医学のあゆみ
Volume 254, Issue 10, 2015
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【9月第1土曜特集】 アルコール医学・医療の最前線2015 Update
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- 座談会
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アルコール健康障害対策基本法成立を受けてアルコール医療はどのように変わるか
254巻10号(2015);View Description Hide Descriptionはじめて出されたアルコール関連問題に対する国の方針樋口 “アルコール健康障害対策基本法”が2013年12 月に成立,2014 年6 月に施行され,法に基づき基本計画策定のため活発な議論が行われています.本日は,この法の制定を各方面から強く推進されてきた方々にお集まりいただきました. まず,この法律の概要について,ASK(アルコール薬物問題全国市民協会)代表の今成さんからお聞きしたいと思います.今成 飲酒はとても多くの問題の背景にあるのですが(図1),日本では文化的な理由やデータが十分ではないこともあって,アルコールの問題にあまり重きが置かれず放置されてきました.またアルコール依存症の患者さんのほとんどが治療を受けないまま,さまざまな疾患をもち問題を起こし,家族も大変な思いをしながら亡くなっていくケースが多かったのです. この状況を何とかしなければと関係者みんなが考えていたときに,世界保健機関(WHO)によって“アルコールの有害な使用を低減するための世界戦略”が2010 年に採択されました.このチャンスに国を動かそうと,学会,自助グループ,市民団体,みんなが本当に一丸となった結果,議員立法でできた法律です(図2).基本法ですので具体的な対策は策定中の基本計画をまたなければいけませんが,国の理念や基本的な施策の概要などは記載されていて,国の方針が打ち出された画期的なものと言えます. - アルコール医学・医療の最新の展開を知る
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アルコール関連問題を取り巻く世界の潮流と日本の動き
254巻10号(2015);View Description Hide Descriptionアルコール関連問題は医療の問題に限らず,離婚や虐待といった家庭問題,事件や事故,欠勤や生産性の低下といった職場での問題まで幅が広い.このような社会全般にまたがる問題への対処として,2013 年に“アルコール健康障害対策基本法”が成立した.専門医療の充実や教育,調査研究の推進から酒類の販売や広告に関する取組みまで,さまざまな施策が基本計画に組み込まれて推進されることとなる.一方,2010 年にWHOは“アルコールの有害な使用を低減するための世界戦略”を決議した.日本は,①健康日本21 における数値目標,②保健指導におけるブリーフインターベンションの導入,③飲酒運転に対する取組みなど,アルコール関連問題に対してこれまでも時宜を得た取組みをしてきたところであるが,この基本法の成立によりさらに大きく前進した.従来,“アルコール”は医療のなかでも特殊な領域と認識されがちであったが,今後はより多くの医療者がアルコール関連問題へかかわることが社会から要請されるであろう. -
アルコール医学・医療の今日的課題―歴史に学ぶ
254巻10号(2015);View Description Hide Descriptionアルコールの健康への害は洋の東西を問わず昔から知られているが,医学・医療面からの研究や対策の開始は,1900 年代半ば以降のことである.世界大戦後の社会的安定と経済復興期の1960 年代から世界的に飲酒人口が増加した.さらにアメリカでは,1970~1980 年代の世界情勢に関連し社会問題が複雑化したことで,アルコールと薬物依存が急増し,健康および社会的に重大な問題となった.そのためNIH の一部門としてアルコールおよび依存性薬物の研究部門(NIAAA)が急いで新設され,研究が急速に展開した.NIAAA では,本問題の解決には“科学的研究の推進が最重要”という理念が掲げられ,その資金支援により世界中で激しい研究競争が展開された.その成果が医学・医療,社会や行政による対策の確立につながった.日本ではアメリカの強い影響により,70 年代後期より研究と医療対策が新展開し,厚生省(当時)によるアル中問題への行政対策がはじまり,小規模ながら日本のNIAAA をめざし国立久里浜アルコール症センターが設立された.アルコール問題は政治や経済的社会情勢もかかわる複雑系であり,対策と解決には広い領域の学術的連携協力がきわめて重要であることを日本の近年の歴史は語っている. -
