医学のあゆみ
Volume 253, Issue 9, 2015
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【5月第5土曜特集】 老化と老年疾患―研究・臨床の最前線
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- 概論・総論:主要課題のオーバービュー
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老化研究の最前線
253巻9号(2015);View Description Hide Description◎老化には“環境”と“遺伝子”が関与していると考えられており,多くの仮説が生まれてきたが,長い間,老化の分子メカニズムを解明することができなかった.それが近年の分子遺伝学的手法の発達により,老化についても分子メカニズムの研究が進み,加齢とともに糖代謝やアミノ酸代謝,脂質代謝,エネルギー代謝が変化し,副産物として生じた活性酸素や,機能を失い蓄積した細胞の構成成分が細胞機能を傷害することで老化が生じる姿がみえてきた.これに対抗するように,生物は抗酸化やオートファジーなどの防御機構を進化させ,寿命がこの傷害と防御のバランスにより決められていることが明らかになってきた.このバランスは,栄養に含まれる成分や薬剤などの環境因子がシグナル伝達系を通して代謝や抗酸化の遺伝子を制御することで決まると考えられる. -
フレイルの概念とその意義
253巻9号(2015);View Description Hide Description◎フレイルは加齢とともに増加し,環境因子に対する脆弱性が高まった状態として認識されており,健康長寿を達成するうえで重要な概念である.しかし,その定義,病態生理や早期発見のためのバイオマーカーの意義,適切な介入方法などについて十分な結論が出ているとはいいがたい.フレイルには身体的・精神心理的・社会的な要因があり,本稿ではその歴史,意義,今後の展開についてまとめる.フレイルは高齢者の生命・機能予後の推定や包括的医療を行ううえでも重要な概念であり,介入可能な病態であることから,高齢者の健康増進を考えるうえではすべての国民が理解すべき概念である. -
多病高齢者における疾患管理の考え方
253巻9号(2015);View Description Hide Description◎わが国の高齢者人口の増加に伴い,医療従事者は安全かつ有効性の高い高齢者医療を提供することが社会から求められている.しかし高齢者,とくに要介護高齢者や後期高齢者では医療行為の有効性に関するエビデンスが乏しいうえ,薬物有害事象などの医原性疾患が多かったり,高度な医療提供によっても予後が十分に改善しなかったりといった事例が頻繁に見受けられる.逆に年齢や機能障害,経済性を理由にした過度の医療制限も懸念され,高齢者に対する医療提供のあり方については現場で混乱がある.本稿では,このような多病を有する高齢者における疾患管理の考え方について概説する.とりわけフレイルとなった高齢患者においては,どの疾患の治療がどの程度必要かについて,その患者の機能や背景の情報を踏まえて検討し,必要に応じて多職種協働を行うといった,若・中年者とは異なるアプローチが必要であることを紹介する. -
抗加齢医学研究の現状と展望
253巻9号(2015);View Description Hide Description◎現在,実践できる抗加齢の理論として,カロリーリストリクション仮説(CR 仮説)と酸化ストレス仮説(ROS 仮説)がある.CR 仮説に対しては,これを裏づけるさまざまな研究が報告されてきている.CR によってニコチンアミドアデニンジヌクレオチド(NAD)依存性のサーチュインがヒストンやp53,FOXO などのさまざまな蛋白質を脱アセチル化して遺伝子発現を調節していることがわかってきた.最近ではサーチュインの過剰発現によって寿命延長マウスモデルも報告されている.また,AGE1 遺伝子やDAF2 遺伝子の変異でみられる寿命の延長は,その後の研究でこれらがIGF/insulin 経路の遺伝子であることがわかり,CR 仮説を裏づけることとなった.さらに,CR によるmTOR 抑制から活性化されるオートファジー,またCR によるケトン体の増加が酸化ストレスの抑制と結びつくなど,そのメカニズムの一端がみえてきたとともに,CR 仮説を背景とするさまざまな研究が進められている. -
超高齢社会に対応した医療・社会システム
253巻9号(2015);View Description Hide Description◎超高齢化という急激な人口構成の変化に対応し,医療,介護,社会保障,居住環境,社会的インフラ,就業形態をはじめとした社会システムを組み換える,すなわち“リデザイン”する必要性が目前に迫っている.若者~現役世代~高齢者のだれもが,人間としての尊厳と生きる喜びを享受しながら快活に生きていける,活力ある超高齢社会の実現に向けて挑戦していかなければならない.“Aging in Place”という概念を皆が共有し,各地域において予防とケアの両面がバランスの取れた形でさらに達成され,個々の地域性をいかした住み慣れたまちが構築されることが必要であり,わが国は大きな転換期を迎えている.健康増進・介護予防の視点から高齢者の地域活動への参加を促すことによって“社会の支え手”とする新しい社会システムを追い求める必要がある.さらに住み慣れた地域社会のなかで安心してできるだけ在宅療養を継続できる社会システムを居住環境システムも含めて実現するなど,“地域完結型医療”への進化が求められている. - 老化の分子機構
