医学のあゆみ
Volume 237, Issue 10, 2011
Volumes & issues:
-
【6月第1土曜特集】 JRC(日本版)ガイドライン2010―救急蘇生ガイドラインの国際協力による作成プロセスとその概要
-
-
- 総論
-
JRC立ち上げからILCOR,CoSTR2010まで
237巻10号(2011);View Description Hide Description2010 年に JRC(日本版)ガイドラインが,日本ではじめて国際蘇生連絡委員会(ILCOR)のメンバーとして作成できることになった.そこまでに至る道は,2000 年の日本蘇生協議会(JRC),つぎにアジア蘇生協議会(RCA)の立ち上げを経て,ILCOR の正式メンバーとなるまでの長い道のりがある.世界の一員として地域ごとのガイドラインを世界の基準(CoSTR)に準拠して出版できたが,今後の日本での蘇生法の進展におおいに貢献できると思う.しかし,日本が世界で評価されるようになることが世界から期待される.この刊行には日本の各学会ほか多方面の協力をいただいた.誌面を借りて謝辞を述べておきたい. -
JRC(日本版)ガイドラインの作成プロセス
237巻10号(2011);View Description Hide DescriptionJRC(日本版)ガイドライン 2010(G2010)は,ガイドライン 2005(G2005)を作成したメンバーが中心となって作成組織を立ち上げ,運営に尽力した.G2005 は人的・時間的な制約から“ガイドライン骨子”をまとめるのが精一杯であったが,G2010 は前回の経験をいかして,より幅広く関係者の頭脳を集め AHA や ERC と同様に科学的根拠と推奨の解説を含めた成書として編纂した.このガイドライン作成のノウハウは次回のG2015 策定に受けつがれ,さらに充実したガイドラインが策定されるものと期待される. -
ガイドライン2005からのおもな変更点
237巻10号(2011);View Description Hide Description“JRC(日本版)ガイドライン 2010”(JRC-G2010)とわが国の“救急蘇生法の指針 2005”(G2005)を比較し,概説した.G2005 から JRC-G2010 へのおもな変更点は,さまざまな背景をもつ市民があらゆる年齢層の傷病者に対応できるように工夫して作成された“共通の”一次救命処置(BLS)アプローチを提唱している点,反応がみられず呼吸をしていない傷病者には,(人工呼吸ではなく)まず胸骨圧迫から心肺蘇生(CPR)を開始する手順である点,二次救命処置(ALS)においても質の高い胸骨圧迫の重要性を強調している点,心停止後症候群(P-CAS)に対する包括的かつ組織的な治療プロトコール手順に基づいた治療を行うことを推奨している点,“神経蘇生”の章が新設された点,具体的な普及・教育のためのさまざまな方策について頁が割かれている点,などである. -
わが国における心肺蘇生の現状と今後の展望
237巻10号(2011);View Description Hide Descriptionわが国の心肺蘇生(CPR),とくに院外救急システムは 2000 年代に入りその質が著明に改善し,現在世界的に見ても非常に高いレベルにある.現場にいあわせた市民(バイスタンダー)によって CPR が行われる割合は50%前後まで増加し,心停止から救急隊員による除細動までに要する時間は,10 分前後へと大幅に短縮した.さらに,世界に類を見ないペースで AED の設置が進み,国家規模での AED の普及が院外心停止症例の救命率を向上させることを実証した.現在,公共の場に設置された AED の数は 20 万台を超えると推定されており,院外で目撃された心原性心室細動症例のうち,AED による市民除細動を受けたものの割合は 10%以上に及ぶ.しかし,非心室細動例も含めると,いぜん目撃のある症例でも院外心停止からの社会復帰率は 7%と低い.今後は,胸骨圧迫のみの CPR を活用したさらなるバイスタンダー CPR の普及や AED のさらなる普及の効果,低体温療法や体外補助循環といった集中治療の追加効果の検証といった取組みを進め,心停止例の救命率向上に寄与していくことが期待される. - 各論
-
一次救命処置―良質な胸骨圧迫こそが救命のカギ
237巻10号(2011);View Description Hide Description心肺蘇生法ガイドライン 2010(G2010)では,これまで以上に胸骨圧迫の重要性が強調された.その結果,傷病者に接触後の手順はこれまでの A(気道)→B(呼吸)→C(胸骨圧迫)から,C→A→B と変更された.さらに,市民救助者が行う心肺蘇生アルゴリズムは基本的には成人と小児で同じとなった.その理由は年齢区分による異なったアルゴリズムでは一般市民の混乱を招き心理的負担が増し,バイスタンダー CPR 実施の障壁となるためである.蘇生手技の変更点として胸骨圧迫のテンポは“約 100 回/min”から“少なくとも 100 回/min”となり,圧迫の深さは成人では“4~5 cm”から“少なくとも 5 cm 以上”となった.すなわち,質の高い胸骨圧迫を実施しつつ,中断は最小限に留めなければならない.また,胸骨圧迫のみの心肺蘇生は,たとえ訓練を受けていない市民救助者も積極的に行うべきであり,救急指令課員は適切に市民に対し口頭指導できる能力が求められる. -
