医学のあゆみ

Surviving Sepsis Campaign Guidelines（SSCG）は2004年に発表された，はじめてのエビデンスに基づく重症敗血症（severe sepsis）の診断・治療のガイドラインである．2008年1月にはその改訂版が発表された．本ガイドラインは単に感染症の治療にとどまらず，臓器低灌流を是正するための初期蘇生，血管作動薬の使い方，ステロイド治療，急性肺傷害に対する人工呼吸管理，血糖コントロールなど，計35項目について88の推奨が書かれたきわめて実践的な内容となっている．本ガイドラインで推奨されている項目のなかには実臨床に役立つものが多く含まれているが，一方ではわが国の臨床の実際と大きく異なる点も多く，また最新の知見ですでに否定されつつある項目も含まれている．したがって，本ガイドラインを導入するには注意を要すると考えられる．

Surviving Sepsis Campaign Guidelines（SSCG）で推奨されている初期蘇生（initial resuscitation）は，Riversらが提唱したearly goal-directed therapy（EGDT）を基礎としたものである．具体的には循環系の各種パラメータ（中心静脈圧，平均血圧，尿量，静脈血酸素飽和度）に目標値を設定し，それぞれの目標値を早期に達成する循環管理法である．従来の循環管理法と異なる点は，1治療開始から6時間以内と早期の達成を目標にあげていること，

本ガイドラインのDiagnosi（s診断）とSource contro（l感染巣コントロール）では，そのほとんどがわが国でもすでに日常臨床で実践されている内容となっている．本稿はいわば総論的な部分なので，必然的に推奨項目のほとんどがエビデンスレベルCまたはDでサポートされている．Severe sepsis（重症敗血症）やsepticshock（敗血症性ショック）の救命には，初期蘇生に引き続き，速やかに感染巣および原因菌を同定して適切な治療法を選択し，感染巣を制御することがきわめて重要である．しかし，患者によっては全身状態が不安定なため，状況に応じた適切な判断が求められる．治療手技は可及的に低侵襲かつ的確な処置を選択すべきである．また，原因不明の重症敗血症や敗血症性ショックに対してはつねに血管内留置カテーテル感染の可能性を検討し，必要であれば躊躇せずカテーテルを抜去すべきである．

De-escalationとは，severe sepsis／septic shock患者や人工呼吸器関連肺炎などの重篤な感染症に対する抗菌薬治療ストラテジーで，2ステップで行われる．まずステップ1として，予後を改善する目的で，初回から起因菌に活性のある抗菌薬を使用するために広域抗菌薬を遅延することなく開始する（initial appropriate therapy）ことがあげられ，必要なら抗菌薬併用も行う．ステップ2は耐性菌発生を最小限にするために，臨床経過が良好で，培養結果から狭域抗菌薬にも感受性があれば変更する（de-escalation）治療法である．

敗血症性ショック時の循環動態は，血液分布異常による体血管抵抗の減弱（相対的血管内容量減少）を主体とし，これに加えて血管透過性の亢進による絶対的血管内血液容量減少や血管内皮細胞の障害による微小循環不全，それによる各臓器機能の低下などが相互作用し，単純に容量負荷や血管作動薬投与を行っても改善をみない症例にしばしば遭遇する．しかし，病態を鑑みた場合，輸液療法は循環動態改善のために第1になされる治療法である．以下に，2008年に改訂されたSurvival Septic Campaign Guidelines（SSCG）で述べられている輸液療法を要約し，根拠となった論文を紹介する．

