医学のあゆみ
Volume 248, Issue 13, 2014
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【3月第5土曜特集】 生命を支える脂質―最新の研究と臨床
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- 脂質メディエーターと受容体・産生酵素
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ホスホリパーゼA2を起点とした脂質ネットワークによる生命応答制御―分泌性ホスホリパーゼA2の新機軸
248巻13号(2014);View Description Hide DescriptionホスホリパーゼA2(PLA2)は,リン脂質を加水分解して不飽和脂肪酸とリゾリン脂質を生成する酵素の一群である.これまでPLA2を起点とした脂質メディエーターの供給プロセスは,アラキドン酸代謝の中心酵素である細胞質PLA2が担うアラキドン酸の遊離のみが知られてきたが,最近,長らく不明瞭であった細胞外リン脂質を代謝する分泌性PLA2(sPLA2)の機能的役割が明らかとなってきた.本稿では,①sPLA2はパラクリン経路を通じて局所細胞外環境のアラキドン酸代謝を動かす,②sPLA2はアラキドン酸(ω6 脂肪酸)遊離酵素として炎症の促進にかかわるだけでなく,ω3 脂肪酸遊離酵素として抗炎症にかかわる,③sPLA2は免疫代謝シグナルを制御する,などsPLA2依存的脂質ネットワークによる生命応答制御の新機軸について紹介する. -
新しいリゾリン脂質メディエーター:リゾホスファチジルセリン
248巻13号(2014);View Description Hide Descriptionリゾホスファチジルセリン(LysoPS)は古くからマスト細胞の脱顆粒反応を促進することが知られ,脂質メディエーターとして機能することが想定されていた.しかし,その生体内での存在,産生酵素,受容体に関する情報がほとんどなかった.最近,質量分析計技術が亢進し,生体内のLysoPS の分布が一部明らかとなった.また,4 つの特異的受容体が同定されたことにより,LysoPS の脂質メディエーターとしての機能に注目が集まっている. -
リゾホスファチジン酸(LPA)の生理的機能
248巻13号(2014);View Description Hide Descriptionリゾホスファチジン酸(LPA)は,スフィンゴシン1 リン酸(S1P)と並んでもっともよく解析されている生理活性リゾリン脂質である.これまでに6 種類ものLPA 受容体と2 種類の産生酵素が認められており,生体内でさまざまな生理現象に関与することが示されている.近年,LPA 受容体やLPA 産生酵素の遺伝子欠損(KO)マウスを用いた疾患モデル解析や,ヒト先天性疾患の遺伝子解析から,LPA が病理的にも重要な役割を担うことが明らかになりつつあり,創薬の標的としても着目されている.本稿では,個体レベルで示された機能を中心に,最近のLPA 研究の進展を総説する. -
ロイコトリエンの生体内における役割
248巻13号(2014);View Description Hide Descriptionロイコトリエンは,膜リン脂質から遊離されたアラキドン酸を材料にして,5-リポキシゲナーゼ依存的に産生される炎症性脂質メディエーターである.LTA4,LTB4,LTC4,LTD4,LTE4の5 種類が知られているが,LTA4は不安定な中間体であり,それ自体には生理活性はないと考えられている.LTB4は白血球,とくに好中球を遊走させる走化性因子として古くから知られ,体内に侵入した細菌を排除するのに寄与すると考えられてきた.一方,分子内にアミノ酸であるシステインを含有するため,システイニルロイコトリエンとよばれるLTC4,LTD4,LTE4は気管支収縮作用や血管透過性亢進作用をもつことが知られ,受容体の分子同定よりさきに受容体拮抗薬が気管支喘息の治療薬として上市された.その後,LTB4の受容体としてBLT1,BLT2 が,システイニルロイコトリエンの受容体としてCysLT1,CysLT2が分子同定された.これらの受容体の遺伝子欠損マウスの解析から,ロイコトリエンの疾患へのかかわり,受容体が他の受容体の機能を制御する機構,あらたなロイコトリエン受容体などが明らかになってきている. -
プロスタグランジンE2による炎症惹起の分子機構
248巻13号(2014);View Description Hide DescriptionプロスタグランジンE2(PGE2)は,アラキドン酸からシクロオキシゲナーゼ(cyclooxygenase:COX)を律速酵素として産生されるもっとも代表的な脂質メディエーターであり,細胞膜表面上に存在する4 種類の受容体サブタイプ(EP1~EP4)に作用して発熱や疼痛,炎症惹起などの多彩な作用を発揮する.近年,PGE 受容体欠損マウスや各受容体に特異的な作動薬,遮断薬を駆使することで,各受容体を介したPGE2の作用発現機構が明らかにされ,PGE2がいかにして炎症を惹起・増悪させるのか,分子レベルで語れるようになってきた.本稿では,長年不明であったPGE2の炎症惹起の分子機構として,EP3 受容体を介したマスト細胞の活性化,およびEP2/EP4 受容体を介したヘルパーT 細胞制御に焦点を当て,急性炎症および炎症性疾患におけるPGE2の役割とPGE 受容体を標的とした炎症治療の有用性について考察したい. -
