医学のあゆみ
Volume 232, Issue 6, 2010
Volumes & issues:
-
【2月第1土曜特集】ここまでわかった ミトコンドリア研究の新展開
-
-
-
- ミトコンドリアの形態と品質管理と疾患
-
ミトコンドリアのダイナミクス−その生理的意義とメカニズム
232巻6号(2010);View Description Hide Descriptionミトコンドリアはダイナミックなオルガネラであり,生細胞観察を行うと頻繁に融合と分裂が観察される.融合と分裂に機能する分子として局在の異なるGTPase群が同定・解析されている.融合に機能するMitofusin(Mfn)2およびOPA1は神経変性疾患の原因遺伝子としても同定され,その生理機能解析が進められている.一方,哺乳動物個体内でのミトコンドリア分裂の意義はこれまでほとんど理解されていなかったが,著者らは近年,ミトコンドリア分裂因子Drp1の欠損マウスを構築した.その結果,ミトコンドリア分裂因子は胎生期発生および神経分化に必須の機能をもつことが明らかになった.このように,ミトコンドリアのダイナミックな構造変化はさまざまな細胞機能制御に関与することが明らかになりつつある. -
選択的ミトコンドリア分解のしくみ−垣間見えてきたパーキンソン病との関連
232巻6号(2010);View Description Hide Descriptionミトコンドリアは生命活動に必須なATPを生産するが,その過程で生じる酸化ストレスに直接曝されている.このため,ミトコンドリアの品質管理は細胞の恒常性維持にきわめて重要であり,その破綻がさまざまな病態を引き起こすことが指摘されてきた.とりわけ,障害を受けたミトコンドリアを選択的に丸ごと隔離・除去する機構は“マイトファジー”とよばれ,酵母からヒトまで保存された,基本的な仕組みとして注目が集まっているが,その分子機構と生理機能はいまだ多くの謎に包まれたままである.著者らは最近,マイトファジーの鍵因子をとらえ,ミトコンドリア分解の選択性を規定する仕組みの一端を明らかにした.また,時をほぼ同じくしてマイトファジーとパーキンソン病因子とのつながりが報告され,“品質管理不全”という,ミトコンドリア疾患におけるあらたなパラダイムが構築されようとしている. -
カルシウムシグナルによるミトコンドリア形態と神経細胞死制御機構
232巻6号(2010);View Description Hide Description神経細胞でミトコンドリアは,長い樹状突起や軸索を移動し,分裂・融合などの動的変化を活発に行っている.これらのミトコンドリア動態変化は神経細胞の可塑性や生死に密接に関係しており,その破綻は神経疾患を引き起こす原因となる.著者らは,神経細胞へのカルシウム流入経路の違いがミトコンドリアの形態変化の特異性を決める分子基盤を解明し,その形態変化が神経細胞の生と死に直接結びつくことを示した.将来的に,ミトコンドリア形態制御分子ネットワークに基づいた脳梗塞・神経変性疾患などの治療薬開発が期待される. - 酸化ストレスと関連疾患
-
ミトコンドリアのデオキシリボヌクレオチドプールの酸化と細胞死
232巻6号(2010);View Description Hide DescriptionMTH1は,酸化プリンヌクレオシド三リン酸を一リン酸に加水分解することで,酸化プリンのDNAへの取込みを回避する.一酸化窒素に曝露された静止期のMTH1欠損細胞はミトコンドリアゲノムに8−オキソグアニン(8−oxoG)を選択的に蓄積し,ミトコンドリア変性を伴って細胞死に陥る.ヒトMTH1の発現により8−oxoGのミトコンドリアゲノムへの蓄積と細胞死は効率よく抑制される.一方で,8−oxoGに対合したアデニンを除去修復するMUTYHをノックダウンすることでもその細胞死は顕著に抑制された.一酸化窒素に曝露された細胞ではミトコンドリアのデオキシリボヌクレオチドプールが酸化され,ミトコンドリアゲノムに取り込まれた8−oxoGに対合するアデニンなどの除去修復に依存して,細胞死が誘導されることが明らかになった. -
