医学のあゆみ
Volume 232, Issue 5, 2010
Volumes & issues:
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【1月第5土曜特集】心不全 − 研究と臨床の最前線
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心不全研究の歴史的変遷− Harveyから再生医学まで,400年の沿革
232巻5号(2010);View Description Hide Description近代循環器学は17世紀になって,William Harveyが血液循環と心臓の機能をはじめて明らかにしたことからはじまった.18世紀になると解剖学が発展し,不全心の形態と病状との関係が注目され,負荷による心肥大の発生と心不全病態の解明が心不全研究の大きなテーマとなった.19世紀には生理学が大きな飛躍を遂げ,心機能を調節する古典的な法則が確立された.20世紀になると心血管系の調節にかかわる体液因子の研究が盛んに行われるようになった.特に心臓の挙動の神経性調節,交感神経系の心不全病態への関与,レニン−アンジオテンテンシン系の発見と心血管系疾患のかかわりなど,現在の心不全の概念の根底をなす研究が続々と行われた.それらに基づいて,新しい心不全治療薬の開発が続いた.20世紀終りは特に学問の潮流が生理学から生物学にシフトしていった時代であり,分子レベルにおける心不全の機序が解明されてきた.そして21世紀になって,新しい心不全再生医学の扉が開かれようとしている. - 心不全の病態生理
- 【疾患から考える分子機序】
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高血圧性,弁膜症性心不全−心肥大から心不全発症の分子機序
232巻5号(2010);View Description Hide Description高血圧や弁膜症による心臓への圧・容量負荷は心筋への大きなストレスとなり,壁へのメカニカルストレス軽減のため初期には心筋肥大が生じるが,長期的には心筋リモデリングによる心拡大・心不全へと移行する.心肥大から心不全への過程において,心拍出量の低下に伴う生体の代償機序により,レニン−アンジオテンシン−アルドステロン系や交感神経系を中心としたさまざまな神経体液因子が血中・心筋組織中において上昇し,病態の増悪進展に関係し,終末像として心拡大・心機能低下を伴った心不全を呈する.一方,神経液性因子とは別にメカニカルストレス自体も心筋肥大シグナルとなり,また,心肥大から心不全への移行に,新生血管の相対的低下による局所心筋虚血が大きく関与していることが明らかとなってきた. -
虚血性心不全−梗塞後心筋リモデリングの分子機序
232巻5号(2010);View Description Hide Description梗塞後心筋リモデリングは,進行する左心室腔の拡大と左心室壁の非薄化を特徴とし,虚血性心不全の要因となり急性心筋梗塞の長期予後を悪化させる.近年,G−CSFやEPOなどのサイトカインが,マウス急性心筋梗塞モデルの心筋リモデリングを抑制することが示されている.これらのサイトカインは直接心筋細胞に作用し,Jak−STAT経路を活性化することにより,抗アポトーシス効果と血管新生促進効果を示す.著者らは,内因性Jak阻害分子であるSOCS3の心筋特異的ノックアウトマウスを作成し,このマウスではSTAT経路とAkt経路の活性化の亢進によって心筋梗塞と心筋リモデリングが抑制されることを明らかにした.今後,SOCS3が再灌流障害や梗塞後心筋リモデリングの治療標的となる可能性がある. -
心筋症−遺伝子異常から心機能障害への分子機序
232巻5号(2010);View Description Hide Description肥大型心筋症の50〜70%,拡張型心筋症の20〜30%は遺伝子変異に起因するが,これまでにサルコレンマ,サルコメア,細胞骨格,Z帯,I帯の構成要素,転写関連因子,イオンチャネルなどの多種多様な原因遺伝子が報告されている.つまり,多様な原因遺伝子のどれに変異が生じても,肥大型心筋症あるいは拡張型心筋症の病態がもたらされる.しかし,それらの原因遺伝子異常がもたらす機能変化には共通点があり,肥大型心筋症変異に基づく機能変化では心筋収縮のCa感受性の亢進やストレッチ反応の亢進,拡張型心筋症変異に基づく機能変化ではその逆にCa感受性の低下やストレッチ反応の低下が生じる.また最近では,心筋代謝ストレスが心筋症の病因となることが明らかになっている.これらのことから,遺伝性心筋症は変異による機能変化をもとに再分類することが可能であり,ひいては機能変化に着目した治療・予防法の開発も可能になると考えられる. -
心筋炎から拡張型心筋症へ
232巻5号(2010);View Description Hide Description拡張型心筋症の心筋がどのような原因で機能不全に陥っているか? その病因はウイルス感染,自己免疫を介する心筋障害,遺伝的素因,代謝異常などに求められているものの,いまだ大部分が解明されていない.しかし,拡張型心筋症患者の左室切除標本内にしばしは細胞浸潤が認められ,またコクサッキーB群ウイルスゲノムを認めるとの報告があり,拡張型心筋症の病因としてウイルス感染,とくに慢性化した心筋炎による持続的心筋障害の関与が注目されている.また,動物モデルにおいては,ウイルスや自己免疫による心筋炎モデルがすでに確立されている.急性心筋炎に引き続き持続的な心筋細胞障害が惹起され進展して,拡張型心筋症様病態をきたすことが知られており,その機序解明が進んでいる.そこで,ここでは拡張型心筋症における病因としての心筋炎のかかわりについて解説する. -
心臓サルコイドーシスの病理と診断法
232巻5号(2010);View Description Hide Description心臓サルコイドーシス(心サ症)の一般的な病理組織像は,他の臓器と同様,非乾酪性類上皮細胞肉芽腫の形成であり,肉芽腫はリンパ球,類上皮細胞,Langhans型多核巨細胞,線維組織などで形成される.本症では原則的に心臓のすべての部位が侵されるが,とくに,1.心室中隔基部,2.乳頭筋,3.心室自由壁,が好発部位であり,それぞれの病変が心サ症の代表的な病態,すなわち,1.心ブロック,2.僧帽弁閉鎖不全,3.心収縮および拡張障害,心室性不整脈,心室瘤を惹起する.本症の診断については2006年に改訂された『サルコイドーシス診断基準と診断の手引き』が参考となる.本症の治療と予後においてはとくに早期診断が重要であるが,心臓以外の臓器病変が明らかでない場合,その早期診断は困難である.近年の画像診断技術の進歩により診断率は向上したが,本症を見逃さないうえでもっとも大切なことはまず,本症の存在を疑うことである. -
産褥性心筋症の診断治療とその発症機序
232巻5号(2010);View Description Hide Description産褥性心筋症とは,1.出産前1カ月〜出産後5カ月の間に発症し,2.心不全発症時に明らかな原因を認めず,3.過去に明らかな心疾患の既往がなく,4.左室収縮機能が低下している,の4条件を満たすものと定義される.原因は一様でないと考えられるが,最近STAT3低下による分子発症メカニズムが注目を集めている. -