アルコール健康障害対策基本法早わかり―Q&A
254巻10号(2015);View Description Hide Descriptionはじめに,アルコール健康障害対策基本法1)が制定されるに至った背景やプロセスをQ&A 方式で解説し,基本法についての理解を深めていただこうと考えました.ついで,基本法の枠組みと今後の期待されることを説明していきたいと思います.Q1. わざわざ法律までつくらねばならないほど,アルコール健康障害と関連問題は“大きな問題”なのですか? 表面化していませんが大きいのです. WHO によると,アルコールの有害な使用が原因で毎年約250 万人が命を落とし,飲酒は健康障害のおもなリスク要因として世界第3 位にあげられ,アルコールの有害な使用は非伝染性疾病(Non-CommunicableDisease:NCD)の四大リスク要因のひとつにあげられています2). 日本でのアルコールが関与した年間死亡者は,約35,000 人3),社会的損失も2008 年において総額4 兆1,483 億円/年,そのうち医療費などで1 兆266 億円/年,生産性の低下で3 兆974 億円/年です4). 自殺者の21%に,アルコール問題が死亡前1 年間にありました5). アルコール関連問題は氷山と同じで,海面上で目にみえている部分はわずかですが,目にみえていない海面下のアルコール問題はきわめて大きいのです(図1). -
アルコール健康障害対策基本法―国の施策としての立場から
254巻10号(2015);View Description Hide Description2014 年6 月1 日,「アルコール健康障害対策基本法」が施行された.不適切な飲酒がアルコール健康障害の原因となるだけでなく,飲酒運転,暴力,虐待,自殺などの社会問題に繋がることが広く認識されるなか,本法は,はじめて法的に「アルコール健康障害」を位置づけるものであり,その発生や進行の防止を図ることを政府および自治体の責務として定めることとなった.本法によって,これまで各省庁でばらばらに行われていた各施策において,省庁間の連携をとることが可能となるものと期待される.具体的には,内閣府から各省に本法の周知徹底を図っており,警察庁や文部科学省から各県の警察,教育委員会に本法の趣旨や行政として取り組むことが指示されている. 2014 年10 月からは,本法に基づき2 年以内の“アルコール健康障害対策推進基本計画”策定に向けて,医療者やアルコール依存症患者自助組織,酒販業者,社会学者などさまざまな立場のアルコール問題の専門家や関係者による“アルコール健康障害対策関係者会議”が開催されている.多岐にわたるアルコール関連問題について円滑かつ効率的な議論を実施するため,現在は3 つのワーキンググループにて現状の課題,求められる施策などの論点整理が行われている.この内容を受けて,政府は各省の担当者らによる推進会議で政策を計画・決定し,実行していくこととなる. -
総論:アルコール医科学―今後の展望
254巻10号(2015);View Description Hide Description酒類は従来,その功罪がさまざまな観点から検討されてきたが,今日的な視点をもってあらたな科学的エビデンスの構築が必要とされている.アルコール代謝酵素の遺伝子多型は,飲酒時の酩酊反応やflushing など明確なフェノタイプを呈するのみならず,さまざまな外因性の化学物質(xenobiotics)に対する反応性を規定している.アルコール性臓器障害の発症・進展には腸内細菌叢の変化(dysbiosis)とそれに対する自然免疫系の反応が主軸的な役割を演じていることが明らかにされつつある.また,アルコール性臓器障害には明確な性差が認められるが,その分子メカニズムの解析は今後の課題である.さらに,酒類のコンジェナーの効用についても正しいエビデンスの確率が望まれる. - アルコールの基礎医学
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アルコールの生体内動態と代謝
