医学のあゆみ
Volume 237, Issue 6, 2011
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【5月第1土曜特集】 エネルギー代謝転写因子ネットワークと生活習慣病
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- 転写因子ネットワークシステムの新しい俯瞰
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転写因子修飾の新しい展開
237巻6号(2011);View Description Hide Descriptionグルコースをおもなエネルギー源として利用する生体にとって血糖値の恒常性維持,とくに絶食時における糖新生は必要不可欠である.その一端を担うのが血糖値に応答した糖代謝関連酵素の遺伝子発現調節であり,それにかかわる転写因子・転写共役因子の活性制御は恒常性の鍵となる.生体のエネルギー状態は細胞内シグナル伝達を介してリン酸化,アセチル化,ユビキチン化,メチル化などの翻訳後修飾という形で転写制御因子に伝えられ,糖代謝関連遺伝子の厳密な発現調節を可能にしている.本稿では,糖代謝調節における転写因子・転写共役因子の役割と翻訳後修飾による活性制御メカニズムについて概説する. -
転写因子ネットワーク探索の新しいアプローチ
237巻6号(2011);View Description Hide Description転写調節は遺伝子発現調節のもっとも主要なメカニズムである.転写因子-DNA 相互作用を網羅的に解析する手法が発達し,確立されてきて,それらの結果を統合したデータベースも充実してきている.そうした情報を総合することで,さまざまな系において転写調節ネットワークの全容解明が可能となり,着々と進められてきている. -
エピジェネティック制御と生活習慣病
237巻6号(2011);View Description Hide Descriptionメタボリックシンドロームや 2 型糖尿病,動脈硬化など多因子の疾患の解明は,21 世紀の生物医学の大きな課題となっている.近年,遺伝子発現や遺伝子配列情報に加え,ヒストン修飾によるクロマチンの変化(エピゲノム)が病気の発症に関与することが示唆されつつある.著者らは 3T3-L1 脂肪細胞分化系で次世代シーケンサーを用いたエピゲノム解析から,PPARγがヒストン H3 の 9 番目のリジン(H3K9)や H4K20 のヒストン修飾酵素発現を制御することで脂肪細胞分化を制御すること,そして H3K9 脱メチル化酵素異常が肥満・インスリン抵抗性発症に重要な鍵を握ることを明らかにした.また,脂肪細胞分化の抑制因子である Wnt が分化を抑制する機序を解析した.核内受容体 COUP-TFⅡの転写調節を高め,これが PPARγの遺伝子に結合し,脱アセチル化複合体をこの領域にリクルートし,PPARγの遺伝子発現を抑制する機序を明らかとした.このことは,近年ゲノムワイド関連解析から TCF7L2 が糖尿病の疾患感受性遺伝子として報告されたが,PPARγを間接的に制御し糖尿病の発症に関与することを示唆する. -
神経を介した臓器間ネットワークと生活習慣病
237巻6号(2011);View Description Hide Description肥満は糖尿病,高脂血症,高血圧症などの生活習慣病の共通要因であり,その点からも肥満研究,すなわち体重の制御機構の解明が重要である.近年の研究発展により,脳が多くの神経ネットワークを介した臓器間相互作用エネルギー代謝の恒常性維持,すなわち摂取エネルギー量と消費エネルギー量の調節に寄与していることが明らかとなってきた.肥満の発症を考慮するためには,種々の臓器間相互作用の性質や程度のみならず,それらがどのようなタイミングで機能しているのかという時系列からみた理解も重要である.本稿では,これまでに明らかとなった神経ネットワークを介する臓器間相互作用を,時系列からとらえて概説する.また,生活習慣病の発症との関連についても考察してみたい. -
アンドロゲン受容体の標的ネットワークの同定―ゲノム医学的手法による系統的なアンドロゲン受容体下流因子の同定
237巻6号(2011);View Description Hide Descriptionアンドロゲン受容体(AR)はステロイドホルモン受容体の一種であり,肥満,動脈硬化,骨粗鬆症,前立腺癌などのさまざまな病気と関連している.AR は細胞内でアンドロゲン(テストステロン,ジヒドロテストステロン)をリガンドとして結合すると核内へ移行する.DNA と結合し標的となる遺伝子群の転写活性化を引き起こすことで,アンドロゲンの作用を発揮すると考えられている.よってアンドロゲンの生理作用を知るためには,AR が DNA 上のどこに結合しているのか,またその標的となる転写産物を同定することが必要である.近年,ゲノム医学的な手法の開発により網羅的な AR の DNA への結合部位や転写開始点の同定などが可能となり,研究が進められている.本稿ではこれまで当研究室で進めてきたアンドロゲン受容体の標的遺伝子群,ならびに網羅的な標的の解析に応用されている手法についておもに概説することとする. - 臓器・疾患別にみた転写因子の展開