たこつぼ心筋症の発症機序
232巻5号(2010);View Description Hide Descriptionたこつぼ心筋症は,急性心筋梗塞に類似した発症経過で左室心尖部を中心とした領域の収縮低下を呈する.高齢女性に好発することが特徴であり,典型的な臨床症状は突然の感情的・肉体的ストレス後に生じることの多い胸部症状である.左室収縮異常は通常一過性であることから一般に予後良好であるが,心不全,心原性ショック,QT時間延長に伴う不整脈,心尖部血栓由来の塞栓症,心破裂など,さまざまな臨床像を呈する可能性のある疾患である.臨床および基礎研究が精力的に行われ,これまでに多枝冠動脈攣縮説,微小循環障害説,カテコールアミン心筋障害説などいくつかの機序が想定されてきたが,いまだ発症機序の確定には至っていない. - 【分子・システムから考える分子機序】
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心不全におけるリアノジン受容体の異常
232巻5号(2010);View Description Hide Description心筋筋小胞体のCa2+放出チャネルであるリアノジン受容体(RyR2)はいくつかの結合蛋白とともに巨大分子複合体を形成している.FKBP12.6はRyR2に結合することで,チャネルを安定化させている.不全心筋ではFKBP12.6の約60%以上がRyR2から解離しており,その結果チャネルは不安定化し,拡張期にCa2+漏出を生じる.このCa2+漏出は心筋収縮・弛緩障害や不整脈の要因となり,心不全の発症および進行に深くかかわる.一方,RyR2内のN末端(0〜600)とcentra(l 2,000〜2,500)の2カ所の特定ドメインはたがいに連関しチャネル開閉のスイッチとしての役割を担っており,心不全時には,この両ドメインの連関障害によりCa2+漏出が生じることが明らかとなった. -
心筋ミトコンドリアの酸化的障害に対する代謝応答
232巻5号(2010);View Description Hide Description高齢者では“ストレス応答の低下”から心不全を患う頻度が高い.したがって,心筋のストレス応答機構の解明は心不全の治療法や予防法の開発,アンチエイジングを考えていくうえできわめて重要である.ミトコンドリアの酸化的障害は老化に伴う心機能障害の鍵を握っている.著者らは最近,ミトコンドリアの酸化的障害に対してエネルギー代謝経路を変化させて還元物質グルタチオンの生合成を活性化することで恒常性を維持する心筋代謝応答機構を明らかにした1).この分子機序は,活性酸素による脂質過酸化反応の終末代謝産物であるアルデヒドがシグナル伝達因子として働き,eukaryotic translation initiation factor 2α(eIF2α)リン酸化シグナルを活性化することに基づく. -
心不全とレニン-アンジオテンシン-アルドステロン系
232巻5号(2010);View Description Hide Description血行力学的負荷や虚血などの外的要因,あるいは遺伝子異常に起因する蛋白質の機能異常という内的要因により心筋障害が生じた場合,機能の代償機構として,交感神経系やレニン−アンジオテンシン−アルドステロン系(RAAS),炎症性サイトカインなどの液性因子が活性化されるとともに,細胞内ではストレス応答が誘導される.しかし,このような代償機構が過剰で慢性的に持続すると,心筋細胞肥大や間質の線維化,心室内腔の拡大などの心臓の構築変化(リモデリング)が生じ,さらに心筋障害や細胞内カルシウム動態を悪化させることで,最終的に心不全が進行する.RAASは組織傷害因子として心臓リモデリングの病態にもっとも深く関与しており,この系をさまざまなレベルで阻害する抑制薬は心不全治療において有効性が示されている. -
心不全における心臓交感神経異常−交感神経の可塑性と新しい病態生理
232巻5号(2010);View Description Hide Description心不全の原因疾患は,高血圧,心臓弁膜症,虚血性心疾患,心筋症など多岐にわたり,その病態生理も複雑である.そのなかでも心臓交感神経の関与がきわめて重要であることは,これまでの研究,臨床で明らかとされているが,心不全における心臓交感神経異常の詳細なメカニズムや意義については明確な結論が出ていないのが現状である.心不全では心筋細胞における胎児型遺伝子の発現が認められるが,著者らは心臓交感神経においても幼若化と称される現象が起こること,さらには心臓から分泌されるサイトカインを介して心臓交感神経の機能転換が生じることを明らかにしてきた.これらの現象は心不全における心臓交感神経異常の病態解明の一端を担うものと考えられ,再生医療を含めた心臓病のあらたな治療の標的となる可能性がある. -
心不全における炎症・免疫反応の重要性− Toll-like receptorを介した細胞内シグナル活性化と梗塞後リモデリング
232巻5号(2010);View Description Hide Description哺乳類では自然免疫と獲得免疫を協調させて病原微生物に対応しているが,Toll−like recepto(r TLR)は自然免疫にかかわる微生物の侵入認識に必須の機能分子である.TLRがリガンドを認識するとNF−κBの活性化,炎症性生理活性物質の産生を誘導する.TLR2やTLR4のノックアウトマウスでは心筋梗塞後のリモデリングが抑制されることから,虚血性心不全の発症を抑制する可能性が示唆されている.一方,high mobility groupbox protein 1(HMGB1)はTLRの内因性リガンドである.心臓特異的HMGB1発現マウスでは血管新生の促進と心筋梗塞後の左室リモデリング抑制がみられる.本稿ではTLRと心筋リモデリングの関連について,著者らの知見を踏まえて概説する. -
心筋リモデリングにおける心筋細胞死
232巻5号(2010);View Description Hide Description慢性心不全の発症・進展に,心筋細胞死が重要な役割を果たしている.細胞死はその形態的特徴と機序からアポトーシス性,ネクローシス性,オートファジー性の3種類に分類されている.アポトーシス性心筋細胞死は“制御可能な心筋細胞死”であり,その分子機序を詳細に解明して適切に介入することで,アポトーシス抑制による心不全治療につながる可能性がある.また最近は,“受動的細胞死”とされていたネクローシス性細胞死のメカニズムも徐々に解明されつつあり,近い将来ネクローシスも制御可能になることが期待される.オートファジー性細胞死については近年急速に研究が進み,その心不全での意義や調節メカニズムがしだいに明らかになりつつある. -
ミトコンドリア異常による心不全