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オートファジーと老化
253巻9号(2015);View Description Hide Description◎ 1993 年のOhsumi らによる酵母オートファジー関連遺伝子の発見からオートファジーの分子生物学的研究が爆発的に進み,1998 年以降はMizushima,Yoshimori らにより哺乳類細胞でのオートファジーの分子機構・生理的意義が明らかにされ,2004 年以降にはオートファジー機能低下と各種疾患病態への関与までが明らかになりつつある.一般的に年齢の増加に伴う個体変化が“加齢”とされ,また老年期以降のそれが“老化”と定義されており,オートファジーの阻害または促進がそれぞれ個体寿命の短縮または延長を招来し,かつオートファジー阻害による表現型が老化現象と一致する部分が多いため,現在ではオートファジーが老化制御に関与すると考えられるようになっている.本稿では培養細胞を用いた検討で適切な老化条件を設定するのは困難であることから,in vivo での知見を中心に老化とオートファジーについての知見をまとめ,さらに老化により発症率が顕著に上昇し,かつエビデンスが比較的蓄積されている神経変性疾患および癌とオートファジーとの関連に言及する. -
腸管免疫と老化
253巻9号(2015);View Description Hide Description◎加齢により抗原特異的免疫応答が低下する一方で,炎症反応は増強することが知られる.腸管においてはIgA 抗体応答,経口免疫寛容といった特徴的な免疫応答が誘導されるが,加齢による抗原特異的IgA 抗体応答の低下,経口免疫寛容誘導,そしてマイグレーションの機能低下が,マウスモデルを中心に示されている.これらの要因としては樹状細胞,M 細胞,T 細胞の機能低下が示唆される.高齢者における腸管免疫機能の低下は易感染性につながると考えられ,食品による免疫機能増強に期待がかかる. -
ミトコンドリアと老化
253巻9号(2015);View Description Hide Description◎ミトコンドリアは細胞と個体の生理機能に必須なATP を生産する重要な細胞内小器官であるが,このATP合成の電子伝達反応の過程で,ミトコンドリア機能を酸化障害によって劣化させる活性酸素種(ROS)も同時に産生される.ミトコンドリアにはROS を除去する抗酸化システムをはじめとするミトコンドリア機能の修復機構が備わっており,これによりミトコンドリアの恒常性が維持される.しかし,ROS の増加と酸化障害の蓄積が加齢に伴って進行することでミトコンドリア機能の恒常性は破綻し,細胞損傷からやがては個体の老化を導くと考えられている.本稿では,最近の研究で明らかにされてきた老化と関連するミトコンドリア機能の調節に焦点を当て,その分子機構について概説する. -
Wnt シグナルによる老化制御
253巻9号(2015);View Description Hide Description◎ Wnt シグナルは,発生・発癌・幹細胞機能維持など多彩な作用を有するシグナル伝達系である.個体老化に関しては,Wnt シグナルが個体老化を促進する,あるいは老化に伴う臓器機能の低下を促進する,との報告があり,さらに,老化に伴って増加する血中のWnt 活性化因子が個体老化に関与するとの報告もなされていた.著者らは血中Wnt 活性化因子の単離同定を試み,補体経路の構成因子であるC1q が血中に存在するWnt活性化因子であることを見出した.C1q は古典的補体経路の最上流に位置するが,Wnt 受容体であるFrizzledにも結合し,補体の活性化とは無関係にWnt シグナルを活性化する.加齢に伴う骨格筋再生能低下や高血圧性血管リモデリングはC1q の作用を抑制することにより回復する.以上の結果は,C1q-Wnt 経路が個体老化,老化に伴う臓器機能低下,老化関連疾患の発症・進展に関与していることを示唆するものと考えられる. -
老化抑制および老化関連疾患治療薬としてのカロリー制限模倣物―その標的分子とシグナル伝達系
