医学のあゆみ

認知行動療法（CBT）は，患者の認知や行動に働きかけを行う構造化された短期精神療法である．うつ病の治療として中等症以上の重症度があれば，一般的には抗うつ薬を中心とした薬物療法が行われるが，海外を中心にランダム化比較試験などのエビデンスが蓄積され，中等症以上のうつ病治療およびうつ病の再発予防に対する認知行動療法の有効性が認められている．わが国のうつ病の認知行動療法研究については，ケースコントロール研究，症例報告が中心であったが，最近はランダム化比較試験（RCT）など前向き臨床研究の報告が散見されつつある．現在のところわが国では，①不眠症状が残遺するうつ病，②閾値下うつ，③労働者のうつ病，を対象にした3 つのRCT が報告されており，いずれもうつ症状の改善が認められている．今後はさらにわが国の医療体制などを加味した費用対効果に関する検討やCBT へのアクセスの観点から，CBT 実施者の育成に関する研究や，コンピュータCBT の有用性に関する実証的研究なども必要となってくるであろう．

行動活性化療法はうつ病になった人の行動パターンを変えることで気持ちを軽くし，本来の自分を取り戻すための認知行動療法のひとつで，単純で実用的な方法と考えられる．行動活性化療法には，以下の2 つの流れがある．①1970 年代に開発された，うつ病になると正の強化を受ける機会が減少することに注目し，正の強化を受ける機会を増やすように快活動質問票を用いて快活動を増やすことを目的としたプログラム，②2000 年代に改訂された，嫌悪的状況の受動的回避が原因であるとの考えから，回避を特定し克服することや，気分に依存せずに自分の生活のなかで価値をおいている行動を行えるようになることを目的としたプログラム，の2 つである．行動活性化療法は従来の快活動を増やす行動活性化からスタートし，効果が得られない場合に回避を特定し克服する行動活性化療法に進むといった段階的な治療アプローチを行う．このようなアプローチにより患者の効率的な治療が可能となる．

パニック障害（PD）の治療法として認知行動療法（CBT）は，薬物療法と並んでその効果が認められており，再発を防ぎ患者自らの自信が深まる点では薬物療法よりもむしろ優れている．本稿ではPD の典型症例をあげ，それに沿いながら本疾患に特化したCBT の実際を，つぎに示す治療コンポーネント，すなわち，①疾患の説明，②呼吸コントロール法，③認知再構成法，④苦手な身体感覚への段階的曝露，⑤苦手状況への段階的曝露，の順にわかりやすく解説した．臨床現場で臨機応変に利用くださるなら幸いである．

強迫性障害（OCD）は強迫的な観念から発生する不快感に対する執拗な儀式行為に特徴付けられる不安障害のひとつである．執拗な手洗いや確認行為で知られ，最近では溜め込みなどで話題にのぼることもある．この障害が発症してから本人が正式な治療を受けるまでの時間は平均17 年と非常に長く，ある意味で世間から隠されてきた障害といえる．治療法は30 年余りの間に大きく前進し，最近では認知行動療法（CBT）の有効性が多く報告されている．薬物療法以外で行われていた従来の精神療法は，みえる症状ではなく背後に隠された原因を探ることに終始してきた．結果的に，治療法自体が患者のもつ不快感から逃避するものとなっていたのかもしれない．CBT の中でも，曝露反応妨害法（ERP）は患者が自らの不快感に直面することを援助する手法であり，現時点では最も有効な治療法の一つである．OCD 症状に向き合うことの重要性は，OCD の社会的な位置づけを改善することにも貢献しており．世界は今，障害を隠すのではなく，メディアなどを通して一般にみせる試みを始めている．それは世界連携として広がり，患者やその家族への援助の輪となって広がりつつある．

本稿では，認知行動療法のなかでももっとも新しい試みのひとつである診断横断的アプローチに焦点をあて，その一例としてボストン大学のBarlow 教授らが開発した統一プロトコルについて紹介する．診断横断的アプローチとは，単一の精神疾患を越えて複数の疾患に対して共通の病理・治療メカニズムを想定し，それに基づき，1 つの介入により複数の疾患への治療を試みるアプローチである．こうしたアプローチに基づく認知行動療法のなかでも，統一プロトコルは科学研究による検証がもっとも着実に進められている．統一プロトコルは感情科学などの基礎研究の知見をもとにして，既存のさまざまな認知行動的介入や原則をひとつの治療として体系化したものである．対象疾患は不安障害やうつ病性障害といった感情調整の不全を特徴とする感情障害（emotional disorders；「サイドメモ」参照）であり，今後の効果検証が期待されている．

