医学のあゆみ
Volume 262, Issue 5, 2017
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【7月第5土曜特集】 生命現象を観る─革新的な構造生命科学が観せてくれる世界
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- X 線
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膜輸送体の分子構造を観る―アミノ酸排出輸送体YddG のX 線結晶構造解析
262巻5号(2017);View Description Hide DescriptionDrug/metabolite transporte(r DMT)は真正細菌,古細菌から真核生物に至るまで広く保存された膜輸送体のスーパーファミリーであり,毒物や代謝産物などさまざまな低分子化合物の輸送に関与している.DMT に属する輸送体であるYddG は,アミノ酸などを細胞外へと排出することで細胞内の代謝物恒常性にかかわっており,真正細菌の間で広く保存されている.本稿では近年著者らのグループのX 線結晶構造解析および生化学的機能解析により明らかになったYddG の立体構造と基質輸送機構について詳述する. -
結晶構造から理解するGPCR の活性化機構
262巻5号(2017);View Description Hide DescriptionG タンパク質共役型受容体(GPCR)は細胞膜を越えたシグナル伝達を行う一群の膜タンパク質であり,多くの既存の薬の標的となっていることから,医学・薬理学的に注目されている.近年の結晶化技術の進展により,非常に多くのGPCR の構造が報告されるようになったことで,その活性化機構に関する知見が徐々に明らかになってきた.β2アドレナリン受容体やアデノシンA2 A受容体においては,作動薬の結合が受容体の取りうる複数構造の平衡状態に影響を与えることで細胞内のG タンパク質の結合および活性化を促進するというモデルが提唱されている.近年明らかになった結晶構造から,ペプチド性GPCR であるエンドセリン受容体においても同様の仕組みをもつことが示唆され,このような活性化機構がクラスA に属するGPCR において広く保存されていることが示唆された.多くの既存の薬の標的となっていることから,医学・薬理学的に注目されている.近年の結晶化技術の進展により,非常に多くのGPCR の構造が報告されるようになったことで,その活性化機構に関する知見が徐々に明らかになってきた.β2アドレナリン受容体やアデノシンA2 A受容体においては,作動薬の結合が受容体の取りうる複数構造の平衡状態に影響を与えることで細胞内のG タンパク質の結合および活性化を促進するというモデルが提唱されている.近年明らかになった結晶構造から,ペプチド性GPCR であるエンドセリン受容体においても同様の仕組みをもつことが示唆され,このような活性化機構がクラスA に属するGPCR において広く保存されていることが示唆された. -
ゲノム編集ツールCRISPR-Cas9 によるDNA 切断機構
262巻5号(2017);View Description Hide DescriptionRNA 依存性DNA ヌクレアーゼCas9 はガイドRNA と結合し,相補的な二本鎖DNA を切断する.ガイドRNA は20 塩基のガイド配列をもち,ガイド配列は自由に交換可能であるため,Cas9 は約420種類の異なる配列をもつ二本鎖DNA のなかから標的DNA を選択的に切断することができる.したがって,Cas9とガイドRNAを利用することによりゲノムDNAの狙った位置を切断することが可能である.2013年にCas9 を利用したゲノム編集技術が報告され,現在では基礎研究から臨床応用に至る幅広い分野において普及している.本稿では,構造機能研究から明らかになってきたCas9 のDNA 切断機構について紹介する. -
回転分子モーター(V1-ATPase)の分子メカニズム
