医学のあゆみ
Volume 226, Issue 9, 2008
Volumes & issues:
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【8月第1土曜特集】救急医療UPDATE−現状と展望
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- 病院間連携
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救急医療での病院間連携─現状と展望
226巻9号(2008);View Description Hide Description地域から発想した救急医療提供体制をつくるときには,従来の発想である施設完結型ではなく,まず,1.地域という責任診療圏をあらたに設定する,2.圏内の救急基幹病院・一般病院・診療所という地域の医療資源を明確にする,3.圏内発生の救急患者が圏外に搬送された記録などをもとに不足している医療とアクセスシステムを明確にする,最後に,4.各医療施設のあらたな役割と連携システムを明示する,というプロセスを経ることになる. - 行 政
- 【病院前救急】
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東京都の島しょ地域における救急患者搬送
226巻9号(2008);View Description Hide Description東京都は伊豆・小笠原諸島という島しょ地域を有し,東京から一番近い島で120 kmという11の有人離島で構成される2町7村の地域に,およそ29,000人の住民が居住する.すべての有人離島に医療機関はあるが,その大半は医師1〜3名の国保診療所である.すべての島で24時間全科の救急患者対応を行っているが,島では対応困難な救急患者が発生した場合は,島しょ町村長からの要請で東京消防庁や海上自衛隊のヘリコプターなどによって,本土の高次医療機関まで搬送する体制がある.その件数は年間平均240件程度であるが,要請から病院収容まで最短でも2時間以上,小笠原諸島では約10時間を要する.平成14(2002)〜19(2007)年度の1,418搬送では,男性が2/3,高齢者が1/2で,内因性疾患での搬送が多く,脳血管障害が1/4を占める.搬送症例の重症度は島の規模に応じて大きな島ほど高い.小離島では2/3が中等症で,大離島では2/3が重症以上である. -
遠隔医療の技術をいかにして救急医療へ役立てるか−日本版EHRから究極の予防医学であるバイタルケアネットワーク構想の実現へ
226巻9号(2008);View Description Hide Description遠隔医療の概念は時代とともに大きく変遷している.最近のブロードバンドの普及とモバイル技術の発達,そしてあらたな小型バイタルセンサーの実用化により,いつでもどこからでも高精細動画やバイタルデータを相互に伝送できるようになり,いわゆるユビキタスの医療が夢ではない時代になってきている.救急医療の現状を考えると,交通事故などは別として脳卒中や循環器疾患などが多くを占めており,遠隔医療の技術を用いてこれらの疾患を未然に発見し治療できれば救急患者を大幅に減少させるだけでなく,患者の予後も大幅に改善できると思われる.今回この救急医療UPDATEを企画された東大附属病院救急部の矢作直樹教授が,すでに2001年に“命を守るネットワーク,バイタルケアネット構想”を提案されているように,今後は,高齢者やリスクの高い患者にはバイタルケアネットによる予防医学の普及がもっとも重要と思われる. - 【ヘリ救急】
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ヘリコプター救急の現状と展望
226巻9号(2008);View Description Hide Description救急ヘリコプターの目的は大きく分けて2つある.第一は患者搬送時間の短縮であり,アメリカのような国土の広い国で実施されている施設間搬送や救急現場から外傷センターなどへの直接搬送である.この場合の医療スタッフは,かなりの治療が可能なパラメディックやフライトナースなどである.日本においてはこの業務は主として消防・防災ヘリコプターが担当している.第二は傷病発生現場での治療を目的としたヘリコプターシステムであり,ヨーロッパで多く実践されている.この場合の医療スタッフは医師が中心であり,現場においてかなりの治療を実施することが特徴である.日本ではこの業務を実施しているのがドクターヘリである. - 【医療関連死】
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医療界が主体となって取り組む医療安全の新しい仕組み
