Volume 235,
Issue 10,
2010
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【10月第1土曜特集】 エピゲノム研究最前線
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医学のあゆみ 235巻10号, 971-971 (2010);
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エピゲノムとその制御因子
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医学のあゆみ 235巻10号, 975-982 (2010);
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ヒトの遺伝情報は細胞の核のなかの DNA 配列のみにあると思われているが,実際には DNA はヒストンに巻き付いてヌクレオソーム構造をとり,複製されるときはヌクレオソームの修飾を含めて複製される.このゲノムの後天的修飾を“後の”という意味の“エピ”という接尾語をつけてエピゲノム情報とよぶ.エピゲノムは外界の刺激を受けて変化し,細胞分裂で複製されて伝えられていく.そのためヒトのゲノムは 1 つであっても,200 の細胞種があり,ニューロンは分裂してもニューロンであり,肝細胞は分裂しても肝細胞の性質を保つのである.エピゲノム情報は基本的に受精卵の段階でリセットされていく.医学的には,父方あるいは母方からの修飾が伝わっていくインプリンティングという特異なエピゲノム遺伝が,精神発達遅滞など精神神経領域で注目されていた.それに加えて,ゲノム解読以後のエピゲノムの研究の進展から,癌や生活習慣病にもエピゲノムが決定的な役割を果たしていることがわかり,一躍,新規の治療標的として注目され,世界でエピゲノム創薬の開発が一斉にスタートしている.
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医学のあゆみ 235巻10号, 983-987 (2010);
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インシュレーターは,染色体上に点在する制御配列と遺伝子の連携を行う高次構造として想定されている.CTCF はインシュレーター活性をもつ因子として最初にみつけられ,さまざまな因子との相互作用を通し,染色体高次構造を制御していると考えられている.近年,とくにコヒーシン複合体が CTCF と協調的にインシュレーターとしての役割をもつことが示され,にわかにコヒーシンの転写における機能がクローズアップされてきた.CTCF およびコヒーシンによるインシュレーター構築と,その遺伝子発現における役割について概説する.
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医学のあゆみ 235巻10号, 988-994 (2010);
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転写のメカニズムについて,原核細胞における電子顕微鏡写真に基づいて RNA ポリメラーゼⅡが遺伝子上をトラッキングしていくモデルが従来一般的であった.しかし,近年の実験手法の進展によって,染色体は核のなかで“クロモソームテリトリー”という領域を形づくって局在し,その間にある“インタークロマチンコンパートメント”には活発な転写が生じる構造体があり“転写ファクトリー”とよばれ,RNA ポリメラーゼⅡを組織化している巨大な複合体が存在することが明らかになってきた.とくに血管細胞に炎症刺激を加えたときの転写の様子を実測したところ,“転写の波”が観測され,近年報告があいついでいる“染色体間での遠隔相互作用”と相まって転写ファクトリーの存在を支持している.さらに,血管細胞の炎症刺激による転写誘導には,エピゲノム修飾の変化が関係していることが明らかになっており,動脈硬化などの慢性炎症の仕組みを解き明かすには,転写ファクトリーを介したクロマチン構造のダイナミックな変化を理解することが必要であると考えられる.
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医学のあゆみ 235巻10号, 995-1000 (2010);
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ヒストンは,メチル化やアセチル化など多彩な翻訳後修飾を受けるが,これらの修飾は DNA メチル化とともにエピゲノム制御において重要な役割を果たす.近年,クロマチン免疫沈降と大規模塩基配列解析などにより,特定の細胞集団におけるゲノム上のヒストン修飾の全体像が明らかになりつつある.しかし,ヒストンの修飾状態は,発生,分化,細胞周期などに応じて個々の細胞でダイナミックに変化するため,細胞集団を用いた解析に加えて細胞レベルでの解析も欠かすことはできない.ヒストン修飾特異的抗体を用いた免疫細胞・組織化学染色により,初期胚発生や癌組織におけるヒストン修飾のダイナミクスがわかってきた.とくに,ヒストン修飾レベルの変化が癌の進行状況の指標になることが示されてきており,エピゲノム制御の細胞組織化学の今後の展開が期待される.