ω3脂肪酸の抗炎症作用とメタボロミクス
248巻13号(2014);View Description Hide Descriptionエイコサペンタエン酸(EPA)やドコサヘキサエン酸(DHA)に代表されるω3 脂肪酸には古くから抗炎症作用をはじめとした健康増進作用が知られている.近年,高速液体クロマトグラフィータンデムマススペクトロメトリー(LC-MS/MS)を用いた脂質メタボロミクス解析の発展に伴い,レゾルビンをはじめとしたω3 脂肪酸由来の抗炎症性代謝物が複数同定され,さらにそれらの生成機構についても明らかになってきている.これらの代謝物は抗炎症作用をはじめとしたω3 脂肪酸の多彩な作用の一部を分子レベルで説明し,さらに,癌や糖尿病,動脈硬化など,炎症を基盤とする病態に対する新しい創薬へと応用されることが期待される. -
リゾホスファチジン酸(LPA)と血小板活性化因子(PAF)のアレルギー性疾患への関与
248巻13号(2014);View Description Hide Descriptionリゾホスファチジン酸(LPA)と血小板活性化因子(PAF)は化学構造が類似した脂質分子であり,三量体G蛋白質に共役する受容体を介して生理機能を発揮する点も類似している.近年,それぞれの受容体ノックアウト(KO)マウスの解析が進み,LPA とPAF はそれぞれ独特の生理作用をもつことが明らかになってきている.今後,アゴニストやアンタゴニストの開発が進んで,LPA とPAF の受容体についてさまざまな疾患治療の標的としての有用性が明らかになっていくことが期待される.本稿では,LPA とPAF のアレルギー性疾患への寄与について最近の知見を,喘息とアナフィラキシーにそれぞれ焦点を当てて紹介する. -
脂質メディエーター,スフィンゴシン-1-リン酸
248巻13号(2014);View Description Hide Description細胞膜に豊富に存在するスフィンゴミエリンやスフィンゴ糖脂質に由来する脂質メディエーター,スフィンゴシン-1-リン酸(S1P)は,5 種のS1P 特異的G 蛋白質共役型受容体を活性化して,多彩なシグナル経路に共役する.標的細胞におけるしばしば複数のS1P 受容体の発現と相まって,S1P による複雑な細胞機能の制御を可能にしている.S1P シグナル系の主要な標的は血管系と免疫系であることが明らかになってきた.血管系では血管形成,障壁機能の維持,血管障害に対する防御などにかかわる.免疫系においてはリンパ球の体内循環・活性化・分化や,マクロファージ系細胞の機能の調節により,免疫機能の生理的調節,炎症応答ならびに骨代謝調節に関与する.多発性硬化症に対する治療薬FTY720 が開発されたのを皮切りに,さまざまな免疫・炎症性疾患を標的としたS1P 創薬研究が活発に展開されている. -
アナンダミドと関連N-アシルエタノールアミン
248巻13号(2014);View Description Hide Description植物の大麻(マリファナ)に含まれるカンナビノイドは,カンナビノイド受容体に作用することで精神神経作用などの生物活性を示す.同受容体の内因性作動物質として動物組織から最初に単離された分子は,多価不飽和脂肪酸のアラキドン酸とエタノールアミンが結合したアミド化合物であり,アナンダミドと名づけられた.体内にはアナンダミドのアラキドン酸鎖が種々の脂肪酸鎖に置き換わった分子種も存在し,合わせてN-アシルエタノールアミンとよぶ.このうち,パルミチン酸やオレイン酸のエタノールアミドはカンナビノイド受容体には働かないが,ペルオキシソーム増殖剤活性化受容体PPARαと結合し,抗炎症・鎮痛・食欲抑制効果などを示す.アナンダミドを含むN-アシルエタノールアミンの生成や分解にかかわる酵素の遺伝子がつぎつぎと同定され,遺伝子欠損マウスの解析も進んでいる.これらの酵素は創薬のあらたな標的として注目されている. -
2-アラキドノイルグリセロールの逆行性シグナルとしての役割
248巻13号(2014);View Description Hide Description2-アラキドノイルグリセロール(2-AG)は,脳のシナプスにおいて逆行性シグナルとして働いている.2-AG はシナプス後ニューロンの活動に依存して生成・放出され,それがシナプス前終末のCB1 カンナビノイド受容体に結合し,伝達物質の放出を一過性あるいは長期的に抑制する.最近の研究により,脳のどの部位で,どのような刺激により2-AG が生成・放出され,それがどの部位のシナプス伝達をどのように調節するのか,がしだいに明らかとなってきた.また,2-AG は脳のみならずさまざまな組織に存在しており,それらの末梢組織においても重要な役割を担っている可能性が高い.さらに,臨床的には2-AG を含む内因性カンナビノイド系をターゲットとした新しい治療薬の開発が進められており,今後のさらなる研究の発展が期待される. -
スフィンゴシン-1-リン酸(S1P)の分泌機構と生理機能
