医学のあゆみ
Volume 238, Issue 5, 2011
Volumes & issues:
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【7月第5土曜特集】 RNA医学・医療―あらたな診断・治療を拓く
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- RNA研究の新展開
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RNAの力
238巻5号(2011);View Description Hide Description分子生物学の黎明期から,RNA は単なる遺伝情報のコピーにすぎないという思い込みが世界的にも支配的であった.しかし約 10 年前から,この考えは誤りであることがさまざまな研究によって明らかになってきた.Fire と Mello によって発見された RNA 干渉(1998 年),ヒトゲノムの完読によって明るみに出た膨大な蛋白質をコードしない(ノンコーディング)RNA の存在(2003~2004 年),リボソームという RNA でできた生体マシーンの構造解明(2000~2001 年)などである.著者も,40 年あまり謎だった終止コドン解読のメカニズムを解明する過程で,蛋白質と RNA の分子擬態という生物学の新しい概念を見出した(2000 年).この発見はRNA が単に一次配列や配列相補性に依存して働くだけでなく,蛋白質と同レベルの個性ある立体構造を形成して機能する高分子マテリアルとしてのポテンシャルを強く示唆するものであった. -
動く遺伝子からゲノムを守る小分子 RNA(esiRNAおよびpiRNA)の生合成と機能
238巻5号(2011);View Description Hide Description多くの生物種において,レトロトランスポゾンなどの転移因子による DNA 損傷から自身のゲノムを防御する機構として,RNA サイレンシングが働いている.内在性 small interfering RNA(endo-siRNA:esiRNA)とPiwi-interacting RNA(piRNA)はどちらも転移因子の抑制に関与する小分子 RNA であるが,それぞれの生合成経路や作用機序は異なっている.本稿では,これまでに明らかとなった esiRNA および piRNA の生合成および機能の分子機構について,ショウジョウバエの知見をもとに概説する. -
RNAサイレンシングのしくみ
238巻5号(2011);View Description Hide Description20 数塩基の小分子 RNA(small RNA)が,相補的な配列をもつ標的遺伝子の発現を負に制御する RNA サイレンシング機構が発見されてから 10 年以上が経つ.現在,small interfering RNA(siRNA)は分子生物学には欠かせないツールとして特定の遺伝子をノックダウンするために利用されており,さらには次世代医薬品としても注目されている.また,真核生物に広く保存されている microRNA(miRNA)は,発生・分化・細胞増殖の制御から癌をはじめとする多くの疾患まで,さまざまな生命現象に深くかかわることが明らかとなってきている.これらの小分子 RNA は単独では機能することができず,RISC とよばれる複合体に取り込まれることにより,はじめて標的遺伝子を制御することが可能となる.本稿では,small RNA の生合成過程および RISC 形成過程について最新の知見を紹介する. -
原核生物の制御RNA
238巻5号(2011);View Description Hide Description原核生物の小分子 RNA(sRNA)の多くは遺伝子発現の制御に関与しており,制御 RNA ともいわれる.制御RNA の概念はオペロン説に遡るが,1980 年代に RNA が実際に遺伝子発現の制御因子として働いていることが発見された.現在では,大腸菌において 100 種近い sRNA が同定されている.その多くは特定の生理条件において合成が誘導され,RNA シャペロン Hfq に依存して標的 mRNA と塩基対を形成し,mRNA の翻訳および安定性の制御に関与している.sRNA による転写後の遺伝子発現制御は,転写因子による転写制御に匹敵する広がりをもつ.糖代謝産物の蓄積や鉄イオンの枯渇で働く sRNA についての研究は,Hfq 依存性 sRNAの作動原理について重要な発見をもたらした.原核生物の Hfq 依存性 sRNA は真核生物の micro RNA に類似しているが,両者の間には作用機構などについて顕著な相違もみられる. -
