医学のあゆみ

頸椎症性脊髄症に対する手術法は，前方法と後方法に大別される．どちらの方法が優れているかについてはまだ決着がついていない．後方法については術後の頸部痛軽減を目的として，できるだけ頸椎後方要素を温存する試みがなされてきている．頸椎の矯正固定が必要な症例に対し椎弓根スクリューが使用できるようになり，安全性を高めるためにナビゲーションシステムが発展してきた．精密な除圧操作を行うために，手術用顕微鏡が日常的に使用されるようになってきた．

頸椎症は，椎間板の変性や椎間関節の関節症性変化によって，頸部を中心とした痛みを呈する疾患である．鎮痛剤・外用剤の処方や理学療法による疼痛緩和が治療のゴールとなる．神経圧迫の進行により神経根症や脊髄症，すなわち上肢へ放散する痛みや髄節症状・錘体路症状を呈する．神経根症は薬物治療，頸椎カラーなどの理学療法，ブロック治療を行う．脊髄症が進行した場合は手術治療が勧められる．評価は患者立脚型質問票をメインとし，さらに治療者評価による機能評価と神経学的評価，画像評価を必要とする．患者立脚型質問票としてはSF-36などの総括的尺度のほかに，頸椎症ではNeck Disability Index，頸髄症では因子分析などの計量心理学を駆使して近年開発されたJOACMEQなどの特定の疾患を対象に開発された特異的尺度を用いる．頸髄症の治療者評価では，日本整形外科学会頸髄症治療成績判定基準（JOAスコア）がよく用いられている．

加齢に伴い変性した頸椎に由来する頸部痛の原因は，これまで未解明であったといってよい．したがって，頸部痛を主訴として受診した中高年の患者において，炎症，外傷，腫瘍といった特異的な疾患がない限り，その原因を確信をもって述べられる医師は脊椎脊髄疾患の専門医を含めてもまれであったと思われる．たしかに，椎間板あるいは椎間関節の変性を原因とする頸部痛があるとの報告がみられる．しかし，それらの論文を繙けば，多くの疑問が生まれる．最大の問題は椎間板や椎間関節の変性が万人に例外なく，しかも各椎間板・椎間関節に必発する事実にある．椎間板・椎間関節の変性由来の頸部痛が確実にあるのであれば，万人が間断なく痛みを煩うはずである．一方，頸部神経根の圧迫由来の頸部痛が最近明らかとなった．片側で肩甲上部や肩甲間部に痛みがあり，Spurlingテストで誘発・増強されれば神経根性の痛みとみなされる．

頸椎症（CS）の診断にはMRIが広く使われるが，MRIは無症状の高齢者でも異常がかなり多い，すなわち特異性の低いことが問題となる．針筋電図，体性感覚誘発電位（SEP）などの電気生理学的検査はMRIよりも特異性が高いことが示唆されている．神経伝導検査（NCS）も含めた電気生理学的検査が筋力低下・感覚鈍麻などの症候に直接対応する機能を評価できる点も，MRIにない利点である．種々の電気生理学的検査は他疾患との鑑別にもっとも役立つ．手根管症候群をはじめとする上肢の絞扼・圧迫性ニューロパチー患者がMRIだけをもとにCSと診断されるのは，もっとも多い誤診である．これらの疾患はNCSで容易に診断できるものであり，手のしびれ・脱力を訴える患者では，症候学的検討に加えて電気生理学的検索をまず行うことがなにより重要である．SEPは感覚障害の病巣局在に寄与する．針筋電図は筋萎縮性側索硬化症（ALS）との鑑別に有用なほか，障害分布を検討することで腕神経叢・末梢神経疾患との鑑別に役立つ．

変形性頸椎症とは，頸椎の椎間板を中心とする経年変化に伴い項部痛（軸症），手の痛みやしびれ（神経根症），下肢の運動障害（脊髄症）などの諸症状を呈してきた状態の総称である．本疾患は解剖学的変化を基盤としているので，内科的治療は功を奏しにくい．ただ，幸いなことに時間が解決してくれる部分が多いので，内科的治療がないといっても外科的治療を決断する機会は多くない．まして致死的疾患ではなく，患者の臨床症状以外にも個人的あるいは社会的背景などがかかわるので，治療つまり外科的治療の適応決定には難しいところがある．最終的には外科的治療の判断は患者に委ねられるが，その際に患者に本症の自然経過と本症に対する外科治療の成績と合併症割合を提供する必要があり，これらが公正で標準的なものでなくてはならない．

頸椎症のなかで，頸椎症性根症は多くの場合，症状が片側上肢で，障害された神経根の支配領域の脱力やしびれ・痛みに限られることが多い．そのため，機能障害の程度から頸椎症性脊髄症と比較して軽視されがちである．しかし，頸椎症性根症由来の頸部から上肢へ放散する痛みは患者にとって耐えがたいものであり，就労を含めて日常生活に支障をきたすこともまれではない．また，C5神経根障害による肩の挙上困難などの重篤な症状を呈する場合もある．頸椎症性根症は保存療法によく反応するため，ソフトカラーなどの装具療法，非ステロイド系消炎鎮痛剤の投与などが第一選択となるが，保存療法に抵抗性を示す症例も存在し，手術療法の時期を見誤ると難治性の疼痛や筋力低下などを後遺する場合がある．そこで，頸椎症性根症に対する手術治療の適応とその術式について解説する．

