医学のあゆみ
Volume 243, Issue 5, 2012
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【11月第1土曜特集】 自律神経による調節とその破綻
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- 延髄吻側および尾側の交感神経中枢
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交感神経系の伝達経路と腎神経アブレーション
243巻5号(2012);View Description Hide Description本特集のすばらしい論文を理解していただくために,交感神経調節の経路,血圧上昇に対して交感神経活動を抑制する動脈圧受容器反射,有効循環血漿量増加に対して交感神経活動を抑制する心臓圧受容器反射などについて説明する.本態性高血圧のうち,食塩感受性のタイプでは高Na 血症・高血漿浸透圧という情報を脳弓下器官や視床下部の終末板というニューロン(神経細胞)が感知して室傍核を興奮させ,延髄の交感神経中枢(RVLM)の神経細胞を興奮させる.これにより末梢への遠心性交感神経活動が亢進して血圧が上昇する.腎神経をアブレーション(焼灼)することにより本態性高血圧患者の血圧を低下させることが可能であったという報告から,腎からの求心性神経とともに,交感神経調節における中枢神経系の重要性を再認識していただけると思う. -
ホールセル・パッチクランプ法を用いた圧受容器反射を有する延髄尾側腹外側野(CVLM)ニューロンの検討
243巻5号(2012);View Description Hide Description延髄尾側腹外側野(CVLM)ニューロンは交感神経活動,血圧調節において延髄吻側腹外側野(RVLM)ニューロンに抑制性に働きかける点で,重要な役割を担っている.しかし,実験法の困難さもあり,CVLM ニューロンの発火パターン,細胞内電位,薬剤感受性などは研究されていない.そこで本研究では,CVLM 領域内で圧受容器刺激により興奮する“圧興奮性CVLM ニューロン”の膜電位を記録し,同ニューロンの発火パターン,アンジオテンシンⅡ(AngⅡ)に対する感受性を調べた.その結果,記録したCVLM ニューロンは圧依存性に興奮し,発火パターンはすべて不規則に活動電位を生じる不規則発火型を呈した.AngⅡに対しては14 細胞中10 細胞で膜電位の脱分極を認めた.また,他のニューロンからの入力を遮断するために,人工脳脊髄液のCa,Mg 濃度を調節した“低Ca 高Mg 溶液”を灌流したところ,すべての細胞(n=7)において過分極し,発火は消失した.同溶液の灌流下でAngⅡを加えたところ,7 細胞中6 細胞で膜電位の変化は認められなかった.以上より,圧興奮性CVLM ニューロンは自発発火を有するものはきわめて少なく,また,AngⅡに対して同ニューロン自体の多くは反応性に乏しいと考えられた. - 呼吸と循環
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呼吸リズム形成の神経機構と中枢化学受容
243巻5号(2012);View Description Hide Description呼吸中枢は延髄腹側部に存在する.呼吸リズム形成に直接かかわる呼吸性ニューロングループとしてはparafacial respiratory group,Bötzinger complex,およびpre-Bötzinger complex が知られている.摘出脳幹-脊髄標本を用いた研究で,parafacial respiratory group およびpre-Bötzinger complex はそれぞれが独立のリズムジェネレーターであり,相互作用により全体的な呼吸リズムを形成することが明らかにされた.In vivo 成熟動物標本ではこれらに加え,Bötzinger complex のニューロンがリズム形成ネットワークを構成する.また,parafacial respiratory group のすくなくとも一部は中枢化学受容器ニューロンとしても重要な働きをしており,生後直後の生存に不可欠であることが明らかにされた.呼吸中枢は発達に伴って胎児型,新生児型,成体型へと変化する.リズム形成の細胞機構についてはペースメーカー説,ネットワーク説などが提唱されている.本稿ではこのような呼吸中枢,中枢化学受容に関する問題について,おもに新生ラット摘出脳幹-脊髄標本を用いて明らかにされた神経機構を中心に概説する. -
中脳における交感神経と呼吸機能との相互作用
243巻5号(2012);View Description Hide Description白衣高血圧やA 型の性格では血圧が高いという事実から,ストレスが交感神経活動の亢進を引き起こし高血圧の原因のひとつになっていることは以前から指摘されていた.ストレスは視床下部-下垂体-副腎皮質系を活性化させホルモン分泌を引き起こすだけでなく,交感神経系も活性化させることによって生体防御反応を引き起こす.近年,震災やテロなどの恐怖によって高血圧を介して心血管イベントが引き起こされることが注目されているとともに,ストレスが過換気症候群を引き起こすこともよく知られている.しかし,ストレスという入力に対して脳内ネットワークがどのように制御しどのように出力を行っているかについては不明な部分も多い.したがって,この入力-出力系の解明は,ストレス社会である現代において急務であると同時に,これらのネットワークにかかわる新規神経ペプチドを標的としたあらたな降圧薬の開発に期待できる領域である.また近年,難治性高血圧患者の臨床において,カテーテルによる腎動脈に分布している腎神経アブレーションが著明な降圧反応を引き起こすことから,交感神経の役割の重要さが見直されている.本稿では,このネットワークのなかで重要な領域である中脳を中心に述べていきたい. - 交感神経による血圧調節
