医学のあゆみ

長年の喫煙が肺癌のおもな危険因子として確立されてきたが，近年，間質性肺炎，とくに肺線維症と肺癌発症との関係を示唆する報告が散見され，なかには肺癌と関連が強いとされている慢性閉塞性肺疾患よりも高頻度に肺癌を合併するという報告もある．肺線維症が肺癌と発生原因を共有しているのか，肺線維症が発癌母地であるのか未知の点は多いが，肺線維症と肺癌という2つの疾患の間に特別な関係があることが示唆される．また，肺線維症の合併は肺癌診療で，診断はもとより治療に関しても大きな制約をもたらす．このため今後，肺線維症における肺癌の発生機序の解明と，肺線維症の合併に影響されない予防法や治療法の開発が期待される．

膠原病に伴う間質性肺病変（膠原病肺）は膠原病の予後を左右する重篤な臓器障害のひとつであるが，その頻度や臨床像はそれぞれの膠原病により異なる．また，膠原病や間質性肺炎の存在は肺癌の先行病変としても注目されている．しかし，膠原病肺に合併する肺癌に関する検討は特発性間質性肺炎／肺線維症に合併する肺癌と比べ少なく，肺癌合併機序についても肺線維化病巣での遺伝子異常の蓄積による発癌の可能性以外に，膠原病を共通基盤とした膠原病肺と肺癌の発症，膠原病治療（免疫抑制薬など）による発癌の可能性も示唆されている．膠原病肺に合併した肺癌の治療では膠原病肺の急性増悪に留意すべきであるが，その発症頻度や機序，発症予測因子，予防法や治療法などに関して不明な点が多い．現時点では肺癌と膠原病肺の両者の予後を慎重に検討し，十分なインフォームドコンセントを行ったうえで治療方針を決定すべきと考えられる．

間質性肺炎は非常に多様な病態をもつheterogeneousな疾患群であり，本来各病態に応じた対応が望ましい．しかし，肺癌合併例における化学療法については，いまだエビデンスといえるデータが乏しく対応に苦慮することが多い．近年，間質性肺炎の存在が化学療法による肺障害発症の危険因子であることが示され，さらに線維化の程度や正常肺野面積がそのリスクに大きく関連することが報告された．抗癌剤には間質性肺炎合併肺癌に対して禁忌となっている薬剤もあり，治療が大きく制限されることも問題となる．また最近，二次以降の治療として広く使用されつつあるEGFRチロシンキナーゼ阻害剤は他剤に比べて肺障害の発症リスクが高く，間質性肺炎合併例での使用には慎重な姿勢が必要である．対応が非常に難しい問題であるが，避けて通れない分野でもあり，このような状況を踏まえたうえで著者らの考えを述べたい．

放射性肺炎には，1. 照射野内に発症する古典的放射性肺炎と，2. 全肺野に陰影が出現する特発性放射性肺炎とに大きく分けられ，後者の発症には広範囲照射，縦隔照射，間質性肺炎の存在などが関与する．一方，間質性肺炎合併肺癌に対する放射線療法においては間質性肺炎の存在が重篤な放射性肺炎のリスク因子となり，治療死亡のリスクを高めるとされ，原則禁忌と考えられる．さらに，間質性肺炎からみると放射性肺炎によって急性増悪を生じる可能性もある．しかし，すべての間質性肺炎で放射線療法が不可能であるかは現時点では明確ではなく，今後の検討課題である．

間質性肺炎患者には高率に肺癌を合併するが，間質性肺炎による呼吸機能障害に加え，各種の抗癌治療により急性増悪をきたすことがあり，治療法の選択には難渋することがある．術後の急性増悪はいったん発症すれば治療は困難であり，致死率も高いことから予防策として，高濃度酸素曝露を避けること，術前術後の予防的ステロイド投与，マクロライドの予防内服などが行われている．急性増悪の発症リスクについては術前KL 6，SP D，LDH，CRPなど種々のものがあげられているが，いずれも決定的なものではない．間質性肺炎合併肺癌の術後急性増悪に関して間質性肺炎の分類，急性増悪の定義などが確立した今こそ，大規模な臨床研究が計画されるべきである．

気腫化を合併した間質性肺炎は，喫煙習慣を背景に発症する特有の病態である．その臨床的特徴としては，1. 重喫煙者の男性，2. 肺活量や一秒率の低下は軽度，3. 高度の肺拡散能低下，4. 労作時の低酸素血症，5. 肺高血圧症や肺癌（とくに　扁平上皮癌）の合併が多いことが指摘されている．しかし，本病態の機序が，既存の間質性肺炎に，喫煙による気腫性病変が偶然に合併したものか，喫煙により気腫性化と線維化の両病変がもたらされたのかについては不明である．

原因不明，予後不良の間質性肺疾患である特発性肺線維症の危険因子として意見の一致が得られているのは喫煙のみであり，間質性肺炎とメタボリック症候群の関連を示す報告はない．しかし，加齢や酸化ストレスなどは両疾患の関連を予測させるものである．とくに，糖尿病は特発性肺線維症の危険因子である可能性があり，非酵素的糖化の後期反応生成物であるAGEsの関与が示唆される．高脂血症（脂質異常症）治療薬であるスタチンは肺線維化を抑制する可能性があり，特発性肺線維症の治療への潜在的可能性が示唆される．