頸椎椎間板ヘルニアや頸椎症などにより神経症状が出現する場合，頸椎前方から進入し，椎間板，圧迫病変を除去し，固定を行う方法が広く普及している．その一方で，長期成績の結果，固定隣接椎間の問題が指摘されている．これに対し椎間固定を行わずに除圧のみを行う方法として，頸椎前方神経根減圧術（鉤椎関節経由，頸椎椎体経由）が報告されてきた．著者らは，より椎間板の温存が期待できる頸椎椎体経由によるキーホール手術を行っている．適応としては，症状の主体が一側の神経根症状，あるいは神経根症状に加え一側の軽度の脊髄症状を伴う場合で，椎間板ヘルニアや骨棘により神経根や脊髄の外側部分に圧迫を認め，脊髄圧迫がみられない場合である．喉頭や食道といった軟部組織の牽引は少ないため，これらに伴う合併症の発生は少ない．むしろ小さな鍵穴からの除圧のため，オリエンテーション不良や除圧不十分による成績不良に注意が必要である．

頸椎症の神経症候は解剖学的な障害部位により，1神経根症，2髄節症候，3索路症候の3つに分類できる．神経根症は神経根痛が特徴的で，頸椎の後屈などによってしびれ・痛みが誘発されることが多い．脊髄障害においては中心部が最初に障害されやすいので，髄節症候として上肢の症候が最初に出現することが多い．上肢の神経症候が神経根症か髄節症候かを見極める必要があるが，ときに鑑別が困難な場合がある．脊髄障害が進行すると体幹下肢に索路症候が出現する．また，頸椎の障害高位別の症候を理解することが診断上重要である．

頸椎症とその類縁疾患（椎間板ヘルニアや靱帯骨化症）の神経症状には，頻度が多く障害高位と対応する定型的症候のほかに，ややまれな非定型的症候や障害高位からは推定しにくい症候（偽性局在症候）がある．これらは頸椎症の病理学的過程の多様性を反映しており，その分析は予後の予測や治療方針の決定にとってきわめて重要である．また，脳血管障害や末梢神経障害など他部位の病変や神経変性疾患などとの鑑別が問題になることも多く，偽性局在症候の場合は画像検査にあたって脊髄内でどの部位に焦点をあてるべきかを考えさせられる．頸椎症において特殊な例は頻度的にややまれであるが，誤診を避けるためにその存在に通暁しておく必要がある．

頸椎症は中高年の脊髄障害の原因として頻度が高く，高齢化社会を迎えて重要性が高い疾患である．頸椎症による脊髄障害を診断・治療するうえにおいて，障害を受けた脊髄の病理学的所見を正確に理解することは重要である．本稿では，病理解剖で認められた頸椎症による脊髄障害の病理像を概説する．脊髄は変性膨隆した椎間板および骨棘により前方より圧迫を受け，脊柱管と脊髄との間にゆとりの少ない中下位頸椎レベル（C5〜C8髄節レベル）がもっとも障害されやすい．脊髄は圧迫により前後に　@平化し，圧迫が強くなると中間質から後角と後索の腹外側部，ときには前角に広がるcystic cavityを形成する．白質病変は後索腹外側部や側索にはじまり，ついで後索全体に拡大し，髄鞘，軸索が脱落し，海綿状態を示す．複数髄節で圧迫を受けた症例では脊髄の横断面の面積は萎縮する．神経根の障害も重要で，前根・後根とも神経線維の脱落を認める．

頸椎症は，直立歩行と長命という，ヒト特有の生物学的性質に基づく病態であり，動物実験での再現は不可能である．発症がいつでどのように進行するかについても，病態は運動機能に影響を与えても生命予後には関係しないことより，臨床・画像・病理連関を得ることがきわめて困難である．著者らは，高齢者連続剖検例で，頸髄を全髄節丹念にみる作業を継続しているが，頸椎症性圧迫によると思われる脊髄変化はきわめて高頻度であるのに対し，臨床記載はきわめて乏しい．上肢機能について，スプーンで食事ができればよしとする現在の基準では，頸椎症は問題になりにくい．また下肢機能についても，脊椎全体の老化性変化が影響をもつだけでなく，股関節，膝関節など，ほかの骨系統，脳血管障害に代表される頭蓋内病変が相加的に影響するため，頸椎症単独の評価はしばしば困難である．この問題の解決には，長期縦断研究と病理所見を組み合わせる努力以外，方法はない点を強調したい．

医療事故で主治医の責任ばかり追求していれば，リスクのある医療はなくなる．本論の目的は，医療事故の態様と責任のあり方を分析し，“医療崩壊”の阻止に大切な点を提言することである．なお，著者はこれらの問題を詳しく論じた書物を出版した．

大学病院といえどもその経営について考えなければならない時代の到来である．今回は医療に対する考え方の変化と，医療制度の仕組みの変化について考察し，大学病院経営におけるDPCの課題と展望について述べる．医療を取り巻く環境の変化に医療サイドは十分対応していないのではないであろうか．大学病院に平成15年（2003），DPC（包括医療評価制度）が導入されてから5年がたった．DPCが一般病院を中心に展開することになると，大学病院としていろいろ考慮していかなければならないことが予想される．一般の病院と同じ評価で大学病院が評価されると立ちいかなくなるのは当然である．一般病院にはない機能を大学病院がもっていることを示すとともに，われわれ一人ひとりがその自覚をもって行動すべきである．今後の医療政策を考えていくなかで，大学病院として守らなければならないものがみえてきていると考える．DPC導入の大きな目的でもある，医療の質を確保しながら効率的な医療を行い，医療の発展と質を高めることが大学病院の役目である．