医学のあゆみ
Volume 249, Issue 5, 2014
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【5月第1土曜特集】 創刊3000号記念 医学・医療のいまがわかるキーワード2014
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- 生化学・分子生物学
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G 蛋白質共役受容体(GPCR)
249巻5号(2014);View Description Hide DescriptionG 蛋白質共役受容体(G protein-coupled receptor:GPCR)は,細胞-細胞間コミュニケーションのキーとなる分子である.無数の生理的作用に関与し,認知,情動,感覚(視覚,嗅覚,味覚),代謝内分泌,心血管調節,免疫などにおいて重要な役割を果たしている.GPCR には約1,000 の遺伝子が属し,ゲノム上最大のファミリーを形成している.ヒトの個体を形成するそれぞれの細胞は進化の過程でそれぞれ数十のGPCR を発現することで,必要な外界の情報を受容し,それに対応した応答を可能にしている.ある意味当然のことながら,GPCR の分子異常は内分泌疾患から癌まで幅広い疾患群の原因となり,また,いままでに人類が手にしてきた薬剤の約40%はGPCR を標的とすることからも明らかなように,創薬上重要な分子群である. このような著しい多様性の一方で,GPCR の7 回細胞膜貫通構造,GPCR によるG 蛋白質の活性化機構はyeast のフェロモン作用からヒトの高次機能に至るまで,進化上完全に保存されている.2012 年のGPCR 研究のノーベル賞受賞の決め手となった構造解析の成功はその分子機構の詳細をわれわれに視覚的に開示することとなった. -
G 蛋白質共役型受容体キナーゼ(GRK)
249巻5号(2014);View Description Hide DescriptionG 蛋白質共役型受容体(GPCR)を刺激し続けると,アゴニストが存在しているにもかかわらず,応答はやがて減弱していく.この現象は脱感作とよばれ,過剰な応答を生じさせない生体の防御機構と考えられている.脱感作はアゴニストの結合したGPCR がG 蛋白質共役型受容体キナーゼ(GRK)によりリン酸化され,それに続くβアレスチンの結合により引き起こされる.βアレスチンはインターナリゼーションの促進やG 蛋白質との相互作用を阻害し,GPCR によるG 蛋白質の活性化を阻害する.GRK によるGPCR の脱感作は,心不全,喘息あるいはパーキンソン病などで重要な役割を果たしている.しかし,GRK がGPCR の脱感作以外の細胞応答を仲介していることが明らかになってきた.一つはβアレスチンを介した応答への関与である.βアレスチンは,リン酸化されたGPCR に結合する際,スカホールド蛋白質として機能し,細胞応答も引き起こすことができる(図1).βアレスチンを介した応答はG 蛋白質とは独立して生じ,持続した応答である場合が多い.もう一つは,GRK が直接応答に関与する場合である. -
嗅覚受容体
249巻5号(2014);View Description Hide Description五感のうち,味覚と嗅覚は化学感覚ともよばれる.化学感覚は匂い・味・フェロモンなどの化学物質を7 回膜貫通型のG 蛋白質共役型受容体(G protein-coupledreceptor:GPCR)が認識することではじまる.匂い分子は嗅上皮の嗅細胞に発現するGPCR である嗅覚受容体で受容される(図1).そして,G 蛋白質の活性化,アデニル酸シクラーゼの活性化によるcAMP(cAMP)の産生,cAMP による環状ヌクレオチド作動性チャネルの活性化が連続して起こり,嗅細胞内にNa+やCa2+が流入することで細胞膜の脱分極が生じる.このようにして匂いの化学信号は電気信号に変換され,嗅球そして脳へと伝わり情報処理される. -
GSK-3β
249巻5号(2014);View Description Hide DescriptionGSK-3β(グリコーゲン合成酵素キナーゼ-3β)はグリコーゲン合成酵素を抑制する酵素として発見されたが,いまでは細胞・組織の分化,増殖,炎症など,基本的な生体反応の多くにかかわることが知られている.アイソザイムにGSK-3αがあるが,相同性が高く,酵素としての性質はほとんど変わらない.ただし,GSK-3α- / -マウスは繁殖できるが,GSK-3β- / -マウスは胎性致死なので,組織分布や生理的役割は異なる可能性がある. GSK-3βの活性は一般に静止細胞で高く,インスリンや増殖因子,サイトカインなどの刺激を受けるとAkt などを介してSer9 がリン酸化され,不活性化される.基質となる蛋白質はグリコーゲン合成酵素以外に,タウ蛋白,アミロイド前駆体蛋白,β-カテニン,サイクリンD1,NFAT,c-Jun,CREB など数多い. 基質が多いので,GSK-3β活性を変化させる薬物はさまざまな疾患に利用できる可能性がある(副作用を克服する必要はあるが).実際,気分障害の治療に用いられてきたリチウム塩はGSK-3β阻害が作用機序のひとつと考えられている.最近では選択性の高い阻害薬が多数合成されている1).一方,GSK-3βを直接活性化する薬物はないが,間接的に活性を高める薬物は存在する. 以下,GSK-3βを標的とする薬物治療に期待がかかるおもな疾患を紹介する. -
サーチュイン
249巻5号(2014);View Description Hide Descriptionサーチュイン(sirtuins)は出芽酵母のSIR2(silentinformation regulator 2)を代表格とするNAD+(nicotinamideadenine dinucleotide)依存性蛋白脱アセチル/アシル化酵素活性,またADP リボース転移酵素活性を有する蛋白質ファミリーの総称である.SIR2 遺伝子は1979 年に出芽酵母の接合型の制御にかかわる遺伝子のひとつとして同定されたが,その後2000年になって出芽酵母SIR2 とその哺乳類オルソログであるSIRT1 がNAD+依存性蛋白脱アセチル化酵素という,それまで前例のないユニークな酵素であることが明らかにされ,現在のサーチュイン生物学の礎を築いた1).サーチュインは生体のエネルギー代謝にとって必須のNAD+をニコチンアミドとADP リボースに分解するとともに,アセチル/アシル化された蛋白質からそれらの基を取り去る脱アセチル/アシル化反応を行う.この反応をつかさどる“コアドメイン”は保存されており,サーチュインに属する蛋白は細菌からヒトに至るまでほぼすべての生物種に認められる.多岐にわたる生物学的過程の制御に携わっているが,基本的に栄養の変化やさまざまな環境刺激に応答して生物の生存を保証する役割を担っている.とくに,進化的に保存された老化・寿命の制御因子として大きな注目を集めている.また,ヒストン脱アセチル化酵素(histone deacetylases:HDACs)のクラスⅢに分類されている. -
時計遺伝子
249巻5号(2014);View Description Hide Description約24 時間周期の生理機能の変動をサーカディアンリズム(概日リズム)というが,時計遺伝子はこのリズムの形成維持に必須の遺伝子群で,その多くはショウジョウバエからマウス,ヒトに至るまで,よく保存されている1).重要なことは,このリズムを産生する機構は身体を構成する個々の細胞に存在し,細胞の基本代謝と深く結びついていることである.一方,個体として多数の細胞リズムを統合する中枢があり,哺乳類では視床下部の視交叉上核に存在する. -
ユビキチン
249巻5号(2014);View Description Hide Descriptionユビキチンは76 個のアミノ酸からなる小さな蛋白質であり,長短2 個のαヘリックス構造と5 個のβシート構造がββαββαβの順に配位した二次構造をもっている.この蛋白質は進化的保存性が高く,そのアミノ酸配列はすべての真核生物でほとんど同じである.ユビキチンは活性化酵素(E1:2 種)・結合酵素(E2:約20 種)・リガーゼ(E3:約500 種)から構成された複合酵素系(ユビキチンシステム)によって標的蛋白質に共有結合(ユビキチンのC 末端のカルボキシル基と蛋白質中のリジン残基のε-アミノ基が縮合したイソペプチド結合)する翻訳後修飾分子である.蛋白質に結合したユビキチン内の(主として48 番目の)リジン残基と新しいユビキチン分子内のC 末端のグリシンの間でイソペプチド結合ができ,さらにユビキチン分子間での縮合反応を繰り返すことによって多数のユビキチン分子が鎖状に伸長したポリユビキチン鎖が形成される.生じたポリユビキチン鎖は細胞内の蛋白質分解装置であるプロテアソーム(巨大で複雑なATP 依存性の蛋白質分解酵素複合体)に輸送するためのシグナルとして機能する.現在では,ユビキチン分子内にある7 個のリジン残基からあるいはN 末端のαアミノ基から直鎖型のユビキチンポリマー(ポリユビキチン鎖)が伸長することや,分岐鎖・混合鎖ポリマーの存在も示唆されている.さらに,(単一や複数の)モノユビキチン化修飾も存在する(図1).これらのユビキチン化は蛋白質分解のほか,DNA 修復,細胞内輸送,シグナル伝達の仲介など多彩な生理機能を担っていることが知られている. -
オートファジー
249巻5号(2014);View Description Hide Descriptionオートファジーは酵母からヒトまで,真核生物において広く保存された細胞内分解系である.近年,オートファジーが各種疾患(発癌・神経変性・心不全・糖尿病・炎症など)の抑制,病原体排除,自然および獲得免疫の制御,発生・分化,寿命延長,などのさまざまな生理機能をもつことが判明し,注目を集めている.しかし,オートファジー必須遺伝子群であるAtg 遺伝子群の同定が1990 年代(現・東工大の大隅教授らによる)と比較的最近であることから,いまだオートファジーの分子メカニズムには不明な部分が多く,このことはオートファジーを臨床医学のターゲットとする際の障壁にもなっている. オートファジーの特徴は“オートファゴソーム”とよばれる直径0.5~1.5μm の膜小胞が細胞内に突如現れることである.栄養飢餓や細菌感染などの刺激によりオートファジーが誘導されると,“隔離膜”とよばれる,おわん型の二重膜構造が細胞内に形成される(図1).隔離膜は5~10 分という短時間で伸長,閉鎖し,二重膜小胞(オートファゴソーム)になる.その後オートファゴソームがリソソームと融合することで,中身の細胞質成分が分解される.このように,オートファジーは膜構造の変化を介した大規模な分解系である.この点はもうひとつの細胞内分解系であるユビキチン-プロテアソーム系がユビキチン化された蛋白質を個別に分解することと対照的である. -
小胞体ストレス
249巻5号(2014);View Description Hide Description小胞体は,分泌型蛋白質の合成,ステロイド合成,カルシウム貯蔵,酸化還元状態の調節,細胞内シグナリングに重要な細胞内小器官である.小胞体における恒常性の乱れは分泌型蛋白質の合成(たとえばインスリン)を妨げることになり,異常な蛋白質が小胞体に蓄積することになる.これは小胞体ストレスとよばれている1).小胞体ストレスはさまざまな要因によって引き起こされるが,大きく2 つに分けることができる.①低酸素や低栄養状態,持続的な高脂血症,高血糖,老化によって小胞体の機能が低下すること,②遺伝子異常による異常蛋白質の合成,またはウイルス感染や蛋白合成の異常な活性化によって小胞体の有する機能を超える量の蛋白質が小胞体内に送りこまれること,の2 つである. 小胞体ストレス状態が長く続くことがあれば,人びとが異常な蛋白質の凝集によって引き起こされる疾患,たとえば神経変性疾患などにかかる可能性が高くなることは容易に想像できる.そのため,小胞体は蛋白合成の重要なステップであるフォールディングを行うシステムを有するとともに,フォールディングの異常を監視し,異常蛋白質を取り除くシステムもあわせもっている.この小胞体ストレスに適応するシステムは“Unfolded ProteinResponse(UPR)”または“小胞体ストレス応答”とよばれている.小胞体ストレス応答は細胞内蛋白質の“質と量”を保つという重要な役割を果たしている.近年,この細胞内シグナリングがアポトーシス促進分子とアポトーシス阻害分子の発現,そして炎症を直接制御している点に注目が集まっている.なぜならば,小胞体ストレスによってアポトーシス促進分子の作用が強い状態が続くこと,また炎症が続くことはさまざまな疾患を引き起こす可能性があるからである. -
バイオイメージング
249巻5号(2014);View Description Hide Descriptionバイオイメージングを字義どおりとると,電子顕微鏡法やPET など生物試料を画像化する技術すべてを含むが,近年では光を使った生物試料の画像化技術をさすことが多い.とくに2008年の緑色螢光タンパク質(GFP)に対するノーベル賞の授与以降,螢光や化学発光に基づく生物試料イメージング技術の総称としてバイオイメージングという言葉が使われている. -
メタボローム(メタボロミクス)
249巻5号(2014);View Description Hide Description種々の生体試料(体液,臓器,培養細胞など)中に含まれる低分子代謝産物の総体をメタボロームといい,これらを網羅的に測定しようとする方法論はメタボロミクス(メタボローム解析)とよばれている. ヒトの代謝産物の総数は約3,000 種類程度と見積もられており,これらの代謝物を網羅的に定性,定量解析する手法としては核磁気共鳴(NMR)を用いたものや,ガスクロマトグラフィ-質量分析法(GC-MS),液体クロマトグラフィ-質量分析法(LC-MS),キャピラリー電気泳動-質量分析法(CE-MS)といった分離分析装置に質量分析計を接続したものが汎用されている.一方,これらの分析装置が対象とする代謝物はそれぞれ相補的であるため,近年ではメタボロミクスの網羅性を向上させるために,ひとつのサンプルに対し複数の分析装置を用いて測定を行い,それらの結果を合わせることで網羅性を向上させる取組みもなされている. 医学分野においては,各種の疾患やがんの発症,進行の機序解明,早期診断や予後予測に関するバイオマーカー探索,創薬開発のための薬効や副作用を予測するマーカー探索などにメタボロミクスが用いられはじめている. - 遺伝・ゲノム・DNA・RNA
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ゲノムワイド関連解析(GWAS)
249巻5号(2014);View Description Hide Descriptionゲノムワイド関連解析(genome-wide associationstudy:GWAS)は,ヒトゲノム約30 億個の配列のほぼすべてをカバーするように多様性マーカー〔ほとんどがSNP(single-nucleotide polymorphism)〕を設定し,それを用いて形質に関連するマーカーを統計的に検索する研究である. GWAS は2002 年に理化学研究所,および東京大学の中村祐輔氏のグループによりはじめられた手法である1,2).HapMap のデータ解析を通じ,ハプロタイプ構造を考慮した世界標準に近い形が2005 年ごろより整えられはじめ,2007 年ごろに標準ツールなどもほぼ完成した. -
次世代シークエンサー
249巻5号(2014);View Description Hide Descriptionここ数年,ヒトの全ゲノムあるいは全エキソーム解析(後述)から疾患関連遺伝子を同定,あるいは診断に応用しようという試みが急速に加速している.アメリカのデータベースには種々の遺伝的疾患解析を志向して,5 万人を超えるヒトエキソームが格納されている.国内でも日本人ゲノムの標準多型のカタログ化をめざして東北メガバンクで日本人ゲノム1,000 人のカタログ化を終了した(http://www.megabank.tohoku.ac.jp/).とくにがんゲノム解析では昨年,国際がんゲノムコンソーシアム(ICGC:https://www.icgc.org/)およびアメリカがんゲノムアトラス(TCGA:http://cancergenome.nih.gov/)が種々のがん種について総計1 万症例の体細胞突然変異のデータ解析を報告している.収集されたデータの一般公開も進み,NextBio(http://www.nextbio.com/b/nextbioCorp.nb)などの商用データベースでも一部無償でのデータの供与,検索が可能になっている.一方で圧倒的なシークエンス産生能を背景に,シトシンにメチル化を受けた部位,あるいは特定の修飾を受けたヒストンおよび種々のDNA 結合蛋白質に結合するゲノム部位を解析する,いわゆるエピゲノム解析,あるいはRNA の配列を網羅的に解析することで遺伝子発現情報を取得するトランスクリプトーム解析も広く行われ,ゲノム変異がもたらす生物学的な機能意義の同定に向けて多くの試みがはじめられている(http://crest-ihec.jp/).以下にそのすべての試みの根幹をなす,メーカー各社の次世代シークエンサーについて最新機種の性能とその主たる応用途を列挙する. -
エキソームシーケンス
249巻5号(2014);View Description Hide Description次世代シークエンサーを用いたエキソームシーケンス(exome sequencing)とは,ゲノム中の全遺伝子の蛋白質コード領域を対象とする領域の塩基配列決定法であり,全エキソームシーケンス(whole exome sequencing:WES)ともよばれる.WES によりMendel 遺伝性疾患の責任遺伝子解明が進んでいる.全ゲノムを解析対象とする場合は,全ゲノムシーケンス(whole genomesequencing:WGS)とよばれる. -
全ゲノムシークエンス
249巻5号(2014);View Description Hide Descriptionすべての生物にとってゲノムは生命現象の出発点であり,ゲノム配列の決定は生命科学にとってきわめて重要な基盤となる.そのため,モデル生物を中心にさまざまな生物種のゲノムがシークエンスされてきた.全ゲノムシークエンスはゲノムが決められていない生物を対象とする新規ゲノムのシークエンスと,おもに同1 種内の遺伝的違い(遺伝的多様性)を調査するためのゲノムの再解読(re-sequencing)に大別される. ヒトでは国際コンソーシアムにより2003 年に全ゲノムシークエンスが決定された.その後,超並列シークエンサー(鈴木「次世代シークエンサー」の項参照)の著しい発展により低コストでゲノムシークエンスが可能となり,ヒト個体間の遺伝的多様性の調査や変異の検出を目的としたゲノムの再解読が行われている.現在の超並列シークエンサーの読み取り長は数百塩基程度であり,直接全ゲノム配列を決定することはできない.そのため,シークエンサーが産出した膨大なゲノム断片配列を解析することによりゲノム配列の再構築が行われる.ゲノム配列の再構築には既知の標準ゲノム配列上に並べる方法(マッピング)と,標準ゲノム配列を用いずゲノム断片配列を重ね合わせることにより配列の再構築を行うdenovo アセンブリ法がある.ヒトでは精度の高い標準ゲノム配列が公開されているため,マッピングに基づいた解析が主流である.解析により一塩基多様性(single nucleotidevariation:SNV),塩基配列の挿入・欠失,コピー数多様性(copy number variation:CNV),リアレンジメント(逆位・転座)が検出され,包括的な遺伝的多様性データを得ることができる. -
