十分な経験と知識を有した直接化学療法にかかわるスタッフ，それを支援するスタッフからなるチーム医療が必要である．また，治療法を審査する委員会や投与法などの十分な吟味のうえで承認する院内のシステムを構築しなければならない．治療を行うにあたっては，入院と変わらない化学療法の質を担保しながら行う必要がある．

肺癌において脳は高率に転移を起こす臓器であり，局所制御が成功しても脳転移で再発する症例をしばしば経験する．このため局所制御後の予防的全脳照射（PCI）の有用性が近年，とくに小細胞肺癌において検証されてきた．限局型小細胞癌の初期治療でCRあるいはCRに近い効果が得られた症例ではPCIを行うことが推奨されているが，最近，進展型小細胞肺癌患者に対するPCIの無作為化試験の結果が報告され，PCIを行うことにより症候性脳転移の発生が減少し，無病生存期間および全生存期間の延長につながることが示された．肺癌に対する予防的全脳照射はその意義がますます重要なものとなりつつある．

わが国において人口の高齢化が進む中で，今後高齢者の肺癌がさらに増加することが予想される．このため高齢者肺癌患者に対する治療法を確立することは，癌治療における重要な課題のひとつであることはいうまでもない．高齢者の非小細胞肺癌や限局型小細胞肺癌で臨床試験に登録可能な症例の場合，70〜74歳とそれ以下の症例では生存期間に差を認めない，または75歳以上の症例では有意に生存期間の短縮を認めたという報告もあるが，現在“高齢者”という厳格な言葉の定義は存在しない．一般に社会通念と合わせて欧米では高齢者を65歳以上と定義することが多く，わが国では70歳以上または75歳以上と定義する場合が多いと考えられる．

緩和治療は疼痛・脳転移などによる有害な症状を解消・緩和するための治療であり，癌と診断されたときから開始し，治癒，生存期間延長のための抗癌治療と並行して行うものである．終末期医療におけるおもな治療法ではあるが，終末期のみの選択肢ではないことを理解することが重要である．癌そのもの，周辺臓器浸潤，遠隔転移による症状のほか，腫瘍随伴症候群，精神的問題，既存の合併症によるもの，治療の副作用によるものなど，多岐にわたる病態への対策が必要となる．確実なエビデンスの裏づけのない治療選択肢も多いが，少ないながらも可能なかぎりエビデンスを収集・評価し，その評価に基づいて臨床応用することがQOL向上につながる．抗癌治療を支える場合はもちろんであるが，緩和治療に徹する場合においてもけっして消極的な選択ではなく，患者の有意義な人生に貢献するものであることを理解し，患者・家族の理解を得ることが必須である．

腫瘍随伴症候群は“原発巣や転移巣から離れた部位に生じる宿主の臓器機能障害”と定義される．肺癌には種々の腫瘍随伴症候群が合併し，とくに小細胞肺癌に頻度が高い．その原因には異常な生理活性物質によるものと免疫異常によるものがある．比較的頻度が高いものに，ADH不適切分泌症候群，異所性ACTH症候群，高Ca血症などの内分泌異常と，自己抗体によるLambert-Eaton筋無力症候群などがあげられる．これらの診断と治療について概説する．

肺癌診療においてしばしば経験するエマージェンシーには高Ca血症や腫瘍崩壊症候群，低Na血症，発熱性好中球減少症，上大静脈症候群，薬剤性・放射線肺障害などが含まれる．高Ca血症では積極的な補液，利尿薬投与やビスホスフォネート製剤投与を行う．腫瘍融解症候群では治療前にリスクをあらかじめ評価しておくことが重要であり，補液とアロプリノール，尿酸酸化酵素などを投与する．低Na血症はADHの分泌異常と関連しており，水分制限，利尿薬，Na補充などで対応する．発熱性好中球減少症は，多くの場合入院が必要であり，広域抗菌薬に

肺癌治療は諸刃の剣として，延命を目的とした抗腫瘍効果と，ときに患者のQOLを損ない，致死的となる有害反応とをあわせもっている．その有害反応はきわめて多彩で，とくに薬物有害反応は出現頻度が高く，抗癌薬の用量規定因子となっている．したがって，有害反応対策は肺癌治療の一環であり，予後を左右するといっても過言ではない．現在，わが国における肺癌罹患年齢の中央値は70歳を超え，実地医療では超高齢者肺癌も少なくない．諸刃の剣である肺癌治療の適応，投与量，投与計画を十分に吟味し，同時に有害反応対策を計画しておくことも一考

バイオマーカーは，正常な生物学的過程，発病の過程，あるいはさまざまな治療的介入に対する薬理学的反応などと相関する血液，尿，組織などの生体試料から得られる何らかの客観的な指標であり，腫瘍マーカーもバイオマーカーのひとつである．肺癌領域の腫瘍マーカーは，肺癌のスクリーニング・確定診断に用いることはできないが，肺癌の補助診断・治療効果判定・再発予知・予後評価などの目的で用いられているのが現状である．肺癌は多様な細胞型が混在していることが多く，単独の腫瘍マーカーだけではこれらをすべて網羅することは困難であり，個々の腫瘍マーカーの特性を把握したうえで，複数の腫瘍マーカーを組み合わせて適切に使い分けることが重要である．

癌治療薬の奏効率は概して低く，重篤な有害事象は高頻度である．したがって，薬剤感受性予測バイオマーカーによる治療法の選択は，癌患者の予後，QOLの向上に貢献しうる有益なアプローチである．肺癌治療においては，上皮成長因子受容体の活性型変異が上皮成長因子受容体チロシンキナーゼ阻害剤の感受性予測因子としてすでに臨床でも使用されはじめている．また，ERCC1などDNA修復遺伝子の発現量がシスプラチンの感受性と相関することが報告されている．今後も分子生物学の進展に伴って多くのバイオマーカーが開発されるものと期待されるが，個々の患者に最適な治療を提供するためには，その有効性だけでなく限界を理解しておく必要がある．

バイオマーカーの研究は，高価な分子標的薬の適切な治療群の選択や生命にかかわる有害事象の予測など，治療の個別化に力を発揮すると考えられている．癌治療の副作用予測因子としてのバイオマーカーは，グルクロン酸抱合酵素（UGT1A1）遺伝子多型とチオプリンメチル転移酵素（TPMT）遺伝子多型がそれぞれイリノテカンや6-メルカプトプリン治療の副作用予測因子として臨床応用されている．近年，シチジンデアミナーゼ（CDA）遺伝子多型がゲムシタビンなどの代謝拮抗薬の毒性予測バイオマーカーとして報告されている．生命を脅かす有害事象を回避するための予測因子として遺伝情報を利用したバイオマーカーの開発は，安全な医薬品開発のうえで今後の重要な課題である．