医学のあゆみ

わが国においては，現時点における認知症の疫学的概要を明らかにできる資料は存在しなかった．しかし，今後も増加しつづける認知症患者の政策医療の計画推進に，疫学的知見は不可欠である．本稿ではこの認知症の疫学的実態に関して，若年性と晩発性に分けて述べた．全国における若年性患者の推定数は 3.78 万人（95％信頼区間：3.61～3.94 万人）とされる．基礎疾患として血管性が最多で，Alzheimer 病（AD），頭部外傷後遺症，そして前頭側頭葉変性症（FTLD）と続いた．なお，脳血管障害のタイプは大きな脳梗塞，脳出血とくも膜下出血が多い．2010 年現在，全国の認知症高齢者数の推計調査が全国の 7 カ所で進行中である．概要として，有病率は 10％を超えている可能性が示唆されている．認知症の疫学は国家的にも重要な課題である．

加齢そのものがもっとも大きな危険因子でもある認知症は，個々人の病でありながら同時に，家族，社会と密接にかかわり，相互に多大な影響を与えていく．認知症をもたらす疾患は Alzheimer 病（AD）のみではなく，多岐にわたる．それらを，いかに早期に，正確に診断するかが，適切な医療介入，介護的介入，さらには望まれるべき社会環境整備のためにも重要である．精密な客観的画像情報をもとに行われる形態診断の現状と問題点を，可能なかぎり背景病理を踏まえて述べる．

認知症の機能画像評価の代表的な手法として，PET（ポジトロン断層撮影法）および SPECT（シングルフォトン断層撮影法）があげられ，おもな機能評価法はこれらを用いた脳血流，糖代謝の評価である．これに近年発展がめざましい統計画像法やパターン認識の手法などを応用することで，従来の視覚的評価よりも客観的で精度の高い評価が可能となってきた．また，アセチルコリン神経系やドパミン神経系など各種の神経伝達機能の評価により認知症の各疾患における神経伝達物質機能レベルでの評価が可能となり，薬剤選択などにおいて重要な役割を担っていくであろう．さらに，アミロイドイメージングの実現により認知症に伴う病理学的変化を生前かつ非侵襲的に画像化することが可能となり，個々の認知症患者における，より確実な病態・早期診断が現実的となりつつある．今後，認知症における機能画像評価はさらに重要性が増していくであろう．

認知症の診断，分類，重症度判定のいずれの段階でも認知機能検査が行われている．これは診察に加えて，さらに多くの情報を得るためとか，患者間の比較や，症状の変化をとらえるためなどといわれているが，立証主義の実施のためということを指摘した．また，最近の認知症の評定に関する大きな出来事として，2004 年にアメリカではじまったプロジェクト“Alzheimer 病神経画像戦略”（ADNI）と“精神疾患の診断・統計マニュアル”（DSM）の改訂の予定がある．これらについて解説し，ADNI の認知機能検査についても紹介した．ADNIでは，軽度 Alzheimer 病（AD），軽度認知障害（MCI）および老年健常人（55～90 歳）を，除外基準，包含基準および 4 つの認知検査を用いて診断している．数種類の認知機能検査を用いて認知症の診断に役立てようとしているのが特徴である．また，除外診断を含む除外基準と包含基準の 2 つを認知検査と併用している点も特徴である．認知症に伴う精神症状の評価として簡易に施行できる神経精神インベントリー質問紙－日本版（NPIQ－J）の利点を指摘し，DSM－Ⅴでの認知症の精神症状の評価案にも触れた．

ここ数年の認知症のバイオマーカー研究とエビデンスの報告をまとめた．CSF Aβ40，42 と tau，p－tau が，Alzheimer 病（AD）の診断と発症予測のマーカーとしてもっとも鋭敏であることが示されている．

ブレインバンクは，進化の最終段階にあるヒト脳を侵す疾患の解明に必須のインフラストラクチャーである．生物学的寿命を超えて生物界での最長寿を更新するヒト特有の疾患である認知症については，ブレインバンクがなければ病態の解明はなかったと考えられる．わが国において今年度より，日本神経科学ブレインバンクネットワークが文部科学省科学研究費の援助を受け発足した．その条件は，ブレインバンクが倫理委員会の承認のもと，臨床・病理科の協力のうえに運営されていること，生前登録者の長期フォロープログラムをもつこと，バンクの内容と品質に関する情報を研究者に提供することである．高齢者専門総合救急病院をコアとし，地域在宅支援神経系救急病院，長期療養型病院が加盟することで，今後の認知症研究への貢献が期待される．