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高血圧―交感神経中枢と末梢神経のすれ違い
243巻5号(2012);View Description Hide Description高血圧の90%を占める本態性高血圧では食塩感受性,非感受性を問わず,一般に交感神経活動が亢進していると考えられている.この原因として中枢に異常があることが報告されだした.一方,食塩感受性高血圧モデルであるダール(Dahl)ラットでは,交感神経中枢の抑制系であるnNOS ニューロンが明らかに亢進していることも判明してきた.交感神経と高血圧とはどのような関係になっているのであろうか.また,末梢の血管収縮性や腎機能は,高血圧とどのような関係にあるのであろうか.機能を分割して成り立つ一生命の全機能を結びつけ,分けることのできない一個体たらしめている循環系の,その駆動力である血圧は,中枢と末梢の両者からの“言い分”を受け止めて出力されねばならない.これら両者の“すれ違い”と高血圧について考える. -
血圧日内変動と自律神経機能
243巻5号(2012);View Description Hide Description血圧は短期および長期の変動を示し,高血圧臓器障害の進展に伴い血圧日内変動にも異常がおこる.正常に認められる夜間の血圧低下が障害される血圧変動の異常は,致死性・非致死性の心血管イベントの発症と密接に関連している.血圧日内変動は身体行動や精神活動,環境要因など外的な刺激に影響されるが,自律神経をはじめとした内因性の調節系が重要な役割を担っている. -
慢性腎臓病と血圧変動
243巻5号(2012);View Description Hide Description今回,実地医家向けの慢性腎臓病(CKD)診療指針であるCKD 診療ガイドが3 年ぶりに改訂され,『CKD 診療ガイド2012』が刊行された.『CKD 診療ガイド2012』ではCKD の重症度分類が腎機能だけではなく,原疾患,尿所見を評価した分類に変更された.血圧管理においては目標血圧の基本は診察室血圧であるが,近年血圧の日内変動を評価して24 時間にわたって良好な血圧管理を行うことの重要性が指摘されている.とくに長時間周期の血圧日内変動異常に属する夜間高血圧はCKD を増悪させるだけでなく,心血管合併症(CVD)リスクも増加させる.また逆に,CKD は夜間高血圧の原因ともなり,両者の間で悪循環が形成される.したがって,夜間高血圧の改善はCKD 進行・CVD 合併に対する抑制効果が期待される.血圧日内変動を評価して血圧管理の向上をはかるためには,自由行動下血圧測定(ABPM)が有用である.ABPM では長時間周期の血圧日内変動異常に加えて血圧短期変動性も評価可能であり,CKD 患者では血圧短期変動性が蛋白尿の程度や心血管系臓器障害と関連するとの報告もある.CKD 合併高血圧では血圧日内変動を詳細に評価したうえで,個々の病態に応じたテーラーメイドな降圧療法の重要性がより増していくものと考える. -
神経性循環調節におけるアンジオテンシン(1-7)の役割
243巻5号(2012);View Description Hide Descriptionアンジオテンシン(1-7)〔Ang-(1-7)〕は,アンジオテンシンⅠ(AngⅠ)やアンジオテンシンⅡ(AngⅡ)の生理活性を有する分解産物のひとつである.そのおもな作用は,血管拡張,血圧低下,ナトリウム利尿,血管平滑筋の増殖抑制,心機能の保護などであり,従来のAngⅡのAngⅡタイプ1 受容体(AT1R)を介した作用に拮抗する.2000 年にAng 変換酵素タイプ2(ACE2)という新しい酵素が同定され,ACE2 がAngⅡをAng-(1-7)に変換することが示された.さらに,2003 年にプロトオンコジーンのMas 受容体がAng-(1-7)の受容体であることも同定された.ACE2 ノックアウトマウスが心不全や腎障害を呈すること,Mas 受容体ノックアウトマウスは血圧変動や心拍変動の変化を呈すること,ACE2 過剰発現マウス,ACE2 の遺伝子治療は降圧や血管内皮機能の改善作用などを有することが明らかになった.以降,ACE2/Ang-(1-7)/Mas 受容体系が,従来のAng 変換酵素/AngⅡ/AT1R 系という昇圧系に拮抗するシステムであるという新しい概念が確立してきた.この新しいレニン-アンジオテンシン(RA)系は脳内にも存在しており,神経性循環調節において重要な役割を担うことが明らかとなってきている. - 低血圧
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宇宙から帰還後の起立性低血圧―前庭系の関与?