特発性間質性肺炎，膠原病関連間質性肺炎の治療においては，副腎皮質ステロイド薬および免疫抑制薬が主体となるため，それら薬剤の強力な抗炎症作用と引きかえに，患者は易感染性となり，つねに感染症と隣り合わせにあるといっても過言ではない．また，間質性肺炎は進行すると慢性呼吸不全状態となるため，感染症の併発は致命的となる可能性がある．したがって，間質性肺炎の経過中における感染症管理は非常に重要である．とくに間質性肺炎の急性増悪時は感染症の否定あるいは鑑別を早急に行う必要があり，場合によっては急性増悪の治療に抗菌薬療法を併用することも必要である．ステロイド治療中の日和見感染症に対しては，isoniazid，sulfamethoxazole／trimetoprimといった抗菌薬の予防投与を含む予防策が大切であり，感染症発症時は適切な呼吸管理とともに，確実な診断と適切な治療を行う．

特発性間質性肺炎はあくまで現時点で原因が不明な間質性肺炎であり，診断は除外診断である．間質性肺炎のおもな原因には，膠原病，有機・無機粉塵の吸入の関与がまずあげられる．さらに，薬剤も重要であり，健康食品を含むすべての薬剤が肺障害を起こしうることを念頭におき，服薬と発症，中止と改善，（多くは偶然の）再投与と増悪のタイミング，他疾患の除外（とくに原疾患増悪と感染症）から総合的に診断する．

急性間質性肺炎（AIP）および特発性肺線維症（IPF）の急性増悪時の臨床病理的特徴は急性呼吸窮迫症候群（ARDS）のそれと類似していることから，それらの呼吸管理はARDSに対する呼吸管理に準じたものとなる．本稿ではARDSに対して実施される呼吸管理，とくに人工呼吸管理を行うこと自体が原因となるventilatiorinducedlung injury（VILI）を防ぐための肺保護戦略（LPS）という概念を中心に，AIPやIPFの急性増悪に特異的な事項も含め概説した．ARDSに対する呼吸管理についてはcontroversialな点も多く，また症例により反応がさまざまであることが多い．スタンダードな概念を踏まえたうえで，症例に即した管理を行う必要がある．<p></p>

従来の治療が効かない，あるいは適応とならない重症心血管疾患のあらたな治療法として，再生医療が期待を集めている．2007年の人工多能性幹細胞（iPS細胞）樹立を契機に，臨床応用へ向けた研究開発がいっそう活発化した．とくに心筋細胞への効率的な分化誘導法の開発など，基盤技術の進展には目を見張るものがある．このセッションは循環器領域の新しい時代をひらく心血管再生医学の研究が，現在どこまで進み，臨床へどう近づいているかに関し，日米欧の最先端の研究者に講演を依頼した．iPS細胞から得た心筋細胞を用いた臨床応用は数年以内に実現されるであろうと考えられ，疾患モデル心筋細胞を用いた病態解析や薬剤スクリーニングの道もひらかれ，“循環器再生医学”は，ますますホットな領域になると考えられる．

21世紀に入り，医療における疼痛緩和の技術は驚くほど進んだ．モルヒネなどオピオイド系鎮痛剤の副作用管理と，さまざまな局所麻酔技術，内視鏡手術などの侵襲の少ない治療法が進歩している．すでに電動ベッドやトイレ，風呂のバリアフリー化と高機能化については，わが国は世界の中でも上位にある．こうした基盤を活かしたがん緩和ケアへの期待は大きい．しかし，現実にはわれわれが進展がんになったときに緩和ケア病棟やホスピスに入院できる可能性は99％ない．現在，がんでの年間死亡33万人（07年）に比して08年の緩和病床数は3，335床，すなわち百分の一なのである．しかも，在宅ケアと病院での高度治療をつなぐ体制はほとんど作られていない．DPCが主流となりつつある高機能病院はがんの手術が終わるとすぐ退院をせまり，介護施設は，重症患者は受け入れない．これから，5年間でがん罹患患者は推定69万人から78万人へと，かつてない増加が予測され，しかも前立腺がんなどの長期罹患のがんが増えている．破局は迫っている．もはや，自治体を基礎とした地域から，開業医，一般病院，拠点病院を統合的に扱う委員会をつくり，コストを配分する総合的な政策を作るしか道はない．

がん対策基本法のもとに進められるがん診療体制の整備において，病院の特性に応じたシステムの構築はきわめて重要な課題である．専門別のがん医療の発展においてこれまでに多大な貢献をしてきた東京大学医学部附属病院にあらたに求められることは，病院全体におけるがん医療の情報の共有と標準化である．拠点病院としての連携活動を進めるにあたり基本となることは，病院長・執行部のリーダーシップのもとに，院内におけるがん医療マネジメント体制を確立することである．大学院医学系研究科・医学部に属する研究・教育機関であり，一方において総合病院としてがん以外の疾患の診療においても重要な役割を果たすことが要求される本組織において，このような課題に取り組むためにはさまざまな工夫が必要である．そのために，キャンサーボードを中心とした診療支援体制，がん専門医療人育成のための大学院教育，先端的がん医療を推進するための研究支援などについて紹介することとする．

わが国で最近実施され，解釈に物議をかもした2つの大規模試験，プラバスタチンを用いた循環器予防試験MEGA Studyと，進行肺がんに対するゲフィチニブ第III相試験を取り上げ，統計解析結果の解釈を議論する．