医学のあゆみ

肺がん，大腸がんは罹患・死亡ともに，アジア，アメリカ，ヨーロッパ，ブラジルのすべての国に共通して多い．日本およびアジアの地域ではアメリカ，オーストラリア，ヨーロッパに比べて胃がんと肝がんが多いのが特徴的であり，アメリカ，オーストラリア，ヨーロッパでは前立腺がん，乳がん，子宮頸がん（罹患のみ）が多い．また，オーストラリア，ノルウェーではメラノーマの多いのが特徴的である．肺がん，大腸がん，胃がんの年齢調整罹患・死亡率の年次推移では，肺がんについては世界各国で男性では減少傾向にあるものの，女性においては顕著な減少傾向はみられない．大腸がんでは男女ともに世界各国において罹患の近年横ばい傾向と死亡の減少傾向が観察されている．アジアに多い胃がんについては，罹患・死亡ともにアジア地域での顕著な減少傾向と，その他の地域でも緩やかな減少傾向が観察されている．

日本人のためのがん予防指針“日本人のためのがん予防法”のなかでは，日本人を対象とした研究に基づき，がん予防の核となる喫煙，飲酒，食事，身体活動，体形，感染の6 項目が取り上げられている．本稿ではこの6 項目に沿って，世界と日本のエビデンスの現状を整理したい．国際的にも多くの部位でリスク要因として“確実”と評価されている喫煙・飲酒は，日本においても複数の部位において関連が“確実”とされており，大きな乖離はみられない．しかし，たとえば国際的には“確実”とされている飲酒と乳がんは，日本におけるこれまでの研究に基づくと“データ不十分”との評価にとどまり，今後の研究の蓄積が待たれる．食事要因として食塩・高塩分食品，野菜・果物，熱い飲食物について日本人を対象とした研究において，それぞれ関連を示す研究が多数ある．目標摂取量についてもエビデンスに基づく検討が今後有用であろう．身体活動・体形について国際的には複数の部位で関連が“確実”とされる一方，日本においてはいまだ研究は十分ではない．むしろ男性においてはやせによるがん全体のリスクの上昇が“可能性あり”と評価されており，肥満に焦点がある国際評価とは差異がみられる．感染について指針のなかの項目のひとつとして盛り込まれており，特徴的である．肝炎ウイルスに続き，ヒトパピローマウイルスやヘリコバクターピロリ菌など，その他の要因についても感染経路および対策が確立される必要がある．今後も不足するエビデンスは補完のうえ，日本人に特徴的な要因についてもデータの蓄積が期待される．

がんリスクの大きさをとらえる指標としては，関連する要因の各がんに対する相対危険度が有効である．一方，要因の与える集団へのインパクト，すなわち負荷（burden）の大きさを考える場合，その集団における要因の保有割合を加味した寄与度や寄与割合とよばれるものが有効な指標となる．この指標は，主要がんの部位や，たとえば喫煙率など，各リスク要因をもっている人がどれくらいいるかという要因の保有割合が違う欧米の値をそのまま適用することはできない．国レベルで，より適切でより現実的ながん対策を進めていくためには，日本人集団におけるエビデンスを用いた評価が必要である．最近，エビデンスに基づく系統的な評価法によって，日本におけるがんの要因の寄与度を推計した．その結果，日本では喫煙と感染が，がんにおける寄与の大きい主要な要因であることが示され，これらの要因に対する対策をいっそう進めることが日本におけるがん減少に大きく貢献するものと考えられる．また，この結果は中国，韓国など東アジア諸国の状況と共通している．

放射線被ばくにより，もっとも早く増加するのは白血病で，被ばく後2 年程度でリスクが増加しはじめる．その後，甲状腺やその他の固形がんリスクが増加してくる．白血病では線量と過剰相対リスクの関連は下に凸な線型二次曲線で表される．固形がんは線量に比例するようにリスクが増加すると報告されている．甲状腺がんリスクは被ばく時年齢依存性が高く，小児の被ばくはリスクを増加させるが，成人の被ばくによるリスクは明確でない．原爆被爆者の白血病リスクは被ばくからの年数を揃えて比較すると，被ばく時年齢が若いほどリスクが高い．甲状腺がん以外の固形がんリスクの被ばく時年齢依存性に関しては不明な点が多い．われわれはつねに低い線量の放射線に被ばくしているが，低線量の放射線被ばくによる健康影響はよくわかっていない．がんに関する調査は少なくないが，線量当りのがんリスクは調査によって大きく異なり，明確な結論を得るには至っていない．

