医学のあゆみ
Volume 258, Issue 5, 2016
Volumes & issues:
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【7月第5土曜特集】 がん標的分子と治療開発─現状と将来
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- がんゲノム研究の進歩と臨床応用に向けた基盤整備
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国際がんゲノムコンソーシアム研究の成果と今後
258巻5号(2016);View Description Hide Description◎国際がんゲノムコンソーシアム(ICGC)は2008 年に発足し,現在日本を含め17 の国と地域が参加し,78種類のプロジェクトが開始され,総数で25,000 例を超えるがんゲノムデータの登録が予定されている.これまで日本のグループが貢献してきた肝がん・胆道がんに加え,さまざまながんにおけるゲノム異常の全体像や変異シグネチャーの同定,あるいは情報解析ツール開発について多くの研究成果を輩出し,またその結果はがんゲノム変異データベースとして広く公開され,多くの研究者が活用し,新たな研究展開へ波及している.今後大規模ながん全ゲノム解読データを用いたがん種横断的研究,国際的なデータ共有,臨床応用をめざしたICGCmed などのプロジェクトが進められ,ゲノム情報に基づく個別化がん医療の実現に貢献していくことが期待される.そうした現場に日本の研究グループが創立時より継続して参加することは,国際貢献・国際競争力という点で戦略的にきわめて重要である. -
がんゲノム変異の発見から創薬・診断へ
258巻5号(2016);View Description Hide Description◎がん細胞のゲノム解析を網羅的に行うことにより,直接的な発がんの原因遺伝子が同定されるだけでなく,浸潤・転移などがんのさまざまな異常形質の分子基盤も明らかにされると期待される.これらのゲノム・エピゲノム情報は,有効な分子標的治療薬の開発あるいは精度のよい分子診断法の実用化につながると予想され,実際,発がん原因キナーゼを特異的に阻害する薬剤がまったく新しいがんの治療法になることが証明された.こうして塩基配列によってがんが記述される時代になれば,これまでとはまったく異なったがんの分類体系が構築され,それぞれのがん種の配列異常に基づいた診断法・治療法が現実のものとなるであろう.実際に,次世代シークエンサーを用いた網羅的ゲノム診断あるいはリキッドバイオプシーが医療の場で応用されつつある. -
新規がん分子標的治療薬の開発
258巻5号(2016);View Description Hide Description◎酒井が考案および確立した新規がん分子標的治療薬を得る合理的方法である“RB 再活性化スクリーニング”により,MEK 阻害剤トラメチニブ(商品名:メキニスト(R)),RAF/MEK 阻害剤CH5126766 およびHDAC 阻害剤YM753/OBP-801 の3 種のがん分子標的治療薬が開発された.これらはすべて,大学発の独自のスクリーニング戦略である“RB 再活性化スクリーニング”と,それに着目し導入した製薬企業との産学連携の成果である.アカデミアと企業間での産学連携をうまく推進させるには双方の理解が必要であり,アカデミアと企業がそれぞれの目的や成果を十分に開示し,たがいの立場を理解しあったうえでの歩み寄りや調整を行うことがもっとも重要である.そのような相乗効果をめざす産学連携こそが,多様な領域の専門家・研究者を必要とする知識・技術集約型である“創薬”の遂行には必須である. -
がん分子標的薬の耐性メカニズムとその克服
258巻5号(2016);View Description Hide Description◎EGFR-TKI やALK-TKI などの分子標的薬はそれぞれ,EGFR 変異肺がんやALK 融合遺伝子陽性肺がんに著効を示すが,ほぼ全例で獲得耐性により再発することが次なる問題となっている.これらの分子標的薬のおもな耐性機構としては標的遺伝子の変化,側副経路の活性化,標的の下流の活性化,がんの組織学的変化,上皮間葉移行(EMT)やがん幹細胞形質,その他のメカニズムなどがある.EGFR-TKI のもっとも代表的な耐性機構であるEGFR-T790M 変異に対しては,第三世代EGFR-TKI のオシメルチニブが2016 年に認可された.また,ALK-TKI 耐性を惹起する遺伝子変異は数多く知られているが,薬剤により阻害活性が異なるという特徴がある.現在承認されているALK-TKI のすべてに耐性を惹起するALK-G1202R 変異に対しても有効な第三世代ALK-TKI の臨床開発が急ピッチで進められている.今後,実地臨床の場で実施可能な耐性変異の解析法の確立が求められる. -