226巻9号(2008);View Description Hide Description医療事故の原因究明・再発防止をはかる仕組みが必要であるが,現状はこれを専門に行う機関がなく,結果として刑事手続や民事手続にその判断や解決が委ねられている.医療事故の原因究明・再発防止を図るあらたな仕組みを創設し,その運営に医療界が中心的役割を担い,医療の透明性・信頼性を高める.医療関係者の責任については医療関係者が中心となった委員会の判断を尊重する仕組みをつくり,医療関係者が萎縮することなく医療を行える環境を整備する必要がある.厚生労働省ではこのような仕組みについてパブリックコメントなどを求めながら,三次にわたり試案を作成してきた.その概要を紹介する. -
医療事故調─対立の概要と展望
226巻9号(2008);View Description Hide Description1999年の『人はだれでも間違える』の出版は,医療安全における世界的なパラダイムシフトをもたらした.新思考は学習改善型とでもいうべきもので,「人間は間違いを犯しやすい性質を持っており,その性質を変えることはできない.医療事故は個人ではなくシステムの問題と捉える.間違いが起こることを前提に,間違いを起こせない,あるいは,間違いがあってもどこかで修正できるようにシステムを構築する.そのためには,広く事故情報を収集して過去の失敗に学ぶ必要がある」と考える.このため,医療の安全対策と責任追及は切り離すべきだと考えられるようになった.医療事故調(医療安全調査委員会)についての厚生労働省案は,医療,運輸,工学の安全の専門家が正しいとする考え方と食い違っている.患者と医療提供者の軋轢を高めて医療提供体制を破壊する可能性があり,現場の医療提供者による強い反対を受けている. -
医療事故の調査─院内事故調査と第三者機関による調査の関係
226巻9号(2008);View Description Hide Description2008年6月,厚労省は“医療安全調査委員会設置法案(仮称)大綱案”を公表した.横浜市立大学病院の患者取違え事件,都立広尾病院の消毒薬誤注入事件から10年,医療事故の原因究明機関の設立は,患者,遺族,医療者がともに希求してきたものであった.しかし,これまで厚労省を中心に検討されてきた案には医療界からの反対も強い.つまり,院内事故調査を中心にすれば足りるというのである.たしかに,院内事故調査委員会を設置して事故原因を分析,再発防止につなげている医療機関もあるが,多くの医療機関ではこれからの課題である.同様にして医療事故調も立法を待つところである.わが国における医療事故の調査が真に医療安全の視点に立ち,再発防止に資するよう,“Who(だれ)”から“Why(なぜ)”へ根本的に転換するためには,院内事故調査委員会と医療事故調が共働連携していく必要がある.そこで,医療事故調査に関連した裁判例を紹介するとともに,院内事故調査委員会と医療安全調査委員会(医療事故調)との関係,あり方を考えていく. - 【僻地医療】
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離島救急の現状と展望─下甑島・手打診療所から
226巻9号(2008);View Description Hide Description離島における救急医療には多くの問題がある.昔もいまも変わらぬ大きな問題は,医師や看護師などの人材不足と貧弱な医療機器である.もちろん島が違えば実情も違うし,抱えている問題も違う.その違いを左右する大きな要因は,本土との距離や島の人口である.手打診療所のあるてうち下甑島は東シナ海に浮かぶ外海離島のひしもこしきとつで,かつて13,000人を超えていた島の人口は約3,300人に減少している.下甑島内に病院はなく,唯一入院できる手打診療所(19床)は下甑島の最後の砦である.島は台風や季節風で孤立することがある.また,急患のなかには船もヘリコプターも間に合わないものもある.だから離島医療でもっとも大事なものは救急医療で,手打診療所ではいつでも開胸・開腹手術ができる態勢にある.しかし,島の小さな診療所でできることには限界がある.島で何をどこまでできるか,逆に島でできないことをどう補うか,離島医療30年をまとめてみた. - 【災害医療】
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災害医療の現状と展望─大事故災害時の医療支援(MIMMS)
