医学のあゆみ
Volume 225, Issue 13, 2008
Volumes & issues:
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あゆみ ハイポキシア生物学—酸素代謝からみる生命現象の方程式
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高地・低酸素トレーニングの分子生物学
225巻13号(2008);View Description Hide Description高地・低酸素トレーニングは低酸素刺激により低酸素応答系転写因子であるhypoxia inducible factor-1α(HIF-1α)が安定化してHIF-1βと異性二量体HIF-1を形成,エリスロポエチン(Epo)遺伝子の3′エンハンサーのTACGTGCT(hypoxia responsive element:HRE)に結合してEpo産生が亢進する.この結果,ヘモグロビン(Hb)が増加し,筋肉内のミトコンドリアでより多くのエネルギー変換が行われて持久力パフォーマンスが向上する,というのが一連の考え方であった.高地居住者など持続的低酸素刺激下ではEpo増加に伴う二次性赤血球増加症が認められる.これを応用した高地・低酸素トレーニングでは現在では5つの方式があるが,かならずしもすべてのアスリートのパフォーマンス向上を約束するものではない.実際ある程度の継続した低酸素刺激があると,Epo産生亢進によるHb増加および最大酸素摂取量の増加そして持久力パフォーマンス向上を認めるケースもあるが,このようなresponderでもEpoの増加率は個人差が大きく,かならずしもHbの増加を説明するほどのEpoの増加は認められないケースも多々ある.また,持久力パフォーマンスが向上したresponderでもEpoの増加を伴わないケースも多々ある,以上の観点から,“低酸素→HIF安定化→Epo増加→Hb増加→持久力パフォーマンス向上”以外の別因子の存在が大きくクローズアップされる. -
腎障害と酸素分圧
225巻13号(2008);View Description Hide Description腎はその高いエネルギー需要にもかかわらず酸素分圧が低く,低酸素に対し非常に脆弱な臓器である.腎の酸素分圧の低下は急性腎不全を引き起こすのみならず,慢性腎臓病の進行においても重要な役割を担っている.低酸素に対する防御機構であるhypoxia-inducible facto(r HIF)の発現は腎臓病においては不十分であり,これが低酸素における腎障害を悪化させる.腎の酸素化の調節と低酸素に対する応答反応は,基礎研究においても臨床面においても興味深い重要な対象である. -
酸素分圧と分子時計系(DEC1/DEC2)のクロストーク
225巻13号(2008);View Description Hide Description概日時計はわれわれの体のなかでときを刻む仕組みである.それによって地球上の生物は1日の長さに合わせたリズムで生活することができる.このリズムをつかさどる仕組みの鍵になるものが分子時計のシステムである.分子時計は多数の時計遺伝子によって構成されているが,そのひとつであるDECは低酸素応答を仲介する因子でもある.低酸素により安定化されたHIFによってDECが誘導されると,時計系の位相に変化がもたらされる.一方でDECは,DNA修復,血管挿入,アポトーシスを制御する.したがって,1日の時刻によって低酸素応答が変化し,低酸素によって日内リズムが変化する.このように低酸素応答と概日リズムはDECなどを介して連動している. -
低酸素による炎症・免疫制御—HIF−1と炎症・免疫
225巻13号(2008);View Description Hide Description炎症や免疫応答の制御において,組織局所の酸素濃度の役割が注目されている.サイトカインやケモカインなどの液性因子や一酸化窒素(NO)などのガス状分子,紫外線や化学物質,熱や挫滅などの物理的刺激が,活性酸素種を誘導し“酸化ストレス”を生成する一方,炎症局所における血管/血流障害,浸潤細胞による酸素消費の亢進は組織内酸素濃度を著しく低下させる.炎症局所で働く炎症免疫細胞はこのような酸素濃度変化のなかで細胞機能を維持し,生体の防御や恒常性維持に寄与している.本稿では,炎症の場の特質ともいえる低酸素環境による炎症免疫細胞の制御機構について概説したい. -
ミトコンドリアでの酸素利用の酸素分圧依存性制御
225巻13号(2008);View Description Hide Descriptionミトコンドリアでの酸化的リン酸化によるATP産生には電子伝達系での電子のスムーズな流れが必須であり,これは電子の最終受容体である酸素の濃度に直接かかわってくる.低酸素では電子の渋滞からATP産生の低下とROS産生の増加が生じ,細胞機能に深刻な障害を与えることになる.ミトコンドリアは酸素に電子を伝達するcytochrome c oxidase(COX)の活性を酸素濃度の変化によって調節する機構を備えている.なかでも低酸素誘導性の転写因子であるhypoxia-inducible factor-1(HIF-1)によって制御される,COXを構成するサブユニットのひとつを酸素の濃度によって入れ替えるというスイッチ機構はユニークである.このスイッチによりCOXでの低酸素での電子伝達を促進してATPの低下を防ぐと同時に,ROSの産生を低下させている.低酸素で誘導されるCOXの存在とそのHIF-1による制御機構は,癌や虚血性疾患など低酸素が関連する病態の解明や新しい治療方法の開発につながると期待される. -
