医学のあゆみ
Volume 239, Issue 10, 2011
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【12月第1土曜特集】 原発事故の健康リスクとリスク・コミュニケーション
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- 福島原発事故における被ばく医療
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原発事故と医療人
239巻10号(2011);View Description Hide Description東京電力福島第一原発事故を受けて,医療人自ら一人ひとりが放射能や放射線に関する各種事象への知識と対応を余儀なくされ,原発立国そして科学技術立国日本における稀少事故であっても,その重大性を鑑み日常での被曝医療への備えがいよいよ不可欠となった.急性放射線障害への救急救命の特別対応のみならず,低線量放射線被曝,すなわち環境汚染に伴う長期微量慢性被曝と内部被曝の健康リスク評価・管理と放射線安全防護については,科学的知見に基づく正しい理解と判断,そして発癌リスクの説明責任が医療人に求められる.微量放射線を軽視することなく,しかし,低線量被曝の危険性を過度に煽ることなく,原発事故に際しても冷静沈着に対応する医療人の行動規範を,国際的な取組みから紐解き,どのように国内対応がなされてきたかを中心に概説する.後半に,福島での実際の現場対応の一部を紹介することで,原発事故に遭遇した医療人について考える.原発事故の最前線で医療人に問われる職能と資質とは,専門的知識と技能に加え,勇気と献身の精神の継続と実践であるといえる. -
内部被曝とその考え方
239巻10号(2011);View Description Hide Description“平成23 年(2011 年)東北地方太平洋沖地震”に伴う原子力発電所事故が発生してから7 カ月以上の月日が流れた.いまだ事故が終息したわけではないが,国民は落ち着きを取り戻しはじめてきた一方,不安は環境からの外部被曝のみならず,とくに食品由来のものも含めた内部被曝にまで生じている.残念なことに内部被曝には誤解が多く,症状や線量とその評価について,医療従事者であっても正しい理解がされていない.内部被曝を評価する際に使う体外計測計(ホールボディカウンタ;whole body counter:WBC)からは測定時の体内の放射性物質の量を知ることはできるが,内部被曝を線量シーベルト(Sv)で表すためには摂取時期や経路を考慮し別途計算が必要となる.線量も預託実効線量という,外部被曝線量とは異なった概念で示すためわかりにくい.当然体内に摂取された放射性物質は安定型の同位体と同じ代謝が行われるため,体内被曝の線量評価には放射線の物理学的ばかりでなく生物学的に代謝などの動態や性質を考慮し,複雑な計算が行われる.このようにWBC 測定から内部被曝線量を出すためにはいくつかの過程が必要である.内部被曝を正しく理解し評価するために必要な基礎項目を概説する. -
福島原発事故における内部被曝と健康影響
239巻10号(2011);View Description Hide Description原発事故による福島県民の放射線被曝は外部被曝によるものがほとんどで,内部被曝はわずかとされている.しかし,内部被曝は,線量の測定,健康影響評価が難しいこと,放射能汚染した食品などから生じることなどのため,福島県外の一般住民にとっても内部被曝への不安は強い.原発事故により放出されたおもな放射性物質は放射性ヨウ素と放射性セシウムの2 つであるが,これらはヒトでの臨床利用,疫学研究,動物での基礎研究の経験を有している.それらに基づいた科学的エビデンスをもとに,内部被曝と健康影響について考える. -
防災作業者の放射線健康リスク
239巻10号(2011);View Description Hide Description福島原発事故に際し,緊急時対応を行った東電関係者,自衛隊,消防,警察の方々は通常業務を超える被曝を被った.本小論では放射線の健康影響の概要を紹介し,今回のオペレーションで受けた被曝レベルに応じて将来発症が懸念される健康影響(急性障害,白内障,甲状腺機能低下症,癌,メンタルヘルス)に関して臨床研究や疫学データをもとに解説する.造血幹細胞の移植に関しては,国際機関や団体の見解を紹介し,自家造血幹細胞の保存に関して著者の見解を追加する.放射線誘発発癌リスクの大きさに関しては,原爆被爆者の性別,年齢階層別の生涯リスクを使って説明する. - 緊急被ばく医療