226巻9号(2008);View Description Hide DescriptionMIMMS(major incident medical management and support)とは,大事故災害時に医療活動にかかわるものを対象とした大事故災害時の医療対応を教育・訓練するシステムである.MIMMSでは,すべての大事故災害時に共通する原理原則としてCSCATTTの頭文字で表される,1. command(指揮・命令),2. safety(安全),3.communication(情報伝達),4. assessmen(t評価),5. triage(トリアージ),6. treatmen(t治療),7. transpor(t搬送),の7つを優先事項としている.災害現場用のMIMMSコースと受け入れ病院用のhospital MIMMSコースがあり,CSCATTTに準じた講義,“table top exercise”とよばれる模型を使った訓練や討論などを行う.日本でも2005年にMIMMS日本委員会が設立され,その普及に向け活動を開始している. -
わが国の災害医療の新しい展開─災害派遣医療チーム(disaster medical assistance team:DMAT)
226巻9号(2008);View Description Hide Description災害派遣医療チーム(DMAT)とは,「大規模事故災害,広域地震災害などの際に,災害現場・被災地域内で迅速に救命治療を行えるための専門的な訓練を受けた,機動性を有する災害派遣医療チーム」で,1チーム5名で,医師を中心に看護師や調整員(事務員)などの医療従事者から編成される.厚生労働省は全国1,000チーム(常時200チーム出動可能体制を目標)を養成する計画である.想定されるおもな任務は,近隣大規模事故災害対応として災害現場でのトリアージ,治療,閉鎖空間の医療など,地震などの広域災害発生時には被災地内医療機関の支援,患者後方搬送,広域医療搬送などである.政府は東海地震,東南海・南海地震または首都直下地震が発生した場合,自衛隊航空機を使用した全国規模の患者搬送(広域医療搬送)を計画している.DMATはこの広域医療搬送計画においても活躍することが期待されている. - 【DPC】
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DPC対象施設における救急医療の現状と展望
226巻9号(2008);View Description Hide DescriptionDPCは“どのような傷病に対してどのような医療行為を行ったのか”という診断名と医療行為の組合せによって患者を分類する方法である.現在,わが国では1,500以上の急性期病院がこのDPCの枠組みを用いてデータを作成している.DPC調査の枠組みを用いて救急医療の状況を分析した結果によると,救命救急センターでは1施設1カ月当り平均で1,578名が受診しており,その内訳は一次患者が68.9%,二次患者が15.3%,三次患者が15.8%となっていた.三次患者について原因傷病をみると,心筋梗塞や脳血管障害,外傷などが上位を占めていた.これまで国は救急医療に関して一次救急,二次救急,三次救急という階層モデルを前提として整備を進めてきたが,以上の結果はそのようなモデルが実際には機能していないことを示唆している.救急医療の体制およびその基礎となる評価方法について,改めて検討が必要である. - 【問題点】
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“救命救急”のあり方とその問題点
226巻9号(2008);View Description Hide Description救急患者の“たらい回し”を防ぐべく,昭和50年代から全国的に整備が進められてきた救命救急センターは,現在200カ所を超えている.今般,主管官庁である厚生労働省により救命救急センターの充実段階評価なるものが提示されたが,それによれば消防機関からの救急患者受入要請に対する収容件数すなわち応需率が重要な事項と目され,依然として救命救急センターには救急医療の“最後の砦”としての機能が求められていることが明らかとなった.しかし,それを達成するためには,設置されている医療機関内における救命救急センターの“独立と自由”の継続的な確保,あるいは医療圏のなかでの救急医療体制に対するイニシアチブの確立など,解決されなければならない課題が山積している. - 【地震対応】
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大地震時に効果的な救急医療を実施するために─首都直下地震時の予想重症患者数とマニュアルのあり方
