医学のあゆみ

◎母性内科（obstetric medicine）は妊娠前（pre－existing）からの内科合併症や，妊娠中に発生した（new－onset）内科疾患を対象とし，さらに，出産後の健康も視野に入れて診療する内科のサブスペシャルティであり，産科のサブスペシャルティ（maternal medicine）でもある．内科合併症に関する妊娠期の病態への理解が進んだことや，近年，高年齢の出産が多くなるにつれて内科合併症妊娠が増えており，世界的にも母性内科診療の必要性・重要性が高まっている．一方で，診療の規範とすべきガイドラインの整備や，その基礎となるエビデンスの蓄積は不十分である．わが国において母性内科が診療を開始した1981 年から30 年以上が経過した現在，母性内科の診療や活動の状況を示し，そのあるべき姿とともに将来を展望する．

◎出生体重の低下は生活習慣病の発症リスクが高く，その機序解明，予防，介入研究が大がかりに推進されている．日本では出生体重の低下が持続しており，その頻度も高く，それに対する対応がとくに求められる国である．その原因のひとつに妊娠前のやせがある．受精直後の短時間にインプリント現象が起こるので，日ごろの食習慣は重要である．妊娠中の低炭水化物食は児にエピジェネティクス変化を生じさせ，児に肥満，耐糖能低下，思春期早発の可能性があり注意する．精神的ストレスも児エピジェネティクスに影響を与えることなどから，多方面から胎内環境の重要性が明らかになってきている．

◎母性内科とは女性とその子どもたちの健康を増進させるために，妊娠前から妊娠中，産の立場から診療を行う総合診療科である．妊娠中，産後の女性とその児の適切な管理が良質な成育医療の実現に必須であることはいうまでもないが，さらなる成育医療の実現のためには，リプロダクションサイクルのなかの思春期から妊娠までのケア，すなわちプレコンセプションケアが重要となる．また，妊娠から産後への切れ目のない女性のフォローアップを，女性自身を中心とした観点から体系化し実践していくことが母性内科の立場から重要と考えられる．

◎妊娠前からの慢性疾患や，妊娠中に発症した疾患の薬物療法を行うときには，治療を行わないことによる母親および胎児のリスクと，薬剤投与による胎児のリスクを比較して方針を決定することになる．薬剤による胎児への影響としては，妊娠初期の器官形成期（おもに妊娠4 週～9 週）の曝露による形態的異常と，胎盤を介して移行した薬剤の薬理作用による胎児毒性がある．ほとんどの薬剤は多かれ少なかれ胎盤を通過するので，母親が薬剤を使用すれば胎児にも薬剤が投与されることになるが，胎児の薬物動態，薬力学についてはわかっていないことが多く，影響を予測することは難しい．また，妊娠中の疾患の増悪や軽快，薬物動態の変化に伴って薬剤の種類や用量を調整する必要性にも注意しなければならないが，あまり調べられていない薬剤が多い．妊娠中の薬剤使用の安全性，有効性，妊婦および胎児の薬物動態や薬力学について，今後研究が進められることが望まれる．本稿では，妊娠中，授乳中の薬物療法に関連する基本的な事項を述べる．

◎高血圧合併妊娠，慢性腎臓病（CKD）合併妊娠はハイリスク妊娠とされ，妊娠高血圧症候群や早産，低出生体重児などのリスクが高い．そのため妊娠前からの原疾患の管理（プレコンセプションケア）が大切である．高血圧を有していても妊娠初期には生理的血圧降下が認められるため気づかれにくく，妊娠後期になりはじめて問題になるケースがあり，妊娠前からの家庭での血圧測定管理が望ましい．また，CKD のステージと，妊娠高血圧症候群や早産，低出生体重児などの周産期リスクは正に相関する．通常軽症とされるステージ1，2 でも，これらのリスクは正常妊娠と比較し高率であり，注意を要する．高血圧やCKD の治療には，ACE 阻害薬やアンジオテンシンⅡ受容体拮抗薬（ARB）がよく用いられるが，これらの妊娠中の使用は禁忌とされている．

◎妊娠・出産を通じて，循環動態はダイナミックに変化する．多くの循環器疾患をもつ女性が安全に出産する一方で，一部の病態においては母児の生命も脅かされる高危険性妊娠となる．循環器医療や新生児医療の発展に伴って成人となる先天性心疾患患者が増加していること，遺伝性不整脈や結合織病などあらたな疾患が若年代で診断されることなどにより，わが国における循環器疾患合併妊娠数は増加傾向にある．また，妊婦の高齢化も問題となってきている．心臓病をもっているから妊娠は禁忌とされていた時代は過ぎ，心臓病があってもより安全に出産できるような診療体制の構築が必要とされるが，エビデンスに基づいた標準的診療の確立は不十分である．本稿では，まず周産期における心血管・循環動態の生理的変化について，つぎに周産期リスクの評価法について，最後に妊娠中の検査について述べる．