1000 人ゲノムプロジェクト
249巻5号(2014);View Description Hide Description2003 年にヒトゲノム計画が完了し,現在までに約10 年が経過した.その間,各国のナショナルセンターを中心としてゲノムDNA 配列の多様性(1~数塩基の置換・挿入・欠失や,数百~数万塩基の逆位・転座・重複・欠失などの個人間の違い)に関する数多くの知見が得られた. まず,DNA チップを用いた遺伝子型タイピング技術の進歩により,ゲノム全域にわたり疾患感受性と関連する遺伝子多型を探索する遺伝統計学的手法であるゲノムワイド関連解析(GWAS)が世界中で実施された.その結果,さまざまな疾患や形質を対象として多くの疾患感受性遺伝子領域が同定された.さらに,1 回のランで数億塩基対もの塩基配列情報を得ることができる次世代シークエンサー(NGS)の開発に伴い,個人を対象とした全ゲノムDNA 配列のシークエンシングが可能となったため,個人間・集団間のゲノムDNA 配列の違いや遺伝病の原因遺伝子変異が明らかになりつつある. 一方,これらの大規模な網羅的全ゲノムDNA 解析技術によって得られる情報量は,指数関数的に増加の一途をたどっている.一般の研究者が効率的かつ自由にそれらの情報を活用するために,遺伝子変異情報や臨床情報などを整理・体系化して俯瞰可能にする公的な“ヒトゲノム変異データベース”の必要性が高まっている.現在までに,ヒトゲノムの多様性に関するいくつかのデータベースが構築されており,以下にその代表例を示す. -
ヒト常在菌叢のメタゲノム解析
249巻5号(2014);View Description Hide Description人体には約1,000 種の細菌(常在菌)が数百兆個生息している.常在菌の住処は口腔,皮膚,消化器系,泌尿器系など全身にわたり,それぞれの部位には固有の細菌集団(常在菌叢)が形成されている.この5~6 年間に,培養に頼らないメタゲノム解析法の開発,網羅的な解析を可能にした次世代シークエンサー(NGS)の著しい進歩,国際コンソーシアムの始動などにより,大量データに基づいた包括的なヒト常在菌叢研究が大きく進展した. -
エピゲノム解析法
249巻5号(2014);View Description Hide Descriptionゲノム配列に格納された生命情報の読み出しを制御するのがエピゲノム標識であり,制御する因子として書き込み(メチル化酵素など),消去(脱メチル化酵素など),読み取り(結合蛋白)の役割をする蛋白群やリモデリング因子,それらを特定のゲノム領域へ動員する転写因子によって細胞ごとに異なるエピゲノム模様が形成される.次世代シーケンサーを用いた解析手法を概説する. -
エピジェネティクス
249巻5号(2014);View Description Hide Descriptionエピジェネティック異常(とくにDNA メチル化異常)によるがん抑制遺伝子の不活化が証明され,がん化の原因となりうることが示されたのが1990 年代半ばである.以来,がんにおけるエピジェネティクスはめざましい発展を遂げ,つい最近ではエピジェネティック異常のみで腫瘍が発生しうることも示された.エピジェネティック異常には突然変異や遺伝子発現(mRNA や蛋白質発現)異常と比べて異なる特徴があり1),これらを活用してがんの診断・治療への応用が行われている. -
マイクロRNA
249巻5号(2014);View Description Hide Description1993 年にV. Ambros らによって発見されたマイクロRNA(miRNA)は,近年,生命にとって必須の分子であることがわかってきた.miRNA の生合成経路はまずDNA から一次転写産物として転写され,核内でプロセッシングを受ける.その後,Exportin-5 によって核外へ運ばれ,Dicer により22 塩基程度の成熟miRNA が切り出される.この成熟miRNA はAgo2 などの蛋白質と複合体を形成し,mRNA の3'非翻訳領域と相補的に結合する.その結果,蛋白質への翻訳阻害やmRNA 自体を分解へ導くことにより転写後調節を行っている(図1).miRNA は個体の発生・細胞の分化・機能維持に働いている.しかし,この発現バランスが崩壊するとさまざまな疾患の原因となる.たとえば,miR-21 はがん抑制遺伝子であるPTEN やPDCD4 の翻訳抑制を行う.一方,乳がんや大腸がんでは高発現することで腫瘍増殖に関与している.このように,がん細胞内での発現バランスの変化は発がんと密接な関係が明らかとなっている. -
RNA 干渉(RNAi)
249巻5号(2014);View Description Hide DescriptionRNA 干渉(RNAi)は小さな二本鎖RNA(dsRNA)によって誘導される配列特異的な遺伝子発現の転写後抑制である.1998 年,RNAi は線虫でみつかり1),その後,ショウジョウバエ,植物そしてヒトを含めた哺乳動物にも存在することが明らかになった.RNAi の抑制対象は,遺伝子転写産物,メッセンジャーRNA(mRNA)である. そのユニークな抑制機序はつぎのとおりである2).まず,Dicer とよばれるRNase Ⅲ酵素が細胞質内に生じたdsRNA を19~23 塩基対(bp)の小さな断片に切断する.切断した断片をsmall interfering RNA(siRNA)二量体とよび,そのsiRNA 二量体はArgonaute 2(Ago2)蛋白質を主要とするRNA-induced silencing complex(RISC)とよばれる複合体に取り込まれる.その後,片方のsiRNA 鎖(パッセンジャーsiRNA)はAgo2 によって切断・分解され,残ったsiRNA 鎖(ガイドsiRNA)はAgo2 に保持される.ガイドsiRNA はシード領域(5′末端から2~8 番目の塩基配列)とよばれる部分でターゲットmRNA を識別し,対合する.そして残りの部分も対合した後,ターゲットmRNA はAgo2 によって切断される. -
遺伝子診断(検査)
249巻5号(2014);View Description Hide Description遺伝子診断(検査)が利用されるのは,染色体異常症や先天代謝異常などの小児科領域,あるいはきわめてまれで重篤な遺伝疾患に限られる傾向があった.しかし,ヒトゲノム解析研究の爆発的進展により数多くの疾患の発症に関連する遺伝子が単離され,種々の遺伝学的検査が可能になってきた. 2014 年1 月現在,遺伝学的検査としてわが国の保険診療で実施可能なものは,染色体検査を除けば,筋ジストロフィー,神経変性疾患,先天性難聴,およびまれな先天代謝異常症などの35疾患にすぎないが,国際的にみれば,商業ベースで実施可能な遺伝学的検査は3,000 種類以上にのぼる(GeneTests. http://www.genetests.org). - 免疫
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ヘルパーT 細胞分画(Th1/Th2/Th17/Th9/pTreg/Tfh)
249巻5号(2014);View Description Hide DescriptionCD4 陽性T 細胞は獲得免疫反応の中心的な役割を果たす細胞で,B 細胞に作用して抗体産生を誘導(ヘルプ)する.また,CD8 陽性T 細胞やマクロファージを活性化する.抗原認識後に産生するサイトカインの種類によっていくつかのサブセットに分けることができ,それぞれのサブセットに対応する病原微生物の種類や炎症病態が違うことが明らかになった. -
制御性T 細胞
249巻5号(2014);View Description Hide Description制御性T 細胞(regulatory T cell:Treg)は免疫抑制機能に特化し,CD25 および転写因子Foxp3 の構成的発現を特徴とするCD4+T 細胞集団である.その大部分は正常胸腺で産生され,末梢CD4+T 細胞の約10%を占める.これらはthymic Treg(tTreg)ともよばれ,末梢で産生される一部のTreg(peripheral Treg:pTreg)と合わせてnatural Treg(nTreg)と総称される.また,広義には試験管内で誘導されるTGF-β 誘導性Foxp3+inducible Treg(iTreg)やFoxp3-IL-10 産生Tr1 細胞といった他のT 細胞集団も制御性T 細胞に含む.nTreg の大部分を占めるtTreg は胸腺での産生時にすでに機能的に分化して抑制活性を獲得しており,Treg 特異的エピジェノム変化や,より自己反応性に偏ったTCR のレパートリーを有する点で特徴的である.Foxp3+Tregは,CTLA-4 依存的あるいはIL-10 依存的抑制機構,またIL-2 の吸収など,いくつかの抑制メカニズムを介して,さまざまな免疫細胞の増殖・活性化,エフェクター機能を抑制し,免疫自己寛容,生体の免疫恒常性維持に寄与している. -
自然免疫
249巻5号(2014);View Description Hide Description自然免疫の中心的な細胞であるマクロファージは,パターン認識受容体を介して感染をいち早く察知する.なかでも,Toll 様受容体(TLR)ファミリーはⅠ型蛋白質であり,バクテリアやウイルスなどの認識に重要である.TLR により病原体が認識されるとマクロファージは活性化し,感染に対応する.たとえば,TLR2 はTLR1 やTLR6 と協調的に働いてバクテリア固有のリポ蛋白質,TLR4 はグラム陰性菌の構成成分であるリポ多糖,TLR5 は細菌のfragellin,TLR3 はウイルス由来の二本鎖RNA,TLR7 は一本鎖RNA,TLR9 は非メチル化CpGDNA を認識する.その結果,下流のシグナル伝達分子が活性化され,転写因子であるNF-κB やIRF などの転写因子が核移行し,炎症性サイトカインやⅠ型インターフェロンの産生を惹起する1). これらのメディエーターに加えて,TLR シグナル伝達経路の活性化によりさまざまな遺伝子が誘導される.たとえば,IκBζはTLR の活性化によって早期に誘導される遺伝子のひとつであり,この分子は後期に発現するIL-6 の発現に関与している2).また,同様にRegnase-1もTLR の活性化によって発現誘導され,RNase 活性によりmRNA の安定性を制御していることが報告されている3).しかし,いまだTLR シグナル伝達経路の活性化の結果誘導される遺伝子の役割はわかっていないものが多い.そこで著者らは,これらの遺伝子に焦点を当てて研究を行った結果,エピジェネティックな遺伝子制御を担う遺伝子であるJmjd3 を発見した. -
セマフォリン
249巻5号(2014);View Description Hide Descriptionセマフォリンは,1990 年代の初頭に神経発生の研究領域で同定された分子群である1).当初は発生過程での神経軸索の伸長方向を決める神経ガイダンス因子とされてきた.2000 年代に入りセマフォリンSema4D/CD100 の免疫系での役割が同定されたのを契機に2),その活性は神経のみならず,免疫調節,血管・脈管形成,癌の転移・浸潤,骨代謝調節,網膜恒常性維持などの多彩な作用を有していることが示されている2).また,セマフォリンがアレルギー疾患や自己免疫疾患などの免疫疾患,骨粗鬆症に代表される骨代謝疾患,神経変性疾患,網膜色素変性症,心臓の突然死,癌の転移・浸潤などの“ヒト疾患の鍵分子”であることも明らかになり,セマフォリンは疾患の診断・治療のあらたな分子標的と考えられている. -
粘膜免疫
249巻5号(2014);View Description Hide Description粘膜は皮膚の数百倍に相当する表面積を占め,人体最大の免疫システムを構築している.広大な粘膜面は外界に直接的に露出し,恒常的に抗原に曝されているため,免疫防御機構の確立が重要である.一方,腸管での吸収,肺でのガス交換,口腔・鼻腔での感覚器活動,子宮・膣での生殖などの生理機能を担うため,粘膜は高い透過性の維持や有益な抗原の保持・吸収を行わなければならない.このように粘膜免疫は“寛容”と“排除”という相反する応答を巧みに制御する必要があり,複雑かつユニークなシステムを形成している. -
骨免疫学
249巻5号(2014);View Description Hide Description“骨免疫学”とは,骨代謝と免疫系の相互作用に焦点を当てて生まれた新しい学問領域である.骨は生体を支える運動器官でありミネラル代謝器官でもあるが,免疫系は感染防御をつかさどるシステムであり,これらは機能的にまったく独立したシステムであるようにみえる.しかし,すべての免疫系細胞の起源である造血幹細胞は骨内部の骨髄微小環境で維持されている.そのうえ,骨代謝と免疫系において複数の細胞や分子が共有され,協調的に機能している1).骨免疫学的な視点は基礎科学におけるあらたな概念の創出につながるのみならず,新規治療薬の開発といった臨床応用においても重要性を増している. -
ヒト化マウス
249巻5号(2014);View Description Hide Description遺伝子組換えマウスはさまざまな遺伝子の生体内での恒常性維持・病態発症における役割を理解するうえで重要な位置づけにある.ヒト化マウスは,正確には“造血・免疫システムをヒト化したマウス”であり,マウスで得られた知見に加えてヒト細胞の生体内での分化・機能を理解し,あらたな医薬の創出に貢献する狙いをもって開発された.Scid-hu とよばれるシステムが1988 年に報告されて以来,さまざまな免疫不全マウスとヒト造血幹細胞の純化法・移植技術が開発され,現在ではヒト細胞の生着が骨髄・脾・リンパ節などで高いレベルで実現されるに至った.造血幹細胞から成熟した血液細胞の分化やヒト免疫細胞の機能に関する基礎的研究から疾患の理解と克服といった応用科学においてもヒト化マウスの活用がはじまった. - 薬理・創薬
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ファーマコゲノミクス
249巻5号(2014);View Description Hide Descriptionファーマコゲノミクス(pharmacogenomics:PGx,ゲノム薬理学)は,薬を意味する接頭辞pharmaco とgenomics からなる造語である.日米EU 医薬品規制調和国際会議(ICH)における合意(ICH E15 ガイドライン)に基づいて,厚生労働省はPGx を“薬物応答と関連するDNA およびRNA の特性の変異に関する研究”と定義している.ゲノム(遺伝)情報を用いることにより特定の患者における薬効や副作用などの薬物応答性に関連する遺伝因子を見出し,個人個人に合った薬剤を適切に使い分けることをめざす研究がPGx であり,そのために用いるゲノム情報はゲノムバイオマーカーとよばれる.遺伝子検査により個々の患者における薬物応答性を投与開始前に予測することができれば,PGx に基づく,より安全で適切な薬物治療の提供が可能となる.PGx において対象となる遺伝子検査は,体細胞遺伝子検査と遺伝学的検査(生殖細胞系列遺伝子検査)に分けられる. -
分子標的療法
249巻5号(2014);View Description Hide Description分子標的療法とは特定の分子を標的として開発された医薬品を用いた薬物療法を意味するが,とくに抗癌薬分野において殺細胞効果を指標に開発が進められた抗癌薬(ここでは“古典的”抗癌薬とよぶ)とは一線を画すため,よく用いられる言葉である.モノクローナル抗体,キナーゼ阻害剤,プロテアソーム阻害剤などが含まれる.“古典的”抗癌薬もDNA やチュブリン,トポイソメラーゼなど細胞周期関連分子を標的としていることは明らかであるが,創薬の段階から分子レベルの標的を定めている点が分子標的薬の特徴である. -
生物学的製剤
249巻5号(2014);View Description Hide Description1975 年にKöhler とMilstein によって開発されたモノクローナル抗体技術などの生物学的製剤は,癌,移植,自己免疫疾患などの治療に臨床応用され,高い臨床効果が注目を浴びている.生物学的製剤とは特定の標的分子制御を目的として自然界に存在する蛋白質からモノクローナル抗体技術や遺伝子組換え技術などにより生成されたバイオ医薬品で,以下の特徴を有する.①適切に使用すれば比較的安全である.②標的抗原が明確で,高い特異性と親和性を有し,高い効果が期待できる.③多様な抗原に対して多彩な作用機転を応用すれば,広い標的分子に応用できる.④遺伝子工学的手法によるため,工業生産や構造の改良,改変が容易である. モノクローナル抗体には,マウス抗体,マウス抗体の定常領域をヒト抗体で置換したヒト・マウスキメラ抗体(…ximab,例:インフリキシマブ),抗原との結合親和性に重要な相補性決定領域以外をヒト抗体で置換したヒト化抗(…zumab)体,ファージディスプレイ法やトランスジェニック動物を利用して生成したヒト型抗体(…mumab)があり,さらに新規生成法による次世代型抗体が開発されている.また,可変領域にポリエチレングリコールを抱合して生体内における安定性を高めたペグ化抗体,抗体に抗癌剤やアイソトープなどを結合させた抱合型抗体,可溶性受容体とヒト抗体定常領域を結合させた融合蛋白質などがある(…cept). -
ナノ医療
249巻5号(2014);View Description Hide Descriptionナノテクノロジーという言葉が人口に膾炙しはじめてから久しいが,これが広く知られるきっかけのひとつは2000 年1 月当時のアメリカクリントン大統領による“National Nano-technology Initiative 教書”であろう.ここでナノテクノロジーを応用した数々の目標,たとえば“連邦議会図書館の全蔵書のデータを角砂糖の大きさの記録媒体に収める”といった目標が高らかに掲げられた.なかでも医学・医療はナノテクノロジーのもっとも重要な応用分野のひとつと位置づけられた. 生命体を形づくるDNA,RNA,蛋白質などの物質は多くがナノメートルオーダーで構造や機能が制御されており,生命現象はこのナノスケールでのイベントである.したがって,医学・医療におけるナノテクノロジーの応用は本来必然であるといえる. - 再生医学
