医学のあゆみ
Volume 255, Issue 5, 2015
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【10月第5土曜特集】 免疫性神経疾患―病態解明と治療の最前線
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- 総 論
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自己免疫疾患の発症のメカニズム
255巻5号(2015);View Description Hide Description◎自己免疫現象とは,B 細胞が産生する抗体またはT 細胞が自己の抗原と反応する現象であり,その結果として自己免疫疾患が発症する.受容体の多様性をつくり出すメカニズムに内包された必然性から,健常人にも自己反応性の抗体やT 細胞が出現する.そこで,生体には自己との免疫応答を抑制するさまざまなメカニズムがある.しかし,それらがときとして破綻し,自己免疫疾患が発症する.したがって自己免疫疾患の研究に際しては,健常人に存在する自己免疫現象とそれぞれの疾病における自己免疫現象の質的・量的相違を的確に把握し,その原因,病態への関与,修復の方策を探ることが重要であると考える.本稿では,関節リウマチ(RA)における,シトルリン化された自己抗原に対する免疫応答から慢性の関節炎に至るという仮説を概説し,自己免疫疾患発症のメカニズムを考察する. -
神経免疫疾患の感受性と遺伝要因
255巻5号(2015);View Description Hide Description◎神経免疫疾患の発症は,遺伝要因とさまざまな環境因子の複雑な相互作用によると考えられており,神経免疫疾患領域ではとくに多発性硬化症で遺伝要因に関する研究が進んでいる.多くの神経免疫疾患の遺伝的要因では,免疫応答を規定する主要組織適合遺伝子複合体(MHC),すなわちヒト白血球抗原(HLA)遺伝子との強い関連が明らかにされている.近年では,大規模なゲノムワイド関連解析(GWAS)により,多くの非HLA遺伝子,とくに免疫関連遺伝子における多数の一塩基多型(SNP)との関連も報告されている.本稿では,とくに神経免疫疾患の遺伝要因について概説する. -
免疫性神経疾患の病態とグリア細胞
255巻5号(2015);View Description Hide Description◎多発性硬化症(MS)は自己反応性T 細胞によって引き起こされる自己免疫疾患で,オリゴデンドロサイトまたは髄鞘を標的とする炎症性脱髄が主体の疾患と考えられてきた.近年,脱髄のみならず病初期より軸索変性が進行すること,さらにはアストロサイトの傷害も存在することが明らかになっている.病態の中心はT 細胞によって活性化されたグリア細胞による神経炎症であると考えられるようになり,病態の理解にT 細胞を含めた細胞間相互作用の解明が必須になっている.視神経脊髄炎(NMO)はアクアポリン4 に対する自己抗体によるアストロサイトの傷害が本態と考えられてきたが,脱髄も伴っており,より広範なグリア細胞の傷害が想定されている.最近,NMO 関連疾患の一部に抗MOG 抗体陽性の一群があることが明らかにされ,抗体によるオリゴデンドロサイトの傷害の可能性も示されている. -
免疫性神経疾患の病態と腸管免疫
255巻5号(2015);View Description Hide Description◎腸内細菌などの常在細菌についてシークエンスベース解析が進み,さまざまな疾患との関連が注目されている.実験的脳脊髄炎(EAE)では無菌飼育下で病態が軽減し,抗生剤投与により腸内細菌を変化させると病態が影響を受けることが報告されている.Th17 細胞を誘導するセグメント細菌を移入すると病態が悪化する一方,制御性T 細胞の増殖に関与するBacteroides,Clostridium やLactobacillus を移入するとEAE 病態が軽減するなど特定の細菌の影響もわかってきた.さらに,Bacteroides ではpolysaccharide A を介し,Clostridiumは短鎖脂肪酸を介して免疫を抑制することも報告された.ヒト疾患でも腸内細菌叢解析が行われ,特定の菌が関与する可能性も示唆されている.免疫調節に最適な腸内環境の維持が可能になれば,治療のみならず予防にもつながることから,研究の進展が期待される. -
免疫性神経疾患の病態とBBB およびBNB
255巻5号(2015);View Description Hide Description◎血液-脳関門(BBB)は脳微小血管内皮細胞,ペリサイト,アストロサイトの3 種類の細胞と2 枚の基底膜から構成されている.BBB 機能の主役は最内層を構成する内皮細胞であり,病的状態でのBBB の破壊は,①液性因子の漏出と,②炎症性単核細胞の神経実質内侵入,のそれぞれ分子的にまったく独立した2 種類のメカニズムから成り立っている.血液-神経関門(BNB)は神経内膜内微小血管内皮細胞,ペリサイトの2 種類の細胞と1 枚の基底膜から構成されている.BBB 同様にBNB 機能の主役は再内層を構成する内皮細胞であり,BNBの破綻もBBB 崩壊の機序と類似のメカニズムで起こることが想定される.本稿では,自己免疫性中枢神経系免疫疾患である多発性硬化症(MS)および視神経脊髄炎(NMO)でのBBB 破綻のメカニズムについて解説し,自己免疫性末梢神経疾患であるギラン-バレー症候群(GBS),慢性炎症性脱髄性多発神経炎(CIDP),および多巣性運動ニューロパチー(MMN)でのBNB 破綻に関する最近の知見についても紹介する. - 各 論
- 【多発性硬化症】
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多発性硬化症の疫学