243巻5号(2012);View Description Hide Description前庭系は重力の感知器官として眼球運動や姿勢制御に関与しているのみならず,重力(の大きさあるいは方向)変化時の血圧調節にも重要な役割を果たしている.臥位から立位に姿勢変換すると,重力方向が変化し,長軸方向の静水圧差が増加して血液が下方にシフトし,静脈灌流量と心拍出量が減少して血圧が低下する.同時に,この重力方向の変化により前庭系が刺激されて反射性に交感神経活動が増加し(前庭-交感神経反射),血圧が上昇する(前庭-心血管反射).しかし,前庭系を介する血圧調節系は血圧変化に基づいた血圧調節ではなく,重力変化に基づいた血圧調節であるため,制御誤差が生じる.この制御誤差はnegative feedback 調節系である圧受容器反射により補正される.このように,前庭系と圧受容器反射は協働して姿勢変換時の血圧維持にかかわっている.しかし,前庭系は可塑性の強い器官であり,前庭系への日々の入力が低下するような環境下では前庭-心血管反射の調節力が低下する.このことが高齢者や,微小重力環境から帰還後の宇宙飛行士にみられる起立性低血圧に関与している可能性がある. -
自律神経失調症における起立性低血圧
243巻5号(2012);View Description Hide Description自律神経失調症における起立性低血圧は生活の質を大きく損なう病態である.起立に伴って重力の影響によって静脈灌流が妨げられるためである.自律神経機能が正常であった場合には圧受容体反射が機能し,抵抗血管・容量血管が調節され,起立に伴う血圧下降は最小限にくいとめられるが,自律神経失調症では重症になると圧受容体反射機能は廃絶する.したがって,圧受容体反射の機能を定量的に評価することは病態把握の第一歩である.白色雑音システム同定法を用いた圧受容体反射機能の新しい評価法によって自律神経失調症の起立性低血圧には特徴的な過渡応答がみられることが明らかになった.このような過渡応答にも注目した起立性低血圧の病態評価からさらに新しい知見がうまれることが期待される. - 不整脈と心拍変動
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自律神経系の破綻は心臓突然死の序章である―中枢性の交感神経系との関連において
243巻5号(2012);View Description Hide Description自律神経系と心臓突然死がどのように関係しているのかを,おもに中枢性の交感神経系との関連から述べる.心臓突然死とは発症から死亡までの時間が24 時間以内と日本心臓財団は定義している.心臓突然死はわが国では年間約50,000 人に発症するといわれ,そのなかでとくに多いのが急性心筋梗塞によるものである.心臓突然死が偶然に記録された24 時間携帯型心電図20 症例をみると,最終局面は心室細動か完全房室ブロックによる心停止であった.これらが虚血性変化に付随して発生したのかどうかによって機序はさまざまに相違する.しかし,ST 変化から推定される虚血性変化が起こる前から,すでに自律神経活動は変調をきたしていることがわかった.このことから,自律神経活動の変化がイベントの直接的な原因に付随して起こっているのではなく,それとは独立した加担因子であると考えられた.そこには自律神経系と心拍数・血圧のコントロール系の関係に破綻が生じていることがわかった. -
心拍変動解析による自律神経機能評価と予後予測
243巻5号(2012);View Description Hide Description心拍変動は生理的な心周期のゆらぎと定義される.心周期のゆらぎとは洞結節に対する自律神経入力のゆらぎをそのおもな起源とするものをいう.心拍変動は一誘導の心電図記録から解析が可能である.心拍変動解析には,5 分間心電図を基準とする短時間心拍変動と,24 時間心電図を基準とする長時間心拍変動がある.前者は体位や呼吸をコントロールした一定条件下の心電図記録から解析され,おもに自律神経評価に用いられる.一方,後者は携帯型心電計を用いた自由行動下の心電図記録より解析され,おもに心疾患の予後予測に用いられる. - 自律神経の破綻と心不全
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高血圧から心不全における交感神経活性化:脳の役割
243巻5号(2012);View Description Hide Description交感神経系の活性化は高血圧の発症・進行・標的臓器障害・死因のすべての過程に深くかかわっている.高血圧から心肥大あるいは虚血性心疾患を経て心不全に至る.高血圧では腎交感神経活性化が重要である.心不全では心臓交感神経の活性化が顕著であり,β遮断薬を早期から上手に使用することによりリモデリングや生存率を改善する.同時に活性化するレニン-アンジオテンシン-アルドステロン系の活性化も交感神経系活性化と結びついている.著者らは,脳内一酸化窒素と活性酸素のバランスの異常が交感神経系を活性化することを示してきた.その異常には脳内AT1 受容体刺激が重要な役割を果たしている.しかし,そのトリガーがなにか,臓器間のネットワークにどのように影響して各因子を変化させ,中枢性交感神経出力,とくに心臓や腎交感神経の活性化につながるのかを解明していかねばならないと考える.そのことがあらたな治療法開発へつながるはずである.最近,高血圧・心不全における炎症性変化が中枢性交感神経活性化に関与していることが示唆されており,病態・治療への展開が期待される. -