232巻5号(2010);View Description Hide Descriptionミトコンドリアは細胞のエネルギー代謝を行う細胞内小器官である.ミトコンドリアDNAの質的・量的異常が心不全の病態形成に重要な役割を果たすことが明らかとなってきた.ミトコンドリア病における遺伝子変異だけでなく,種々の心筋症においても,ミトコンドリアDNAに起因するミトコンドリア機能異常がリモデリング形成の因子として悪循環を形成する.酸化ストレスはそのメディエーターとしても重要である.心不全の病態形成にはレニン−アンジオテンシン,アルドステロンなどの液性因子が関与し,それらが増悪因子となって心肥大・心筋リモデリングが進行し,最終的には非代償的に心筋の破綻が生じることが明らかにされている.さらに,不全心筋においてミトコンドリア機能異常が大きな役割を果たしていることが示されている.本稿では,心不全におけるミトコンドリア機能の変化とその病態における役割について,最近の知見を概説する. -
小胞体ストレスと心不全
232巻5号(2010);View Description Hide Description分泌蛋白質や膜蛋白質は小胞体内で高次構造を形成後,分泌経路に運ばれる.一方,過度な蛋白質合成亢進や酸化ストレス,虚血,低酸素などにより,高次構造が異常な不良蛋白質が小胞体内に蓄積する(小胞体ストレス).この小胞体ストレスに対する細胞応答として,小胞体シャペロンの誘導や新規蛋白質の翻訳抑制が生じ,小胞体への負荷が軽減する(小胞体ストレス応答).しかし,小胞体ストレスが小胞体応答による対応能力を逸脱したとき,小胞体よりアポトーシスシグナルが発信される(小胞体発信アポトーシス).すなわち,小胞体は単に蛋白質の高次構造形成をつかさどるのみならず,細胞の生死を決定する重要な細胞内小器官として注目されている.近年,この新しい病態概念である小胞体ストレスが心不全をはじめとする循環器疾患の病態形成に関与することが明らかになりつつある. -
心不全と血管新生−老化分子p53の役割
232巻5号(2010);View Description Hide Description圧負荷の増加は代償反応として心肥大を引き起こすが,負荷が持続すると心不全に陥る.このような心肥大から心不全発症の機序に関しては,循環器病学における長年の大きな謎であったが,最近著者らは,慢性的な圧負荷により,癌抑制遺伝子であり老化促進分子であるp53の発現が亢進し,血管新生を抑制する結果,心機能が低下することを明らかにした.またその発症機序には,心筋細胞と血管細胞といった細胞間ネットワークが重要であることも明らかとなった.今後このような機序のさらなる解明により,あらたな心不全治療のストラテジーが開発されることが期待される. -
ペリオスチンによる細胞外マトリックス制御と心不全
232巻5号(2010);View Description Hide Description細胞外マトリックスは心機能を規定する重要なファクターである.細胞外マトリックスの増加(線維化)は心筋コンプライアンスを低下させ,心不全の原因となるため,細胞外マトリックスの制御は心不全治療の重要な課題である.最近,細胞接着因子ペリオスチンが心不全に伴い心筋間質に増加する分子であることが明らかになった.ペリオスチンはコラーゲン豊富な結合組織,傷害や炎症によるリモデリング部位などに存在し,TGF−β刺激によって線維芽細胞から分泌されるという特徴をもつが,心臓においても心筋梗塞や圧負荷によって発現が増加する.ペリオスチンノックアウトマウスでは正常なコラーゲン線維の合成が阻害されており,ペリオスチンが細胞外マトリックスの重要な制御因子のひとつである可能性が示唆された. -
心腎連関−概念から機序の解明へ
232巻5号(2010);View Description Hide Description心腎連関なることばが最近注目されている.しかし,その分子機序はいまだ明らかになっていない.心腎連関の分子機序を考えるうえで,3つの機序が考えられる.第一には心臓と腎の上位より制御する系の異常,たとえばレニン−アンジオテンシン系や交感神経系である.第二には,心臓より分泌されて腎に働く系の異常,この代表はANP系の異常である.第三には,腎より分泌されて心臓あるいは血管系に作用する系の異常である.この範疇には,エリスロポエチン,Klotho遺伝子,可溶型Flt−1が候補として考えられる.本稿では,ANP系と筆者らが最近報告した可溶型Flt−1の心腎連関における意義に関して概説する. - 心不全の診断
- 【心筋病理】
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心内膜心筋生検の役割−二次性心筋症を中心として
232巻5号(2010);View Description Hide Description心筋生検は,経皮的カテーテル検査時にバイオトームとよばれる小さな鉗子を用いて,患者の心臓内側から採取された大きさ2〜3 mmのわずかな心筋組織について光学顕微鏡下で観察して病気の診断を行う病理検査である.心臓移植後の免疫抑制剤の効果判定や治療方針の決定に関して重要な役割を果たすとともに,心筋炎のほか,サルコイドーシス・Fabry病・アミロイドーシスなど,全身性疾患に伴う心疾患(二次性心筋症)を鑑別するなど,患者の治療方針の決定に重要な役割を果たしている.原因不明の心筋の病気である原発性心筋症(拡張型心筋症,肥大型心筋症,拘束型心筋症,不整脈源性右室心筋症)については,臨床所見と照らし合わせながら,これまでの経過も踏まえた診断や所見が重要となる.本稿では二次性心筋症を中心として,電子顕微鏡による超微形態を含めた形態学的特徴について述べる. -
心筋細胞死と心筋再生は不全心で認められるか
232巻5号(2010);View Description Hide Descriptionアポトーシスによる心筋細胞の脱落が心不全の進行の原因である可能性が示唆されている.しかし,心不全を含め実際の心疾患における心筋細胞アポトーシスの形態学的証拠はいまだに示されていない.一方,オートファジーが不全心の心筋細胞に見出されており,病態との関与が示唆されている.またネクローシスも不全心における心筋細胞死の様式として有力である.心筋再生は心筋細胞の増殖または幹細胞〜前駆細胞からの心筋細胞への分化によりもたらされる.成体心臓における心筋細胞増殖の有無については見解が一定していない.幹・前駆細胞からの心筋細胞再生はほぼ支持されているようであるが,自然状態下では再生の量はきわめて少なそうである.抗細胞死治療や再生治療はそれぞれ強力な心不全の予防あるいは画期的な心不全治療法となる可能性があるため,精力的な研究によって心筋細胞死ならびに心筋再生の実態を解明する必要がある. - 【新しい画像診断】
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超音波画像診断による評価法の進歩
