医学のあゆみ
Volume 260, Issue 2, 2017
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特集 慢性の痛み-何によって生み出されているのか?
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慢性の痛みはどのように考えられてきたのか?
260巻2号(2017);View Description Hide Description国際疼痛学会(IASP)は,シアトルのワシントン大学にマルチディスプリナリー・ペインセンターを設立したJohn Bonica が中心となって,痛み治療を専門とする医療者と基礎研究者とが相互に情報交換し,研究と治療の発展をめざして,1974 年に創設された国際学会である.IASP は痛みの定義を出しているが,慢性痛については定義してこなかった.慢性痛に関する共通見解がないので,本稿では痛みの基礎研究における“神経可塑性”と,慢性痛の治療における“生物・社会・心理モデル”の原点を探る.両者にはまったく接点がないように思えたが,原点をたどると,痛み行動も含めた慢性痛は“学習された痛み”であることがみえてきた. -
慢性痛はどのようにアプローチされているか?:脳画像法からみた慢性痛の脳内機構
260巻2号(2017);View Description Hide Description慢性痛の脳内機構が脳画像法によって明らかにされつつある.①神経系に強い侵害性入力が加わると,脊髄後角など痛覚受容neuron synapse に,海馬における記憶の機序にも似た長期増強が起きる.亢進した興奮性によって侵襲から数週を経る間に,広範な神経回路網に機能的/構造的な変容が起き,灰白質密度の低下も起きる.また,②負情動の過剰入力によってmesolimbic dopamine system が破綻すると下行性疼痛抑制系が機能低下し痛覚過敏に陥る.このような機構が明らかになりdysfunctional pain の概念が提唱されている.③急性痛のfMRI 画像では感覚・弁別系回路網の活動がみられるが,慢性痛に転化するにつれ,情動系回路網の活動に移行する.④痛みの慢性化予測も,腰痛患者の自発痛時のfMRI 画像をもとに試みられ,前頭皮質-扁桃体-側坐核間の機能的結合が鍵として浮上し,痛みの慢性化の焦点が側坐核neuron の応答に絞られている. -
脊髄では何がおきているのか?―神経障害性疼痛の脊髄後角におけるメカニズム
260巻2号(2017);View Description Hide Description皮膚などからの感覚情報は,一次求心性感覚神経を介して脊髄後角神経へと伝達される.脊髄後角には,脳へ投射するprojection 神経に加え,多くの介在神経からなる複雑な神経回路があり,末梢からの感覚信号を適切に処理し,脳へ情報を送る.すなわち,脊髄後角は末梢感覚情報が中枢神経系に入るゲートであり,また,神経損傷によって多種多様な変化をおこす場でもあることから,神経障害性疼痛のメカニズムをひもとくうえで重要な部位とされている.本稿では脊髄後角神経回路を概説し,神経障害後の変化を,神経およびグリアに注目して紹介する. -
脳幹における痛みの抑制と慢性疼痛発現の機構
260巻2号(2017);View Description Hide Description生体は緊急時に闘争や逃避を可能とすべく意識・覚醒レベルを高め,心拍数の上昇や散瞳,筋緊張を高める交感神経系など自律機能を変化させると同時に,外界からの刺激の受容を取捨選択する.とくに痛みは運動機能を低下させるなど闘争や逃避行動に不利なため完全に抑制され,対照的に視覚や嗅覚の受容は増強される.脳幹はこの緊急時の痛みの選択的な抑制に重要な役割を果たしている.青斑核や縫線核など脳幹に豊富に存在するモノアミン作動性ニューロン群は意識・覚醒レベルの調節にも関与するが,下行性に脊髄に投射し痛みの伝達を抑制する.最近の研究から,この抑制系の変調が慢性疼痛の発症に関与するものとして注目されている.本来,精神状態や感情の変化に伴って作動するこれら脳幹を起始核とする内因性の痛覚抑制系を,オピオイドや鎮痛補助薬は利用している. -
情動・報酬系では何が起こっているのか?