心不全における動脈圧反射性交感神経調節の破綻―システム生理学的アプローチによる評価
243巻5号(2012);View Description Hide Description血圧は,動脈圧受容器反射系を中心とするネガティブフィードバックによってほぼ一定に保たれている.たとえば,姿勢変化などに伴う静水圧変化に対して動脈圧反射系は秒単位で応答し,血圧を保つように作用する.急性心不全などによるポンプ失調で血圧が低下すると,それを代償するために交感神経活動が亢進し,血圧を維持しようとする.しかし,交感神経活動の亢進が持続すると心臓にさらなる負担をかけ,心不全の病態を悪化させることになる.この交感神経活動の亢進が正常な動脈圧反射の帰結であるのか,交感神経活動の調節異常によるのかを明らかにするために,正常ラットと慢性心不全ラットを用いて動脈圧受容器に同じ入力圧を加えて応答を比較した.その結果,心不全では高い入力圧に対する交感神経活動の抑制幅が小さくなっており,動脈圧反射機能の低下が確認された.また,心不全では動作点近傍における交感神経活動の調節機能は比較的保たれているものの,入力圧が動作点からすこしずれるだけで交感神経活動や血圧の調節が破綻してしまうことが示唆された.したがって,慢性心不全においては,血行動態が安定しているようにみえても厳重な水分や塩分摂取の管理が必要である. -
交感神経系を標的とした心不全治療の実際―中枢性交感神経制御の意義
243巻5号(2012);View Description Hide Description慢性心不全において交感神経活動の亢進は予後不良の予測因子のひとつである.β遮断薬は慢性心不全患者の交感神経活動を抑制し,左室のリバースリモデリング,さらに予後を改善することから,近年の心不全薬物療法においてレニン-アンジオテンシン系阻害薬と並び不可欠な存在となった.しかし,β遮断薬を含めた標準的治療の導入・継続にもかかわらず,慢性心不全の病態を改善できないことも少なくない.近年,慢性心不全の交感神経活動亢進要因に関して新しい知見が集積されつつある.末梢からの亢進機序には,①心機能の保持に働く代償機序と,②心不全の進展に伴って活性化する悪循環の機序,がある.このうち後者を制御し抑制することは,中枢からの過剰な交感神経のドライブのうち有害な部分を取り除き,心機能の悪化を抑制する可能性がある.本稿では薬物による交感神経活動への影響をレビューし,さらに心不全の非薬物治療による交感神経系への影響と可能性を述べたい. -
遠心ポンプ式の全置換型人工心臓の自律神経による制御
243巻5号(2012);View Description Hide Description重症心不全に対する救命手段として補助心臓と人工心臓の開発が注目される.現在,小型軽量化が可能な補助人工心臓として回転式のロータリーポンプが注目されているが,回転式ポンプは基本的に無拍動であり,血圧反射は動脈圧波形の立ち上り波形に反応して作動する.したがって,小型軽量化をめざして全置換型の人工心臓(TAH)を,回転式ポンプで作成する場合,血圧反射機構を人工的に作成する必要がある.東北大学では両心とも遠心ポンプを応用した無拍動型TAH を開発しているが,そのために人工血圧反射システムを試作している.制御系を構築するための方法として,TAH で制御される生体循環系を2 入力2 出力系と考え,生体自身が操作可能なパラメータであるとともに,心拍出量の変化に深く関与するといわれている末梢血管抵抗(R)に関する情報を反映させた制御装置を非干渉化適応制御系として設計する“人工血圧反射”システムを提案した.設計された制御系の評価を,モック循環系を用いた制御および動物実験において行いつつ,自律神経が行っている心拍数調節系の血圧変化に対する動特性の解析を行い,血圧を制御量とする制御について考察を加えた.さらに最近の市販開始を受けて,遠心型人工心臓エバハート® を右心房から肺動脈,左心房から大動脈に2 系列の埋込みを行い,心室を切除した後に,全置換型人工心臓として作動させる実験に着手した.エバハート® は回転数一定制御が行われており,心房収縮が行われれば前負荷依存性に回転数が変動するので,心房収縮に合わせた人工心臓制御が可能になる.完全に両心とも無拍動の人工心臓でも,自律神経機能制御を付加するか,心房収縮の情報を利用することで生体の需要に応じつつ,重症心不全患者の生命を維持し,社会復帰を可能にする日がくるかもしれない.
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