ゲノム医療実現に向けた病理・検査の質の保証―わが国の現状と課題
258巻5号(2016);View Description Hide Description◎分子標的治療薬など,がんに対する個別化医療の提供が現実のものとなってきた.今後,個々のがんの個性,すなわちがんゲノム情報の正確な把握が重要となる.がんゲノム情報把握のための検査の主体は,がん細胞に特異的に生じている体細胞遺伝子変異検査である.また遺伝性腫瘍関連遺伝子や薬剤代謝に関係する遺伝子の遺伝子多型など生殖細胞系列遺伝子検査も考慮される.合わせて病理診断は,がんゲノム情報にかかわる免疫組織染色やin situ hybridization 法の実施のほか,遺伝子検査のための病理組織標本の質の担保に関与する.これらの病理診断・遺伝子検査の測定結果に対する精度管理・精度保証は今後きわめて重要になる.本稿では,がんゲノム情報に対する検査に対する精度管理・精度保証の現状と課題,そして今後の展望について述べる. -
ビッグデータとスパコンの活用によるがんのゲノム医療研究最前線
258巻5号(2016);View Description Hide Description◎がんを理解するためのゲノムをはじめとする多様なデータの急激な増大は,スーパーコンピュータ(スパコン)や人工知能技術を活用したあらたな領域を生み出しはじめた.スパコンを使い,がんのゲノム異常の全容が明らかになってきた.また次世代シークエンサーデータも激増し,2018 年までに世界のシークエンスデータ量は2 エクサバイト(EB)を超える.科学的な知識の集積も膨大であり,PubMed には二千数百万件超の論文が登録されており指数関数的に増大している.がんだけでも2015 年の1 年間で20 万報を超えた.薬の特許情報も1,500 万件以上ある.このように高速に大量の生データは出てくるが,個々人のデータの臨床翻訳と解釈がボトルネックになっている.アメリカなどでは,ビッグデータを活用した個々人データの解釈にIBMWatson がMemorial Sloan-Kettering Cancer Center やMD Anderson Cancer Center など10 数カ所に導入されている.東大医科研にも研究利用として導入され,日本人データで訓練され医科研病院で活用されてきた.がんの変異データをアップロードするとドライバー遺伝子と分子標的薬がその根拠とともに示唆される. -
がんゲノム医療に伴う遺伝医療・遺伝カウンセリングのあらたな課題
258巻5号(2016);View Description Hide Description◎近年の分子生物学の発展は,医療にさまざまな変革をもたらしてきている.とくにがんの分野では,分子標的治療薬の創出とゲノム解析技術の飛躍的な発展により,がん医療のめざましい進歩が起こっている.がんの病態の本質は遺伝子の異常に起因するため,がん細胞の遺伝(ゲノム)情報を大量に調べ,異常を見出すことは診断的・治療的意義が高く,すべてのがんに対し大量のゲノム情報を調べる時代が到来しつつある.ところが,このように治療や診断を目的として調べるがん細胞のゲノム配列情報のほとんどは,germline(生殖細胞系列)の塩基配列情報であるため,生来より存在していた変化(バリアント;variant)をみつけてしまうことにもなる.そのなかには遺伝性疾患の原因となりうるバリアントも存在しうるが,その対応に関して明確な方向性はいまだ見出せていない.しかし,がん医療をあらたなステージへと押し上げるためには,この課題の克服は不可欠であり,それには単に遺伝医療・遺伝カウンセリング体制の整備だけでなく,すべての医療従事者や患者への遺伝学に関する教育の充実も必須である. - ゲノム解析結果に基づく治療開発の実際
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NGS パネル開発とクリニカルシークエンス―現状と課題
258巻5号(2016);View Description Hide Description◎がんの分子標的療法の進展に伴い,ゲノムバイオマーカー診断の重要性は増している.肺がんや大腸がんなど,新しい治療薬とそれらの効果を予測する遺伝子異常の組合せが増大するのに伴い,これまでのPCR 法やFISH 法に基づく個別のコンパニオン診断法では対応が困難になりつつある.同時に広い範囲のゲノム領域の解析が可能な次世代シークエンサーによるがんゲノム解析はこれまで各種の研究分野で利用されてきたが,これをがん遺伝子診断に臨床応用する機運が高まっている.新技術を実地診療に応用するためには,その技術の臨床的有用性を明らかにすること,制度管理された体外診断システムを利用すること,保険償還によって幅広い層の患者に利用可能であること,が必須である.2016 年4 月には厚生労働省から「遺伝子診断システムにおけるDNA シークエンサー等を製造販売する際の取扱いについて」通知が出され,わが国においても実用化に向け弾みがつくと予想される. -
