医学のあゆみ
Volume 230, Issue 5, 2009
Volumes & issues:
-
【7月第5土曜特集】最新・高血圧診療Update − JSH2009のより深い理解のために
-
-
- JSH2009に基づいた高血圧の診療
-
高血圧の診断とリスク評価
230巻5号(2009);View Description Hide Description日本高血圧学会は2004年高血圧治療ガイドライン(JSH2004)を改訂し,JSH2009を上梓した.この5年間に報告されたエビデンス,とくに日本発のエビデンスに基づきつつ,より実践的な改訂がなされている.JSH2009では血圧の測定,評価,新しいリスク因子や臓器障害(メタボリックシンドロームや慢性腎臓病),リスク層別化,の項目に改訂が加えられている.そこで本稿ではJSH2004が,JSH2009でどのように変わったか,血圧値の分類,危険因子の評価とリスク層別化に関してまとめたい. -
初診時の治療指針と降圧目標
230巻5号(2009);View Description Hide Description2009年1月に,わが国における大規模臨床試験のエビデンスをも加えた高血圧治療ガイドライン“JSH2009”が刊行された.本稿では初診時の治療指針と降圧目標について,今後の課題を含めて概説する.治療の目的は,高血圧による心血管病の発症・進展・再発を抑制して死亡を減少させ,高血圧患者が充実した日常生活を送れるように支援することにある.治療の対象は,すべての高血圧患者(血圧140/90 mmHg以上)に加え,糖尿病や慢性腎臓病(CKD),心筋梗塞後患者では130/80 mmHg以上が治療の対象となる.降圧目標は若年者・中年者では130/85 mmHg未満とする.糖尿病やCKD,心筋梗塞後患者では130/80 mmHg未満とし,脳血管障害患者,高齢者では140/90 mmHg未満とする.家庭血圧の降圧目標値は24時間にわたる厳格な降圧の実現に不可欠との視点から,エビデンスはないが,前記の診察室血圧値のいずれも5/5 mmHg低い値とすることが明示された. -
生活習慣修正の実際
230巻5号(2009);View Description Hide DescriptionJSH2009における生活習慣の修正項目は,1. 6 g/day未満の食塩摂取制限,2. 野菜・果物・魚(魚油)の積極的摂取,コレステロール・飽和脂肪酸の摂取制限(ただし,重篤な腎不全患者は高K血症を避ける目的で野菜・果物の積極的摂取は推奨されない.肥満者や糖尿病患者はカロリー過剰摂取を避ける目的で果物の積極的摂取は推奨されない),3. 体格指数(BMI)25 kg/m2未満の適正体重の維持,4. 中等度の強さの定期的な有酸素運動(ただし,心血管病のない1~2度の高血圧患者が対象),5. 節酒,6. 禁煙,の6項目である.さらに,その効果が増強されることから,複合的な生活習慣修正が推奨される.患者の生活習慣や高血圧の病態を考慮して,患者個人個人に合わせた生活習慣プログラムを組むべきである. -
降圧薬治療の進め方−第一選択薬と併用療法
230巻5号(2009);View Description Hide Description降圧薬治療の目的は,血圧を低下させ,脳卒中,心筋梗塞などの心血管病を予防することである.実際に,降圧薬治療は心血管病を予防することが多くの大規模臨床試験により証明されており,また心血管病の予防には降圧がもっとも重要であることも示されている.降圧薬治療は通常,単剤で開始し,降圧目標に到達しない場合には2剤の併用を行う.Ca拮抗薬,アンジオテンシン受容体拮抗薬(ARB),ACE阻害薬,利尿薬,β遮断薬が主要な第一選択薬である.主治医は個別の患者の状態と降圧薬の効果,副作用,QOLへの影響,薬価などを総合的に考慮して降圧薬を選択する.併用ではARB+Ca拮抗薬,ARB+利尿薬,Ca拮抗薬+β遮断薬,Ca拮抗薬+利尿薬,ACE阻害薬+Ca拮抗薬,ACE阻害薬+利尿薬が推奨されている. - 【臓器障害,合併症を伴った高血圧治療の進め方】
-
脳血管障害を伴う高血圧