非コードRNAの新しい制御機能と疾患へのかかわり
238巻5号(2011);View Description Hide Descriptionポストゲノム時代に行われたトランスクリプトーム解析によって,ヒトゲノムの大部分の領域から蛋白質をコードしない正体不明の非コード RNA 群が産生されていることが明らかになった.最近,これらの非コードRNA の機能がつぎつぎと明らかになりはじめ,新しい遺伝子発現の制御因子として,その重要性が認識されはじめている.さらには非コード RNA 機能が疾患にかかわっている例も見出され,医科学的見地からも新しい標的分子として注目が集まっている.本稿では,まずポストゲノム解析による非コード RNA の発見経緯と,それとは独立に見出されていた先駆的な非コード RNA 研究について概説する.つぎに,最近進展著しい非コード RNA の新機能と作用機構についての最新知見を解説する.さらには,これまでに明らかになっている非コード RNA と疾患とのかかわりについての知見を紹介する.これらの知見をもとに,今後の非コード RNA研究の方向性を展望し,解決すべき課題について考えてみたい. -
哺乳類X染色体のエピジェネティック制御とノンコーディングRNA
238巻5号(2011);View Description Hide Description多細胞動物の個体発生では 1 個の受精卵から多種多様な組織がつくられる.これは細胞が分化に際し異なるセットの遺伝子をそれぞれの細胞系譜に応じて適切に発現し,維持しているからである.このような遺伝子のオン・オフや発現パターンの維持には,クロマチンを構成する DNA やヒストン蛋白質のエピジェネティックな修飾が重要な役割を果たす.エピジェネティクスとよばれるこのような遺伝子発現制御は,発生や細胞分化,リプログラミングのほか細胞の癌化などさまざまな生命現象に深くかかわる.その分子基盤を理解するために,さまざまなモデル系を用いた研究が続けられているが,本稿ではそのなかでも典型的なエピジェネティック制御として知られる哺乳類の X 染色体不活性化の分子機構について最近の知見を紹介する. -
RNA品質管理機構とあらたな遺伝子疾患治療薬の開発
238巻5号(2011);View Description Hide Descriptionヒトゲノム研究の進展により,多くの遺伝子疾患の原因変異が数多く同定されているが,ほとんどの遺伝病についてその治療法は確立されてない.最近,ナンセンス変異が原因である複数の疾患について,遺伝子を操作することなく正常で活性をもつ蛋白質を合成させ,症状を改善させるあらたな化合物が同定された.低分子化合物による遺伝病治療の現状と,RNA 品質管理機構を利用したあらたな治療法開発の現状について概説する. -
発生・分化と翻訳制御―RNA結合蛋白質がつかさどる高次生命現象
238巻5号(2011);View Description Hide Description発生や分化といった高次生命現象において,DNA から転写された後の RNA レベルでの遺伝子発現制御の重要性が注目されている.なかでも神経細胞においては,その特殊な形態からも予想できるように mRNA の輸送や局所的な翻訳促進および異所的な翻訳抑制が必須となる.このような巧妙な機構を可能にしているのがRNA 結合蛋白質である.近年,神経細胞に発現している RNA 結合蛋白質による mRNA の翻訳制御が,神経細胞の分化やシナプス可塑性にかかわることが明らかになりつつある.つぎつぎに明らかにされる RNA 結合蛋白質による翻訳制御機構は非常に多岐にわたっており,興味深い. - 医用素剤としてのRNAの化学
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核酸デリバリーのための高分子ナノキャリア