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緊急被ばく医療体制の構築
239巻10号(2011);View Description Hide Descriptionこれまでの原子力発電所の事故時の防災対策では,“事故は起こらない”という絶対安全の自信から医療は必要なしという考え方が主流であった.たしかに,原子力発電所の事故の発生は非常にまれである.しかし,スリーマイル島原子力発電所の事故,チェルノブイリ原子力発電所の事故など大きな事故は起こっている.わが国では,(株)JCO の臨界事故の際には,すでに構築されていた放医研緊急被ばく医療ネットワークが立ち上がり,患者を東京大学,東京大学医科学研究所,放射線医学総合研究所(放医研)の3 施設に分けて救急医療を行った.原子力安全委員会では「緊急被ばく医療のあり方について」を了承し,「原子力施設などの防災対策について」の改定を行った.そして,たがいの顔がみえる緊急被ばく医療ネットワーク構築をめざして,原子力安全研究協会(原安協)は科学技術庁(現・文部科学省)から委託を受け,全国ネットワークの構築と関係者の教育訓練を行っている.このような教育訓練は放医研の活動のみならず,複数の機関が行っており,原安協では関係各地に赴いて講義と汚染患者の除染実習などを続けている. -
緊急被ばく医療体制―三次被ばく医療機関の活動を中心に
239巻10号(2011);View Description Hide Description東海村臨界被ばく事故の教訓を踏まえ,内閣府原子力安全委員会は2001 年に“緊急被ばく医療のあり方について”を報告し,わが国の新しい緊急被ばく医療体制を示した.新体制の骨子は患者の重傷度に対応した初期(軽傷),二次,三次(重傷)の緊急被ばく医療体制を整備し,これらの機関の間で緊急時に連携して治療ができるネットワークを整備することである.その中核を担う高度専門的な被ばく医療を行う地域の三次被ばく医療機関として,東日本では放射線医学総合研究所,西日本では広島大学が選定された.2004 年よりこの緊急被ばく医療体制の実効性を向上させるための整備事業が行われており,着実に成果をあげてきている.東日本大震災が誘発した福島原発事故は,人類が経験したことがない複合災害に進展した.三次被ばく医療機関を中心とした緊急被ばく医療支援チームが住民の安全・安心のために現地で活動したが,複合災害における以下のような課題も明らかになった.①発災初期の医療体制と情報網および防災対策重点地域(EPZ 圏),②災害弱者の緊急時避難,③住民の汚染スクリーニングと除染,④リスク・コミュニケーション,などで解決すべき課題が見出された.今後はこの経験を踏まえた新しい体制整備が必要である. - 放射線影響
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放射線によるDNA損傷に対する応答機構
239巻10号(2011);View Description Hide Description低線量被曝による健康影響を考える場合に,現時点での放射線影響研究の限界が存在する以上,そのメカニズムの理解を深めることによって,現在から近い将来にかけてなにができるのかを議論することが重要である.生体における放射線に対する応答機構については,近年の生命科学の著しい進歩によって格段に理解が深まりつつある.放射線の健康影響でもっとも直接的な役割を果たすDNA 損傷が生成されてから,その情報が細胞内で伝達される経路と,最終的に細胞機能に変化が及ぼされる機構の概略が明らかにされつつある.そして,この過程に異常をきたしている個人を臨床的あるいは遺伝学的方法によって同定することも可能になりつつある.このように,急速に理解が深まりつつある放射線に対する応答機構の情報を駆使して,健康影響の最悪の事態を回避する医療開発が今後ますます重要となり,また社会に対するこの領域の情報発信も必要である. - 疫学
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疫学調査:広島・長崎の経験から福島へ