LC‒SCRUM‒Japan による希少遺伝子異常陽性肺癌の遺伝子スクリーニングと治療開発
258巻5号(2016);View Description Hide Description◎全国規模の遺伝子スクリーニングネットワークであるLC-SCRUM-Japan では,遺伝子異常を有する希少肺癌の遺伝子スクリーニングを2013 年2 月より開始し,全国から200 施設以上の参加協力を得て2016 年5 月までに約2,800 例が登録され,現在もスクリーニングが進行中である.本研究は“有効な治療薬を患者へ届けること”を目的として開始したプロジェクトであるが,実際にこの遺伝子スクリーニングによって遺伝子異常を有する希少頻度の肺癌がスクリーニングされ,日本における分子標的治療薬の治療開発へ結びついている.本プロジェクトのようなアカデミア・製薬企業の連携による遺伝子スクリーニングと治療開発は,今後も明らかになる希少フラクションの悪性腫瘍に対する効率的な治療開発のモデルケースとして大きな期待が寄せられている. -
Precision medicine 構築に向けたアメリカNCI での取組み
258巻5号(2016);View Description Hide Description◎アメリカではアカデミア,そしてNational Institutes of Health(NIH)においても近年急速にprecisionmedicine の臨床応用の具体化が検討され,実行に移されてきた.この発端となったのは,2012 年のNationalAcademy of Science 内にあるInstitute of Medicine(IOM)によるprecision medicine についてのメッセージにあると考えられる.この提言にはバイオメディカルサイエンス分野で蓄積されてきた,あるいは将来さらに増大しつつある膨大な知識を研究者間でシェアするためのネットワークの構築が必要である,という内容が含まれていた.以後,NIH にある各27 センターにおいてそれぞれ対策を練り実行に移してきたが,本稿ではとくにそのなかで最大のセンターである国立がん研究所(NCI)によるがんのprecision medicine 施行の具体化例に焦点を当て,precision medicine initiative の実用化に向けて準備されてきた代表的な臨床試験を解説する.臨床試験から得られる個々の患者の腫瘍分子解析データと治療効果のデータは,後日一般にも開示することが最終目標であるが,その際に必要なデータベースの構築も着々と行われている. -
網羅的遺伝子解析結果に基づく治療選択
258巻5号(2016);View Description Hide Description◎近年の著しい遺伝子解析技術の進歩により,がんの遺伝子異常について詳細な解析が行われ,あらたなバイオマーカー候補となる遺伝子異常が複数同定された.これに伴い,多数の分子標的治療薬が開発され,治療法の選択には腫瘍の網羅的遺伝子解析が必須となりつつある.現在,網羅的遺伝子解析結果に基づく治療選択法の多くが臨床試験段階にあり,遺伝子解析結果に基づく治療選択自体の有効性を検証する試験や,各分子標的治療薬の有効性を評価する試験が行われている.がんの遺伝子異常は単一がん種では頻度の低いものも多く,網羅的遺伝子解析の結果を有効に活用するため,複数のがん種の患者を対象とし,一度の遺伝子解析で複数の臨床試験のスクリーニングを行うあらたな臨床試験デザインが利用されている.このような臨床試験の結果をもとに,有効なバイオマーカーと治療薬の組合せが早期に臨床応用されることが期待される. - がん免疫研究をめぐる最新の動向
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がんに対する免疫機構
258巻5号(2016);View Description Hide Description◎がんは長年にわたる形成過程で免疫抵抗性が獲得され,臨床でみられるがんでは多様な免疫細胞や分子が関与してがん細胞の増殖・生存・浸潤促進的・かつ免疫抑制的ながん微小環境が構築されている.がん免疫病態ががん種,同じがんでもサブセット,また症例ごとに異なり,免疫状態の個人差は,がん細胞の遺伝子異常に起因する性質,患者の遺伝的免疫体質,喫煙や腸内細菌などの環境因子に規定される.効果的ながん治療のためにはヒトがん免疫応答機構のさらなる解明とその制御法の開発が期待される. -
免疫チェックポイント阻害剤―PD‒1 抗体の開発とその抗がん作用機序
