医学のあゆみ
Volume 225, Issue 7, 2008
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あゆみ 広がる“エピジェネティック疾患”研究の世界
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がんでのエピジェネティクス異常
225巻7号(2008);View Description Hide Descriptionエピジェネティクスは,同一のDNA配列から異なった表現型を誘導する仕組みで,細胞分裂・遺伝子発現をはじめとする重要な生物学的現象に関与している.がんの発生は正常な細胞分化・維持機構の破綻が要因のひとつであり,エピジェネティクス制御機構の異常はがんの発生・進展につながる.近年この機構のひとつであるDNAメチル化異常が悪性腫瘍の発がん過程で見出され,さらにヒストン修飾異常やクロマチン構造の変化がDNAメチル化異常とも関連し,さまざまな様相で発がん過程にかかわっていることがわかってきた.エピジェネティクス制御機構は多彩かつ複雑であると推測されるが,治療により可逆的である可能性が高く,最近ではこのエピジェネティクスの異常を標的としたあらたながん治療戦略が模索されている.本稿ではがん細胞におけるおもなエピジェネティック変化とその相互関連について記載する. -
がんエピジェネティクスの診断応用
225巻7号(2008);View Description Hide Descriptionエピジェネティック異常,とくに,化学的に安定であるDNAメチル化異常を用いた癌の診断が実用化の時代を迎えつつある.安定・鋭敏・高頻度に検出可能であるという特徴をいかして,喀痰・尿・膵液・糞便など各種の臨床検査材料や手術材料での癌細胞検出に利用されている.また,mRNAや蛋白質と異なり,“発現したくてもできない”ことを診断できるDNAメチル化異常は,DNA修復酵素のように,普段は発現が少ないが機能が重要な遺伝子の場合に有用である.さらに,発癌因子への曝露に応じてDNAメチル化異常が誘発される場合もあり,その量を測定することで発癌リスク診断も可能な場合がある.有用なDNAメチル化異常をゲノム網羅的に検索することが可能になってきており,臨床のニーズとマッチさせていくことが重要である. -
エピジェネティクスのがん治療への応用—DNAメチル基転移酵素阻害とヒストン脱アセチル化酵素阻害の血液腫瘍治療への導入
225巻7号(2008);View Description Hide Description5-azacytidineは,DNAメチル基転移酵素を阻害し,転写のサイレンシングを受けている遺伝子のプロモーター領域の脱メチル化を導く.一過性の骨髄毒性が認められるが,1/3〜1/4の患者に血液学的改善が認められ,原疾患による感染や出血の頻度を増やさない.MDSからAMLへの移行を遅らす薬剤として最初にアメリカ食品医薬品局で承認された薬剤で,注射で用いる.p15INK4bの脱メチル化よりもむしろ細胞死が効果との関連性を示した.ヒストン脱アセチル化酵素阻害剤SAHAは,DNAに結合しているヒストンをアセチル化に導き,遺伝子の転写を変化させる.倦怠感・食欲低下・下痢・高脂血症・血小板減少などが一過性に生じるが,経口薬は特定の組織型の悪性リンパ腫に効果が認められつつある. -
精神発達障害疾患におけるエピジェネティック異常—概念は遺伝から環境へ
225巻7号(2008);View Description Hide Descriptionエピジェネティックな現象として最初に判明したものに,ゲノム刷込みとX染色体の不活化がある.これらははじめマウスを用いた基礎研究に見出されたが,ヒトにおいては精神発達障害の疾患研究を通じてその存在が明らかにされた.その後,エピジェネティクスの詳細なメカニズムの理解が進み関連する分子が同定されると,そのそれぞれの遺伝子異常が,原因不明であった種々の精神発達障害疾患の原因であることが判明した.このようなエピジェネティックな遺伝子調節は従来長期に安定なものと考えられてきたが,最近になり,環境変化で短期に変化しうるとの知見も報告されるようになった.したがって,エピジェネティクス異常は先天性の精神発達障害の原因になるだけでなく,生後環境がかかわる後天性の発達障害疾患にも関与する可能性がある. -
精神疾患にエピジェネティクスは関与するか
225巻7号(2008);View Description Hide Description精神疾患のエピジェネティクス要因は,エピ変異,環境因のエピジェネティック記憶,治療法の奏効機転におけるエピジェネティック機構の関与など,さまざまな形で関与する可能性がある.一卵性双生児不一致例の研究から見出された,双極II型障害におけるPPIELのDNAメチル化低下,統合失調症患者死後脳におけるReelinやSox10のメチル化変化などが報告されており,さらなる研究の発展が期待される.