262巻5号(2017);View Description Hide DescriptionV-ATPase はATP 駆動のプロトンポンプとして真核生物の酸性小胞体,がん細胞や破骨細胞などの原形質膜に存在し,ATP 駆動のプロトンポンプとして機能している.V-ATPase は親水性のATP 駆動モーター部V1と膜内在性のイオン輸送モーター部Voから構成されている.著者らはバクテリア(腸球菌)由来V-ATPase を用いて生化学的・構造生物学的研究を進めてきた.最近,各種リガンドが結合したV1-ATPase 構造(ヌクレオチド非結合型,ATP アナログ結合型,ADP 結合型,Pi結合型)をX 線結晶構造解析によって明らかにし,ATP の化学的エネルギーが力学的な回転運動に変換される仕組みの一端を明らかにした.これによりV1-ATPase と相同性をもつATP 合成酵素(F1-ATPase)との回転メカニズムの違いがわかってきた.本稿では,得られたV1-ATPase の結晶構造と回転メカニズムを紹介する. -
Toll 様受容体の分子機構を観る
262巻5号(2017);View Description Hide Description自然免疫システムは病原体感染に対する重要な生体防御システムであり,Toll 様受容体(TLR)に代表されるパターン認識受容体は脂質,タンパク質,核酸などの病原体由来のさまざまな構成分子の構造を認識する.TLR に関しては構造生物学的な研究が精力的に行われ原子レベルで“観る”ことが可能になった.その結果いずれのTLR にも共通している機構や独自性を発揮している機構などが明らかにされた.本稿では,これまで解析されたTLR とリガンドとの複合体構造に焦点を当て,どのようにTLR はリガンドを“観て”いるのかについて概説する.同じLRR をもちながらも認識様式も,認識箇所もさまざまである.またとくに一本鎖核酸を認識するTLR におけるプロセシングの重要性についても触れる. -
タンパク質膜透過駆動モーターSecDF の分子機構
262巻5号(2017);View Description Hide Description細胞質で合成されたタンパク質が生体膜を超えの機構である.モデル生物の大腸菌では,タンパク質膜透過チャネルであるSec トランスロコン(膜タンパク質複合体SecYEG 複合体)を経由するタンパク質の膜透過がある.この膜透過の駆動にかかわる膜タンパク質としてSecDF モーターが存在する.SecDF の結晶構造と機能解析の報告から,SecDF がすくなくとも大きく構造が異なる2 つの状態をとることが明らかとなり,ダイナミックな構造変化を起こし機能していることが明らかとなってきた.さらに,SecDF はプロトンの濃度勾配を利用して,基質タンパク質との相互作用部位が構造変化することでタンパク質を外へ引っ張る働きがあることなどが明らかとなってきた.これらの結果から,最新のSecDF の分子メカニズムのモデルを解説する.て輸送される過程は,すべての生物に保存された必須の機構である.モデル生物の大腸菌では,タンパク質膜透過チャネルであるSec トランスロコン(膜タンパク質複合体SecYEG 複合体)を経由するタンパク質の膜透過がある.この膜透過の駆動にかかわる膜タンパク質としてSecDF モーターが存在する.SecDF の結晶構造と機能解析の報告から,SecDF がすくなくとも大きく構造が異なる2 つの状態をとることが明らかとなり,ダイナミックな構造変化を起こし機能していることが明らかとなってきた.さらに,SecDF はプロトンの濃度勾配を利用して,基質タンパク質との相互作用部位が構造変化することでタンパク質を外へ引っ張る働きがあることなどが明らかとなってきた.これらの結果から,最新のSecDF の分子メカニズムのモデルを解説する. -
オートファジーの始動機構を観る
262巻5号(2017);View Description Hide Descriptionオートファジーは真核細胞に保存された細胞内分解系であり,オートファゴソームとよばれる二重膜オルガネラの新生を通してその中に分解対象(タンパク質やオルガネラなど)を隔離し,リソソームへと輸送することで分解を行う.オートファゴソーム形成には多くのオートファジー関連(Atg)タンパク質が関与し,それらが多様な相互作用を通して複雑な膜動態を引き起こすと考えられているが,その分子機構はいぜんとして謎に満ちている.しかし,オートファジーの始動を担うAtg1 複合体に関する構造生物学的研究の進展により,飢餓によるオートファジー始動の分子機構が観えはじめた.オートファジーの始動時は天然変性タンパク質Atg13 が脱リン酸化することでAtg1 複合体形成を引き起こすとともに,Atg1複合体どうしの架橋を通した高次会合を進めることで,オートファゴソーム形成の場を構築する. -