重症敗血症あるいは敗血症性ショックに対する初期治療としてもっとも重要なのが循環管理である．循環管理に用いられる循環作動薬は数多くあるが，Surviving Sepsis Campaign Guidelines（SSCG）2008では，昇圧薬の第一選択薬としてノルエピネフリンまたはドパミンを，心拍出量が十分に維持できない場合の強心薬としてドブタミンを推奨している．低用量バゾプレシンはノルエピネフリンの昇圧効果が十分に得られない場合の追加投与薬剤として，一方，エピネフリンはノルエピネフリンあるいはドパミンに対する昇圧反応が思わしくない場合の第一選択代替薬として提言されている．また，腎保護を目的とした低用量ドパミン使用に関しては，推奨しないことが明記されている．本稿では，SSCG2008のなかで敗血症性ショックに対して提示されている血管収縮薬・強心薬を中心に，理論的根拠も含めて概説する．

改訂版Surviving Sepsis Campaign（SSC）ガイドラインにおけるステロイドの使用は，「輸液治療や血管作動薬に反応がみられない場合の投与」が弱く推奨されている．一方，「投与前のACTH負荷試験は実施しない」や「投与量はヒドロコルチゾンで300 mg／day以下とする」，「ショックを伴わない場合には投与しない」に対してはそれぞれ強い推奨がついており，全体として使用が制限される方向にある．これらは，これまで実施された臨床試験結果では明らかな生存改善効果が確認できなかったことを反映した変更である．現時点では，比較的低用量のステロイドはショック合併例に対してショックからの離脱に有用であろうと思われるが，転帰を改善するためには重複感染などの有害事象をクリアする必要があると考えられる．

rhAPCはSurviving Sepsis Campaign Guidelines 2004では，死亡リスクの高い患者〔acute physiology andchronic health evaluation（APACHE）㈼≧25，敗血症による多臓器不全，敗血症性ショック，または敗血症による急性呼吸窮迫症候群（ARDS）〕，および出血リスクに関連する絶対禁忌や，リコンビナント活性化プロテインC（rhAPC）の予想される有益性を上まわる相対禁忌のない患者に推奨された．Surviving Sepsis CampaignGuidelines 2008においては，重症敗血症があり死亡リスクが低い成人患者（その大半はAPACHE㈼＜20または単一臓器不全がある）に対しては，rhAPCを投与しないことが推奨されている（グレード1 A）．しかし，わが国においてrhAPCの導入に際してはさらなる検討が必要であろう．

ヘモグロビンレベルが7．0 g／dl以下に減少した場合，7．0〜9．0 g／dlレベルを目安とする赤血球輸血を行う．基本的には重症敗血症に合併する貧血の特異的治療法としてエリスロポエチンを使用しない．出血がみられず，侵襲的処置の予定がない場合には凝固異常を是正するために凍結新鮮血漿を使用しない．重症敗血症および敗血症性ショックの治療にアンチトロンビンを投与しない．重症敗血症患者の血小板数が5，000個／mm3以下であれば，視診上の出血の有無にかかわらず，血小板輸血を行うべきである．

SSCG2008での人工呼吸器管理は，おもに急性肺損傷（ALI）および急性呼吸窮迫症候群（ARDS）に対する肺保護換気（protective lung ventilation）が主体である．従来の人工呼吸器管理は人工呼吸器関連肺損傷（VALIあるいはVILI）を引き起こし，肺局所炎症から多臓器障害（MODS）をきたす可能性が推測されている．ALI／ARDS患者においては一回換気量の達成目標を6 ml／kg〔（予測）体重当り〕とし，さらにプラトー圧を測定し，目標プラトー圧を当初30 cmH2O以下にすることが推奨されている．そしてsepsisに直接関連する人工呼吸器関連肺炎（VAP）の予防戦略が強調されている．

Surviving Sepsis Campaign Guidelinesでは，人工呼吸を要するseptic患者に対する，鎮痛・鎮静・筋弛緩薬使用について3項目の推奨がある．鎮静レベルの目標を定めて，プロトコールに沿って鎮痛薬・鎮静薬を使用し，筋弛緩薬の使用を最小限に止めることにより，人工呼吸装着期間やICU滞在日数の短縮，経費節減，遷延性筋力低下の防止をはかることができる．鎮静薬・鎮痛薬はボーラス投与または持続静脈内投与を行う．持続静脈内投与する場合，1日1回投与を中止した後，患者の状態を判断し，必要なら投与を再開する．