1980 年半ばから1990 年半ばにかけ日本でいくつかの大規模なコホート研究が開始され，生活習慣とがんリスクとの関連が明らかにされてきた．厚生労働省「生活習慣改善によるがん予防法の開発に関する研究班」では，国内の4～8 つのコホート研究参加者20～34 万人について，共通した解析手順に従ってデータを再解析し，その結果をメタ分析の手法により統合するプーリングプロジェクトに取り組んできた．これまでに，飲酒に伴う全がん・大腸がん・肝がんのリスク増加，肥満に伴う全がん・大腸がんのリスク増加，緑茶飲用に伴う胃がんリスクの低下（女性のみ）が明らかになった．本プール分析によって，がんリスクに関する安定した推定値のほか，リスク上昇を認める曝露レベルや寄与危険など公衆衛生上，重要な疫学情報が得られた．これらの知見は，信頼性の高いエビデンスとして今後，日本人におけるがん予防推進のため活用されるであろう．

ひとつの国だけでは不足しがちなアジア人に特化したがん予防のための情報を得るため，アジアの7 カ国110 万人のコホート研究データをプールし，統合解析するという試み（Asia Cohort Consortium）が2008 年から動き出した．日本からは，最多の8 つのコホートから計43 万人のデータが加わった．最初の統合解析として，肥満度とがん死亡リスクとの関係が検討された．因果の逆転の影響を除くために，観察開始から3 年以内のデータは除かれた．その結果，日本，中国，韓国などの東アジア人ではbody mass index（BMI）が22.6～25 の間の標準体重の人に比べ，17.5 未満の人では約20％，27.5 以上の人では20～50％も全がん死亡リスクが増加していた．これに対しインド，バングラデシュ人のデータでは，BMI と全がん死亡リスクに関する明らかな関連性はみられなかった．東アジア人でのがん予防に適したBMI の閾値が確定した．

がんの予防に資するより確かなエビデンスの構築をめざして，世界各国のさまざまなコホートが参加する国際コホートコンソーシアム研究が近年盛んに行われている．本稿では，先駆的な国際コホートコンソーシアム研究であるPooling Project of Prospective Studies of Diet and Cance（r Pooling Project）と，アメリカNational Cancer Institute（NCI）Cohort Consortium の枠内で行われた国際コホートコンソーシアム研究VitaminD Pooling Project of Rarer Cancers（VDPP）を紹介する．Pooling Project においてアルコール摂取との関連が検討された6 種のがんのうち，リスクの上昇がみられたのは大腸がん・膵がん・乳がん，リスクの低下がみられたのは腎がん，関連がみられなかったのは肺がん・卵巣がんであった．また，野菜・果物摂取との関連が検討された5 種のがんのうち，リスクの低下がみられたのは遠位結腸がん・肺がん・腎がん，関連がみられなかったのは乳がん・卵巣がんであった．VDPP において血中25－OH ビタミンD 濃度と7 種の比較的まれながんとの関連が検討されたが，明らかな関連はみられなかった．本稿を通じて，個別データに基づく統合解析により，世界規模でエビデンスの構築が行われている現状を概説した．

おもにがんをターゲットとする国内の代表的なコホート研究JACC Study は，1980 年代後半に24 施設の協力の下，約12 万人を対象として開始された．人を対象とする観察研究では一研究の結果からのみで得られた生活習慣と疾病との関係を断定することはできない．しかし，さまざまな社会文化環境などに影響を受け生活している人に関する情報は，人を対象とした研究からしか得られず，そのような研究の積み重ねによりはじめて生活習慣の健康影響を明らかにすることができる．ここでは先駆者の知恵と努力により運営されてきたJACC Study の概要，ならびに得られた知見として，飲酒とコーヒー摂取の健康影響について紹介する．