ミトコンドリア呼吸鎖の分子機構を観る
262巻5号(2017);View Description Hide Descriptionミトコンドリア内膜の呼吸鎖には複合体Ⅰ,複合体Ⅱ,複合体Ⅲ,複合体Ⅳの4 種の酵素があり,1995年に複合体Ⅳの構造が原子レベルで決定されて以来,各国で酵素複合体の精製・結晶化が取り組まれた.もっとも困難をきわめた複合体Ⅰの構造解析も2013 年に3.3Å 分解能で決定されて,4 種の複合体の構造がそろった.複合体Ⅲおよび複合体Ⅳにおけるシトクロムc と結合した構造を含め,いずれの酵素においても基質あるいは基質アナログが結合した構造が決定されて,酸化反応部位と還元反応部位が確定した.酸化反応部位から還元反応部位への電子伝達経路は活性中心金属の配置に基づいて決めることができた.複合体Ⅲでは[2Fe-2S]をもつサブユニットが大きく揺動することによって[2Fe-2S]を介した電子の授受が行われる.一方,プロトン能動輸送の仕組みについては,いずれの酵素でも構造を考慮した部位特異的変異体を調製することで,研究が効果的に進められている.複合体Ⅳでは反応中間体やその類似体の高分解能構造解析によって,電子移動とプロトン能動輸送の連動の仕組みが解明されている. -
自然免疫の分子機構を観る―効率的にシグナルが伝達するしくみ
262巻5号(2017);View Description Hide Descriptionわれわれの体は,生体に侵入した外敵に対してすばやく反応しそれらを排除するための機構,すなわち自然免疫応答を備えている.自然免疫において,ウイルスや細菌などが有する特徴的な分子パターンは自然免疫受容体により認識され,炎症応答や抗ウイルス応答などを引き起こすとともに獲得免疫を活性化する.これまでさまざまなタイプの自然免疫受容体がそれぞれ固有の分子パターンにより活性化されることがわかってきた.また,自然免疫受容体は,外来由来の分子パターンのほかにも自己由来の分子パターンにより活性化され,望ましくない免疫応答を引き起こすことで各種の自己免疫疾患にも関与することがある.これまでの研究により,自然免疫受容体が分子パターンを認識し下流にシグナルを伝達する機構が,その立体構造をもとに理解されるようになってきた. - XFEL(X 線自由電子レーザー)
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バクテリオロドプシンの構造変化を捉えた分子動画
262巻5号(2017);View Description Hide Descriptionタンパク質の機能や機構を深く理解するためには,タンパク質がその構造を変化させ“働く”瞬間を捉えることが重要である.しかし,タンパク質の動きを原子レベルまで解明できる汎用的な手法はなく,革新的な手法開発が長い間期待されてきた.今世紀に入って実用化されたX 線自由電子レーザー(XFEL)は,非常に強力なX 線パルスによって放射線損傷が顕在化するより短い時間(<10 fs)で回折現象が完結するため,化学変化など物質のきわめて速い動きを原子分解能で捉えることが可能な技術である.著者らは,XFEL を用いたタンパク質結晶構造解析の技術開発に取り組み,タンパク質が動いている途中の構造を捉える時間分割実験の検討を行ってきた.光照射によってプロトン移動を起こす膜タンパク質であるバクテリオロドプシンを用いて測定を行ったところ,ナノ秒(ns)からミリ秒(ms)にかけて13 点の時間で測定に成功し,プロトン移動における一連の構造変化を動画のように捉えることができた. -
光合成水分解反応の分子機構
262巻5号(2017);View Description Hide Description酸素発生型光合成において最初に起こる反応は,太陽の光エネルギーを利用した水分解・酸素発生反応である.この反応により,光エネルギーは生物が利用可能な化学エネルギーに変換され,また分子状酸素が形成され,地球上好気生物の生存を支えている.この反応を触媒しているのは,20 種のサブユニットによって構成される光化学系Ⅱ膜タンパク質複合体(PSⅡ)で,その分子量は350 kDa になる.著者らはPSⅡによる水分解反応の分子機構を解明するため,その二量体(総分子量700 kDa)の良質な結晶を作製し,SPring-8 のX 線を利用した高分解能構造解析やX 線自由電子レーザー施設SACAL を利用した無損傷構造解析,さらに反応中間体の構造解析を行ってきた.本稿ではこれらの構造解析の結果をもとに,解明されつつある光合成水分解反応の分子機構を紹介する. -
