医学のあゆみ
Volume 233, Issue 10, 2010
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【6月第1土曜特集】生体システムとしてのWntシグナル・ネットワーク研究
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- Wntシグナルと細胞応答
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Wnt蛋白質の翻訳後修飾・細胞内輸送と細胞外拡散
233巻10号(2010);View Description Hide DescriptionWnt 蛋白質は細胞外刺激を担う分泌性シグナル因子のひとつであり,本特集で解説されるさまざまな生命現象を制御する.Wnt 刺激によって制御される細胞内の分子ネットワークに関してはすでに多くの知見が集積されてきている.一方,脊椎動物における Wnt 蛋白質自体の生化学的解析は,生理的な活性を有する蛋白質の調製が長らく不可能であったこともあり,十分には行われていなかった.しかし最近になって,Wnt 蛋白質自身の修飾や動態を制御する機構についても徐々に明らかにされてきている.そこで本稿では,近年の研究によって明らかにされた Wnt 蛋白質の制御機構,具体的には,産生細胞における翻訳後修飾および輸送機構,細胞外における拡散制御に焦点を当て紹介する. -
Wntシグナル経路の多様性と選択的活性化
233巻10号(2010);View Description Hide Description分泌糖蛋白質の Wnt が細胞膜の受容体に結合すると,β-カテニン経路とβ-カテニン非依存性経路〔平面内細胞極性(PCP)経路や Ca2+経路〕が活性化され,初期発生や細胞増殖,運動など多彩な細胞応答を制御する.哺乳動物において Wnt は 19 種類,7 回膜貫通型受容体 Frizzled は 10 種類,共役受容体として機能する LRP5/6や Ror1/2 なども複数存在し,それらの組合せによってシグナル伝達の特異性が決定されると考えられていた.しかし,Wnt 以外のリガンドがこれらの受容体に結合することから,リガンドと受容体の組合せだけでは細胞内シグナル伝達経路の選択的活性化機構を説明できない.最近,受容体のエンドサイトーシスやヘパラン硫酸プロテオグリカン(HSPG)などが Wnt シグナルの活性制御に関連することが明らかになってきた.本稿では Wnt がいかにして多様な細胞内シグナル経路を選択的に活性化するか,その分子機構を概説する. -
Wnt5aとRor2によるシグナル伝達と細胞機能制御
233巻10号(2010);View Description Hide DescriptionWnt ファミリー蛋白質は,発生における形態形成や癌化,癌の浸潤・転移などのさまざまな生理的・病理的局面において重要な役割を担う液性分子である.Wnt 蛋白質はβカテニン依存的または非依存的シグナル伝達経路を惹起するが,Wnt5a はおもに細胞極性・細胞移動を制御するβカテニン非依存的シグナル伝達において中心的な役割を担うことが知られている.Wnt5a は細胞表面に存在する受容体に結合することによりβカテニン非依存的シグナル伝達を活性化するが,なかでも Ror2 受容体チロシンキナーゼは Wnt5a による細胞極性・細胞移動制御において重要な機能をつかさどっていることが明らかになってきた.本稿では,近年その実態解明が進みつつある Wnt5a-Ror2 シグナル伝達に焦点を当てて,これまでに明らかになってきた分子機構を概説するとともに,Wnt5a-Ror2 シグナルによる細胞機能制御とその破綻による癌の浸潤に関する知見を紹介する. -
細胞周期制御におけるWntシグナルの役割
233巻10号(2010);View Description Hide DescriptionWnt シグナル経路のひとつである Wnt/β-catenin 経路はβ-catenin が Tcf/Le(f 転写因子)と複合体を形成することにより,c-Myc や Cyclin D1 などの発現調節を介して G1/S 期の移行を促進することが知られている.また,Wnt/β-catenin 経路の破綻に伴うβ-catenin の細胞質内および核内への異常蓄積は発現調節機構の異常により細胞の癌化を引き起こす.一方で,最近になり Wnt/β-catenin 経路が G1/S 期だけでなく,G2/M 期においても機能することが明らかになった.さらに,Wnt シグナル経路に関与する蛋白質が有糸分裂期においても機能することが明らかになりつつある.とくに,その機能異常は癌細胞において観察される姉妹染色分体の分配異常を引き起こすことから,発現調節機構の異常のみではなく,有糸分裂期における機能の破綻についても細胞の癌化に結びつく可能性が考えられる.本稿では,細胞周期制御における Wnt シグナルの役割について概説する. -
