医学のあゆみ
Volume 248, Issue 1, 2014
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【1月第1土曜特集】 内科領域の薬剤性障害―肝・肺を中心に
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- 薬物性肝障害
- 【総 論】
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薬物性肝障害の発症機序
248巻1号(2014);View Description Hide Description薬物性肝障害は発症機序により,中毒性と薬物特異体質によるものに大別される.中毒性は通常過剰服用の場合で,求電子物質,フリーラジカル代謝物,酸化ストレスなどが肝障害発症に関与している.薬物特異体質はアレルギー性と遺伝的薬物代謝異常に分けられる.アレルギー性は薬物活性代謝物と肝蛋白との結合物が抗原性を獲得し,肝を標的とする免疫反応が惹起されるもので,服用開始1~5 週間で発症することが多い.遺伝的薬物代謝異常によるものは異常な薬物代謝により肝毒性代謝物が過剰に産生されるためと考えられており,発症までの服用期間は数週~数カ月と不定で長い.薬物特異体質によるものでは遺伝的個体差が発症に関与している可能性が高く,薬物代謝関連酵素の遺伝子多型と発症との関連が検討されている. -
薬物性肝障害の遺伝的素因―ゲノムバイオマーカーを用いた発症予測の可能性
248巻1号(2014);View Description Hide Description薬物性肝障害(DILI)はまれな副作用であり,その多くが患者の特異体質によって発症すると考えられているため,発症の予防は困難であるとされてきた.しかし,その障害が重篤であり,肝移植や死亡例が認められること,医薬品の開発段階での中止や,市場からの撤退の主要な原因であることから,近年,欧米を中心に,多施設における発症患者検体の収集,さらにリスク因子の同定のためのコンソーシアムが結成された.その結果,ヒト白血球抗原(HLA)の特定のタイプや薬物動態関連遺伝子の一塩基多型が関連性の高いリスク因子として薬剤別に同定されている.一方で,同定されたゲノムバイオマーカーによる診断では感度,特異度,陰性的中率は比較的高いものの,発症率が低いこともあり陽性的中率は低く,臨床応用には至っていない.本稿では,DILI の遺伝的素因に関して論文報告を中心に紹介しながら,発症機序に関する考察も加えていく. -
薬物性肝障害の起因薬の変遷
248巻1号(2014);View Description Hide Description近年,医薬品の増加や高齢化,多剤服用患者の増加などに伴い,薬物による健康障害も増加している.薬物性肝障害はすべての薬物で生じる可能性があり,漢方薬や一般市販薬(OTC 薬),健康食品・サプリメントなどでも起こることが知られている.起因薬としては,以前より抗菌薬,解熱・鎮痛薬によるものが多くみられたが,最近は美容・健康ブームにより健康食品やサプリメントを常用する人が増加しており,それに伴い健康食品による薬物性肝障害の報告例の増加がめだつ.また,癌化学療法の進歩に伴い抗悪性腫瘍薬の使用頻度も増加しており,それに伴う肝障害の増加も予想される.今後も各種医薬品の開発や医療の高度化,高齢化社会のなかで薬物性肝障害は増加していくことが予想されるが,その起因薬の頻度も時代により変化していくため,定期的な集計・分析を行い,対策を立てていく必要があると考える. - 【診断・治療】
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薬物性肝障害の診断
248巻1号(2014);View Description Hide Description薬物性肝障害(DILI)の診断には,①詳細な薬物の服用歴の聴取と,②他の原因の除外診断,の2 つがポイントとなる.薬物投与との時間的関係についてはすべての薬物について,いつ開始し,いつ中止したかをできるだけ詳細に記録する.また,民間薬や健康食品などでも肝障害が起こる場合があることにも注意する.診断にはDDW-J2004 ワークショップ薬物性肝障害診断基準が有用である.一方,本診断基準には課題も残されており,診断困難例や重症例では専門医との診療連携が必要である. -
薬物性肝障害の病理―薬物性肝障害は肝生検で診断可能か
248巻1号(2014);View Description Hide Description薬物性肝障害の診断には薬物服用歴や臨床経過が重要である.本症は発症機序の点から,①直接中毒薬物性と②代謝物中毒性,に分類され,後者はさらに,a)過敏性とb)代謝異常性に分類される.また病型からは,①急性型(肝細胞傷害型,胆汁うっ滞型,混合型),②慢性型(肝細胞傷害型,胆汁うっ滞型),さらに③特殊型として脂肪化,血管病変,腫瘍形成などに分類される.急性型の病理形態の特徴の主たるものは,zone 3 を主体とする帯状壊死,急性肝炎様病変,肝内胆汁うっ滞である,急性期の肝生検で小葉間胆管消失を80~90%の門脈域で認めた症例は小葉改築傾向の組織進展を認め,慢性の経過で黄疸が持続するため,病初期の胆管消失は予後判定に有用な所見である.慢性型では臨床的・組織学的に自己免疫性肝炎との鑑別が困難な症例がみられる.肝生検は薬物性肝障害診断にきわめて有用な情報を提供するが,起因薬物を決定できない弱点がある.ほかに薬物起因性のNASH,肝腫瘍,血管病変にも留意する必要がある. -