以前から高血糖を生じる患者の予後は不良であることが知られている．2001年と2006年に外科系および内科系人工呼吸器管理患者を対象とした大規模なRCTで，積極的にインスリンを使用し血糖を80〜110 mg／dlにコントロールをすると死亡率が低下する結果が報告された．これらをもとに，2008年に改訂されたSurvivingSepsis Campaign Guidelines（SSCG）でも初期療法後，インスリンを静注しながら血糖値＜150 mg／dlを目標とするとされている．ここではこの根拠となった研究とそれらの問題点，今後の展望について解説する．また，「サイドメモ」ではベッドサイドでの血糖測定での注意点を述べる．

Surviving Sepsis Campaign Guidelines 2008の“その他の支持療法”である腎代替療法，重炭酸塩療法，深部静脈血栓症の予防およびストレス性潰瘍の予防について概説した．腎代替療法は従来までのartificial supportとしてだけではなく，メディエーター対策という側面が広く検討されている．しかし，改訂版でも十分に取り上げられているとはいいがたく，持続的腎代替療法と血液透析は従来どおり等価であるとし，血行動態学的に不安定な患者に対しては体液バランス管理のために持続的腎代替療法の使用を提案しているのみである．重炭酸塩療法については大きな変化はなく，乳酸アシドーシスに対する投与を従来どおり推奨していない．深部静脈血栓症の予防についてはヘパリンと低分子ヘパリンの使用法について，ストレス潰瘍の予防についてはプロトンポンプインヒビターの位置づけが変更された．長い歴史のある選択的消化管感染除去は敗血症患者への応用について改訂版ではじめて議論されたものの，使用すべきとの結論には至らなかった．

Sepsisは小児においてもいまだ重要な死因であり，sepsisに対する臨床試験を小児領域で行うためにも，疫学情報を集積するためにも，関連用語に関する共通した定義付けが必要となる．小児のsepsis continuumの定義は，成人のそれと類似しているものの同一ではない．その主たる理由は，小児のバイタルサインや血液検査値の各年齢域における正常値の違いと幅の広さに起因している．Sepsis continuumの定義における，小児と成人との相違に焦点をあてて解説する．

Surviving sepsis campaign guidelines（SSCG）改訂版における“小児に対する推奨項目”の項目を中心に，小児severe sepsisにおける重要な診断治療項目を概説する．SSCG2008の根拠となった関連文献は後方視的検討が多く，ランダム化比較試験はわずかであり，残念ながら個々の項目の推奨度は高いものではない．PALSガイドラインに準拠したショックの初期蘇生，とくに組織循環指標の迅速な評価に基づく初期の等張輸液の急速大量負荷と適切な循環作動薬選択の重要性，急性副腎皮質機能不全に対するステロイドのより慎重な投与，活性化プロテインC製剤の使用非推奨などが注目すべき点である．今後，小児のsepsis領域における質の高い臨床研究の遂行とエビデンスのさらなる集積が不可欠である．

敗血症の治療成績を向上させるために作成されたSurviving Sepsis Campaign Guidelines（SSCG）が，2008年にアメリカ集中治療医学会およびヨーロッパ集中治療医学会などの11の国際学会により改訂された．2008年改訂版SSCGにおいても，2004年版の多くの項目が継承され，敗血症治療の方向性を示している．しかし，このガイドラインはわが国のかならずしもすべての医師が知っているわけではないのが現状であり，わが国においても十分な治療指針を提案する必要がある．このような現状を踏まえて，日本集中治療医学会ではSepsis Registry委員会が発足され，現在，わが国における敗血症治療ガイドラインの作成を目標としている．敗血症治療成績を良好とするために，疾患知識を整理するとともに，わが国からも良質な臨床エビデンスを提出する必要がある．