Wntによる細胞極性と非対称分裂の制御―秩序だった細胞多様性の創出機構
233巻10号(2010);View Description Hide Description個体を構成する多くの細胞では,一部の蛋白質やオルガネラは一様には分布しておらず,組織の前後,左右,内外といった方向に沿って偏って存在している.このような細胞の空間的な不均一性を“細胞極性”とよぶ.細胞極性が適切に調節されることで細胞の一定方向への移動や,細胞分裂の方向制御,神経軸索の伸長,さらに細胞集団によるチューブ状組織・シート状組織の形成など,多岐にわたる生命現象が制御されている.その一方で,細胞極性に異常をきたすと,個体の発生や組織の維持にかかわる重篤な障害が伴う.Wnt シグナルは転写の ON/OFF を制御するのみならず,細胞極性も制御している.本稿では Wnt シグナルによる細胞極性制御に関するこれまでの知見を概説し,さらに線虫の非対称分裂やニワトリ胚で近年明らかになりつつある,Wnt 依存的な細胞極性の制御と転写制御との密接な連携について紹介する. -
転写因子TCF/LEFの修飾によるWntシグナル制御
233巻10号(2010);View Description Hide DescriptionWnt シグナルは,“動物の体の形態形成”“幹細胞の増殖”“癌の発症”にかかわる重要なシグナル伝達経路である.Wnt シグナル制御機構の解明は将来的なあらたな医療技術の開発や創薬につながると期待されており,世界的にもっともホットな研究課題のひとつである.Wnt シグナルは,転写因子 TCF/LEF のコアクチベータであるβカテニンの細胞質中における蛋白質量を調節することにより標的遺伝子の発現を制御することがよく知られている.このため,多くの研究者がβカテニンの活性制御機構に注目して研究を行ってきた.そのようななかで,わが国の複数の研究グループは TCF/LEF の修飾に世界に先がけて注目し,「TCF/LEF のリン酸化,ユビキチン化,SUMO 化による Wnt シグナル制御」という画期的な発見をなした.本稿ではこれらについて解説するとともに,TCF/LEF の修飾による Wnt シグナルの制御について現在までに得られている知見を概説する. -
Wnt/PCPシグナルにおけるユビキチンシステムの役割
233巻10号(2010);View Description Hide Descriptionユビキチンシステムは,蛋白質をユビキチン修飾することにより標的蛋白質の安定性や細胞内局在などを制御する.近年,Wnt シグナルをはじめさまざまなシグナル伝達においてユビキチン化が重要な役割を果たしていることがわかってきた.Wnt シグナルではβカテニン経路におけるβカテニンのユビキチン化/分解系がよく知られているが,ユビキチンシステムとの関連がこれまでよくわかっていなかった平面内細胞極性(PCP)経路においても,その重要性が明らかにされつつある.PCP 経路は細胞極性や細胞運動を制御しており,シグナル伝達因子として Dishevelled(Dsh)や Prickle(Pk)などの“コア PCP 蛋白質”がかかわっている.本稿ではコア PCP 蛋白質のユビキチン化など,最近明らかになってきたユビキチンシステムと PCP シグナルとのかかわりについての知見を紹介する. - Wntシグナルと発生
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Wntシグナルとマウス前後軸決定―Wnt拮抗因子Dickkopf1 遺伝子に着目して
233巻10号(2010);View Description Hide Descriptionショウジョウバエ遺伝学に端を発した Wingless/Wnt の研究は,その後の癌研究,発生学などに大きな影響を与えることとなった.とくにシグナリングセンターといわれる領域では,Wnt 因子を代表としたさまざまな分泌性因子が発現している.これら分泌性因子が一定の濃度勾配をつくることにより,濃度依存的に下流因子を制御することが前後軸に沿った形態を決定するうえで非常に重要なことが明らかとなった.そこで本稿では,Wnt シグナルとその拮抗因子によるマウス前後軸決定機構について解説する. -
Wntシグナルと心臓形成