薬物性肝障害の最近の治療
248巻1号(2014);View Description Hide Description薬物性肝障害の治療の基本は,起因薬物の同定を速やかに行い,早期にその薬物の投与を中止することである.薬物療法としてはグリチルリチン製剤,ウルソデオキシコール酸などが基本である.さらに,遷延型には副腎皮質ステロイドが使用される.薬物代謝には個体間差があることが明らかとなり,薬物性肝障害の発症との関連性を検討することが薬物性肝障害の予防に貢献するであろう.とくに肝障害を起こしやすい薬物使用の場合,肝機能の変動に注意し,肝障害を早期に検出することが肝要である.薬物性肝障害が発現した場合,さらに重篤化しないか徴候を見極め,早急に適切な治療を開始する.一般臨床医の日常診療における細心のフオローアップにより患者の異常を早期に発見し,タイミングを逃さず専門医による適切な治療を受けることが大切である.以上より薬物性肝障害の重篤化を阻止することが可能となる. - 【知っておきたい薬物性肝障害】
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健康食品による薬物性肝障害と薬物起因性自己免疫性肝炎
248巻1号(2014);View Description Hide Description誰もが簡単に手にすることができる健康食品.そもそも“広く健康の保持増進に資する食品”として販売・利用されるものであるが,2002 年にやせ薬による肝障害が報道されてから,健康食品に対する安全性が問題となり,肝障害の実態調査がなされてきた.健康食品の性質上,長期服用傾向があり,全身倦怠感や黄疸などの症状が出現して受診している.診断には詳細な病歴と服薬歴を聴取することが必要不可欠である.ウコンが多いが,さまざまなものが起因薬となりうる.予後は一般に良好であるが,死亡例,肝移植例もある.一方,薬物起因性の自己免疫性肝炎が存在することが明らかになってきた.発生機序はいぜん不明であるが,自己免疫現象を伴った薬物性肝炎と,薬物が誘因となり発症する自己免疫性肝炎がある.起因薬も多数報告されており,薬物の種類により肝障害の特徴がありそうだ.高齢化などの社会的背景の変化により薬物性肝障害も多彩になり,ますますその現状と特徴を把握し情報を共有する必要がある. -
薬物による劇症肝炎
248巻1号(2014);View Description Hide Descriptionわが国の急性肝不全は肝炎ウイルス感染が成因の症例が多いため,その代表疾患である劇症肝炎は肝炎像を呈する症例と定義され,薬物性症例もアレルギー機序と想定される症例に限定していた.しかし,2011 年に急性肝不全の診断基準が発表され,欧米のacute liver failure と同様に薬物中毒など肝炎像を呈さない症例も含めて同じ疾患単位として扱うようになった.わが国では厚労省研究班が劇症肝炎の全国調査を実施している.薬物性症例は劇症肝炎の約10%を占めるにすぎないが,成因不明例にも含まれている可能性があり,自己免疫性症例との鑑別が困難な場合も多いことが明らかになっている.また,2000 年ごろからは,健康食品,サプリメントによる症例が増加し,2010 年以降は治験中の分子標的薬が登録されるなど,起因薬には変化がみられている.なお,2010 年以降の症例は急性肝不全の診断基準に準拠して集計されるようになったが,薬物中毒症例の登録は少ない.2009 年までの症例では急性型の予後は比較的良好であったが,2010 年以降は病型を問わず救命率が低下している. -
一般病院での薬物性肝障害診療の現況
248巻1号(2014);View Description Hide Description薬物性肝障害は一般病院において日常診療で遭遇する頻度の高い疾患のひとつであり,その発見の契機は,無症状で検診や他疾患の検査で偶然肝障害を指摘されるもの,かかりつけ医の定期検査によるもの,また発熱や倦怠感などの症状の出現により発見されるものなどさまざまである.診断においては健康食品によるものではRUCAM スケールでは低い値となるため,わが国で用いられるDDW-J2004 のスコアリングを用いて行うのが望ましい.近年の傾向として,健康食品や一般市販薬など処方箋のない薬物での長期服用例も認められる.また,多剤内服例における被疑薬の選択など,薬物性肝障害を効率よく診断するためには,頻度が高い原因薬物を集計,リスト化することが役立つ. - 薬剤性肺障害
- 【総 論】
