医学のあゆみ

◎がん化した細胞を免疫システムが認識して排除できるかどうかは免疫学にとって重要な問題であり，さまざまな実験結果をもとに古くから議論されてきた．また，がん細胞に対して免疫応答を誘導してがん細胞を特異的に排除するがん免疫療法の開発が世界中で試みられてきたが，かならずしも期待されるほどの効果は得られず，数年前まではほとんどの研究者がその実現に懐疑的でさえあったといえる．近年，免疫応答が自己の組織を攻撃することを抑制する仕組みである免疫寛容を阻害する抗体薬が，複数のがんに対して劇的な治療効果を示したことから，これまでの概念が打ち破られ，がん免疫療法に対する考え方が大きく変化した．従来のがん免疫療法が十分な治療効果を示さなかったのは，免疫応答の誘導が不足していたのではなく，がん細胞に対する免疫応答が抑制されており，その抑制を解除する必要があったためと考えられる．

◎近年，免疫チェックポイント阻害剤の臨床開発が進んでいる．2011 年3 月に抗CTLA－4 抗体（イピリムマブ）が大規模臨床試験の試練を経て，切除不能悪性黒色腫に対して世界ではじめて免疫チェックポイント阻害療法としてアメリカFDA の承認を受けた．その後，同様にT 細胞を活性化させてがんを攻撃させる抗体療法として抗PD－1 抗体，抗PD－L1 抗体療法の臨床開発が各種がんにおいて進められている．抗PD－1 抗体療法であるニボルマブは2014 年に国内・アメリカで進行悪性黒色腫での承認を受け，2015 年3 月には進行扁平上皮肺がん，11 月に進行腎細胞がんに対してFDA の承認を受けた．また，ペンブロリズマブも進行悪性黒色腫，非小細胞肺がんに対してFDA の承認を受けている．現在，悪性黒色腫，非小細胞肺がん，腎細胞がん，頭頸部がん，膀胱がん，胃がん，卵巣がん，食道がんなどで各種免疫チェックポイント阻害剤（抗PD－1 抗体，抗PD－L1 抗体）の第Ⅲ相試験が施行あるいは準備されている．また，その他のT 細胞の活性化を制御する抗体療法の開発がはじまっている．さらに，さまざまながん種に対して単独療法，および従来の薬剤や新しい薬剤と併用した多くの臨床試験が活発に行われるようになってきている．現時点で免疫チェックポイント阻害剤による治療抵抗，耐性のメカニズムの理解は不十分であり，奏効例は限られており，治療効果や毒性を予測できるバイオマーカーの探索に期待がかかっている．

◎がん免疫療法が近年実用化に向け大きく前進しつつある．そのひとつに，がんを特異的に認識し破壊する能力をもつエフェクターT 細胞を体外で大量に調整して患者に輸注する養子免疫療法がある．これまでにもっとも成功を収めつつある養子免疫療法はCD19－CAR であるが，そのほかにエフェクターT 細胞として患者の腫瘍に浸潤するリンパ球（TIL）をそのまま拡大培養した細胞群を用いる場合や，患者末梢血リンパ球に腫瘍を認識するT 細胞受容体（TCR）を遺伝子導入した細胞を用いる場合がある．これらの治療法は腫瘍を一定に制御するのみならず，がん患者を治癒させうる可能性さえ期待されている．本稿では，TIL／TCR 遺伝子導入T 細胞を利用したがん免疫療法の現状を概観し，今後克服すべき問題の抽出と，著者らの研究室の取組みを紹介する．

◎近年，キメラ抗原受容体（CAR）を遺伝子導入したCAR－T 細胞を利用したがん免疫療法の研究・開発が進んでいる．CAR とは，腫瘍細胞の表面抗原を認識する一本鎖抗体とCD3ζ鎖や共刺激シグナルなどのT 細胞活性化を誘導する細胞内シグナル伝達部位を結合させたキメラ蛋白である．CAR 遺伝子導入T 細胞療法は現在欧米で多くの臨床試験が実施されており，とくにB 細胞系造血器悪性腫瘍ではCD19 を標的としたCAR－T 細胞療法において優れた臨床効果が報告されている．しかしCAR－T 細胞療法には，有害事象であるサイトカイン放出症候群（CRS）やon－target off－tumor toxicity など，さまざまな問題点も存在している．また，固形がんに対しては，がんのヘテロジェニティーやがん微小環境での免疫抑制，高い特異性を有する標的分子の未同定などの理由により，いまだ十分な治療効果は認められていない．本稿では，CAR－T 細胞療法の研究・開発の現状と課題，将来展望について概説する．