多目的コホート研究（JPHC Study）は，国民の健康の維持・増進に役立つエビデンスを構築し，生活習慣・生活環境の改善による疾病予防の可能性を明らかにすることを目的とし，1990 年から継続して行われている．ベースライン時に40～69 歳であった地域住民からなる対象者約14 万人に対し，5 年おきにこれまで3回の生活習慣などに関するアンケート調査を実施するとともに，合計6 万人分の血液試料と健診データを収集した．5 年後調査と10 年後調査には，約140 食品をリストした半定量の食物摂取頻度調査票を導入した．3つの調査のいずれかに12 万9,845 人（90％）が回答した．ベースラインから30 年の予定で，平均寿命前の死亡，がん，循環器疾患をはじめ多方面にわたるアウトカム指標を追跡中である．両者の関連を検討し，2011年までに200 あまりの論文が刊行された．研究対象者に対しては，ニュースレターの発送や対象地域における講演会の開催など，また，広く社会全体に対してもホームページなどにより適宜アウトリーチを行ってきた．研究成果としての個々のエビデンスは，他の研究からも同様のエビデンスが出揃った時点で総合的に評価し，その結果をわかりやすく伝えるという作業が必要になるが，システマティックレビューや国内・国際的なプーリングプロジェクトに参加し，より高い次元での科学的根拠の構築に貢献している．また2011 年から，多層的オミックス技術を用いた研究と，次世代多目的コホートのパイロット研究が開始されている．

DNA 抽出を目的とした検体を保有するコホート研究（ゲノムコホート研究）が世界中で実施されており，遺伝子型と疾病発生リスクに関する多くの研究成果が発表されるようになった．わが国でもJ－MICC 研究，JPHC－Next 研究，エコチル研究，内閣府によるゲノムコホート研究が進行中である．これらの研究は，遺伝子環境交互作用の探索検証を目的としている．遺伝子型情報を扱う場合には“ヒトゲノム・遺伝子解析研究に関する倫理指針”の対象となる．この倫理指針はいくつかの実情と合わない点があり，わが国のゲノムコホート研究を含む遺伝子解析研究の発展を妨げている．海外ではゲノムコホート研究を特別視することなく，既存コホート研究で収集された検体から研究が進行している．同指針は現在改訂作業中であるが，なお指針のあり方をめぐっての議論が必要と思われる．遺伝子環境交互作用の解明は個別化予防の基盤となることから，ゲノムコホート研究のさらなる推進が望まれる．

2001 年のヒトゲノム配列草案の発表のころからヒト疾患研究はゲノム時代に入り，データ駆動型研究戦略が急速に拡大している．がん細胞の遺伝子変異・機能異常を本態とするがん研究はその流れを主導し，ヒト生物試料・情報の蓄積であるバイオバンクが多くの研究の出発点となっている．がん研究の多様性に対応して，がん研究のバイオバンクも多角的な視点からとらえる必要がある．すくなくとも以下の5 つの分類軸が存在する．①前向き研究と後ろ向き研究，②発症前（健常人）コホートと発症後（受診者）コホート，③生殖細胞系列試料と体細胞系試料，④日常診療と臨床試験，⑤セントラルバンクとローカルバンク．長期大型プロジェクトではあるが，基本的に個別の研究として推進される発症前コホート研究に対して発症後コホートの試料・情報の蓄積は研究基盤としてのバンク事業であり，その安定的な運営をはかるには，バンクの意義と品質を示していく必要がある．その際，バンク試料に付随する追跡診療情報・予後情報が，バンクの価値に大きな影響を与える．日常診療由来の情報・試料の大規模データベース化・バイオバンク化により，観察研究は個別化医療開発においても，臨床試験をより強力に補完することが期待される．

近年，大規模データベースを用いた薬剤疫学研究により，糖尿病治療薬とがんリスクとの関連がつぎつぎと報告されている．現時点では，各種糖尿病治療薬とがんリスクとの関連性は確固たる結論には達しておらず，今後の動向を見守る必要があるが，本稿ではインスリングラルギンと全がんおよび乳がん，メトホルミンと全がんおよび主要ながん，ピオグリタゾンと膀胱がんに関する報告に着目して紹介したい．また，このような研究の多くは，データベース研究が薬剤疫学研究の主流となっている欧米や台湾・韓国から報告されているが，日本ではデータベースの構築に大きく遅れをとっているため，日本人のエビデンスは不足している．現在，日本で構築されつつあるナショナル・レセプト・データベースの薬剤疫学研究への活用のためには，レコード・リンケージや疾病登録の整備など，多くの問題点が解決されることが必要である．今後，わが国でも質の高い薬剤疫学研究が可能となることを期待したい．