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ES 細胞
249巻5号(2014);View Description Hide Description哺乳類の発生は,たったひとつの細胞,受精卵からはじまる.ヒトでは受精後4~5日目に胚盤胞となり子宮に着床し個体へと発生する.胚盤胞は直径120~200μm の球状で,外側の胎盤となる栄養膜細胞となかの個体発生の元になる細胞集合(内細胞塊:ICM)からなる.ICM からは胎盤などの胚体外組織は発生しない.つまり胚盤胞は発生運命の最初の分岐点である.ES 細胞はこの多能性(Pluripotency)細胞の集団であるICM 細胞から樹立され,ICM の特性をもちつつ無限に増殖することのできる自己複製能を獲得した幹細胞である.ES 細胞は発生の流れのなかですこしわきにそれて増殖能を獲得しとどまっている状態と理解でき,その細胞特性はICMを反映したものであり,ES 細胞からの分化の過程は着床後の胚発生を模倣している.つまり発生に寄添った細胞である.最近,iPS 細胞など,あらたな細胞が作製されている.それらの性質を探るにはES 細胞の性質が映し鏡的になり,その特性が明らかにされていく. -
iPS 細胞
249巻5号(2014);View Description Hide Description機能を失った組織を回復させ,患者の生命予後やQOL を高めるために再生医療への期待が高まっている.ES 細胞,iPS 細胞などの胚性幹細胞はその頑強な自己増殖能と分化多能性から再生医療の細胞ソースとして期待されている. 1962 年にGurdon は,アフリカツメガエルにおいて体細胞核移植により体細胞を初期化できることを明らかにし1),その後,哺乳類においても体細胞核移植による細胞初期化は可能であることが明らかになった.一方で体細胞とES 細胞との細胞融合によっても初期化が可能であることが明らかになり2),ES 細胞や卵が体細胞の初期化に必要な因子をもっていると考えられていた.高橋らはES 細胞に特異的に発現する遺伝子のスクリーニングを行い,Oct3/4,Sox2,c-Myc およびKlf4 の4 因子を遺伝子導入・発現させることで,マウスの体細胞から多分化能をもつ細胞を樹立し,iPS 細胞(induced PluripotentStem Cell)と名づけた3).翌年には,ヒトの体細胞においても同様のリプログラミング因子の遺伝子導入によりiPS 細胞の樹立に成功した4).当初,iPS 細胞は,レトロウイルスや,レンチウイルスによる遺伝子導入法で樹立されていたが,プラスミドベクターやセンダイウイルスなどのゲノム挿入のない遺伝子導入法によってもiPS 細胞樹立が可能になっている. -
間葉系幹細胞
249巻5号(2014);View Description Hide Description間葉系幹細胞について中学生,高校生を対象にしたウェブ上に解説ページ“森の教室”をつくりたいと,二人のインタビュワーの訪問を受けた.とてもよい出来上がりなので,ぜひともそのページを訪れていただきたい1).ひとつは漫画でできていて読みやすく,もうひとつのページは文章からなる.間葉系幹細胞はわれわれのからだに自然に備わっている体性幹細胞のひとつであり,間葉に由来する幹細胞という意味である.間葉とは発生過程で上皮性細胞間に生じてきた,非上皮性細胞を含む疎な結合織組織をさす.その間葉に存在する細胞を間葉系細胞とよび,突起を有し,ギャップ結合などの細胞間結合装置によって連絡されている場合がある.線維成分を産生する線維芽細胞のみならず,骨細胞,軟骨細胞,脂肪細胞に分化する能力を有する間葉系細胞がある2).分化能がかぎられている場合は,骨芽細胞,軟骨芽細胞,前脂肪細胞とよばれる.多分化能を有する場合に,間葉系幹細胞とよばれる.骨髄中にも間葉系幹細胞は存在し,骨髄から間葉系幹細胞を取り出し大量に培養して,その後で目的の細胞に分化させれば,再生医療の材料として医療現場で使うことができ,大きな可能性をもった細胞といえる.骨髄間質以外で間葉系幹細胞の供給源として考えられる組織はかなり多く存在する.肺,心,皮膚,腎,肝,消化管,胆嚢,膀胱といった臓器では上皮下組織に間葉系細胞が存在する.また,ヒト脂肪織および陰茎の包皮から間葉系細胞を採取される.もうひとつ忘れてはならない間葉系細胞の供給源として胎児がある.ヒトの場合は倫理的な必要な手続きはきわめて大事であるが,寿命が長い点で,胎児由来の間葉系細胞は骨髄間質より優れた点を有している.ただし,骨髄間質とは異なり,他家となるので,再生医療の供給源として考えた場合,免疫学的な拒絶はさけられない. -
心筋再生治療
249巻5号(2014);View Description Hide Description近年,重症心不全治療の解決策として新しい再生型治療法の展開が不可欠と考えられており,すでに自己骨髄細胞や骨格筋芽細胞,最近では心筋幹細胞を用いた臨床応用が欧米で開始されている.しかし,これらの方法では十分な効果を得られた報告は少なく,全世界でも薬事承認を受けた治療法は皆無である.このような従来の一般的な細胞移植方法は,ほとんどの場合カテーテルによる注入か注射器による直接注入であり,移植作業中の細胞損失,注入局所における炎症反応の惹起,移植範囲の限局などの問題点から細胞を心臓へ効率よく移植し生着させる課題は解決されていない.すなわち,再生医療には細胞源の確保とともに細胞移植技術の重要性も指摘されている. 著者らは,東京女子医大・岡野光夫教授が開発した温度感受性培養皿を用いた細胞シート化技術を用いて筋芽細胞シートを作成し,細胞移植を行い,心機能改善効果について検討を重ねリモデリングを抑制することを明らかにした.筋芽細胞シート移植により直接的なgirdlingeffect に加え,増殖因子やケモカインが関与し,幹細胞をも誘導することによって自己修復機転が心機能改善に関与することを示し,心筋症ハムスターや拡張型心筋症犬モデルにおいても筋芽細胞シートによる再生治療は注入療法に比べ,その寿命を延長し有効性を証明しえた. -
動物利用ヒト臓器作成
249巻5号(2014);View Description Hide Description臓器を作製するためのソースとして期待されているのが多能性幹細胞であり,なかでも人工多能性幹細胞(induced pluripotent stem cell:iPS細胞)を利用すれば,自分自身の細胞から臓器や組織を再生できる可能性がある.実際にiPS 細胞から網膜色素上皮シートや,血小板などが作成され,治療に応用されようとしている.しかし,三次元構造をもち,成体の臓器と同等の機能をもつ臓器をin vitro で再現するのはきわめて困難である.これを克服するためには動物体内での正常な発生過程を経て臓器が形成されることが理想的であり,この動物の発生原理を利用した臓器再生法が“胚盤胞補完法”(blastocystcomplementation)である. 胚盤胞補完法は1993 年にChen らによって報告された1).彼らは成熟したリンパ球をもたないRag2 ノックアウト(KO)マウスの胚盤胞に正常なES 細胞を注入し,作成したキメラマウスの成熟リンパ球はすべてES 細胞由来であることを示した.つまり,遺伝的に欠損している組織を正常なES 細胞が正常な発生過程を経て補完したということである.著者らはこの技術を応用し,遺伝的に臓器が欠損したマウスに,外から注入した多能性幹細胞由来の臓器の作出に成功した. -
再生医療安全性新法
249巻5号(2014);View Description Hide Description2013 年,わが国の再生医療に関する法的規制は大きな変化を遂げた.4 月には議員立法の“再生医療を国民が迅速にかつ安全に受けられるようにするための施策の総合的な推進に関する法律”,11 月には“再生医療などの安全性の確保などに関する法律”(通称:再生医療安全性新法,以下安全性新法)1と,改正薬事法である“医薬品,医療機器などの品質,有効性および安全性の確保などに関する法律”が成立した.これらは再生医療が医療領域において政府の重点分野に位置づけられ,“再生医療の特性を踏まえた実用化促進の仕組みの構築”2)が示されていることの具体化ともいえる. 本稿では,上記3 法のうち臨床研究段階から関係のある安全性新法についてその概略を示す. - 循環器内科
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NOAC
249巻5号(2014);View Description Hide Description約50年もの長い間,経口抗凝固薬として利用可能な薬物はワルファリンという単一の薬物であった.多くの食事,併用薬との相互作用,頻回のモニタリングと処方量の調整,長い半減期など,臨床的には相当不便であるにもかかわらず,新しい薬物が開発できなかったという歴史はおもに2 つの理由によると思われる.第1 の理由は抗凝固療法そのものに根差している.ヒトは太古の時代から出血・感染との闘いのなかで生き延びてきており,この闘いの一番の担い手が凝固カスケードを分担する凝固因子という分子であった.したがって,これらの凝固因子を完全にブロックするという単純な考えは適応できず,凝固分子の機能を微妙に調整する必要があった.第2 の理由は,心房細動,下肢静脈血栓症など静脈系血栓症を有する患者の顕著な増加であろう.かつて抗凝固療法は機械弁装着例など特殊な患者だけに対応していればよかったが,社会の高齢化はその需要を大幅に増加させた. ワルファリンに代わる新しい抗凝固薬として,抗トロンビン薬のダビガトラン,抗Xa 薬のリバーロキサバン,アピキサバン,エドキサバンが開発され,それぞれの薬物がおもに心房細動患者を対象に開発され,これらがnovel oral anticoagulants(NOAC)として総称されている(表1)1) -
薬剤溶出性ステント
249巻5号(2014);View Description Hide Description冠動脈治療はおおむね10 年周期で飛躍的な進歩を重ねてきたといえる.歴史を遡ること半世紀,1958 年にSones がふとしたきっかけから選択的冠動脈造影を施行したことにより,冠動脈治療の礎が形成された.その約10 年後の1967 年にFavalaro がCABG(Coronary ArteryBypass Grafting)を施行,そしてさらに10 年後の1977年にGruentzig がバルーンカテーテルを用いて行ったPCI (Percutaneous Coronary Intervention)は,CABGに代わる低侵襲治療として脚光を浴び,以後CABG とPCI は凌ぎを削ることとなった.しかし,balloon angioplastyには急性冠動脈閉塞,再狭窄といった課題が残され,この時点ではCABG に軍配が上がった.その後ふたたび10 年のときを経た1986 年に冠動脈ステントが登場することでPCI の成績は飛躍的に向上し,CABG とほぼ肩を並べるまでになった.一方で,BENESTENT 試験,STRESS 試験で示されたように,血管平滑筋細胞の増殖を主因とするステント再狭窄からは逃れることができず,これらのケースでの成績はいぜんバイパス術に敵わなかった.その後,経口薬などにて再狭窄予防がはかられたが,全身投与による局所反応の抑制には限界があることがわかり,局所に薬剤を作用させるLDD(local drugdelivery)の考えが時代の趨勢となった.そして冠動脈ステントの登場から十数年のときを経て,1999 年に世界初の DES である Sirolimus-Eluting Sten(t CYPER®)の臨床応用が開始され,その成績は世界を驚愕させた -
カテーテルアブレーション
249巻5号(2014);View Description Hide Descriptionカテーテルアブレーションとは不整脈の原因となっている心筋組織の場所を,心腔内に挿入したカテーテル先端電極で探索し,高周波通電により焼灼(アブレーション)して不整脈の根治をめざす治療法である.はじめてのカテーテルアブレーションは1981 年に施行された房室結節アブレーションであり,薬剤抵抗性の発作性心房細動による頻脈依存性心筋症に対する心拍数コントロール目的に房室ブロックが作成された.1980 年代中盤からWPW 症候群,心室頻拍,房室結節回帰性頻拍に対して直流通電によるカテーテルアブレーションが行われるようになり,1980 年代終盤に,現在の主流である高周波通電によるカテーテルアブレーションが登場した.1998 年に,もっとも有病率の高い不整脈である心房細動がカテーテルアブレーションにより治療可能であることが報告されると,三次元画像解析技術の発展も伴い,カテーテルアブレーションは急速に拡大していった. -
腎動脈内アブレーション
249巻5号(2014);View Description Hide Description3 種類の降圧薬(通常利尿薬を含む)を使用しても降圧目標に達しない治療抵抗性高血圧症例において,腎動脈内に挿入した電極カテーテルを介して高周波通電を行うことで,大きくかつ持続的な降圧効果が得られると2009年に報告された1).その後のさまざまな臨床研究でも効果的であるとの報告があいついだ.薬物治療の限界を打ち破る可能性があること,全身的な交感神経活性低下を通して高血圧以外のさまざまな病態の改善が期待できることから,ここ数年非常に注目されてきた.しかし,アメリカで行われたHTN3 試験(対照群にSham 手術を実施)の概要が2014 年1 月に報道され,有効性に統計的有意差が認められなかったことから,現状評価と将来展望が混とんとしてきた. 腎虚血や腎実質障害が生じると腎知覚神経を介する交感神経中枢へのシグナルが増加し,腎だけでなく全身的な交感神経活性化が生じると考えられている.腎交感神経活動の亢進は,レニン分泌増加,ナトリウム再吸収増加などを介して昇圧に働く.腎動脈内アブレーションは腎知覚神経あるいは腎交感神経そのものを傷害することによって降圧作用を発揮すると推定されている.ただし,実際に全身的あるいは腎の交感神経活性低下が誘導されることはほとんど証明されていない.本手技は腎除神経あるいは腎交感神経アブレーションとよばれることが多いが,腎交感神経系(知覚神経と交感神経)の焼灼が降圧機序かどうかは不確定であるし,アブレーションによって神経を焼灼できたかどうかも,すくなくともその場ではわからないため,現段階では“腎動脈内アブレーション”とよぶのが適切と考えられる. -
睡眠呼吸障害
249巻5号(2014);View Description Hide Description睡眠時無呼吸は睡眠中の呼吸の中断であり,睡眠1 時間当りに無呼吸あるいは低呼吸が5 回以上観察される場合が該当する.循環器領域においてはさまざまな心血管疾患に合併し,なかでも心不全には高率に合併する1-3).睡眠時無呼吸には2 つのタイプ,つまり,①閉塞性睡眠時無呼吸(OSA)と,②中枢性睡眠時無呼吸(CSA)がある. OSA は肥満や耳鼻科的・口腔外科的異常を原因とする気道の閉塞によるもので,無呼吸中も呼吸の努力は続いている.一方,CSA は中枢からの呼吸のドライブの停止によるもので,無呼吸時に呼吸筋の活動はみられない.心不全患者において覚醒時にもしばしばみられる,過呼吸と低呼吸を繰り返すチェーンストークス呼吸(Cheyne-Stokes Respiration:CSR)と同様の機序によるため,まとめてCSR-CSA と表現されることが多い. -
肺高血圧症
249巻5号(2014);View Description Hide Description肺高血圧症とは,右心カテーテルで実測した肺動脈平均圧が25 mmHg 以上の状態が慢性的に存在する病態と定義される1).肺高血圧症を主徴とする症例の多くは,旧来はきわめて予後不良の難治性疾患とされていたが,患者数は少なく一般臨床の場で本症が注目されることはまれであった.しかし近年,心エコー法の発達により肺高血圧を合併する疾患は予想外に多く存在することが判明してきた.また,種々の治療法が開発され,予後が改善してきたことから,本症に対する関心は急速に高まってきている. 本稿では,肺高血圧症のなかでもとくに診断と治療法の概略が確立しつつある肺動脈性肺高血圧症(pulmonaryarterial hypertension:PAH)と慢性血栓塞栓性肺高血圧症(chronic thromboembolic pulmonary hypertension:CTEPH)について現況を解説する.PAH とCTEPH は肺高血圧症のなかでもとくに高度の肺高血圧が存在し,症例数は少ないことからわが国では難病に指定されている疾患である. -
成人先天性心疾患
249巻5号(2014);View Description Hide Description1950 年代からの小児科,心臓外科治療の発達により先天性心疾患の多くが成人を迎えるようになった.いまでは90%以上の先天性心疾患児が成人となっている1).成人となった小児心疾患,すなわち成人先天性心疾患患者数は近年飛躍的に増加し,小児患者数を凌駕している2).いままでは注目されなかった“成人先天性心疾患”が新しい診療分野のひとつとなり,診療システムの早急な構築が不可欠とされている. - 呼吸器・感染症内科
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気腫合併肺線維症(CPFE)
249巻5号(2014);View Description Hide Description喫煙によって肺胞が破壊されてできる気腫病変が上肺野からしだいに肺全体に広がって呼吸不全となる慢性閉塞性肺疾患(chronic obstructive pulmonary disease:COPD)は,肺活量が増加し一秒率が減少することを特徴とする.呼気が十分できないので,二酸化炭素が血中に高まる(Ⅱ型呼吸不全).一方,両側下肺野の背側・胸膜直下優位に肺の線維化が亢進して蜂巣病変をつくりつつ,やがて肺全体が拘縮する特発性肺線維症(idiopathicpulmonary fibrosis:IPF)では肺活量は低下し吸気が十分できず,労作時には呼吸困難から呼吸数が増加して血中の二酸化炭素はむしろ低下する(Ⅰ型呼吸不全).IPFの原因は特定できないが,喫煙はその重要な危険因子とされ,実際喫煙歴のない特発性肺線維症患者は少ない. これら異なる2 つの主要な呼吸器疾患の合併例の存在は,国内的には「第三次びまん性肺疾患診断の手引き」(1991)において“非定型例(B)群”として示されていたが,2004 年の第4 次改定では欧米との統一性も求められて記載されなかった.2005 年にフランスからCPFE として報告1)されて世界的に話題となり,日常臨床上この合併症例はきわめて一般的に存在していることが再認識されるとともに,下記にあげるような現時点におけるさまざまな重要な問題が提起されることになった. -
新型インフルエンザ