◎がんは抗原をもつが，患者へのペプチドワクチン療法で寛解例は希少であった．最近，抗がん細胞傷害性Tリンパ球（CTL）による腫瘍退縮と寛解（固形がんでも20～30％）がPD－1／L1 抗体によって惹起することが示され，ワクチン免疫療法の見直しがはじまった．感染症ワクチンを考慮すると，多価抗原とパターン分子を補充すると効果的なCTL 誘導を達成しうる．適切な抗原のデザインは現在考案が進んでいる．一方，パターン分子は古来アジュバントとしてがん治療に適用されてきたが，サイトカイン血症など重い副作用のため認可されておらず，毒性なしに効果的なCTL 誘導ができない現状である．本稿ではアジュバントの多様性に言及し，樹状細胞（DC）の成熟化を毒性なしに行うアジュバントの開発を解説する．アジュバント研究は最終的に効果的な抗がんワクチン療法の確立をめざすものである．

◎がん抗原ワクチン療法は，腫瘍関連抗原（TAA）由来のペプチドや蛋白質，DNA／RNA など，種々の形状のTAA をがん患者に投与してがん細胞に特異的な免疫細胞の誘導・活性化を促し，腫瘍縮小効果や延命効果を期待する治療法である．世界各国でさまざまながん腫に対して臨床試験が進行中であり，短鎖TAA ペプチドを用いたがん免疫療法や樹状細胞（DC）ワクチン療法など，がん細胞を殺す細胞傷害性T 細胞（CTL）の活性化に主眼をおいたがんワクチン療法のみならず，CTL とヘルパーT 細胞をともに活性化する長鎖ペプチドの開発など，より強力ながんワクチン療法の開発への工夫が試みられている．しかしその臨床効果は限定的であり，その改良が求められている．近年は，がん細胞における遺伝子変異により生じる変異TAA（ネオアンチゲン）ペプチドを用いたがんワクチン療法や免疫チェックポイント阻害療法との併用など，より個別化され，かつ複合的ながん抗原ワクチン療法の開発に注目が集まっている．

◎免疫療法においては，治療前や治療早期に効果の期待できる症例の選択，適切な免疫療法の選択，複合免疫療法における適切な組合せの選択などが，効果的な個別化複合がん免疫療法のために重要である．各種選択に必要な血液や腫瘍バイオマーカーの同定のために，免疫介入臨床試験症例の臨床検体を用いた各種網羅的分子解析技術（マルチオミックス）を駆使したヒトがん免疫病態の解明が期待されている．

◎基礎医学の教育は，2001 年のモデル・コア・カリキュラムによってそれまでの学問分野別からの転換を迫られたが，かならずしも臓器系統別に移行したわけではない．2013 年からCBT を含む共用試験がStudentDoctor 認定証の要件となって，実質的に第一次の医師資格試験となり，モデル・コア・カリキュラムに沿った教育がより強く求められている．その一方で，国際基準による認証のための評価基準では，学問分野に基づく教育が是認されている．学問分野別と臓器系統別のどちらをとるべきかが判然としなくなっている．近年は研修医必修化などの影響で基礎研究を志向する医学生が激減しており，その対策が文科省の支援により，また各大学独自の企画によりはじまっている．医学教育の歴史において，18 世紀以前は，医学理論と医学実地，19世紀以降は基礎医学と臨床医学が大きな柱となっている．基礎医学は臨床医学と表裏一体であり，基礎医学の裏づけなくして臨床研究の発展もなく，臨床医学への関与なくして基礎医学の持続的な発展もありえない．