255巻5号(2015);View Description Hide Description◎多発性硬化症(MS)は,複数の遺伝因子と環境因子がさまざまに相互作用してその発症に関与する多因子疾患である.その有病率は地域,人種,生活環境などにより種々に異なるものの,全世界的には増加傾向が続いている.MS の遺伝因子としては,ヒト白血球抗原(HLA)遺伝子の特定のアレルや,免疫系に関与する複数の一塩基多型(SNP)が報告されている.また,さまざまな環境因子が報告されているなかで,Epstein-Barrvirus(EBV)感染,血中ビタミンD 濃度の低下,喫煙,若年期の肥満などが注目されている.わが国においても,MS 患者数の増加や臨床病型の変化が報告されており,とくには環境因子との関連について,今後わが国独自の研究成果がまたれる. -
二次進行型多発性硬化症の病態に関与する新規T 細胞
255巻5号(2015);View Description Hide Description◎多発性硬化症(MS)患者の20%程度は,再発・寛解型(RRMS)を経て二次進行型(SPMS)へ移行する.SPMS では有効性の証明された治療法がなく,現在世界的に病態解明と治療法開発に関する関心が高まっている.著者らは最近,SPMS の動物モデルを作出することに成功した.その慢性炎症病態には転写因子Eomesを発現するCD4 陽性ヘルパーT 細胞(Eomes+Th 細胞)が関与することを確認し,Eomes の発現抑制による治療にも成功した.トランスレーション研究の結果,SPMS 患者の末梢血においてもEomes+Th 細胞の頻度が有意に増加しており,増加の程度は髄液においてより顕著であることがわかった.Eomes+Th 細胞はグランザイムB の産生を介して神経細胞障害活性を発揮し,それが慢性炎症で中心的な役割を果たしている可能性を考えている. -
多発性硬化症(MS)と液性免疫
255巻5号(2015);View Description Hide Description◎多発性硬化症(MS)では,その動物モデルである実験的自己免疫性脳脊髄炎(EAE)における病巣の観察などをもとに,1 型ヘルパーT 細胞(Th1 細胞)優位の細胞性免疫が中枢神経系に脱髄を引き起こす主役であると考えられている.しかし最近になって,B 細胞を特異的に抑えるリツキシマブがMS の活動性を抑えることが示され,MS の病勢維持には2 型ヘルパーT 細胞(Th2)を軸とした液性免疫も重要な役割をもっている可能性が示唆された.その反面,B 細胞の分化や生存に重要なBAFF/APRIL を阻害するアタシセプトは,MS の病勢を悪化させた.これらの事実は,MS におけるB 細胞の役割を考えるうえで,B 細胞の分化段階で分けた解析や,形質芽細胞や制御性B 細胞などサブセットで分けた解析の必要性を示している. -
多発性硬化症の診断
255巻5号(2015);View Description Hide Description◎多発性硬化症(MS)診断の基本は,中枢神経における時間的および空間的多発性の炎症性脱髄病変の証明である.その診断基準も時代とともに変遷してきているが,おもに臨床所見と臨床経過から判断していたPoserの基準からMRI も取り入れたMcDonald の基準への移行は,ひとつの重要な岐点であった.そして,最近ではMRI 所見から時間的および空間的多発を証明することが可能となり,MRI の重要性はさらに増してきている.また,McDonald の診断基準を使用することにより,より早期の診断が可能となった.ただ,現在でもMS における疾患特異的マーカーはないため,その診断においては他疾患の十分な鑑別が必要である.一方で,MRI や髄液検査では,ある程度MS に特徴的な所見もあるため,それらを把握しておくことも重要である.本稿では,McDonald 診断基準2010 年改訂版を中心にMS の診断に関して概説する. -
多発性硬化症の治療
255巻5号(2015);View Description Hide Description◎20年あまりの間に多発性硬化症(MS)の診療は大きく変貌した.背景にある免疫機序の解明が進み,実験的自己免疫性脳脊髄炎の研究成果に基づいて,モノクローナル抗体製剤が開発・臨床応用された.また,炎症性脱髄という病態におけるMRI 画像の意義が明らかにされ,早期の確定診断が可能になるとともに,臨床試験の結果を1~2 年で判断できるという環境が整った.現在国内では,急性増悪期には2 つの治療法(ステロイドパルス療法と血液浄化療法)が,また再発予防目的では4 つの薬剤(IFN-β1b,IFN-β1a,フィンゴリモド,ナタリズマブ)が認められている.病初期には良好な経過を示していても,ある時点から不可逆性の神経障害が蓄積する患者が少なくないことから,再発予防治療の導入は必須である.また,これらの治療法を駆使しても十分に疾患活動性を抑制できない患者がいるために,今後も新規治療薬の開発が望まれる. - 【Neuromyelitis optica(NMO)】
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NMOの疫学
255巻5号(2015);View Description Hide Description◎視神経脊髄炎(NMO)の大規模疫学調査は行われていないが,世界的には有病率は人口10 万人当り約1 人と推定されているまれな疾患である.地域的にはアジアや南米で多く,北米や北欧では少なく,人種は有色人種に多く,白人に少ないなど,多発性硬化症(MS)と逆の傾向がある.わが国では2012~2013 年に全国臨床疫学調査が行われ,NMO 患者数は2,090 人,NMO 関連疾患(NMOsd)も含めると4,370 人と推計された.この患者数は中枢神経脱髄疾患の約3 割を占める.平均発症年齢はMS よりも高齢で,NMO/NMOsd 全体で42.2 歳,平均罹病期間は9.8 年であった.性別はNMO で女性は男性の約10 倍ときわめて多い.地域差はNMO は南日本で多く,MS と逆の分布であった.今後,NMOsd の病状がどのように変動していくのか,調査を継続していく必要がある. -
NMOの発症機序