230巻5号(2009);View Description Hide Description脳血管障害発症3時間以内の血栓溶解療法施行患者では,治療中や治療後を含む24時間の血圧を180/105 mmHg未満にコントロールする.血栓溶解療法の適応とならない脳梗塞で発症1~2週間以内の急性期では,収縮期血圧>220 mmHg,または拡張期血圧>120 mmHg,脳出血では収縮期血圧>180 mmHg,または平均血圧>130 mmHgの場合に降圧対象となる.降圧の程度は脳梗塞では前値の85~90%,脳出血では前値の80%を目安とする.推奨される降圧薬はCa拮抗薬や硝酸薬の微量点滴静注などである.脳血管障害慢性期(発症1カ月以降)では,降圧最終目標(治療開始1~3カ月)は140/90 mmHg未満とする.脳出血,ラクナ梗塞などに比べ,両側頸動脈高度狭窄,脳主幹動脈閉塞の存在下ではとくに緩徐に降圧する.推奨される降圧薬はCa拮抗薬,ACE阻害薬,ARB,利尿薬などである. -
心疾患を伴う高血圧
230巻5号(2009);View Description Hide Description心臓は高血圧性臓器障害の主要な標的である.冠動脈疾患では降圧目標を140/90 mmHg未満として注意深く降圧する.心筋梗塞の既往はきわめて高リスクであることから,JSH2009ガイドラインではあらたに,さらに厳格に130/80 mmHg未満まで降圧することが推奨されている.心不全においては降圧が目的ではなく,過剰な神経液性因子活性化の抑制のためにレニン・アンジオテンシン(RA)系阻害薬+β遮断薬+利尿薬の併用療法が標準的治療となる.RA系阻害薬とβ遮断薬の導入に際しては少量から緩徐に漸増することが重要である.また本ガイドラインでは,脳血栓塞栓症の原因として脳・心血管事故を著明に増大させる心房細動の予防における高血圧治療の重要性があらたに取り上げられている. -
慢性腎臓病を伴う高血圧
230巻5号(2009);View Description Hide Description慢性腎臓病(CKD)の存在は心血管病(CVD)の発症頻度を高め,生命予後を悪くする.CKDの頻度は予想以上に高く,1,300万人にものぼる.CKDでは自覚症状がないままに,CVDの発症や末期腎不全の発症に至る.血清クレアチニン値からGFRを推定すること,ならびに検尿によりCKDの早期発見が重要である.いったんCKDと判明したら生活習慣の改善とレニン アンジオテンシン系阻害薬を用いた厳格な血圧管理が重要である.血圧と同時に尿中アルブミン,または尿蛋白の減少を図る必要がある. -
大きく変わった糖尿病患者の高血圧の治療
230巻5号(2009);View Description Hide Description心血管系疾患による死亡を減少させ,糖尿病腎症を予防するため,糖尿病患者の降圧目標は130/80 mmHg未満とする.したがって,血圧が130/80 mmHg以上あれば降圧薬による治療をただちに開始する.糖尿病患者における第一選択薬は,臓器障害を改善しインスリン抵抗性を改善するACE阻害薬あるいはARBとし,単剤で降圧目標が達成できない場合にはCa拮抗薬あるいは少量のサイアザイド系利尿薬を併用する. -
メタボリックシンドロームにおける高血圧治療
230巻5号(2009);View Description Hide Descriptionメタボリックシンドローム合併高血圧における降圧療法について,血圧の管理目標とその実践を中心に紹介する.メタボリックシンドローム合併高血圧では腹部肥満是正を中心とする生活習慣改善が原則となるが,降圧薬としてはインスリン抵抗性を改善するARB,ACE阻害薬を第一選択薬とする.降圧目標は,糖尿病合併例では130/80 mmHg未満,非合併例では130/85 mmHg未満となる.正常高値血圧でも,糖尿病合併または総危険因子4つのメタボリックシンドロームの場合は高リスクで降圧薬を用いるが,総危険因子3つの場合は中等リスクで生活習慣を改善する. -
高齢者高血圧治療の進め方
230巻5号(2009);View Description Hide Description高齢者高血圧の治療にあたっては,その特徴を知ったうえで降圧を図るべきである.高齢者における孤立性収縮期高血圧や脈圧開大は動脈硬化の反映であり,高齢者高血圧に特徴的である.その他,圧受容器反射能の低下,左室壁肥大と拡張能低下,体液量調節障害などを生じ,主要臓器血流量や予備能が低下することなどは降圧治療で配慮すべき点である.JSH2009ではとくに後期高齢者において,150/90 mmHg未満を中間目標にして最終的には140/90 mmHg未満の降圧目標があげられている.The lower,the betterの概念は高齢者高血圧でも有効と考えられるが,臓器血流などに配慮した緩徐な降圧が必要である.降圧薬の増量を考慮する期間については4週間から3カ月の間隔で行う. -