254巻10号(2015);View Description Hide Descriptionアルコールは体内へ吸収・分布され,おもに肝で代謝される.アルコール脱水素酵素やチトクロームP450,カタラーゼおよびアルデヒド脱水素酵素などの関与によって,毒性のあるアセトアルデヒドやアセテートへの酸化を経て,最終的に末梢組織で水と二酸化炭素になる.アルコールの血中動態はMichaelis-Menten 型消失モデルで示され,アセテートやフラッシャーのアセトアルデヒドは消失速度律速となり,その血中動態はプラトー型の消失モデルで示される.アルコール代謝における個体間差や個体内差ではアルコール代謝関連酵素の遺伝的多型や慢性摂取による酵素誘導,単回摂取による加速的増強などの関与が知られている. -
アルコールの疫学―わが国の飲酒行動の実態とアルコール関連問題による社会的損失
254巻10号(2015);View Description Hide Description人口動態調査や患者調査ではわが国のアルコール関連障害の頻度はその一部しか把握できないため,2003年,2008 年,2013 年に成人の飲酒行動に関する全国調査が実施された.WHO の診断基準“ICD-10”によると,アルコール依存症の生涯経験者率は2013 年では男1.9%,女0.2%で,推計数は合計107 万人であった.現在有病者率は男1.0%,女0.1%で,推計数は合計57 万人であった.AUDIT のスコアが15 点以上の者の割合は,男5.1%,女0.7%,推計数合計292 万人であった.AUDIT のスコアが20 点以上の者の割合は,男2.0%,女0.2%,推計数合計112 万人であった.このうち治療に結びついている者は少数であったが,一方で多くの者が医療機関や健康診断を受診しており,これらの場での介入も重要であろう.2008 年のアルコールの社会的損失の合計は約4 兆1500 億円であった.関連疾病の医療費,早世による労働損失,問題飲酒者の労働効率の低下による労働損失がおもな内訳であった. -
アルコール性臓器障害の病理―機能・形態の変化
254巻10号(2015);View Description Hide Description飲酒するとなぜ顔がすぐ赤くなったり体がだるくなったり,その後,肝炎になったり,線維化が生じ,しまいには肝硬変になるのか.肝以外の臓器でも膵炎や心筋症,胎児アルコール症候群,アルコール性脳症,女性化など種々の障害も生じる.アルコール性臓器障害といわれる変化である.これらの障害は,アルコール代謝産物であるアセトアルデヒドの細胞に対するアルコール毒性を基本とし,ビタミン不足,栄養吸収障害などの総合結果として人体全体に生じる病的状態である.疾病は臓器が正常機能を果たせなくなった状態である.病理は機能障害になった臓器の形態変化をみてアルコールによる変化であると診断する.よくいわれる“機能と形態”の関係である.正常の機能は構造が整っていないとできない.飲酒が構造をどう変化させるのか.機能を果たすのは臓器の実質細胞であり,その細胞の形態に大きくかかわるのが細胞骨格であるので,その変化に注目する.この領域の研究はかなり前に行われたものが主であるが,それらを顧みるのは温故知新であり意義あることと考える. - アルコール関連疾患
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アルコール性肝障害の現状と動向
254巻10号(2015);View Description Hide Descriptionわが国におけるアルコール総消費量は1999 年をピークに若干減少傾向を示すようになった.しかし,女性の飲酒率増加は著しく,また大酒家,問題飲酒者は依然として増加している.慢性的な過剰飲酒により引き起こされる臓器障害でもっとも高頻度なもののひとつがアルコール性肝障害(ALD)である.ウイルス性肝炎の減少も伴い,全肝疾患におけるALD の比率は増加しており,臨床上の重要性が増している.従来より抗酒薬として用いられてきたシアナミドとジスルフィラムに加え,わが国でも飲酒欲求抑制作用をもつアカンプロサートが使用できるようになり,治療成績向上が期待される.しかし,ALD 患者の背景には,人格,家庭環境,社会因子などが複雑に絡み合い,治療に難渋することが多く,基礎的知識を身に着けるとともに個々の患者に対する指導が求められる. -
アルコール関連脳神経障害