255巻5号(2015);View Description Hide Description◎視神経脊髄炎(NMO)は,重度の視神経炎と3 椎体以上に及ぶ横断性脊髄炎を特徴とする中枢神経疾患である.NMO に特異的なアクアポリン4(AQP4)-IgG の発見以後,より広い臨床スペクトルであるNMO spectrumdisorders(NMOSD)が認識されるようになり,NMOSD の病態の解明も大きく進んだ.AQP4-IgG は病原性があり,補体やサイトカイン,種々のエフェクター細胞とともに重度のアストロサイト傷害を引き起こす.しかし,血中のAQP4-IgG が血液脳関門を越える機序は不明である.また,アストロサイト傷害はかなり多様であるが,不明な点も多い.AQP4-IgG 陰性NMOSD の一部にmyelin oligodendrocyte glycoprotein(MOG)に対する抗体が検出されており,その病態は脱髄が主体であり,AQP4-IgG 陽性NMOSD とは異なる. -
NMOの診断と治療―NMOのあらたな診断基準と治療薬
255巻5号(2015);View Description Hide Description◎視神経脊髄炎(NMO)はアクアポリン4(AQP4)を標的抗原とする中枢神経の炎症性自己免疫疾患である.特異的な診断バイオマーカーAQP4 抗体の発見により,古典的症候である視神経炎と脊髄炎をもつ確実例にとどまらず,両者の症候が揃わず空間的に限局した症例や,他の中枢神経病変をもつ症例の診断が可能となった.これらを背景に2015 年,Wingerchuk らによりAQP4 抗体陽性という共通した免疫病態をもつ疾患群を包括する概念として“NMO spectrum disorders(NMOSD)”が提案され,その診断基準があらたに作成された.NMOSD の2015 年診断基準では,特徴的な臨床徴候・MRI 所見とAQP4 抗体の有無に基づき,診断プロセスを進める.NMOSD の急性期治療はステロイドパルス療法と血漿交換療法で,再発抑制には経口ステロイド薬と免疫抑制薬が使われることが多い.形質芽細胞から産生されるAQP4 抗体を中心とした免疫病態が明らかとなり,B 細胞,インターロイキン6,補体を標的とするあらたな治療薬の臨床試験が行われている. - 【Guillain-Barré 症候群(Fisher 症候群を含む)】
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Guillain-Barré 症候群の疫学
255巻5号(2015);View Description Hide Description◎ Guillain-Barré 症候群(GBS)の疫学について概説する.GBS の年間発症率は全世界共通で人口10 万人当り1~2 人程度である.男性のほうが女性より1.5~2 倍程度多く,高齢になるほど発症率は上昇する.冬季に多い傾向を示す地域と季節差のない地域,夏季に多い地域とに大別されるが,季節差のない地域や夏季に多い地域では先行感染として消化管感染の割合が多い.ワクチンも先行イベントとなりうるが,比較的リスクは低いと考えられ,相対危険度はインフルエンザワクチンで1.41 程度である.死亡率は0~14%とばらつきがあり,地域差のほか研究方法の差異が影響している可能性がある.Fisher 症候群はヨーロッパよりも東アジアに多い傾向が示唆され,全GBS に占める割合はわが国で20~30%である. -
Guillain-Barré 症候群の発症機序
255巻5号(2015);View Description Hide Description◎ギラン・バレー症候群(GBS)の発症においては抗ガングリオシド抗体が重要な役割を果たしており,分子相同性機序を介して産生された同抗体による補体介在性神経障害が,GBS の主要な発症メカニズムである.抗ガングリオシド抗体の種類は先行感染病原体により提示される糖脂質抗原に規定され,神経症候は標的糖脂質抗原の末梢神経における分布に規定される.細胞性免疫の関与を示唆する知見も少なくないが,発症機序における役割は明確にされていない.抗ガングリオシド抗体介在性神経障害の発症は標的抗原周囲の糖脂質環境に影響されるが,Fcγ受容体を介した補体非介在性機序,抗体の内在化が神経障害に及ぼす影響も考慮する必要がある. -
Guillain-Barré 症候群の診断
255巻5号(2015);View Description Hide Description◎ Guillain-Barré 症候群(GBS)の急性期診断は,①各病型ごとの中核となる神経学的所見,②電気生理学的な末梢神経障害の検出ならびに障害タイプの同定(脱髄型か軸索型か),③血清抗糖脂質抗体の検出,④脳脊髄液での蛋白細胞解離,⑤その他の急性弛緩性麻痺を呈する疾患の除外,によってなされる.また最終的な診断の確定には,経過が全体として単相性で慢性化しないことを確認することが重要である.血清抗糖脂質抗体は約2/3 の症例で陽性となるが,発症初期から上昇しており,早期診断マーカーとしてもっとも有用である,しかし,陰性であることをもってGBS の診断を否定する根拠にはならない.補助検査手段の発達によりGBS の早期診断の精度は向上しているが,診断の基盤となる正確な病歴聴取・神経診察の重要性に変わりはない.免疫調節療法の早期施行により罹病期間を短縮できることからも,早期診断は重要である. -
Guillain-Barré 症候群とFisher症候群に対する免疫治療
255巻5号(2015);View Description Hide Description◎ Guillain-Barré 症候群(GBS)の治療として,多数例を対象にしたランダム化比較試験で有効性が確立している免疫グロブリン大量静注療法(IVIg)や単純血漿交換療法が最初に試みるべき治療法である.簡便性の観点からIVIg が選択される場合が多いが,IVIg を実施したにもかかわらず症状の改善がみられない場合などでは,投与したIgG 量が不足している可能性が想定され,IVIg をもう1 クール追加することが推奨される.血液製剤を要せず,かつ有効性のより高い治療として,補体阻害剤による治療法の開発が期待されている.GBS の臨床亜型Fisher 症候群(FS)では,GBS へ移行するリスク因子を病初期に評価することで,免疫治療を開始するかどうかの検討が必要である. - 【慢性炎症性脱髄性多発ニューロパチー(CIDP)】
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CIDPの疫学