226巻9号(2008);View Description Hide Description大地震発生時に適切に救急医療を実施するには,想定される患者の数と重症度の程度,受け入れ医療機関の体制を理解しておく必要がある.一般に地震災害の様相は,マグニチュードや震源の位置・深さなどの物理現象としての地震の特徴に加え,その影響を受ける対象地域の自然環境特性と社会環境特性から構成される地域特性によって決定される.そこで本研究では,現在発生が危惧されている首都直下地震を対象に,救急医療の対象となる患者の発生と分布,受け入れ医療機関の体制の評価法に関して報告する.さらに,病院が準備すべき災害対応マニュアルのあり方に関しても紹介する. - 【医師会】
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医師会における救急医療の現状と取組み─東京都を中心に
226巻9号(2008);View Description Hide Description昨今の救急医療の現状は,救急医療に従事する人材の不足,救急車が患者を収容してからの受入れ病院選定の課題,救急医療に関する診療報酬など,さまざまな課題がクローズアップされている.とくに全国で起こっている,傷病者の救急車収容後の搬送病院選定時間の増大にみられるように,迅速な搬送体制の確保が懸念されるとともに,最近の救急医療に関する報道などにより国民の救急医療体制に対する不安感や“安心・安全の医療”への危惧が社会問題化している.東京都においては平成20年(2008)2月,あらたに“東京都救急医療対策協議会”を立ち上げ,“迅速・適切な救急医療の確保について”の検討を開始した.東京消防庁でも懇話会・MC協議会であらたな対策が協議されており1),東京都医師会からも各会の委員が参画し,医療現場の現状を報告し,課題解決に向けて取り組んでいる.本稿では,その現状と取組みのおもな事項について報告する. - 【自衛隊】
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陸上自衛隊における救急医療の現状と展望
226巻9号(2008);View Description Hide Description陸上自衛隊は有事への対応に加え,国際貢献,大規模災害への対処を任務としている.これらの任務に対応すべく,陸上自衛隊は自己完結した組織として各種医療の国家資格などをもつ衛生科隊員を独自に養成し,さらに彼らに対する災害・救急医療,対NBC(核兵器,生物兵器,化学兵器),戦傷病を含めた教育を衛生学校で行っている.全国には自衛隊中央病院のほか15カ所の自衛隊病院があり,それぞれの病院では災害を含めた突発事案に対応できるよう備えている.自衛隊中央病院と一部の自衛隊病院には一般保険診療が認められており,一般に開放されている.また,地域の二次救急輪番制などにも加わり,地域医療に貢献している自衛隊病院もある.近年,災害対処訓練を自衛隊と行う自治体や医学会が増えてきている.大量傷病者の発生時には,常日頃から消防,警察,医師会,そして災害基幹・拠点病院などとの合同訓練や連携は不可欠であり,今後も活発に陸上自衛隊との連携が行われることが期待されている. - 施設別
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地方大学救命救急センターの現状と展望
226巻9号(2008);View Description Hide Description岩手医科大学における救急医療は大学設立以来の大きな課題であり,軽症から重症まですべての救急患者を受け入れている.そのなかで救急診療部(いわゆる一次・二次救急)と高度救命救急センターが密接な連携をとって診療にあたっている.医療対象約50数万の地方都市において年間5万弱の救急患者を受け入れているが,患者数の増加に対し質の保証をするマンパワーの確保が今後の大きな課題になってきている. -
大都市部・大学病院併設型救命救急センターの現状と課題
226巻9号(2008);View Description Hide Description当施設は“大都市部”に位置する“大学病院”併設型救命救急センターであるが,都市型救急医療施設特有の課題も存在し,その現状と課題を述べる.“大都市部”として社会的背景の変化を反映し,1.高齢者症例の増加(核家族化,老老介護,悪性疾患を含む慢性疾患の急性増悪など)に伴う終末期医療の指針作成の必要性,2.自殺企図症例の増加(過量服薬,飛び降り・自傷などの外傷など)に伴う精神科医の介入の必要性,3.都市型災害症例の増加(集団災害,多数殺傷事件など)に伴うDA(doctor ambulance:ドクターカー)/DMAT(disastermedical assistance team:災害派遣医療チーム)体制の充実の必要性,などがあげられる.“大学病院”としては,1.自己完結型救急に加え,ER型救急への対応の必要性,2.学生や研修医への教育強化の必要性(救急科専門医制度,サブスペシャリティー)などがあげられる. -
