医学のあゆみ
Volume 243, Issue 4, 2012
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あゆみ 輸血医療の新展開―Patient Blood Management(患者中心の輸血医療)
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Patient Blood Management(PBM)とは
243巻4号(2012);View Description Hide Description輸血は日本中どこでも行えるもっとも簡単な移植医療であるが,それに伴う副作用が存在する.同種血(血液センターから供給される血液)の安全性は,ウイルス感染症に関しては飛躍的に高まったが,免疫学的副作用に関してはいまだ解決されていないことが多い.最近,同種血輸血そのものが,術後合併症を増加させたり患者予後を悪化させたりすることが報告され,患者の幸福(余命延長や予後向上)を考えると同種血輸血を極力避ける工夫が必要となる.そのためには輸血が必要になることが予想される患者には術前からのアプローチが重要である.すなわち,患者のヘモグロビン値,抗血小板薬などの服薬状況,併存疾患の状況などを術前の早い時期から把握し,それぞれの患者に適した輸血回避プログラムを作成し,術前から術後にわたってそのプログラムを実行する必要がある.プログラムの作成・実行には,医師,看護師,薬剤師,臨床検査技師,診療工学技士など多職種の医療従事者がチームとして関与することが必須条件である.このような取組みはPatient Blood Managemen(t PBM)とよばれている.PBM の正式な日本語訳は存在しないが,あえて訳せば“患者中心の輸血医療”という言葉がその概念から考えて適切と思われる.その柱は,①術前のヘモグロビン量を増やし,止血凝固能を最適化すること,②手術手技や手術機器の改善,麻酔管理の工夫などにより術中・術後の出血量を減少させること,③エビデンスに基づいた限定的・制限的な血液製剤の使用を実践することである. -
同種血輸血のリスク・同種血輸血と予後
243巻4号(2012);View Description Hide Description輸血療法はきわめて有効かつ必須の治療法であるが,血液製剤は他人の血液を原料にするため,輸血副作用,すなわち同種血輸血のリスクを完全に回避することは困難である.輸血副作用の頻度は,輸血バッグ当りで1.68%,延べ患者当り2.12%,実患者当りで5.64%であり,血小板製剤が赤血球製剤や新鮮凍結血漿に比べて副作用の発生頻度が有意に高い.また,赤血球製剤は発熱や悪寒などの発熱反応と蕁麻疹や掻痒感などのアレルギー反応が主体であり,新鮮凍結血漿と血小板製剤はアレルギー反応が主体であった.ただし,副作用の大多数が軽症から中等症であり,重篤な副作用は副作用の10%未満である.重症副作用はアナフィラキシー反応などの重症アレルギー反応がもっとも多く,ついで輸血関連急性肺障害や輸血関連循環過負荷などの肺障害である.このように,血液製剤の安全性は非常に高いと考えられているが,他人の血液が輸血されることによる患者の免疫修飾などの影響で患者の予後に影響することは否定しきれない.このことから,同種血輸血は適応を厳密に判断する必要があると考えられる. -
エホバの証人に対する外科治療―PBMに基づいた悪性腫瘍手術の実践
243巻4号(2012);View Description Hide Descriptionエホバの証人の無輸血手術を可能にするPatient Blood Managemen(t PBM)の実際について述べる.当科で経験したエホバの証人の悪性腫瘍手術155 例のうち,術前貧血例を併存した25 例に対し初診時より増血療法を施行しヘモグロビン値の有意な増加を認め,全例に予定手術を施行できた.また,予測出血量が多い高侵襲手術例に対し希釈式自己血輸血または回収式自己血輸血,あるいは両方を併施し治癒切除または完全な腫瘍切除術を施行できた.また,高度進行例に対し術前化学療法とPBM により腫瘍径縮小を経て安全な切除術を施行しえた.術中の自己血輸血と術後の増血療法は術後貧血の進行と合併症発現の抑制に寄与した.悪性腫瘍を担うエホバの証人は手術対象者として考慮でき,PBM は適応の拡大と治療の完遂に寄与した. -
心臓大血管外科におけるPatient Blood Management
243巻4号(2012);View Description Hide Description心臓大血管手術に際して輸血を行った症例と行わなかった症例で急性期だけでなく,慢性期の予後にまで差が出るといった研究結果がいくつか報告され,話題となっている.リスク調整を行った後にでも差が認められるとされ,できるだけ輸血を避けた手術を行うべきとの議論もある.これが輸血自体の問題なのか,輸血を要するような手術の質に帰するべきものなのか結論は出ていない.しかし,できるだけ輸血を避けようという努力はそのまま短時間で出血の少ない手術を行おうという動機に通じるものがあり,外科医の教育にとっては必須のものである.同種血輸血が行われた場合には患者予後を悪化させるということを,外科医は再度認識する必要がある. -
自己血輸血とPatient Blood Management
243巻4号(2012);View Description Hide DescriptionPatient Blood Management とは,患者の転帰を改善するために,多くの専門分野で明らかにされた科学的根拠に支えられた手技・手段を適宜用いることで実践される輸血回避戦略のことである.可能であれば同種血輸血を回避し無輸血手術を心がけ,輸血が必要な待機手術の場合は自己血輸血を積極的に導入する.近年,同種血の安全性は飛躍的に向上し,自己血輸血が同種血輸血に比べて無条件に安全・有用な輸血療法とはいい難い状況である.自己血輸血の優位性を保つためには各施設の院内自己血輸血管理体制の整備が重要であることはいうまでもないが,自己血輸血の適応判断,貯血計画,自己血採血・保管管理に至るすべての過程に関する適切なリスクマネジメントが必須条件である.採血時の細菌汚染と輸血時の過誤輸血にはとくに注意する.治療可能な貧血はできるかぎり術前に改善させ,自己血採血時には鉄剤とエリスロポエチン投与を行い,手術時の赤血球量を増やしておくことが重要である.また,自己血から作製した自己フィブリン糊の臨床利用は術後の局所出血や合併症を減らし,患者転帰を改善させるために有用である. -