254巻10号(2015);View Description Hide Description慢性のアルコール多量摂取は,神経系にも影響を与え多彩な疾患群を形成する.なかでもウェルニッケ脳症(WE)はアルコール依存症に併存する代表的な急性神経中枢疾患であり,意識障害・小脳性失調・眼症状を三徴とする.とくに低栄養を伴ったアルコール症患者の意識障害ではこの疾患を疑い,早期にビタミンB1の大量投与を行うが,認知機能低下が持続しコルサコフ症候群(KS)へ移行する場合がある.一方,アルコール依存症者はWE のエピソードがなくとも頭部MRI 上,萎縮・脳梗塞・深部白質病変が顕著である.脳外傷や痙攣の既往,肝性脳症などが合併していることも多く,将来のアルコール関連認知症の素地となる.認知症発症の際には断酒に加え,包括的な生活スタイル改善プログラムが悪化防止に必要である. -
飲酒によって生じる高血圧の予防と治療
254巻10号(2015);View Description Hide Descriptionアルコール飲料の種類を問わず,アルコール摂取量が増えると血圧値は高くなり,高血圧の有病率が高くなる.わが国の男性高血圧患者の35%程度はアルコールによる高血圧である.アルコールによって高くなった血圧値は,節酒により1,2 週間程度で低下する.節酒による血圧低下は,高血圧で服薬している人にも服薬していない人にも,ほぼ同等に生じる.アルコールによる血圧上昇の機序には神経系への作用,血管内皮への作用,レニン-アンジオテンシン系への作用,副腎への作用,カルシウム代謝への影響などが関与していると考えられている.アルコール23 g(ビール中瓶1 本,あるいは日本酒1 合程度)の節酒により,収縮期血圧は4~5 mmHg 程度低下する.飲酒量が増えるほど脳卒中・心筋梗塞発症率は上昇するが,心筋梗塞に関しては脳卒中とはすこし異なり,飲まない人のほうが少量飲む人よりもやや発症率が高くなる.この結果より,少量の飲酒が心筋梗塞を予防すると解するかどうかは,今後さらなる研究が必要である. -
アルコールと癌
254巻10号(2015);View Description Hide Description飲酒に関連したエタノールとアセトアルデヒドにはヒトへの発癌性があり,飲酒は口腔・咽頭・喉頭・食道・肝・大腸・女性の乳癌の原因となる(WHO,IARC).飲酒発癌にはエタノールやアセトアルデヒドの作用,葉酸やエストロゲンへの影響,種々の発癌物質を代謝するP450 の誘導,酸化ストレス,肝の慢性炎症,並存する喫煙や野菜果物摂取不足などの因子が関与する.少量飲酒で赤くなる体質のALDH2 へテロ欠損型と多量飲酒の翌日に酒臭い体質のADH1B ホモ低活性型は,飲酒と喫煙とともに,食道と頭頸部癌のリスクを相乗的に高める.とくにALDH2 へテロ欠損者の飲酒は多発重複癌のリスクとなる.ビールコップ1 杯で顔が赤くなる体質の有無を現在と過去について質問する簡易フラッシング質問紙法は,ALDH2 欠損を約90%の感度・特異度で判定する.ADH1B/ALDH2 遺伝子判定はアルコール依存症や発癌などの種々のアルコール関連障害のリスクを予測し,その予防戦略として普及が期待される. -
アルコールと糖代謝
254巻10号(2015);View Description Hide Descriptionアルコール摂取に伴う糖代謝に対する作用には多面性があり,アルコール摂取の影響で血糖値が低下する場合と血糖値が上昇する場合がある.アルコールによる血糖降下作用として,古典的には肝における糖新生の抑制が上げられ,近年はアディポネクチンの分泌増加に伴うインスリン抵抗性改善効果が報告された.血糖上昇の原因として“食欲抑制の解除”にちなんだ食事の過剰摂取の影響は甚大であるが,肝細胞内脂肪蓄積,インスリン標的臓器のおけるインスリンシグナル伝達経路の阻害,膵β細胞におけるインスリン分泌抑制などの機構も指摘されている.疫学研究では,適量のアルコール摂取による糖尿病発症の予防効果,糖尿病患者における予後改善効果が報告されている.糖尿病関連疾患においては,アルコール摂取への適切な介入により生活の質の改善が期待される. -
アルコールと膵疾患
254巻10号(2015);View Description Hide Description統計学的には飲酒は急性および慢性膵炎の発症に深く関連している,その密接な関係にもかかわらず,エタノールがなぜ膵炎を発症させるか,そのメカニズムについては十分解明されていない.エタノールとその代謝産物は,膵腺房細胞に対し多くの有害な作用を有している.エタノールが膵腺房細胞に与える影響としてカルシウムシグナル,オートファジー,小胞体ストレス,ミトコンドリアの機能障害などがある.膵に対するエタノールの影響はこれら複数のメカニズムが重なり合うことで,膵に炎症を起こしやすくする可能性が考えられている.また,患者側の背景因子として遺伝子異常もアルコール性膵炎の発症に関与している.本稿では,エタノールが膵機能を障害し,膵炎を発症させるいくつかのメカニズムに注目し解説する. -