249巻5号(2014);View Description Hide Descriptionインフルエンザウイルスは,表面に2種類のスパイク,赤血球凝集素(Hemagglutinin:HA)とノイラミニダーゼ(Neuraminidase:NA)をもつ.ウイルスはHA で気道のレセプターに結合し感染を起こす.レセプターはヒトと鳥で構造が異なるので,鳥インフルエンザは原則としてヒトには感染しない.A 型インフルエンザはヒト以外に,鳥,ブタ,ウマに存在する.A 型はHA とNA の組合せで分類され,鳥インフルエンザにはHA が15 種類(H1~H15),NA が9 種類ある(N1~N9).鳥インフルエンザは家禽に対する毒性で,強毒と弱毒に分類される.ヒトのインフルエンザではHA が3 種類(H1,H2,H3),NA が2 種類(N1,N2)ある. - 消化器内科
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カプセル内視鏡,ダブルバルーン内視鏡
249巻5号(2014);View Description Hide Description小腸は引き延ばすと5~7 m の全長があり,全消化管の半分以上の長さを占める.これだけ長い臓器であるにもかかわらず,一般には小腸の病気はほとんど知られていない.その理由として胃や大腸と比較すると,病気の起きにくい臓器であるのも確かだが,何よりも小腸内を検査する術がなかったことが大きな要因である.そのため小腸の病気が疑われた場合は余儀なく全身麻酔下に試験開腹する時代が続いていた.この状況を打破すべく開発されたのが,カプセル内視鏡1)とダブルバルーン内視鏡2)である.小腸を観察する点では同じだがその原理や特徴はまったく異なっている. -
胃食道逆流症(GERD)
249巻5号(2014);View Description Hide DescriptionGERD は,胃内容物が食道に逆流し長時間停滞することが原因となって不快な症状が出現したり器質的疾患が発症するものを総括した概念である.日本人の胃酸分泌能の増加,肥満に伴う胃食道逆流量の増加などが原因となり増加傾向にあるとともに,バレット食道やバレット腺癌の発症リスクを有する.近年以下のような事実が明らかとなり注目されている. -
ESD(内視鏡的粘膜下層剥離術)
249巻5号(2014);View Description Hide Description内視鏡的粘膜下層剥離術(Endoscopic SubmucosalDissection:ESD)はわが国で開発された早期消化器癌に対する低侵襲内視鏡切除術のひとつであり,その開発により内視鏡切除術の病変一括切除率は飛躍的に向上した.ESD でははじめに,病変外側の粘膜表層に高周波メスを用いマーキングを行う.つぎに,マーキング辺縁を針状メスで切開し,病変粘膜を周囲の正常粘膜から円周状に切離する.最後に,病変下の粘膜下層を針状メスを用いて慎重に剥離し,病変の一括切除を行う(図1).ESD では任意の切除範囲を決定できるため,従来のポリペクトミーや内視鏡的粘膜切除術(Endoscopic MucosalResection:EMR)では一括切除が困難なために適応外とされてきた,病変の大きさが2 cm を超えるものや,小さくても病変下に強い瘢痕・線維化を伴うような病変であってもリンパ節転移の可能性がきわめて低い病変に対しては(分化型癌や粘膜内癌など)治療適応の拡大が可能と考えられ,検討が進められている.すでにわが国では標準的治療手技として広く普及し,胃・十二指腸を対象に2006 年4 月に,食道は2008 年4 月に,大腸は2012 年4 月に,保険収載が認められている. -
プロバイオティクス/プレバイオティクス
249巻5号(2014);View Description Hide Description腸内細菌が棲息する場である大腸は,ヒトの臓器のなかでもっとも種類の多い疾患が発症する場でもある.腸内細菌が直接腸管壁に働き,消化管の構造や機能に影響を与え,各人の栄養,薬効,生理機能,肥満,老化,発癌,免疫,感染などにきわめて大きな影響を及ぼすことになる.21 世紀,腸内細菌の遺伝子解析によりその全容解明が進展するとともに,その機能についても論じられるようになり,腸内細菌研究は現代医療研究のトップランナーに位置づけられている. -
NAFLD/NASH
249巻5号(2014);View Description Hide DescriptionNAFLDは単純性脂肪肝(nonalcoholic fatty liver:NAFL)から非アルコール性脂肪性肝炎(nonalcoholic steatohepatitis:NASH)に至る幅広い疾患スペクトラムを包含する症候群である.Mayo clinic の病理学者Ludwig による,飲酒歴がないにもかかわらず肝実質に炎症や線維化を伴い,アルコール性肝炎に酷似した脂肪性肝炎(NASH)の提唱(1980)は当時の肝臓学を強く衝動し,脂肪性肝疾患に大きなリビジョンをもたらした.NASH という命名はアルコール性肝炎と対極に位置する病態であることを強調しているが,両者の病態・発症・進展機構にはむしろ多くの共通基盤があることが明らかになった. わが国のNASH 有病率は1~3%と推計され,けっしてまれな疾患ではない.疾患概念が新しいため,長期予後はいまだ十分明らかになっていないが,コホート研究ではNAFLD は一般住民より生存率は低値であり,NASH ではNAFLD より予後不良であった.死因は心血管関連死,そして肝疾患進展例では肝関連死が多い.また肝発癌例も増えており,近い将来,肝癌の主因になると予測される.このように肝疾患と動脈硬化性疾患がいずれも生命予後に深くかかわる事実がNASH の特徴を表している. 肝炎ウイルス学の瞠目すべき発展,その輝かしい光の陰で,肝が代謝の中心臓器であることの認識は近年やや希薄になっていた.代謝異常を本質とするNAFLD/NASHは原点への回帰といえる.また,肝局所にとどまらず,全身諸臓器との病態連繋に関して多様かつ斬新な洞察をもたらす新時代の肝疾患として注目される. -
核酸アナログ耐性株
249巻5号(2014);View Description Hide DescriptionB 型肝炎ウイルス(Hepatitis B virus:HBV)感染は世界的な健康問題である.現在,抗HBV 療法として,IFN(インターフェロン)製剤と核酸アナログ製剤が使用されている.核酸アナログは抗HBV 効果はIFN より優れているが,長期間の服用が必要であること,薬剤耐性株の出現,安全性の問題など,その使用には注意を要する1,2). 本稿では,核酸アナログに対するHBV の耐性変異とその対策を中心に概説する. -
IL28B SNP とC 型肝炎治療反応性
249巻5号(2014);View Description Hide Descriptionウイルス感染に対する生体防御として,細胞はインターフェロン(IFN)を産生し,いままでにⅠ型:IFN-α/β,Ⅱ型:IFN-γ,2003 年にⅢ型:IFN-λが同定された.IFN-λには3 つのアイソフォームλ1,2,3 が存在し,それぞれ19 番染色体長腕に位置するIL29,IL28A,IL28B がコードする.IFN-λ は樹状細胞やマクロファージなど限られた細胞で産生され,レセプターは異なるが,IFN-α/βと同じシグナル伝達系であるJAK/STAT 経路を活性化し,その下流に存在するIFN 誘導遺伝子群を誘導して抗ウイルス効果をもたらす.また,このIFN-λの受容体の発現には組織特異性があるため,IFN-λを利用した治療(C 型慢性肝疾患に対し臨床試験中;2014 年2 月時点)では標的組織を狙った効果とそれ以外の組織での副作用の抑制が期待されている. -
直接作用型抗ウイルス剤(DAAs)
249巻5号(2014);View Description Hide DescriptionC 型慢性肝炎に対する抗ウイルス療法は,Peg-IFN/RBV 併用療法からプロテアーゼ阻害剤をはじめとする直接作用型抗ウイルス剤(DAAs)を用いた治療へ,あらたな展開を迎えようとしている.C 型肝炎に対する抗ウイルス療法はインターフェロン(IFN)徐放剤であるペグインターフェロン(Peg-IFN)と経口抗ウイルス薬であるリバビリン(RBV)の併用療法が標準的な治療法となり,治療効果は飛躍的に向上した.しかし,同療法においても難治性であるゲノタイプ1 型高ウイルス量症例では著効率は約50%であり,新しい治療法がまたれている. 現在,あらたなC 型肝炎治療薬として直接作用型抗ウイルス剤である酵素阻害剤(NS3/4A プロテアーゼ阻害剤,NS5B ポリメラーゼ阻害剤,NS5A 阻害剤など)の開発が行われいる(表1).これらのなかでもプロテアーゼ阻害剤の開発がもっとも進んでおり,Telaprevir とSimeprevir は日本でもすでに承認されている. - 腎臓内科
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FGF23(骨分泌性線維芽細胞増殖因子)
249巻5号(2014);View Description Hide DescriptionFibroblast growth factor 23(FGF23)は,低リン血症くる病/骨軟化症〔autosomal dominant hypophosphatemicrickets(ADHR)/osteomalacia〕を引き起こす原因遺伝子,また,腫瘍性骨軟化症(tumor-induced osteomalacia:TIO)の惹起因子であることがあいついで示され,体液中のリンの恒常性を調節する因子として登場した1,2).FGF23 は遺伝子構造の類似性よりFGF21 とともにFGF19 ファミリーに属し,ヒトFGF23 遺伝子は251個のアミノ酸からなる蛋白をコードしている.また,FGF23 は骨から分泌され,腎に作用してリン利尿および活性型ビタミンD の合成抑制などの作用を有していることが明らかにされた.さらに,FGF23 は慢性腎臓病(CKD)において早期より血中濃度が上昇し,心血管系疾患発症との関係が注目されている. -
バゾプレシン受容体拮抗薬(Vaptan 系薬)
249巻5号(2014);View Description Hide Description下垂体後葉から分泌される抗利尿ホルモン(Antidiuretichormone:ADH)バゾプレシンは,諸臓器に存在する受容体に結合しその作用を発揮する.腎集合管に存在するV2受容体に結合すると,アクアポリン2 を介して水の再吸収を促進し,抗利尿作用を発揮する.バゾプレシンV2受容体拮抗薬はADH の本作用を阻害し,水利尿を発揮するはじめての“水利尿薬”である. -
急性腎障害(AKI)
249巻5号(2014);View Description Hide Descriptionこれまで急性腎不全(acute renal failure:ARF)として認識されていた急激な腎機能低下を呈する病態は,急性腎障害(acute kidney injury:AKI)とよびかえられるようになった.ARF が血清クレアチニン濃度(sCre)が2倍以上に増加する,無尿,血液浄化療法を必要とする高度の腎不全,などを意識しているのに対して,AKI は機能不全のみならず,それに先行する組織障害をも包括した概念であり,治療に対する反応性が保たれたより早期の病態を含めたものであるとされている. -
腎性貧血
249巻5号(2014);View Description Hide Description腎性貧血は腎機能低下に伴う腎でのエリスロポエチン(EPO)産生低下が主因で生じる貧血であり,糸球体濾過量60 mL/min 未満の比較的早期から認められる.慢性腎臓病(CKD)患者の貧血が腎性貧血と考えられれば,赤血球造血刺激因子製剤(ESA)治療の適応となる.現在,わが国では遺伝子組換えヒトEPO 製剤であるエポエチンα,エポエチンβ(週1~3 回投与),アミノ酸残基を変更して糖鎖を増やすことで半減期を長くしたダルベポエチンα(1~2 週に1 回),PEG 分子を結合させて半減期を長くしたエポエチンβペゴル(2~4 週に1 回)の4 剤が市販されており,血液透析患者,腹膜透析患者,保存期CKD患者に適応がある. -
糖尿病性腎症
249巻5号(2014);View Description Hide Descriptionわが国では2012 年末の慢性透析患者数は309,946 人であり,前年より5,090 人の増加となった.この新規透析導入患者のうち,糖尿病性腎症が44.1%と最多である.慢性透析患者の原疾患においても2011 年から糖尿病性腎症が第1 位となり,37.1%を占めている.さらに,心血管系疾患の発症や生命予後の改善の観点からも糖尿病性腎症の予防・克服は重要な課題である. -
腎疾患ガイドラインの国際化
249巻5号(2014);View Description Hide Descriptionわが国においては近年,さまざまな分野における診療ガイドラインの作成が積極的に行われ,数多くのガイドラインが発表されている.このうち,公益財団法人日本医療機能評価機構が運営している事業である医療情報サービスMinds(マインズ,Medical Information NetworkDistribution Service,http://minds.jcqhc.or.jp/n/)はAGREE Ⅱ1)に基づいて公表されたガイドラインを評価し,HP で公表している.そのなかで,あるべき診療ガイドラインの国際的なコンセンサスとして,①存在するエビデンスのシステマティックレビューに基づく,②エビデンスの質と強さを提供する,③利益と不利益(害・負担・費用)の両方を考慮する,④患者・介護者の価値観や好みを考慮する,⑤推奨の強さを提供する,ことがあげられている(http://minds.jcqhc.or.jp/n/topics.php).作成されるガイドラインはその質を担保し,国際標準に適合していると認められるためには,当然のことながら国際的なルールに従って作成される必要がある. - 神経内科
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MIBG 心筋シンチグラフィ
249巻5号(2014);View Description Hide Description123I-meta-iodobenzylguanidine(MIBG)心筋シンチグラフィは,節後性交感神経である心臓交感神経の障害とその分布を判定することができる画像検査である.近年,パーキンソン病(PD)やLewy 小体型認知症(DLB)などのLewy 小体病では心臓のMIBG 集積が低下し,これが他のパーキンソニズム,本態性振戦(ET),Alzheimer病(AD)などとの鑑別に有用であることが報告されている1).Lewy 小体病におけるMIBG 集積低下は病早期より心臓交感神経にαシヌクレインが沈着し,心臓交感神経の変性・脱神経が起こるためである2).なお2012 年3月よりPD,DLB の診断目的で本検査を行った場合,当該使用事例は審査上認められるようになった. -
フィンゴリモド
249巻5号(2014);View Description Hide Descriptionフィンゴリモドは冬虫夏草の一種であるIsaria sinclairii菌が産生する免疫抑制作用を有する天然物であるマイリオシンを構造変換することにより見出された,日本で開発された薬剤である.再発寛解型多発性硬化症(multiple sclerosis:MS)に対する2 つの第Ⅲ相臨床試験によって年間再発率の減少,障害度の進行抑制,MRI 画像所見上の活動性の抑制および脳萎縮進行抑制効果が確認され1,2),わが国では2011 年にMS の唯一の経口治療薬として保険収載された. -
HDLS
249巻5号(2014);View Description Hide DescriptionHereditary diffuse leukoencephalophathy with spheroids(HDLS)は,若年性認知症を呈する常染色体優性遺伝性の白質脳症である1).1984 年にスゥエーデン家系で最初に報告され,世界各地に発症を認める.従来,診断には組織検索が必須であった.2012 年にHDLS の原因遺伝子としてcolony stimulating factor 1 receptor(CSF-1R)が同定され,その後の遺伝子診断例の報告によりHDLS の疾患概念が明らかにされつつある.わが国でも比較的頻度の高い認知症疾患である. -
脳小血管病
249巻5号(2014);View Description Hide Description脳小血管病は臨床,基礎両面から注目されている1).本症は大血管とは異なった,脳小血管の機能,解剖の特殊性に由来する疾患である.臨床的には白質のびまん性の変化やラクナ梗塞をきたす病態としてとらえられてきた.しかし,MRI と疫学的解析により白質や皮質の微小病変の重要性が認識されるようになり,脳小血管病のMRI 所見の再定義と進行形式のあらたな理解が試みられている2).症状からは血管性パーキンソニズムや血管性認知症3)としてとらえられてきた.しかし,侵される場所により症状が多様であり,システム,局所選択性仮説に基づく神経徴候から診断する試みは,かならずしもうまくいっていない.さらに,変性性の認知症と血管性の認知症を厳格に区別することが困難であることも認識されつつある4).むしろ,発想を転換し,MRI での異常所見や,何らかのバイオマーカーをもとに,疾患リスクとしての把握と治療介入の必要性を唱えていくべき疾患ともいえる. 脳小血管病を独立した疾患としてとらえる前提として,脳小血管病が大血管とは異なる分子病態機序をもつという仮説がある.従来,脳小血管病は大血管病と同様に動脈硬化性変化を背景とし,結果として血流の自己調節能の障害による低灌流により引き起こされるとされてきた1).しかし,脳表の小血管には広範な吻合が存在し,また皮質穿通枝に問題があるとしても,それが深部白質に広範囲に及ぶためには複数の穿通枝を侵す必要があり,これを説明する病態機序は明らかではなかった.また,大血管のように局所の動脈硬化性変化で説明できる病態は一部のラクナ梗塞に限られていた.さらに,危険因子や,薬剤による予防効果なども大血管病とは異なっていた.これらの事実は小血管病は大血管病とは違う分子病態機序をもつことを示していた.この仮説は近年の脳小血管病の原因遺伝子の同定により立証された. -
抗アクアポリン4 抗体陽性視神経脊髄炎
249巻5号(2014);View Description Hide Description視神経脊髄炎(neuromyelitis optica:NMO)はデビック病ともよばれるが,従来アジア人に特有のタイプの多発性硬化症(multiple sclerosis:MS)として扱われ,とくに日本においては視神経と脊髄に重度な障害をもたらすMS の亜型として,視神経脊髄型MS(optic-spinal formMS:OSMS)とよばれていた.2004 年にMayo clinic によりNMO の特異的血清自己抗体としてNMO-IgG の存在が報告され1),翌年にその対応抗原がアクアポリン4(aquaporin-4:AQP4)であることが判明した2).日本人OSMS においても,その多くが抗AQP4 抗体陽性であることが判明し,病態や治療法がMS と異なることが明らかとなった3).現在はOSMSという名称は用いられない. -