地方民間救命救急センターの現状と展望─東北地方最多の救急車収容の裏側
226巻9号(2008);View Description Hide Description地方では勤務医不足が深刻化しており,とくに救急医の充足度は低い.そこで当院では,麻酔科医が救急医療の核となって機能してきた.麻酔科医は手術の麻酔はもちろん,救急車搬送患者の治療を担当し,一人二役を果たしている.救急車で搬送される患者を重症度に関係なく初療することで,生命の危険にかかわる病態を見逃さないように努めてきた.莫大な症例を経験することにより集積した臨床データも充実し,とくに交通事故の分析ではシートベルトの効果やエアバッグの限界などについて工学学会にも報告できるようになった.しかし,患者数の増加に医師の増員が追いつかず,医師の疲弊度は限界に達している.今後は地域全体に外傷初療や心肺蘇生教育を啓蒙し,周辺病院のレベルを上げていくことが必須である.ACLSやJPTECTM,JATECTMなどのoff the job training courseはその有効な手段であり,地域での開催に積極的に努力する必要がある. -
都市部民間二次救急病院の現状と課題
226巻9号(2008);View Description Hide Description地域の救急医療の中心となる第二次救急体制は,都市部ではおもに民間病院によって維持されており,医療従事者の勤務体制が十分に整備されていない施設が大部分である.近年,患者の医療に関する意識向上に加えて,初期臨床研修制度導入による若手医師の勤務先の流動化が生じた結果,救急医療体制に内在していた問題点が明らかになってきた.とくに問題となるのは,全国の病院数の約4割という過剰な数の病院が,二次救急という入院を要する救急医療体制に組み込まれているにもかかわらず,救急告示や二次救急指定の要件である医師の交代勤務体制で運営されている医療機関がほとんどないことである.当面は医療費や医師数の大幅な増加が見込めないことを考慮すれば,救急医療体制を集約化することが必要である. - 救急医療各科
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救急医療と救急科専門医─その現状と展望
226巻9号(2008);View Description Hide Description救急医療は各科の医師によって支えられているが,その中心的な役割を担うのが救急医である.専門家(specialist)志向が強いなか,幅広く診療のできる医師(generalist)の意義が見直されている.救急医(救急科専門医)は救急医療を専門とするgeneralistである.救急医の活躍する領域としては病院前救急医学(災害医学,メディカルコントロールなど),初期救急治療医学(ER,トリアージなど),専門的救急治療学(外因性疾患,特殊重症病態など)があげられる.平成15年(2003)6月に“救急科専門医”の広告が認められ,本年(2008)4月には“救急科”の標榜が可能となった.このように,救急医の意義が認められ,制度面での認知は向上しているが,一般の市民や医師の救急医に対する認識とはなおギャップが存在する.今日,医療崩壊,救急医療の危機が叫ばれているが,救急医の観点から救急医療の現状を分析し展望を述べる. -
産科・周産期領域における救急医療の現状と展望
226巻9号(2008);View Description Hide Description平成16年(2004)の新臨床研修制度の導入を契機として,従来の劣悪な産婦人科労働環境に加えて,産婦人科新規専攻医師の不在に伴う負担業務が拡大した.これにより産婦人科医の分娩取扱停止や離職が進み,産婦人科医不足問題が各地で噴出した.結果として産科・周産期救急医療体制も崩壊し,産科救急患者の受け入れ拒否が幾度となく報道で取り上げられた.しかし,この崩壊の背景には単に産科医の不足だけではなく,NICU病床や新生児科医の決定的不足が存在することが明らかとなった.また,産科・周産期救急医療体制においては,効率的な患者受入をするための情報ネットワークの整備が遅れていることも判明した.現在これら産科医・新生児科医の勤務条件の改善,医療体制の整備に向けた多くの対策が講じられ,今後その効果が期待される. -
小児科における救急医療の現状と展望─理想的な小児救急医療体制はだれがつくるべきか