238巻5号(2011);View Description Hide Description核酸医薬の実用化に向けた最大の課題は,安全かつ効率的に核酸分子を標的細胞まで送達することのできるキャリアシステムの開発である.核酸医薬のデリバリーにおいては全身レベルと細胞レベルの 2 段階のデリバリーを達成する必要があり,前者においては核酸分子を酵素分解から保護しつつ標的臓器・組織に選択的に集積する機能,後者においては標的細胞の細胞質内に核酸分子を効率的に送達する機能が必要となる.本稿では,核酸デリバリーに求められる機能を解説しながら,ナノスケールでの機能のつくり込みに基づく多機能性高分子ナノキャリアの設計に関して,著者らの取組みを含めて概説したい. -
修飾核酸
238巻5号(2011);View Description Hide Description核酸医薬は,核酸の本来もっている特異な塩基対形成能を化学修飾により強化させた人工核酸を用いて,特定の病気の原因となる標的 mRNA に選択的かつ強力に結合させることによって対応する蛋白質合成の翻訳プロセスを阻止することを目的に,いままで数多くつくられてきた.本稿では,とくに人工核酸として 2′-O -修飾された RNA に焦点をあて,その優れた mRNA に対する結合能や酵素耐性について,最近著者らの研究グループで開発されたいくつかの例をあげ紹介する. -
糖鎖を利用した核酸医薬の選択的デリバリー
238巻5号(2011);View Description Hide Description“必要な場所”に“必要なとき”に“必要な量”だけ送達できるドラッグデリバリーシステム(drug deliverysystem:DDS)材料が必要とされているが,とりわけ“必要な場所”(標的細胞や組織)に特異的に送達されるアクティブターゲティング能を有したものはほとんどなかった.著者らは一本鎖の DNA と複合化能を有し,さらにそれ自体が抗原提示細胞への標的性も合わせもつ多糖であるβ-1,3-グルカンを用いた核酸デリバリーについて研究を行ってきた.本稿では,最近の研究から,このあらたな多糖・核酸複合体を用いた細胞特異的な CpG-DNA のデリバリーおよびアンチセンス DNA のデリバリーの 2 点について,これまでの進展を概説する. -
対RNA高親和性人工核酸としてのBNA類
238巻5号(2011);View Description Hide Description天然核酸分子の立体配座特性をもとにして,さまざまな架橋構造型の人工核酸 BNA 類が開発できている.それらのなかで N 型の BNA モノマーユニットを組み入れたオリゴヌクレオチド(BNA オリゴ)は,RNA 分子への配列高選択的な卓越した結合親和性を示すとともに,優れたヌクレアーゼ耐性も備わっている.これらBNA オリゴは,メッセンジャー RNA を標的とするさまざまなゲノムテクノロジーに活用して核酸医薬や遺伝子診断技術を開発する基盤素材として,期待がもてる.人工核酸 BNA 類の開発経緯とその応用・実用化研究のいくつかについて概説したい. -
RNAマススペクトロメトリー―miRNAの直接的プロファイリング
238巻5号(2011);View Description Hide DescriptionRNA の基礎研究と応用研究が大きく進展するためには,新しい技術革新が重要な鍵を握っている.RNA を“情報”ととらえる従来型の解析方法から脱却し,RNA を“分子”としてとらえる新しい方法論の確立こそが,これからの RNA 研究を支える重要な基盤技術になるであろう.著者らは,微量な RNA を直接的かつ定量的に解析する技術として,高感度質量分析法を用いた RNA マススペクトロメトリー(RNA-MS)の開発を行っている.この手法では,細胞および組織より調製した微量な RNA を直接解析することができる.RNA の質量を精確に測定することにより,RNA 修飾の種類や位置,詳細な末端構造についても情報を得ることができる.本稿では,癌などの疾患でその発現が大きく変動することが知られ,診断マーカーとしての活用が期待されている microRNA(miRNA)に焦点をあて,RNA-MS を用いた最近の成果について解説する. - RNA異常による疾患
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microRNA異常と疾患