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脂肪細胞と転写因子ネットワーク研究:最近の展開―次世代シークエンサーが切り開くエピゲノム・転写因子研究
237巻6号(2011);View Description Hide Description脂肪細胞における転写因子研究は,分化のマスターレギュレーターである peroxisome proliferator-activatedreceptor γ(PPARγ)がインスリン抵抗性改善薬であるチアゾリジン誘導体の標的蛋白であることが見出されて以来,生活習慣病発症および治療の重要な鍵を握る領域として注目されてきた.本稿ではここ数年の研究の流れのなかでホットな話題について, 1 脂肪細胞と転写調節の最近の話題, 2 次世代シークエンサーによる転写因子ネットワークのゲノムワイド解析,をまとめ,最後に著者らの取組みとして, 3 脂肪細胞特異的なオープンクロマチン領域解析(FAIRE-seq)とモチーフ解析による新しい分化調節転写因子の同定について紹介する. -
絶食時の肝における遺伝子発現応答
237巻6号(2011);View Description Hide Description肝における栄養状態に応じたエネルギー代謝の調節機構の解明は,生活習慣病の理解とそれを応用したあらたな治療法の確立に重要である.絶食時には血糖値の低下を起点とするさまざまな生理反応が起こる.これらの代謝には適切な遺伝子の発現制御が重要であり,それは転写因子とその活性制御因子により厳密に制御されている.1.糖新性を亢進させる CREB,Foxo1 は調節因子である TORC1 がそれらの機能を制御する.2.小胞体ストレスセンサーである ATF6 は CREB の糖新性を抑制する.3.脂肪酸酸化に働く PPARαの活性は Sirt1,mTORC1 により制御される.本稿では,このようにエネルギー代謝の調節機構において遺伝子発現を制御する転写因子を中心に,絶食時の転写因子の調節因子,標的遺伝子,それらにより制御される生理的機能について概説する. -
糖新生の転写制御と糖代謝
237巻6号(2011);View Description Hide Description糖尿病患者では糖新生の亢進に起因する肝糖産生が増加している.糖新生を触媒する PEPCK やグルコース 6 リン酸脱リン酸化酵素などの酵素はアロステリックな活性制御を受けず,細胞内での活性は遺伝子レベルでの発現量によって制御される.糖新生系酵素の遺伝子発現はグルカゴンによって増加し,インスリンによって抑制される.このようなホルモンによる糖新生系酵素遺伝子の発現は,CREB,FOXO1,HNF4α,KLF15といった転写因子に加えて,CBP,CRCT2,PGC1αなどの転写コアクチベータの作用によって調節されている.アミノ酸は糖新生の主要な基質であるが,KLF15 はアミノ酸異化系酵素の遺伝子発現を通じて糖新生の基質の供給も制御する.抗糖尿病薬であるメトホルミンは,CBP,CRCT2,KLF15 経路を介して糖新生系遺伝子やアミノ酸異化系酵素の遺伝子発現を低下させ,糖新生を抑制する. -
膵β細胞の分化にかかわる転写因子と生活習慣病―転写因子と糖尿病
237巻6号(2011);View Description Hide Description生体内で唯一のインスリン産生細胞である膵β細胞の分化には種々の転写因子が関与している.いくつかのβ細胞発現転写因子の異常により若年発症の遺伝性糖尿病(MODY)が発症するが,近年,MODY 原因遺伝子である HNF-1α,HNF-1β,HNF-4αの遺伝子多型が,多因子疾患である 2 型糖尿病の疾患感受性にも関与していることが判明してきた. -
AMPKと脳におけるエネルギー代謝調節
237巻6号(2011);View Description Hide DescriptionAMP キナーゼ(AMPK)は,酵母から植物,哺乳動物に至るほとんどの真核細胞に発現するセリン・スレオニンキナーゼである.AMPK は細胞内エネルギーレベルの低下(AMP/ATP 比の上昇)および AMPK キナーゼ(AMPKK)によるリン酸化によって活性化し,代謝,イオンチャネル活性,遺伝子発現を変化させて ATP レベルを回復させる.また近年の研究により,AMPK はメトホルミンなどの糖尿病治療薬,運動,レプチンやアディポネクチンなどのホルモン,自律神経によって活性化し,糖・脂質代謝を調節することが明らかとなった.さらに,視床下部 AMPK が摂食を調節することも明らかとなった.興味深いことに,視床下部 AMPK は末梢組織と同様に神経細胞においても,脂肪酸代謝や mTOR のシグナルを変化させ,これを介して摂食を調節することが示唆されている.視床下部 AMPK は,栄養素やホルモン,神経伝達物質からの情報を神経細胞内の代謝変化に変換し,神経活動および摂食行動を制御すると考えられる. -