253巻9号(2015);View Description Hide Description◎カロリー制限(CR)は多くの生物種に対して老化の進行を遅らせ,癌や生活習慣病など,老化に伴い発症率が上昇するさまざまな疾患の発症・進行を遅らせる.CR による抗老化作用には平均寿命の延長も含まれ,そのメカニズムの解明に向けた研究が進められている.一方で,寿命制御シグナルに関する研究から,老化や老化関連疾患の発症にかかわる細胞内パスウェイが明らかにされ,CR による抗老化シグナルとのオーバーラップが示唆されている.近年,これらの研究成果を統合する形で,老化を遅らせ寿命を延長させる物質に関する報告が行われるようになってきた.そのような物質は,実際にCR を行わずにその抗老化作用を実現させるCR 模倣物の候補であると考えられる.本稿では,免疫抑制剤やサーチュイン活性化剤など,それらの候補物質が標的とする分子および細胞内シグナル伝達系を概説する.CR 模倣物の作用機序を解明することで,老化関連疾患のあらたな治療薬が生まれ,高齢者のQOL 改善や健康寿命の延伸が期待される.また,CR 模倣物は希少疾患に対するオーファンドラッグとしても有力な研究対象であり,その点でも今後さらに注目される領域である. - 老化研究と老年疾患の接点
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細胞老化の二面性―SASP による炎症と発がん促進
253巻9号(2015);View Description Hide Description◎正常な細胞にはさまざまな恒常性維持機構が備わっている.“細胞老化”もそのような恒常性維持機構のひとつで,発がんの危険性のある損傷が細胞に加わった際に誘導される不可逆的細胞増殖停止であり,もともと細胞に備わった重要な発がん防御機構である.しかし,自ら死滅するアポトーシスとは異なり,細胞老化を起こすと生体内において長期間生き続ける可能性がある.最近,生き残った老化細胞から,さまざまな炎症性サイトカインやケモカイン,細胞外マトリックス分解酵素といった多くの蛋白質が産生・分泌されることが明らかになり,この現象は細胞老化関連分泌現象(SASP)とよばれている.このように,もともとがん抑制機構として働く細胞老化であるが,時間とともに逆に生体に炎症や発がんなどの悪影響を及ぼすという,相反する二面性を有していることがわかってきた.加齢に伴い老化細胞が増えることが明らかになっていることから,加齢に伴いがんの発症率が増加することにもSASP が関与している可能性があると考えられる. -
インスリン・IGF-1 シグナルによる老化・寿命制御
253巻9号(2015);View Description Hide Description◎老化研究の多くは加齢に伴う組織・器官の機能や形態の変化の観察研究であり,老化は単に退行性変化としてとらえられることが多かった.しかし近年の研究により,老化はシグナル伝達経路や転写因子などにより厳密な制御の下でプログラムされていることが明らかになりつつある.その先がけとなったのが,老化におけるインスリン・インスリン様増殖因子IGF-1(insulin-like growth factor-1)シグナルの役割の研究である1).インスリン・IGF-1 作用の低下は,線虫やショウジョウバエ,または特定の遺伝子改変マウスなどでは寿命を延長させることが知られている.一方で,ヒトにおけるインスリン抵抗性状態である肥満や糖尿病においては,かならずしもすべての組織においてインスリン作用が低下していないこと,高血糖により酸化ストレスが亢進していることなどが,インスリン作用の低下による寿命延長効果を打ち消して寿命を短縮している可能性が考えられる.本稿では,インスリン・IGF シグナルと老化・寿命とのかかわりについて概説する. -
p53 と老年疾患
253巻9号(2015);View Description Hide Description◎癌抑制遺伝子p53 は,細胞ストレスの程度に応じて細胞周期停止,アポトーシス,代謝調節,細胞老化誘導など,多彩な細胞応答を引き起こす.これはp53 が転写因子として作用し,リン酸化・アセチル化などの翻訳後修飾を介して機能の異なる多様な下流遺伝子を使い分けることで調節されている.細胞老化は正常な体細胞が不可逆的な細胞増殖停止に陥る現象であり,テロメア短縮,酸化ストレスなどのDNA 損傷により生じるため,発癌予防機構のひとつと考えられている.老化した細胞では炎症性サイトカイン,成長因子などの分泌蛋白の合成や細胞内代謝動態にもさまざまな変化が生じているが,最近p53 の代謝調節機能が細胞老化の制御に密接にかかわることがわかってきた.また,マウスモデルやヒトの疫学研究,組織を用いた研究から,p53 が癌抑制機能のほか,寿命や老化関連疾患にも影響を与えることが明らかになっている.本稿では,p53による細胞老化のシグナル調節機構や老化関連疾患におけるp53の役割を中心に,最近の知見を紹介する. -
ホルモンと老年疾患
253巻9号(2015);View Description Hide Description◎老年疾患は高齢者の生命予後を規定するとともに生活機能障害や要介護状態を引き起こすなど,本人および家族のQOL に及ぼす影響が大きく,その予防・治療・ケアは重要な課題となっている.これまでの知見から,老年疾患や老年症候群の一部には性差が認められ,その発症・進展には性ホルモンをはじめとするさまざまなホルモン・液性因子が関与していることが明らかになってきている.本稿では,老年疾患とホルモンとの関連性と,老年疾患における性差およびホルモン補充による治療可能性について概説する. - 高齢者コホート研究の最新成果