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医学のあゆみ 235巻10号, 1001-1007 (2010);
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ヒストンメチル化修飾は,分子量わずか 14 のメチル基がリジンあるいはアルギニン残基に付加される電荷の変化を伴わない翻訳後修飾である.現在までに,ヒストン H3 および H4 上に 10 カ所以上のメチル化部位が同定されている.さらに,リジン残基にはモノ,ジ,トリメチル化,アルギニン残基にはモノ,ジメチル化という複数のメチル化形態が存在しており,複雑なクロマチン制御ネットワークを可能としている.ヒストンメチル化はメチル化部位や形態に応じて転写を正あるいは負に制御し,DNA 修復・複製機構とも密接に関与することが明らかになってきた.また,ヒストンメチル化異常は癌をはじめとして,最近ではエネルギー代謝異常や肥満,高血圧,免疫疾患,精神疾患など,さまざまな疾患と深くかかわることが報告されている.そこで本稿では,ヒストンメチル化修飾の転写,DNA 修復,複製への制御機構を最新の知見を含めて概説し,さらにその機能破綻と疾患との関係についても紹介したい.
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医学のあゆみ 235巻10号, 1008-1012 (2010);
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DNA はヒストン多量体に巻きつく形でヌクレオソームを形成し,クロマチンの基本構造となる.そのヒストンの N 末端側はヌクレオソームの外側に露出されており,メチル化,アセチル化,ユビキチン化,リン酸化といった翻訳後修飾を受けることが知られている.転写にかかわるヌクレオソームの動的な構造変化はこのヒストン修飾の変化によっても影響を受けることが明らかとなり,言い換えるならばヒストン修飾の変化がクロマチン構造を通して遺伝子発現に影響を及ぼすといえる.こうした多様なヒストン修飾の変化による遺伝子発現の変化が複雑な生体応答の一手段なのであるとすれば,逆にヒストン修飾機構の破綻は生体内においてさまざまな病態を引き起こす可能性があるであろう.だとすれば将来,このヒストン修飾をターゲットにした創薬戦略が HDAC インヒビターの開発のみならず,ますます推進される可能性が期待される.本稿ではとくにヒストンメチル化の可逆性変化を制御するヒストン脱メチル化酵素群に焦点を当て,これまでのこの分野の研究について概説したい.
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医学のあゆみ 235巻10号, 1013-1018 (2010);
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遺伝子のオンオフは,クロマチン中のヒストン修飾を介したエピゲノム制御によって行われることが明らかになってきた.しかし,通常ユビキタスに発現しているヒストン修飾酵素がいかに特異的なクロマチン領域を認識できるのかは,よくわかっていなかった.一方で,今世紀になりヒトゲノムの多くの領域から蛋白質をコードしない正体不明の非コード RNA 群が産生されていることが明らかになった.最近になり,これらの非コード RNA がヒストン修飾酵素複合体と結合し,特異的な標的遺伝子の発現制御にかかわっていることが明らかにされ,非コード RNA にヒストン修飾部位の特異性を規定する機能がある可能性が浮上してきた.本稿では,エピゲノム制御における非コード RNA の役割とその作用機構についての最新知見を紹介する.