診断・治療技術の向上や人口構成の変化，生活習慣の変化など，さまざまな要因を背景に，がんサバイバー，すなわちがんを抱えながら生活する人が増えている．患者の立場からは再発の不安も大きく，日常生活のなかでも再発を防ぐために努力をしたいという思いは強いが，再発や死亡といった予後に関連する生活習慣を明らかにするエビデンスレベルの高い疫学研究が，日本のみならず世界的にも不足している．そのため，再発予防のためのがん患者への指針については明確な推奨がなく，「がん患者を含めたすべての人が，がん予防のための推奨事項に従う」との記載にとどまっている．そのような現状を背景に近年，乳がんを中心に，生活習慣と予後との関連を調べる大規模前向き疫学研究が開始され，患者の予後向上と療養生活の質の向上につながることが期待されている．本稿では，国内外の乳がん大規模疫学研究の進展について報告するとともに，著者らが開始した大規模前向き乳がんコホート研究であるRainbow of KIBOU Study について紹介する．

孤発性のがんは典型的な多因子疾患であり，複数の環境要因と遺伝素因が複雑に影響しあい発がんに至ることから，がん罹患リスクを規定する遺伝素因の探索と環境要因との交互作用の検討は，発がんメカニズムの解明と予防法の開発に必要不可欠なエビデンスをもたらす．がんの疫学研究における遺伝素因の探索は，①候補遺伝子についての仮説を設定し，そのなかの遺伝子多型との関連を検討する候補遺伝子アプローチと，②特定の仮説によらずゲノム全域に配置された遺伝マーカーとの関連を検討する全ゲノム関連解析（GWAS），に大別できる．これまでに候補遺伝子アプローチによる研究が多く行われてきたが，複数の研究において結果が一致している遺伝子多型は少ない．一方，がんのGWAS の結果が2007 年に欧米から発表されて以来，研究数の増加とともに，関連する一塩基多型（SNP）が数多く同定されている．その多くは候補遺伝子アプローチで対象になっていない領域にあり，リスクアレル頻度が比較的高く，オッズ比は1.1～1.5 程度であった．これらの結果を受けてマッピングによる領域の絞り込みおよび機能解析が行われる一方，これらのSNP を用いた環境要因との交互作用の検討およびリスク予測モデル構築なども進められている．今後さらに未解明の遺伝要因を明らかにするためには，あらたな戦略を検討する必要がある．

オミックス技術は，生体を構成するDNA，RNA，蛋白質，低分子代謝産物などの物質を網羅的に解析する技術である．オミックス技術の進歩により比較的容易に網羅的解析が行えるようになってきたこと，白血球DNA，血漿，血清，尿などの生体試料を保存している既存の症例対照研究，コホート研究があることから，オミックス技術を利用し，健常集団での発がんのリスクマーカーを探索する疫学研究を行うのに必要な条件が揃ってきたといえる．今後，健常集団における発がんリスクのマーカー探索につながるような疫学研究について，エピゲノミクスを中心にトランスクリプトミクス，プロテオミクス，メタボロミクスについて概説した．現状においては，これらのオミックス技術を用いた研究は，がんの早期診断マーカーを探索する研究にとどまっている．今後，コホート研究あるいはコホート内症例対照研究から，発がんリスクのマーカーについての報告が期待される．

“がん”はさまざまな臓器に発生する増殖性疾患の総称である．したがって，同一臓器に発生する“がん”であっても，病理組織型の違いをはじめ，その生物学的背景もまたさまざまである．近年の腫瘍検体に対する詳細な分子生物学的な検討は，さらなる“がん”の多様性，個性を明らかにしている．これまでのがん疫学研究は，疾病発生メカニズムの大枠を理解することにおおいに寄与してきた．さらに分子生物学的な個性の要素を付け加えることで，疾病発生メカニズムの解明にあらたな視点を加えることが可能となる．本稿では，肺癌におけるepidermal growth factor recepto（r EGFR）遺伝子変異を考慮した喫煙の影響に関する疫学研究を実例として紹介し，分子生物学的な背景を考慮したがんの疫学研究の可能性について言及する．