255巻5号(2015);View Description Hide Description◎慢性炎症性脱髄性多発根ニューロパチー(CIDP)は,自己免疫を背景とする慢性の脱髄性末梢神経疾患である.オーストラリア,イギリス,アメリカ,日本で実施された疫学研究では,CIDP の有病率は人口10 万当り1.0~8.9,発症率は人口10 万当り年間0.15~1.6 であった.すべての年齢層で発症しうるが,比較的高齢の男性に多い.発症に関連する遺伝的素因や基礎疾患は明らかにされていない. -
CIDPの病態
255巻5号(2015);View Description Hide Description◎慢性炎症性脱髄性多発根ニューロパチー(CIDP)は,2 カ月以上にわたり四肢の運動感覚障害をきたす末梢神経疾患である.発症初期から障害が四肢遠位ならびに近位に及ぶことから,神経根を含む広範な領域が責任病巣候補となりうる.発症機序はいまだ完全には明らかにされていないものの,髄鞘あるいは傍ランビエ絞輪部における免疫寛容の破綻が病態として推測されている.器質的あるいは機能的な障害をきたす脱髄機序として,髄鞘あるいは傍ランビエ絞輪部の構成成分を標的とする自己抗体とFc 領域を介した補体介在性傷害,Fc レセプターを有するマクロファージによる傷害,細胞傷害性T 細胞による傷害など,さまざまな機序が想定される.これらの最終的なエフェクター以外に,活性化T 細胞により産生される炎症系メディエーターをはじめ,病態関連T 細胞の末梢神経領域への移行にかかわる血液神経関門(BNB)や接着分子の関与など,液性・細胞性両者の免疫機序が協奏的に病態を形成すると考えられる. -
CIDPの診断基準と鑑別診断
255巻5号(2015);View Description Hide Description◎慢性炎症性脱髄性多発ニューロパチー(CIDP)の疾患概念はステロイド反応性の後天性慢性炎症性脱髄性多発根神経炎として確立され,脱髄病変の好発部位が神経根と遠位神経終末であることを証明する電気生理学的所見が診断上重要である.現在,国際的に認められたCIDP の診断基準はEFNS/PNS が作成したもので,電気生理学的所見としては遠位潜時延長,伝導速度低下,F 波潜時延長,伝導ブロック,異常な時間的分散以外に遠位部刺激による複合筋活動電位の持続時間延長がある.このEFNS/PNS 診断基準に従えば感度81%,特異度97%で典型的CIDP は診断できる.遠位部のみの筋力低下や感覚障害,非対称性の分布,神経叢や1つの末梢神経のみの障害を示す場合は非典型的CIDP に分類されるが,典型的CIDP に対する治療法が有効であることから,両者は共通の病態であると考えられる.一方,CIDP は除外診断が重要であり,とくに亜急性の経過をとるGBS や傍腫瘍性ニューロパチー,感染性・中毒性・薬剤性ニューロパチーはつねに念頭におくべきである. -
CIDPの治療―病型・病態からみた戦略
255巻5号(2015);View Description Hide Description◎慢性炎症性脱髄性多発ニューロパチー(CIDP)に対する治療の現状と展望について解説する.CIDP は臨床病型によって典型的CIDP と非典型的CIDP に分類され,治療法は異なる.典型的CIDP は両側対称性の多発ニューロパチーで,近位筋と遠位筋が同様に障害されるという大きな臨床的特徴をもつ.典型的CIDP の第一選択治療として副腎皮質ステロイド薬,免疫グロブリン静注療法,血漿交換,の3 つがあり,このいずれかにかならず反応する.どれを初回治療として選択するかは患者背景に依存する.治療に反応するが寛解を維持できない場合には免疫抑制剤,生物学的製剤を考慮する.非典型的CIDP のなかでは多発単ニューロパチー型(Lewis-Sumner 症候群)の頻度が高いが,この病型は上記治療に対する反応性が低い.副腎皮質ステロイドの有効性は比較的高いが,慢性進行をどう抑制するかが今後の問題である.CIDP において病型・病態および患者背景を考慮した治療計画が必要である. - 【多巣性運動ニューロパチー(MMN)】
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多巣性運動ニューロパチー(MMN)の疫学と発症機序
255巻5号(2015);View Description Hide Description◎多巣性運動ニューロパチー(MMN)はまれな疾患である.代表的な鑑別疾患である筋萎縮性側索硬化症(ALS)とともに男性比率が高いが,MMN のほうがより若年発症である.病態については,抗GM1-IgM 抗体が陽性になることや大量γ-グロブリン療法(IVIG)による治療反応性がみられることから,免疫学的機序が推定されている.電気生理学的に運動神経選択的に伝導ブロック(CB)を認めることが特徴とされており,病理学的には病変局所での再髄鞘化の障害や少量の炎症細胞浸潤が報告されている.抗体による補体の活性化や血液-神経関門(BNB)の破綻についても報告されており,徐々に病態の解明が進んでいる. -
多巣性運動ニューロパチー(MMN)の診断と治療
255巻5号(2015);View Description Hide Description◎多巣性運動ニューロパチー(MMN)は,慢性進行左右非対称性の上肢遠位筋優位の筋力低下と筋萎縮を主徴とする後天性の慢性脱髄性末梢神経疾患である.診断は臨床症状や電気生理学的検査をもとに総合的に行われ,神経伝導検査における末梢運動神経での伝導ブロックは診断の大きな手がかりとなるが,明確な伝導ブロックを認めない症例も報告されている.そのような例では,とくに筋萎縮性側索硬化症(ALS)との鑑別が重要となる.治療の第一選択は免疫グロブリン大量静注療法(IVIg)であり,多くの症例に有効性を認めるが,無効例にはその他の免疫抑制剤が考慮される.近縁の疾患である慢性炎症性脱髄性多発根ニューロパチー(CIDP)に有効性を認める副腎皮質ステロイドや血漿交換などはMMN には無効で,増悪例の報告もあるため推奨されない. - 【重症筋無力症】