239巻10号(2011);View Description Hide Description広島・長崎の原爆被爆者と比較対照群合計12 万人を対象とした長期追跡調査の結果,数年後に白血病の増加がみられ,ついで十数年を経て次第に癌などの疾患に有意なリスクの上昇がみられた.これら対象者には個人別被曝線量の推定方法が確立されたので,被曝線量と癌などの疾患発生との量的関係が明らかになり,国際的な放射線防護基準作成の参考資料として活用されてきている.被爆生存者に加え,胎内被爆者,被爆二世の追跡調査も行われた.母親が高濃度被曝した場合に,胎内被爆者に小頭症の発生が認められているが,現在までのところ,両親の被爆による子どもの健康異常は確認されていない.原爆の放射線被曝は一瞬の直接曝露が主体で,福島の原子炉事故による長期に及ぶ内部被曝を含む放射能曝露とは形態が異なるが,原爆被爆者の60 年以上に及ぶ経験は,今後の福島での対策や健康影響調査などを進めるうえで資するところが大きいであろう. -
チェルノブイリ原発事故が小児に及ぼした健康影響
239巻10号(2011);View Description Hide Description2011 年3 月11 日に発生した三陸沖を震源地とするマグニチュード9.0 の東北地方太平洋沖地震と随伴巨大津波によって,東京電力福島第一原子力発電所では冷却システムが損壊し,数日の間に緊急停止させた原発3 基を含む4 基において水素爆発などが発生し,チェルノブイリ原発事故で放出された放射性物質のすくなくとも10%が大気中に放出され,放射性のヨウ素およびセシウムにより,福島県の周辺地域はもとより関東方面までが汚染された.このような原発事故は日本でははじめてのことであり,放出された放射性物質による被曝,とくに汚染食品などの摂取による内部被曝を極度に怖れて,遠隔地へ一家で,あるいは母子だけで避難する人びとが,福島県のみならず東京などにもみられた.チェルノブイリ周辺の汚染地域には600 万人近い住民が事故以来生活をしており,その人びとの間でこれまでに起こった主要な健康事象を紹介することで,東京電力福島第一原子力発電所の事故による健康リスクの正しい理解の一助としたい. -
チェルノブイリ周辺地域における放射性セシウムの内部被曝線量と健康影響評価
239巻10号(2011);View Description Hide Description1986 年4 月26 日に発生したチェルノブイリ原子力発電所の事故後,大量の放射性物質が広範に環境中に放出されたが,これによって,とくに放射性ヨウ素や放射性セシウムによる内部被曝が引き起こされた.このうち,甲状腺癌の激増という健康影響をもたらしたのがヨウ素131 である.汚染された牛乳を飲んだ小児がきわめて高い濃度のヨウ素131 により内部被曝し,その結果,事故当時15 歳未満であった小児で甲状腺癌が激増したと考えられる.その一方,これまで放射性セシウムの内部被曝による,チェルノブイリ周辺地域での健康影響は科学的に証明されていない.2006 年にWHO が出したチェルノブイリ事故による健康影響に関する報告書においても,白血病や甲状腺癌以外の固形癌,良性疾患の増加は認められておらず,さらには遺伝的影響や胎児への影響についても現時点では証明されていない,と結論づけられている.本稿では,チェルノブイリにおける放射性セシウムの内部被曝について,著者らのこれまでの知見も含めて紹介し,合わせて放射性セシウムの内部被曝による健康影響についても考察する. - 放射線防護
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放射線防護の国際的枠組み
239巻10号(2011);View Description Hide Description1895 年X 線,1896 年放射能の発見ではじまった電離放射線の利用は,人類の生活に多大の便益をもたらしている.一方,放射線の人体障害作用も早くから認知され,国際放射線医学会のなかの放射線防護委員会(ICRP)が1928 年以来放射線防護の理念と原則を勧告してきた.今日では国連科学委員会(UNSCEAR),国際原子力機関(IAEA)その他の国際機関との連携により,放射線防護の国際的枠組みが確立している.国際的勧告と規準を取り入れて,わが国の放射線・放射性同位元素の管理防護規制がつくられている.福島原発事故への防護対策策定と実施にあたり参考にされているICRP 2007 年勧告の概容と,とくに緊急時被曝状況と現存被曝状況への対応の原則を紹介した. -