アルツハイマー病（AD）の老人斑や神経原線維変化のように，神経変性型認知症の発症分子機構に関与する中核病変を標的として，画像診断プローブや治療薬の開発が進められている．こうした薬剤開発は病態解明をめざした研究と一体化した形で進められることが理想的であり，たとえば画像診断プローブが標的分子のどのようなサブタイプあるいは存在様式と強い相互作用を有するのかを明らかにすることで，分子病態や治療メカニズムに関してより詳細な生体情報を得ることが可能になる．前臨床で開発された薬剤を臨床で実用化する際にも，マイクロドージングまたは探索的 investigational new drug 試験の考え方を適用して，複数の候補物質をヒトの分子イメージングによりスクリーニングすることが可能になり，薬剤開発の飛躍的な効率化が実現する．臨床試験や臨床研究で得られた情報を病態基礎研究にフィードバックすることにより，基礎研究の軌道修正をはかれる．このように分子イメージングを基軸として，病態解明や診断薬・治療薬開発を有機的に結びつける形で相互に促進させることが可能になると見込まれる．

精神・神経疾患の病態解析の新しい手法として核磁気共鳴画像法やポジトロン断層法などの脳画像データとゲノム配列情報を統合する“イメージングゲノミクス”が注目されている．高次脳機能を解剖学的・生理学的変化として客観的にとらえ，個人ゲノムの多様性と関連づけることで，発症前診断や病気の進行を評価・予測することが将来的に可能となる．イメージングゲノミクスは統合失調症で先行して研究され，Alzheimer 病（AD）でも成果が出はじめている．AD の強力な感受性遺伝子である APOE のε4 アレルは，海馬や嗅内野の萎縮，βアミロイド蛋白の脳内沈着量と相関していた．ゲノムワイド SNP 解析と合わせることで，海馬灰白質の萎縮に関連する遺伝子（C20orf132，ZBP1 ）があらたに見出された．このように，高次精神・神経活動の中間表現型としての脳画像を個人ゲノムの多様性と関連づけるイメージングゲノミクスは，新しい臨床－ゲノム科学として確立しつつある．

認知症の周辺症状（随伴症状）ともよばれる BPSD（認知症の行動・心理症状）の重篤さは，かならずしも脳病変の程度とは平行しないのでさまざまな時期に起こりうる．代表的なものとして暴言，暴力，不穏，徘徊，性的脱抑制，収集癖，つきまとい，脱抑制，多動，興奮，攻撃的言動，不潔行為，幻覚・妄想，うつ状態，介護への抵抗，不安，焦燥などがあげられる．BPSD は中核症状よりも介護者にとって負担となる場合が多く，その対応や環境調整，薬物療法などの医療介入によって悪化を防いだり緩和できる可能性が多々指摘されている．本稿では病態だけでなく，その対応や薬物療法についてまとめてみた．

軽度認知障害（mild cognitive impairment：MCI）は認知症の prodromal state を含む概念として提唱された．認知症への年間移行率は調査対象によって大きく異なり，医療機関受診者では 10～15％，一方，住民検診からの MCI では 3～6％と報告されている．MCI の重要性は，臨床症状を自覚する最初のタイミングであるという点である．MCI の段階から，もの忘れに悩み，易怒性，抑うつなどの精神神経症状を呈する例も多い．アパシーの合併は，認知症移行への予測因子としても注目されている．また，患者・家族が臨床症状を自覚し，納得するこのタイミングで生活習慣をチェックして，ライフスタイルを改善することも重要である．記憶障害がある患者では，“わからない”，“覚えていない”ことを悟られないための“知っているふり”である“取り繕い応答”がしばしばみられる．「最近のニュースは何ですか?」という問いで“取り繕い応答”に注目することで，Alzheimer 病（AD）の 90％以上，MCI 例でも半数以上をスクリーニングすることが可能である．

本稿では認知症の医療に携わるものが知っておくべきリハビリテーション（リハ）やケアの新しい流れを解説する．ケアはできないことを“してあげる”ケア（paternalism）から，“その人の尊厳を守り，その人らしい生活を支える”ケア（person－centred care）へと発展してきた．このようなケアを実践する手法として，dementiacare mapping や認知症の人のためのケアマネジメント・センター方式を紹介する．リハにおいては，失われていく認知機能を高めようというリハよりも，“残存能力を引き出して強化し，生活機能を高める”脳活性化リハが有効であることを提唱する．また，介護家族への教育も，BPSD の予防や介護者の QOL の面から重要である．適切なリハ・ケアと適切な医療の組合せが，本人と介護者にとって最良の結果を生む．