FUS/TLS
249巻5号(2014);View Description Hide DescriptionALS は運動ニューロンの変性により筋萎縮・筋力低下をきたす疾患であり,約10%が家族性である.DNA/RNA 結合蛋白質をコードするFUS/TLS(fused in sarcoma/translocated in liposarcoma)の変異は家族性ALS(ALS6,ALS-FUS)の原因であり,全家族性ALS の約5%を占める.変異の多くは蛋白質コード領域のC 末端側に集中している1).C 末端には核局在シグナルが存在し,この部位の変異は核局在性を弱める2).ほぼすべての変異は優性遺伝であり,変異の種類により発症時期や経過に差がみられる.病理学的にはFUS/TLS 陽性の細胞質封入体が神経細胞やグリア細胞に観察される.なお,ALS 孤発例ではTDP-43 が主要な病変蛋白質であるが,すくなくとも一部の患者ではFUS/TLS 陽性封入体もみられる. TDP-43 の遺伝学的・病理学的異常が共通してみられることから,近年,ALS と前頭側頭葉変性症(FTLD)は近縁の疾患であると考えられている.FTLD は主要病変蛋白質によりtau 陽性,TDP-43 陽性,tau・TDP-43 陰性の3 群に大別される.この最後の群の大半でFUS/TLS 陽性の核内・細胞質の封入体が観察され,FTLDFUSと分類される.ほとんどのFTLD-FUS 患者ではFUS/TLS 遺伝子変異はみつかっていない.また,FTLD-FUS ではFUS/TLS のホモログであるEWS やTAF15 の封入体もみられるが,ALS-FUS ではみられない.この違いは両疾患の何らかの本質的な違いを反映している可能性がある. -
TDP-43
249巻5号(2014);View Description Hide Description2006 年,筋萎縮性側索硬化症(ALS)の運動ニューロンに出現するユビキチン陽性構造物(スケイン様封入体など)と,前頭側頭葉変性症(FTLD)のユビキチン陽性封入体の主要構成成分であることが判明し1,2),その後,家族性および孤発性ALS 患者にTDP-43 遺伝子の変異があいついで報告されたことから,TDP-43 はALS の発症,病態進行にかかわるもっとも重要な分子として注目されるようになった. ヒトTDP-43 遺伝子TARDBP は染色体1p36.21 上に存在し,6 個のエクソンを含む.414 個のアミノ酸からなり,中央部に2 つのRNA 認識モチーフ(RRM),C 末端側にグリシンリッチ領域をもつ不均一核内リボ核酸蛋白(hnRNP)の一種である.全身の臓器に広範に発現し,おもに核に局在して,pre-mRNA のスプライシングをはじめとするプロセッシング機構の調節やmRNA の核から細胞質への輸送などに関与する.HIV-1 遺伝子の末端反復配列内にあるTAR 領域に結合,その発現を抑制する因子として最初に同定されたことからこの名前がついている.TDP-43 の異常病変は,ALS やFTLD などの神経細胞あるいはグリア細胞の細胞質,突起内,あるいは核内に認められる.疾患や病型によりその形態的特徴と病変分布が異なり,これまでのところType A~D の4 タイプに分類されている(典型的なALS はType B に分類). - 内分泌・代謝・糖尿病
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アディポネクチン
249巻5号(2014);View Description Hide Description日本人糖尿病患者数激増の原因は,インスリン分泌低下の遺伝素因に1),高脂肪食や運動不足による肥満・インスリン抵抗性要因の増大が加わったためと考えられている.肥満によるメタボリックシンドローム(MS)や動脈硬化の発症・増悪は,脂肪細胞肥大化に伴うTNF-αやFFA,MCP-1 などの炎症を惹起する悪玉アディポカインの増加とアディポネクチン(Ad)などの抗炎症作用を有する善玉アディポカインの低下によって引き起こされると考えられている. 著者らは,肥満ではAd が低下して脂肪組織において酸化ストレスが増加することによってケモカインであるMCP-1 が発現誘導され,活性化されたM1 マクロファージが浸潤してきて肥大化した脂肪細胞と相互作用することによって悪玉アディポカインの発現・分泌が増加してくることを報告した2).Ad 低下が病態形成においてきわめて重要な意義を有することは既知の液性因子のなかで,Ad 低下が将来の2 型糖尿病発症のもっともよい予知マーカーになることからも裏づけられている.著者らは,肥満で低下しているAd を3)補充することがAMPK4)やPPARαを活性化し,肝や骨格筋における脂肪酸燃焼促進などにより治療法となることを示した -
脂質メディエーター
249巻5号(2014);View Description Hide Description本稿では生活習慣病に関連する脂質メディエーターおよび脂肪酸代謝系について最近のトピックを紹介する. 脂肪細胞との関連でもっとも有名な脂質メディエーターはプロスタグランジンJ2(PGJ2)である.PGJ2 はPGD2 を介して産生されるが,これが脂肪細胞の分化に重要な核内転写因子PPARγの内在性リガンドといわれている1).一方,脂質メディエーター産生の初発酵素であるホスホリパーゼA と脂肪細胞との関連で興味深い知見がある.脂肪組織特異的に発現するホスホリパーゼA2 が同定されているが,このノックアウト(KO)マウスでは脂肪組織の顕著な退縮がみられる2).本酵素の消失によりPGE2 産生が低下し,脂肪細胞内cAMP が上昇したことにより脂肪分解が促進したと考えられている.一方,本酵素は,H-rev 107 ともよばれる癌抑制遺伝子ファミリーのひとつであること,ホスホリパーゼA1 活性をもつこと,培養細胞に過剰発現するとペルオキシソームが消失すること3)など興味深い知見も得られており,PGE2 産生がこの酵素の唯一の機能か今後の展開が期待される.細胞内ホスホリパーゼA2γも脂肪細胞分化に伴い発現上昇する酵素である.このKO マウスでは高脂肪食による体重増加やインスリン抵抗性がみられない.作用機序としてPGE2 産生やミトコンドリアのエネルギー産生制御などが報告されているが,本酵素が産生する脂質メディエーターの実体はまだ明確でない. -
白色脂肪細胞/褐色脂肪細胞
249巻5号(2014);View Description Hide Description脂肪組細胞には,エネルギー蓄積に寄与する白色脂肪細胞(white adipocyte:WA)とエネルギー燃焼に寄与する褐色脂肪細胞(brown adipocyte:BA)がある.WA は間葉系未熟細胞に由来し,皮下(皮下脂肪)や腸間膜(内臓脂肪)に広く分布するが,BA は骨格筋との共通祖先(筋芽細胞)に由来し,肩甲骨間(新生児)や頸動脈近傍・胸部交感神経節近傍・腋窩・腎門(成人)などに限局して存在する.マウスを用いた移植実験から,皮下脂肪は耐糖能の改善に,内臓脂肪は耐糖能の増悪に寄与することが示されていたが,昨年BA の移植実験が報告され,体重減少・体脂肪減少とともに,高脂肪食負荷に伴うインスリン抵抗性を完全に回復させることが示された1).また,2012 年にヒトembryonic stem/induced pluripotentstem(ES/iPS)細胞からBA の作製技術が開発され,移植実験により糖代謝を改善する能力をもつことも実証された2).なおBA 選択的転写調節因子として同定されたPRdomain containing 16(PRDM16)遺伝子のノックアウトマウスでは褐色脂肪組織(brown adipose tissue:BAT)が効果的に除去されなかったが,昨年euchromatic histone-lysine N-methyltransferase 1(EHMT1)遺伝子のノックアウトマウスにおいて明瞭なBAT 除去とインスリン抵抗性の発症が報告されたことから,代謝制御におけるBAT の生理的意義が実証された3).長らく研究面においてWA に遅れをとっていたBA であるが,この1~2 年でさまざまなツールが開発されたことで“耐糖能異常の治療開発に向けた新規標的”として大いに注目を集めている. -
インクレチン/インクレチン関連薬
249巻5号(2014);View Description Hide Descriptionインクレチンは膵β細胞からのインスリン分泌を促進する消化管ホルモンの総称であり,gastric inhibitorypolypeptide(GIP)とglucagon-like peptide-1(GLP-1)が主要なインクレチンである.DPP-4 阻害薬やGLP-1受容体作動薬はインクレチン作用を増強する糖尿病治療薬として開発され,2 型糖尿病治療が大きく変貌した. -
メタボリックシンドローム
249巻5号(2014);View Description Hide Descriptionメタボリックシンドロームとは,内臓脂肪の過剰蓄積を病態基盤として代謝異常が重積した状態をさす.具体的には表1 に示すとおり,内臓脂肪が蓄積している者のうち,高血糖,血清脂質異常,血圧上昇のいずれか2 つ以上合併する場合に本疾患と診断される.もともとは臨床的な観察に基づくひとつの症候群としてとらえられていたが,その後,基礎研究の分野でも内臓脂肪の過剰蓄積はアディポネクチンをはじめとする脂肪組織由来の生理活性物質(アディポサイトカイン)の分泌異常を引き起こし,これが種々の代謝の恒常性の破綻にかかわっていることが証明され,ひとつの疾患概念として確立されるに至った. 本疾患概念を理解するうえでは,以下の点に留意する必要があると考えられる. まず,本疾患はたしかに,代謝異常の集積した心血管疾患ハイリスク状態に該当するものの,単なるマルチプルリスクファクター症候群の換言ではけっしてない(たとえば,たまたま高血圧と糖尿病を合併した心血管疾患ハイリスク症例を拾い上げているのではない).実際,本疾患の診断基準には内臓脂肪蓄積とは関連性の低い他の古典的因子(たとえばLDL-コレステロールや喫煙など)を含んでおらず,本疾患の診断基準は心血管疾患のリスク予測を第一義に据えたものではない(心血管疾患のリスク予測にあたってはたとえばFramingham リスクスコアやわが国のNIPPON DATA80 チャートなどを参照されたい).本疾患概念の意義はあくまで,代謝異常集積の源流に内臓脂肪の過剰蓄積を求めた点にある2). つぎに,当然のことではあるが,代謝異常の集積はすべてが内臓脂肪の過剰蓄積に起因するわけではない3).臨床上,内臓脂肪蓄積とは直接関係なく代謝異常が集積することはまれではなく,その場合,個々の代謝異常に対する個別の介入が重要となる.これは内臓脂肪蓄積を病態基盤とする場合には,内臓脂肪を減らすような生活習慣介入を行えば,病態の改善が期待されることとは対照的である. -
KCNJ5 遺伝子変異
249巻5号(2014);View Description Hide Description日本人のアルドステロン(Aldo)産生腺腫の60%以上の頻度でKCNJ5 遺伝子変異がみられ,原発性アルドステロン症の副腎病変を説明するおもな遺伝子異常と考えられる1).その変異により副腎皮質細胞内カルシウム(Ca)濃度の持続的な増加をもたらし,Ca メッセンジャー経路を常時活性化し,Aldo 合成酵素であるCYP11B2 を発動させ自律的なAldo 分泌亢進をもたらす.同時にそのCa 細胞内シグナルは細胞増殖刺激となり,腫瘍形成するものと考えられている.さらに,家族内発症の原発性アルドステロン症の一部もこの遺伝子異常で生じると考えられ,本疾患の病因が急速に解明されつつある. -
抗RANKL 抗体
249巻5号(2014);View Description Hide Description破骨細胞は,単球・マクロファージ系細胞がサイトカインの作用により分化や細胞融合を遂げ,骨を吸収する能力を獲得した多核の細胞である.なかでも間葉系細胞が産生するreceptor activator of nuclear factor-кBligand(RANKL)は破骨細胞分化に必須のサイトカインであり,RANKL を欠損するマウスやヒトの骨には破骨細胞がまったく存在せず,いずれも重篤な骨大理石病を呈する.RANKL が作用すると,破骨細胞前駆細胞では転写因子NFATc1 が活性化され,その結果,破骨細胞に高い発現を示すTRAP やカテプシンK などの転写が誘導される1).従来,RANKL の産生はおもに骨芽細胞が担うと考えられてきたが, 最近, 骨細胞特異的にRANKL を欠損したマウスでも軽度の骨大理石病を示すことが報告され,現在では骨芽細胞および骨細胞は協調的にRANKL を分泌し,破骨細胞分化の調節にかかわると考えられている1). 骨芽細胞はRANKL に加えて,RANKL に高い親和性をもちRANKL の作用を阻害するRANKL の“おとり受容体”であるOPG を分泌する.IL-1 やIL-6 などの炎症性サイトカイン,ビタミンD,副甲状腺ホルモン,プロスタグランジンなどはいずれもRANKL とOPG の発現を調節することで,破骨細胞分化を制御する1).また,RANKL は破骨細胞の分化を促進するだけでなく,破骨細胞の生存の延長,骨吸収能の亢進など,多面的に骨吸収を促進する.さらに近年,RANKL は骨代謝だけでなく,癌の転移,中枢神経系における熱産生や肝におけるインスリン感受性に関与し,幅広い生理作用を有することが明らかにされている. -
TKI による甲状腺機能障害
249巻5号(2014);View Description Hide Description近年進行癌の薬物治療としてあらたな分子標的薬がつぎつぎに臨床応用されるなか,甲状腺機能障害との関連が注目されている.契機となったのは2006 年のimatinib抵抗性のGIST 患者に対するsunitinib のphase Ⅰ/Ⅱのうしろ向き研究で,倦怠感,嗄声,便秘などの症状を呈する2 人の患者で重度の甲状腺機能低下症が判明した.以来甲状腺機能との関連が注目され,母集団や観察期間にもよるが,その後の前向き研究で50~71%の患者に潜在性を含めた甲状腺機能低下症をきたすことがわかった.このような事象はVEGFR をはじめとした複数のチロシンキナーゼを阻害するsorafenib でも高頻度にみられることからTKI のclass effect と考えられている. - 癌・腫瘍
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がん幹細胞
249巻5号(2014);View Description Hide Description近年注目を集めている“がん幹細胞(cancer stemcell)”は,腫瘍組織を構成するがん細胞のすべてが均一な造腫瘍能を有しているのではなく,少数存在するがん幹細胞のみが自己複製を行いながら腫瘍を再構築する能力を保持しているというモデルである.このようながん幹細胞の存在をはじめて実験的に証明したのは,急性骨髄性白血病(AML)における白血病幹細胞の同定であった.がん病幹細胞は自己複製能力と未分化性の維持能力を獲得した細胞であり,少数のがん幹細胞によってがん細胞集団が維持されている.現在では種々の固形腫瘍においても高い造腫瘍能力を有するがん幹細胞候補分画が純化,同定されてきており,その細胞生物学的特徴の解明が進み,最終的にはがん幹細胞を標的とした治療戦略をめざした研究が進んでいる. -
末梢循環腫瘍細胞
249巻5号(2014);View Description Hide Description末梢循環腫瘍細胞(CTC)とは固形腫瘍において末梢血中に出現した細胞で,上皮系マーカーを用いて検出される.測定機器としてはVeridex 社のCTC が有名で,EpiCAM またはCytokeratin に対する抗体で癌細胞を検出し,CD45 という白血球をはじめとする血液系細胞のマーカーの陰性部分を検出することを定義としている.これまで乳癌,大腸癌,前立腺癌で臨床試験が行われ,まずCTC が陰性,または検出されない症例に比較して検出された症例では予後不良であること,また,検出された症例で治療前後でCTC が低下しない,または増加する例では予後不良であることから,このCTC 検査が欧米では検査法のひとつとして認められている.ただし,すべての癌種でこの方法がベストというわけではない. -
ALK
249巻5号(2014);View Description Hide DescriptionALK は細胞膜上に存在する受容体型チロシンキナーゼであり,その特異的リガンドはいまだ不明である.ALK 遺伝子はヒト2 番染色体短腕上に位置しており,未分化大細胞型悪性リンパ腫においてNPM1 と融合して活性化されることが知られていた.しかし,肺がんでEML4 と融合することが発見され,ヒト腫瘍における重要性が着目されるようになった. -
KRAS/抗EGFR 抗体
249巻5号(2014);View Description Hide Description上皮成長因子受容体(epidermal growth factor receptor:EGFR)は細胞膜を貫通して存在する分子量170 kDaのチロシンキナーゼ型受容体で,細胞内シグナル伝達経路の起点としての役割をもつ.EGF(上皮成長因子)のリガンドがEGFR に結合すると二量体化してチロシンキナーゼドメインが活性化され,MAPK 経路,PI3K-AKT経路,JAK-STAT 経路などの細胞内経路を介して核内に細胞の増殖や成長を促すシグナルを伝達する. セツキシマブ(マウス・ヒトキメラ抗体)とパニツムマブ(完全ヒト化抗体)はEGFR のリガンド結合部位に結合し,EGFR の活性化を阻害する抗EGFR モノクローナル抗体である.わが国では2008年にセツキシマブが治癒切除不能,進行再発結腸直腸癌に認可されたが,EGFR を標的とした分子標的薬であったためEGFR の発現が治療効果のバイオマーカーになると考えられていた.後に,免疫染色法でのEGFR 発現度と抗EGFR 抗体の効果は相関しないことが示され,EGFR 発現は臨床的に意義をもたなくなった.抗EGFR 抗体のバイオマーカー検索が展開されるなかで注目されたのがKRAS 遺伝子変異の有無である. -
mTOR