酸化ストレス防御系の破綻とパーキンソン病
232巻6号(2010);View Description Hide Descriptionパーキンソン病は,中脳黒質のドパミン神経細胞死によるドパミン量減少が起因となる神経変性疾患である.数%の家族性/遺伝性,大部分の孤発性/非遺伝性パーキンソン病に大別され,酸化ストレスとカップルしたミトコンドリア機能障害を出発点とし,それによる蛋白質分解系の破綻が原因と考えられている.本稿ではミトコンドリア機能とパーキンソン病を中心として,現段階での知見を紹介する. -
酸化ストレス防御系の破綻とアルツハイマー型認知症
232巻6号(2010);View Description Hide Descriptionアルツハイマー型認知症をはじめ,多くの神経変性疾患で最大の危険因子は年齢である.脳では加齢による酸化ストレスの蓄積が遺伝子発現の変化を伴って進行する.これは,おもにミトコンドリアで発生する活性酸素種と過酸化脂質から生じる不飽和アルデヒドなどによる損傷である.一方,アルツハイマー型認知症や軽度認知障害患者脳においては,正常な加齢を上まわる酸化ストレスが蓄積する.ミトコンドリアDNAは酸化傷害を受け,不飽和アルデヒドが増大し,呼吸鎖複合体を含むエネルギー代謝全体の活性が低下する.実際にアルツハイマー病モデル動物において酸化ストレス防御系を抑制すると,βアミロイドの沈着が促進されるといった病変が認められた.このβアミロイドは老人斑形成以前から神経細胞内に蓄積し,ミトコンドリアに移送されて酸化ストレスの亢進を伴うミトコンドリア機能障害を引き起こす.これにより神経細胞が変性するというモデルが提唱されている. - 細胞死制御と老化制御
-
細胞死制御機構としてのミトコンドリアの働き
232巻6号(2010);View Description Hide Descriptionミトコンドリアはエネルギーの産生器官として生命維持に必須のオルガネラであると同時に,細胞死のシグナル伝達においても中心的な役割を担っている.ミトコンドリア膜上には,細胞死の刺激に反応して活性化する複数の膜透過機構が存在している.多くのアポトーシス刺激に対しては,Bcl−2ファミリー蛋白質によって制御される膜透過機構が機能している.また,アポトーシス刺激のなかには,Bcl−2ファミリー蛋白質の関与がない膜透過機構も存在する.一方,活性酸素負荷などの際には,permeability transitionとよばれるネクローシスを誘導する膜透過機構が働く.これらの膜透過機構は刺激の種類に応じて開閉し,細胞死実行のon/offや,細胞死の様式を決定している. -
寿命関連遺伝子によるミトコンドリアを介した老化・寿命制御機構
232巻6号(2010);View Description Hide Descriptionミトコンドリアはエネルギー産生の中心であるとともに,活性酸素のおもな発生源でもある.ミトコンドリア由来の活性酸素はさまざまな老化現象の原因として,さらには寿命の規定因子として長らく疑われてきた.また近年,数多くの寿命関連遺伝子が発見され,分子レベルでの老化,寿命制御機構の解明が急速に進んでいる.興味深いことに寿命関連遺伝子の多くは,代謝やミトコンドリアと密接な関連をもっていることがわかってきた.たとえば,SirtuinやmTORはその代表的な遺伝子であり,ともにそのシグナルの下流ではミトコンドリアでの酸化的リン酸化が促進され,逆に活性酸素の産生を抑えることにより抗老化,寿命延長に作用しているものと考えられている.本稿では,これら寿命関連遺伝子とミトコンドリアの関連について,最近の知見を交えて概説する. -
ミトコンドリア遺伝子多型による生活習慣病のリスク