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国立長寿医療研究センター・老化に関する長期縦断疫学研究(NILS-LSA)
253巻9号(2015);View Description Hide Description◎長期縦断疫学研究は一定の集団を長期にわたって縦断的に追跡し,加齢による身体機能や精神活動の変化についての詳細なデータを集積することを目的にしている.縦断疫学研究は老化に関連する健康問題や正常な老化による変化を明らかにするだけでなく,認知症や骨粗鬆症などの老年病の実態,発症のリスクファクター,予防と早期診断の方法を見出すために重要である.著者らは「国立長寿医療研究センター・老化に関する長期縦断疫学研究(NILS-LSA)」を1997 年から行ってきた.無作為抽出された40~79 歳の地域在住男女約2,300 人を対象に2 年ごとに追跡し,老化に関しての詳細な質問票,診察,生理機能検査,身体計測,運動機能,栄養調査,心理調査を実施した.これらのデータを縦断的に解析し,遺伝子多型,身体的および心理的要因,生活習慣および環境要因などが老化や老年病にどのような影響を与えているかの解明をめざしている.本稿では,NILS-LSA の概要と最近の研究の成果について紹介する. -
百寿者研究―その変遷と展望
253巻9号(2015);View Description Hide Description◎世界的な高齢化が進むなか,百寿者研究は健康長寿のメカニズムに迫る研究として注目されている.百寿者の医学的特徴として糖尿病や心血管疾患リスクが低く,インスリン感受性であることがあげられ,この背景としてアディポネクチンが防御的に働いている可能性が示唆された.百歳以降の生命予後には慢性炎症を基盤とする虚弱(フレイル)が有意に関連しており,健康長寿の達成には加齢に伴う慢性炎症の制御が重要と考えられた.百寿者の生体防御機序を解明するべく,栄養調査や全ゲノム配列解析を含む遺伝解析が精力的に進められている一方,近年の研究から免疫老化や細胞老化に伴うSASP が加齢に伴う慢性炎症の本態である可能性が指摘されており,今後は分子病理学的な検証も重要になってきている. -
中之条研究―高齢者の日常身体活動と健康に関する学際的研究
253巻9号(2015);View Description Hide Description◎本稿では,高齢者の日常的な身体活動と心身の健康との関係,およびそのような活動に影響を及ぼす諸要因に関する学際的研究(中之条研究)を紹介する.現下の中之条研究データによれば,高齢者の健康全般は日常身体活動の量(1 日の歩数の年平均)と質〔1 日の中強度(安静時代謝量の3 倍以上)活動時間の年平均〕の両方と関係がある.男性では,健康の度合いは1 日の中強度活動時間のほうが1 日の歩数よりも密接に関係しているが,対照的に女性では,歩数のほうが中強度活動時間よりも関係は密接である.また,男女とも比較的良好な健康状態に関連する身体活動閾値は,“からだ”のためのほうが“こころ”のためよりも高い(それぞれ歩数>8,000 vs. >4,000 歩/day かつ/または中強度活動時間>20 vs. >5 分/day).換言すれば,からだの健康を保つには1 日当りすくなくとも20 分の適度な(時速約5 km での)ウオーキングと,さらに60 分以上の軽度な活動が必要であるが,こころの健康はずっと少ない量の緩やかな身体活動でも保てるようである.ただし,日常身体活動の強度と総量はともに気象要素,とくに降水量と平均気温に左右される.降水量が増加するにつれて,身体活動は約4,000 歩/day まで指数関数的に減少する.そして降雨の影響を除くと,1 日の歩数は平均気温17℃前後をピークに,これより気温が高くても低くても二次関数的に減少する.したがって,高齢者の日常身体活動を増やすための介入を計画する際は,微小気候の季節変化を考慮すべきである.著者らは現在,本稿で紹介する研究成果に基づいて,オーダーメイドの予防医学システムを開発・運用している. - フレイル/サルコペニア/ロコモティブシンドローム
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フレイルとサルコペニアのスクリーニング法
253巻9号(2015);View Description Hide Description◎高齢者医療においてフレイルやサルコペニアを認識した診療を行うことが,健康長寿社会を実現するために重要になっている.これらの状態は年齢に伴い増加するが,かならずしも“歳のせい”のみではなく,生活習慣の見直しにより健康状態の維持・改善が可能である.そのためにも早期に評価を行い,自立した生活をすこしでも長く営めるように支援・指導を行う必要がある.フレイルの評価法としては,Fried らの表現型モデルを代表として多数の方法が提唱されている.わが国で開発された“基本チェックリスト”も自記式の簡便なスクリーニング法で,その有用性が確認されている.サルコペニアの評価法は近年,アジアのワーキンググループ(AWGS)がアルゴリズムとカットオフ値をコンセンサスレポートとして発表した.これらの評価方法が臨床現場で有効に活用され,豊かな健康長寿社会の実現に貢献することを期待している. -