◎母性内科がみる疾患のなかで糖代謝異常妊婦の占める割合は高い．妊娠初期はインスリン必要量が減るが，中期以降はインスリン抵抗性になりやすく血糖も上昇しやすい．母体高血糖の影響で種々の母児合併症が起こりやすくなるため，非妊時に比べ厳格な血糖管理が必要となる．妊娠前・分娩後のフォローアップなども重要であるが，別稿に任せ，本稿ではおもに妊娠中の管理に関して最新の情報も加え述べる．妊娠中に取り扱う糖代謝異常の定義・診断基準に関しては，日本糖尿病学会，日本産科婦人科学会，日本糖尿病・妊娠学会で一部不一致点があったため，3 学会の合意を得て統一案が作成された．食事療法に関しては近年カーボカウント法を用いる施設も増えてきた．また，食品交換表第7 版では1 単位中の炭水化物量・糖質量や糖質の配分割合別での表示などが追加された．薬物療法に関しては，妊娠中使用の安全性が確認されたインスリン製剤が増え，インスリンポンプの開発も進んでいる．欧米では“リアルタイムCGM”，さらに“クローズドループ”のインスリンポンプも用いられ，わが国でもパーソナルCGM 機能搭載インスリンポンプが使用可能となり，血糖コントロールの改善と低血糖の低減に貢献すると期待されている．

◎Basedow 病や慢性甲状腺炎などの甲状腺疾患は，妊娠可能年齢の女性に多くみられることから，甲状腺疾患の診療を行ううえで妊娠中の管理にも精通しておく必要がある．未治療やコントロール不良の甲状腺機能亢進症や甲状腺機能低下症は妊娠の転帰に悪影響を及ぼすので，妊娠中のみならず妊娠前からの適切な管理が必要である．Basedow 病ではチアマゾールの催奇形性とプロピルチオウラシルの重篤な副作用リスクの両者を考慮して，良好な甲状腺機能のコントロールをめざす必要がある．胎児・新生児Basedow 病を発症する可能性の高い場合は，甲状腺専門医，産科医および小児科医との連携が必要となる．慢性甲状腺炎では，潜在性を含めた甲状腺機能低下症に対しレボサイロキシン量の細やかな調節が重要である．Basedow 病と慢性甲状腺炎はいずれも産後に甲状腺機能が悪化することが多く，産後も定期的なチェックが必要である．

◎全身性エリテマトーデス（SLE）をはじめとする膠原病疾患はreproductive age の女性における発症が多いことから，われわれ母性内科が扱う重要な領域のひとつである．膠原病疾患診療における母性内科の役割は，①プレコンセプションケア，②妊娠中の原疾患コントロール，そして③産後フォローである．本稿ではこの3項目に焦点をあて，母性内科が膠原病診療において果たすべき役割について紹介する．

◎若年者に好発する炎症性腸疾患（IBD）では，周産期・授乳時にどのように治療を行うかが大切な命題である．寛解期に妊娠した潰瘍性大腸炎（UC）の再燃率は，非妊娠者と同等である．またUC では，早産，低出生体重など合併症の危険はわずかに増えるとされるが，寛解期では増加せず活動期で増加するため，UC 症例は十分寛解を維持した状態で妊娠するのが望ましい．UC 治療薬の多くは妊娠への悪影響が立証されておらず，UC 合併妊娠の最大の危険因子は疾患活動性とするのが，近年の海外の主流の考え方である．事前に安全で適切な妊娠時期と治療について，主治医と患者，パートナーと家族が十分検討し決定することが，安全な妊娠にもっとも望ましいと考えられる．

◎質の高い臨床研究などの一次情報を，網羅的に収集し再評価するシステマティックレビューに関して，明確な方法論に基づき定期的に更新されているものとして，コクラン共同計画による“コクランレビュー（Cochrane Review）”がある．約6,500 編のコクランレビューのうち，補完代替医療に関するものは約10％強を占めている．また現在，コクラン共同計画ではその内容を全世界の医療者および患者・国民に届けるべく，各国言語に翻訳するプロジェクトも進められている．本稿では，コクランレビューの概要と補完代替医療に関する報告数の現状および活用にあたっての留意点について解説する．