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重症筋無力症(MG)の発症機序と疫学
255巻5号(2015);View Description Hide Description◎重症筋無力症(MG)は,昭和47 年(1972)に国が策定した難病対策要項に従い整備された難病対策の対象疾患で,厚生労働省の難病対策研究班がその病因・治療法について研究を続けてきた自己免疫疾患である.自己抗体の標的は,神経筋接合部のシナプス後膜上に存在するアセチルコリン受容体などの神経筋伝達にかかわる分子である.現在,患者の約90%は血液中の自己抗体を測定することで診断が可能になった.2013 年における日本の人口10 万当りの特定疾患医療受給者証交付数は16.3 人である.2003~2011 年における特定疾患の新規登録患者診断書の記載では,MG の発病年齢の中央値は男女ともに57 歳,男女比は1:1.46 で女性が多く,初発症状として眼瞼下垂が87.8%,複視が82.5%にみられる.また,MGFA clinical classificationの病型分類では,約4 割がⅠ型(眼筋型)である.胸腺摘除術を受けた患者は全体の約13.2%であるが,その割合はしだいに減少する傾向がある.胸腺病理組織でもっとも多かったのが胸腺腫で全体の65.7%,さらに胸腺腫の57.6%が浸潤胸腺腫であり,非胸腺腫に対しての胸腺摘除術は少なくなっている. -
重症筋無力症の診断
255巻5号(2015);View Description Hide Description◎重症筋無力症(MG)はおもに骨格筋神経筋接合部のアセチルコリン受容体に対する抗体(AChR 抗体)や筋特異的受容体型チロシンキナーゼに対する抗体(MuSK 抗体)を介し神経筋伝達障害をきたす自己免疫疾患であり,骨格筋の筋力低下を主症状とする.筋収縮を続けると筋力が低下し,これが休息によって回復する(易疲労性),夕方に症状が悪化する(日内変動)という特徴がある.AChR 抗体とMuSK 抗体の両者が検出されない例をdouble-seronegative MG(わが国では約15%強)とする.易疲労性を伴う筋力低下があり,AChR 抗体あるいはMuSK 抗体が検出されればMG の診断は容易である.しかし,とくに四肢骨格筋症状のみのdoubleseronegative例でテンシロン試験,反復刺激誘発筋電図所見が明解でない場合,診断はときに困難であり,“MG 患者を非MG とする誤診”が生じうる.易疲労性を反映する病歴を積極的に聴取し,客観的評価基準を用いて易疲労性をチェックすることが大切である.また,診断感度の高い単線維筋電図の普及が望まれる.診断困難例では,単純血漿交換に対する反応性(診断的治療)も参考所見として重要である. -
重症筋無力症の治療
255巻5号(2015);View Description Hide Description◎本稿では,重症筋無力症(MG)の治療戦略を概説する.MG の治療成績はステロイド薬使用により大きく改善したが,1940 年代と比べ,寛解率はほとんど変化していない.MG は寛解が得られにくく,治療が長期にわたる疾患であることを念頭において治療戦略を練る必要がある.ステロイド薬は大量・長期の服用で副作用や生活の質の低下をきたす.このため『重症筋無力症診療ガイドライン2014』では当面の治療目標を“経口プレドニゾロン5 mg/day 以下でminimal manifestations レベル”に設定した.種々の治療手段が選択可能となった現在,免疫抑制薬の早期導入,免疫グロブリン静注療法や血液浄化療法などによる早期強力療法などを組み合わせることにより,この目標は多くの症例で達成可能な妥当なものであると考えられる. - 【筋炎】
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炎症性筋疾患
255巻5号(2015);View Description Hide Description◎炎症性筋疾患(筋炎)の代表的な臨床病型は多発筋炎(PM)と皮膚筋炎(DM)であり,両者は密接な関連がありPM/DM として扱われてきた.しかし筋病理ではPM とDM は別々の病態機序を背景とした異なる疾患と定義されている.近年,炎症細胞浸潤をほとんど認めず,筋線維の壊死・再生が特徴的な筋病理所見に基づいた壊死性ミオパチー(immune-mediated necrotizing myopathy)があらたな病型として加わった.壊死性ミオパチーの診断では抗signal recognition particle(SRP)抗体と抗3-hydroxy-3-methylglutary-coenzyme Areductase(HMGCR)抗体の測定が重要である.また皮膚筋炎に関連した複数の自己抗体があらたに同定され,治療方針選択や予後推定にも重要な臨床的意義を有している. -
封入体筋炎
255巻5号(2015);View Description Hide Description◎封入体筋炎(sIBM)は中高年に発症する特発性の筋疾患である.左右非対称の筋力低下と筋萎縮が大腿四頭筋や手指・手首屈筋にみられる.骨格筋には縁どり空胞とよばれる特徴的な組織変化を生じ,炎症細胞浸潤を伴う.診断の難しさや受診の遅れなどから,初発症状から5 年以上診断がつかない例も多い.ステロイドなどの免疫学的治療に反応せず,かえって増悪することもある.経過は進行性で5~10 年で車椅子生活となるが,嚥下障害や転倒・骨折に注意が必要である.欧米では50 歳以上でもっとも多い特発性の炎症性筋疾患といわれているが,厚生労働省の研究班による全国調査によるとわが国でも患者数が増加している.2013 年に研究班により新しい診断基準が作成され,2015 年からはいわゆる難病新法の成立に伴い指定難病となった. - 【その他の免疫性神経疾患】
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POEMS(クロウ-深瀬)症候群