サルコペニアのアウトカム
253巻9号(2015);View Description Hide Description◎近年,高齢期における筋肉量の減少は,身体の脆弱に影響を及ぼす懸念からサルコペニアと名づけられ,高齢期の健康保持のために予防すべき病態として国内外において盛んに研究が行われている.本稿では,サルコペニアのアウトカムとして,高齢期における要介護移行の危険因子である生活機能の障害や転倒に関する研究結果を示す.わが国の地域高齢者においてEWGSOP(European Working Group on Sarcopenia in OlderPeople)による分類方法を参照したサルコペニアは,横断研究から生活機能の障害や転倒と関連した.さらに,縦断研究からは2 年後のADL(日常生活動作;歩行,排泄,入浴,食事,着替え)の低下と有意に関連することが明らかになった.これらのことより,高齢期の介護予防のためにはサルコペニアの予防が重要であるといえる. -
サルコペニアに対する介入の効果
253巻9号(2015);View Description Hide Description◎サルコペニアの予防・改善のためには,骨格筋の量(筋量)と質(筋力)の両者を強化する必要がある.このサルコペニアに対する介入としては,運動療法(おもにレジスタンストレーニング),栄養療法〔分枝鎖アミノ酸,Β-ヒドロキシ-Β-メチル酪酸(HMB),ビタミンD など〕,それに運動と栄養の併用療法が多く実施されている.なかでも運動と栄養の併用療法の効果は高く,フレイル高齢者を対象とした研究でも筋量・筋力の改善効果を認めている.運動や栄養は日常生活の意識・行動の変化によって十分に改善できる要素であることから,まずは生活習慣の改善からサルコペニアの予防をめざしてほしい. -
外科領域におけるサルコペニア評価と臨床的意義
253巻9号(2015);View Description Hide Description◎患者の高齢化による一次性サルコペニアと,低栄養や腫瘍に伴う二次性サルコペニアにより,サルコペニアは消化器外科においても重要な意義をもつ.したがって,術前にサルコペニアを正確に評価し,適切な介入を行うことが必要である.当科成人生体肝移植症例に対し体成分分析装置を用いて入院時に骨格筋量を評価した結果,約40%の症例はサルコペニアと考えられた.サルコペニア症例はサルコペニアでない症例より,移植後生存率が有意に低値であった.しかし,サルコペニア症例であっても周術期栄養療法を施行した群は非施行群に比べ生存率が有意に良好であった.また,肝切除や膵切除においてもサルコペニア症例は有意に生存率が低く,癌の再発とも関連していた.したがって,術後成績向上のためには,サルコペニア症例の選別と積極的な周術期栄養・リハビリ管理が肝要である. -
サルコペニアとロコモティブシンドロームの関連:The ROAD Study
253巻9号(2015);View Description Hide Description◎運動器の障害のために移動機能の低下をきたし,要介護となる危険の高い状態をロコモティブシンドローム(ロコモ)と定義し,その原因となる運動器疾患のうち,骨粗鬆症(OP)と変形性関節症(OA),サルコペニア(SP)の有病率を推定した.一般住民での40 歳以上のOP の有病率は,腰椎L2-4 で男性3.4%,女性19.2%,大腿骨頸部の場合,男性12.4%,女性26.5%であった.同様に40 歳以上でみると,膝OA の有病率は男性42.6%,女性62.4%で,腰椎OA の有病率は男性81.5%,女性65.5%であった.ヨーロッパのワーキンググループによる定義を用いて推定した65 歳以上のSP の有病率は,男性13.8%,女性12.4%であった.今後これらの併存率や相互関係の解明が必要である - 認知症
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糖尿病性認知症の概念
253巻9号(2015);View Description Hide Description◎糖尿病による認知症の発症メカニズムとして,脳梗塞や動脈硬化などの血管要因,糖毒性や酸化ストレス,AGE などによる加齢変化や代謝性病変,さらに高インスリン血症,インスリン抵抗性,インスリンシグナルの伝達障害によるアルツハイマー病(AD)の病理過程の促進などが推定されている.このなかで,AD 病理や脳血管性病変よりも,糖代謝異常に伴う神経障害がより密接に関連している一群が存在し,著者らはこれを“糖尿病性認知症”と提唱している.本症は,やや高齢である,HbA1c が高い,インスリン治療例が多い,糖尿病の罹病期間が長い,アポE4 保有者の頻度が少ない,大脳萎縮は明らかであるが海馬の萎縮は軽度である,注意力の障害が高度であるが遅延再生の障害は軽度である,進行が緩やかである,という臨床的特徴を有し,適切な血糖管理が進行抑制や一部の病状改善に期待できる. -