258巻5号(2016);View Description Hide Description◎免疫チェックポイント阻害剤の登場により,がん治療のパラダイムシフトが起こりつつある.PD-1 やCTLA-4 をはじめとする免疫チェックポイント分子は,免疫系のブレーキ役としてT 細胞の活性化を抑制し,自己免疫応答や過剰な炎症反応を抑制する.がんはこの抑制機構を利用して宿主の免疫監視から逃れている.そこで,免疫系のブレーキ解除によりがんに対する免疫応答を高めるという新発想のもと開発されたのが,免疫チェックポイント阻害剤である.PD-1 は1992 年に京都大学の本庶研究室で発見された.動物モデルにおいて,PD-1 阻害剤はCTLA-4 阻害剤に比べて強い抗腫瘍効果を示し,副作用も少ないことから,完全ヒト型PD-1 抗体のnivolumab が開発された.2014 年にnivolumab は世界にさきがけてわが国で悪性黒色腫の治療薬として承認され,続いて非小細胞肺がんが適応となり,アメリカ,EU でも承認された.PD-1 抗体はがん細胞ではなくリンパ球を標的とするので,がんが突然変異を起こしても効果が長期間持続する.また,がん抗原の特異性によらないので,さまざまな種類のがんに適応可能である. -
がん微小環境における免疫抑制機構
258巻5号(2016);View Description Hide Description◎免疫療法の開発が進むにつれ治療患者の免疫応答が明らかにされてきている.しかし,いぜんとしてその治療効果は限定的であり,免疫治療を受けたすべての患者に効果的な治療法の開発は困難をきわめている.免疫治療の効果を低下させる要因としてがん環境下における免疫抑制機構が考えられており,それらを担う細胞として制御性T 細胞(Treg)と骨髄性抑制細胞(MDSC)が存在する.両者とも過剰な免疫応答を抑えるために必須な細胞であるが,がん環境下ではがん免疫応答を抑制する働きを担う.それぞれ末梢とがん局所では機能や動態に相違があり,副作用を抑えつつ免疫抑制を解除するためにはがん組織に浸潤する細胞のみを標的とする方法が効果的である.近年の研究成果から,Treg およびMDSC を効果的に制御できる標的候補が見出されており,それらを応用することで画期的な新規がん免疫療法の開発が実現すると考えられる. -
がん微小環境における代謝と免疫応答
258巻5号(2016);View Description Hide Description◎アデノシン三リン酸(ATP)の加水分解で生じるエネルギーは生命活動維持に必須であるため,さまざまな組織や細胞に多様な膜型ATP 分解酵素が発現することで,生体の恒常性が維持されている.がん細胞は急速な細胞増殖を維持するため,大量のグルコースを取り込み,解糖系を活性化させることでATP,核酸,アミノ酸,脂質を産生している.がん局所では正常組織に比べ,細胞外ATP 濃度が上昇すること,がん微小環境においてATP 代謝で生じたアデノシンが抗腫瘍免疫応答を抑制することが明らかとなっている.また,がん細胞の小胞体に高発現する膜型ATP 分解酵素ががん細胞における糖代謝亢進に関与すること,がん細胞内のATP が多剤抵抗性獲得に必須であることが明らかとなり,ATP 代謝制御を標的としたがん研究の重要性が示唆されている.今後,膜型ATP 分解酵素活性制御機構のさらなる解明が,ATP を標的とした新薬開発につながることが期待される. -
免疫チェックポイント阻害剤の開発の動向
258巻5号(2016);View Description Hide Description◎免疫チェックポイント阻害剤はがん治療において新たな時代をもたらした.と同時に免疫チェックポイント関連薬剤の開発は過去に例をみないほど急速に進んでいる.多くの薬剤は免疫チェックポイント分子を標的とする抗体療法ではあるが,小分子化合物でリンパ球自身の制御を行う薬剤も開発されている.PD1 抗体開発は,免疫+免疫などの開発やバスケット試験による有効性向上,より早期のフロントラインの開発や併用などにシフトしてきているほか.遺伝子/ウイルス治療,遺伝子改変細胞技術との併用など新しい医療技術の導入も加速してきている.今後,免疫においては微小環境における制御機構にかかわる分子や効果の高い集団を効率よくみつけるバイオマーカー探索などトランスレーショナル解析研究を同時に行う体制が必要である. -
がん免疫療法におけるT 細胞応答の効果予測因子としての可能性