255巻5号(2015);View Description Hide Description◎ POEMS(クロウ-深瀬)症候群は形質細胞の異常と血管内皮増殖因子(VEGF)の過剰産生をもとに,多発ニューロパチーをはじめ,胸腹水など多彩な症状を呈する稀少難治性疾患である.VEGF の過剰産生など,病態には不明の点がまだ多い.本症候群は稀少疾患であり,かつ多彩な症状を呈するため,早期診断されにくい.しかし,適切な治療介入がなされない場合の生命・機能予後は不良であり,的確な診断と治療が望まれる.骨髄腫の治療である自己末梢血幹細胞移植,免疫調整薬,プロテアソーム阻害薬などが積極的に応用されるようになり,POEMS 症候群の予後は改善しつつある.骨髄腫治療薬の進歩に伴い,治療選択肢が今後さらに増える可能性がある.一方で,本症候群の稀少性・重篤性ゆえにランダム化群間比較試験の報告は皆無であり,エビデンスに基づく治療指針が構築されていない.また,保険適用の対象となっている薬剤も現時点ではない.本症候群において適切かつ適正な治療を進めるにあたり,解決されるべき課題はまだ多い. -
HTLV-1関連脊髄症(HAM)―分子病態解明による治療薬開発の新展開
255巻5号(2015);View Description Hide Description◎ヒトT リンパ好性ウイルス1 型(HTLV-1)の感染者の一部に発症するHTLV-1 関連脊髄症(HAM)は,難治性の免疫性神経疾患で患者の予後は不良であり,画期的な治療薬開発の要望が強い.近年,著者らはHAM においてHTLV-1 がケモカイン受容体CCR4 陽性T 細胞におもに感染しており,その細胞にTh1 様の機能異常を起こすことが病態形成に重要であることを証明した.またHAM の脊髄病巣の形成・維持に,Th1 様感染T細胞とアストロサイトとのクロストークによる炎症のポジティブフィードバックループの形成が重要であることを明らかにした.さらに,CCR4 陽性T 細胞を破壊する抗CCR4 抗体が,HAM 患者由来の細胞に対して抗感染細胞活性,抗炎症活性を示すことを証明した.以上より,抗CCR4 抗体療法は,これまで実現しなかったHAM の感染細胞を標的とした根本的な治療になりうると考えられ,現在,臨床試験が実施されるまで発展している. -
急性散在性脳脊髄炎(ADEM)
255巻5号(2015);View Description Hide Description◎急性散在性脳脊髄炎(ADEM)は,おもに感染やワクチン接種後に生じる免疫的機序が推定される単相性の脳脊髄炎であり,その病理的特徴は中枢神経系の白質を中心とした多巣性の炎症性脱髄である.小児のADEMの罹患率はわが国では0.40 人/小児10 万人年であった.ADEM は先行事象を伴うことが多く,感染症罹患後2 日~4 週間でADEM を発症する.先行事象によって感染後ADEM,ワクチン後ADEM,特発性ADEM に分類される.ワクチン後ADEM の発症率は100 万接種に対して1~2 例である.ADEM は神経学の領域では多発性硬化症(MS)と同じ脱髄性疾患として議論される.ADEM は感染後脳脊髄炎あるいは傍感染性脳脊髄炎と理解されているが,中枢神経系の自然免疫がおもに関係した脳脊髄炎である可能性がある.ADEM は臨床症状と画像所見および他疾患の鑑別によって診断される.成人に対するADEM の診断基準はないが,小児ADEM の臨床的診断基準はInternational Pediatric MS Study Group(IPMSSG)によってつくられている.ADEM の急性期治療はステロイドパルス療法が第一選択で,予後はおおむね良好である. -
自己免疫性脳炎(神経細胞表面抗原を認識する自己抗体陽性脳炎)
255巻5号(2015);View Description Hide Description◎この約10 年の間に,免疫組織染色および免疫沈降法と質量分析法を組み合わせた手法を用い,神経細胞表面蛋白を抗原とする自己抗体と,あらたなタイプの自己免疫性脳炎の報告があいついでなされてきた.これにより,従来は原因不明とされていた,あるいは誤って解釈されていた疾患の理解が進み,自己免疫性脳炎の診断・治療法のパラダイムシフトが起こっている.古典的な傍腫瘍性神経症候群でみられる神経細胞内抗原を認識する自己抗体と異なり,神経細胞表面抗原を認識する自己抗体は病態に直接的に関与することが予想され,これらの抗体が陽性の自己免疫性脳炎では,腫瘍とは無関係に発症することも多く,免疫療法が奏効するなどの特徴を有する.さらに近年,単純ヘルペス脳炎や視神経脊髄炎,脱髄性疾患の患者の一部において,グルタミン酸受容体に対する自己抗体陽性例が報告されるなど,自己免疫性脳炎の疾患概念は拡大している. -
抗VGKC複合体抗体陽性の免疫性神経疾患の広がり
255巻5号(2015);View Description Hide Description◎電位依存性K チャネル(VGKC)と複合体を形成する各分子に対する自己抗体を総称して抗VGKC 複合体抗体とよぶ.代表的な標的抗原はcontactin associated protein(Caspr)-2 とleucine rich glioma inactivatedprotein(LGI)-1 である.Isaacs 症候群(IS)は末梢神経の過剰興奮による筋痙攣や手の開排制限を主徴とする.Morvan 症候群(MoS)は,この末梢神経の過剰興奮症状に加え,多彩な自律神経系異常と幻覚・不眠などの中枢神経系の症状を呈する.IS やMoS では,ポリクローナルな抗体産生を伴うが,抗Caspr-2 抗体が量的に優位である.抗VGKC 複合体抗体関連辺縁系脳炎(VGKC-LE)は亜急性の経過で言語性記憶障害と見当識障害を呈し,低ナトリウム血症を合併する.一側の顔面と肢に同期して起こる特異なジストニア様の不随意運動が先行する.VGKC-LE では,抗LGI-1 抗体が量的に優位で抗LGI-1 抗体脳炎とも称される.抗LGI-1 抗体が結果的に後シナプス膜上のAMPA 型グルタミン酸受容体の数を減少させ,長期可塑性の低下をもたらし,記憶障害を引き起こす. -
抗GAD抗体が関連する免疫性神経疾患