心臓発生に働く転写調節因子の心肥大・心機能調節における意義
237巻6号(2011);View Description Hide Description心臓の発生・形態形成は非常に複雑であり,primary heart field 起源細胞群,神経堤細胞や secondary heartfield 由来細胞などにより,成熟した 2 心房 2 心室構造が形づくられる.そのためには精緻な細胞間および細胞内シグナル伝達機構による制御メカニズムが必須であり,その破綻が重篤な先天異常につながることは容易に想像できる.その中心として働く分子のひとつが転写調節因子群であり,心臓の発生・分化の多様なプロセスをつかさどる遺伝子の発現を調節し,また心筋細胞をはじめとする心臓の構成細胞の成熟機能に必要な分子の発現を規定する.心臓発生における転写調節因子の重要性は,その遺伝子変異や欠失がヒト先天性心疾患の直接の成因となることからも明らかであるが,一方,転写調節因子およびさまざまなコファクターが形成する転写複合体は,心臓・循環器系の成熟機能調節に重要な役割を有し,その異常はさまざまな成人疾患の原因・修飾因子としても重要である. -
エネルギー代謝制御ネットワークと癌
237巻6号(2011);View Description Hide Description癌細胞と正常細胞とでは,代謝制御ネットワークが大きく変化していることが知られている.エネルギーの代謝制御には大きく分けて,エネルギー産生系とエネルギー消費系の 2 つの制御ネットワークが存在する.これまで,癌細胞のエネルギー産生では,“Warburg 効果”によって解糖系が亢進し,多くのエネルギーを獲得することが重要とされてきた.しかし,近年癌細胞は,ペントースリン酸経路を促進して増殖に必要な生体成分を合成することや,ミトコンドリアを不活化して細胞死を防ぐことが明らかとなっている.さらに,癌細胞ではエネルギー消費系ネットワークにも変化がみられることが報告されてきている.本稿では,癌細胞におけるエネルギー産生系・消費系制御に関する最近の知見を解説し,核小体におけるエネルギー消費系制御機構について概説する. -
糖尿病性腎症におけるマイクロRNAカスケードループの役割―マイクロRNAと糖尿病性腎症
237巻6号(2011);View Description Hide Description糖尿病の怖さは合併症にあると考えられる.糖尿病性腎症は糖尿病の合併症としては重篤で,患者は人工透析が必要となり,透析を受け続けることが動脈硬化,脳卒中や心不全などの心臓血管系の他の障害の要因になっていることも知られている.そのため糖尿病から腎を守ることは必須となってきている.古典的なシグナル伝達や転写制御の研究からこれらの病態のメカニズムはある程度,理解されてきているが,埋めることのできないギャップが存在しており,完全には説明ができていなかった.しかし,最近のマイクロ RNA の発見とその機能の解明から,これらのマイクロ RNA がいままで埋まっていなかったギャップを埋めることができるということと,これらが非常に重要な鍵となるシグナル伝達を制御していることなどがわかり,マイクロRNA は病気の予防治療のターゲットとなる可能性が高まってきている.ここでは著者らが最近進めている基礎的な研究を中心に,糖尿病に起因する腎疾患におけるマイクロ RNA の役割を総説する. -
骨粗鬆症の遺伝子ネットワーク
237巻6号(2011);View Description Hide Description骨髄内脂肪の増加は老人性骨粗鬆症患者の骨髄でみられる現象である.これは間葉系幹細胞(MSCs)の骨芽細胞あるいは脂肪細胞への分化のバランスが崩れることによって引き起こされる.これまでの知見から,いくつかの転写因子が MSCs の骨と脂肪の分化方向の決定において重要な役割を果たしていることがわかっている.著者らは文部科学省主導のゲノムネットワークブロジェクトに,“脂肪,骨芽細胞分化ネットワークのクロストークと冗長性の解明”を目的に参画した.このプロジェクトにおいて骨芽細胞,脂肪細胞への分化における時系列の大規模発現解析を行い,その結果,転写因子 Id4 が MSCs の骨芽細胞分化を促進することで,骨芽細胞と脂肪細胞の分化の振り分けに重要な働きをしていることを明らかにしたので報告する. - エネルギー代謝のトピックス分子・ストーリー