心停止に対する二次救命処置―G2010での変更点とそのポイント
237巻10号(2011);View Description Hide Description2010 年に救急蘇生のための国際コンセンサスが改訂され,それに伴い,日本の蘇生ガイドラインも変更となった.蘇生の際に,一次救命処置(BLS)に引き続き,気道管理器具や薬剤などを用いた蘇生を二次救命処置(ALS)というが,心停止時の二次救命処置での変更点は以下のものがあげられる.無脈静電気活動(PEA)や心静止の際の硫酸アトロピンの推奨がなくなった.一方,心室細動(VF)や無脈性心室頻拍(VT)での電気ショックの重要性に変更はなく,アドレナリン投与に次いで投与する抗不整脈薬としては,アミオダロンやニフェカラントがリドカインより推奨されている.気管チューブの先端位置と心肺蘇生の質を継続的に評価するための呼気 CO2モニタリングの使用があらたに追加された.ALS の間でも質の高い BLS を絶え間なく行うことは変わらず推奨されている.さらに,蘇生中は原因検索を行うとともに,今回はじめて,自己心拍再開後には蘇生後症候群(PCAS)のケアを行うことが示された. -
心拍再開後の集中治療および予後判定―低体温療法の効果とその限界
237巻10号(2011);View Description Hide Description心肺停止に起因する全身の臓器虚血,および自己心拍再開後の再灌流による臓器障害に起因する病態は,心停止後症候群(PCAS)と総称される.PCAS に対しては包括的な治療つまり集中治療を行う.包括的な治療には低体温療法,経皮的冠動脈形成術,循環管理(early goal-directed therapy),血糖管理,呼吸管理などが含まれる.このうち低体温療法および早期の冠血行再開術には転帰改善効果が報告されている.低体温療法は,成人の心原性心停止例で自己心拍再開後の循環が安定しているにもかかわらず昏睡状態の患者に,32~34℃の設定で 12~24 時間施行することが標準的となっている.心拍再開後の予後判定に関して,信頼のおける転帰不良の指標としては,電気生理学的検査(体性感覚誘発電位,脳波)および神経学的診察があげられる.自己心拍再開後 24 時間以内に予後を判定できる指標はない. -
気道確保と蘇生器具
237巻10号(2011);View Description Hide Description今回の日本版ガイドライン 2010 で,気道確保と蘇生器具に関連した重要なポイントは下記の 6 点である.1.心肺蘇生中の輪状軟骨圧迫の推奨の中止,2.声門上気道デバイス挿入後の換気と非同期の胸骨圧迫の廃止,3.気管挿管後のチューブ位置確認の際の“波形表示による呼気二酸化炭素検知器(capnography)”の使用の推奨,4.呼気二酸化炭素分圧による自己心拍再開の予測の可能性,5.バッテリー駆動の自動胸骨圧迫装置,Loaddistributing band CPR(LDB-CPR)と Lund University Cardiac Arrest System CPR(LUCAS-CPR)の紹介,6.体外補助循環を用いた心肺蘇生(extracorporeal CPR:ECPR)の定義と今後の可能性. -
不整脈の治療
237巻10号(2011);View Description Hide Description今回の“日本版(JRC)ガイドライン 2010”では,日本で開発され日本国内で日常的に使用されている抗不整脈剤ニフェカラントが国際的な評価法に則り記載され,アミオダロンと同様に難治性,ショック抵抗性 VT/VF 症例に考慮してもよい(class IIa)と表記された.心房細動への洞調律復帰のための同期電気ショックでは,体重により影響を受ける可能性が示唆された.持続性心房細動の症例で単相性電気ショックを行う場合は,初回から 360 J で実施してもよいとされた(class IIb).今回改訂された部分とその理由にも触れながら,心停止前後での徐脈(拍)と頻拍(脈)の管理について概説する. -
小児の一次救命処置
237巻10号(2011);View Description Hide DescriptionJRC(日本版)ガイドライン 2010 では予防の重要性が強調され,救命の連鎖が成人と小児で統一された.さらに,市民が行う一次救命処置(BLS)に小児と成人の違いはなくなり,胸骨圧迫:人工呼吸比が 30 対 2 で統一された共通のアルゴリズムとなった.一方,小児 BLS におけるおもな変更点は以下のとおりである.1.心肺蘇生の実施を促すために,成人と同様に胸骨圧迫から開始するが,準備ができしだい早急に人工呼吸を開始することを強調した.2.心停止を判断するための脈拍の確認は信頼性が乏しいため重要視しないこととした.3.自動体外式除細動器(AED)の使用に際し,小児用パッドの使用対象を乳児まで拡大した(現時点では薬事未承認).4.現場の便宜を図るため,小児用パッドの使用年齢の上限を未就学児(およそ 6 歳)までとした.小児の一次救命処置における“小児”の定義は国際的には思春期までの年齢層を指す. -