高齢者人口の増加とともに認知症者の増加が著しく，認知症診療に取り組む専門医の必要性が高まっている．認知症の基礎研究は大きな成果をあげてきており，その成果を臨床現場で活用していくことが期待される．認知症治療薬が開発され，早期診断，早期治療の必要性が高くなるとともに，認知症の各病期・重症度において認知症や合併症などの適切な治療を行うことが求められる．認知症であることを診断するとともに，認知症の原因疾患を鑑別していかねばならない．療養環境を調整し，社会資源を活用して介護保険，成年後見制度，地域支援・介護負担軽減などに関する情報提供や指導を行うことも重要である．科学的エビデンスに基づいた認知症医療に取り組む認知症専門医が全国くまなく存在するようになって，全国的に高いレベルの認知症医療が展開されていくことを期待したい．

今後の Alzheimer 病（AD）研究の方向性を探るために，これまでの研究の軌跡をたどってみた．その歴史的軌跡をたどってみると，現時点で AD 研究のもっとも重要な課題はヒトにおけるアミロイドカスケード仮説の検証であることがよくわかる．このために必要とする手段はすでにわれわれの手中にある．実際には認知機能正常，アミロイド PET 陽性者，またはε4 アリル保有者，を対象に観察研究または介入研究を行うことであろう．アミロイドカスケード仮説が正しいのならば，この早期介入効果によって AD の発症低下が観察されるはずである．

アルツハイマー病（AD）の診断は，近時記憶障害で発症し，見当識障害や失語・失行などの高次機能障害が出現する，という典型的な AD 例が示す症状と臨床経過に，頭部 MR（I VSRAD）での内嗅野の萎縮，脳血流検査の画像統計解析（eZIS・3D－SSP）での後部帯状回・楔前部の血流低下，PET 検査（FDG－PET・アミロイドイメージング）の結果を加えて総合的に行われている．現在も多くのアミロイド仮説に基づく根本治療薬の治験が数多く行われているが，話題を集め注目された有力な治療薬候補がつぎつぎと phaseⅢで脱落しており，根本治療薬の開発はけっして容易ではない．対症療法であるアセチルコリンエステラーゼ阻害薬や NMDA 受容体拮抗薬の役割はまだまだ重要で，臨床家はこれらの使用方法に十分通じる必要がある．

社会の高齢化に伴って Alzheimer 病（AD）はいよいよ深刻な問題となり，その疾病の病態進行の本質的な過程に作用する disease－modifying therapy に大きな期待が寄せられている．しかし，AD の病態機序は解明されておらず，開発中の治療薬が disease－modifying drug として作用するかの確信がないまま，大規模な臨床試験に踏み切っているのが現状である．また，AD 患者を対象とした臨床試験で有効性を証明することは容易ではなく，disease－modifying drug の治験となるとそのハードルはいっそう高くなる．さらに，海外に遅れることなく国内で新薬として認可を得るためには国際共同治験への参加が重要であるが，その実施を巡ってあらたな問題が生じる．このように実現までには多くの課題が残されているものの，AD の早期診断が実現し，臨床症状が出現する前に disease－modifying therapy が受けられるようになれば，AD の発症を遅らせることになり，患者，家族，社会にとっての AD 治療の意義が飛躍的に変わる．あらたな治療の実現に向けて困難な課題に取り組む人びとの労が十分に報われるだけの価値が disease－modifying therapy には秘められている．

アルツハイマー病（AD）の病態生理に関する研究が進んだ結果，AD の根本治療薬候補も多数開発された．これらの臨床効果を治験で検証するには，不安定で感度に乏しい心理検査に依拠せず，AD の発症・進行過程を忠実に反映する客観的評価法の確立が重要な課題である．この課題克服を目的として，ADN（I Alzheimer’s DiseaseNeuroimaging Initiative）と命名された臨床観察研究がアメリカではじまった．健常高齢者，軽度認知機能障害（MCI），初期 AD を対象として，2～3 年，認知機能評価，1.5 テスラ MRI 検査，約 50％の被験者に FDGPET，さらにその一部にアミロイド PET を定期的に実施する．また，血液・尿および髄液バイオマーカーについても検討する．この動きは世界に広がり，わが国でも J－ADNI として同様の研究が進行中である．