226巻9号(2008);View Description Hide Description小児救急医療の現状は,育児不安の増大,社会の24時間化,専門医志向,完結医療志向などの保護者の要望の増加の問題と,夜間診療可能な小児科医不足,医療側の小児救急に対する見識不足,兼務体制による医療提供の継続などの提供側の問題とが複雑に絡んでいる.しかし,そこにたがいの意識における乖離が生じていることが,現状をさらに複雑化していると言える.より理想的な小児救急医療提供体制を構築するには,この乖離を解消し,大事な地域の医療資源を協働で育成する意識を共有する必要があろう.このための医療側の余裕ある提供体制を行っていくには兼務体制から専任体制による医療提供が不可欠であり,小児救急医学としての学問的体系化が必要である.また保護者側としては,集約化・重点化体制や外来トリアージ体制などへの理解と協力が不可欠であり,医療資源を有効利用するという視点をもってもらうことが必要となるであろう. -
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外傷救急医療の現状と展望
226巻9号(2008);View Description Hide Description1995年以降,防ぎえた外傷死亡(PTD)の存在がわが国でも広く認識されるようになり,外傷救急医療体制を整備する機運が高まった.その結果,外傷病院前救護ガイドライン(JPTEC),重傷度・緊急度判断基準ならびに現場活動基準,ドクターヘリシステム,外傷初期診療ガイドライン(JATEC),外傷登録制度がつぎつぎと整備された.交通事故死者数(24時間死亡)が2000年以降,急激に減少傾向に転じ,2007年中には5,744人まで減少した背景には,外傷救急医療体制の整備が大きな役割を果たしたといえる.しかし,外傷救急医療体制の構築はいまだ道半ばであり,今後,JPTECプログラムのさらなる普及,救急救命士の処置拡大,ドクターヘリの全国配備ならびに消防・防災ヘリとの連携体制構築,外傷センターの整備,救急科専門医の育成,外傷登録制度参加機関の増加などを図り,PTDゼロをめざさなければならない. -
脳神経外科診療における救急集中医療とのかかわり─現在と今後の発展
226巻9号(2008);View Description Hide Description現状の脳神経外科診療における救急医療とのかかわりと今後の発展について解説する.国内の脳神経外科専門医数は非常に多く,手術を中心とした脳神経外科診療そのものの継続に数的には支障がないように思えるが,さまざまな医療環境の変化により実質的な脳神経外科専門医は少ないものと予想され,頭部外傷や脳血管疾患など脳神経外科救急領域でも同様な状況である可能性が高い.最近では,大学病院を中心として外傷診療や脳卒中に対する初期診療を救急医が扱うようになってきた.脳神経外科医は,全身状態を安定化させてから診療チームに加わることにより,その専門特殊性に集中し,時間が逼迫した脳神経外科救急でもその力を十分発揮できる可能性を高めることができる.術後の全身管理においても,救急医や集中治療医により合併症率を低下させ,診療の質を向上させている.今後も脳神経外科救急を担当する医師の専門特殊性追求と業務負担の軽減は可能であると考えられる. -
循環器内科(蘇生)における救急医療の現状と展望
226巻9号(2008);View Description Hide Description心肺停止患者に対する心肺蘇生法(CPR)は,循環器医のみならず,すべての医療関係者に必須の習得項目である.しかし,basic life suppor(t BLS)は30%程度にしか施行されていないのが現状である.2007年にわが国より2つの大規模試験が報告された.いずれも胸骨圧迫のみのCPRと従来のCPR(人工呼吸を含む)を比較し,胸骨圧迫のみのCPRで従来のCPRと同等もしくはよい結果であったと報告している.さらにアメリカ心臓病学会でも胸骨圧迫のみのCPR実施を促す声明を発表した.呼吸器疾患(窒息を含む)や小児では検討の余地があるが,成人の心原性心停止患者では胸骨圧迫のみのCPRは有効と考えられる.本稿では胸骨圧迫のみのCPRについて概説する. -
心臓血管外科領域の救急疾患とその治療
226巻9号(2008);View Description Hide Description心臓血管外科緊急手術の対象となる疾患は,成人ではACS(急性冠症候群),急性心筋梗塞の機械的合併症,急性大動脈解離,大動脈瘤破裂(切迫破裂),血管外傷,急性下肢動脈閉塞,重症心不全,急性肺動脈塞栓症など,小児では新生児先天性心疾患とバラエティに富んでいる.疾患自体の重篤性に加え,患者は動脈硬化症に起因または関連するさまざまな併存症を抱えていることが多く,これらの緊急手術は従来から非常に高いmortalityを伴い,しかしある意味ではそれが仕方のないこととされてきた.しかし,昨今のさまざまな手術手技,デバイスの開発や周術期患者管理法の進歩により治療成績は向上しつつある.とくにここ数年で治療に大きな変化が起こりつつあるのが,大動脈疾患に対するステントグラフトを用いた治療と,重症心不全に対する補助人工心臓を用いた治療である. -