連続フェムト秒解析で観る亜硝酸還元酵素の反応機構
262巻5号(2017);View Description Hide Description原子レベルの極小の世界を可視化するX 線結晶構造解析は,タンパク質の立体構造を観て機能を理解するためのもっとも強力な技術として利用され,構造生物学分野を拓いてきた.従来,高解像度で構造を決定するためには,大型の結晶をつくることが求められていた.近年,X 線自由電子レーザー(XFEL)技術の登場により,ナノからミクロンサイズの微結晶を用いて,放射線損傷なく常温で構造解析を行うことが可能となった.本稿では,XFEL を用いた連続フェムト秒解析と従来の放射光X 線解析の手法を併用することで,銅含有亜硝酸還元酵素の反応前の完全酸化型構造を初めて捉えることに成功するとともに,反応中間体構造と比較して,酵素反応機構の新しいモデルを提案することができた事例を紹介する. -
チトクロームc 酸化酵素の分子動画―水チャネルの動的開閉機構
262巻5号(2017);View Description Hide Descriptionチトクロームc 酸化酵素は呼吸鎖の末端に存在し,O2を水にまで還元するとともにプロトンをポンプするエネルギー変換膜タンパク質である.これまで高分解能の結晶構造解析により,ヘム鉄と銅原子からなるO2還元中心の構造や,水チャネルと水素結合ネットワークからなるプロトンポンプ経路の構造が,原子レベルで明らかにされている.最近は,CO(O2アナログ)がヘム鉄に結合すると,水チャネルのゲートが閉じることも明らかにされた.そこで著者らは,CO 結合型の酵素にパルス光を照射して,CO のヘム鉄からの光解離を誘起した後,水チャネルのゲートが開く過程(すなわちCO 結合の逆過程)をX 線自由電子レーザーを用いて観察した.原子分解能の動画観察により,O2還元中心とプロトンポンプ経路との間の動的な相互作用や,それに基づく水チャネルの動的な開閉機構がわかってきた. - 電子顕微鏡
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クライオ電子顕微鏡で観る繊毛
262巻5号(2017);View Description Hide Description真核生物の繊毛・鞭毛は,“9+2”の微小管を核として,おおよそ500~800 種類のタンパク質でつくられている,複雑で精巧な細胞内小器官である(図1).ヒトの細胞のほとんどには繊毛または鞭毛が存在しており,アンテナやプロペラとして働く.繊毛について,この10 年の間に多くの謎が解明されつつある.これは,“繊毛病(ciliopathy)”とよばれる一群の疾患との関連を調べることで,あらたな遺伝子とその機能が発見されたことや,クライオ電子線トモグラフィ法が発展し,複雑な繊毛の構造を分子レベルで解明することができるようになったことがひとつの要因としてあげられる.本稿ではおもに繊毛の構築に関係する繊毛内輸送(IFT),繊毛の角度を測る分度器,繊毛内の長さを測る“ものさし”など,最近の繊毛研究の成果について紹介する. -
糖鎖によってゆらぐ受容体蛋白質の構造を観る
262巻5号(2017);View Description Hide DescriptionLDL-receptor related protein 6(LRP6)は巨大な細胞外領域を有する1 回膜貫通型蛋白質で,Wnt シグナルのβカテニン経路においてFrizzled 受容体を補助してWnt 受容装置を構成する.LRP6 細胞外領域(LRP6ec)は多種のWnt 分子やアンタゴニストと相互作用してシグナル制御に本質的にかかわり,またLRP6 の過剰発現や変異は冠動脈疾患などとの関連も報告されていることから,その構造解析はシグナル伝達機構の解明のみならず,疾患克服に向けた創薬の観点からも非常に重要な課題である.著者らは古典的な分子可視化法であるネガティブ染色電子顕微鏡観察によって“LRP6ec の構造を観た”結果,LRP6ecを構成する4 つのドメインがC 字型に並び,そのカーブ曲率が多様であることを明らかにした.驚いたことに,LPR6ec に結合したN 型糖鎖までが可視化され,しかもこの糖鎖が受容体のコンフォーメーションと機能に大きな影響を与えていることが示唆された. -