255巻5号(2015);View Description Hide Description◎ GAD(GAD65)は神経細胞シナプス前終末に局在し,GABA の合成に関与する.高力価の抗GAD 抗体はstiffperson 症候群(SPS)を含めてさまざまな免疫性神経疾患と関連する.SPS,小脳失調(CA),辺縁系脳炎(LE),自己免疫性てんかん,眼球運動障害の各病型において,GABA 作動性中枢神経抑制系の障害が考えられている.SPS では免疫グロブリン大量静注療法の有効性が確認されているが,一般に抗GAD 抗体関連神経疾患は免疫治療に抵抗性であることが多い.生体内で抗体が結合しにくいと考えられる細胞内蛋白質のひとつであるGAD に対する自己抗体が病因として一次的な役割を果たすかどうかについて議論が続いているが,確定的な結論には至っていない.抗GAD 抗体関連神経疾患はまれであるが,鑑別診断としてつねに念頭におき症例の蓄積を行うとともに,分子生物学的研究を発展させていくことがよりよい治療開発のためにも重要である. -
自己免疫性自律神経節障害
255巻5号(2015);View Description Hide Description◎自己免疫性自律神経節障害(AAG)は比較的新しい疾患概念である.約半数のAAG 患者血清において抗ganglionicアセチルコリン受容体(gAChR)抗体が確認される.著者らがわが国ではじめて樹立した抗gAChR 抗体測定系は,サブユニットごとの測定が可能であり,定量性を有する.現在,抗gAChR 抗体測定を含んだAAG の臨床像解析を進めているが,抗gAChR 抗体陽性AAG の発症・経過としては,急性-亜急性,慢性のさまざまな経過が存在する.抗gAChR 抗体陽性AAG は多彩かつ広範な自律神経障害を呈するが,ごく一部の自律神経障害しか呈さない症例もある.また,感覚障害,中枢神経系症状(精神症状など),内分泌障害を併発する症例が存在する.他には膠原病などの自己免疫疾患の合併,悪性腫瘍の存在との関連が示唆される症例が存在する.治療法としては,免疫グロブリン大量静注療法,血液浄化治療,ステロイドパルス治療などのfirst-line 治療とその後の経口プレドニゾロン内服継続などのsecond-line 治療を組み合わせる複合的免疫治療が推奨される. -
Lambert-Eaton筋無力症候群の最新知見
255巻5号(2015);View Description Hide Description◎ Lambert-Eaton 筋無力症候群(LEMS)は,神経終末部でのアセチルコリン放出障害による神経筋接合部・自律神経疾患である.病原性自己免疫が関与し,神経終末に存在するP/Q 型電位依存性Ca チャネル(P/Qtypevoltage-gated calcium channel:P/Q 型VGCC)に対する自己抗体がもっとも多く検出される.また,傍腫瘍性神経症候群としての側面もあり,50~60%で悪性腫瘍の合併がみられる1).とくに小細胞肺癌(SCLC)との合併がもっともよく知られている.おもな症状は近位筋優位の筋力低下,口渇・散瞳・膀胱直腸障害などの自律神経症状であるが,一部の患者では自己抗体が血液-脳関門を通過し小脳失調を呈することがある. -
アトピー性脊髄炎
255巻5号(2015);View Description Hide Description◎アトピー性脊髄炎(AM)はアトピー性疾患または高IgE 血症と抗原特異的IgE を有する例でみられる脊髄炎で,アレルギーがその病因として考えられている.急性,亜急性,慢性いずれの経過もとりうるが,多くは動揺性で長い経過をとり,四肢遠位部の異常感覚,腱反射の亢進,筋力低下を経過中に伴う.その他の脊髄炎をきたしうる疾患を除外したうえで,アレルギー素因の存在により診断される.脳脊髄液中のIL-9 やCCL11(eotaxin)が高く,脊髄MRI では頸髄の後索に病巣がみられることが多い.また末梢神経伝導検査で潜在的な末梢神経障害が確認される.急性期の炎症抑制についてはステロイドや血液浄化療法を行い,慢性期には抗アレルギー薬の投与により症状の増悪を抑えるとともに,難治性の場合は免疫抑制剤を併用する. -
橋本脳症の臨床と病態
255巻5号(2015);View Description Hide Description◎慢性甲状腺疾患に伴う脳症の原因としては,自己免疫性橋本脳症の可能性を念頭におく必要がある.橋本脳症は早期の診断と適切な治療により軽快する“treatable encephalopathy”であり,抗甲状腺抗体の測定のみならず抗NAE 抗体の解析は特異的な分子診断マーカーとして有用である.橋本脳症の臨床徴候は多彩であり,急性脳症,精神病,小脳失調などの臨床像を呈する.脳波異常や脳SPECT での血流低下を高頻度に認める反面,脳MRI での器質的変化に乏しい.抗NAE 抗体は,脳血管を標的として血管炎を惹起し脳微小循環不全を呈する可能性と,直接ニューロンを標的として神経伝達を傷害する可能性がある.細胞性免疫の関与やHLAなどの背景遺伝子の関与も考えられる. -
Bickerstaff脳幹脳炎
255巻5号(2015);View Description Hide Description◎ Bickerstaff 脳幹脳炎(BBE)は急速に進行する意識障害,外眼筋麻痺,運動失調を主徴とし,Guillain-Barré症候群(GBS)の亜型として平成27 年(2015)7 月1 日より指定難病となっている.年間発症率は10 万人当り0.078 人とまれな疾患であり,多くに先行感染がみられ,75%の症例で血中のIgG 抗GQ1b 抗体が検出される.BBE の発症機序はGBS やFisher 症候群(FS)と同様と考えられているが,中枢神経障害の機序はいまだ不明であり,自己抗体の特異性や血液-脳関門の透過性の亢進の関与が示唆されている.四肢筋力低下や球麻痺を伴い重篤な経過を呈する場合も多いが,予後は比較的良好である.しかし,IgG 抗GQ1b 抗体陰性例や主徴候を満たさない症例(probable BBE)では,発症1 年の時点においても独歩不能な症例が存在する. -
gM M蛋白血症を伴うニューロパチー