248巻13号(2014);View Description Hide Descriptionスフィンゴシン-1-リン酸(S1P)は細胞内においてスフィンゴシンのリン酸化によって産生される生理活性脂質で,S1P 受容体を介してリンパ球の循環や血管新生,破骨細胞の遊走などさまざまな生理作用を制御している.S1P が標的細胞表面に発現するS1P 受容体に作用するためには,細胞内で産生されたS1P が細胞外へ放出される必要があるが,その分泌機構は長らく不明であった.著者らは,心臓発生異常を示すゼブラフィッシュ変異体の原因遺伝子として同定したSpns2 がS1P 輸送体として機能していることを発見した.哺乳類のSPNS2 はゼブラフィッシュSpns2 と同様にS1P 輸送体として機能する.さらに最近,SPNS2 ノックアウト(KO)マウスの解析により,血管内皮細胞に発現するSPNS2 がリンパ球の移出を調節することが明らかとなった.本稿では,S1P 輸送体によるS1P の生理機能の制御機構を紹介する. -
脂質を介した腸管免疫システムの制御
248巻13号(2014);View Description Hide Description身体の内側を覆う粘膜面は内部環境と外部環境との狭間に位置し,多くの病原微生物やアレルゲンの侵入門戸となっている.代表的粘膜組織である腸管に備えられた免疫システムは,脾臓や骨髄などの体内の免疫システムとだけではなく,食事性成分や腸内細菌など外部環境因子とも相互作用することで,生体最前線における生体防御と恒常性維持を担っている.脂質についても,腸管においては体内からだけではなく食事や腸内細菌を介し体外からも供給され,免疫制御に働いている.近年のリピドミクス解析技術や粘膜免疫学の発展もあり,脂質の代謝や認識を介した腸管免疫の制御システムの一端が解明されつつある.本稿では各種脂肪酸やスフィンゴ脂質を中心に,脂質が有する腸管免疫の制御機構について概説したい. -
脂質メディエーターの皮膚免疫反応における役割
248巻13号(2014);View Description Hide Description近年,各合成酵素・受容体の遺伝子改変マウスや選択的薬物の開発により,脂質メディエーターの皮膚免疫,アレルギー疾患における生理的病態的役割の解明とその臨床応用がめざましく進んでいる.本稿では接触皮膚炎,アトピー性皮膚炎(AD),蕁麻疹などの皮膚疾患や,皮膚免疫・アレルギー反応におけるプロスタノイドとロイコトリエンを中心とする脂質メディエーターの役割を解説する.脂質メディエーターは状況に応じてきわめて多彩な役割を果たすことが大きな特徴であり,これらの役割を理解することは病態の理解へと直結する. -
あらたなグルコース化脂質の存在と役割
248巻13号(2014);View Description Hide Description脳にはスフィンゴ脂質を代表するグルコシルセラミドをはじめとして,コレステリルグルコシドやホスファチジルグルコシドなど,グルコース化脂質が複数存在している.グルコシルセラミドは糖脂質合成の前駆体としてだけでなく,エネルギー代謝制御やコレステリルグルコシド合成のグルコース供与体としても重要な役割を果たす.コレステリルグルコシドは熱ストレス応答に関与する生理活性糖脂質として発見され,最近,グルコシルセラミド分解酵素のひとつであるGBA1 によって合成されることが示された.GBA1 は脂質蓄積症であるGaucher 病やParkinson 病の原因(危険)因子であり,コレステリルグルコシドとの関連が注目される.一方,ホスファチジルグルコシドは発達期のグリア細胞に発現する.ホスファチジルグルコシドの脱アシル化体(リゾ体)は,細胞軸索の成長円錐に対して強力な反発因子活性を有する.このように,脂質のグルコース化は元の脂質の物性に大きな変化を与えるとともに多様な生理機能の獲得に貢献している. - 細胞内シグナリング
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ホスホイノシタイド代謝系―新技術による新展開
248巻13号(2014);View Description Hide Descriptionホスホイノシタイド/イノシトールリン脂質(PIPs)は形質膜,オルガネラ膜を構成する微量リン脂質である.そのヘッドグループは炭素6 員環と多価のリン酸基により他のグリセロリン脂質と比較してきわだって大きく,また,電荷に富む.PIPs 代謝系は増殖,分化,運動,老化,死といった幅広い生命現象に関与する.また,このような細胞応答を支える,転写因子の活性化につながるシグナル伝達,細胞骨格制御,物質取込みや分泌,オートファジーといった素過程における役割が明らかになりつつある.本稿ではPIPs のリン酸化酵素,脱リン酸化酵素の生理機能について,おもにヒト,マウスでの遺伝学的解析から得られた知見をまとめる.さらに,PIPs 研究の方法論に大きな変更を加えるであろう,測定技術の開発についての現状を述べる. -
ホスフォリパーゼC(PLC)による恒常性維持機構とその破綻がもたらす疾病