癌と低酸素
225巻13号(2008);View Description Hide Description癌と低酸素研究は古くて新しい重要な領域である.低酸素応答分子機構の大筋が明らかとなってきたが,これらの分子機構を分子標的として癌治療に応用展開するまでには至っていない.低酸素応答機構の中心的役割を果たしている転写因子hypoxia-inducible factor-1(HIF-1)は,さまざまな癌抑制遺伝子や癌遺伝子の産物により制御されていることがつぎつぎに明らかにされ,発癌機構および増殖シグナルそのものにより制御されているHIF-1経路の活性化が,癌細胞の機能維持において重要であることが確認されてきた.HIF-1経路の活性化は癌の治療抵抗性と密接に関係していることが明らかとなっているが,最近では腫瘍内低酸素領域と幹細胞ニッチ,および低酸素癌細胞と幹細胞との類似性が明らかとなり,予後改善に向けた新規癌治療開発には,癌幹細胞の克服,すなわち低酸素癌細胞の克服が重要であることが改めて認識されてきた. -
心肥大と心不全発症における低酸素応答
225巻13号(2008);View Description Hide Description心不全は多様な心血管疾患の終末像であり,高齢化そして生活の欧米化に伴い患者数が急増している.しかし,心不全の進行に関与する詳細な分子機序はまだ不明な点が多い.心臓は収縮弛緩をつねに繰り返しているが,成長や運動,心血管病などによる負荷の増大に対してその大きさや収縮力をダイナミックに変化させて適応している.心筋は肥大すると同時に血管新生を制御し,心筋の仕事量にみあった血流を確保しており,このような心筋内の血管新生には低酸素刺激による低酸素誘導因子Hifや血管増殖因子VEGFの活性化が非常に重要である.最近著者らは,心肥大から心不全への進行過程において,癌抑制因子p53の活性化によってHif-1αが抑制されて血管新生が低下することが心機能低下の大きなターニングポイントとなることを明らかにした1).このような心不全発症の分子機序の解明が,あらたな心不全治療法の開発,そして心不全予防に結びつくものと期待される. -
胎盤形成と酸素分圧
225巻13号(2008);View Description Hide Description胎盤は,妊娠高血圧症候群(pregnancy-induced hypertension:PIH)および子宮内胎児発育遅延(intrauterinegrowth restriction:IUGR)の病因を解明するための重要な臓器である.20世紀半ばまでPIHの病因論では,胎盤や妊婦の臓器から産生あるいは分泌された毒素が高血圧や蛋白尿を惹起させPIHを発症させると考えられていた.その後,子宮胎盤循環の障害があらたな病因として考えられるようになった.子宮胎盤循環の病態形成には,循環調節維持因子で血管内皮細胞から
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フォーラム
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- 切手・医学史をちこち 78
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- 逆システム学の窓 16
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- 医師不足と地域医療の崩壊—現状と展望 12
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TOPICS
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- 消化器内科学
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- 薬理学・毒性
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- 臨床検査医学
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連載
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- 定位放射線治療──最新動向12
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放射線科医にとっての定位放射線照射—全脳照射との対比
225巻13号(2008);View Description Hide Description頭蓋内の小病変を治療する方法として開発された定位放射線照射法は,原発性肺癌などの体幹部疾患にも適応が拡大され,手術切除に匹敵する治療成績が報告されている.これまで脳定位照射では固定具をピンで頭蓋骨に装着するという技術的制約から,1回に大線量を照射するラジオサージェリー法が用いられてきた.しかし,技術的制約が少なくなったいま,より安全性の高い分割照射の定位照射への適用について再考の余地があると思われる.転移性脳腫瘍の放射線治療には,定位照射のほかに全脳照射がある.脳転移症例において全脳照射を行わずに定位照射や手術療法のような局所治療のみを行うと,高率に頭蓋内再発をきたすことが知られている.頭蓋内腫瘍制御は認知機能温存の見地からも重要な因子である.現在のところ,定位照射単独治療を行っても頭蓋内再発率の低い群は明確に同定されておらず,その適用は各症例で慎重に考える必要がある.