エビデンスに基づいた境界性パーソナリティ障害（BPD）に対する精神療法のなかで，その有効性がもっとも高く評価されているのが弁証法的行動療法（DBT）である．とくにリストカットや大量服薬などの自傷行為や自殺企図などに効果的である．近年は，BPD のみならず物質関連障害，摂食障害や心的外傷後ストレス障害（PTSD）1）などのさまざまな精神疾患に適用されている．DBT は“弁証法”を治療の基本原理として，BPDの二極化した思考を統合し発展させ，現実的でバランスのとれた行動が選択できるように支援していく包括的なアプローチの精神療法である．著者らが単科精神科病院にてBPD 患者に対してDBT の非対照試験を実施したところ，日本における有効性が示唆された．しかし，わが国において標準的な6 カ月のDBT プログラムを実践するには，医療コストやマンパワーなどのさまざまな課題がある．予備的研究でも示唆されたように，わが国においてDBT をBPD の治療のひとつとして選択した場合には，プログラム期間の短縮やスキルのモジュールの組合せなどを工夫したうえで修正し，より具体的で実効性のあるDBT を実施していくことが望まれる．

職域における一次予防研修として，集団研修にICBT を併用したプログラムを予備的に実施し，その効果を検証した．その結果，全研究協力者ではうつ症状に有意な改善がみられなかったが，軽中等度のうつ症状を有する9 名では抑うつ症状に有意な改善が認められた．また，「自分の考え方のクセを理解している」「自分をいつも苦しめる考えに気づき，発想を切り替えることができる」という2 項目で有意な改善が認められた．これらの結果から，勤労者の中でも抑うつ症状を有している者に対しては一定の介入効果が認められ，本プログラムに参加したことで，自分が陥りがちな考え方の傾向を知り，ストレスフルな体験をした時に，視点を変えて考えてみるという対処スキルが身についたようであった．これらの結果から，ICBT を活用した一次予防研修では，集団研修後の知識やスキルの定着をより有効にする可能性があると推測された．

がん領域では，患者が抱える身体症状・精神症状のマネジメントが課題となる．がん患者に対する認知行動療法は，①ストレス訓練，リラクセーションといったさまざまな認知・行動的技法を含む広義の認知行動療法と，②認知行動理論に基づく狭義の認知行動療法とに分けられる．本稿では，がん患者の身体症状・精神症状に対する認知行動療法の有効性についてレビューし，最新の実証研究についても紹介した．

漢方薬の精神生理性不眠に対する効果について従来のR & K 法に加えて，Cyclic alternating pattern（CAP）法を用いて客観的な“睡眠の質”の評価を行った．漢方薬は副作用が少なく作用が穏やかであることで知られているが，CAP 法はこのような漢方薬独自の有効性を科学的に証明することを可能にする．また，認知症の行動・心理症状（BPSD）に対し期待されている抑肝散は，睡眠構造を維持した状態で睡眠の質を改善する可能性を示唆する報告がなされた．一方で抑肝散は，認知症の不眠，レム睡眠行動障害，レストレスレッグス症候群など，より強い不眠に対しては睡眠構造を改善することも報告されており，このような“効果の二面性”による幅広い不眠症への有効性が期待される．ここでは抑肝散の多彩な作用機序について最新のエビデンスを紹介する．

再発がん治療において，がんを縮小させる治療と，がんに伴う苦痛を取る治療は，同時並行で行われるべきものである．だが，わが国では，がんを縮小する抗がん剤治療の効果が無くなった患者は，「これ以上できる治療法はありません」と，外来通院を終診にされたり入院患者は退院を強要される．この現状が，がんの進行に伴う心身の苦痛に苛まれつつ，どの病院を受診したらよいのかと彷徨う，真の意味の“がん難民”と呼ばれる多くの進行がん患者を生み出しており，社会問題となっている．　過去に輸入されたイギリス流のホスピス論では，がんを攻撃する治療法が終了してから緩和ケアに移行するという見方があった．しかし，緩和治療の技術はがん疼痛治療だけではなく，様々な症状に対して多くの緩和治療法が急速に進化している．さらに，2010 年，New England Journal of Medicine 誌にマサチューセッツ総合病院（MGH）から抗がん剤治療と同時に早期からの緩和ケアを並行して開始することが，生活の質の向上や抑うつの改善効果だけではなく，生存期間を３カ月伸ばすという，新薬承認に値する延命効果をもつことが報告され，世界各国の患者，家族のみならず，がん診療に関わる医療者に衝撃を与えた．　また，再発がん患者がもつ苦痛のなかには，スピリチュアル・ペインという生きる意味への問いかけや死に対する恐怖など，すべての人間が共通にもつ苦痛を含め，患者，家族まかせにすべきではなく，医療以外の分野，さらには社会全体で考えるべき大きな課題も含まれる．　国が選定した各都道府県のがん診療連携拠点病院の数は，全国で400 弱に達し，緩和ケアを含めた包括的がん医療を行うことが求められている．わが国の死因第一のがんに罹患している進行がん患者が増加の一途を続けているなか，モルヒネ使用量だけみても先進国中最下位というわが国において，緩和ケアの充実はがん医療における最優先課題と言えよう．