260巻2号(2017);View Description Hide Description痛みによる不安,嫌悪,抑うつ,恐怖などの負情動の生起は,生体警告系としての痛みの生理的役割に重要である.しかし慢性痛では,痛みにより引き起こされる負情動が生理的な役割の範囲を逸脱し,生活の質(QOL)を著しく低下させるだけでなく,精神疾患・情動障害の引き金ともなり,また,そのような精神状態が痛みをさらに悪化させるという悪循環をも生じさせる.慢性痛とうつ病が高い頻度で併発するとの報告は多いが,その脳内メカニズムについては明らかでない.近年の研究により,痛みによる負情動生成にかかわる脳領域と神経機構が徐々に明らかになりつつあり,慢性痛とうつ病に共通する神経機構として,脳内報酬システムにおいて中心的な役割を果たす腹側被蓋野-側坐核ドパミン神経系,およびその制御にかかわる扁桃体や分界条床核からなる情動系における神経可塑的変化が重要である可能性が示されてきた. -
痛みは脳をどう変えるか?―Neuroimaging からみえてきたもの
260巻2号(2017);View Description Hide Description従来の痛みの研究には大きく分けて2 つの方法があった.動物を対象とした痛覚の研究と,ヒトの痛みの訴えや感情・行動を対象とした痛みの研究である.これら2 つの研究の橋渡しを期待できるのが脳機能画像研究である.患者が“痛み”を医療者に伝え,医療者が患者の痛みを察知して何らかの役割を果たそうとする.ありふれた状況であるが,この状況には,無数のメカニズム,因子が寄与している.因果関係はともかく,これらの複雑な仕組みの一端が脳に刻まれていることが推察され,その情報をもとに治療に応用しようという試みがはじまっている. -
慢性疼痛のメカニズムにおいて,心と体の間で何が起きているのか―心身医療の観点から
260巻2号(2017);View Description Hide Description慢性疼痛の心身医療の現場では,心と体の強い結びつきが観察される.心は体で体現され,体の変化をもとに人は感情に気づくことができる.幼少期にありのままの自分を表現できないような苦しい生活環境におかれた人は感情抑圧が起こり,失感情症という心理特性が身についてしまう.同時に,周囲の対立を過度に恐れて過緊張のなか,体感が鈍くなる失体感症という状態が形成される.慢性疼痛の心身医療では自律神経機能の変化に伴い,目の奥の痛み,鼻汁が起こったり過去の不快な情動体験を想起しての嘔気(むかつき)が起こったりする.本稿では,転換反応・解離現象・自傷行為など,慢性疼痛難治例の治療経過における臨床的な現象をどう理解するかについて概説し,不快情動に対する耐性を高めるアプローチの有用性を示す. -
慢性の痛み医療はどのような夢をみるか
260巻2号(2017);View Description Hide Description医学の世界でも,G(Global:世界全体)の世界とL(Local:各地域)の世界は関連してはいるが,根本的に異なったルールで動いている.すなわち,G の世界の“モノ”に関する分野では国際社会での完全競争に直面することになるのに対し,L の世界の“コト”に関する分野では各地域の特異性に合わせつついかに成果を上げるか,ということが重要となる.痛みに対して医学がどのような夢を描けるかも,このG とL との視点からみる必要がある.G の世界ではコンピュータサイエンスの発達や腸内細菌叢への注目から,いままでとはかなり異なった方向へ発展していく可能性がみえてきている.しかし,L の世界からみると,“痛み医療の最貧国”ともいえるほど日本の痛み対策の遅れがめだち,学際的痛みセンターシステムの構築などの喫緊の課題に国をあげて速やかに対処していく必要があることがわかる.
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連載
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- 性差医学・医療の進歩と臨床展開
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1.わが国における性差医療の現状
260巻2号(2017);View Description Hide Description性差医療とは,男女のさまざまな差異に基づき発生する疾患や病態の違いを踏まえて行われる医療であり,アメリカで発祥・発展し,約50 年が経過した.わが国においても2008 年に日本性差医学・医療学会が設立され,さまざまな疾患における日本人の性差についての議論がはじめられている.とくにエストロゲンに代表される女性ホルモンには心血管に対する種々の保護的作用があり,狭心症や心筋梗塞などの虚血性心疾患や慢性心不全といった心血管病の罹患率・死亡率は男性でおおむね高く,女性のそれらは低いといった性差が存在することが知られている.わが国においても循環器領域における性差医療の概念が徐々に浸透し,多くの女性がその恩恵にあずかる機会が増えつつある.そこで本稿では,著者らが長年取り組んできた循環器疫学研究の結果を踏まえ,近年の虚血性心疾患と慢性心不全診療における性差について概説する.
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TOPICS
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- 呼吸器内科学
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- 神経精神医学
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- 耳鼻咽喉科学
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FORUM
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- ゲノム医療時代の遺伝子関連検査の現状と展望
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- パリから見えるこの世界 52
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