大量出血における止血重視の輸血療法―フィブリノゲン製剤の新展開
243巻4号(2012);View Description Hide Description外傷における大量出血ではアシドーシス,低体温,凝固障害は外傷死の三徴(deadly triad)とよばれ,予後はきわめて不良である.とくに,凝固障害は搬送時すでに発生していることもあり,大量の輸液と赤血球輸血のみでは希釈性凝固障害を引き起こし,ときに致死的な凝固障害・止血不全に陥る.これを回避するため,早期から凝固能を維持する輸血法(赤血球:新鮮凍結血漿:血小板=1:1:1)が推奨されている.その後,フィブリノゲンの凝固・止血における基幹的な役割が見直され,外傷のほか,産科出血,大血管・肝手術など大量出血を伴う手術においてフィブリノゲン製剤の投与が検討されてきた.その結果,正常域のフィブリノゲン濃度(>150 mg/dL)を維持すれば,出血量の減少と輸血量の節減ができることが示された.わが国においても,早急なフィブリノゲン製剤の後天性低フィブリノゲン血症に対する適応拡大が望まれる. -
麻酔科からみたPatient Blood Management
243巻4号(2012);View Description Hide Description麻酔科における周術期の同種血輸血回避という視点からPatient Blood Management を考えた場合,出血が予想される手術には貯血式,希釈式自己血輸血,回収式自己血輸血などを準備し,中心静脈血酸素飽和度を酸素需給バランスモニターとして70%以下を輸血トリガーとして検討する.輸血代替物としては代用血漿製剤のヒドロキシエチルスターチで循環血液量を維持し,大量出血が予想される場合はトラネキサム酸を積極的に投与し,止血凝固系の異常にはFFP や濃厚血小板を早めに使用する. -
献血者不足とPatient Blood Management―人口構成の変化に対応するために
243巻4号(2012);View Description Hide Description個々の患者に最適な輸血医療を提供するPBM の確立には,安定した血液供給体制が前提となる.しかし,昨今の少子高齢化により輸血を必要とする高齢者の割合が増える一方,若年層献血者の割合が減少し血液需給バランスに変化が生じている.少子高齢化のさらなる進行が予測されており,献血推進の努力のみでは血液需給の維持に限界があることは論をまたない.若者の献血を増やすための教育現場への働きかけ,適正輸血,自己血輸血の推進,血液センター・医療施設間のより密接な需給情報共有システムの確立,製剤有効期間延長に向けた技術開発など,長期的な視点から推進していくことが望まれる. -
チーム医療としてのPatient Blood Management(患者が望む輸血医療)
243巻4号(2012);View Description Hide DescriptionPatient blood managemen(t PBM;患者が望む輸血医療)の概念はわが国ではまだあまり浸透していないが,PBM において中心的な役割を果たす自己血輸血はわが国で積極的に実施されている.本稿ではわが国と欧米における自己血輸血の考え方の違い,また自己血輸血を安全に実施するために必要なシステムや人員(チーム医療)について東大病院の“自己血外来”を例に概説し,自己血輸血のさらなる安全性向上に必要な取組みと,真のPBM を達成するために必要な自己血輸血の適正使用の推進,廃棄削減などのための取組みについて述べる.
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連載
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- 漢方医学の進歩と最新エビデンス ⑳(最終回)
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アレルギー性鼻炎の漢方治療:最新のエビデンス
243巻4号(2012);View Description Hide Descriptionアレルギー性鼻炎に有効な漢方薬は,基礎的・臨床的研究成績から主として小青竜湯と麻黄附子細辛湯である.基礎的研究において小青竜湯では感作ラットのPCA 反応抑制,アレルギー性鼻炎ラットの鼻粘膜血管透過性抑制,好塩基球の脱顆粒およびヒスタミン遊離抑制作用が知られている.麻黄附子細辛湯では能動感作モルモットでヒスタミン点鼻による過敏性低下作用,ラット肥満細胞のヒスタミン遊離抑制作用がある.臨床研究において小青竜湯は全国的に大規模な二重盲検ランダム化比較試験が行われており,その有用性が証明されたエビデンスの高い報告がある.さらに,小青竜湯は花粉症への有用性も示されている.一方,麻黄附子細辛湯は,通年性アレルギー性鼻炎,スギ花粉症初期治療の準ランダム化比較試験が行われており,いずれも有効性を示す成績であった.また,麻黄附子細辛湯は喉頭アレルギーにも有効(オープン試験)とされている.
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フォーラム
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TOPICS
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- 再生医学
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- 免疫学
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- 神経内科学
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