248巻13号(2014);View Description Hide Descriptionイノシトールリン脂質代謝の要の酵素であるホスフォリパーゼC(PLC)は,ホスファチジルイノシトール4,5-二リン酸(PIP2)を分解し,イノシトール1,4,5-三リン酸(IP3)とジアシルグリセロール(DAG)の2 つのセカンドメッセンジャーを産生する.IP3は小胞体からのカルシウム(Ca)放出を,DAG はプロテインキナーゼC(PKC)活性化を介して,細胞増殖や分化,受精,神経機能など生命の基本的現象に深く関与している.哺乳動物では13 種類のPLC アイソザイムが存在するが,それぞれの遺伝子改変マウスはさまざまな表現型を示し,疾患モデルとして有用である.本稿ではその多機能性のなかから,細胞内Ca の上昇が必須な受精,神経機能,心機能,細胞の増殖・分化制御が関与する皮膚形成や胎生期でのPLC の役割,そしてPLC 機能不全による恒常性破綻がもたらす癌や造血系・免疫疾患に焦点を当てて概説する. -
ジアシルグリセロールキナーゼ―DGKアイソザイムのさまざまな生理機能と病態との関連
248巻13号(2014);View Description Hide Descriptionジアシルグリセロール(DG)キナーゼ(DGK)はDG をリン酸化してホスファチジン酸を産生する酵素で,10種のアイソザイムからなる分子ファミリーである.各DGK アイソザイムはC1 と触媒ドメインからなる共通領域に加えて,プレクストリンホモロジードメインなどのそれぞれに特徴的な機能ドメインをもつ.各DGKアイソザイムは一部重複があるものの,プロテインキナーゼやG 蛋白質などを介して,それぞれに時空間的に分離した特異的な機能を担い,DGK は予想以上に広範で多彩な生理機能や病態形成制御に関与していることがわかってきた.たとえば,病態に関しては難治性がん(DGKα,η,ζ,ι),2 型糖尿病(DGKδ,γ),免疫不全(DGKα,ζ),双極性障害(DGKβ,η),てんかん(DGKδ,ε),Parkinson 病(DGKθ),Huntington病(DGKε),尿道下裂(DGKκ),心臓肥大(DGKζ)などとの関連が報告されている. -
ホスファチジルセリンによる細胞内物質輸送制御
248巻13号(2014);View Description Hide Descriptionホスファチジルセリン(PS)は極性頭部にセリン残基をもつグリセロリン脂質である.真核細胞の生体膜の5~10%を構成し,とくに細胞膜の細胞質側に濃縮して存在することが知られている.細胞膜におけるPS の機能として,①カルシウムイオン,ジアシルグリセロールと協調してプロテインキナーゼC を細胞膜へ移行・活性化すること,②細胞死に伴い細胞外に露出し,死細胞の貪食を誘起する“eat-me”シグナルとして機能すること,などがよく知られている.これらは細胞膜におけるPS の機能であるが,近年になって細胞小器官におけるPS の機能が明らかになってきた.本稿では細胞内物質輸送を制御する細胞内PS に関しての最新の知見を概説する. -
脂質二重層の曲率を認識する分子機構
248巻13号(2014);View Description Hide Description曲面として振る舞う生体膜が示す“曲率”は,脂質結合蛋白質を介した細胞内現象におけるキーワードとして近年注目を集めている.特定の蛋白質が脂質二重層の曲率を認識する分子機構として,①彎曲した蛋白質表面と脂質分子極性頭部との静電的相互作用,②両親媒性αヘリックス構造による脂質アシル基との疎水的相互作用,が提唱されており,これらを支持する知見が蓄積している.とくに,生体膜の曲率センサーとしての両親媒性αヘリックスの役割は,広範な蛋白質における“ALPS モチーフ”の発見によって広がりをみせている.一方で,生体膜の曲率認識機構は真核生物における小胞輸送だけでなく,原核生物の形態形成への関与も見出されるなど,進化上の基本原理としてとらえることができる.生体膜の形態をめぐる生物学は,膜曲率認識のメカニズムそのものの解明から,より広範な生命現象における生理的意義の理解へと足を踏み入れつつある. -
リン脂質酸化シグナルが関与する新規細胞死経路―GPx4とビタミンEにより制御される新規細胞死フェロトーシス
248巻13号(2014);View Description Hide Descriptionリン脂質ヒドロペルオキシドグルタチオンペルオキシダーゼ(GPx4,PHGPx)は,生体膜リン脂質の酸化により生じたリン脂質ヒドロペルオキシドを直接還元する酵素である.さまざまな組織特異的GPx4 欠損マウスやGPx4 欠損細胞を用いた解析から,さまざまな細胞においてGPx4 欠損は,リン脂質酸化を伴うカスパーゼ非依存性の新規細胞死を誘導すること,ビタミンE による脂質酸化の抑制によりGPx4 欠損による細胞死を完全に抑制できることが明らかとなった.一方,変異Ras をもつ癌細胞特異的に鉄依存性の新規細胞死(フェロトーシス)を起こす抗癌剤のターゲット分子が,GPx4 および細胞内グルタチオンの枯渇であることが明らかとなった.内在性で生成するリン脂質酸化シグナルが新規細胞死のスイッチシグナルとなること,GPx4 やビタミンE によって新規細胞死シグナルであるリン脂質の酸化を抑制することが,生命の維持に必須であることが明らかとなった. -
スフィンゴミエリンとスフィンゴミエリン合成酵素