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薬剤性肺障害の基礎知識
248巻1号(2014);View Description Hide Description薬剤性肺障害とは,呼吸器系の障害のなかで医薬品と因果関係があるものと定義される.因果関係は合理的な可能性によって判断するが,その具体的な根拠が診断基準として反映されている.診断確定はしばしば困難であるが,疑い病名であっても薬剤起因性であることを記述し,診断の根拠と限界を明記することが肝要である.薬剤性肺障害の発生機序は,①細胞障害性の機序と,②アレルギー性あるいは非細胞障害性の機序とに大別される.また,発生機序は個体側のリスク因子によって修飾される.薬剤性肺障害の病型は,薬剤以外の原因による呼吸器疾患との類似性に基づいて分類される.これを臨床病型と呼ぶが,もっとも多い病型は間質性肺炎である.薬剤性肺障害の原因薬剤として頻度が高いのは抗悪性腫瘍薬であり,分子標的薬と代謝拮抗薬が多い.ついで抗リウマチ薬で,免疫抑制薬と生物学的製剤がおもなものである.その他としては血液学的製剤と抗不整脈薬がある. -
薬剤性肺障害の人種差と遺伝的素因
248巻1号(2014);View Description Hide Description抗癌薬,分子標的治療薬,新規抗リウマチ薬について,論文あるいは報告書などをもとに薬剤性肺障害の発生頻度を比較すると,ブレオマイシンで約1,000 倍,レフルノミドで約70 倍,ゲフィチニブで約10 倍,海外よりも日本国内での頻度が高い.すなわち,日本人はびまん性肺胞傷害に代表される薬剤性肺障害を発症しやすい体質を有しており,この素因は遺伝的に規定されている可能性がある.日本人の薬剤性肺障害発症群と非発症群において,全ゲノム網羅的相関解析による遺伝子解析を行ったところ,肺障害と関連する候補遺伝子が8 種類見つかった.このうち,human immunodeficiency virus typeⅠ enhancer binding protein 3(HIVEP3)遺伝子とnonmetastatic cells 7(NME7)遺伝子が発症群にとくに強い相関を示した.遺伝子解析の進展は薬剤性肺障害の発症機序の解明や遺伝マーカーの確立に結びつくため,今後,症例数を増やした検討が期待される. - 【診断・治療】
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薬剤性肺障害の診断と治療のフローチャート
248巻1号(2014);View Description Hide Description薬剤性肺障害の診断はまず疑うことからはじまり,その後に原因薬剤を特定する.疑った場合には感染症発生や肺・胸膜病変の出現や悪化との鑑別を進め,肺障害の臨床像,発生機序,呼吸不全の重症度にしたがって速やかに治療を開始する -
薬剤性肺障害の診断に必要な検査(1)―血液検査,気管支鏡検査,薬剤リンパ球刺激試験(DLST)の意義を中心に
248巻1号(2014);View Description Hide Description現在においても薬剤性肺障害の診断は,あらたに発生した肺障害が薬剤によって引き起こされたことを疑い,その疑いをより確からしいものにするための状況証拠を収集し,そのうえで他原因疾患の存在を否定することによって成り立っている.残念ではあるが,われわれはいまも薬剤性肺障害を確定診断できる検査法をもち合わせてはいないのである.したがって,その診断のために必要な検査とは,肺障害の病態を推測・同定するとともに,そのような肺障害をきたしうる他原因疾患の存在を検証する検査法ということになる.一方,わが国では薬剤アレルギーを検出する手段として薬剤リンパ球刺激試験(DLST)が頻用されるが,薬剤性肺障害の診断に使用できる根拠に薄いため,これもあくまで補助的検査にとどめるべきであると著者は判断している.本稿は薬剤性肺障害の診断のために行われている検査の現状をご理解いただくことを主眼におき,その各論について解説するものである. -
薬剤性肺障害の診断に必要な検査(2)―画像診断
248巻1号(2014);View Description Hide Description薬剤性肺障害の画像所見は極めて多彩で非特異的である.したがって,その診断のためには,感染や原疾患の悪化など多くの類似した画像を示す疾患を排除しなければならない.既存の慢性線維化性間質性肺炎は薬剤性肺障害の発症リスク因子であり,発症時の予後不良因子でもある.また特発性肺病変でいえば,どの疾患に類似するかで画像分類がなされるが,病理的背景や病態までも担保するものではない.DAD 型の肺障害は重症で生命予後が不良である.薬剤性肺障害診療における画像診断の役割は,薬剤投与前のリスク評価としての慢性線維化性間質性肺炎の有無や程度の評価,肺障害発症の客観的証拠,発症時の鑑別診断の一助,発症時の画像パターンによる生命予後推定,治療効果の判定などにある. -
薬剤性肺障害と鑑別が必要な呼吸器感染症の特徴