249巻5号(2014);View Description Hide DescriptionmTOR は酵母から哺乳類に至るすべての種に保存された蛋白リン酸化酵素(キナーゼ)で,その活性は細胞の成長,増殖,代謝に必須な役割を果たす1).mTOR は2種類の異なった蛋白複合体(mTORC1 とmTORC2)を形成し,異なった基質をリン酸化する.ラパマイシンは特異的にmTORC1 の活性を抑制する.mTORC1 はとくに細胞における蛋白合成に必須であるのに対し,mTORC2は細胞骨格の再構築,糖代謝の亢進,および細胞死の抑制に重要な働きを発揮する.マウスにおける特異的mTORC1 やmTORC2 の欠損はともに胎生致死を示すのに対し,それらの活性亢進は多くの腫瘍組織で認められることから,両複合体の活性は胎生器官形成に必須であるのとともに腫瘍細胞の増殖に重要な働きを有すると考えられる. -
抗VEGF 療法(癌治療)
249巻5号(2014);View Description Hide Descriptionがんが誘導する血管新生は,がんの増大や転移・浸潤と密接に関係していることが明らかになってきている1).がんにより誘導された血管は組織化されない不整な構造を示し,正常の細動脈や細静脈の区別がつかない.また,腫瘍血管は壁細胞と血管内皮細胞の接着が消失しており,浸潤や転移を起こしやすい構造であることが特徴である. こうした腫瘍血管を構築すべく,腫瘍がさまざまな血管新生因子を分泌することが知られているが,もっとも研究が進んでいるのがVEGF(vascular endothelialgrowth factor)ファミリーである.VEGF ファミリーは,VEGFA,VEGFB,VEGFC,VEGFD とPIGF(placentalgrowth factor)の5 種類が存在する.もっとも性質が明らかにされているのはVEGFA であり,単にVEGF というときにはこれをさす.VEGF による血管新生作用はVEGFR(vascular endothelial growth factor receptor)2を中心に発揮される.具体的には,血管内皮細胞の増殖,遊走能,浸潤能を促進させる働きを有する.腫瘍がVEGFR を発現し,自ら分泌したVEGF でそれを刺激する,オートクライン機構の存在も知られており,腫瘍の増殖・生存に直接かかわっていることが示唆されている. -
コンパニオン診断薬
249巻5号(2014);View Description Hide Descriptionコンパニオン診断薬(companion diagnostics:CDx)をキーワードとしてPubMed 検索すると,2006 年発表の学術論文1)がヒットする.アメリカ食品医薬品局(FDA)は2011 年7 月に発表したドラフト・ガイダンスのなかで,CDx は安全で有効な治療のために不可欠であり,①特定の治療薬がもっとも有効と予想される患者の同定,②重篤な副作用のリスクが高いと予想される患者の同定,③投与計画や投与量の変更,そして治療の中止を決定するための治療効果のモニタリング,の3 つが使用目的であると定義している. -
HPV ワクチン
249巻5号(2014);View Description Hide Description2013 年4 月1 日の予防接種法の改正により,子宮頸がん予防のためのHPV ワクチンは定期接種に位置づけられた.HPV ワクチンはウイルス表面の殻を構成する蛋白質であるL1 カプシドといわれる抗原(virus-like particle:VLP)を遺伝子工学的に作成したもので,殻のなかには遺伝子をもたず,病原性はまったくないサブユニットワクチン(不活化ワクチンの1 種)である.子宮頸部におけるHPV の自然感染では液性免疫の関与は乏しく,抗体産生が十分に起こらないが,これらのワクチンを筋肉内に接種すると高濃度のIgG を産生し,血中から子宮頸部粘膜に滲出し,中和抗体としてHPV の感染を防御する.また,アジュバントも抗体価の上昇に寄与する.子宮頸がんの原因のほぼ70%を占める16 型と18 型の感染を予防する二価ワクチン(サーバリックス®)と,それらにコンジローマのほぼすべての原因となる6型と11型の感染予防効果を加えた4 価ワクチン(ガーダシル®)がある(表1).2 つのワクチンは,ともにターゲットとするHPV6,11,16,18 型に対してほぼ100%の予防効果を示す. -
がん免疫療法
249巻5号(2014);View Description Hide Descriptionがん免疫療法は近年,臨床試験で明確な治療効果が認められ,米国臨床腫瘍学会(ASCO)でもトピックスであり,cancer immunotherapy は『Science』誌のBreakthroughof the Year 2013 に選ばれた1).その理由として,多発転移をもつ進行癌に対しても強力な腫瘍縮小効果と長期にわたる治療効果(durable response)を発揮した以下の2 つの治療法の開発があげられる. -
重粒子線治療
249巻5号(2014);View Description Hide Description重粒子線治療の歴史は意外と古く,1979~1993 年にアメリカでネオンイオン線を用いた臨床試験が行われ,X線抵抗性腫瘍に対する有効性が示された.しかし,コストの問題や実験施設での治療であったことからその試験は終了した.放射線医学総合研究所(放医研)では世界初の医療専用の重粒子線治療装置(HIMAC)を開発し,1994 年より炭素イオン線を用いた臨床試験を世界ではじめて開始した.現在日本国内はもとよりドイツ,イタリアで炭素イオン線を用いた重粒子線治療が行われている. 重粒子線は高密度に電離を起こし,X 線などとはDNA 損傷への作用機序が異なるため,一般に腫瘍細胞がX 線抵抗性を示す原因といわれている低酸素状態や細胞周期の影響を受けにくく,結果X 線抵抗性腫瘍に対しても抗腫瘍効果を発揮する.また,重粒子線は照射エネルギーに応じて一定の距離で停止する性質をもち,さらに停止直前に強いエネルギーを放出する.この物理的な特性により腫瘍に線量を集中させることが可能である. - 自己免疫疾患・膠原病・リウマチ
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IgG4 関連疾患
249巻5号(2014);View Description Hide DescriptionIgG4 関連疾患(IgG4-RD)は21 世紀に日本を中心に確立されたあらたな疾患概念で,血清IgG4 高値と病変部への著明なIgG4 陽性形質細胞浸潤を特徴とする1,2).発見の端緒は自己免疫性膵炎で血清IgG4 値の異常高値とIgG4 陽性形質細胞増殖が報告されたことによる3).その後,Mikulicz 病,Riedel 甲状腺炎,Küttner 腫瘍,後腹膜線維症,炎症性偽腫瘍,間質性腎炎,間質性肺炎など,さまざまな疾患で同様の特徴が報告された(表1). わが国の厚労省IgG4 関連疾患研究班を中心に検証が行われ,①病変部に著明なIgG4 形質細胞の浸潤が認められ,IgG4+形質細胞/IgG+形質細胞比率は40%以上,②浸潤B 細胞の免疫グロブリンL 鎖に偏りがないこと,③花筵様線維化(storiform fibrosis)および閉塞性静脈炎(obliterative phlebitis)など特徴的病理像を呈する,④アレルギー症状や末梢血の好酸球増多を認められること,などの臨床像・病理像が特徴である4,5).著者らの調査によると,わが国の患者数は26,000 人と推測され,広く臨床医に周知することが重要である. -
Treat-to-target/Window of opportunity
249巻5号(2014);View Description Hide DescriptionTreat-to-target は“目標達成に向けた治療”と訳され,T2T とも略される.日常診療において治療目標を明確にして戦略的に治療を展開することを意味しており,そもそもは糖尿病の分野で使われはじめた. 関節リウマチ(RA)においてはT2T の概念はオーストリアのSmolen 教授によって提唱された.そして,2010年には日常診療でT2T を実践するためのT2T リコメンデーションが提唱されている1).T2T とは,RA において総合的疾患活動性指標を定期的に測定することにより,寛解導入のみならず持続的な寛解維持を治療目標として積極的に治療を行う方法をさす.3 カ月以内に目標が達成できない場合には治療方針の変更を積極的に検討する.また,合併症などの事情により寛解の達成が望めない場合には,低疾患活動性を代替的な治療目標とする. 疾患活動性のモニタリングに用いられる総合的疾患活動性指標としては,全身の28 関節の腫脹・圧痛などを指標とするDAS28 がある.また,患者評価(visual analoguescale:VAS)も含めたSDAI (simplified diseaseactivity index),あるいはCRP を除いたCDAI (clinicaldisease activity index)などが用いられる場合もある. T2T を実践することで,高い臨床的寛解導入率が達成できるばかりか,関節破壊の進行を阻止できる構造的寛解,さらには関節機能を正常化させる機能的寛解をも達成可能であることが示されている. - 神経精神医学
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DSM-5(精神疾患の診断・統計マニュアル)
249巻5号(2014);View Description Hide Descriptionアメリカ精神医学会の『精神疾患の診断・統計マニュアル第5 版』(DSM-5)が2013 年5 月に発表された(日本語訳版は2014 年6 月に医学書院から発刊予定).本稿ではDSM-5 作成の背景をもとに,精神科診断の課題について論じることにしたい. DSM-5 が作成に着手された当初は,これまでの診断マニュアルからのパラダイムシフトをめざすとしていた.それは生物学的な指標を用いた客観的な診断法や数値を用いた新しい評価法を導入することや,早期発見による精神疾患予防をめざすことなどである.しかし,そうした先進的な仕組みは導入するにはあまりに早すぎた. 生物学的評価を導入するには,それを裏づける研究が決定的に不足している.そうした客観的な指標がないまま,的確な治療方法が確立していない段階で予防概念を導入すると,むしろ過剰診断・過剰治療に陥る可能性が生じる.そのために最終的には前版(DSM-Ⅳ-TR)とほとんど代わり映えのしない内容となった.さらには外部の圧力を防ぐために開発過程が内部の委員会だけで行われたこともあって,議論が尽くされないままに開発が進んだことも問題視された. そうしたなかでも,いくつかの変更が行われた.たとえば,統合失調症スペクトラムおよび他の精神病性障害では亜型が廃止され,緊張病が精神病性障害以外にも広く認められることから,独立したカテゴリーとなった. -
新型うつ病
249巻5号(2014);View Description Hide Description最近,新しいタイプのうつ病が登場した.”最近こんな声をよく耳にするが,正規の診断基準や教科書の記述が変わったわけではなく,諸外国でもあらたなうつ病論が展開されてはいない.もっぱらわが国で使われるこの用語について整理してみる. -
統合失調症スペクトラム障害
249巻5号(2014);View Description Hide Description統合失調症はE. クレペリンが“早発性痴呆”と定義したころから,臨床的な病状進行に対応する進行性脳病態の存在が想定されていた.にもかかわらず,その後の活発な死後脳研究においても神経変性所見はみつからず,発症後の進行性脳病態の存在はいったん否定された.そして疫学・遺伝子研究の進歩により神経発達に関するリスク遺伝子が報告され,1990 年代に神経発達障害仮説が確立した.しかし,神経画像工学の進歩と,精神病未治療期間(duration of untreated psychosis:DUP)と社会的予後不良の関係の疫学的解明により,2000 年代には統合失調症発症後の脳病態進行の有無を再検討する神経画像研究が盛んになった.その結果,統合失調症初回エピソードを呈する人において大脳新皮質を中心とした進行性脳体積減少が明らかになった.また,コホート研究により思春期早期の児童における精神病様体験(psychotic-like experiences:PLE)の存在が統合失調症発症のリスクを高めることがわかった.これらの知見が,現在の統合失調症治療の基本であるDUP の短縮と統合失調症の発症前後での早期介入を支持する科学的根拠となっている. -
発達障害/自閉症
249巻5号(2014);View Description Hide Description発達障害はさまざまな意味をもって使われてきた言葉(用語)である.基礎医学でいうdevelopmental disorderには滑脳症,孔脳症など大脳皮質の構築異常や,人為的な遺伝子操作で創出された遺伝子改変動物さえも含まれる.これに対して臨床医学でいう発達障害は,言語・対人関係の障害や常同的な行動を特徴とする自閉症スペクトラム(ASD)を中心におく,臨床症状(中間表現型)を基盤とする概念である.自閉症スペクトラムは人口の1~3%の頻度ともいわれ,きわめてコモンな疾患であるが,同様にコモンな知的障害, 注意欠陥性多動障害(ADHD),てんかんなどを合併することが多い.自閉症スペクトラムの発症には歴史的あるいは社会的に原因が論議されたこともあるが,遺伝的背景と環境因子が関与するという考え方が一般的である.脆弱X 症候群,レット症候群などは精神科の診断基準DSM-IV ではASD に分類されていたが,DSM-5 では遺伝子同定された疾患はASD から除外されている.この変更には分類を明確化して臨床的・研究的アプローチをフォーカスするという点で意義ある変更ではあるものの,これらの遺伝子異常による症候群の中間表現型がASD に近縁であることは,疾患分子基盤あるいは脳機能・神経回路から考えるうえでは脆弱X 症候群,レット症候群などのプロトタイプとしての重要性が変化したわけではない.表現型>神経回路>分子基盤という疾患理解の戦略のうえでは発達障害の解明のためにむしろ重要なリファレンスといえるであろう. 発達障害が注目されているのは罹患率が非常に高いことのみならず,増加傾向にあること,精神疾患との合併がしばしばみられ,最新の分子遺伝学的解析で,共通したリスクファクター遺伝子の存在が示唆されていることなどの理由による.また,高齢男性から生まれた子供に頻度が高いことも知られている. -
子ども虐待防止対策
249巻5号(2014);View Description Hide Description子ども虐待は,弱者である子どもに対する強者である年長者からの重大な権利侵害である.その虐待の内容により身体的虐待,ネグレクト,性的虐待,心理的虐待に分類されるが,重なっていることが多い.虐待とは子どもの視点で考えるべきものであり,身体的虐待は身体的な衝撃を受けること,ネグレクトは受けるべきケアを受けられないこと,性的虐待は年齢不相応な性的刺激を受けること,心理的虐待は心理的な圧排句を受けることで配偶者間暴力(DV)の目撃も含まれる. 死に結びつく危険の高い虐待で医療者が見逃してはならないのは,乳幼児揺さぶられ症候群(Shaken BabySyndrome:SBS),非器質性成長障害(Non-organicFailure to thrive),医療ネグレクト(Medical Neglect),代理によるミュンチハウゼン症候群(Munchausen Syndromeby Proxy)などである. - 成育(産科・小児科)・加齢
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無侵襲的出生前遺伝学的検査(NIPT)
249巻5号(2014);View Description Hide Description母体の血液中に存在する胎児由来のcell-free DNA(cfDNA)を解析する胎児の遺伝学的検査は,無侵襲的出生前遺伝学的検査(non-invasive prenatal genetic testing:NIPT)といわれる.ヒトゲノムの解読完了と次世代シークエンサーの登場により可能になった新しい遺伝学的検査法である.現在,臨床応用されているのは,母体血を用いた胎児染色体検査で,NIPT とほぼ同義に使われることも多い.母体血胎児染色体検査は,羊水検査や絨毛検査など子宮に針を刺して胎児由来成分を採取する検査法と異なり,母体から採血のみで行うもので,いままでの出生前診断を根底からくつがえす検査法として注目されている. -
オンコファーティリティー
249巻5号(2014);View Description Hide Descriptionオンコファーティリティー(Oncofertility;がん・生殖医療)とは腫瘍学(Oncology)と生殖医学(Fertility)を合わせた造語で,2006 年にノースウェスタン大学のTeresa K. Woodruff博士およびKarrie Ann Snyder博士らがはじめて提唱した概念である1).Woodruff 博士によると,アメリカのニクソン大統領が国家がん対策に署名した1971 年にオンコファーティリティー(がん・生殖医療)の概念がはじまったとしている.すなわち,国家対策の中心であった国立がん研究所の充実によって,より早期にがんを診断する技術が向上し,より積極的で良質ながん治療の提供が可能となったその結果,莫大な数のがん生存者が存在することとなったという.一方,国立がん研究所が整備されはじめた当時,時期を同じくして生殖医学の劇的な進歩が1978 年の体外受精の成功という結果となって結びついた.すなわち「ニクソン大統領による“がん”に対する国家対策の成果がオンコファーティリティー(がん・生殖医療)という新しい医療概念を生み出すこととなった訳である」と彼女は述べている.オンコファーティリティーはまだ8 年経過したばかりの新しい概念ではあるが,一方,産婦人科領域においては初期子宮頸がんに対する妊孕性温存手術や配偶子凍結,胚の凍結など古くから行われてきた診療でもある.近年Hodgkin 病患者における卵巣組織凍結・移植の生児獲得の報告以来,欧米において卵巣組織凍結はすべての若年女性がん患者へ妊孕性温存の選択肢として提供すべき医療行為となっている.幅広い年齢層に対応できる,月経周期によらず即座に施行可能である,より多くの原始卵胞を保存できるなど,本技術は若年女性がん患者に対する妊孕性温存方法の主翼となりうる新たな方法である. -
ライソゾーム病の酵素補充療法
249巻5号(2014);View Description Hide Description遺伝的なライソゾーム酵素欠損により細胞内に脂質,ムコ多糖などが蓄積し,さまざまな臨床症状を呈するのがライソゾーム病である.現在まで約50種あまりの疾患が知られており,酵素補充療法は欠損しているライソゾーム酵素を外から補充することによりライソゾームに蓄積している物質を分解する.現在までにGaucher 病,Fabry 病,Pompe 病,ムコ多糖症Ⅰ型,Ⅱ型,Ⅵ型などの疾患で酵素補充療法が承認されている.また,現在臨床開発中の疾患としてNiemann-Pick 病B 型,Wolman病,セロイドリポフスシノーシス,Sanfilippo 症候群,Morquio 症候群などで酵素補充療法が近いうち開始される. -