小児高血圧への対応
230巻5号(2009);View Description Hide Description血圧健診を行うと小中学生の0.1~1%に,高校生の約3%に本態性高血圧が見出される.一般に程度は軽いが,左室肥大などの標的臓器障害を合併するほか,高率に成人本態性高血圧に進展する.低出生体重も高血圧をはじめとする生活習慣病発症に関係するが,わが国における出生体重は減少傾向にある.高血圧の一次予防のためだけでなく,妊娠中に適切な食生活を維持するためにも小児期早期から正しい食習慣を身につけることが重要である.本態性高血圧が発見された場合は食塩摂取を減らし,カリウム摂取を増やすほか,継続できる運動を勧めるなどの非薬物療法を3~6カ月間試みる.肥満がある場合はまず減量する.薬物療法の適応は,1. 高血圧による症状がある場合,2. 臓器障害を合併している場合,3. 非薬物療法後も高血圧が持続している場合などで,ACE阻害薬かCa拮抗薬で開始する. -
妊婦の高血圧は治療すべきか−コクランレビューから学ぶ妊娠高血圧症侯群の治療
230巻5号(2009);View Description Hide Description妊娠中に血圧が上昇することはそれほどまれではなく,またその結果生じる妊娠高血圧症候群では母体と胎児の双方がさまざまな危険にさらされる.従来は妊娠中毒症といわれていた疾患が現在は妊娠高血圧症候群という名称にわが国では2003年から統一され,従来前子癇といわれていた疾患は妊娠高血圧腎症とされている.ではこのような血圧上昇,すなわち妊娠高血圧症候群にどう対応するのか.現在まで多くの検討がなされているが,決定的な試験あるいはエビデンスは少ない.現時点では妊娠高血圧症候群のなかで軽症とされる収縮期血圧140以上160 mmHg未満あるいは拡張期90以上110 mmHg未満では,積極的な降圧治療はほとんど母体および胎児の障害を有意には阻止しないとされている.一方,重症とされる160 mmHg以上あるいは110 mmHg以上の場合には,積極的な治療と迅速な対応が求められる.実際に使用される降圧薬は現時点では限られておりα メチルドーパがいぜんとしてもっとも信頼がおけるとされており,レニン アンジオテンシン系の阻害薬は禁忌である. -
治療抵抗性高血圧−評価と対応
230巻5号(2009);View Description Hide Description降圧目標に達していない血圧管理不良の高血圧のなかで厳密な定義に合うものが治療抵抗性高血圧であるが,日常の臨床ではこの診断に至る評価過程と対応が重要である.血圧管理不良・治療抵抗性を示す高血圧においては,主治医の降圧意欲の問題,白衣高血圧・白衣現象,服薬継続の不良,他薬服用による降圧効果の減弱のほかに,肥満,種々の原因による体液量の増加,睡眠時無呼吸症候群の合併,原発性アルドステロン症などの二次性高血圧,降圧薬の不適切な選択などがある.十分な問診,患者との良好なコミュニケーションのうえで,必要な生活習慣の修正および服薬指導の効果を上げることが基盤になる.薬物では利尿薬を含む多剤併用を行う.臓器障害が存在する可能性が高いこと,高リスク群を多く含むこと,二次性高血圧の可能性があることより,適切な時期に高血圧専門医の意見を求めることが望ましい. -
二次性高血圧診療の進め方
230巻5号(2009);View Description Hide Description二次性高血圧は高血圧診療におけるピットフォールとなりうる.正確な診断と適切な治療により治癒が期待できる場合があるにもかかわらず,頻度が少ないため,日常臨床において積極的にスクリーニングされることは多くない.そのうえ,正確な診断に至る過程は専門的知識を必要とすることが多く,けっして平易ではなかった.しかし,最近の診断技術の進歩は著しく,血液・尿検査,画像検査により,専門医以外でも適切なスクリーニングを行うことが可能になってきている.したがって,二次性高血圧の可能性をつねに念頭において診療し,本態性高血圧らしくない所見を見逃さず,積極的にスクリーニングを進め,適切なタイミングで専門医に紹介する必要がある. - 高血圧診療のトピックス
-
わが国における高血圧の疫学