258巻5号(2016);View Description Hide Description◎免疫チェックポイント阻害剤の登場により,さまざまながん種で予後が著しく改善された.しかし,免疫チェックポイント阻害剤の臨床効果はいぜんとして限定的で,奏効例を層別化するバイオマーカーの同定,投与の継続期間,副作用の予測など解決すべき問題点は多い.がん抗原には,自己抗原由来の腫瘍関連抗原とがん細胞に特有の腫瘍特異抗原がある.腫瘍関連抗原は自己由来であるために,制御性T 細胞による自己寛容が成立しており,免疫応答が惹起しにくいことを明らかにしてきた.事実,shared-antigen を標的としたがんワクチン療法の効果は限定的であった.一方,遺伝子的な不安定性のために生じる点変異に由来するがん抗原(腫瘍特異抗原=neo-antigen)は免疫系にとって非自己であるため,免疫応答が誘導されやすい.本稿では,免疫療法の効果予測因子の可能性について免疫学的観点から述べたい. -
免疫チェックポイント阻害剤の効果増強をめざした併用療法の開発試験
258巻5号(2016);View Description Hide Description◎免疫チェックポイント阻害剤である抗programmed death 1(PD-1),PD-1 リガンド1(PD-L1)抗体や抗cytotoxic T-lymphocyte-associated protein 4(CTLA-4)抗体は,単独療法としてさまざまな悪性腫瘍に対する延命効果を示し,臨床導入されている.一方で多くの癌腫に対する単独療法としての奏効割合は20%前後であり,半数前後の症例においては短期間で病状進行が認められることが現状である.免疫チェックポイント阻害剤の効果を増強するために,①免疫チェックポイント阻害剤どうしの併用,②化学療法・分子標的剤との併用,③局所治療としての放射線・腫瘍溶解ウイルス製剤との併用などのさまざまな併用療法が臨床試験において検討されている.とくに抗PD1 抗体と抗CTLA-4 抗体の併用は悪性黒色腫に対する第Ⅲ相試験でそれぞれの単独療法よりも無増悪生存期間を有意に延長し,各癌種における臨床試験が実施されている.適切な併用療法を選択するための免疫モニタリングを通じて,個々の症例に対する適切な免疫療法あるいは複合療法を選択可能な個別化医療の達成が望まれる. -
CAR‒T 細胞によるがん免疫細胞療法の進展と将来展望
258巻5号(2016);View Description Hide Description◎近年,キメラ抗原受容体(CAR)を遺伝子導入したCAR-T 細胞によるがん免疫療法の研究・開発が急速に進展している.CAR とは,腫瘍細胞の表面抗原を認識する一本鎖抗体とCD3ζ鎖や共刺激シグナルなどのT 細胞活性化を誘導する細胞内シグナル伝達部位を結合させたキメラ蛋白であり,がん患者の末梢血から強力ながん特異的傷害活性を有するT 細胞を大量に作製することを可能とした革新的技術である.CAR-T 細胞を利用したがん免疫療法では現在多くの臨床試験が実施されており,とくにB 細胞系血液腫瘍ではCD19 を標的としたCAR-T 細胞療法において優れた臨床効果が報告されている.しかし,CAR-T 細胞療法には有害事象であるサイトカイン放出症候群やon-target off-tumor toxicity など,多くの課題も存在している.また,固形がんにおいては高度な特異性を有する標的分子が同定されていないこと,がん組織への集積やがん微小環境での免疫抑制などの問題により,いまだ十分な治療効果は得られていない.本稿ではCAR-T 細胞療法の研究と開発の現状,課題や将来展望について概説する. - その他の標的分子と新規開発薬
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メタボロームを標的とした新規治療薬:LAT1/JPH203
258巻5号(2016);View Description Hide Description◎本新規抗がん薬の標的分子である中性アミノ酸トランスポーター1(LAT1)はがん・胎児蛋白の一種で,がん細胞に異常に高く発現し,正常細胞での発現はきわめて限定的または低いものである.がん組織でのLAT1の発現強度は当該罹患患者の致死性と相関する.このLAT1 を特異的に阻害する低分子化合物のJPH203 はin vitro/in vivo でのがんの増殖を抑制する.臨床第Ⅰ相試験において,JPH203 は安全性が高く,その有効性も見出されている.作用機序が既存の抗がん薬とは異なるユニーク性から,他の抗がん薬との併用で抗がん効果を高めることが期待される. -
抗体・抗がん剤複合体(ADC)