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あゆみ 広がる“エピジェネティック疾患”研究の世界
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エピジェネティクスと免疫疾患
225巻7号(2008);View Description Hide Description免疫系はあらゆる臓器に横断的に関与しており,どの専門科にも関係する重要なシステムである.また,免疫系は構成する細胞や分子が詳しく解析されており,近年ではエピジェネティクスの観点からも活発な研究が進んでいる.近年,自己免疫病の発症を抑えている制御性T細胞が注目されている.最近,ヒストン脱アセチル化酵素阻害剤をマウスに投与すると制御性T細胞の活性が上昇することが報告された.本稿では免疫系におけるエピジェネティクス研究の一端を紹介し,エピジェネティクスの側面から免疫系を人為的に制御する可能性について解説したい.
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あゆみ 広がる“エピジェネティック疾患”研究の世界
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エピジェネティクスと生活習慣病
225巻7号(2008);View Description Hide Description戦後の生活習慣の欧米化(過栄養や運動不足)に伴って急増している肥満あるいは肥満関連疾患(糖尿病,高血圧症,高脂血症,動脈硬化症=生活習慣病)は,環境因子と遺伝素因の複雑な相互作用により発症する代表的な多因子疾患である.この相互作用の分子基盤のひとつとして,種々の外的要因(=環境因子)によりもたらされる後天的なDNA修飾(メチル化,ヒストンアセチル化など)による遺伝子発現制御(エピジェネティクス)の機序が関与する可能性がある(図1).本稿では生活習慣病とエピジェネティクスに関する最近の知見を紹介する. -
エピジェネティクスと再生医療
225巻7号(2008);View Description Hide Description個々の細胞の特性は細胞特異的に発現する遺伝子セットによって決められ,その発現遺伝子セットは細胞特異的なDNAメチル化とクロマチン構造を基本としたエピジェネティク環境を基盤としている.幹細胞を用いた再生医療は生体外で目的細胞を作製し移植して,失われた細胞や機能を補填することを目的とする.いわば,培養皿のなかで個体発生の一部を再現しようとする試みである.近年,エピジェネティクス研究は癌やインプリント遺伝子の研究のみならず,疾患,発生や分化の研究など生命現象の解明をめざすすべての分野に広がりを見せている.細胞の特性を決める細胞特異的なDNAメチル化パターンを人為的に操作できれば,遺伝子改変を伴わずに細胞の未分化・分化を誘導することが可能になるかもしれない.幹細胞研究とエピジェネティクス研究の融合は,再生医療の実現に向けた大きな進歩を生み出す魅力的な分野である.
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フォーラム
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- 第72回日本循環器学会総会・学術集会レポート3
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Recent Update in Myocardial Regeneration:The Present Status and the Future Directions
225巻7号(2008);View Description Hide Description心筋再生治療として,これまでに骨格筋芽細胞や骨髄細胞移植の臨床試験が行われたが,その有効性は期待されたほどではなかった.その理由として,移植細胞の効果は,細胞保護因子や血管新生因子を放出することによるparacrine効果が主であり,心臓組織自体を再構築しないからである.各演者は,このような現状をふまえて,心臓の発生,分化に関わる因子,心臓内在性幹細胞,組織工学の観点から,心筋再生の方向性について討論が行われた. - 医師不足と地域医療の崩壊──現状と展望 9
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- 家族みんなのドタバタ留学記 in Melbourne 14
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TOPICS
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- 循環器内科学
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- 輸血学
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- 産科学・婦人科学
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連載
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- 定位放射線治療—最新動向8
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下垂体腫瘍に対するガンマナイフ治療—どこまで治療できるのか
225巻7号(2008);View Description Hide Description各種下垂体腫瘍に対するガンマナイフ治療について,自験例と文献例から治療効果を検討して本疾患に対するガンマナイフ治療の効果と,その役割とを検討した.自験例253例の内訳として非機能性129例,ACTH産生23例,HGH産生70例,PRL産生31例が含まれる.大半の症例に対し経鼻下垂体手術あるいは開頭術が施行されていた.治療後すでに32〜44カ月の平均経過観察が得られており,ガンマナイフ後の腫瘍コントロール率はそれぞれ95〜100%であった.腫瘍の縮小を示す奏効率ではPRL産生腫瘍がもっとも良好で77.4%,ついで非機能性腫瘍65%が続き,ACTH,GH産生腫瘍が61,60%でやや低値を示していた.これらの傾向は文献的検討からもほぼ同様な傾向を示していた.もっとも治療が難しいと考えられるACTH産生腫瘍においても,完全なホルモンのnormalizationには至らないものの,長期にわたってACTHとcortisolの低下が続いていると同時に,肥満,高血圧などの症状はことごとく改善する傾向を示していた.結論として下垂体腫瘍のガンマナイフ治療では腫瘍体積と,視神経,視交叉への腫瘍の接近,密着が治療の制約となるが,小さな腫瘍であればガンマナイフ治療のみでも十分な長期効果が得られる.