233巻10号(2010);View Description Hide Description胎児期における心臓発生は発生初期に前方側方中胚葉の予定心臓領域で左右 1 対の心臓原基が形成されることにはじまり,その後,複雑な形態形成過程を経て,2 心房 2 心室からなる心臓が形成される.Wnt は心臓発生における重要なシグナル分子のひとつであり,おもに ES 細胞を用いた解析から,古典的 Wnt 経路は初期には心筋細胞分化を促進,後期には心筋細胞分化を抑制すること,また,非古典的 Wnt 経路は後期に心筋細胞分化を促進することが知られている.さらにモデル動物を用いた in vivo の解析から,発生段階の複数のステップで Wnt および Wnt 阻害因子が心臓の形態形成を制御していることが明らかにされている. -
骨芽細胞・脂肪細胞分化におけるWntシグナル機能
233巻10号(2010);View Description Hide Description脂肪細胞と骨芽細胞はいずれも間葉系幹細胞から分化する.そのため,脂肪と骨のバランス維持は老化や2 型糖尿病において重要な課題のひとつである.近年,脂肪細胞・骨芽細胞分化を調節する多数のシグナル分子や転写因子群が多数同定されているが,Wnt シグナルもおもに骨芽細胞分化促進・脂肪細胞分化抑制に作用することが報告されている.古典的 Wnt シグナル・非古典的 Wnt シグナルは異なる分子機構で骨芽細胞分化を正に制御し,脂肪細胞においては核内レセプター型転写因子 PPARγの発現と機能制御を介し,負に制御することが示されている.そこで本稿では Wnt シグナルの骨芽細胞分化,脂肪細胞分化に関する最近の知見と,著者らが見出した Wnt5a によるエピジェネティック変化を介した PPARγ機能制御について報告する. -
Wntシグナルと腎形成
233巻10号(2010);View Description Hide Description哺乳類の腎は,前腎,中腎,後腎の 3 段階を経て形成され,成体の腎は後腎に由来する.後腎は後腎間葉と尿管芽との相互作用によって形成される.尿管芽からの Wnt9b シグナルを受けた後腎間葉は Wnt4 を分泌し,これが間葉自身に働いて上皮化し,糸球体および尿細管に分化していく.この間葉から上皮への転換には Wntシグナルのカノニカル経路が必須であるが十分ではない.転写因子 Six2 は Wnt による上皮転換を抑制して間葉を未分化に保つことで,適切なタイミングでの分化を制御している.一方,尿管芽は後腎間葉から分泌される GDNF を受けて伸長・分岐し,集合管と尿管を形成するが,ここでもカノニカル経路は必須である.さらに発生後期では,Wnt9b が集合官の収斂伸長と細胞極性を制御している. -
外生殖器・内生殖器発生過程におけるWntシグナルの役割
233巻10号(2010);View Description Hide Description外生殖器は四肢と同じく体幹部から隆起・伸長する付属肢である.マウス外生殖器の発生過程は大きく 2 つに分けられる.ひとつは胎生初期に外生殖器原基である生殖結節が伸長する過程で,性ホルモン非依存的である.もうひとつは胎生中後期に雌雄形態差が生じる間葉や尿道の分化過程で,性ホルモン依存的である.最近,遺伝子改変マウスを用いた解析により,Wnt シグナル経路のうちβ-catenin を介して遺伝子発現を制御する Wnt-β-catenin 経路が,外生殖器形成の両方の過程で重要な働きをしていることが明らかになった.外生殖器形成において,Wnt-β-catenin シグナルは生殖結節の隆起・伸長に必要である.また,雌雄差発現過程では,Wnt-β-catenin シグナルはアンドロゲンシグナルと共に機能して外生殖器の雄性化を促している. - Wntシグナルと幹細胞ならびに治療戦略
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胚性幹細胞におけるWntシグナルの役割
233巻10号(2010);View Description Hide Descriptionマウス胚性幹細胞の多能性は,おもにサイトカイン LIF により制御されている.しかし,これまでにさまざまな知見が,Wnt シグナルもまた多能性維持に寄与していることを示唆している.ただ,Wnt シグナルの多能性維持への寄与は,これまで考えられてきた canonical pathway を介したものだけではなく,GSK3β-Myc などの特殊な経路をも介している可能性がある. -
Wntシグナルと腸管上皮幹細胞