232巻5号(2010);View Description Hide Description心不全診療において,いまや心エコー図検査は必須検査のひとつであるといえる.心不全の原因診断だけでなく,病態把握から治療効果判定までその有用性は大きい.近年,組織ドプラ法をはじめ2Dトラッキング法,リアルタイム3Dエコー法など新手法が開発され臨床応用されはじめている.また心機能の評価法も心臓全体だけでなく,心筋局所機能を評価することが可能となり,これまで定性的評価に頼ってきた壁運動についても,初学者にもわかりやすい定量的指標・表示が使われつつある.さらに収縮・拡張機能だけでなく,心筋の同期性やねじれといった新しい心機能指標も検討されており,今後さらに心エコー図検査の重要性・有用性が増すと考えられる. -
拡張機能障害の病態と評価法
232巻5号(2010);View Description Hide Description左室機能は収縮機能と拡張機能からなり,いずれも病態を左右する重要な機能である.拡張機能障害は,左房から左室への血液の流入障害と二次的な左房圧上昇を招き,収縮機能障害の程度とは独立した因子として心不全発症に結びつく.また,心不全患者の生命予後にも強く結びついている.従来の拡張機能の非侵襲的画像評価は二次的な左房圧上昇の検出を行っているにすぎず,直接的な拡張機能評価法は確立していない.現在,著者らは左室弛緩,左室スティフネスという拡張機能のおもな構成因子を評価する方法を提唱している. -
心不全診断における核医学の有用性
232巻5号(2010);View Description Hide Description核医学検査は他の検査法と比較して画像の分解能が劣るため,形態の評価は不得手であるが,その主眼は機能評価であり,循環器領域においては心機能,心筋血流,脂肪酸代謝,交感神経機能など多くの情報を提供する.心不全症例の評価においては,心プールシンチグラフィや心電図同期心筋SPECT法では左室収縮能,拡張能,左室容積,局所壁運動,さらには心室収縮同期性の評価が可能である.心筋血流SPECTや脂肪酸代謝評価製剤である123I−BMIPPは,心不全の病因が虚血性か非虚血性かの鑑別や心筋バイアビリティ評価に用いられる.心臓交感神経機能評価製剤である123I−MIBGは心不全の重症度評価や予後予測,β遮断薬などの治療効果の評価に有用である.心臓核医学のメインターゲットは虚血性心疾患であるが,心不全の評価にも有効に活用できる検査法である. -
CT,MRIによる心筋性状評価
232巻5号(2010);View Description Hide DescriptionMRIを用いた遅延造影による心筋の線維化の描出は広く一般臨床に広まっているが,CTでも造影早期相,晩期相を併用することで心筋性状評価が可能である.CTの遅延造影の機序はMRIと類似しており,間質,一般的には線維化や浮腫の存在を示す.造影早期相で心筋に低CT値を呈する部位が観察された場合に,造影後6〜15分に,放射線被曝量の少ないprospective ECG gatingを選択し,管電圧を下げ,管電流を上げて厚いスライス厚で撮影することで,同部位の遅延造影の有無が簡便・正確に評価できる.CTのなかでも320列CTを用いた心筋性状評価は,不整脈を合併しやすい肥大型心筋症での局所心筋の脂肪,線維変性評価,不整脈源性右室心筋症の診断にも非常に有用である.64列以後の次世代CTでの使用造影剤量は,早期相のみでは64列よりさらなる減量が可能であるが,晩期相における間質の染影度についてはヨード造影剤量に依存するため,遅延造影を描出する際には造影剤を100 ml以上使用するか,造影早期の撮影終了後,追加で造影剤を注入する必要がある. - 【バイオマーカー】
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BNP,NT-proBNPの有用性−心腎連関
232巻5号(2010);View Description Hide Descriptionナトリウム利尿ペプチドは,心不全の診断から治療効果判定,予後予測のみならず治療薬としても用いられるようになった.最近では,心不全診断に至る前段階の生活習慣病患者や一般大衆においても心臓血管リスクの予測因子として有用であるとの報告があり,循環器疾患のバイオマーカーとして重要な位置を占めるようになっている.これらの根拠となる報告は,おもに心室由来のBNPとNT−proBNPに関するものが多い.ストレッチなどの刺激により,心臓からproBNP(前駆体)がBNPとNT−proBNPに切断され循環中に分泌される.BNP,NT−proBNPは心不全の診断,重症度,予後評価のバイオマーカーとして有用である.一方,BNP,NT−proBNPは心機能異常の影響だけではなく,腎機能の影響を受ける心腎機能バイオマーカーである点に留意する必要がある.わが国においてもBNP迅速測定(NT−proBNP迅速測定)が可能になり,救急医療,心不全診療にとり有用である. -
心筋トロポニンTによる潜在性心筋傷害の検出
232巻5号(2010);View Description Hide Description重症心不全では,持続的な潜在性心筋傷害(OMD)に起因する組織学的変化と心機能障害の進行が観察される.著者らは急性冠症候群の診断に導入されている心筋傷害マーカー,心筋トロポニンTと心臓型脂肪酸結合蛋白(H−FABP)を測定することによりOMD(トロポニンT≧0.02 ng/ml)について分析し,慢性心不全NYHA class II の10%,class III の69%,class IV の89%の症例でOMDを認めた.さらにCox比例ハザードモデルにより多変量解析すると,OMD,H−FABP濃度上昇,左室駆出率,性(男性)が独立した心事故予測因子であった.トロポニンTとBNP測定値からmyocardial subsetを設定し,それぞれのsubsetについて分析すると,OMDが検出されBNP>172 pg/m(l median)の群は,OMDが検出されずBNP<172 pg/mlの群に比較してLVEFは低値(平均29.7%vs.44.4%),中・長期的に心事故発生のリスク(63%vs.3.6%)が約20倍も高いことが明らかとなった.心不全治療においてBNPとともにトロポニンTをサロゲートマーカーとするOMD抑止の治療機軸は重要な課題と考えられる. -
心不全における血漿pentraxin3測定の有用性
232巻5号(2010);View Description Hide Description心不全と炎症との関連が明らかになってきている.炎症をターゲットとした心不全治療の可能性も議論されはじめており,治療対象の選択や治療効果判定の指標となる特異的なバイオマーカーを確立することが重要である.近年,pentraxin3(PTX3)の心不全におけるバイオマーカーとしての可能性が検討されはじめた.PTX3はCRPと比べ,より局所の炎症を反映するとされる.最近の研究により,進行した動脈硬化病変でPTX3が強発現していることがわかった.また,急性心筋梗塞や不安定狭心症において血中濃度が上昇しており,急性冠症候群の診断マーカーとしての可能性も期待されている.これまでの検討では,慢性心不全患者の血中PTX3濃度は健常群と比較して有意に高く,濃度別に分けた場合,血中PTX3濃度が高い群では心事故発生率が高いことがわかっているが,いまだ少数例での検討にすぎず,さらなる研究が必要である. -
テネイシンC−新しい心臓リモデリングマーカー