小児の二次救命処置
237巻10号(2011);View Description Hide DescriptionJRC(日本版)ガイドライン 2010 が発表された.小児の二次救命処置では質の高い CPR を行うことにより,二次救命処置が成り立つことが再強調された.細部に至っては変更点もあるものの,旧ガイドラインの内容を発展させた形であり,より強調すべき点・優先順位の変更にとどまったといっても過言ではない.背景には小児蘇生領域でのエビデンスづくりの困難さがあげられる.わが国でも小児蘇生学の研究基盤が整いつつあり,ガイドラインの検証を繰り返すとともに,あらたなエビデンスを作成することが今後の課題である. -
新生児蘇生
237巻10号(2011);View Description Hide Description国際蘇生連絡委員会(ILCOR)から 2010CoSTR がだされ,それに基づき日本蘇生協議会・日本救急医療財団ガイドライン作成合同委員会新生児部会が中心となって,NCPR ガイドライン 2010(GL2010)が作成された.2005CoSTR からの変更点としては,胎便性羊水混濁の有無が除かれて蘇生適応の基準が 3 項目になったことと,酸素投与がより厳密になったことがあげられる.酸素化の指標としてパルスオキシメータの有用性が強調され,人工呼吸は正期産児ではまず空気で開始すること,早産児では 30~40%の低濃度酸素で開始することが推奨された.さらに,中等度から重症の低酸素性虚血性脳症の正期産に近い児では低体温療法の導入が推奨され,蘇生後の低血糖に関する注意点も示された.一方で,2010CoSTR では推奨されている臍帯遅延結紮は,わが国での安全性がまだ確認されていないという理由から GL2010 では保留となった.新生児の予後改善のために GL2010 に則ったあらたな蘇生法を導入していくとともに,さらにそこで課題とされている項目に対しては 2015CoSTR に向けて今後検討を行っていく必要がある. -
急性冠症候群(ACS)
237巻10号(2011);View Description Hide Description成人の内因性心停止の原因としてもっとも重要なのは急性冠症候群(ACS)である.わが国では緊急冠動脈インターベンション(PCI)の可能な施設が多く,病院到着後の治療は大きく進歩した.しかし,ACS による死亡者の多くは病院到着前に死亡する.より多くの患者の命が救われるためには早期診断・早期治療が必要であり,病院前(搬送中の救急車内など)の診断・治療戦略が重要となる.2010 年版ガイドライン作成過程では病院前の診断や治療に関する研究成果について重点的に検討された.前回の 2005 年版ガイドラインからの重要な変更点としてつぎの事項があげられている.1.病院前 12 誘導心電図(ECG)を活用し,早期診断・早期治療を実現すること, 2. 酸素やモルヒネの投与は,必要に応じて慎重に行うこと,3.再灌流までの時間目標を強化すること,4.病院前のトリアージにより PCI 専門施設への直接搬送を考慮すること,5.院外心停止後に自己心拍が再開した患者に PCI を考慮すること,などである.本稿ではこれらの変更点も含め,ガイドラインの概要を示す. -
神経蘇生の策定経緯と概要
237巻10号(2011);View Description Hide Description2011 年春,国内外初のエビデンスに基づいた神経救急蘇生ガイドライン(GL)が日本蘇生協議会(JRC),日本救急医療財団合同による GL 作成合同委員会(共同議長:岡田和夫,丸川征四郎,委員長:野々木 宏,畑中哲生,編集委員:坂本哲也,神経蘇生作業部会共同座長:奥寺 敬,永山正雄,委員 20 名)(表 1)により公表される.本稿では神経蘇生 GL2010 の策定経緯と概要をご紹介する. -
蘇生の教育と普及
237巻10号(2011);View Description Hide Description2010 CoSTR では“EIT”という項目が新設された.JRC(日本版)ガイドライン 2010(JRC G2010)では“普及・教育のための方策”とされた.内容は市民・医療従事者が質の高い一次救命処置や二次救命処置を実施できるように,心肺蘇生の学習教育方法,医療機関における環境整備,社会制度あるいは倫理や法律的問題など多方面の観点から検討されたものである.ここ数年でわが国の院外心停止傷病者の社会復帰率は著明に向上した.しかし,目撃心原性心停止に限定しても 10%未満であり,今後のさらなる向上には市民が質の高い心肺蘇生法(CPR)を行えるような CPR 講習の方法論や戦略的普及方法の検討・検証や病院前救護体制の充実(口頭指導や応答時間短縮など)が必要である.医療従事者に関連する事項では,医学教育学的戦略や医療機関の緊急体制などの検討が深まることが望まれる.また,わが国では蘇生の適応,開始,中止についての国民的なコンセンサスが曖昧であり,法律整備も含め検討されるべき課題である.
-