アスピリンの大腸がん予防効果について，おもに欧米で行われた疫学的研究成果を紹介した．観察研究である症例対照研究やコホート研究ではアスピリンの常用により大腸がんの発生が予防できる可能性が示されている．無作為割付試験においてもアスピリンは大腸がんの前がん病変である腺腫の発生を予防することが複数の試験で示されている．大腸発がんに関しては過去の報告では明らかな発がん予防効果は示されていなかったが，追跡期間を延長した研究では大腸がんのリスクにかかわらず，アスピリンは大腸がんの発生を予防することが示されている．日本でもアスピリンを用いた大腸がん予防のための2 つの二重盲検無作為割付試験が完了しており，これらの成績によっては臨床応用に向けて大きく進む可能性が期待される．

乳がん罹患率の高いアメリカでは薬剤を用いた化学予防が実践されており，とくに選択的エストロゲン受容体モジュレーター（SERM）であるタモキシフェン，ラロキシフェンは，臨床試験によりハイリスク女性の乳がん予防に有効であることが証明された．ただし，これらの化学予防剤はER 陽性乳がんにのみ有効であり，また子宮体がん，血栓症などの副作用があることから，実際の使用率はアメリカでも低い．そこで5 年間の乳がんの予測累積罹患率をもとにハイリスクの女性を同定し，個人のベネフィットとリスクについて定量的に評価したうえで使用の判断ができるよう，医師や一般向けにわかりやすいツールが開発されつつある．このような乳がんリスクの予測や化学予防のもたらすベネフィットやリスクについてのデータは，そのまま日本人に適用はできない．乳がん罹患率の低い日本ではいまのところ，このようなSERM が予防に用いられるのはきわめて少ない．

前立腺がんは，罹患率が増加していること，潜在がんが高頻度に認められること，臨床的に意義のあるがんになるまで長期間の潜伏期があることなどから，化学予防を行うには好適ながんのひとつと考えられる．近年，テストステロンをより活性型のジヒドロテストステロンに変換する5α還元酵素の阻害薬であるフィナステリドを用いたProstate Cancer Prevention Tria（l PCPT）や，デュタステリドを用いたReduction by Dutasterideof Prostate Cancer Events（REDUCE）trial や，セレンとビタミンE を用いたSelenium and Vitamin ECancer Prevention Tria（l SELECT）などで，それら薬剤や栄養補助食品による前立腺がん予防の可能性を検証した第Ⅲ相臨床試験の結果が報告された．本稿ではそれらを中心に，前立腺がんの化学予防の現状について述べる．

栄養とがんに関する介入研究の多くは，特定成分をサプリメントとして投与する一種の化学予防である．しかし，研究スタッフの参加者への指導などにより食事内容を変化させることで，がん予防をめざす介入研究も実施されている．食事内容の変化としては，脂質摂取量の減少，食物繊維や野菜・果物摂取の増加などがあり，エンドポイントについてもがん発生のほか，大腸腺腫や乳がんの再発も用いられている．こうした研究の代表例としては，Polyp Prevention Trial，Women’s Health Initiative Randomized Controlled Dietary ModificationTrial，Canadian Diet and Breast Cancer Prevention Study などがあげられる．しかし大部分の研究は，明らかな予防効果を示してはいない．その理由として，食事とがんリスクとの間に真に関連がない，あっても弱いことのほかに，①食事改善の介入効果が計画よりも小さい，②介入期間が十分ではない，③がんリスクの低減には中高年期ではなく，より早期の食事改善が必要，などが指摘されており，これらの克服には多大な困難を伴うと考えられる．一般には，介入研究のほうがコホート研究よりも質の高いエビデンスが得られるとされてはいるが，介入研究のみで十分なエビデンスが得られない状況では，コホート研究など観察研究による検討もまた必要であろう．