233巻10号(2010);View Description Hide DescriptionWnt シグナルは腸管上皮細胞の増殖,腫瘍形成において重要な役割を担っている.近年,Wnt シグナルの標的遺伝子のひとつである Lgr5 が腸管上皮幹細胞のマーカーであることがわかり腸管上皮幹細胞の可視化や単離が可能となった.さらに以前まで困難であった腸管上皮幹細胞培養が,Wnt シグナルを活性化させることにより確立された.本稿では Wnt シグナルによる腸管上皮幹細胞維持機構,分化制御について最新の知見とともに概説する. -
造血幹細胞をめぐるWntの謎―造血幹細胞の自己複製に対するWntの作用
233巻10号(2010);View Description Hide DescriptionWnt は発生過程にある細胞の運命決定を制御する分泌型蛋白質である.Wnt 受容体である Frizzled は造血幹細胞に発現しており,Wnt は造血幹細胞の発生・維持に役割を果たしていると想定される.しかし,造血幹細胞における Wnt/β-catenin シグナルが自己複製を誘導するかどうかについて,いまだに一定の見解は得られていない.これまでの造血幹細胞研究おいて,これほど不可解な問題はなかったように思われる.Wnt ファミリーと Frizzled ファミリーに属するメンバーが多いこと,両者間の特異性に不明な点が多いこと,Wnt の細胞内シグナルが多様であること,そして各 Wnt の蛋白精製が容易でないことなどがこの問題の背景にある.本稿では,この混沌とした問題の起源と,問題解決に挑む研究者たちの足跡を簡単に紹介したい. -
Wnt・FGF・Notchシグナル相互作用による神経幹細胞自己複製の制御機構
233巻10号(2010);View Description Hide Description脳の複雑な働きにおいて,情報の伝達や処理を担うニューロンの数は重要な要素である.成熟したニューロンは細胞分裂しないため,脳発生の初期過程において神経幹細胞がいかに未分化性を保ちつつ細胞分裂し脳の総細胞数を増やすかという自己複製の仕組みが成体脳の形態形成や高次機能構築の鍵となる.ここには未知の“増殖促進と分化抑制を連携するシグナルクロストーク”の存在が予想された.著者らは神経幹細胞を増殖させる Wnt と FGF2 シグナル伝達経路共通のエフェクター分子として GSK3βを同定し,その標的分子であるβカテニンの新しい機能を発見した.それはβカテニンが転写共役因子として LEF/TCF 転写複合体を活性化し細胞増殖を促進するだけでなく,同時に Notch/RBPJ 転写複合体を活性化し未分化性維持に必要な分化抑制シグナルを増強させるという機能である.この発見により,βカテニンは細胞増殖促進と分化抑制を連携させる自己複製制御の主要な機能分子であることが明らかとなった. -
網膜再生とWntシグナル
233巻10号(2010);View Description Hide Description中枢神経は再生しないと長い間考えられてきたが,近年の研究で哺乳類の成体脳に神経幹細胞が存在することが確認され,生涯を通じて新しい神経細胞が生まれていることが明らかになった.同じく中枢神経系である網膜でも,さまざまな急性障害を受けるとミュラーグリアが脱分化して増殖し,成体網膜のなかで神経細胞に分化することがわかってきた.さらに,ミュラーグリアの増殖は,Wnt,shh,Notch など網膜発生において神経前駆細胞の増殖を制御すると考えられている因子によって促進されることが示されている.本稿では脊椎動物でみられる網膜の再生現象について,最近とくに研究が進んでいるミュラーグリアの増殖と神経分化にかかわるシグナルを含めて紹介したい. -
創薬ターゲットとしてのWntシグナル伝達系
233巻10号(2010);View Description Hide DescriptionWnt シグナル経路は,無脊椎動物からヒトに至る多くの生物種にわたって保存され,生体の発生および分化,組織の恒常性,幹細胞の維持などに深くかかわっている情報伝達系である.さまざまな癌や代謝疾患に Wntシグナル系の異常が関与していると考えられており,たとえば大腸癌では 9 割近くの症例に Wnt シグナル活性の亢進を引き起こす遺伝子異常がみられる.この 30 年の間に Wnt シグナルのメカニズムはかなり明らかにされてきた.新しいシグナル分子の発見,昨今の創薬開発における研究技術の進歩と相まって,まさに分子標的医薬による治療法の開発が期待される分野であるといえよう.
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