230巻5号(2009);View Description Hide Descriptionわが国はかつて脳卒中死亡率が世界でもっとも高い国であった.それは国民の血圧水準や高血圧者が多かったことによるが,この国民の血圧水準を高くしていた要因の最たるものが食塩の過剰摂取であった.国民の食塩摂取量は大きく減少し,血圧水準の低下とともに脳卒中死亡率,発症率は低下した.しかし,いぜんとして脳卒中が多い国であることには変わりはない.脳卒中罹患率の低下を図るためには国民の血圧水準のさらなる低下が必要である.若年者から高齢者に至るまで,血圧値が低いほど循環器疾患のリスクは低い.血圧値と循環器疾患の正の関連にはいわゆる閾値はなく,終生,血圧値は低いほうがよい. -
家庭血圧・24時間血圧を実地臨床に活かす
230巻5号(2009);View Description Hide Description家族血圧や24時間血圧の測定は、外来などでの随時血圧測定では得られない情報が多く得られることから高血圧の診断と治療において有用で、日本高血圧学会による“高血圧治療ガイドライン2009”(JSH2009)にも取り上げられている。家庭血圧測定は、日常生活における血圧を簡便に測れることから、ほとんどの高血圧患者に強く推奨される。また、家族全員の血圧測定を行えば、高血圧や仮面高血圧の早期発見に役立つであろう。24時間血圧測定は、夜間血圧を含む血圧日内変動の評価に優れている。保険適用となり普及すると考えられるが、再現性や忍容性などについて問題点もあり、高血圧の実地臨床においては適応を考慮して実施すべきであろう。 -
中心血圧の臨床的意義−中心血圧は血圧測定のパラダイムシフトとなるか
230巻5号(2009);View Description Hide Description心臓に近い中心血圧は,左室や冠動脈,脳血管にかかる負荷を末梢血圧より正確に反映している可能性がある.近年,中心血圧を非侵襲的に測定する機器がいくつか開発され,上腕血圧と中心血圧は同一でなく,後者のほうが臓器障害との関連が強く,心血管疾患発症の予知や予後の指標として優れている可能性を示す成績が蓄積されつつある.これらの知見に基づき,国内外の高血圧治療ガイドラインの最新版では中心血圧測定の臨床的意義について記載している.中心血圧の正常値や心血管リスクの増加をもたらすcut off値を明らかにすることや中心血圧を低下させることが,上腕血圧を低下させること以上に優れた臨床的アウトカムが得られることを第1の目的とした大規模試験を数多く行い,中心血圧の臨床医意義をより明確にしていくことが今後の課題である. -
降圧薬治療に関する最新の海外エビデンス
230巻5号(2009);View Description Hide DescriptionJSH2009では,JSH2004およびESH ESC2007のすべての引用文献,さらにそれ以降に医学雑誌に発表された文献を網羅的に検討し,作成委員,査読者,その他の多くの担当者により確認し引用している.特に,近年,さまざまな大規模臨床試験の結果が報告されており,JSH2009における高血圧の治療に関する指針に大きな影響を与えている.国内においてもCase J研究,JATOS,Jikei Heart studyなど大規模な研究が発表され注目されたが,海外での大規模臨床試験ではその参加症例数の多さにおいて一日の長があることは否めない.他稿でもさまざまなエビデンスが引用されていると思われるが,本稿ではJSH2004以降の最新の海外エビデンスのなかから,とくに重要で熟知していることが期待される文献(エビデンス)を選択し,詳細に検討し,その意義について記載したい. -
降圧薬治療におけるわが国のエビデンス
230巻5号(2009);View Description Hide Description心血管疾患や循環器系臓器障害を抑制するためには,主要な危険因子である高血圧のコントロールが重要である.数多い高血圧患者に対する医療レベルの向上には,優れた診療ガイドラインの作成と普及が効果的であり,そのためにはわが国において大規模臨床試験に基づいたエビデンスが構築される必要がある.1990年代にわが国で行われた高血圧の臨床試験は規模が小さく学術的にも多くの情報を得ることができなかったが,2000年以降,国際的な共同臨床試験への参加やより大規模で質の高い臨床試験が行われるようになり,その成果が高血圧治療ガイドライン2009(JSH2009)にも反映されるようになった.具体的には,CASE-Jでは慢性腎臓病(CKD)や肥満合併例におけるアンジオテンシン II 受容体拮抗薬(ARB)の有用性,JIKEI HEARTではARBの心血管疾患抑制効果,JATOSでは高齢者における降圧目標,そしてCARTERではCKD患者におけるCa拮抗薬のサブクラス別効果に関するエビデンスが示された.
-