232巻6号(2010);View Description Hide Descriptionミトコンドリアゲノムの多様性は現世人類の歴史の中で生まれてきた.母系祖先から受け継がれてきた多型の組合わせであるハプログループが,長寿あるいは生活習慣病への易罹患性に関連していると想定し,大規模関連解析が行われてきた.数多くのミトコンドリアゲノムの塩基配列データが蓄積され,詳細な分子系統樹の解析が可能になった.最近の分岐を代表する分子系統樹の末端部には,多様なアミノ酸置換を伴う弱有害変異が蓄積していることが明らかになった.数万年前までの分岐を代表するハプログループ特有の多型のみならず,最終氷河期以降における現生人類の人口拡大に伴って集団の中に蓄積された弱有害変異が,ヒトの寿命や加齢に伴う疾患にどのように関与しているかを検証していく必要がある. - ミトコンドリアと疾患
-
ミトコンドリアDNAの新規機能−がん転移へのかかわり
232巻6号(2010);View Description Hide DescriptionミトコンドリアDNA(mtDNA)の突然変異は,ミトコンドリア病と総称される多様な疾患群の原因となることが知られているが,近年になって神経変性疾患や糖尿病,がん,老化など,われわれにとってより身近な疾患や生命現象とのかかわりも指摘されるようになった.しかし,mtDNAの人為的操作技術が確立されていないことから,mtDNAの突然変異がそうした疾患や生命現象の直接的な原因となっているかどうかを検証することは非常に困難である.本稿では,最近著者らが明らかにしたmtDNAの突然変異によって誘導されるがん細胞の転移能獲得のメカニズムを中心に,mtDNAの突然変異とがんとのかかわりについて紹介する. -
ミトコンドリアDNAと気分障害
232巻6号(2010);View Description Hide Descriptionミトコンドリア病では精神症状,とくに気分障害(うつ病および双極性障害)を伴うことが多い.とくに,常染色体優性遺伝慢性進行性外眼筋麻痺(CPEO)およびその関連疾患において気分障害を伴うことが多く報告されている.双極性障害患者において死後脳でmtDNA変異蓄積が報告されていること,および脳にmtDNA変異が蓄積するPolg1トランスジェニックマウスが双極性障害様の行動異常を呈することから,ミトコンドリアDNA変異が脳に蓄積することにより気分障害を発症する可能性が示唆される.これらの知見は気分障害の発症メカニズムの解明にも寄与すると期待されている. -
ミトコンドリア機能障害と糖尿病
232巻6号(2010);View Description Hide Description患者数が増加の一途をたどっている糖尿病は,医療面・経済面から世界的大問題となっている.糖尿病発症の原因は遺伝的因子や加齢,生活スタイルなどさまざまであるが,近年ミトコンドリアの関与が指摘され,注目を集めている.ミトコンドリアの減少や機能障害は膵β細胞でのインスリン分泌低下,骨格筋や肝,脂肪組織といったインスリン標的臓器でのインスリン抵抗性発症のいずれにも関与し,糖尿病発症の原因となることが示唆されている.いまだ不明な点は多いが,今後の詳細な検討によりそのメカニズムが解明され,ミトコンドリア機能制御を介したあらたなる糖尿病の予防法・治療法が開発されることが望まれる. -
脂肪性肝疾患とミトコンドリア
232巻6号(2010);View Description Hide Description肝への脂肪沈着を特徴とする疾患として,アルコール性肝障害(ALD)と非アルコール性脂肪肝疾患(NAFLD)があげられる.後者には非アルコール性脂肪肝炎(NASH)という病型が含まれており,これは肝硬変・肝癌へと進行することがある.さらに近年,C型慢性肝炎と脂肪肝との関連が注目されている.本稿ではこれらの脂肪肝疾患におけるミトコンドリアの関与について,α型ペルオキシソーム増殖剤活性化受容体(PPARα)との関連を交えて概説する. -