アルコールとメタボリックシンドローム
254巻10号(2015);View Description Hide Descriptionアルコール摂取や内臓肥満により脂肪性肝炎を生じ,両者の病態には共通点が多く認められることから,肥満はアルコール性肝障害進展のリスク因子となり,過度の飲酒はメタボリックシンドローム(MetS)の促進因子となることが考えられる.飲酒がMetS の構成因子に及ぼす影響では,飲酒による高血圧発症リスクの増加,中性脂肪上昇などの有害事象のほかに,“適正飲酒”によるHDL コレステロール上昇,心血管疾患発症率の低下,インスリン抵抗性の改善などの好ましい効果も指摘されている.このことから,飲酒がMetS 発症を促進するかどうかに関する研究結果はかならずしも一致していない.これらの臨床研究の解釈には,アルコール代謝の人種差も考慮する必要がある. - アルコール依存症
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アルコール分子は脳にどう作用するか
254巻10号(2015);View Description Hide Descriptionエチルアルコール(エタノール)は,中枢神経系抑制作用,慢性の神経毒性,依存性などさまざまな効果を発揮する.エタノールは小さな分子であり,脳にどのように作用しているのかは長い間わかっていなかった.近年の研究から,作用部位としては大脳皮質,大脳辺縁系を中心とした広い部位に及ぶことが示され,作用点となる神経伝達物質にはGABA,グルタミン酸,ドパミンなどがあることがわかってきた.またその分子標的として内向き整流型K チャネル(GIRK)チャネルが注目されている.エタノールの多彩な作用メカニズムは,神経活動の制効果や依存性など,さまざまな効果と関連していると考えられ,その全体像の解明は今後の研究課題である. -
アルコールの精神作用と依存症の関連
254巻10号(2015);View Description Hide Descriptionアルコール依存症の成因はさまざまであるが,遺伝因子が関与することは確実である.しかし,環境要因も同じ程度に関与するため,アルコール依存症は疾患異質性が高く,依存症と非依存症間で遺伝子を比較しても具体的な遺伝子はアルコール代謝酵素関連遺伝子を除いて特定されていない.そこで,生物学的なマーカーに注目して関連する遺伝子をみつける方法が考えられている.そのマーカーの有力な候補のひとつとしてアルコールに対する反応が注目されている.アルコールに対する反応は,定量化できて,長期に安定で,遺伝性があって,生物学的に関連性がみられるという点で,中間表現型の定義を満たしている.そして遺伝因子を探るという目的以外にも,アルコールに対する反応の違いで将来のアルコール依存症のリスクを推定することができれば予防にも応用可能であろう.本稿ではアルコールの精神作用,すなわち酔いの強さがどのように依存症のリスクに関連するか,現在までの研究を紹介する. -
アルコール依存症の治療
254巻10号(2015);View Description Hide Description世界保健機構(WHO)国際疾病分類第10 版(ICD-10)用いて推計された患者数と,実際に医療機関にかかっている患者数との大きな乖離が報告されている.さらに,アメリカ精神医学会の精神障害の診断と統計マニュアル第5 版(DSM-Ⅴ)ではアルコール依存症と乱用の概念が放棄され,従来上位概念であったアルコール使用障害として統一され,診断閾値が下がっている.これらは,これからは従来よりも軽症の症例を医療が扱う可能性を示すものといえる.したがって,治療についても診断の基準が変われば当然変化が予想される.本稿ではわが国におけるアルコール依存症の実態について述べ,診断基準の変化にも言及したうえでアルコール依存症の治療を,これまでのそれとこれからの試みである軽症例について述べる. -
内科外来におけるアルコール依存症者への対応