放射線防護の考え方と実際の健康影響
239巻10号(2011);View Description Hide Description放射線によって健康影響が引き起こされる仕組みを概説した.とくに,発癌の過程と生体防御機能による発癌の抑制に重点をおいた.これらに基づいて,放射線防護・放射線管理の基本的な考え方である“閾値なし直線モデル”(LNT モデル)がかならずしも実際の健康影響を反映するものではないことについて解説を加えた.今後,福島原子力災害への対応を考えるうえでは,従来の基準や限度にとらわれず,健康影響の現れるレベルに注目することが重要である. -
原発事故に対する放射線防護
239巻10号(2011);View Description Hide Description放射線防護に関しては,1928 年に現在の国際放射線防護委員会(ICRP)の前身が設置され,国際的な活動が開始された.日本をはじめとした世界各国の放射線・原子力利用に伴う緊急時も含めた,さまざまな防護・安全に対する基本的な考え方,基準などの設定の際にはICRP 勧告が尊重されている.ICRP 勧告は,最新の科学的な情報を根拠にしてリスクに対する社会的な受容などを考慮して定期的に見直されている.放射線防護の目標は,原子力・放射線利用に伴う健康影響を防止(確定的影響)または制限(確率的影響)することである.このための基準のひとつとして,①計画的な原子力・放射線利用に伴う個人の被曝線量の上限値としての“線量限度”“線量拘束値”,②線源が制御できない緊急時の個人の被曝上限値としての“参考レベル”,③防護方策を検討する際にすでに存在している被曝源(今回の原子力事故では土壌の放射性物質による汚染などが該当する)からの個人の上限値としての“参考レベル”が勧告されている.ICRP 勧告では“参考レベル”は線量のバンド(線量の範囲)として提示されているので,今回の原子力発電所の事故に際しても防護の最適化(経済的・社会的な視点も取り入れて人びとの被曝を合理的に達成できるレベルに抑えること)を考慮して,②の緊急時被曝および,③の現存被曝状況における作業者(職業被曝)や,住民など(公衆被曝)の被曝線量の上限値を行政が設定し,必要な対策(避難,屋内退避,立ち入り制限,飲食物の摂取制限など)がとられなければならない.最適化の判断に際しては,ステークホルダーとしての住民などの意向も取り入れていかなければならない. 福島原子力発電所の大事故は,従来考えられていた以上に緊急事態が長期間にわたり継続すること,従来以上の広範囲な地域を対象にした防災計画が必要なことなど,多くの教訓を残した.今回の事故の経験を受けて,ICRP 勧告を含め,事故発生時の防護方策の再検討がすでに行われている. - リスク・コミュニケーション
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リスク・コミュニケーションとは
239巻10号(2011);View Description Hide Descriptionリスクコミュニケーションは,1980 年代後半から欧米で議論された新しい考え方である.健康・医療領域でのリスクも対象として研究がすすめられ,その技術はこれまでの心理学,コミュニケーション学の研究結果を活かせるものである.リスクコミュニケーションについて,その発展に影響を与えた事故などの歴史や定義について,また考慮されるべき視点,配慮すべきリスク認知について概略を記述した.今回の福島第一原子力発電所事故の現状や,医療,公衆衛生,危機管理体制などに関するこれまでの研究結果を例にとり,補足説明を行った.そして,いわゆるハードサイエンス分野に身をおくわれわれの課題について触れた.今後は,ソフトサイエンス分野におけるコミュニケーションの専門家との協働によって,これまでの放射線リスクに関するリスクコミュニケーションについて評価し,その結果を反映させた戦略的なリスクコミュニケーションとなることを願っている. -
危機的状況におけるリスク・コミュニケーション