238巻5号(2011);View Description Hide DescriptionmicroRNA は,進化的に保存された翻訳レベルでの遺伝子発現調節システムの主要なコンポーネントで,その存在が発見されたのは 10 年前である.しかし,ヒトの疾患との関連がつぎつぎと明らかにされ,急速に研究が進展している分野である.すでに,疾患のマーカーとしてだけではなく,microRNA を標的とした治療法が開発されており,抗 microRNA 治療薬が認可される日もそう遠くはないであろう.本稿では microRNA システムの異常とヒトの疾患,神経変性疾患,心臓血管系疾患,糖・脂質代謝系疾患,自己免疫疾患などとの関連について,現況を概説する. -
翻訳開始異常から癌に至る3つの経路―eIF2,4E-BPとeIF3
238巻5号(2011);View Description Hide DescriptioneIF2 と eIF4E 結合蛋白質のリン酸化はちょうどブレーキとアクセルのように,ストレスシグナルと増殖シグナルによってそれぞれ負と正に翻訳開始頻度を調節する.翻訳開始の主要な標的であることから,これらの制御系と癌化との関連が詳細に研究されてきた.さらに近年,これらとはまったく異なる経路によって癌が起こることもわかってきた.本稿では,それらあらたなメカニズムのなかからリボソーム結合巨大因子 eIF3 に注目し,今後の展望を考察したい. -
リボソーム病とp53経路
238巻5号(2011);View Description Hide Descriptionリボソームは多数の蛋白質と RNA からなる巨大な複合体で,細胞内の蛋白質合成装置として重要な働きを担っている.生体にとって安定したリボソームの供給は,細胞の維持,増殖またはシグナルに応じた蛋白質の産生に必須であると考えられる.最近,リボソームの生合成がエネルギー代謝や老化,疾患などの高次生命現象に深く関与しており,その過程で p53 が大きな役割を果たしていることが明らかになってきた.また,Diamond-Blackfan 貧血の患者でリボソーム蛋白質遺伝子に変異がみつかったことで,リボソームの異常が原因となる“リボソーム病”にも関心が集まっている.リボソームストレスと p53 経路の活性化が疾患発症の重要な鍵を握っている可能性がある. -
RNA結合蛋白質が引き起こす筋強直性ジストロフィー
238巻5号(2011);View Description Hide Description筋強直性ジストロフィー(DM1)は,CTG リピートの伸長により発症する優性遺伝疾患である.伸長したリピートはさまざまな経路で症状をもたらすが,そのひとつに RNA レベルでの毒性があげられる.これまでの研究で,CUG リピートをもつ RNA は複数の RNA 結合蛋白質の挙動を変化させ,多様な RNA 代謝経路に異常をもたらすことが明らかになってきた.本稿では,そのなかで CELF ファミリーと MBNL ファミリーという 2 つの RNA 結合蛋白質に焦点を絞り,DM1 の病理機構のなかでどのような役割を担っているかについて概観したい. -
スプライシングシス因子の破断変異によるスプライシング異常
238巻5号(2011);View Description Hide Descriptionスプライシングはイントロン両端の GU-AG 配列のみではなく,ブランチポイント配列,ポリピリミジントラクト,エクソン両端の U2AF35・U1snRNA 結合配列,さらに,エクソン・イントロン上の splicingenhancers/silencers によって制御されている.ヒトに疾患を引き起こす遺伝子変異ならびに疾患関連単一塩基ポリモルフィズム(SNPs)は,これらのスプライシングシス因子を破断することによりスプライシング異常を引き起こす.エクソン上の塩基置換は,アミノ酸配列の影響を一義的に疑うためにスプライシングに対する影響は軽視されることが多く,一方,深部イントロンの塩基置換は病的意義が不明とされることが多い.ヒト疾患関連塩基置換の病的意義を考えるうえでは,スプライシングシス因子の破断によるスプライシング異常症をつねに検討する必要がある. -
統合失調症における選択的スプライシング制御の異常