糖・脂質代謝異常と認知症予防
253巻9号(2015);View Description Hide Description◎認知症は高齢化を迎えた現代社会において65 歳以上の14%が罹患しており,予防・治療法の開発が迫られている.なかでもアルツハイマー病(AD)は認知症の約半数以上を占める.AD には家族性と孤発性があるが,95%以上が後者である.孤発性AD の先天的危険因子としてAPOEε4 があげられ,その機序は老人斑の形成促進と考えられている.一方,後天的危険因子として加齢,糖尿病,中年期の高血圧などがあげられるが,脂質異常症は考え方が難しい.糖代謝と脂質代謝は密接に関係しており,すくなくとも中年期における糖・脂質代謝異常の是正は認知症発症の予防につながると考えられる.AD の原因とされるβアミロイド(Aβ)に対する予防・治療法の確立が難渋している現在,後天的危険因子がAD の危険因子であるという機序に基づいて,次世代の認知症予防・治療法の開発が求められている. -
認知症と骨・運動器の障害
253巻9号(2015);View Description Hide Description◎認知症は大脳の問題だけでなく,骨・運動器の障害を含むさまざまな身体の機能障害を伴う.歩行速度や握力・筋肉量というサルコペニアの3 要因は認知機能の低下に伴って低下すること,実際,認知症者のサルコペニアの頻度は非常に高いことが,杏林大学病院もの忘れセンター通院患者の調査でわかった.また,脊椎の後彎やつま先の挙上制限などロコモティブ症候群関連要因も,認知機能障害患者の歩行不安定性や転倒増加に寄与していると考えられる.その他,抗精神病薬やベンゾジアゼピン系薬剤などの服用,大脳白質病変,注意力・実行機能障害なども認知症者の転倒に関与する.認知症者は転倒しやすいだけでなく,骨密度も低下しているので骨折しやすい.骨折は短期的にも長期的にもADL の低下,寝たきりを招く.認知症者の転倒を予防するためには,ただ体操するだけでなく,バランス能力を鍛えながら体操したり(太極拳),個人の能力を考慮した体操を行わなければ転倒予防効果は得られない.向精神薬の減量中止や屋内環境の整備,滑りにくい靴の着用などは有効な転倒予防介入手段であり,そのような知識を医師だけでなく,施設スタッフ,介護,福祉職に知ってもらい,予防に努めることが重要である. -
認知症サポートチームと認知症初期集中支援チーム
253巻9号(2015);View Description Hide Description◎増加する認知症の人を地域で支えるために,多職種による仕組みが検討されてきた.そのなかで一般病院の認知症の人と医療スタッフを支える“認知症サポートチーム”と在宅での認知症の人を支える“認知症初期集中支援チーム”の試みを紹介する.認知症サポートチームに関しては「回診があることによってアドバイスを受けられてよい」「病棟スタッフもラウンドがあると思うと患者の状態をより注意深く観察するようになる」といった声以外に大声やルートトラブルに対して有用であった.初期集中支援チームにおいてはチームが介入した後もなお91%が在宅生活を継続できていた.これらのチームの有用性については引き続き検討が必要であるが,認知症の人を地域で支える有用な手段であると考えられる. -
認知症の行動・心理症状(BPSD)に対応する向精神薬使用ガイドライン
253巻9号(2015);View Description Hide Description◎“認知症の行動・心理症状(BPSD)”への対応としては本来,原因の除去や環境調整といった非薬物的介入が原則である.しかし,実際の臨床では非薬物的介入だけでは効果が得られないケースや緊急を要する場合もあり,専門医だけではなく,かかりつけ医においても広く向精神薬が用いられているのが実情である.これまてんかん薬であるカルバマゼピンのみであり,対象となるBPSD も幻覚・妄想などの精神病症状,焦燥,攻撃性といった限られた症状である.しかし,これら向精神薬は認知機能低下,転倒,骨折といった有害事象のリスクとつねに隣り合わせであり,認知症診療に携わる臨床医が向精神薬による薬物療法を実践する際には,その効能・効果だけではなく,副作用についても習熟しておく必要がある. - 高齢者の慢性疾患管理
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フレイルを考慮した高齢者糖尿病の管理
253巻9号(2015);View Description Hide Description◎フレイルは加齢に伴って予備能が低下し,恒常性が破綻し,要介護や死亡などをきたしやすい状態である.フレイルには,①体重減少,易疲労感,活動性低下,歩行速度低下,筋力低下で定義される狭義のフレイルと,②日常生活動作(ADL)低下,認知機能低下,うつ,社会サポート不足を含んだ広義のフレイルとがある.インスリン抵抗性,ホルモン異常,動脈硬化,炎症,低栄養などがフレイルの機序としてあげられる.高齢糖尿病患者のフレイルは高血糖,低血糖,大血管障害と関連する.フレイルを予防するためには筋力トレーニングを含む運動,栄養サポート,高血糖や重症低血糖の予防が大切である.フレイルがすでにある場合には柔軟な血糖コントロール目標を設定し,低血糖を避けるとともに,治療の単純化を行うことが大切である. -