239巻10号(2011);View Description Hide Descriptionリスク・コミュニケーション(risk communication)は1980 年代から使われるようになってきた歴史の新しい用語である.リスクに関する情報を専門家や関係者のみが独占し意思決定をするのではなく,社会全体で情報共有したうえで,非専門家も含めて意思決定を行っていくべきだという新しい考え方である.本稿では危機的状況におけるリスク・コミュニケーションが失敗する原因について,おもに2 点を取り上げて論じる.第1は欠陥モデルを前提とした手法や不適切なリスク比較に代表されるリスク・コミュニケーション技術のつたなさ,第2 は危機の際の人間行動に対する誤解である.とくに,人びとがパニックを起こすという“パニック神話”は,情報公開の不徹底という深刻な問題を引き起こしている.今後の改善のために,このような誤解を改めるところからはじめることを提案したい.情報を隠蔽したり控えめに出したりするのではなく,情報を十分提供したうえで,よりよい意思決定をしてもらうためのリスク・コミュニケーションのあり方が再検討されなくてはならない. -
レポート:リスク・コミュニケーションの現場から
239巻10号(2011);View Description Hide Description福島原発事故以降,“どのように放射線の数値から健康影響を考えればいいのか”という問題に多くの市民が直面し,マスメディア,ツイッターやHP,講演会や電話相談などに情報を求めた.事故を契機に開設された放射線医学総合研究所の電話相談窓口には,福島県以外の都県からもスクリーニング検査や除染,内部被曝検査に関する問い合わせが相次ぎ,遠隔地にも本質的には被災地と同様の不安が広がっていたことがわかる.また,事故後,時間が経つにつれ,一件当りの相談時間が長くなり,不安解消が困難な事例が増える傾向にある.そこで,これまでに行われたリスクコミュニケーション活動を振り返り,その問題点について分析する. 事故前のリスクコミュニケーション不足や放射線に対するリスク認知への配慮不足がさまざまな問題の根源となっている.また,専門家によって放射線の数値の解釈が異なっていること,放射線影響の知見と放射線防護のルールが混同されていることも,市民の放射線への認識に大きく影響している. しかし,市民の意識が“放射線はみえないから怖い”から“放射線や放射性物質はまず測定し,その値をもとに予防を考える”に変化したのはリスクコミュニケーションの一定の成果といえよう.今後は,国や地方自治体が発信している数値の活用法や被曝経路ごとの線量把握,あるいは総合的な健康リスク低減の観点からの情報発信が重要と思われる. -
原子力災害後の現存被曝状況でのリスク・コミュニケーション
239巻10号(2011);View Description Hide Descriptionリスクとは,“望ましくないことが起こる確率”などと定義される.リスクの大きさは条件が決まれば推計されうる.推計されたリスク評価を用いてリスク管理がなされるが,リスクの認知は主観性が大きく反映される.また,リスクを低減する対策は何らかの負担や不利益も伴い,トレードオフ構造となる.トレードオフをどう考えるかは,最終的には公衆衛生倫理の課題に帰着し,原理的にはだれもが納得する回答は得られない.このため,リスク管理の方針を決定するには関係者間での合意形成が求められる.合意形成をはかるにはコミュニケーションが欠かせない.放射線に関するリスク・コミュニケーションは放射線を活用する医療従事者にとって避けては通れない課題であったが,原発事故後の世界に暮らす私たちにとっても避けて通れないものとなった.放射線と日頃付き合いの深い医療関係者は,求められる役割を果たすことが期待される.そのためには放射線に関するリテラシーだけではなく,リスク推計は不確かさを伴うことから,統計学的なものの考え方のリテラシーを身につけることが求められるであろう. -
臨界事故における健康リスクと,JCO臨界事故におけるリスク・コミュニケーションの問題点
239巻10号(2011);View Description Hide Description12 年前の茨城県東海村でのJCO 臨界事故も想定外の場所で起こった想定外の事象であり,わが国の原子力災害史上,未曽有の災害であった.この事故を契機にわが国の原子力防災対策は大きく見直された.臨界事故の健康被害は中性子線とγ線による外部被ばくである.直近の作業者は致死的な被ばくを受けるが,過去の臨界事故例をみても地域住民が健康被害を発症するほどの被ばくを受けたことはない.JCO 事故を災害時のリスク・コミュニケーションの観点から振り返ってみた.まず,事故の状況を含め正しい災害情報が医療機関に迅速に伝わらなかった.治療に参加した医療機関の間で,被曝患者の尊厳とプライバシーの保護のための倫理コードを決めた.東大病院では家族の了解の元に,積極的に医療情報の公開を行った.残念ながらわが国ではこうした経験(知的遺産)がつぎの世代に継承されることなく,災害が起こるたびに改めて問題となる. - 環境放射線(食物も含む)