サルコペニア
249巻5号(2014);View Description Hide Description高齢者において虚弱の重要な要素としてサルコペニア(加齢性筋肉減少症)が知られているが,加齢に伴う液性因子の変化や栄養障害がサルコペニアの発症,進展に関与している可能性が考えられている.また,こうした体組成変化,身体機能低下,老年症候群など複合的な要因によって虚弱(frailty),要介護状態に陥る場合も少なくない. -
ロコモティブシンドローム
249巻5号(2014);View Description Hide Description超高齢社会の先頭を切るわが国では国際的に合意されている従来の疾患概念を越えて新しい病態概念が生まれてきているが,ロコモティブシンドローム(ロコモと略す;運動器症候群)はそのひとつである.生存寿命だけを延長するより健康長寿を保ちたい,何歳になっても元気で動ける状態でいたいと願う国民が増加し,動けることの基礎にある運動器の健康に注目が集まるようになった結果,2007 年,日本整形外科学会は人類が経験したことのない超高齢社会・日本の未来を見据え,このロコモという概念を提唱した.当時の定義は,“運動器の障害による要介護の状態や要介護リスクの高い状態”であった1).つまり要介護化リスクの原因として運動器の障害という幅広い疾患を包含する表現を使用し,その重症度は歩行機能の低下で判定する.歩行速度が有力な指標になるとしており1),ロコモにおける歩行移動能力の重要性が強調されていた.このような流れから2013 年6 月に発表された改訂ではロコモの定義は“運動器の障害のために移動能力の低下をきたして要介護になったり要介護になる危険の高い状態”と,“移動能力の低下”が明確に打ち出され,いっそう理解しやすい概念に発展してきている2). このようにロコモは高齢者における“移動能力の低下”を重要なアウトカムの基礎に位置づけているもので,骨,筋肉,軟骨などの加齢に伴う量的・質的低下が運動器に起こす痛みや障害を広く含む病態となっている.つまり骨粗鬆症・骨折,サルコペニア,変形性関節症,変形性脊椎症などがロコモの基礎疾患としてとらえられている. - 外科・移植
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ステントグラフト
249巻5号(2014);View Description Hide Descriptionステントグラフト(SG)とは人工血管をステントに縫着したもので,ステントの拡張力で人工血管を動脈瘤の中枢末梢側の正常血管(ネック)に固定することによって動脈瘤を空置し破裂を予防するデバイスである.小さく折りたたんだ状態でX 線透視下に大腿動脈から挿入するため開胸,開腹,大動脈遮断の必要がなく,したがって,これまで手術不能と判断された患者も救命できる点が胸腔鏡,腹腔鏡手術など他領域の低侵襲治療との最大の違いである. -
GIST(消化管間質腫瘍)
249巻5号(2014);View Description Hide Description臨床的に診断される消化管間質腫瘍(gastrointestinalstromal tumor:GIST)は年10 万人に1~2 人の頻度で,基本的に消化管の悪性腫瘍(肉腫)として外科的あるいは内科的治療の対象と考えられている.病理組織学的な診断を行う際には,HE 染色に加え,KIT あるいはDOG1免疫染色が陽性か,あるいはKIT またはPDGFRA 遺伝子変異の存在が参考になる. 初発GIST 治療の第一選択は,臓器機能温存を考慮した肉眼的な完全切除である.再発時,不完全切除時,あるいは局所進行や転移などにより切除不能時はイマチニブ(400 mg/day)投与が勧められる(図1).イマチニブは85%のGIST に治療効果を示し,無進行再発期間(PFS)の中央値は約2 年である.イマチニブ耐性GIST には原則スニチニブ(50 mg/day,4 週投与2 週休薬)が投与される.スニチニブはイマチニブ耐性GIST の40%に治療効果を発揮し,PFS の中央値は約7 カ月である.いずれの薬剤に対してもほとんどの進行・再発GIST は,治療経過とともに耐性を示すようになる.これらイマチニブ耐性,スニチニブ耐性GIST に対し2014 年8 月から,血管新生阻害剤でもあるレゴラフェニブの使用が可能となった. レゴラフェニブとその主代謝物であるM-2・M-5 は,比較的特異的にVEGFR1-3,TIE2,PDGFRβ,FGFR,KIT,RET,RAF-1,BRAF を阻害する.レゴラフェニブの吸収は高脂肪食摂取で落ちるが,吸収された後,血中では99.5%以上アルブミンなどの血漿蛋白に結合し,血中半減期(t1/2)は約30 時間と比較的長い.したがって,成人の容量用法はレゴラフェニブ160 mg を1 日1回食後に3 週間連日内服し,その後1 週間休薬する.いくつかのin vitro の研究から,レゴラフェニブはキナーゼ領域に二次遺伝子変異をもつGIST にも治療効果をもつことが示されている. -
NOTES(経管腔的内視鏡手術)
249巻5号(2014);View Description Hide Description内視鏡を用いて自然孔から体腔内にアプローチし,診断・処置を行うNOTES(Natural Orifice TranslumenalEndoscopic Surgery)は体壁に創をつくらないので,開腹手術や腹腔鏡下手術に比べ,低侵襲性,術後疼痛の軽減,創に関する合併症の予防,整容性などが期待され,2004 年に基礎研究が開始された1).臨床応用は2007 年にMarescaux らが経腟的胆嚢摘出術を報告したのが最初で,これまでに世界で数千例に施行されている. -
脳脊髄液減少症/低髄液圧症候群
249巻5号(2014);View Description Hide Description脳脊髄液(髄液)の漏出によって起立性の頭痛が生じることは古くから知られており,その原因としては腰椎穿刺が有名である.しかし,腰椎穿刺を受けていないにもかかわらず同様の症状を呈する患者を, ドイツのSchaltenbrand が1938 年に報告している.彼はこの疾患について腰椎穿刺によっても髄液が採取できなかったことから“Spontaneous aliquorrhea”と命名し,これが特発性低髄液圧症候群の最初の報告と考えられている.本疾患の診断基準がはじめて公に記載されたのは国際頭痛学会の国際頭痛分類第1 版(1988)であり,“7.2.2 髄液瘻性頭痛”として記載され,2004 年の第2 版では“7.2.3 特発性低髄液圧性頭痛”として取り上げられた.この診断基準は,“ブラッドパッチ後72 時間以内に頭痛が改善すること”など,診断的治療が含まれるなど問題点も多いが,国際的には広く用いられている.Schaltenbrand の報告にはじまるこの疾患は,脳脊髄液の漏出によって低髄液圧になり,起立時の牽引性頭痛を主症状とする症候群とされてきたが,後に,髄液圧が正常の症例も存在するなどの理由でアメリカのMokri が,“本疾患の病態は脳脊髄液の減少であり,脳脊髄液減少症とすべき”とする論文を1999 年に発表した.これが“脳脊髄液減少症”のはじまりである. -
乳房オンコプラスティックサージャリー
249巻5号(2014);View Description Hide Description1990 年代よりヨーロッパを中心に乳癌根治と整容性を両立するあらたな手術の概念,オンコプラスティックサージャリーという概念が提唱され,徐々に普及してきた.このような潮流はわが国でも起こり,乳腺外科医と形成外科医が一堂に会して討議する場が求められ,地域規模の“乳腺外科・形成外科懇話会”が2008 年12 月にはじめて東京で開催された.その後,大阪,福岡,札幌でも開催された.2011 年11 月に第3 回国際乳房オンコプラステイックサージャリー学会(International OncoplasticBreast Surgery Society:IOPBS)の学術総会が日本で開催されることになり,これが契機となり本格的な日本での組織づくりの構想が生まれ,2012 年3 月に日本乳房オンコプラステイックサージャリー学会(JapaneseOncoplastic Breast Surgery Society:JOPBS)が誕生した. 本稿ではこの学会の概要とその活動について述べるが,2013 年7 月に長年の念願であった乳房インプラント(シリコン充填人工乳房:以下,インプラント)が保険適用となり,俄然,この学会の重要度が増し,注目されている. -
ロボット支援手術“ダ・ヴィンチ”
249巻5号(2014);View Description Hide Description最近メディアなどで“ダ・ヴィンチ”という言葉をよく耳にするが,これはレオナルド・ダ・ヴィンチをさしているわけではない.しかし,まったく関係がないわけでもない.実はアメリカのベンチャー企業であるIntuitiveSurgical 社が開発販売している手術支援ロボット“da Vinci”のことである.レオナルド・ダ・ヴィンチが世界ではじめてロボットの設計図を描いたことに因んでその名前を拝借したとのことである.このダ・ヴィンチが手術分野に新しい旋風を巻き起こし,革新的な技術をもっていまや世界中を席巻しているのが現状である. ではそれほど凄い機械なのであろうか? da Vinci を用いた,いわゆるロボット手術は腹腔鏡下手術であるが,その操作方法は従来の腹腔鏡下手術とはまったく異なる別次元の手術といってもよい.da Vinci では両手の2 つの指(親指と中指あるいは人差し指)に装着したセンサーを用いてロボットのアームに装着した鉗子を遠隔操作する.これをmaster-slave 式の遠隔操作とよび,寸分の狂いもなく自分の手のように鉗子を動かすことが可能である. -
ブレイン・マシン・インターフェース(BMI)
249巻5号(2014);View Description Hide DescriptionBrain machine interface(BMI)は脳信号を解読してロボットアームなどの外部機器を操作する技術であり,神経難病や脊髄損傷による身体障害に対する機能再建や脳卒中片麻痺に対するリハビリテーション促進技術として期待されている. -
補助人工心臓
249巻5号(2014);View Description Hide Description心不全の予後は進行癌と同じくらい不良である.補助人工心臓(ventricular assist device:VAD)の開発は1960年代にはじまるが,1980年以後心臓移植へのブリッジ使用(bridge to transplantation:BTT)が普及した.1990 年代に第一世代拍動流植込型LVAD(Novacor,HeartMate VE)が臨床導入され,2000 年に入り第二・第三世代連続流植込型LVAD(HeartMate Ⅱ,Jarvik2000,HVAD,EVAHEART,DuraHeart など)の導入により治療成績は飛躍的に向上した. -
小児臓器移植
249巻5号(2014);View Description Hide Description臓器移植医療は臓器提供者(ドナー)が必要なこと,術後に拒絶反応を抑制するため免疫抑制剤内服が必要であることが,通常の医療と大きく異なる点である.健常人の一部臓器を移植片とする生体移植は,末期臓器不全患者に対しておもにわが国で発展してきた医療である.生体肝移植は1989 年11 月島根大学の永末らが,胆道閉鎖症による末期肝硬変の男児に施行したのが最初である1).その後粛々と症例が重ねられ,2011 年末まで6,503例に生体肝移植が施行されている.日本肝移植研究会の2011 年までの肝移植症例登録によると,2,366 例の小児(18 歳未満)の生体肝移植が実施されており,年間小児生体肝移植症例数は約120~140 例,患者生存率は1 年88.3%,10 年82.8%と安定した成績であると報告されている2()図1).生体臓器移植は尊い家族の意志・先人の不断の努力により末期臓器不全に対する治療方法として,わが国で確立された医療といえる. - 皮膚・感覚器(眼科・耳鼻咽喉)
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薬剤性過敏症症候群
249巻5号(2014);View Description Hide Description薬剤性過敏症症候群(drug-induced hypersensitivitysyndrome:DiHS)は,重症薬疹の病態に薬剤だけでなく潜伏ウイルスの再活性化が関与することが明らかになった最初の例といえる. 本症は通常皮疹と発熱ではじまる.皮疹は掻痒を伴う汎発性の浮腫性紅斑で,発熱は38~40℃まで上昇する.初期にみられる特徴的な発疹は顔面の発赤と浮腫と頸部のリンパ節腫脹である.Stevens-Johnson 症候群(SJS)などと異なり,粘膜症状はほとんどみられない.検査所見では白血球増多,好酸球増多,異型リンパ球増多や肝酵素の上昇がみられる.そのため本症になじみのない医師は感染症と誤診し,鎮痛解熱剤や抗生剤を投与し,さらなる薬剤感作を誘導しがちとなる.発症後に開始した薬剤にもアレルギーになる多剤感作も本症の特徴のひとつである.このような症状が,原因薬を内服開始して2~3 週間以上経過した時点で起こってくるのが特徴である.通常の薬疹が原因薬内服後1~2週間で生じることが多いのに対し,このような遅発性の発症が診断の遅れる原因のひとつとなっている.原因薬のなかで圧倒的に多いのがカルバマゼピン,フェノバール,フェニトイン,アロプリノール,メキシレチン,ジアフェニルスルホン,サラゾスルファピリジンであり,とくにカルバマゼピンの頻度はきわめて高い.最近,ラモトリギンの報告も増加しているが,このように原因薬がきわめて限られているのも本症の特徴である. -
抗VEGF 療法(眼科)
249巻5号(2014);View Description Hide Description血管内皮細胞増殖因子(vascular endothelial growthfactor:VEGF)は,正常血管の形成,維持などに必要な生理学的な作用と血管新生,血管透過性亢進,炎症などの病的な作用をきたすことが知られている.眼内ではVEGF の血管新生の作用により脈絡膜新生血管,血管透過性亢進の作用により網膜静脈閉塞症や糖尿病網膜症に伴う黄斑浮腫が生じ,これらは視機能の低下を招く.眼科領域ではこのVEGFの病的な作用を阻止する抗VEGF療法が行われるようになり,これまでの治療方針が大きく変わった疾患が後述するようにある.抗VEGF 療法は抗VEGF 薬を角膜の辺縁から後方4 mm のあたりから硝子体内に直接注射する治療で,消毒や眼局所麻酔を含めても数分で終了する.承認された眼科領域の抗VEGF 薬にはPegaptanib(マクジェン(R)),Ranibizumab(ルセンティス(R)),Afribercep(t アイリーア(R))がある.これらの薬剤は創薬デザイン,分子量が異なりVEGF の阻害分子も異なる. -
好酸球性副鼻腔炎
249巻5号(2014);View Description Hide Description従来の慢性化膿性副鼻腔炎は抗菌薬の進歩ととともにその病態の軽症化が指摘され,またマクロライド療法や内視鏡手術が導入されると治療効果は飛躍的に向上した.一方,副鼻腔粘膜への炎症細胞浸潤は好中球に比べ好酸球浸潤の増加が指摘され,著明に好酸球浸潤した副鼻腔炎では従来の治療法では治療効果が期待できなくなった. このような状況下に,2001 年に従来の慢性化膿性副鼻腔炎と異なる臨床的特徴を有する好酸球性副鼻腔炎が提唱された. -
人工内耳(残存聴力活用型)
249巻5号(2014);View Description Hide Descriptionわが国で人工内耳が行われてから約30年が経過し,適応も幼小児~高齢者まで幅広く保険医療として定着してきたが,その対象は高度~重度の難聴患者に限られていた.その一方で,低音域にある程度の聴力が残っている(残存聴力)ものの中・高音域の高度~重度の難聴を抱える患者(高音急墜型難聴)は既存の補聴器では効果が得られにくいとされ,十分な聞こえを獲得することが困難であった. “残存聴力活用型人工内耳”(electric acoustic stimulation:EAS)は上記のような高音急墜型難聴が適応となる.海外ではすでに臨床応用されているが,わが国でも2010 年8 月から信州大学医学部耳鼻咽喉科を中心に高度医療(第3 項先進医療)として臨床研究が行われ,その有用性が報告されている.また,EAS は新しい医療機器として2013 年9 月に薬事承認がなされ,近い将来保険収載され,実地臨床で使用されることが期待されている. - 救急・集中治療
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JRC(日本版)ガイドライン2010
249巻5号(2014);View Description Hide Description1960 年代に確立された現在の心肺蘇生法は,アメリカ心臓協会(American Heart Association:AHA)によるガイドライン策定により普及が促進された.1974 年に最初の“Standards for Cardiopulmonary Resuscitation(CPR)and Emergency Cardiac Care(ECC)”が出版され,以後,1992 年まで6 年ごとに改訂が行われた.また,ヨーロッパ蘇生協議会(European Resuscitation Council:ERC)が1988 年に設立され,独自のガイドラインを作成するとともに,1992 年にオーストラリア,カナダの蘇生団体を加えてILCOR の母体となるInternational LiaisonCommittee on CPR を設立し,1996 年に現在のInternationalLiaison Committee on Resuscitation(ILCOR)に発展させた. 2000 年にAHA がILCOR とともに策定したAHA 国際ガイドライン2000は日本語にも翻訳され,わが国にも大きなインパクトを与えた.つぎの2005 年の改訂ではILCOR は「心肺蘇生と救急心血管治療の科学についての国際コンセンサスと治療推奨(CoSTR)」を作成し,ILCOR に加盟する蘇生団体がそれぞれの地域の患者背景,認可薬剤,救急医療体制や社会的慣習にあったガイドラインをCoSTR に準拠して策定することになった. -
地域災害医療コーディネーター