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体内時計と生活習慣病―時計遺伝子による代謝制御
237巻6号(2011);View Description Hide Description地球上のすべての生物は 24 時間をベースにした生体リズム(概日リズム)を有しており,生理反応の多くは日内変動を示す.たとえば,動物はある時間になると自然と睡眠や食事をとる.また,血圧や体温,さらには多くの血液生化学検査の値における日内変動の存在はよく知られた事実である.このような生理機能の概日リズムは遺伝子のなかに組み込まれた体内時計とよばれるシステムに従った反応である.体内時計システムは時計遺伝子により転写レベルで精密に制御されたシステムであるが,現代の“24 時間社会”によってこのシステムに乱れが生じることが報告されている.生活習慣病の発症要因は多様であるが,体内時計システムの異常もリスクファクターとなることが疫学,遺伝学そして分子生物学的に明らかにされつつある.そこで本稿では,時計遺伝子の代謝制御における役割とその異常による生活習慣病発症に関して考察してみたい. -
小胞体ストレスと生活習慣病
237巻6号(2011);View Description Hide Description細胞内の蛋白質工場である小胞体は,製品である蛋白質の品質低下(蛋白質の折り畳み不全)の情報を小胞体外に発信して小胞体の機能を調節する小胞体ストレス応答により,小胞体機能の恒常性を維持している.この小胞体ストレス応答の破綻は,糖尿病や動脈硬化などの生活習慣病を含むさまざまな疾患の発症に関連していることが明らかにされつつあり,注目されている.最近では,小胞体での蛋白質の品質管理に関連した古典的(canonical)な小胞体ストレス応答に加えて,小胞体ストレス応答シグナルと細胞内でのエネルギー代謝シグナルや炎症シグナルなどとのクロストークにより,非古典的(non-canonical)な小胞体ストレス応答が存在することが報告されている.本稿では,小胞体がエネルギー代謝のセンサーあるいはレギュレーターとして働く可能性について,糖尿病と動脈硬化などの発症との関連性を交えながら概説する. -
Foxo1とエネルギー代謝転写調節
237巻6号(2011);View Description Hide Descriptionフォークヘッド転写因子(Foxo)ファミリーは,インスリン,IGF1 により PI3-kinase 依存性にリン酸化され,転写活性が抑制される.なかでも Foxo1 は糖・エネルギー代謝において重要な働きを担っている.Foxo1は臓器特異的に標的遺伝子をもち,それぞれ糖・エネルギー代謝を調節すると考えられる.したがって,Foxo1の活性調節機構を明らかにしていくことは重要である. -
代謝と老化を結ぶ全身性制御ネットワーク“NADワールド”におけるSIRT1とNAD合成系の重要性
237巻6号(2011);View Description Hide Description生活習慣病として総称される病態のほとんどが,老化を重要な寄与因子のひとつとしている.そこで生活習慣病を未然に防ぎ,健康寿命を延伸させる根本的対策を考えていくうえでは,老化・寿命を制御する基本的なプロセスについての理解が欠かせない.近年の研究から,代謝制御と老化・寿命制御の間には密接な関係があることが明らかにされてきたが,代謝・老化・寿命を結びつける制御システムの構造とダイナミクスを知ることが急務の課題となっている.本稿では,代謝と老化・寿命の制御を結び合わせる全身性ネットワークとして提唱された“NAD ワールド”の概念を紹介するとともに,その必須構成要素である NAD 依存性蛋白脱アセチル化酵素 SIRT1 と NAMPT による全身性 NAD 合成系について概説する.さらに,NAD ワールドの概念に基づく老化の理解,生活習慣病の予防・治療を含めた栄養学的抗老化方法論について議論を進める. -
microRNA-33を介したHDL-コレステロール調節のあらたなメカニズム
237巻6号(2011);View Description Hide DescriptionmicroRNA(miRNA:miR)はヒトにおいて約 1,000 種類が報告され,遺伝子の 50%以上を制御しているとの報告がある.この miRNA は種を超えて保存されており,個体発生のみならず,多くの重要な生命現象をつかさどっていることが明らかになってきた.著者らはマウスにおいて miR-33 が ABCA1 の翻訳を抑制し,血中HDL-コレステロールの低下に働くことを示した.この miR-33 を制御することにより,HDL-コレステロールを上昇させ,動脈硬化症に対する治療が可能となると考えられる.
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