骨粗鬆症にかかわるミトコンドリア
232巻6号(2010);View Description Hide Descriptionミトコンドリアは,エネルギー産生,活性酸素(ROS),アポトーシスなどにおいて生命現象に深くかかわり,その機能異常は,代謝疾患,変性疾患,癌や老化の原因となる.近年の研究によって,ミトコンドリアは骨の老化である骨粗鬆症の発症にも関係している可能性が考えられる. - ミトコンドリア関連疾患の治療薬の開発
-
ミトコンドリア病治療薬の現状と医師主導治験による新規治療法の開発−治療的孤児としての宿命であるウルトラ稀少疾患
232巻6号(2010);View Description Hide Descriptionオーファン疾患であるミトコンドリア病に対する治療適応を有する薬剤は世界的に存在しない.原疾患に対する原因療法の最新知見を,2006年に発表のCochrane Review,およびその後2009年10月までのMEDLINE,EMBASE,ENMC,医中誌Webで抽出し,そのエビデンスレベルを検証した.また,JMACCT,NIH ClinicalTrial RegistryおよびEudraCT date baseにて現在進行中の臨床治験についても検索した.Cochrane Reviewでは678件の学会抄録および論文抄録より6つの研究が抽出クライテリアに合致した.1.コエンザイムQ10は1件で筋力の改善がみられ,1件で効果はなかった.2.クレアチンは1件で筋力の改善がみられ,1件では効果がなかった.3.ジクロロ酢酸(DCA)はミトコンドリアの代謝が改善したとの報告があったが,その後の研究で重篤な神経障害の副作用が報告された.4.ジメチルグリシンは効果なしと報告された.一方,世界で現在進行中の臨床治験は3件存在した.コエンザイムQ10の治験研究はNIHが中心となり,phase II 研究(治験終了)からphase III 研究へとステップアップした.エルカルニチンとα−リポ酸のphase II 試験は2010年8月に終了予定である.日本ではL−アルギニンによるMELASの脳卒中様発作に対する急性期静注試験,および脳卒中様発作の寛解期における発作予防目的での内服試験(いずれもphase III 試験)が医師主導治験として進行中である.L−アルギニンはMELASに合併する血管内皮機能障害による動脈拡張不全の治療法として開発されており,その病態生理について詳細に解説する.2008〜2009年の国際学会での動向をみると,治療薬開発の可能性を秘めているものに,レスベラトール,水素ガス,ピルビン酸ナトリウムがあり,今後の臨床研究の成果が待たれる.ミトコンドリア病の治療薬として現時点ではっきりしたエビデンスがあるものはいまだ存在せず,今後の研究が待たれる. -
寄生虫ミトコンドリアにおけるダイナミックな代謝変換−化学療法の標的として
232巻6号(2010);View Description Hide Description寄生虫は食,住,あるときは衣もすべて宿主に依存して生活する動物である.これら寄生虫は巧みな生物戦略によって宿主のもつ生体防御機構から逃れ,またその特殊な宿主内の環境に適応するための代謝経路を発達させて増殖する.このような寄生適応現象についての研究は,感染症の克服という重要な課題に加え,RNA編集やトランススプライシングなどのきわめて興味深い生物学的発見をもたらしてきた.宿主体内の低酸素分圧環境に生息する寄生虫は,宿主である哺乳類とは大きく異なった独自のエネルギー代謝系を用いて環境に適応している.すなわち寄生虫の種類,寄生環境また寄生様式によって,それぞれ特異的な系を発達させ,そのミトコンドリアの呼吸鎖もきわめて多様なものとなっている.著者らは“寄生虫のエネルギー代謝がいかに宿主哺乳類のそれと異なっているか”という基礎生物学的観点から研究を進めてきたが,この大きな違いが,格好の化学療法の標的となることがわかってきた.
-