249巻5号(2014);View Description Hide Description著者は2002 年より宮城県にある石巻赤十字病院に赴任し,2011 年2 月に6 人目となる宮城県災害医療コーディネーターを委嘱された.その直後の2011 年3 月11日に発生した東日本大震災では石巻医療圏は最大被災地となり,石巻市の行政や保健所も被災し,発災直後にその機能が著しく低下した. 圏内唯一の災害拠点病院でもある石巻赤十字病院は圏内でただ一つ100%機能を維持しえた高次対応可能な医療施設でもあったため,必然的に現地医療救護活動の拠点本部となり,宮城県災害医療コーディネーターであった著者が“石巻医療圏”の医療救護活動を統括する役割を担うことになった. 石巻圏における著者らの災害救護活動は約7 カ月に及び,2011 年9 月30 日をもって終了した.その活動内容の概要を以下に記す. 第1 に,石巻圏に参集した支援救護チームのすべて(登録のべ955 チーム)を一元的に統括する“石巻圏合同救護チーム”を立ち上げ,統括した.第2 に,石巻医療圏を14 のエリアに分け,東北大,行政,医師会,企業,自衛隊,消防などと連携しながらこのチームにより包括的な救護活動を行った.第3 に,圏内最大328 に達した避難所すべてのアセスメントを継続的に行いながらカバーし,定点救護所をのべ9 カ所設けるなどさまざまな施策を実行しながら最終的にのべ53,696 名の診療を行った. -
Surviving Sepsis Campaign guidelines(重症敗血症ガイドライン)
249巻5号(2014);View Description Hide DescriptionSurviving Sepsis Campaign(SSC;敗血症救命キャンペーン)は2002年10月にスペインのバルセロナで開催されたヨーロッパ集中治療医学会で立ち上げられた国際プログラムの名称である.このキャンペーンは敗血症に対する認識を高め,早期診断と治療法の確立,教育などを通じて当時30~40%とされていた重症敗血症の死亡率を,5 年間で25%(相対死亡率として)低下させることを目的として開始された1). ここでいう敗血症は,1992 年にアメリカ胸部専門医学会(American College of Chest Physicians:ACCP)とアメリカ集中治療医学会(Society of Critical Care Medicine:SCCM)が合同で提唱した定義2)に基づいている.すなわち,敗血症(Sepsis)は“感染によって引き起こされた全身性炎症反応症候群(systemic inflammatoryresponse syndrome:SIRS)”と定義された.SIRS は,①体温>38℃または<36℃,②脈拍数>90/min,③呼吸数>20/min またはPaCO2<32 torr, ④ 白血球数>12,000/mm3あるいは<4,000/mm3または未熟型白血球>10%,のうち2 つ以上を呈する状態である.また,重症敗血症(severe sepsis)は“敗血症のなかで臓器障害や臓器灌流低下または低血圧を呈する状態”,敗血症性ショック(septic shock)は“重症敗血症のなかで十分な輸液を行っても低血圧が持続する状態”と定義された. - 輸血・麻酔
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代用血漿剤
249巻5号(2014);View Description Hide Description代用血漿剤は血漿の多くの生理的作用のうち,血管内容量増量効果のみを代用する膠質輸液剤である.晶質液である細胞外液製剤は塩化ナトリウムを主成分とし,その多くが血管から間質に漏出し,間質の浮腫が問題となっている.一方,代用血漿剤はデキストラン,ヒドロキシエチルデンプン(HES),ゼラチンなどの高分子成分が膠質浸透圧活性粒子として作用し,効率的に血管内容量を増量できる.膠質輸液剤であるアルブミン製剤も凝固因子などは含まず,血管内容量効果のみを有するが,慣用的に代用血漿とはよばない. -
患者中心の輸血医療(PBM)
249巻5号(2014);View Description Hide Description輸血用血液の原料はヒトに由来するため,輸血にはさまざまな有害事象発生のリスクが内包される.輸血によるHBV,HCV,HIV などの感染リスクは献血血液スクリーニング検査の感度の上昇に伴い,かぎりなくゼロに近づいた1).また,輸血に関連する有害事象で死亡率がもっとも高かったABO 血液型不適合輸血も,医療機関における輸血の安全対策が確立するにつれ,ほとんどなくなった.しかし,輸血関連急性肺障害,ABO 血液型以外の抗体による溶血性反応,輸血関連循環過負荷などに起因する死亡例が存在する.さらに最近,同種血輸血それ自体が術後合併症発生率や死亡率の増加に関係する可能性が指摘されている. -
骨髄由来ミクログリアと慢性疼痛
249巻5号(2014);View Description Hide Description中枢神経の感染や傷害に対して,生体の防衛システムである免疫機能を担うのがミクログリアである.ミクログリアは血液脳関門が不完全な胎生期に,脳内に移行した骨髄由来前駆細胞から分化した内在性ミクログリアであると考えられてきた.しかし近年,骨髄由来単球細胞が血行性に血液脳関門を通過して脳内に侵入し,神経細胞に影響を与える骨髄由来ミクログリアの存在が注目されている1).脳内に集積した骨髄由来ミクログリアは高次脳機能障害や不安行動を引き起こすことが報告されており2,3),神経障害性疼痛モデルマウスでは骨髄由来ミクログリアは脊髄後角に集積し,慢性疼痛の一種である神経障害性疼痛を引き起こすことが明らかになっている4).今後は内在性ミクログリアだけでなく,骨髄由来ミクログリアにも焦点を当てた疼痛研究が期待される. -
脊髄刺激療法
249巻5号(2014);View Description Hide Description脊髄刺激療法(Spinal cord stimulation:SCS)は,難治性の慢性痛患者に対して脊髄硬膜外腔に留置した刺激電極により脊髄後索の電気刺激を行い,痛みのある部位に心地よい電気刺激を重ねることで痛みの緩和をはかる神経調節療法(neuromodulation)の一種である.1967 年にアメリカで肺癌末期患者の胸部痛に対して実施されたSCS が世界で最初の報告であり,わが国では1971 年にはじめて臨床報告され,1992 年に難治性慢性痛に対して保険医療が適応となった.患者が自分の痛みに応じて刺激を調節し痛みをコントロールできる点や,刺激電極を抜去することで元の状態に戻せる可逆的な治療である点が特徴的である. - その他
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原子力災害の健康影響
249巻5号(2014);View Description Hide Description原子力災害(nuclear disasters)をタイトルにしたのは東電福島第一原発に事故が発生したからである.原爆投下(広島・長崎),原爆実験(世界各地)も世界の人類の健康に大きな影響を及ぼした.原発事故も含めてタイトルを原子力災害の健康影響とした理由である.この小論では過去の原子力災害に学びながら福島原発事故の対策を念頭に,読者に災害の基本的な事柄を説明したい. -
ロボットスーツ“HAL-HN01(医療用HAL)”
249巻5号(2014);View Description Hide Description筑波大学サイバニクス研究センターの山海嘉之教授は,Cybernetics,Mechatronics,Informatics を融合したサイバニクス(Cybernics)技術を用いてヒトの身体/脳とリアルタイムに情報を交換して人を支援する生体電位駆動型の装着型ロボット,すなわち皮膚表面に表れる生体電位信号(bioelectrical signals)から装着者の随意運動意図を解析し,各種センサー情報と運動パタンのデータベースを参照し,適切なモータトルクで随意運動を増強する装置を発明し,HAL(Hybrid assistive limb)と命名した.最初の試作機は1995 年にHAL-1 としてつくられ,健常人用のHAL-5 が2005 年に完成した.このモデルには健康なヒトの身体機能を増強する特徴があり,普通はもち上げられない重い物を持ち上げることができる.HAL 技術を使った義足(Cybernic leg)や補装具は有望と思われるが,医学応用としてのHAL は患者の脳・神経・筋の可塑性(neuromuscular plasticity)を促進し治療効果を得ることをめざしている.つまり脳・脊髄・運動神経・筋の障害からくる歩行障害に対して患者がHAL を装着して定期的に歩行練習を行うことで,HALを脱いだ後の歩行改善効果が期待されている.山海はiBF 仮説(interactive Bio-Feedback hypothesis),すなわち“動作意思を反映した生体電位信号によって動作補助を行うロボットスーツHAL を用いると,HAL の介在によりHAL とヒトの中枢系と末梢系の間で人体内外を経由してインタラクティブなバイオフィードバックが促され,高齢化に伴い増加してくる脳・神経・筋系の疾患患者の中枢系と末梢系の機能改善が促進されるという仮説”を提唱している. -
オートプシーイメージング
249巻5号(2014);View Description Hide DescriptionAutopsy imaging(Ai)とは“死亡時画像診断”と併記されることが多いが,実際には広く死後画像検査を意味する言葉として使用されている.この語は,近年,小説やドラマの人気を背景として日本においてのみ通用する造語である.英語圏においては解剖時の画像(写真など)と誤解されることが多い.学術的に死後画像検査を意味する言葉としては,postmortem imaging,forensicimaging,forensic radiology,virtual autopsy などが適切であり,学術論文や学会発表においては注意を払うべきである. X 線撮影装置を用いた死後画像検査は法医学領域においてけっして新しいことではなく,遅くとも前世紀前半には導入が開始されており,現在欧米諸国で法医学研究所に行けばたいていはX 線がおいてある.最近は高性能CT 装置が廉価となったことなどからCT へ移行しつつあり,日本の法医学においては司法解剖にかかわる諸検査経費が予算化された影響などから,2006 年に千葉大学法医学教室での解剖前CT 検査導入を皮切りとし,2013年末現在で20 大学近くの法医学教室や放射線科などで死後CT が実施されており,また近々改築が完了する東京都監察医務院でも導入が予定されている. -
性差医学
249巻5号(2014);View Description Hide Description近年,循環器分野をはじめとして日欧米における性差医学の展開には目覚しいものがある.2010 年,アメリカNational Institute of Health(NIH)女性健康局(Office ofResearch on Women’s Health:ORWH)が出したAgenda“Moving into the Future With New Dimensionsand Strategies:A vision for 2020 for Women’sHealth Research”に記載された課題は6 項目で,①基礎科学における性差研究をさらに進める,②新しい技術,医療機器,医薬品の開発にあたって性差を考慮する,③老若男女を問わず遺伝学的・形態学的性差のみならず,個人の行動,既往歴をも組み込んだPersonalized medicineの提供,④女性の健康に関する研究をアメリカ地域のみならず,全世界で共有しうるような戦略的研究ネットワークの構築,⑤女性の健康とウェルネスに関する理解と認識を高めるための新しい情報提供の仕組みを発展させる,⑥性差医学研究と性差医療の発展のためにさらなる研究拠点の開発を革新的に戦略的に行う,である. -
食品安全委員会
249巻5号(2014);View Description Hide Description食品安全委員会は,2004 年7 月の設立以来,7 名の委員と各専門調査会の専門委員,そして事務局職員とが一体となって国民の健康保護を最優先に,科学的知見に基づき,客観的かつ中立公正な立場から1,500 件を超える食品健康影響評価を行っている.2013 年はBSE 対策の見直し(日本のウシの検査対象月齢のさらなる引き上げ)や当委員会が自ら選定した評価テーマである“ヒ素”をはじめとし,農薬,食品添加物など200 件あまりの食品健康影響評価について取りまとめた.また,評価結果をはじめ,食品の安全性に関する科学的な情報を国民にわかりやすく発信することに努め,意見交換会の開催などを行うとともに,関係府省とも連携し,関係者間のリスクコミュニケーションを実施してきた(図1). これら食品健康影響評価や食品の安全性に関する情報は食品安全委員会ホームページにおいて随時更新し,利用者の利便性の高い情報提供を行っている(http://www.fsc.go.jp/). -
生物統計学
249巻5号(2014);View Description Hide Description生物統計学とは健康科学・医療にかかわる応用統計学である.医学統計学・医療統計学あるいはバイオ統計学ともよばれるが,英名はいずれもbiostatistics あるいはmedical Statistics であり,限られた資源(対象者,時間やコスト)のなかでいかに効率的にデータを収集し,解析し,そしていかに解釈するかの方法論を提供する学問分野である.医薬品や医療機器,一般には予防を含む医療技術の有効性と安全性を評価するためにはヒトを対象とした実験的研究(臨床試験)が必須とされている.もちろん被験者に対する十分な説明・同意と第三者により倫理審査が必要であり,さらに試験が患者の人権を尊重し,得られたデータの質が保障される仕組み(GoodClinical Practice:GCP)のもとで行われることが国際的には要求されている.近年,臨床試験の設計とデータ解析に責任を有する試験統計家に対する需要が世界的に急増した.そして,2000 年ごろから欧米と比較した際の教育システムの貧弱さ(というより当時は皆無の状態)がようやく日本でも指摘されるようになった.2013 年に発覚した降圧薬臨床試験不祥事の背景にも,この試験統計家不足がある.実は国際的にも臨床試験を担う生物統計家は供給不足である. -
医師主導型臨床試験
249巻5号(2014);View Description Hide Description昨年から今年にかけて“医師主導型臨床試験”という言葉が全国紙を含むマスコミに頻繁に登場し,一般市民の注目を浴びることとなった.その理由はあまり喜ばしいものではなく,ある高血圧治療薬を用いた医師主導型の大規模臨床試験がさまざまな疑惑を招いたことであった. まず,“医師主導型臨床試験”の意味を確認する.国内では法的規制からみた場合,臨床研究(ヒトまたはヒト組織や生体情報を用いた医学的研究全般をさす)は,治験および製造販売後臨床試験とそれ以外の研究に大別される.治験および製造販売後臨床試験は薬事法の規制がかかり,そのほとんどは企業が依頼者となって行われるが,医師自らが治験届を厚生労働大臣に提出して行う医師主導治験も少数ながら存在する.これら以外の臨床研究は法規制がなく,“臨床研究に関する倫理指針”をはじめとする各種倫理指針に沿って行われる.各種倫理指針には適用される臨床研究が定義されているので,“臨床研究”“疫学研究”“ヒトゲノム・遺伝子解析研究”“遺伝子治療臨床研究”“ヒト幹細胞を用いる臨床研究”がそれぞれ倫理指針で定義された研究ということになり,国内では“臨床研究”という言葉がいくつかの異なった意味を有するという,やや複雑な状況である. -
臨床研究と倫理
249巻5号(2014);View Description Hide Description臨床研究とよばれる,人を対象とする研究(人由来の試料・情報を用いた研究を含む)の目的は,診断・治療・予防方法の改善や病因・病原を理解可能とするような,普遍化可能な科学的知見を獲得・構築することによって人全体と社会の健康の向上と増進に寄与することにある.そして,この目的を達成するために臨床研究では最終的に人を対象として,すなわち人を目的それ自体ではなく手段として用いることを免れない.臨床研究は,このような不道徳性・反倫理性を根源的に内在させるがゆえに1),その計画・実施に際しては高度な倫理性,すなわち研究倫理(research ethics)が要求される. 研究倫理の射程は大きく2 つに区別される.ひとつは研究を計画・実施する研究者個人にかかわる倫理問題(研究者の倫理)であり,もうひとつは研究自体がそなえるべき要件としての倫理問題(研究の倫理)である2). 研究者の倫理で問われるものはいわば研究者自身の科学者としての誇りや品格の問題であるのに対して,研究の倫理でおもに問われるものは,臨床研究を進めながらそこで研究手段として使われる被験者を保護するために研究はどうあるべきかという問題である.これら2 つはたがいに密接に関連する一方で,問題の所在を異にする.すなわち,たとえ品格を備えた“善い”研究者であっても正しく被験者を保護した倫理的に適切な臨床研究を計画・実施することがかならずしもできるわけではなく,またその逆も真なりということである. -
バイオインフォマティクス
249巻5号(2014);View Description Hide Descriptionバイオインフォマティクス(bioinformatics)は,バイオのためのインフォマティクス,すなわち生物学に必要な情報技術(解析ツールやデータベース)を開発することを目的とする研究分野である.その歴史は,配列アライメントの原理などを例にとれば,1970 年代まで遡ることができるが,一般の生命科学者に注目され,また情報系研究者がこの分野に参入しだしたのはヒトゲノム計画がはじまった1990 年ごろからである.バイオインフォマティクスという呼び名が定着したのも,それからしばらく後のことであり,このような観点からはここ20年ほどの歴史しかない新しい学問領域である. ヒトゲノム計画の開始当初は,塩基配列やアミノ酸配列の相同性検索,ゲノム配列における遺伝子領域の予測,蛋白質の立体構造解析などの分子データの解析がその中心課題であった.その後,ポストゲノム研究が進むにつれ,それらに加え,遺伝子発現データ,蛋白質の相互作用データ,画像などで表現される表現型データなども解析対象となり,さらには文献やオントロジー(機能とその階層を表現した用語集)などの知識も対象となるなど,対象範囲がどんどん広がって行った.それに伴い,解析手法やそれに用いられる情報技術も非常に多様化した. 現在では対象データやその解析に用いる情報技術でバイオインフォマティクスを定義するのは困難である.生命科学の分野ですこし高度な情報処理を必要とする研究すべてがバイオインフォマティクスの範疇と考えられるようになってきている.従来はゲノム研究のための研究分野という意味合いが強かったが,最近は基礎生物学だけでなく,医学,薬学,農学などの応用分野や産業界でも,いわゆるビッグデータを扱う必要性が高まり,これらの分野でもなくてはならない存在になりつつある. -
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