高齢者高血圧の管理
253巻9号(2015);View Description Hide Description◎ 2014 年4 月,高血圧学会高血圧治療ガイドラインがJSH2014 として改訂された1).高齢者高血圧に関しても,①後期高齢者に対する降圧目標について150/90 mmHg 未満を最終目標にすること,②降圧薬治療対象について個別判断の必要な例が具体的に示されたこと,③高齢者特有のフレイルや誤嚥,低栄養などに関する記載が盛り込まれ,個別に判断することの必要性についてより具体的に言及されたこと,などの変更点が示された.わが国のデータも多く採用され,今後もさらに高齢者高血圧の管理についてあらたな知見が蓄積されていくであろう. -
高齢者における抗血栓療法
253巻9号(2015);View Description Hide Description◎高齢化とともに有病率が増える循環器疾患,とくに虚血性心疾患や心房細動に対しては,抗血栓薬が治療の主軸をなす薬剤である.冠動脈形成術を施行する場合には,ステント血栓症予防の観点から一定期間の抗血小板薬の2 剤併用(DAPT)が推奨されている.また心房細動についてもリスク層別化のうえで適切な抗凝固療法が推奨されており,抗血栓薬の内服が必要な患者は,とくに高齢者で増加すると考えられる.一方で,抗血栓薬は薬剤による出血性合併症も懸念される.有効性・安全性の観点から,現時点においてもDAPT の適切な継続や虚血性心疾患と心房細動を合併した際の抗血小板薬と抗凝固薬の適切な組合せ方など,未解決な課題も多い.また高齢者特有の問題としては,服薬アドヒアランスの問題や,高齢者でさらに増えてくる観血的な処置・手術の際の抗血栓薬継続・中止の判断など,患者ごとのテーラーメイドな治療選択が必要と考えられる. -
高齢者の不眠症管理
253巻9号(2015);View Description Hide Description◎“ひと寝すると目が覚める”“眠りが浅い”“朝早くめざめてしまう”などの不眠症状は臨床場面でもっともよく遭遇する訴えである.不眠は高齢患者でとりわけ多いが,これにはさまざまな要因がかかわる.加齢に伴う睡眠構造の変化,睡眠ニーズを減少(覚醒閾値を低下)させるライフスタイル,不眠の原因となる合併症の増加,うつ病や社会的孤立などメンタルヘルスの悪化などである.そのため高齢者の不眠症は一般的に慢性経過をたどりやすい.また不眠症状があることイコール不眠症ではない点にも留意する必要がある.加齢とともに増加する睡眠障害は数多くあり,それらの多くは睡眠薬が無効かむしろ悪化させる.正しい診断,誤った睡眠習慣の是正を行った後,症状にマッチした薬物療法を行い,症状の改善に合わせて可能なかぎり減薬に努めるのが治療の基本である.薬物療法のリスクとベネフィットを患者自身が理解し享受するアドヒアランスの高い不眠医療が求められている. -
高齢者医療における伝統医薬品のエビデンス構築の現状
253巻9号(2015);View Description Hide Description◎近年,東アジア伝統医学のエビデンス構築は長足の進歩を遂げた.しかし,その多くは中国から発信されており,日本は大きく立ち後れている.高齢者医療の分野も例外ではない.超高齢社会において伝統医学は問題解決の大きな鍵を握っているが,そのためにも伝統医学自身がevidence-based medicine(EBM)を取り入れて大胆に進歩発展しなければならない. - 予防医療の最先端
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予防医療健診の現状と展望
253巻9号(2015);View Description Hide Description◎一般的に“健診”とは健康診断を意味するものであり,健康であるか否かを確かめ,将来の疾患に結びつく危険因子についてチェックするものである.このため,特定の疾患を早期に発見し,早期に治療することを目的とする“検診”とは区別される.一方,健診の目的には疾患の予防も含まれる.さらに,“予防”には一次予防,二次予防,三次予防という区別もあり,疾患の発症予防のみならず,発症してからの重症化や合併症の予防までの広い活動を指すものでもある.これらのことから“予防医療健診”は,健康増進から疾患の予防,さらには疾患の合併症予防まで幅広い活動を意味するものと考えたい.いずれにしても予防医療健診という概念はまだ確立されたものではなく,それぞれの医療機関で取組みがはじまったところであると思われる.今後,疾病の予防については個人のみならず社会的ニーズがますます高まっていくことが予想され,よりよい予防医療の体系が構築されることが望まれる.本稿では,わが国でも数少ない予防医療専門の医療機関である医療法人財団健康院健康院クリニック(以下,健康院クリニック)で行われている予防医療健診を例にとりながら,予防医療健診の現状と課題について考えてみたい. -