238巻5号(2011);View Description Hide Description選択的スプライシングは,われわれヒトを含む真核生物が 1 つの遺伝子から複数の蛋白質をつくり出すために,進化とともに獲得してきた発生過程や生命現象の維持に必要不可欠な遺伝子発現制御機構のひとつである.この選択的スプライシング制御機構は,発達段階・組織特異的に精巧に制御されており,ひとたびこの制御機構が破綻すると,ときに重篤な発達異常や疾病発症を引き起こす.これは脳疾患においても例外ではなく,各種神経変性疾患や精神疾患において多くの関連遺伝子のスプライシング異常が報告されている.本稿では,近年になって報告が急増している統合失調症と選択的スプライシングの調節異常に焦点を当て,その最新情報を概説する.また,スプライシング異常の誘発原因からそのトランス因子やメカニズムの解明に至るまで,もっともよく研究されたプレセニリン-2 の例を取り上げて,当疾患における異常スプライシングの意義と,その治療への可能性について考察したい. -
ミトコンドリア病
238巻5号(2011);View Description Hide Descriptionミトコンドリアゲノム(mtDNA)の突然変異が,全身性のミトコンドリア機能異常を呈するミトコンドリア病の症例だけでなく,糖尿病や神経変性疾患,がんの症例,さらには老化個体からも散見されることが報告されたことを受け,mtDNA の突然変異を発端とした多様な病態発症機構の存在が注目を集めている.本稿では,変異型 mtDNA 分子種の病原性発揮機構とそれによるミトコンドリア病の病型について解説し,さらにモデルマウスを駆使したミトコンドリア病の治療戦略について紹介したい. - RNAを利用する新しい医薬・医療
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アプタマー医薬
238巻5号(2011);View Description Hide Descriptionアプタマーとは,標的分子に特異的に結合する分子を意味し,核酸分子(RNA や DNA)をマテリアルにした創薬へのアプローチが世界中の製薬企業でなされている.2004 年には,世界ではじめてのアプタマー医薬品Macugenが加齢黄斑変性症を適応疾患としてアメリカで承認された.現在 9 種のアプタマーが臨床試験によりヒトでの効果と安全性を確認されており,今後も臨床試験に入るものが増えると考えられている.このようにアプタマー医薬品は,分子標的薬として抗体医薬品に代わる次世代医薬として注目されている.近い将来,いくつかのアプタマーが臨床の現場に届けられると確信している. -
抗インターロイキン17 Aアプタマー創薬
238巻5号(2011);View Description Hide Description著者らは次世代の医薬基盤開発をめざし,RNA を用いた生理活性物質制御の研究を行っている.近年さまざまな RNA の新機能が発見され,これまで不要と考えられてきた驚くべき種類の RNA がにわかに注目を集めた.RNA は配列相補性に依存して標的分子に結合するばかりではなく,配列に依存した立体構造をとり,その“かたち”によって他の分子に作用する現象も明らかになってきた.このような機能的分子を人為的に選抜したものが RNA アプタマーであり,本研究の要である.RNA アプタマーの阻害効果を疾患の治療や創薬に結びつけるためのユニークな研究に関して,抗インターロイキン 17 A アプタマーを例にとり,その取得から動物モデルの薬効試験まで,これまでの進捗をご紹介したい. -
核酸医薬の毒性と安全性
238巻5号(2011);View Description Hide Description分子生物学の発展とヒトゲノムの解読により病気のメカニズムが分子レベルで議論できるようになり,抗体医薬をはじめとする分子標的薬の役割が拡大している.また,RNA の触媒機能や RNA 干渉,miRNA の発見など,RNA のユニークな特性がつぎつぎと明らかにされている.そのようななかで,RNA や DNA の特性を生かした核酸医薬は次世代分子標的薬として期待されている.本稿では核酸医薬の開発を行ううえで注意すべき毒性と,すでに上市されている Macugenの報告されている安全性に関して概説する. -
microRNA医薬によるがん治療への展開―がん転移モデルに対するmiRNAの核酸医薬としての検証を中心に