232巻5号(2010);View Description Hide Description細胞外マトリックス蛋白のひとつテネイシン−C(TN−C)は,正常成体の心筋組織には発現しないが,心筋梗塞,心筋炎,拡張型心筋症など病的状態においては,組織傷害と炎症に伴って特異的に発現する.組織修復,線維化,組織リモデリングを制御する鍵分子のひとつである.生体内での役割はきわめて複雑で,しばしば相反する両面の作用を示すが,分子の発現様式は特異的で把握しやすいため,組織診断や分子イメージングによって心筋組織の炎症を診断することが可能である.また最近著者らは,血清TN−C値が心筋梗塞患者などで急性炎症マーカーとして上昇するだけでなく,心不全患者の重症度,心機能不全の程度を反映して高値を示し,単独でもBNPと同程度によいリモデリング予測因子になりうるが,両者を組み合わせると有用性が増し,TN−C,BNPの両方が高いと心リモデリングを起こしやすく予後が悪いことを見出した.TN−Cは心不全患者の予後予測や治療法の最適化に有用な新しいバイオマーカーとして期待される. - 心不全の治療
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心不全の治療ガイドライン−薬物療法を中心に
232巻5号(2010);View Description Hide Description最近15年間における慢性心不全の病態解析の進歩は著しく,心不全を単に心疾患とする概念から,神経体液因子を含む広範な異常により生じる症候群であるとする考えが確立してきた.また,近年報告されてきた膨大な大規模臨床試験の結果は,単に経験からの知識に頼り行われていた治療法を大きく変えてきた.このevidencebased medicine(EBM)に基づき治療法を選択する傾向は今後さらに強くなると思われ,その意味からも“日本循環器学会学術委員会指定研究班”により急性および慢性心不全治療ガイドラインが作成された.このガイドラインでは病態の評価法,診断検査法,および治療法が記載されている.記載された治療法や治療薬のなかには,まだわが国では保険適応となっていないものが含まれているが,日常の臨床現場で診療に従事する医師への最近の医療情報の提供,学習教材としての利用も本ガイドライン作成の趣旨であることから,世界的にコンセンサスの得られている治療法・治療薬については,保険適応外であっても記述した.また,治療法の項では,非薬物療法として心臓外科領域の専門家にも補助循環,人工心臓,左室容積減少術および心臓移植についてその適応ガイドラインが示されている.本稿では慢性心不全治療ガイドラインの薬物療法を中心に述べる.非薬物療法および急性心不全治療ガイドラインについては日本循環器学会学術委員会ホームページを参照されたい. - 【薬物治療】
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心不全治療におけるRAS抑制−レニン阻害薬の可能性
232巻5号(2010);View Description Hide Descriptionレニン阻害薬であるアリスキレンは,従来のRAS阻害薬と異なりRASカスケードのもっとも上流を阻害する薬剤である.基礎研究でアリスキレンは心肥大,心血管リモデリング,血管内皮機能を直接的に改善し,その機序に組織での酸化ストレスや炎症の抑制が関与している.ALOFT試験やALLAY試験などの臨床研究の成績からも,アリスキレンは心不全治療薬としての可能性をもつ薬剤であるといえる.しかし,アリスキレンとACE阻害薬,ARBとの違い,さらにアリスキレンと従来のRAS阻害薬との併用の意義については,現在進行中の大規模臨床試験の結果を待たねばならない. -
どのβ遮断薬をいかに使用するか−心不全患者への最適化治療
232巻5号(2010);View Description Hide Description心不全患者は2つに分類され,そのキーとなるのは駆出率である.駆出率が保たれた患者の心不全の治療体系にはいまだ明確なガイドラインがないのが現状である一方,駆出率の低下した心不全患者における予後改善効果を目的とした治療はここ20年来の大規模試験を通して確立されてきた.その大きな柱となるのがβ遮断薬治療であり,死亡率においておよそ35%のリスクリダクション(RR)をもたらす画期的な治療法である.元来心機能を低下させるβ遮断薬が,実は心不全の予後を改善させるというパラドックスにも思える治療効果の本当の機序はまだわかっていない.β遮断薬の使用に関しては少量から開始して,しかし長期間にわたって増量し続けるという慎重かつ確固たる意思が医療者に求められ,非専門の医師にはいまだ十分浸透しているとはいいがたい.とくに導入しても増量をしないケースがめだち,用量依存的であることをもっと明確に認識する必要がある. -
hANPによる梗塞後心不全の予防
232巻5号(2010);View Description Hide Description心房性利尿ペプチド(ANP)は心房から分泌される生理活性物質であり,レニン−アンジオテンシン系シグナルと拮抗する作用を有する.ANPは血管拡張作用と利尿作用に代表されるさまざまな生理活性作用を有しており,世界に先がけてわが国で製剤化され,急性心不全治療薬として承認されている薬剤である.現在は低用量のANP治療が急性心不全治療の標準治療のひとつとなりつつある.さらに,梗塞後心不全の発症予防効果として,急性心筋梗塞治療におけるANP治療が注目されている. -
心不全に対するスタチンの治療効果
232巻5号(2010);View Description Hide DescriptionHMG−CoA還元酵素阻害薬(スタチン)は,コレステロール合成経路であるメバロン酸経路においてHMGCoA還元酵素を阻害することにより血清コレステロール値を低下させる.大規模臨床試験の結果から,スタチンによる冠動脈疾患の一次および二次予防効果に関するエビデンスは確立している.スタチンはコレステロール低下作用だけでなく,コレステロール低下に依存しない多面的作用(pleiotropic effect)により心血管保護的効果をもつことが知られている.スタチンのもつ多面的作用を考慮すると心不全に対する治療効果も期待されるが,まだ臨床試験でその効果は確立されていない.心不全に対する薬物療法は進歩しているが,現存の治療法だけで効果十分とはいえず,あらたな治療戦略が望まれる.スタチンが心不全に対する治療薬のひとつとなりうるか,ランダム化された大規模臨床試験でスタチンの効果と安全性を検討していく必要がある. -
研究開発中の心不全治療薬
232巻5号(2010);View Description Hide Description収縮不全による慢性心不全治療では,数多くの大規模試験によってβ遮断薬とACE阻害薬の併用が予後を改善することが示され,これらの薬剤が基本的な治療薬となっている.したがって,慢性心不全に対する新しい薬剤の開発は数少なく,急性心不全,拡張性心不全を対象としたものに開発の主眼がおかれている.急性心不全においては,腎など臓器保護を伴う血管拡張薬が研究されている.また,血行動態の安定化や人工心臓などへのブリッジのために心拍出量の増加をもたらす強心薬は不可欠であり,そのためにも心筋障害の少ない強心薬の開発が待たれるところである.現在,拡張性心不全の予後を改善することが示された薬剤はない.これは拡張性心不全の病態が解明されていないこととも関係する.心臓の拡張能は種々の因子に規定されるが,現在,心筋のスティフネスを改善する薬剤が開発中である. - 【非薬物治療】