Lewy 小体型認知症（DLB）は 1995 年に提唱された疾患概念であり，臨床・病理診断基準のガイドラインが作成されている．DLB は初老期・老年期に発症し，Alzheimer 病に次いで多い変性性認知症である．α－シヌクレインを構成成分とする Lewy 小体の出現を病理学的特徴とし，Parkinson 病や認知症を伴う Parkinson 病とともに Lewy 小体病に包括される．臨床診断基準の必須症状は認知機能障害であり，中核症状は認知機能の動揺，幻視，パーキンソニズムである．幻視はもっとも診断特異性が高く，その基礎にある視覚認知障害が神経心理検査によって示される．また，脳 SPECT や PET で後頭葉の機能低下，MIBG 心筋シンチグラフィで取込みの低下が示される．治療はそれぞれの症状に対応した薬物療法がなされ，アセチルコリンエステラーゼ阻害薬が第一選択薬とされる．

前頭側頭葉変性症（FTLD）には，Pick 病をはじめとして前頭側頭領域が侵される多くの神経変性疾患が属する．これらの変性疾患は脳の侵される領域にバリエーションがみられることが多く，同じ疾患であっても（初発の）症状が異なることがあり，臨床診断を困難にしている．このようなことから FTLD には疾患のいかんにかかわらず脳の萎縮領域を反映した臨床類型があり，前頭側頭型認知症（FTD），進行性非流暢性失語（PNFA），意味性認知症（SD）の 3 タイプが提示されている．FTLD に属する疾患のほとんどは特有な封入体を伴い，封入体の構成蛋白や形態に従った病理分類が示されているが，上記の理由から病理疾患単位と臨床症状はかならずしも一貫性がないので注意が必要である．

紀伊半島南部には筋萎縮性側索硬化症（ALS）とパーキンソン認知症複合（PDC）が高頻度に集積する多発地区があり，紀伊 ALS／PDC とよばれる．病理学的には，脳幹，大脳，脊髄に Alzheimer 神経原線維変化（NFT）が広範かつ大量に出現するのが特徴で，近年は TDP－43 蓄積も確認された．ALS と PDC は同一地域の同一家系に発生し，両疾患が同じ患者に併発することもある．その原因については食事や飲用水のミネラル，植物性神経毒などが推定されたが確認されず，近年の分子生物学的手法を用いて，ALS，認知症，パーキンソニズムなどに関連した遺伝子が検索されたが，原因遺伝子やリスク遺伝子は確認されていない．疫学調査によれば，紀伊多発地でも，同様の ALS／PDC が多発するグアムにおいても，ALS の頻度が激減し，代わりに PDC が増加し，近年は認知症の増加傾向がみられている．本症の臨床病型が環境変化や高齢化に伴って変化している可能性があり，遺伝素因と環境要因の相互関係が注目される．

血管性認知症（VaD）の診断に際しては，Hachinski 虚血スコア，NINDS－AIREN や DSM－Ⅳなどの診断基準を用いる．通常，脳卒中の既往があり，病初期より片麻痺などの神経学的異常所見が認められ，症状の進行が階段状で，経過とともにまだら認知症，偽性球麻痺症状，感情失禁などが加わり，脳 MRI・CT などで明らかな脳血管障害が認められ，さらに両者の関連性が証明できる場合に VaD の可能性が高いと考えられる．VaDとアルツハイマー病（AD）では重複する危険因子を認め，また，高齢者では AD と VaD の病理が併存していることが多い．早期治療介入として VaD の危険因子のコントロールを行うことは，その認知機能障害進行を予防し，AD の進展予防にも貢献できる可能性がある．

皮質下白質病変を主体とする脳小血管病に関連した認知症が注目されている．近年，遺伝性の脳小血管病の原因遺伝子がつぎつぎと同定されており，病態との関連が明らかにされつつある．遺伝性脳小血管病の分子病態機序が明らかにされれば，孤発性脳小血管病の病態機序の理解にもつながり，また治療法の開発に寄与することも期待できる．本稿では CADASIL，CARASIL，脳アミロイドアンギオパチー，Fabry 病，RVCL，COL4A1変異についてその臨床像を紹介し，遺伝子異常から推察される病態機序について，これまでの知見を概説する．