238巻5号(2011);View Description Hide DescriptionmicroRNA(miRNA)は 18~25 塩基程度の一本鎖 RNA 分子であり,標的 mRNA の 3′側非翻訳領域に結合し,蛋白への翻訳を抑制している.蛋白発現量の制御により,発生,細胞の増殖や分化にかかわっている.近年,miRNA 発現異常が,がんの発生や進展に関与していることが明らかになってきた.したがって,細胞内miRNA 量を調整すること,すなわち過剰発現している miRNA に対してはその機能を抑制し,発現低下している miRNA に対しては合成 miRNA を補充することにより,がんを治療する方法が模索されている.こういった miRNA を核酸医薬として用いる戦略により,in vitro 系のみならず動物モデルを用いた in vivo の系においても,がんの増殖や転移を抑制できることが明らかになってきた.加えて核酸医薬の生体内デリバリー法の開発も進められており,あらたながん治療法への展開が期待される. -
進化するデコイ型核酸医薬
238巻5号(2011);View Description Hide Description近年,核酸医薬は次世代の分子標的薬として注目され,さまざまな疾患の分子レベルでの機構解明を目的とした研究に基づきその有効性が検証され,臨床応用への期待が高まっている.デコイ型核酸医薬は,転写因子をターゲットとして広範囲な疾患関連遺伝子を抑制できるため,いろいろな難治性疾患に対する治療薬として期待されている.とくに,デコイの構造の改編により静脈投与や経口投与の可能性が示されたり,複数の転写因子の同時阻害を可能にするキメラデコイの開発など,あらたな技術的な進展があり,治療できる対象疾患が拡大されてきている.しかし,核酸医薬の開発には安全性および品質の確保という観点で,低分子化学合成品にはない留意点があり,克服しなければならない.本稿では,デコイ型核酸医薬を中心に,核酸医薬のあらたな技術展開とドラッグデリバリーシステム(DDS)技術適用の試みを紹介する. -
Duchenne型筋ジストロフィーに対するエクソンスキッピング誘導治療
238巻5号(2011);View Description Hide DescriptionDuchenne 型筋ジストロフィー(DMD)は,ジストロフィン遺伝子の異常によって発症する遺伝性筋疾患であり,出生男児 3,500 人に 1 人という高頻度で発症し,症状も重篤であるが,いまだ根治治療は確立していない.DMD の 60%ではジストロフィン遺伝子の 1~数エクソンの欠失がみられ,欠失によりアミノ酸読み取り枠にずれが生じるために,機能を有するジストロフィン蛋白が産生されない.現在 DMD の治療として注目されているエクソンスキッピング誘導治療は,アンチセンスオリゴヌクレオチド(AS-oligo)を用いて mRNA 前駆体のスプライシングのレベルでエクソンのスキッピングを誘導し,アミノ酸の読み取り枠のずれを修正することでジストロフィン蛋白を産生させるものである.著者らは 2006 年に,DMD 症例に対して AS-oligo を静脈内投与しジストロフィン蛋白を発現させることが可能であることを,世界ではじめて明らかにした.著者らの報告に引き続き,イギリスやオランダでもエクソンスキッピング誘導治療の有効性が報告されている.さらに近年,著者らはエクソンスキッピングを誘導する低分子化合物を見出した.エクソンスキッピング誘導治療は近い将来,DMD の標準的な治療になるものと期待される. -
神経変性疾患のRNA干渉による創薬
238巻5号(2011);View Description Hide DescriptionSmall interfering RNA(siRNA)の遺伝子発現抑制効果は非常に高く,遺伝性疾患,ウイルス性疾患においてその変異遺伝子・病原遺伝子自体を siRNA で治療する究極の遺伝子治療をめざした基礎研究が進行している.神経疾患に対しては,優性遺伝形式を示す神経変性疾患を中心にウイルスベクター,非ウイルスベクターを用いた in vivo での投与実験が試みられており,その有効性を示す報告も増えつつある.しかし同時に,副作用を含めた問題点や発現抑制効率の低さといった課題も存在する.今後これらの課題を克服し,siRNA が近い将来,難治性神経疾患における治療法の新しい選択肢となることが非常に期待される. -
多発性骨髄腫に対するsiRNA創薬