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心不全患者におけるデバイス治療−ICD,CRT-Dのupdate
232巻5号(2010);View Description Hide Description心不全患者においては30〜50%が突然死するといわれており,予後の改善には心不全死のみならず突然死への対策が重要である.β遮断薬やアンジオテンシン変換酵素阻害薬やアミオダロンは突然死のリスクを低下させると報告されているが,それらの効果は十分ではなく,突然死のリスクの高い患者では植込み型除細動器(ICD)が不可欠な治療法となっている.また心不全患者においては心室内の伝導障害に伴う心収縮の同期障害が存在することがあり,両心室ペーシング法による心臓再同期療法(CRT)も普及している.ただしその限界もわかってきており,今後はその適応および適切な使用法の確立が重要である. -
心不全の外科治療−最近の進歩
232巻5号(2010);View Description Hide Descriptionわが国では年間心臓移植施行例数は10例あまりときわめて少なく,重症心不全症例に対しても自己心機能を回復させる取組みが重要となる.左心室拡大によって生じる機能性僧帽弁逆流は心筋症の独立した予後悪化因子であり,これを制御することにより心不全症状,心機能を改善しうることが示されている.しかし,術後の逆流再発が問題であり,左室側に手技を加えtetheringを直接改善する試みが行われている.左室形成手術はさらに積極的に左室容量を減少させて壁応力を減少させ,左室形態を整えることで左室機能を改善しようというものである.いずれの手術も前向き試験では生命予後改善効果は証明されていない.著者らは左室心筋線維化率を定量的に評価することにより,これらの手術に対するresponderを予測しうることを示したが,今後も,適応確立のためのさらなる努力が必要である.さらに,左室補助人工心臓による機械的unloadingにより心機能が回復し離脱が可能になることが報告されており,これらの手技を組み合わせることにより,重症心不全患者においても自己心機能の改善を期待しうる. -
補助人工心臓の現状と将来展望
232巻5号(2010);View Description Hide Description人工心臓には補助人工心臓(VAD)と完全置換型人工心臓(TAH)がある.わが国では心臓移植の可能性が極端に制限されていたため,離脱生存の可能性があるVADのみが臨床使用され,TAHの臨床例はない.VADには体外設置式と植込み型VADとがあり,現時点では体外設置型VAD(東洋紡VAD,BVS 5000)が保険償還されている.植込み型VADには第一世代の拍動流型NovacorやHeartMate XVEがあり,Novacorは2004年に保険償還されたが,2006年にわが国の市場から撤退した.この10年間,遠心ポンプや軸流ポンプを用いた定常流植込み型VAD(第二世代)が開発され,わが国でもEVAHEARTやJarvik 2000の臨床治験が進行している.さらに長期耐久性をめざして,動圧軸受けや磁気浮上により軸受け非接触の第三世代植込み型VADが開発され,わが国ではDuraHeartの治験が進行し,ともに次年度承認が得られる見込みである. -
日本における心移植の新しい幕開け
232巻5号(2010);View Description Hide Description改正臓器移植法が2010年7月より施行されることで,年に10例程度しか行われなかった心移植例数の増加が期待され,これまで閉ざされていた幼小児への道も開かれた.ただしすぐには待機患者数にみあうドナーの確保は難しいと予想され,補助人工心臓を装着しながら待機する患者は今後も増え続けるであろう.わが国でも補助人工心臓を装着しながら自宅待機できるシステムの構築が必要である.心移植後の管理は,1.免疫抑制療法,2.拒絶反応の診断と管理,3.感染症の管理,4.免疫抑制薬を主とした各種薬剤の副作用の管理,5.移植心冠動脈病変(いわゆる慢性拒絶反応)への対応に分けてそれぞれ考えていくとよい.カルシニューリン阻害薬(シクロスポリンまたはタクロリムス),ミコフェノール酸モフェチル(またはアザチオプリン),ステロイドを併用した標準的三薬併用療法により,移植後早期に出現してくる急性拒絶反応(細胞性拒絶反応)はかなりコントロール可能となり,頻度は少ないものの,通常の病理組織学的検査では発見しにくく予後が悪い抗体関連型拒絶反応(血管性/液性拒絶反応)が再度注目されてきている.さらに最近の心移植後管理の注目点は,慢性期の予後をいかによくするかにシフトしている.そのひとつに移植心冠動脈病変(cardiac allograft vasculopathy:CAV)の管理がある.CAVは移植後数カ月から数年の経過で進展する,中小動脈を中心としたびまん性冠動脈狭窄で,冠動脈バイパス術や冠血管形成術は一般的に無効であるために,近年使用可能となったproliferationsignal inhibitorであるmTOR(mammalian target of rapamycin)阻害薬のエベロリムスが期待されている.エベロリムスはFK506結合蛋白12と複合体を形成しmTORに結合し,キナーゼ活性を抑制することにより造血細胞(T細胞,B細胞),血管平滑筋細胞,酵母などにおいて細胞周期のG1期で停止してS期に進まなくさせる.エベロリムスを使った大規模臨床研究では,CAVの進行がアザチオプリンに比べて減じるばかりでなく,サイトメガロウイルス(CMV)感染症も減少した.またエベロリムスの併用でカルシニューリン阻害薬の投与量が減少でき,腎機能障害が軽減できる.臓器移植は,まずドナーの存在からはじまる.法整備が欧米並みになった現在は,今後欧米並みに定着させていくためのスタートラインにようやく立ったところであると思わなければならない. -
重症拡張型心筋症に対する免疫吸着療法
232巻5号(2010);View Description Hide Description拡張型心筋症(DCM)の約85%は何らかの抗心筋自己抗体を有する.そのうちのすくなくとも一部は病態の悪循環の原因となることが知られている.免疫吸着療法は特殊なカラムを用いて,これら抗心筋自己抗体を除去する試みである.ドイツではすでに200例以上に本治療が試みられている.わが国では病態生理学的意義の高い自己抗体の多くが含まれるIgG3サブクラスに親和性の高いトリプトファンカラムを用いた試みがなされている.現在までに16例のパイロットスタディが行われ,良好な成績が得られている.症例ごとに反応に大きな違いがあるため,有効例の検出が今後の重要な課題である. -