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食品の放射能汚染とリスク・コミュニケーション
239巻10号(2011);View Description Hide Description福島第一原発から漏出した放射性物質により福島県を中心とする広い地域の環境が汚染され,野菜,牛乳,飲料水などの食品であいついで汚染がみつかった.政府は食品中の放射性物質について暫定規制値を設定して基準を超えた農作物が発見された地域だけでなく,その周辺まで出荷制限を行った.暫定規制値は放射性ヨウ素については年間50 mSv(甲状腺等価線量:実効線量として2 mSv に相当),放射性セシウムについては年間5 mSv であり,「すべての食品が汚染されていてもこの値に達しない」ように,個々の食品別の規制値を設定している.しかし,この前提は非現実的といえるほど厳しく,たとえば米や牛肉の放射性セシウムの基準は1 kg 当り0.0065 mSv という,ほとんどゼロに近い値になる.規制値は安全性の限界を示すものではなく,行政が対策をはじめるための値であるが,メディアをはじめ多くの人が“規制値は安全と危険の境界”と誤解し,これを超えた食品は危険と判断した.その結果,風評被害が広がるとともに,すべての食品の検査を要求する動きも広がっている.その対策としてリスク・コミュニケーションが求められているが,低線量の放射線に対する科学的な根拠に基づかない恐怖感が強く,科学に基づいてそのリスクを冷静に議論する雰囲気がない現状ではそれは簡単ではない. -
福島原発事故の環境生物への影響
239巻10号(2011);View Description Hide Description国際放射線防護委員会(ICRP)が提唱している環境の放射線防護の考え方および,その基礎となるヒト以外の生物種への放射線の影響の評価の枠組みについて解説した.ICRP が提示している放射性核種の量(Bq)から線量率への換算係数に基づいて,福島県内の汚染地域においてミミズが受ける線量率について試算を行った.106Bq/kg レベルの汚染土壌において,15 mGy/day 程度の線量率と見積もられた.このレベルはICRP の提唱する“誘導考慮参考レベル”に達するレベルであったが,最終的な評価にあたっては,時間を追って線量率が低下することなどを考慮に入れる必要がある. -
農耕地の汚染と農産物への影響
239巻10号(2011);View Description Hide Description大気中に放出された放射性物質により農耕地がどのように汚染されているか,また,そこで栽培される農作物にどれほど移行するかを知ることは,食の安全や今後の対策を考えるうえで重要である.事故当初は大気からの沈着により,葉もの野菜を中心に高い濃度の放射性ヨウ素(I)などが検出された.放出が止まり,2 カ月ほど経過すると131I もかなり減衰し,放射性セシウム(Cs)の土壌からの移行が主になると予想された.しかし,多くの農作物に関しては,それほど高い値はみられなかった.これは土壌中の粘土鉱物に強く吸着されているため,根からは吸収されにくいことに起因している.一方で新茶やある種の果物に関しては,放射性Cs の暫定規制値である500 Bq/kg を超える値もみられた.これは根からの吸収よりも,汚染された葉や樹皮からの転流が大きく関係していると考えられる.また,野生のキノコや山菜などでは,放射性Cs の高い値がみられた.これは森林の落ち葉層や腐植層に溜まった放射性Cs は比較的動きやすく,そこに菌糸をはるキノコや根をはる山菜に吸収されやすいからである.とくに,キノコはCs をカリウム(K)よりも吸収するため,場所によっては数万Bq/kg と非常に高い値がみられた.森林生態系に入った放射性Cs はそのなかで循環するので,野生のキノコや山菜の汚染は何年も続くと考えられる.そのほか,129I を用いた131I の降下量の推定についても紹介する.
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