238巻5号(2011);View Description Hide DescriptionsiRNA(short interfering RNA)は,特定の mRNA のみに対し生物活性を発揮するため選択性が高く,医薬品としての開発が期待されている.多発性骨髄腫(MM)に対しても,β-catenin をはじめとして有効な標的分子に対する siRNA の治療効果が,研究段階では報告されている.しかし,臨床応用には多発性骨髄腫のような浮遊系(血液)細胞に対する導入効率のよいドラッグデリバリーシステム(DDS)の開発が喫緊の課題で,現在抗体結合型のリポソームや抗体結合型の siRNA-conjugate が開発されている.また,標的分子の siRNA による遺伝子プロファイルを用いた創薬スクリーニングが行われ,多発性骨髄腫に有効なあらたな分子標的治療薬が同定されている. -
RecQヘリカーゼを標的とするsiRNA創薬
238巻5号(2011);View Description Hide DescriptionRecQ 型ヘリカーゼ群は,ゲノムの安定化のために重要な役割を果たし,その長期的な機能不全は早老症や癌などの原因となることが知られている.一方,癌細胞においてこれらのヘリカーゼは高発現し,活発な細胞増殖を支える重要な役割を担っていることもわかってきている.これまで,癌創薬の標的はおもに細胞増殖にかかわる因子に絞られていた.しかし最近では,抗癌剤の副作用を軽減する目的から,ゲノムの修復に関連する標的も注目されつつある.本稿では RECQL1 ヘリカーゼのゲノム維持にかかわる機能について紹介するとともに,siRNA を用いて RECQL1 の発現を抑制すると癌細胞特異的な細胞死が効率よく起こることを示す.また,担癌マウスモデルを使った検証実験においても顕著な抗腫瘍活性を示すことを,あわせて紹介する. -
miRNAを利用した癌診断
238巻5号(2011);View Description Hide Description癌におけるマイクロ(mi)RNA の発現プロファイルの解析により,癌で発現異常を示す数多くの miRNA が単離されている.現在までに癌の臨床病理学的諸性状と密接にかかわる miRNA や,予後予測因子マーカーの可能性をもつ miRNA がわかってきた.miRNA は血清・血漿を用いた新規バイオマーカーとしても癌診断への有望性は高い.また,一部の miRNA はメチル化異常によって発現低下していることが明らかになってきた.癌を用いた miRNA 研究の成果として,癌診断および治療への利用が期待されている. -
新規機能性核酸の創製へのチャレンジ
238巻5号(2011);View Description Hide DescriptionDNA の A-T と G-C の 2 種類の塩基対に人工的につくり出した第三の塩基対を加え,6 種類の塩基からなる人工 DNA を複製や転写で機能させることにより,遺伝情報を拡張する新技術の開発が進んでいる.最近では,複製や転写で利用可能な数種類の人工塩基対がつくり出され,人工塩基を組み込んだ新機能の核酸分子の創出が可能になってきた.著者らの人工塩基対を組み込んだ DNA は 40 サイクルの PCR で 1010倍に増幅可能であり,増幅された DNA 中には人工塩基対が 97%以上保持される.本稿では,新機能核酸の創製に向けての,これまでの人工塩基対の開発状況とその応用研究について,著者らの研究を中心に解説する. -
A-to-I RNA編集とウイルス感染―宿主防御因子としてのADAR1の役割
238巻5号(2011);View Description Hide Descriptionゲノム情報と転写された RNA から翻訳される蛋白質は同一なのであろうか.二重鎖 RNA 中のアデノシンはイノシンへと置換されることがあり(A-to-I RNA 編集),蛋白質コード領域が RNA 編集を受けると,元のゲノム DNA とは異なる蛋白質が発現する.A-to-I RNA 編集は多くの疾患への関与が指摘され,さらに次世代シーケンサーの登場により A-to-I RNA 編集の及ぼす影響は多岐にわたる可能性が出てきた.また,A-to-I RNA 編集はウイルス疾患に対する宿主防御因子としての側面でも注目を集めている.本稿では,A-to-IRNA 編集酵素 ADAR1 の発見からその後の研究の展開,そしてウイルス感染とのかかわりについて解説する. -
アンチセンス医薬治療の再新再生―新薬発見のプラットフォーム