258巻5号(2016);View Description Hide Description◎T-DM1 の臨床での成功により,ほかの抗体・抗がん剤複合体(ADC)の臨床開発が格段に活発となってきた.抗体に結合しうる抗がん剤の数はせいぜい3 個までであり,それ以上の数を付加すると抗体の親和性が低下するということがわかってきている.ADC の投与量を抑えるためには,強力な毒性のある薬剤が抗体に付加されるようになった.もうひとつの問題は,抗体やナノ粒子をデリバリーツールとして用いる場合に,対象となるがんの間質が豊富な難治性がんの場合,間質そのものがADC のバリアとなることである.したがって,単純にがん細胞膜特異的分子をADC のターゲットとしても成功しない場合が多い.組織因子(TF)は外因系凝固の開始因子であり,多くの種類のがんで高発現していることが知られている.また腫瘍血管内皮細胞においても発現していることが判明した.がんによる血液凝固亢進により,がん間質には著明にフィブリンが沈着する.著者らは抗TF 抗体および抗不溶性フィブリン抗体を樹立し,それぞれのMMAE 複合体と抗TF 抗体付加エピルビシン内包ミセルを作製してそれぞれのコントロールと比較し,有意な抗腫瘍効果を発揮することを証明した. -
腫瘍融解ウイルス療法の臨床開発
258巻5号(2016);View Description Hide Description◎最近の遺伝子工学の進歩により,遺伝子改変ウイルスをがん治療に用いることが可能となってきた.ウイルスは本来ヒトの細胞に感染・増殖し,その細胞をさまざまな機序により破壊する.この増殖能に遺伝子工学的に選択性を付加することで,ウイルスをがん細胞のみを殺傷する治療用医薬品として用いることができる.また,機能遺伝子を搭載して標的がん細胞に導入することで,その抗腫瘍活性を増強することができる.本稿では,従来のがん治療とは異なるあらたな戦略として開発されている遺伝子改変ウイルス製剤の臨床応用について概説する. - 各臓器別の新薬開発の現状と将来
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頭頸部がんの分子標的治療薬―現在の治療開発と今後の展開
258巻5号(2016);View Description Hide Description◎Cetuximab は局所進行頭頸部扁平上皮がんを対象とした放射線療法との併用,また再発・転移頭頸部扁平上皮がんを対象とした化学療法との併用で生存の上乗せ効果を示し,頭頸部がんの分子標的治療薬として唯一承認されている.その他のEGFR 阻害剤の開発も実施されたが,いまだに生存の上乗せ効果を示せず承認に至っていない.頭頸部がんに対しても免疫チェックポイント阻害剤の第Ⅲ相試験が数多く進行している.再発・転移頭頸部がんに対する二次療法としてnivolumab が予後を改善したことから,その他の免疫チェックポイント阻害剤も期待されている.また抗PD-L1 抗体は放射線療法との併用で相乗効果が期待されることから,免疫チェックポイント阻害剤と放射線療法との併用が計画されている.よって,再発・転移,局所進行を含めて今後標準治療が大きく変わる可能性がある. -
食道がん
258巻5号(2016);View Description Hide Description◎近年,さまざまながんで分子標的薬の有効性が示されているが,食道がんにおいてはいまだ有効性を示した分子標的薬はない.これまでは,EGFR 阻害剤を中心に分子標的薬の治療開発が進められたが,ゲフィチニブ,セツキシマブの第Ⅲ相試験はネガティブな結果に終わり,現在,ニモツズマブやパニツムマブの臨床試験が進行中である.その一方で,最近は抗PD-1 抗体の開発が進んでいる.ペンブロリズマブの第Ⅰb 相試験や,わが国で行われたニボルマブの第Ⅱ相試験が報告され,いずれも奏効例を含む期待できる結果であった.現在,検証的第Ⅲ相試験が進行中であり,期待が高まっている. -
胃癌の分子標的薬と免疫チェックポイント阻害薬の開発の現状
258巻5号(2016);View Description Hide Description◎2009 年にHER2 陽性胃癌に対するtrastuzumab 併用療法の有効性が報告されて以降,切除不能・再発胃癌に対してhuman epidermal growth factor receptor 2(HER2),上皮成長因子受容体(EGFR),血管内皮細胞増殖因子/血管内皮細胞増殖因子受容体(VEGF/VEGFR),fibroblast growth factor recepto(r FGFR),mammaliantarget of rapamycin(mTOR),mesenchymal-epithelial transition factor recepto(r MET)などのさまざまな分子標的薬の有効性および安全性が第Ⅲ相試験によって検証されてきた(表1).本稿では,胃癌に対するおもな分子標的薬の第Ⅲ相試験の結果を概説するとともに,現在治療開発が進んでいる胃癌に対する免疫チェックポイント阻害薬について紹介する. -
大腸がん