身体活動・運動の健康増進効果
253巻9号(2015);View Description Hide Description◎サルコペニアや認知症,2 型糖尿病や高血圧のような老年疾患の予防・改善に,身体活動や運動が有効であることはよく知られている.最近では,これら疾患に対する高齢者を対象としたランダム化比較試験や食事・栄養との併用効果に関する研究が報告され,身体活動・運動は高齢者の健康寿命の延伸を考えるうえで欠かすことができないものとなっている.今後,高齢化により老年疾患の罹患者数は増加することが予想され,身体活動・運動の役割はさらに大きくなると考えられる.これまでは有酸素運動やレジスタンス運動といった,いわゆる“運動”により疾病予防・改善をめざすことが推奨されていたが,最近では日々身体を動かす場面を増やすこと,つまり日常生活での“身体活動”を増加させることの重要性が明らかとなってきた.高齢者にとって,どのような身体活動・運動が取り組みやすく,かつ効果的であるのかを今後も考えていく必要がある. -
栄養摂取と老化予防
253巻9号(2015);View Description Hide Description◎老化を防止して健康寿命の延伸をはかるには生活習慣病と介護のリスクを減少させることが重要であり,そのためには過剰栄養と低栄養が混在する栄養障害の二重負荷(DBM)を解決することが必要である.BMI の目標値(70 歳以上は21.5~24 kg/m2)を維持して,蛋白質は推奨量(高齢男性60 g/day,高齢女性50 g/day)を上まわる量にし,各種,ビタミン,ミネラルが不足しないようにする.食塩の摂取量を制限し,食物繊維とカリウムを積極的に摂取する.低栄養のリスクとなる摂食量の低下には,食欲の低下,骨・関節疾患の疼痛,義歯の不具合,嚥下機能低下,薬物やサプリメントの副作用,孤独感や疎外感,日常生活動作(ADL)の低下などが関与する. - 高齢者の医療介護体制とイノベーション
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在宅医療の課題と展望
253巻9号(2015);View Description Hide Description◎高齢化の進行に伴い,身体機能および認知機能が低下し,セルフケア能力が低下する高齢者の増加が予測されている.そのような状態になっても住み慣れた住まいで生活することができるよう,地域社会全体で支援する体制を構築することが求められている.現在構築が進められている地域包括ケアシステムは,重度な要介護状態となっても住み慣れた地域で自分らしい暮らしを人生の最後まで続けることができるよう支援するシステムであり,在宅医療の提供はその柱のひとつになっている.このことを実現するためには,教育体制を整え,訪問診療,訪問看護それぞれの量・質を充実させるとともに,多職種連携を深めることが大切である.これまで在宅医療には多くの暗黙知が蓄積されてきた.今後はこれらを形式知化すること,すなわちエビデンスづくりに努めることが,在宅医療の質を向上させることにつながるものと期待される. -
地域包括ケアシステム構築への取組み
253巻9号(2015);View Description Hide Description◎高齢多死社会を迎え,高齢者が最期まで安心して在宅療養するために,2012 年から在宅医療多職種連携を推進するための機能を有する拠点づくりが全国展開されてきた.また,市区町村を単位とし,市町村が医師会などと連携し,各地域の在宅医療介護の課題や地域特性に応じたケアシステムの構築が進められている.著者らの在宅医療連携拠点を対象とした検討から,市町村などが各地域の課題解決のための会議や研修会の開催への取組みを行うことは可能であるが,地域資源の把握,24 時間対応体制や在宅看取り,かかりつけ医の在宅医療への関与などへの取組みは十分でないことを明らかにした.今後,地域住民が最期まで安心して住まうためには,24 時間・365 日の在宅医療介護サービス提供体制の構築がますます求められるであろう.2025年を迎えるまでに,全国各地の市町村と医師会が中心となり,これらを内包した地域包括ケアシステムを構築することが課題である. -
高齢者の移動手段
253巻9号(2015);View Description Hide Description◎超高齢社会の到来により,高齢者のモビリティ確保が私的交通においても公共交通においても重要なテーマとなっている.地方地域ではマイカー依存になっているが,加齢により運転困難になってきたり,認知症などによる逆走などのトラブルも顕在化してきている.運転支援技術の高度化や運転断念後の移動手段の用意について諸々検討がなされている.公共交通はとくに地方において成立性が厳しいため,自治体主導でデマンドバスなどが運行されている.本稿ではこういった現状を記すとともに,新しい話題として自動運転,ゴルフカートの活用,バスラピッドトランジット(BRT)などについて紹介していく.
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