238巻5号(2011);View Description Hide Descriptionアンチセンス法とは,mRNA に対し相補的な配列をもつ一本鎖 DNA であるアンチセンスオリゴヌクレオチドを細胞内に導入し,その相補的な mRNA と結合しハイブリッド形成することにより翻訳のステップを阻害し,その結果蛋白合成を抑制する戦略である.1990 年代,アンチセンスはアンチセンス医薬として核酸合成の進歩により,遺伝子発現制御による癌,感染症ならびに難治性疾患などを対象として分子標的療法の礎を築いた.しかし,アンチセンス医薬はデリバリーの困難さ,効果に対する有効性の乏しさという問題があり,さらに画期的な siRNA の登場により下火となってきた.その後,アンチセンス医薬の研究と開発は屈することなく地道に継続され,最近ふたたび難治性疾患の治療薬として注目されてきた.アンチセンスによる遺伝子制御効果による治療戦略は,siRNA などを含む核酸医薬の新しいプラットフォームを開発する原動力となっていると考える. -
機能性RNAデザイン
238巻5号(2011);View Description Hide Description近年,RNA エンジニアリングの医学への応用がさまざまな方法で盛んに試みられている.これは,RNA 構造の階層性とそれに由来する RNA 構造単位への分離と再構築が可能であることなど,エンジニアリングが容易に行えるためである.本稿ではまず,このような RNA の階層性とモジュール性,および RNA 構造を形づくる二次構造および三次相互作用について解説する.つぎに,RNA 特有の相互作用モチーフや機能モチーフのエンジニアリングについて,著者らが行ってきた機能性 RNA のデザインなどを例として紹介する. - RNA医薬に関する知財と世界の動向
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アプタマー医薬に関する知財(特許)と世界の動向
238巻5号(2011);View Description Hide Description核酸医薬の代表のひとつであるアプタマーはセレックス(SELEX)法という特許でカバーされた方法で取得されるが,この基本特許は本年(2011)6 月に失効した.アプタマーを素材とするアプタマー創薬の歴史は 20年に及び,アメリカの製薬大手を含む多くの会社がアプタマー創薬に参入した.しかしセレックス法のみならず,物質特許や分析法など多数のアプタマーに関するおびただしい特許をプールした一企業が早期開発を独占した結果,自由な競争が進展せず,市販化に至ったのはマクジェンのみで,多くの物質特許は利用されることなく埋没している.しかしセレックス法の基本特許の失効に伴い,研究の自由が大きく開け,また核酸医薬の見直しの機運のなかでアプタマーを医薬として開発する動きが加速している.知財戦略も,今後製品化に結びつくものに転換していくであろう. -
RNAi創薬の現状と将来展望―臨床開発状況と特許状況
238巻5号(2011);View Description Hide DescriptionSmall interfering RNA(siRNA)は,Tuschl らによってヒト細胞においても RNA 干渉を引き起こすことが示され(2001),研究ツールとして広く利用されるに至った.さらに,Alnylam 社などによって医薬品としての開発が進められ,これまでに 17 品目が臨床段階に進むに至った.分化,細胞増殖,アポトーシスなどの生命現象や多くの疾患に深くかかわっていると考えられているマイクロ RNA(miRNA)もまた,診断薬や治療薬への応用が盛んに進められており,C 型肝炎ウイルス感染症を対象とした miR-122 に対するアンチセンス核酸は現在,第Ⅱ相臨床試験段階にある.一方,特許の出願状況をみてみると,Alnylam 社が保有する siRNA に関する基本特許以外にも生物学的安定性の向上,オフターゲット効果や免疫賦活性の軽減,細胞膜透過性の向上をめざした種々 RNAi コンストラクトが開発され,特許出願されるに至っている.miRNA に関しては,その使用を網羅的に制限しうる基本特許はいまのところ見出されていないことから,特定の miRNA の新しい生物学的機能を明らかにできれば権利化が可能であると思われる.
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