睡眠時無呼吸の治療法
232巻5号(2010);View Description Hide Description心不全には閉塞性と中枢性のいずれのタイプの睡眠時無呼吸も高率に合併し,また睡眠時無呼吸を合併すると心不全の予後は悪化する.心不全に合併する閉塞性睡眠時無呼吸(OSA)治療の第一選択はCPAPで,左室駆出率の改善や死亡または心不全の悪化による入院の抑制が報告されている.CPAPコンプライアンス不良例では口腔内装置も試みられる.肥満に対する減量など生活習慣の改善ももちろん重要である.一方,中枢性睡眠時無呼吸(CSA)の治療法は確立されておらず,今後のさらなる検討が必要である.まずβ遮断薬を主体とする心不全自体の治療は有効である.在宅酸素は心臓イベントを抑制しないが,患者身体活動能力やQOLを改善する.CPAPはCSA合併心不全患者全体の予後を改善できないが,一部の患者では有効で心移植回避生存率を改善する.ASVは現在のところもっとも有効なCSA治療機器で心機能やQOLを改善するが,予後改善効果については臨床試験が現在進行中である. - 心不全の先端的研究トピックス
- 【医工学の進歩】
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心臓シミュレーション−マルチスケール・マルチフィジックス心臓シミュレータ
232巻5号(2010);View Description Hide Description計算機科学と計算科学の進歩は,分子の機能に基づきミクロからマクロに至る組織の構造を再構成したうえで,心臓の興奮収縮から血液の駆出までを再現するシミュレーションモデルの開発を可能としている.本稿では,著者らが開発中のマルチスケール・マルチフィジックス心臓シミュレータの構成と機能について紹介した後,それを活用した心不全の病態生理,診断,治療研究の可能性について心室瘤,拡張機能不全,細胞骨格の異常による収縮機能不全を例に解説する. -
急性心不全におけるコンピュータ制御による包括的な循環管理
232巻5号(2010);View Description Hide Description心臓外科周術期,急性心筋梗塞などの心疾患急性期に異常な高血圧をきたした患者,低血圧,低心拍出量,肺うっ血などの急性心不全をきたした患者の循環管理においては,輸液や心血管作動薬の投与を好適に調整し,血圧,心拍出量などを安定して好ましい範囲に保つことが重要である.医師,コメディカルスタッフのチームが管理にあたるが重症患者管理ほど彼らの負担は大きく,疲れ・不注意による人為的ミスにもつながりかねない.このような問題を克服し,安定した血行動態維持を目的として,薬剤投与をコンピュータ制御により自動的に調整する循環管理システムが開発されてきた.いまだこのような循環管理は臨床現場に広く普及してはいないが,これまでの研究結果はコンピュータ制御循環管理が潜在的にきわめて有用であることを強く示唆している. - 【心不全のあらたな分子メカニズム】
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cGMP特異的PDE5による心肥大,リモデリングの調節
232巻5号(2010);View Description Hide Descriptionホスホジエステラーゼ5(PDE5)はサイクリックGMP(cGMP)を分解する酵素であり,シルデナフィルをはじめとするPDE5阻害薬は,その血管平滑筋における作用によって勃起不全治療薬,肺高血圧治療薬として広く使われている.従来PDE5は心筋細胞には発現していないと考えられていたが,近年,PDE5が心筋細胞に存在し,心肥大,心不全をはじめとする心臓の病態に関与していることが明らかになってきた.たとえば,肥大心筋や不全心筋ではPDE5の発現は亢進しており,PDE5を阻害すると心肥大が抑制される.cGMPシグナルによる心保護のメカニズムとしては,cGMP依存性プロテインキナーゼ(PKG)が重要な役割を果たしていると考えられている.現在,PDE5阻害薬(シルデナフィル)の心不全(diastolic heart failure)患者における有効性を調べるため,アメリカ国立衛生研究所(NIH)主導による多施設臨床試験が進められている. -
心不全の治療標的としてのアデニル酸シクラーゼ−酵素サブタイプを標的とした創薬
232巻5号(2010);View Description Hide Description慢性心不全治療におけるβ遮断薬は,各国のガイドラインにも記載されている標準的治療薬となっている.しかし導入には副作用も多く,同じ標準的治療薬であるRAS系阻害薬に比べて使い勝手が悪い.これは臓器選択性や心機能抑制効果によるところが大きい.そこで臓器選択性が高く,心機能抑制をもたないβ遮断薬があればよい.そのひとつの可能性が,心臓型アデニル酸シクラーゼの阻害薬である.心臓型アデニル酸シクラーゼは心臓に高発現し,β受容体の下流に位置する.遺伝子操作動物や薬理実験から,同酵素の活性阻害は心機能低下を起こさずに心筋保護作用を示すことがわかっている.さらに長年にわたって使用されてきた抗ウイルス薬の一部に心臓型酵素の阻害作用があることもわかっている.近年では細胞内酵素サブタイプが創薬標的の新しい潮流となっているが,心不全治療においても同様の可能性があるかもしれない. - 【心不全のジェネティクスとエピジェネティクス】
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心不全およびその基礎疾患のSNPによる関連解析
232巻5号(2010);View Description Hide Description2002年に著者らが一塩基多型(single nucleotide polymorphisms:SNPs)を用いた心筋梗塞のゲノムワイド関連解析を報告1)して以来,国際ハップマッププロジェクト2)によるハプロタイプ地図の構築やSNPタイピング技術の進展といったインフラ整備に伴い,生活習慣病の関連遺伝子を同定するツールとしてゲノムワイド関連解析が全世界で進められ,あらたな疾患候補ゲノム領域がつぎつぎと報告されている.しかし現在までに,心不全の発症に直接関連する遺伝的背景を大規模に研究した例はそれほど多くはなく,その原因としては心不全の病態には虚血性心疾患,高血圧性心疾患,弁膜症や心房細動などのさまざまな基礎疾患が関連していることがあげられる.本稿ではSNPを用いた心不全およびその基礎疾患の関連遺伝子の解析について考察したい. -
デスモゾーム病としての不整脈源性右室心筋症−デスモゾーム分子遺伝子異常
232巻5号(2010);View Description Hide Description不整脈源性右室心筋症(arrhythmogenic right ventricular cardiomyopathy:ARVC)は特異な右室の形態異常と左脚ブロック型の心室頻拍をきたし,ときに心臓突然死に至り,さらに末期には右心不全のみならず左心不全を招来する.ながらく,心筋症のニッチ的存在の一分野として認識されていたが,近年,不整脈をきたす遺伝病としても注目されている.3症候のひとつにARVCを有する,エーゲ海・Naxos島の風土病で,常染色体劣性遺伝で示すNaxos病の病態解明がきっかけとなり,細胞接着に働くデモゾーム分子をコードする遺伝子に異常が発見され,その一部はデスモゾーム病であることがわかってきた.現在までに5つのデスモゾーム関連遺伝子が原因遺伝子として同定された. -