248巻13号(2014);View Description Hide Descriptionスフィンゴミエリンは細胞膜脂質二重層を構成するスフィンゴ脂質であり,スフィンゴミエリン合成酵素によりセラミドにホスファチジルコリンからホスホコリンを転移することでジアシルグリセロールと同時に合成される.また,スフィンゴミエリンは加水分解酵素スフィンゴミエリナーゼによりセラミド産生の基質にもなる.これまで,スフィンゴミエリンはセラミド合成の基質として細胞死や細胞分化などのさまざまな細胞生理機能に関与したり,セラミドを介して他のスフィンゴ脂質に変換されることが報告されている.しかし近年,スフィンゴミエリンは細胞膜上に均一に存在しているのではなく,脂質マイクロドメインと呼ばれる特殊なドメインを形成しており,スフィンゴミエリン自体が細胞外刺激複合体の細胞内取込みや放出,膜受容体シグナル伝達の調節場として機能していることが報告されている.本稿では.スフィンゴミエリンとスフィンゴミエリン合成酵素の細胞レベルおよび固体レベルでの病態を含めた生理機能に関する知見を概説する. -
ホスホリパーゼDの多彩な生理機能と癌における役割
248巻13号(2014);View Description Hide Description哺乳類ホスホリパーゼD(PLD)は,細胞膜主要構成リン脂質であるホスファチジルコリンを加水分解して,脂質性シグナル伝達分子ホスファチジン酸を産生するリン脂質代謝酵素である.1990 年代にPLD 遺伝子のクローニングが行われて以降,現在までにPLD の機能解析は精力的に展開されてきている.加えて近年作製されたPLD ノックアウト(KO)マウスの解析によって,PLD の個体レベルでの生理機能と疾患とのかかわりが徐々に明らかになってきた.本稿ではPLD を介したシグナル伝達機構およびその生理機能を紹介し,PLD と疾患,とくに癌とのかかわりについて,細胞レベルおよび個体レベルの知見をもとに概説する. - 生体膜脂質・合成・分解・輸送
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ホスファチジルイノシトールの特徴的脂肪酸鎖の形成機構と生物学的意義
248巻13号(2014);View Description Hide Descriptionホスファチジルイノシトール(PI)は,イノシトール環のリン酸化によるホスホイノシチドの生成を介して,さまざまな生命現象に関与する.このような極性頭部の特性に加え,PI は脂肪酸鎖においても特徴的な構造を有しており,sn-1 位にステアリン酸,sn-2 位にアラキドン酸をもつ分子種が非常に多い.この分子種の形成には一部にはPI 代謝回転とよばれる代謝経路がかかわると考えられている.一方,PI が生合成された後で脂肪酸鎖のみが置き換わる,脂肪酸リモデリングがPI の特徴的な脂肪酸鎖の形成に大きく寄与すると考えられてきた.最近,著者らを含むいくつかのグループが,この過程にかかわる酵素群を同定し,実際に脂肪酸リモデリングがPI のsn-1 位とsn-2 位の脂肪酸鎖の規定に大きく寄与していることが明らかになった.さらに,これらの酵素をノックアウト(KO)した線虫やマウスの表現型解析を通して,PI がなぜ特徴的な脂肪酸組成を有するのか,その生物学的意義が明らかになりつつある. -
リン脂質フリッパーゼ―構造,リン脂質特異性,機能,疾患とのかかわり
248巻13号(2014);View Description Hide Descriptionリン脂質フリッパーゼはホスファチジルセリンなどのアミノリン脂質を脂質二重層の外層から内層へとATP 依存的に輸送するP 型ATPase(ATPase Ⅱ)として同定された.その後,P 型ATPase の最大のサブファミリーを形成するtype 4-P 型ATPase(P4-ATPase)がリン脂質フリッパーゼの実体であることが明らかとなり,リゾリン脂質を含めたさまざまな脂質の脂質二重層内外での輸送を促進することが示された.さらに,膜局所における脂質組成や膜の曲率を変えることにより分泌小胞の形成・輸送,細胞の極性形成や運動,シグナル伝達,脂質代謝などのさまざまな細胞機能にかかわることが明らかになりつつある.本稿ではP4-ATPaseとCDC50 ファミリー蛋白質の複合体として働くリン脂質フリッパーゼの構造,脂質特異性,細胞機能の制御機構を中心に最近の知見を紹介する. -
スフィンゴ脂質の代謝と関連疾患
248巻13号(2014);View Description Hide Description真核生物の細胞膜に多く存在するスフィンゴ脂質は,さまざまな組合せの極性基と疎水性骨格からなる多様性に富んだ分子種であり,組織ごとにその組成は異なる.スフィンゴ脂質の極性基部分はホスホコリン(スフィンゴミエリン)または糖鎖(スフィンゴ糖脂質)であり,スフィンゴ糖脂質の種類は糖鎖構造の違いから数百種にも及ぶ.スフィンゴ脂質の疎水性骨格はセラミドであり,構成成分である長鎖塩基および脂肪酸には組織ごとに鎖長,水酸化,二重結合の有無に特徴があり,その異常はさまざまな病態と関連する.スフィンゴ脂質の分解はおもにリソソームで行われ,加水分解酵素の遺伝子変異はスフィンゴ脂質代謝異常症(スフィンゴリピドーシス)を引き起こす.表皮セラミドは他の組織のセラミドにはみられない特徴をもち,皮膚におけるバリア形成において重要な役割を担う.本稿では,これらスフィンゴ脂質の生合成および分解経路と関連疾患について概説する. -