254巻10号(2015);View Description Hide Description内科外来はアルコール医療の入口であり,軽症から重症のアルコール使用障害者が受診する場である.アルコール依存症を生み出さないために早期の介入ができる場として内科外来をとらえることができる.アルコール依存症になる前の患者では肥満や糖尿病と同じく生活習慣の是正をめざす指導であり,節酒指導でよいが,すでにアルコール依存症となった患者では断酒指導を原則とする.依存症患者に対してはエンパワーメントや解決指向アプローチなどの面接技法により根気強く医療面接を継続していく.まずは内科外来に継続して受診してもらう関係性をつくることが優先すべき目標である.そして断酒することを決意し,それを継続してもらうためには,アルコール医療を理解する精神科医との連携が何よりも大切になる.また,医療者だけではなく,自助グループ活動への参加,家庭や職場での支える人との連携などを進める工夫が必要となる. - 女性・高齢者と飲酒
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女性とアルコール関連問題
254巻10号(2015);View Description Hide Description女性の飲酒は一般的となってきているが,女性はアルコールに脆弱であり,過度の酩酊,肝障害,乳がん,骨粗鬆症,暴力被害などの飲酒に起因する問題が生じやすい.とくに妊婦の飲酒については精神発達障害や奇形などの胎児性アルコール・スペクトラム障害を引き起こすため,禁酒が推奨されている.もっとも重篤な飲酒問題であるアルコール依存症でも女性は増加傾向であるが,女性アルコール依存症は男性より若年で重複障害が多いなどの特徴があり,女性の特徴に配慮したプログラムが望ましい. -
高齢者と飲酒問題―高齢者のアルコール依存症への対応
254巻10号(2015);View Description Hide Description高齢化社会の進行に伴い,高齢者の飲酒問題が増加している.高齢者は少量の飲酒でもアルコールの影響を受けやすく,転倒や暴言・暴力など酩酊時の問題を起こしやすい.高齢者のアルコール依存症は,定年後に暇な時間ができるといった環境の変化がきっかけになることが多い.介入には過度な直面化はせず,プライドを損なわないような配慮が必要である.高齢になってから発症したアルコール依存症は予後が比較的よい.高齢のアルコール依存症は認知症と合併しやすいが,Wernicke-Korsakoff 症候群,Alzheimer 型認知症などさまざまな原因がある.認知症の合併例でも断酒をすることによって認知機能低下や周辺症状の改善が期待できる. -
アルコールとドメスティックバイオレンス―その直接効果と間接効果
254巻10号(2015);View Description Hide Description先行研究のレビューからすると,暴力・攻撃性に関する飲酒の影響は,多くの支持的データがあるものの,なお確定的・整合的なコンセンサスにあるとはいいがたい.しかし,飲酒の影響を,現時点での飲酒パターンや飲酒直後の直接的影響と,長期にわたる累積的問題飲酒からの間接的影響とに区別すると,より整合的な理解が可能となる.ドメスティックバイオレンス(DV)との関連性は明らかに後者においてより明白であり,DVをアルコール関連問題のひとつとして理解することが重要であることが強調された.さらに,DV 防止法やアルコール健康障害対策基本法の施行とも併せて,今後に向けた予防・介入においてもアルコール臨床がひとつの有力なゲートキーパー機能を果たしうる可能性について触れられた. - アルコール関連問題への取組み
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プライマリケア医にできるアルコール使用障害の介入
254巻10号(2015);View Description Hide Descriptionアルコールの過剰使用は,健康障害のリスク要因である.プライマリケアの現場では,高血圧や糖尿病といった健康問題に比べるとやや特殊な問題と思われがちであるが,プライマリケア医の“印象”以上にアルコール問題を抱えた患者がたくさんいる.そのため,アルコール問題のスクリーニング,介入,適切な紹介・連携を効果的にかつ簡便に行うことが必要であり,そのための枠組みが“SBIRT(Screening,brief intervention,and referral to treatment;エスバート)”である.まず,Screening によって患者を“ふるい分け”,Briefintervention により“介入”し,危険な飲酒患者には節酒を勧め,“乱用“や“依存症”患者には断酒を勧め,Referral to treatment によって専門治療の必要な患者には“紹介”を行う.そのなかでもアルコール依存症に至っていない危険な飲酒を行っている患者は,プライマリケア医が多くの医療資源を投入することなく積極的に飲酒行動の変容に介入できる段階にいる.したがって,プライマリケア医は節酒の必要性を繰り返し説明し,粘り強くかかわり続けることが大切である. -