255巻5号(2015);View Description Hide Description◎ M 蛋白血症はモノクローナルな免疫グロブリンの異常増多をさし,骨髄中の形質細胞クローンよりつくられる.関連した疾患は多発性骨髄腫をはじめとした形質細胞系腫瘍から病理学的に良性のMGUS まで多岐にわたる.M 蛋白血症にニューロパチーを合併することは広く知られているが,M 蛋白がIgM 型の場合はとくに関連が深いとされ,その基礎疾患によりニューロパチーの特徴は異なっている.MGUS では抗MAG 抗体が半数以上で陽性となり,少数ながら抗ガングリオシド抗体陽性例がある.ニューロパチーが軸索障害性である場合は原発性アミロイドーシスを考慮する必要がある.M 蛋白血症に伴うニューロパチーの鑑別にあたっては,疾患ごとに臨床・電気生理・病理所見の特徴を理解しておくことが重要である. -
傍腫瘍性神経症候群
255巻5号(2015);View Description Hide Description◎傍腫瘍性神経症候群(PNS)は担癌患者に免疫学的機序を基盤として生じる,さまざまな病型の神経症候群である.病型と関連した特徴的な自己抗体が検出されることから,抗体は診断の有用なマーカーとなる.従来からよく知られるPNS には,亜急性小脳失調症に婦人科癌や乳癌を合併し小脳Purkinje 細胞に結合する抗Yo抗体を生じる群,辺縁系脳炎や感覚性運動失調型ポリニューロパチーに小細胞肺癌を合併し神経細胞の核に反応する抗Hu 抗体を生じる群などがある.これらの抗体は細胞内蛋白を標的とするものであり,抗体除去による神経症状の改善は不良である.近年,細胞表面に発現する立体構造依存的なチャネル・受容体を標的とする抗体を生じる多数の病型が知られるようになった.免疫療法で神経症状が改善する場合が多いことから,病態診断や治療反応性の予測にも抗体検出の重要性が増している. -
全身性エリテマトーデスの中枢神経病変―とくにループス精神病と自己抗体
255巻5号(2015);View Description Hide Description◎全身性エリテマトーデス(SLE)における中枢神経病変(CNS ループス)では多彩な精神神経症状がみられるが,とくにdiffuse psychiatric/neuropsychological syndrome(ループス精神病)が臨床上問題となる.ループス精神病では髄液中の抗神経細胞抗体の上昇がみられる.この抗神経細胞抗体のなかでは,神経細胞の表面のグルタミン酸レセプター(NR2)に対する抗体が注目されている.一方,抗リボソームP 抗体や抗Sm 抗体も抗神経細胞抗体である.ステロイド精神病との鑑別がしばしば問題となるが,ループス精神病の的確な診断には髄液中のIL-6 が有用である.また,髄液中のIL-6 および抗神経細胞抗体はいずれも重症病型であるacuteconfusional state(ACS)においてとくに上昇しており,ループス精神病の重症度のsurrogate marker としても有用である.ループス精神病の治療の基本はステロイドである.シクロホスファミドパルス療法がステロイドに勝るというエビデンスはいまのところない.ただ,重症病型のACS においてはシクロホスファミドパルス療法を受けた症例でSLE の再発が少ない傾向が示されている. - 【トピックス】
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免疫性神経疾患の病態・治療と神経幹細胞
255巻5号(2015);View Description Hide Description◎ 20 世紀の終りにヒト成体脳での神経幹細胞の存在と神経新生が示唆されて以来,さまざまな精神神経疾患における神経幹細胞の役割について多くの研究が行われ,数々の知見が得られた.本稿でとりあげる多発性硬化症(MS)は,自己免疫によって脳に慢性的な脱髄が起こる免疫性神経疾患であり,免疫系およびそのターゲットとなる細胞・分子がおもな原因と考えられるが,病態の形成・進行に神経幹細胞が与える影響についての報告も少なくない.そこで脱髄モデル動物における神経幹細胞の動態や,インターフェロン(IFN)の神経幹細胞に対する影響に関する知見を概説するとともに,幹細胞による治療に向けた今後の動向について論じる. -
免疫セマフォリンと神経疾患
255巻5号(2015);View Description Hide Description◎セマフォリン分子群のなかでも免疫系で重要な機能をもつものは免疫セマフォリンとよばれるが,そのうち代表的な分子としてSema3,Sema4A,Sema4D,Sema7A について記述した.Sema4A は多発性硬化症(MS)やそのモデル動物(EAE)の病態にかかわるのみならず,患者血中Sema4A 値はIFN-βによる治療効果予測に有効である.Sema4D は異なる受容体を介した免疫細胞の活性化やニューロインフラメーションの誘導により,MS/EAE をはじめ他の炎症性疾患の病態にもかかわっており,治療標的ともなっている.Sema3は免疫細胞の移動やMS 病巣の再髄鞘化への関与が示唆されており,Sema7A はEAE や他の炎症性疾患における炎症制御にかかわっていることが明らかになってきた. -
免疫性神経疾患の分子標的治療
255巻5号(2015);View Description Hide Description◎分子標的治療薬とは,それぞれの疾患の病態で中心的な役割をもつ分子に対して特異的に作用し,その働きを抑制する治療薬である.悪性腫瘍に対する治療薬として研究開発が進み,近年になって免疫性神経疾患に対しても分子標的治療薬が用いられるようになってきている.その背景には,疾患に対して分子レベルでの病態解明が進んでいることが要因としてあげられる.分子標的治療薬はその作用部位が限局しているため,副作用も限られたものにできる可能性があることも利点のひとつである.その一方で,注意すべき重篤な副作用がいくつか存在することも事実である.本稿では,現在の免疫性神経疾患に使用されている,あるいは適用が検討されている分子標的治療薬(リツキシマブ,オクレリズマブ,オファツムマブ,エクリズマブ,トシリズマブ,ナタリズマブ,アレムツズマブ,およびダクリズマブ)それぞれについて,免疫性神経疾患における作用機序および臨床試験の成績について概説する.
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