“脂質プローブ”と“超解像顕微鏡”を用いたスフィンゴミエリン膜ドメインの可視化
248巻13号(2014);View Description Hide Descriptionスフィンゴミエリンは哺乳動物細胞の細胞膜における主要な脂質である.この脂質はコレステロールなどとともに脂質ラフトを形成しながら,効率的なシグナル伝達にかかわっていると考えられている.細胞膜上においてスフィンゴミエリンは微小な膜ドメインを形成していると示唆されているものの,脂質のラベルが容易ではないこと,膜ドメインのサイズは光学顕微鏡の分解能以下の大きさであることから,可視化は困難であった.本稿では,スフィンゴミエリンの“脂質プローブ”を用いた細胞レベルでの可視化と,光学顕微鏡の限界を超えた“超解像顕微鏡”を用いた分子レベルでの可視化について紹介する. -
効率的な細胞内セラミド輸送の仕組みとその制御
248巻13号(2014);View Description Hide Description真核細胞ではオルガネラ間でさまざまな物質が輸送されている.脂質もまたオルガネラ間で輸送されているが,脂質は疎水的な性質をもつために単独で細胞質中に拡散することはほとんどなく,これを輸送することは容易ではない.細胞は脂質を輸送するための仕組みとして,脂質に直接結合し膜間輸送を行う脂質輸送蛋白質を備えている.セラミド輸送蛋白質(CERT)は脂質輸送蛋白質のひとつであり,スフィンゴミエリン(SM)生合成の際に,セラミドを小胞体からGolgi 体へと輸送している.CERT の発見以来およそ10 年が経ち,著者らが進めてきたCERT の構造・制御に関する研究に加えて,さまざまな方面に研究が進展し,知見が蓄積してきた.本稿では,これらの知見を概説しながら,脂質輸送の一端について紹介する. -
グリセロリン脂質リモデリング
248巻13号(2014);View Description Hide Description生物の発生や発展には,外界との壁となる生体膜の役割が大きかった.必須であったともいえる.その生体膜の主成分はグリセロリン脂質であり,組織や細胞特異的に1,000 種類ほどの分子種がある.生合成研究は1950 年代のde novo 経路(Kennedy pathway)とリモデリング経路(Lands’ cycle)の提唱により広がった.そして50 年以上経た近年,生合成酵素であるリゾリン脂質アシル転移酵素群の同定から,この分野はあらたな局面を迎えており,酵素遺伝子同定により,生体膜リン脂質生合成メカニズムの解明,さらに疾患研究へと発展しつつある. -
リン脂質スクランブラーゼ
248巻13号(2014);View Description Hide Description生体内において脂質二重膜を構成するリン脂質は非対称性を有しており,ホスファチジルセリン(PS)は細胞膜の内側に,ホスファチジルコリンはおもに細胞膜の外側に位置している.PS の内側への移行にはATP 依存的な酵素であるフリッパーゼがかかわっており,エネルギーを用いてPS を内側に保っている.しかし,この非対称性は,生体内において血液凝固のときやアポトーシスのとき,またほかにもさまざまな局面で崩壊し,PS は細胞表面に露出する.この過程においてフリッパーゼ活性が減少するが,それだけではPS の露出に不十分であり,カルシウム(Ca)依存的にリン脂質を双方向に区別なく輸送するスクランブラーゼの活性が必要であると考えられている(図1).スクランブラーゼの分子的実体は長い間不明であったが,この数年でその実体が明らかとなってきた.本稿においては,このスクランブラーゼについて概説したい. -
ペルオキシソームの脂質代謝
248巻13号(2014);View Description Hide Description高等動物のペルオキシソームは極長鎖脂肪酸などのβ酸化,エーテルリン脂質プラスマローゲンの生合成を担うなど,おもに脂質代謝を担う細胞小器官(オルガネラ)である.このオルガネラの形成障害を原因とするZellweger 症候群などの致死性遺伝疾患ペルオキシソーム機能欠損症は,とくに中枢神経系の重篤な機能異常を呈する.近年,ペルオキシソームの脂質代謝のあらたな機能として,多価不飽和脂肪酸であるドコサヘキサエン酸の合成やグリコシルホスファチジルイノシトールの合成を担うことなどあらたな展開も注目される.本稿では,これまでに明らかとなったペルオキシソームの代謝機能について概説する. -
膜脂質輸送にかかわるABC蛋白質
248巻13号(2014);View Description Hide DescriptionABC 蛋白質はATP 依存トランスポーターファミリーであり,その代表格であるMDR1 は脂溶性抗癌剤や生体異物を細胞外へ排出する.ヒト染色体上にはMDR1 と相同性をもつ48 のABC 蛋白質遺伝子がコードされており,そのうちの多くがリン脂質やコレステロールなどの膜脂質の輸送にかかわっていることが遺伝病の解析などから明らかになった.たとえば,ABCA1 はホスファチジルコリンとコレステロールを細胞外へ排出し,善玉コレステロールとして知られるHDL を形成する.また,ABCB4 はホスファチジルコリンを胆汁中へ排出する.これらのABC 蛋白質の作用メカニズムとして,基質を脂質二重層の内層から外層へ移動させるフロッパーゼ様活性なのか,基質を細胞外へ直接排出するエクスポーターなのか議論が分かれている.本稿では,ABC 蛋白質の生理的重要性と輸送メカニズムを紹介する. -