アルコール関連問題の早期介入プログラム:HAPPY
254巻10号(2015);View Description Hide Descriptionわが国のアルコール医療はこれまで長くアルコール依存症患者を対象に,断酒を唯一の治療目標としてきた.一方で,認知行動療法の導入など治療技法の改良はされたものの治療成績は2 年後の完全断酒率約2 割からあまり改善されていない.アルコール使用障害も早期に飲酒量低減を目標に介入することにより健康被害も少なく効率的に行動変容が起こることが確認され,その介入技法としてブリーフインターベンション(BI)が開発され,1980 年代以後欧米を中心に発展してきた.わが国ではBI に情報提供の要素を加え集団にも適応可能にしたHAPPY が,減酒支援のツールとして生活習慣病や飲酒運転対策に職域などで使用されている.アルコール依存症治療の経験のないさまざまな職種のコメディカルスタッフが,医師がいない状況でも比較的容易にクライアントのニーズに応じて介入できるよう各種のツールを用意し,パッケージ化したものがHAPPY である. -
アルコール関連問題における多職種・多機関連携とSBIRT
254巻10号(2015);View Description Hide Descriptionアルコール依存症(ア症)患者は,内科的治療が優先される身体障害のみならず,離脱症状,家庭内暴力,うつ病,自殺などの精神科的対応,さらに,社会的なサポートが必須であり,そのためには多職種,多機関の連携が求められる疾患といえる.三重県では約20 年前より内科医,精神科医,看護師,保健師,ソーシャルワーカー,行政,断酒会などのスタッフが連携し研究会を立ち上げ,ア症に対するスタッフの知識を高め,ア症に対応してきた.四日市市においても多職種で構成するネットワークを立ち上げ,研究会を開催するとともに,ア症の診療に役立つパンフレットやアルコール救急に役立つマニュアルを作成し,SBIRT(簡易介入法)の方法など多職種のア症に対する知識の向上をはかり,ア症への対応に役立ててきた.今後もア症に対応するスタッフの知識を高め,多機関・多職種の連携がア症の治療に非常に有用であることを,研究会,ネットワークを通じて伝えていきたい. -
職域におけるアルコール関連問題とその対策
254巻10号(2015);View Description Hide Description職場においてアルコール関連問題はさまざまな形をとり,以前からそれへの対策は産業保健における課題のひとつであった.しかし,とくに大企業などにおいては産業保健スタッフの熱心な取組みが行われてきたものの,多くの職場において中長期的な効果が期待できる方法論は確立されているとはいえない.最近,労働者におけるメンタルヘルス不調の増加と多様化が問題となっており,アルコール使用障害の併存も少なくないことが指摘されていることから,改めてアルコール関連問題に目を向けることの必要性が認識されつつあるように思われる.アルコール健康問題基本法がどの程度の実質的な影響力をもつかは現時点では不明であるが,その制定を機に,エビデンスの有する具体的な対策の方法論が確立され,アルコール関連問題対策が推進されることを期待したい. -
飲酒運転対策の成果と今後の方向
254巻10号(2015);View Description Hide Description今世紀に入ってから,わが国は飲酒運転による交通死亡事故を大幅に減少させた.飲酒運転による重大事件がマスメディアを通じて広く伝えられたことも影響し,飲酒運転を忌避する社会的規範が確立し,飲酒運転に対する厳罰化を柱とした対策がうまく機能した.一方,飲酒運転をした人への治療あるいは教育(リハビリテーション)に関する科学的根拠は十分に蓄積されているとはいえない.背景にあるアルコール使用障害への医療的措置が行われることが最優先であるが,明確なアルコール使用障害あるいは飲酒行動上の問題を示さないサブグループへの対処も重要である.その際,飲酒行動だけではなく,飲酒運転という問題行動の回避と除去に目配りをし,個々の問題を汲み取ることに注力した心理的介入が有益と考える. - コラム