258巻5号(2016);View Description Hide Description◎切除不能・進行再発大腸がんに対してFOLFOX 療法,FOLFIRI 療法に加え,近年bevacizumab やcetuximab,panitumumab といった分子標的薬,さらにはこれらの薬剤に不応・不耐となった後に,regorafenib やTAS-102 といった薬剤も使用可能となり,切除不能進行・再発大腸がんの予後は大きく改善された.さらにこれらの薬剤に加え,あらたな血管新生阻害薬や免疫チェックポイント阻害薬,特定の遺伝子異常を標的とした薬剤およびその併用療法など,あらたな治療開発も進められている.本稿では切除不能・進行再発大腸がん治療の現状と新薬開発について概説する. -
肝細胞癌に対する分子標的治療薬開発の現状と将来展望
258巻5号(2016);View Description Hide Description◎全身化学療法薬としてソラフェニブが使用されるようになって7 年が経過した.新規分子標的薬の開発治験は数多く行われてきたが,最近やっとセカンドライン製剤であるレゴラフェニブのRESORCE 試験がポジティブとの発表があった.新規薬剤開発が困難をきわめるなか,従来の肝機能・ステージで均一化した患者選択から,バイオマーカーに基づいた生物学的特徴で均一化した患者選択による薬剤開発へと移行してきている.また医療費の抑制という観点からも大局的な視点で開発を進めることが必要であり,マスタープロトコルのような新しい概念を取り入れた開発が必要とされるようになっている.最近では,免疫チェックポイント阻害剤を用いた癌免疫療法も積極的に臨床試験が行われている. -
胆道がん・膵がん
258巻5号(2016);View Description Hide Description◎胆道がん,膵がんともに現在の標準レジメンは細胞障害性薬剤の併用療法で,既存の分子標的薬や免疫療法が十分な延命効果を示すことができていない疾患である.膵がんでは主要ながん関連パスウェイ,がん微小環境,炎症性サイトカインなどをターゲットにした薬剤や,一部の患者にみられるBRCA1/2 の生殖細胞系列遺伝子変異をターゲットにしたPARP 阻害薬などがあげられる.胆道がんでは肝内胆管がんで報告されているFGFR2 融合遺伝子やIDH1/2 変異が魅力的な治療ターゲットとしてあげられる.いずれもNGS パネルによるドライバー変異のスクリーニングは今後の薬剤開発の後押しとなることが期待される. -
肺がん
258巻5号(2016);View Description Hide Description◎従来のEGFR・ALK 阻害剤に加えて,耐性克服のための新規分子標的治療薬や稀少遺伝子変異に対する特異的阻害剤,さらには免疫チェックポイント阻害剤の臨床導入によって肺がんの治療は大きな転換期を迎えつつある.いずれも従来の細胞障害性薬剤に比べて有害事象が軽いこともあり,最近ではこれらを軸にしつつさまざまな薬剤との併用療法が盛んに試みられており,一部では期待できる効果が報告されている.本稿ではもっとも臨床開発の先行しているEGFR 遺伝子変異陽性例に関して最新の知見を一部ながら紹介する.一方で新規薬剤開発の加速も相まって,臨床試験のデザインや進め方を大きく考え直す時期に差し掛かっていることも重要な課題であり,この点について後半で実例を紹介する. -
乳がん治療開発の現状と将来
258巻5号(2016);View Description Hide Description◎乳がんでは表現型に基づくサブタイプ別治療のみならず,近年では遺伝子発現や細胞内シグナル伝達経路の異常に基づく治療開発が進められている.Triple negative 乳がんを遺伝子発現プロファイルで細分化し個別の治療開発が進められているし,シグナル伝達系では,HER2 以外にもmTOR やPI3K を標的にした新薬の開発が盛んである.また,BRCA 変異を有する乳がんについては,プラチナ系薬剤やPARP 阻害剤の有効性が示されている.核内の蛋白質翻訳を担うmRNA を制御する小分子であるmicro RNA にも注目が集まっており,あらたな治療標的となりうると考えられている.さらに,がん細胞が増殖・転移するためには周囲の微小環境が非常に重要な役割を果たしていることが明らかになっており,血管新生や免疫細胞,マクロファージを標的にした治療開発が進められてきている.今後研究を進めていくために,腫瘍検体や臨床情報の適切な保管・利用の重要性が増すことは間違いないと考える. -
婦人科がんに対する新しい分子標的療法