ミトコンドリアにおけるリン脂質の生合成
248巻13号(2014);View Description Hide Description哺乳動物と出芽酵母のミトコンドリアは,リン脂質ホスファチジルエタノールアミンとカルジオリピンを生合成する酵素群を有しており,これらリン脂質のミトコンドリアにおける生合成は,ミトコンドリアの形成と機能維持に必須である.また,カルジオリピンの生合成やアシル基置換の異常は,ミトコンドリア病やBirthsyndrome などのミトコンドリア関連疾病に関与している.ごく最近,ミトコンドリアのリン脂質代謝酵素やリン脂質輸送因子があらたに発見され,現在,ミトコンドリアにおけるリン脂質生合成は,その生物学的あるいは生理的役割を再検討すべき時期となっている.本稿では,出芽酵母Sacharomyces cerevisiae を中心に,ミトコンドリアにおけるリン脂質の生合成に関連した最新の話題・知見を紹介する. -
上皮細胞の極性形成とリン脂質
248巻13号(2014);View Description Hide Description上皮細胞はアピカル膜とバソラテラル膜とよばれる機能の異なる細胞膜ドメインを恒常的に維持しており,これを上皮細胞の極性とよぶ.上皮細胞における細胞極性の破たんは癌などの病態につながることが知られている.アピカル膜とバソラテラル膜では,細胞膜の構成要素である膜蛋白質や脂質が異なり,非対称な分布を示す.近年,膜蛋白質の解析から,非対称な分布を示す膜蛋白質のなかには細胞極性の形成や維持にかかわるものが明らかになってきた.一方で,脂質の非対称な分布に関しては,長年研究の対象となってきたが,その意義についてはほとんど明らかになっていない.本稿では,上皮細胞の極性形成におけるリン脂質の役割について,著者の研究も併せて,最近の知見を紹介する. - 脂肪毒性・アディポサイト
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慢性炎症と脂肪毒性
248巻13号(2014);View Description Hide Description脂質の細胞障害性に注目する脂肪毒性は,おもに脂質が細胞を直接障害する観点から研究が進められてきた.このような脂質の直接作用に加えて,in vivo では炎症が脂肪毒性に寄与する.たとえば,膵β細胞がパルミチン酸を認識することにはじまるプロセスは,膵Langerhans 島に炎症を引き起こし,その結果として膵β細胞機能を障害する.最近,慢性炎症が生活習慣病と癌に共通した基盤病態として注目されているが,脂肪毒性はとくに肥満において,炎症の拡大・進展に寄与している可能性がある. -
飽和脂肪酸と小胞体ストレス応答
248巻13号(2014);View Description Hide Description小胞体ストレス応答は小胞体内腔に異常蛋白質が蓄積することで活性化し,小胞体内の蛋白質恒常性維持に重要な生体応答である.一方で,その過度な活性化はアポトーシスや炎症・ストレスシグナルを惹起し,さまざまな病態にかかわることが知られている.近年,肥満や糖尿病などの代謝性疾患において小胞体ストレス応答が活性化していることが示されており,インスリン抵抗性やβ細胞の機能不全の原因のひとつとして考えられている.また代謝性疾患における小胞体ストレス活性化の分子機構として,飽和脂肪酸による小胞体ストレス応答の活性化が示唆されている.最近,飽和脂肪酸による小胞体ストレス応答の活性化に“膜脂質の飽和化”がかかわることが明らかとなってきており,膜脂質の飽和化による小胞体ストレス応答の活性化機構が注目されている. -
脂肪酸合成の量的制御と臓器脂肪酸組成の質的制御―SREBP-1cとElovl6
248巻13号(2014);View Description Hide Description動物は丘にあがったときから,エネルギーを脂質という形で蓄積するシステムを飢餓からの生き残り戦略として,臓器脂質や脂肪細胞の機能として進化させてきた.脂肪酸合成系は転写因子SREBP-1c により量的に制御されている.メタボリックシンドローム病態で代表されるように,エネルギー過多では 肝をはじめとするさまざまな臓器でSREBP-1c が活性化して,脂肪酸トリグリセリドの蓄積とともにさまざまな脂肪毒性病態に関与する.一方,SREBP-1 の標的遺伝子と見出された脂肪酸伸長酵素Elovl6 は,鎖長という視点からみた臓器長鎖脂肪酸の組成を調節している.Elovl6 KO マウスの解析から,インスリン抵抗性,分泌不全,動脈硬化,非アルコール性脂肪肝炎,肺線維症など従来から肥満や脂肪蓄積病態が原因とされていた代謝性病態に,臓器脂質の量だけでなく質的管理という新しい理念や治療の視点を与えてくれる. -
脂肪滴の機能とその調節―脂肪滴結合蛋白質を中心に