ERの現状と今後の課題
226巻9号(2008);View Description Hide Description初期,二次,三次の救急医療施設の階層化を特徴とする日本の救急医療制度は,病院前での重症度判定(病院前トリアージ)を前提としてきた.しかし,疾病救急や高齢者救急の増加に伴い,病院前トリアージの限界が顕在化するようになり,重症度や臓器専門性にかかわらず受け入れ病院内でトリアージを行うER型救急医療が注目されている.2003年10月には日本救急医学会内にER検討特別委員会が設置され,ER後期臨床研修モデルプログラムも作成された.同委員会の調査によれば,ER型救急に取り組む医療施設も増加傾向にある.今後はER型救急医療の特性に対する各方面からの理解が深まり,必要な人材が育成されていくことが望まれる. - 診 断
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救急診断UPDATE─優先順位に基づいたアプローチ
226巻9号(2008);View Description Hide Description救急診療の現場では,時間や人的・物的リソースに制約があり,つねに優先順位を考える必要がある.緊急度により,1.生理徴候から判断される生命を脅かす病態の診断,2.急性症候群・急性臓器不全の診断,3.迅速に行える画像検査を追加使用する病態部位に関する診断,4.病理学的診断,の順に優先順位があり,それぞれの階層での治療開始に連結すると考える.1.の診断は,ただちに蘇生的治療を開始することを意味し,2.の診断により内科的治療が開始される.また,3.の診断はより根本的な治療の方向性を示すものである.緊急治療を開始するにあたって,病理学的診断までは不必要な場合が多い.さらにこれらの診断過程において,見逃すと致命的な疾患(killer diseases)を除外診断することもたいへん重要である. - 教 育
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BLS(basic life support)/ACLS(advanced cardiovascular life support)
226巻9号(2008);View Description Hide Description心肺蘇生法のポイントは適切なBLSを行うことと,BLSに続いてACLSをチームで実行することである.BLSは蘇生が必要であるか否かの短時間の評価と,胸骨圧迫,人工呼吸,AEDの使用といった一次救命処置の技術から成り立っている.BLSの習得が心肺蘇生法にもっとも重要である.ACLSは的確なBLSに基づいて,心電図モニター,気道確保,薬剤投与など,二次救命処置をチームで遂行しつつ心停止に至った病態の検索と心拍再開後の集中治療に移行するまでの診断,治療が含まれる. -
外傷診療ガイドラインと教育コース
226巻9号(2008);View Description Hide Description外傷はいつどこで発生するかわからないので,その診療手順は発生現場から根本的な治療法まで標準化されることが望ましい.外傷死亡者のなかには,適切な救急搬送,病院での適切な初期治療,適切な手術操作が行われれば救命しえた,preventable trauma death“防ぎ得た外傷死”といわれる症例が少なからず存在する.受傷後の限られた時間内に迅速な評価と適切な救急処置を行うことで重症外傷症例が救命できるのであれば,その概念を知らしめるための教育が必要で,病院前救護→院内での外傷初療→外傷専門医による適切な外科的処置,と続く一連の診療ガイドラインを,救急隊員,初療を担当する医師,外傷外科医,がそれぞれ理解し実践することが求められる.本稿では,現在わが国で行われている外傷診療教育コースの内容を紹介する. - 新たなアプローチ
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交通外傷の予防医学−自動車乗員の安全の決め手はなにか
226巻9号(2008);View Description Hide Description“救命の連鎖”にも示されているように,外傷死亡を防ぐための第一歩は予防である.とくに自動車乗員においては,安全を確保するための基本はシートベルトの着用である.衝突安全ボディーの開発や多数のエアバッグの装着により,シートベルト非着用の場合でも安全性が確保されると誤解している自動車ユーザーも少なくないが,これは工学的にも,自験例のデータからも誤りである.シートベルト非着用でエアバッグが展開するとかえって危険な場合がある.また,乗車車種(排気量)や乗車位置の違いによる安全性の違いは思いのほか少ない.欧米ではシートベルトの効果が認識され,妊婦に対してもその着用が啓蒙されてきたが,わが国では啓蒙活動ははじまったばかりである.運転中に何らかの内因性疾患により意識障害発作を発症することも想像以上に多い.自動車乗車時には全席でシートベルトを着用し身を守ることがきわめて重要であり,医療者はその啓蒙に努力すべきである. -