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疾患エピゲノム
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医学のあゆみ 235巻10号, 1021-1029 (2010);
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メタボリックシンドロームや 2 型糖尿病,動脈硬化など多因子の疾患の発症には,胎児期の環境に適応するために,遺伝子配列とは無関係に遺伝子の発現制御系が変化し,これが疾患発症に関与するという考え方がある.環境因子と遺伝素因の相互作用と生活習慣病発症への関与の解明は 21 世紀の生物医学の大きな課題となっている.近年,遺伝子発現や遺伝子配列情報に加え,ヒストン修飾によるクロマチンの変化と遺伝子発現(エピゲノム)への理解が病気の発症解明に重要となっている.エピゲノムは外来刺激・環境の変化により変動し,さまざまな生命現象に関与する.著者らは 3T3-L1 脂肪細胞分化系で次世代シーケンサーを用いたエピゲノム解析から,PPARγがヒストン H3 の 9 番目のリジン(H3K9)や H4K20 のヒストン修飾酵素発現を制御することで脂肪細胞分化を制御すること,また H3K9 脱メチル化異常が肥満・インスリン抵抗性発症に重要な鍵を握ることを明らかにした.
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医学のあゆみ 235巻10号, 1031-1037 (2010);
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細胞が癌化するメカニズムは多段階であり,遺伝子変異,染色体異常に加えてエピジェネティックな異常が蓄積することが知られる.エピゲノム修飾は細胞分化の過程で変化するのみならず,環境に対する応答メカニズムであり,たとえば癌細胞が低酸素,低栄養,放射線,抗癌剤に対して生き残るためのロバストネスにかかわるメカニズムである.最近,話題になる癌幹細胞は自己複製能を有し,腫瘍形成能が著しく高い細胞集団として注目されるが,増殖している細胞集団と遺伝的背景は同一であるので,両者の違いはエピゲノム修飾の違いにほかならない.1 分子シーケンシング技術や質量分析技術の進歩により DNA メチル化,ヒストン修飾などに関するエピゲノム解析が可能となった.エピゲノム異常と癌との関連について,ヒストン修飾を中心に最近の知見を概説した.
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医学のあゆみ 235巻10号, 1038-1044 (2010);
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エピゲノムとはゲノム DNA 塩基配列そのものではなく,その修飾要素として細胞分裂の際に娘細胞に維持・伝達される情報のことをいう.エピゲノム異常は遺伝子発現制御異常につながり,癌をはじめとするさまざまな疾患にかかわる.たとえば,遺伝子プロモーター領域の DNA 異常高メチル化は,癌抑制遺伝子を不活化する重要なメカニズムである.また,IGF2 遺伝子などのインプリンティング遺伝子が両アリルから発現してしまうゲノムインプリンティング消失は多くの小児腫瘍・成人腫瘍で認められ,かつ大腸癌の発症リスクになることがわかっている.そして,DNA はヒストン 8 量体の周囲を 1.75 周巻きついてヌクレオソームとよばれる構造をとっているが,このヒストンの修飾も遺伝子発現の On/Off 調節に深く関与しており,発現抑制マークであるヒストン H3 の 27 番目のリジンのトリメチル化(H3K27me3)などのヒストン修飾の異常が一部の腫瘍において知られている.これらの異常が癌の存在診断,分類,予後,薬剤選択,発症リスク,など癌診断にどのように関与するか,概説したい.
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医学のあゆみ 235巻10号, 1045-1050 (2010);
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iPS 細胞(induced pluripotent stem cell)はすべての体細胞に分化しうるという点で,再生医療のソースとして大きな期待を集めている.しかし,樹立された iPS 細胞の性質にはライン間でのバリエーションが存在することが明らかとなり,再生医療の実現のために,均一で質の高い iPS 細胞の作製や,iPS 細胞の個性に準じた応用方法の開発が望まれている.近年,エピジェネティック修飾状態の差異が iPS 細胞の質に変化を及ぼしうることが明らかとなりつつある.再生医療に有用な iPS 細胞の樹立・選別のためには,iPS 細胞におけるエピゲノム解析およびエピゲノム制御機構の理解が非常に重要な課題となると考えられる.本稿では iPS 細胞のエピゲノム制御について最新の知見を紹介し,それらの知見を背景とした iPS 細胞の再生医療に向けた応用の可能性について議論したい.