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アルコール医学生物学の建設者,そしてわが師Ronald Thurman 先生の思い出
254巻10号(2015);View Description Hide Description私がNorth Carolina 大学Ronald Thurman 先生のラボに留学したのは1987 年6 月22 日であった.大阪大学第一内科からの留学の先輩,吉原治正先生に導かれ,はじめて会ったボスは緊張していた留学生に「Areyou ready for experiments⁇」と気さくに話しかけてくれた.爾来,Ron は私のmentor として大きな影響を与えた.学問の師を超えることが他でもない,師への最高の恩返しであるのはよくわかっていても,Ronは屹立する存在であり続けた. -
若手医師が拓くアルコール医療の未来―地域医療の観点から
254巻10号(2015);View Description Hide Descriptionアルコール依存症の当事者団体,飲酒運転や一気飲み被害者とそのご遺族,市民団体,またわれわれアルコール医療関係者の悲願であった“アルコール健康障害対策基本法”が2014 年6 月に施行され,アルコール医療の新しい時代が幕を開けた. これまでの厚生労働省の患者調査によると,精神科を受診しているアルコール依存症の総患者数は,入院・外来合わせて過去30 年間毎年4 万人前後で推移し1()図1),実はほとんど増加していない.アルコール依存症の国内推計患者数を109 万人とすると,受診率は1 割にも満たず,さらに自助グループにつながる確率については1╱100 程度と推測される. アルコール医療の重要課題として常々指摘されてきた,このトリートメントギャップをわれわれはいまだに解決できていない.さらにアルコール関連問題は,性別,年齢を問わず地域社会に根深く広がっており,いまや“アルコール専門医療機関”から垣間見ることのできる問題は,そのごく一部といえる.今後,われわれアルコール医療従事者はトリートメントギャップの改善のために,アルコール医療の質をつねに向上させ(三次予防),受診率を上げる(二次予防)努力だけでなく,その分母となる患者数を減らす,すなわち一次予防にも関心をもち,保健医療分野を超えた幅広い領域,関係機関と連携した地域医療体制をつくるべく,地域の牽引役にならなければならない. 著者は大阪南部に位置する148 床のアルコール依存症を専門とする精神科病院に勤務し日々臨床業務に従事している.本稿では一精神科医の立場として,大阪のアルコール医療の歴史を振り返り,地域医療の観点から著者の考えるアルコール専門医療機関が担うべき今後の役割について述べたい. - AYUMI Glossary of Terms
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アルコール医学・医療の理解に必要な最新基礎知識
254巻10号(2015);View Description Hide DescriptionADH は,肝以外に胃や小腸にも存在するアルコール分解酵素であり,吸収されたアルコールの80%以上を代謝する.胃粘膜のADH によるアルコール代謝はfirst pass effect とよばれ,少量の飲酒時には有効に働くとされるが,ADH 活性の大半は肝が担っており,大量飲酒時のアルコール代謝においては肝ADH が重要である.生体に摂取されたアルコールがADH によってアセトアルデヒドに代謝される際には,補酵素としてNAD がNADH に転換されるが,アルコール代謝によって増加したNADH はピルビン酸の乳酸への還元に作用し,糖や脂質代謝を障害することがわかっている.ADH には複数のアイソザイムが存在し,ヒトでは5 つのクラスに分けられているが,そのうちクラスⅠであるADH1B とADH1C に遺伝子多型が存在し,とくにADH1B*2 遺伝子はアルコール依存症発症に関与すると考えられている. - アルコール医学・医療を推進するための資料
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精神保健福祉センター,Alcoholic Anonymous(AA),断酒会,アルコール関連問題NPO
254巻10号(2015);View Description Hide Description
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