組織欠損に対する新たなアプローチ−救急医療に関連した再生医療
226巻9号(2008);View Description Hide Description21世紀の現在,再生医療はもっとも注目される医療である.現在,再生医療の研究は全臓器にわたって進められているものの,臨床応用にまで至っているのはいまだ少ない.だが一方で,皮膚,角膜,骨・軟骨,神経再生は一部で臨床研究,臨床試験,そして販売が行われている.救急医療の現場で再生医療に直接結びつく疾病は,熱傷や外傷による組織欠損である.とくに,熱傷治療や角膜損傷に対して再生医療のニーズが広がるのは疑いの余地のない事実である.さらに,外傷などによる硬組織欠損に対しても骨・軟骨に対する再生医療のニーズが高まっているのが現状であり,脊髄損傷に対する治療にも期待がかかる.本稿では救急医療の現場に密接に関連している再生医療の現状について述べる. - 倫理・メディア
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延命治療の差し控えと中止−患者の利益と医師の心理的負担の視点から
226巻9号(2008);View Description Hide Description高度医療の現場においては,恩恵であるはずの医療が結果として患者に負担をもたらす事態に至る場合が少なくない.欧米諸国では,救命不可能となった患者に対する延命治療の問題について長い議論の歴史があり,そのなかで,第一に患者の利益の観点から,不要な治療の継続によって患者に苦痛をもたらすよりも治療を中止するほうが医学的・倫理的に適切であると結論された.現在の欧米諸国では,治療中止は臨床上の通常の選択肢となっている.しかしわが国では,延命治療の中止に関する議論は緒についたばかりである.救急現場の医師は,治療の中止にかかわる社会的問題とともに,自らの心理的抵抗感の問題のために延命治療の中止を形態としての差し控えで実施していることが示されているが,その弊害も指摘されている.患者に最善の医療を行うために治療の中止が必要ならば,医師は治療中止にかかわる自らの「つらさ」と向き合い,対処法を検討する必要があるのではないか. -
だから今こそ“医療安全調査委員会”を強力に支持しよう!─救急医療における瑕疵認定の問題
226巻9号(2008);View Description Hide Description救急医療は,マンパワーも時間的余裕も検査結果も不十分な中で,状態の変化が早く,死亡や重篤な転帰をたどることも少なくない広範な診療科にまたがる患者への対応を迫られるハイリスク領域である.予期せぬ突然の不幸を受け入れ困難な家族もまれではなかろう.したがって,いわれのない医療不信,民事訴訟,さらには警察による業務上過失致死の疑いでの捜査,という流れに乗る可能性も高い領域であるといえる.しかし,何ゆえに救急医療医は自分らの医療行為をピアレビューすることを放棄し,判断を,医学にまったく素人で,告訴を受ければ捜査をして罪を問うために書類送致をすることを基本的任務とする警察に真相究明をこれまで通り任せるという愚かな主張を続けるのであろうか? このような領域であるからこそ,医療提供者自らが専門的にガラス張りのもと堂々と真相解明をし,「結果は不幸なものであったが,医学的にこれはやむをえないことであり,業務上過失致死という刑事罰や民事的な賠償責任も負うものではない」ということを説明するための“医療安全調査委員会”を立ち上げるべきなのである. -
“たらい回し”報道と救急医療の長すぎた蜜月
226巻9号(2008);View Description Hide Descriptionメディアによる“たらい回し”非難報道は,救命医療においてトリアージが不可避であるという現実から人々の目を逸らし,代わりに医師に非難の目を向ける.このため医療関係者はメディアの救急医療報道に憤慨するのだが,他面で“たらい回し”報道が,国民の中に救急医療体制の不足感を醸成し,それを背景として救急医療の量的拡大が進められてきたという事情がある.そして,その救急医療の拡大とともに,“たらい回し”非難報道は減るどころか確実に増加してきたのである.医療の不足をあげつらうだけで,医療に内在する問題の指摘を怠っているという点で,マスメディアばかりでなく学術専門誌の責任もまた重い.
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