248巻1号(2014);View Description Hide Description薬剤性肺障害は原因薬剤と宿主条件によって多種多様な臨床像・画像所見を呈するため,時として呼吸器感染症との鑑別が難しい症例がある.とくに免疫抑制下にある患者(悪性腫瘍の化学療法中,AIDS,臓器移植後,ステロイドなど免疫抑制剤の長期投与中)は薬剤性肺障害の高リスク群であり,同時に日和見感染症など非典型的な感染症の好発宿主でもあるため,しばしば診断に難渋することがある.薬剤性肺障害との鑑別を要する疾患としては肺結核症,ニューモシスチス肺炎,サイトメガロウイルス肺炎,肺アスペルギルス症などがあり,注意が必要である.また,薬剤性肺障害と診断して免疫抑制剤を投与する場合,もし呼吸器感染症が併存していた場合はその増悪をきたす危険があるため,そのような状況では呼吸器感染症の有無をできるだけ調べ,また併存が疑われる場合,想定される病原菌をカバーする抗菌薬を投与しながら治療していく必要がある. - 【知っておきたい薬剤性肺障害】
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抗悪性腫瘍薬による薬剤性肺障害
248巻1号(2014);View Description Hide Description抗悪性腫瘍薬(殺細胞薬)による肺障害の頻度は薬剤により異なるが,すべての抗癌剤が肺障害を引き起こす可能性がある.治療歴が長い,全身状態(PS)不良,重喫煙者,肺疾患の合併症例はリスクが高い.放射線との併用は肺傷害のリスクが増す.抗癌剤治療中は診察ごとにSpO2のチェックを行い,呼吸器症状が出たら肺障害を疑いただちにCT 検査を実施し診断する必要がある.致死的となるのもまれでないことを念頭に,ただちに治療を開始することが重要である. -
分子標的治療薬による薬剤性肺障害
248巻1号(2014);View Description Hide Description薬剤性肺障害は癌化学療法において重要な副作用として知られている.Gefitinib の肺障害が問題となって以降,癌治療薬による肺障害の問題が注目され,後続の分子標的治療薬の多くに全例調査などの厳密に計画されたファーマコビジランスが課せられている.なかには開発段階で肺障害の発現がめだち,使用にあたっては医療機関の施設要件および医師要件まで規定されたものもある.これらの全例調査から従来得られなかった有益な情報の集積あるいは解析が可能となり,現在では個々の分子標的治療薬における肺障害の実態が詳細に把握され,薬剤ごとに発現状況が異なることも明確に示されてきている.また,薬剤性肺障害の適切な管理,ならびに,どのようにして薬剤性肺障害を防ぐか,ということも重要な課題として存在する.本稿では,分子標的治療薬による肺障害の実態と管理上の注意点を述べるとともに,今後の課題と展望についても言及する. -
生物学的製剤による薬剤性肺障害―fake or fact?
248巻1号(2014);View Description Hide Description関節リウマチ(RA)患者を中心に,生物学的製剤投与中の間質性肺疾患が0.5%程度の割合で認められ,しばしば致命的な経過をとるために強い関心が寄せられている.生物学的製剤が直接的に肺障害を生じることもあると思われるが,少なからぬ例では原疾患による肺病変や,臨床的または非臨床的な肺感染症などが,生物学的製剤投与による免疫の変容との相互作用で複雑に肺病変を形成していると考えられている.したがって,初期治療は被疑薬の中断,副腎皮質ステロイドと抗菌薬の併用のように包括的な対応とならざるをえない場合が多い. -
その他の薬剤(漢方薬,抗菌薬,抗循環器病薬など)による肺障害
248巻1号(2014);View Description Hide Description薬剤性肺障害発症の背景因子は多様であるが,そのひとつとして肺における先行病変,とくに慢性炎症性肺疾患の存在があげられる.本稿で論じる薬剤は,①肺先行病変に対しての治療薬として使用,あるいは②併存する肺病変の存在を認識しながら,あるいはその存在を認識せずに使用する可能性がある薬剤であり,今後もその使用頻度は高まると予想される.したがって,何らかの呼吸器疾患発生の際には,投与薬が関与している可能性を疑う姿勢が薬剤性肺障害の診断確定へ向けて重要である.臨床病型は肺胞・間質領域病変が主体であり,内服後早期に発症するものから数年を経て発症するものまで時間的経過は多様である.発症機序は,免疫系細胞の活性化によるⅢ型・Ⅳ型のアレルギー反応だけでなく,Ⅰ型によるものも存在し,また,直接的な細胞障害も想定される.薬剤によるリンパ球刺激試験(DLST)が診断の一助となることもある。治療は被疑薬の中止を行い,症状や画像所見の改善が得られない場合や呼吸不全を伴うような中等症以上の病態である場合には,副腎皮質ステロイド薬の内服やメチルプレドニゾロンの大量療法を必要とする.
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