258巻5号(2016);View Description Hide Description◎婦人科がんでは子宮頸がん,子宮体がん,卵巣がんの順に罹患数が多く,いずれも再発すれば予後は不良であり,あらたな治療開発が求められている.現在,わが国の婦人科領域において薬事承認されている分子標的薬は卵巣がんに対するベバシズマブだけであるが,ほかにも臨床試験において治療効果が有望視されている血管新生阻害薬やPARP 阻害薬などがある.また子宮頸がん,子宮体がんについても同様にベバシズマブと化学療法の併用療法の有用性が示されており,子宮頸がんについてはわが国でも適応承認間近となっている.一方,婦人科領域においても免疫チェックポイント阻害薬のPD-1 経路阻害薬(抗PD-1 抗体,抗PD-L1 抗体)の臨床試験が進んできている.今後,婦人科腫瘍のゲノム・トランスクリプトーム解析に基づく新しい分子標的薬を含む個別化治療に向けたあらたな展開とともに,克服すべき課題もある. -
泌尿器癌における新薬開発の現状
258巻5号(2016);View Description Hide Description◎本稿では代表的な泌尿器癌として前立腺癌,腎癌,尿路上皮癌および精巣癌を取り上げる.これら4 種の癌はそれぞれ特有の生物学的特性をもち,標準的薬物療法も異なる.前立腺癌は乳癌と同様に内分泌療法を標準治療とする癌の代表であり,化学療法剤としてはタキサン系抗癌剤を中心に開発が進められている.腎癌はサイトカイン療法が主であったが2000 年代後半に分子標的治療薬が開発され標準治療となった.尿路上皮癌と精巣癌はシスプラチンを併用した化学療法が現在も標準的な一次治療であるが,最近では二次治療以降の新規治療として分子標的療法や免疫チェックポイント阻害剤の導入が精力的に検討されている.本稿では,それらの新規治療の最新知見について概説したい. -
皮膚がんの分子標的治療
258巻5号(2016);View Description Hide Description◎分子標的薬は20 世紀終盤より多くのがん種で使われるようになり,いまではがん薬物治療の新薬開発の中心を担うようになった.遠隔転移をきたした皮膚がんはこれまで有効な薬物療法は確立しておらず,治療に難渋することが多かったが,ついに皮膚がんの分野でも分子標的薬が登場することになり,治療の大きな転換期を迎えている.悪性黒色腫はmitogen activated protein kinase(MAPK)経路を中心にいくつかの分子異常が明らかになり,新薬の研究が行われてきた.なかでもBRAF 阻害剤vemurafenib は,全生存期間(OS),無増悪生存期間(PFS),奏効率のすべてにおいて既治療薬dacarbazine を上まわることが報告されたはじめての薬剤であり,2011 年に手術不能悪性黒色腫に対して米国食品医薬品局(FDA)に承認された.ヘッジホッグ(Hh)シグナル伝達経路は胎生期の臓器形成に関与することが知られていたが,基底細胞癌を含めたいくつかのがん種で異常をきたしていることが報告され,創薬対象として注目されてきた.Vismodegib は同系統薬初の癌適応薬として2012 年基底細胞癌に対して米国FDA に承認された. -
造血器腫瘍における分子標的治療
258巻5号(2016);View Description Hide Description◎造血器腫瘍に対する分子標的治療戦略は,すべてのがんに対する分子標的治療開発の先がけとしてこれまで発展してきた.さらに近年,分子生物学的な解析方法の進歩に伴い,造血器腫瘍の発症や進展,疾患形成に関与する分子機構が明らかにされ,それらの分子を直接標的とする分子標的治療が急速に臨床開発されている.これらの分子標的薬では,従来の抗がん剤治療と比較して優れた選択性・安全性と高い奏効率が示され,単剤治療だけではなく他の薬剤との併用療法といった治療法のパラダイムシフトが生じている.本稿では造血器腫瘍領域における分子標的薬の開発の現状に関し概説する. -
骨・軟部腫瘍
258巻5号(2016);View Description Hide Description◎骨・軟部肉腫は発症頻度が低いいわゆる希少がんのひとつであり,がん種と比較して発症年齢が低い,薬剤感受性は高くない,組織型が多種多彩であるといった特徴をもつ.その希少性ゆえに主要がんと比較して新薬の開発は大きく遅れているが,近年,希少がんの重要性が認識され,希少疾病用医薬品の優先審査などの制度改革が行われたこともあり,続々と新薬が開発されつつある.いくつかの新薬はすでに承認され,臨床現場で骨・軟部腫瘍の治療に応用されているところである.最近5 年間に新しく承認された骨・軟部腫瘍の治療薬として,悪性軟部腫瘍を適応症として承認されたパゾパニブ,トラベクテジン,エリブリン,骨巨細胞腫を適応症として承認されたデノスマブがあげられる.それら新薬の登場により,骨・軟部肉腫患者の治療選択肢は増えることとなったが,予後を大きく改善するほどの成果は得られておらず,今後さらなる新薬の開発が期待されている.
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