心不全におけるエピジェネティック変化
232巻5号(2010);View Description Hide Description心臓は本来,何十年と変わることなく同様にポンプ機能を発揮できる臓器であり,さまざまなストレスに対して細胞内および細胞核内のホメオスタシスを維持している.そしてすべての細胞は遺伝子発現制御を安定的に保つシステムとしてエピジェネティックな遺伝子発現制御機構を備えている.心不全という細胞機能が低下する病態下においては,遺伝子発現プロファイルが大きく変化することが知られているが,その際エピジェネティック遺伝子発現制御機構がどのような影響を受け変化するのかについてはこれまで詳細な検討はなされていない.近年の技術革新により,詳細なゲノムDNAの情報を得ることができるようになるとともに,エピジェネティクスに関する分子解析も,クロマチン免疫沈降法を発展させて行うことができるようになってきた.そして生体内心筋細胞を標的に,心不全における遺伝子転写調節,ヒストン修飾変化,核クロマチン高次構造変化を通して検討を行った結果,急性期と慢性期においてエピジェネティック変化に違いがある可能性が示唆されてきている. - 【心不全における再生治療と幹細胞研究】
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心不全に対するiPS細胞の臨床応用
232巻5号(2010);View Description Hide Description人工多能性幹細胞(iPS細胞)は,線維芽細胞などの分化した細胞から誘導されたES細胞様の新しい幹細胞である.ヒトiPS細胞は,ヒトES細胞において認められた倫理的問題を回避できる画期的発明であるが,奇形腫形成やiPS細胞特有の“遺伝子導入による細胞変異・癌化の問題”など今後地道に解決すべき課題は多い.マウスES細胞とマウスiPS細胞,ヒトES細胞とヒトiPS細胞はそれぞれ維持培養法,分化誘導法などにおいてほとんど同等の特性を有しており,ES細胞で培われた技術を導入することにより心血管系細胞を分化誘導することが可能であった.iPS細胞研究の心不全治療応用としては,心筋細胞シートや心筋ボールなどの移植技術を用いた細胞移植治療がおもなターゲットと考えられるが,それ以外にも患者特異的モデル細胞の構築などにより,病態解明や創薬治療応用などさまざまな形で臨床へ貢献することが期待される. -
心臓幹細胞のバイオロジー− c-kit陽性細胞の心臓内での役割と再生治療への応用
232巻5号(2010);View Description Hide Description「心筋細胞は生後まもなく分裂能力を失い,個々の細胞がたえず収縮しながら終世生き続ける」というのが医学の常識であった.したがって,壊死心筋は新生細胞で補われず,薬物治療の困難な心不全では,心臓移植や補助人工心臓などが限られた治療手段であった.ところが近年,哺乳動物の成体で心臓幹細胞(CSC)が見出され,心臓でも古い細胞が順次新しい細胞で置換されていることが示された.さらに,主として心筋の再生をつかさどる心筋前駆細胞と,冠動脈の再生を担う冠動脈前駆細胞とが,独立した集団として存在することが示されてきている.こうした発見により生物学の定説が覆されただけでなく,CSCの再生能力を利用した新しい心不全治療への道がひらかれた.本人のCSCを利用すれば,倫理的あるいは拒絶反応などの問題も回避でき,腫瘍形成のリスクも少なく,低コストで繰り返し治療が可能と考えられるため,実用化すれば安全で効率的な治療法となることが期待される. -
液性因子による心筋分化誘導
232巻5号(2010);View Description Hide Description幹細胞を用いた心筋再生治療を行うにあたっては,これらの細胞から高い効率で心筋細胞を分化誘導する必要がある.また,臨床応用を考えた場合,遺伝子導入を用いない分化誘導法の開発が望まれる.胎児期における心臓発生の解析から,さまざまな液性因子が心筋細胞分化を制御していることがしだいに明らかにされ,さらに,それらの液性因子を用いて幹細胞から心筋細胞への分化誘導効率を上げるような手法について研究がなされてきた.あらたな分化調節因子を明らかにするとともに,いくつかの液性因子の組合せによってさらに分化効率を上げることが今後の課題になると思われる. -
心筋のティッシュエンジニアリング
232巻5号(2010);View Description Hide Description重症心不全に対するあらたな治療法として,細胞浮遊液を不全心筋組織内に注入する再生治療が臨床応用されている.しかし移植場所の制御が困難なことや流出・壊死により細胞が損失するため,効率的な移植ができていないという課題もある.そこで近年,より有効な治療法として注目されているのがティッシュエンジニアリングを用いた再生医療である.ティッシュエンジニアリングには,生体吸収性の高分子(スキャフォールド)に細胞を播種して組織化する方法や,シート状の細胞を積層することで組織化する方法がある.これらの組織を心臓へ移植することで,細胞浮遊液の注入より効率的な細胞移植が実現しており,虚血心筋モデルや拡張型心筋症モデルでの心機能改善効果が確認されている.さらにティッシュエンジニアリングにより,心筋細胞を用いて収縮弛緩する三次元組織再生の研究開発もはじまっており,その発展に大きな期待が寄せられている. -
心不全に対する遺伝子治療研究−分子標的治療とそのターゲット
232巻5号(2010);View Description Hide Description“心不全”はあらゆる心臓疾患の終末ともいえる病態である.過去30年間でレニン−アンジオテンシン−アルドステロン阻害,β遮断薬など薬物治療の発達で治療成績は劇的に改善してきたが,いぜんとして重症例は予後が悪い.なかでも遺伝子異常に関連した心筋症は予後が悪く,新しい治療法開発・実用化に期待が集まっている.本稿では,そのような重症心不全・心筋症を標的にした遺伝子治療研究の現状について総説する. -
重症心不全への細胞移植療法
232巻5号(2010);View Description Hide Description重症心不全に対する細胞移植療法は,心筋分化に最適な細胞の探索とともにその移植法の最適化の開発が必須である.また臨床試験を行う施設の体制,試験プロトコールの客観性・実効性も重要である.自己心筋由来の心筋幹細胞は現時点でもっとも高い心筋分化効率が期待され,組織工学とのハイブリッド治療などを利用して,慢性虚血性心疾患患者から心臓移植を必要とする重症心不全患者への臨床応用の開発が進められている.
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