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医学のあゆみ 235巻10号, 1051-1055 (2010);
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脳神経系は,外界からの情報を取り込み,そのとき獲得された情報の一部は記憶として一生忘れられることなく保持される.長期的な記憶が形成・維持されるためには,神経回路を形成する個々のニューロンに生じる遺伝子発現の変動をニューロン自身が保持するメカニズムが必要となる.近年の研究から,記憶・学習の成立や維持を支える遺伝子群の発現調節において,DNA メチル化やヒストン修飾を介したエピジェネティック機構が重要な働きをしている可能性が示されつつある.
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医学のあゆみ 235巻10号, 1057-1062 (2010);
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ステロイドホルモンをはじめとした脂溶性生理活性物質やペプチドホルモンはそれぞれ固有の受容体を介し,特徴的な生理活性を示す.これら多くのホルモンの作用機序において,核内での遺伝子発現制御に至ることが知られており,なかでもステロイドホルモン受容体はリガンド依存性転写因子として直接ホルモン依存的に転写制御を行うことが知られている.最近の染色体構造調節やヒストン蛋白の修飾調節の研究から,転写制御とエピゲノム制御とは染色体上のイベントとして共有されていることが明らかになりつつある.本稿では,これら染色体の構造調節とヒストン蛋白修飾を介した転写制御の分子機構をホルモン制御の観点から議論したい.
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医学のあゆみ 235巻10号, 1063-1067 (2010);
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脳においてエピジェネティクスは,細胞特異的な分化,転移因子の抑制,長期記憶の痕跡,臨界期のメカニズム,発達早期の環境の脳発達への影響など,さまざまな機能を有していると推定されている.また,こうしたエピジェネティックな制御の異常が精神疾患と関連する可能性が検討されている.脳がさまざまな細胞からなる複雑な臓器であることが研究を困難にしているため,神経細胞核のみを取り出して解析する技術が開発され,研究に用いられるようになってきた.また,これまでは脳由来神経成長因子(BDNF)やグルココルチコイド受容体など特定の遺伝子に着目した研究が多かったが,DNA マイクロアレイや次世代シーケンサーにより網羅的に解析する手法が用いられはじめている.
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医学のあゆみ 235巻10号, 1069-1074 (2010);
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1990 年代に行われたゲノム解読計画の恩恵により今日まで,疾患の遺伝学的原因である遺伝子変異(DNA配列変化)が多数明らかにされてきた.一方,DNA 配列や DNA によって取り巻かれているヒストン蛋白質上の化学修飾が遺伝子の機能に影響を与えるメカニズムであるエピジェネティクスの詳細が明らかにされ,これに基づいて最近,ゲノム全体にわたる修飾(エピゲノム)の解読も開始された.エピゲノムはゲノムに比べて環境(各種栄養素,薬物,ストレスなど)の影響を受け変化しやすい.したがって,環境変化によってエピゲノム変化が生じ,その結果,遺伝子機能が変化し最終的に疾患に至ることが想定される.小児においても従来の先天性の遺伝性疾患のほか,子どもを取り巻く環境に起因する後天性の遺伝性疾患の存在が想定されるようになってきた.一方,エピゲノムは環境の影響を受けやすい反面,可逆性も有することから,ゲノム修復に根ざした新しい遺伝子治療法の研究もはじまった.本稿ではわが国の社会問題である発達障害患者の急増を題材に,エピゲノム研究の重要性に言及する.
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医学のあゆみ 235巻10号, 1075-1080 (2010);
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ストレスにより誘導される形質変化が次世代に遺伝する例は植物では知られており,動物ではいくつかの現象が示唆されているものの,まだ明確ではない.この最大の原因は分子メカニズムが不明な点にある.著者らは最近,多様なストレスにより活性化される ATF-2 ファミリー転写因子が標的遺伝子のエピジェネティック変化を誘導することを見出した.ATF-2 ファミリー転写因子は細胞増殖,神経系,代謝系,免疫系の標的遺伝子の転写制御に関与しており,これらの標的遺伝子のストレスによるエピジェネティック変化が次世代に遺伝するかどうかを研究するための糸口となることが期待される.