医学のあゆみ

著者は，2型糖尿病は“肝の病気”ととらえている．インスリン分泌が生来少量であっても肝の糖処理能がsupernormalである間は2型糖尿病を発症することはない．肝細胞内中性脂肪蓄積がみられ，代償性インスリン分泌が不十分な際にはじめて食後高血糖や空腹時高血糖が発症する．さらに近年，肝において肥満により増強されたキナーゼ活性が膵島容量を増大させインスリン分泌を増加させるという，あらたな制御回路が証明されはじめた．流入するブドウ糖，インスリン，FFA，アディポサイトカインズ，腸内トキシンなど，すべてを取り込む健気な臓器，肝は自らは脂肪肝に変わり，それが顕著になればはじめて食後高血糖，食後FFA血症が顕性化する．肝を守る，膵を守ることが，未病の改善，2型糖尿病発症予防，早期治療の中心にあることを強調したい．

肝は糖代謝の制御に中心的な役割を果たす臓器であり，インスリンの血糖降下作用の主要な標的臓器である．インスリン抵抗性はインスリンの血糖降下作用が障害された状態であり，糖尿病のみならず，高血圧や脂質異常症などさまざまな疾患の病態基盤となると考えられている．臨床的にインスリン抵抗性を惹起するもっとも重要な要因は肥満や栄養摂取の過剰である．肥満によるインスリン抵抗性の発症には，脂肪組織の慢性炎症に基づく炎症性サイトカインの分泌過剰，アディポネクチンに代表されるアディポカインの分泌や機能の異常，臓器の脂肪酸代謝の異常などが関与すると考えられている，また高インスリン血症によるインスリンシグナルのダウンレギュレーションもインスリン抵抗性の増悪を助長させる．

メタボリックシンドロームは，エネルギー代謝調節のバランスの破綻が血中などにおけるリスクの蓄積から生じる病態と考えられる．糖・脂質代謝異常がこの病態に深く関与する．肝，脂肪，骨格筋といったエネルギー代謝臓器では糖代謝・脂質代謝にかかわる遺伝子が転写レベルで長期的に調節されており，それら遺伝子群を調節する転写因子の働きが重要となってくる．脂肪酸合成にかかわる転写因子SREBP 1cは病態の発症に，脂肪酸の分解・脂肪分化にかかわるPPARは病態を改善することが明らかとなっている．さらに，肝のエネルギー代謝にかかわる遺伝子発現制御には他の転写因子が関与するとともに，それら分子が相互作用し，複雑に遺伝子発現を制御することでエネルギー代謝の恒常性を保っている．このことから，転写因子がメタボリックシンドロームの発症に深く関与しており，治療標的として注目されていている．

個体全身の代謝を調節するには臓器間の代謝情報のやり取りが必須であり，肥満や糖尿病はこの臓器間連絡が破綻した状態ともいえる．最近，著者らは自律神経系，とくに求心路がこの臓器間の代謝情報連絡に重要な役割を果たしていることを見出した．なかでも肝からの神経ネットワークは，基礎代謝の調節，膵β細胞量の制御やインスリン分泌の調節を行い，エネルギー代謝・糖代謝にとって非常に重要な役割を果たしていることが明らかとなってきた．求心性神経の関与はとりもなおさず脳の重要性を示すものであり，末梢組織での代謝状況を脳が随時把握し，全身の代謝を統御しているという新しい概念を想起させる．さらに，この機構をターゲットとすることで，体重調節や膵β細胞再生といった肥満や糖尿病の治療につながる可能性が期待される．

非アルコール性脂肪性肝疾患（NAFLD）は，脂肪酸の肝への流入，肝での脂肪酸合成と酸化，肝からの放出といった諸相の不均衡により発症する．NAFLDの病態形成には，脂肪集積やアディポカインの作用異常により惹起される，肝・脂肪組織・骨格筋におけるインスリン抵抗性が大きな役割を担っている．NAFLDではインスリン抵抗性，アディポカインの産生・機能異常を基盤とした種々の経路が相互に連繋し，多くの場合，耐糖能異常，糖尿病に進展していく．

C型肝炎ウイルス（HCV）感染症は，肝炎を引き起こすだけでなく，さまざまな異常を宿主に引き起こす．免疫異常による肝外症状も引き起こすが，それ以外に糖代謝異常や脂質代謝異常も引き起こす．本稿ではとくに，糖代謝異常とHCV感染との関連について述べる．

炎症，酸化ストレス，小胞体ストレスは，それぞれ肥満・糖尿病状態の肝で惹起され，相互に影響を及ぼしながら，いずれもインスリン抵抗性の原因となる．その機序としては，JNKおよびNFκBの経路と，インスリン受容体基質のセリンリン酸化が重要な役割を果たしていると考えられる．肝での炎症，酸化ストレス，小胞体ストレスを軽減することで，インスリン抵抗性が改善されることが示唆されており，各シグナルの機序をより詳細に解明することが新しい肥満・糖尿病治療の開発につながるものと期待される．

肝発癌は糖代謝異常がしばしば合併する硬変期において高頻度にみられる．糖代謝の中心的役割を担う臓器は肝であり，肝の障害は糖代謝異常の発病に密接にかかわっている．肝硬変において二次的に発症する糖尿病は肝性糖尿病といわれている．また，肝硬変・肝癌のおもな原因であるC型肝炎や中心性肥満に伴う非アルコール性脂肪性肝炎（NASH）の患者にはしばしばインスリン抵抗性がみられ，糖尿病の合併頻度が高いことが知られている．インスリン抵抗性に基づいた高インスリン血症は，細胞増殖の亢進とアポトーシスの抑制により肝発癌に関与している可能性がある．また，肝硬変患者にみられる食後高インスリン血症は肝細胞癌の増殖を促進することがわかってきた．最近の疫学研究によれば，糖尿病はC型肝炎などの主要な肝発癌のリスク要因とは独立して肝発癌のリスク要因であることが示されている．したがって，糖代謝異常と肝発癌には深い関連が示唆される．