248巻13号(2014);View Description Hide Description脂肪滴は内部にトリグリセリド(TG)などの中性脂質を貯蔵し,周囲をリン脂質一重層によって囲まれた細胞小器官である.脂肪滴の性質は表面に結合しているペリリピン(Plin)ファミリーなどの蛋白質によって規定されていると考えられる.脂肪細胞の脂肪滴は生体のエネルギー需要に応じてTG の蓄積と分解を切り替えるが,これは脂肪滴表面におけるPlin1 と細胞内リパーゼ,およびリパーゼ活性化因子CGI-58 の間の相互作用が蛋白質のリン酸化に応じて変化することによっている.一方,脂肪細胞以外では最近,心臓の脂肪滴が脂肪酸をTG の形で隔離することにより,ミトコンドリアでの脂肪酸酸化を制御し,それによって心臓を酸化ストレスによる傷害から保護していることが明らかになった.脂肪滴結合蛋白質や細胞内リパーゼの遺伝的異常による疾患も解明されつつある.脂肪滴研究の成果は,肥満やそれに関連する代謝疾患の理解に寄与するものと期待される. - メタボロミクス
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炎症を制御する脂肪酸代謝物の包括的メタボロミクス
248巻13号(2014);View Description Hide Description多価不飽和脂肪酸の多くは酵素的な酸化反応によって生理活性を獲得し,内因性のメディエーターとして機能している.アラキドン酸からはプロスタグランジンやロイコトリエンなどが産生され,とくに炎症の初期過程において中心的役割を果たしている.一方,エイコサペンタエン酸(EPA)やドコサヘキサエン酸(DHA)などのn-3 系脂肪酸には,抗炎症作用や心血管保護作用があることが知られ,近年n-3 系脂肪酸由来の抗炎症性代謝物(レゾルビン,プロテクチン)の存在が明らかになった.これら炎症を正や負に制御する脂肪酸代謝物が,生体内でどのような質的・量的バランスで存在するのかを包括的にとらえるためのメタボローム解析系について紹介する. -
脂質メタボロミクス―リピドミクス
248巻13号(2014);View Description Hide Descriptionメタボロミクスとは代謝物全体の包括的解析を表す言葉であり,脂質を解析対象とした場合はリピドミクスともよばれている.メタボロミクスにおいてはその包括的分析を具体的に行う目的で質量分析法がよく用いられる.脂質はその脂溶性という性質から,質量分析においてもっとも測定の障害となる不揮発性の塩類などを溶媒抽出などにより容易に分離することが可能なため,質量分析による測定対象として非常に適していることがわかってきている.また,質量分析においては正確な分子量が測定できるため,多様な脂質分子種のレベルにおける正確な同定が可能である.脂肪酸鎖長や不飽和結合の数などを含んだ脂質分子種レベルでの正確な質的・量的な組織分布がわかりつつある.また,これらが遺伝子変異や病態により変化することが明らかになることにより,個々の脂質分子種の生理的役割やそれにかかわっている脂質合成・分解系の制御機構の詳細がつぎつぎと明らかになってきている. - 脂質の生物生産
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食事性脂質の腸内細菌代謝と代謝産物の生理機能
248巻13号(2014);View Description Hide Description著者らは,食事性脂質に由来する不飽和脂肪酸が腸内細菌により飽和化されることを見出した.あらたに見出されたこの飽和化代謝系の解析を通して,水酸化脂肪酸,オキソ脂肪酸,部分飽和脂肪酸(非メチレン型不飽和脂肪酸),共役脂肪酸を代謝中間体として同定し,これらの脂肪酸の宿主組織における存在の確認,ならびに生理機能の評価を試みた結果,腸内細菌に依存してこれらの代謝産物が宿主組織に存在すること,初期代謝産物である水酸化脂肪酸が腸管上皮バリアの損傷を回復する機能を有すること,さらには水酸化脂肪酸,オキソ脂肪酸が核内受容体LXR の制御を介して脂肪酸合成を抑制することも見出した.すなわち,腸内細菌の脂肪酸代謝に依存して腸管内に特異的に生成する脂肪酸分子種が,宿主であるヒトの健康に何らかの影響を与えている可能性が示された.これらの知見は,食事性脂質における脂肪酸組成制御と腸内細菌による腸管内脂肪酸代謝を介した健康増進の可能性を示している. -
長鎖多価不飽和脂肪酸エイコサペンタエン酸の生理機能
248巻13号(2014);View Description Hide Descriptionエイコサペンタエン酸(EPA)は非共役の二重結合を5 つもつ炭素鎖長20 のω3 系多価不飽和脂肪酸である.EPA は脂質メディエーター前駆体として機能するほか,リン脂質のアシル鎖として生体膜の物理化学的性質に影響を及ぼしたり,膜蛋白質との相互作用を介して機能を発揮すると考えられている.EPA 生産性細菌を用いた解析から,EPA 含有リン脂質に膜蛋白質のフォールディングを促進するケミカルシャペロンとしての機能があることや,細胞分裂を促進する機能があることが見出された.また,螢光リン脂質プローブを用いた解析から,EPA 含有リン脂質が細菌細胞分裂部位にマイクロドメインを形成することが示唆され,分裂部位における高曲率の膜の形成や,細胞分裂関連蛋白質の機能発現に寄与する可能性が考えられる.
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