クライオ電子顕微鏡によって明らかにされたタンパク質合成工場の仕組み
262巻5号(2017);View Description Hide Description細胞におけるタンパク質合成工場であるリボソームはRNA を基本骨格とし,そのまわりを複数のタンパク質が取り囲む巨大な超分子複合体である.タンパク質合成過程でのリボソームの構造と動きを可視化することは,その機能を理解するうえで重要である.リボソームの構造解析の歴史は,透過型電子顕微鏡(電顕)による観察から始まり,溶液状態をそのまま凍結し電顕による観察を行い,画像処理によって三次元構造を得るクライオ電顕単粒子解析(cryo-EM)に発展した.さらに近年のクライオ電顕に起きた技術革新によって,試料中に含まれる構造多型の解析や,高分解能でのリボソームの複合体の構造解析が可能になった.本稿では,クライオ電顕を用いたリボソームの構造解析の実際と,最新の知見を紹介する. -
クライオ電子顕微鏡が明らかにする膜タンパク質の機能構造
262巻5号(2017);View Description Hide Descriptionクライオ電子顕微鏡によるイメージングは,精製した生体分子を一つひとつの粒子として解像することができる.この粒子像を大量に集めて生体分子の立体構造を取得する単粒子解析は,近年,その分解能が飛躍的に向上し,生体分子の第3 の構造解析手法として注目を集めている.精製した生体分子をそのまま急速凍結するため,膜タンパク質のような結晶化が困難な試料の構造解析手法として期待が高まっている.実際,著明なX 線結晶構造解析の研究者が,結晶化困難な膜タンパク質をクライオ電子顕微鏡単粒子解析により近原子分解能で構造解析する状況が続いている.生理学的に重要な機能を担う膜タンパク質は創薬のターゲットであり,アカデミアのみならずその可能性に期待が高まっている. - NMR(核磁気共鳴)
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核磁気共鳴法による膜タンパク質の機能に直結した動的構造平衡の解明
262巻5号(2017);View Description Hide Description膜タンパク質は多くの重要な生命現象を司っており,現在市販されている医薬品の60%以上は膜タンパク質を標的とする.著者らは膜タンパク質の核磁気共鳴法(NMR)解析をめざして,真核生物の膜タンパク質の発現に広く用いられる昆虫細胞発現系において,重水素化とアミノ酸選択標識の両方を施したタンパク質を調製する手法を開発した.この手法により,微量かつ高分子量の創薬標的膜タンパク質のNMR 解析が可能となった.さらに開発した手法を応用して,代表的なG タンパク質共役型受容体(GPCR)であるβ2アドレナリン受容体とμオピオイド受容体,およびリガンド依存性イオンチャネルのP2X4 受容体などが,複数の活性型構造と不活性型構造の動的構造平衡状態にあり,各活性型の割合がシグナル伝達活性やイオンの透過性を決定していることを明らかにした.また,このような機能と直結した構造平衡が,再構成高密度リポタンパク質の脂質二重膜中と界面活性剤ミセル中では異なることや,熱安定性向上のための変異導入の影響を顕著に受けることが明らかとなった. -
In-cell NMR による細胞内のタンパク質の動態解析
262巻5号(2017);View Description Hide Descriptionタンパク質の立体構造や動的性質を,分子クラウディング環境である細胞内で“その場”解析することは,当該タンパク質がもつ生物活性の構造基盤を明らかにするうえで重要と考えられる.In-cell NMRは,生きた細胞内のタンパク質の立体構造を高分解能で解析可能な,現存する唯一の手法である.In-cellNMR は,まず大腸菌内タンパク質の動態を解析する手法としてスタートしたが,創薬科学や疾病機序の解明にも有用な手法となるべく開発が進められ,現在ではヒト培養細胞内のタンパク質動態も解析可能になっている.In-cell NMR を用いることで,細胞内の立体構造変化,翻訳後修飾,基質結合,タンパク質間相互作用などの興味深い知見が蓄積されつつあるが,細胞内タンパク質の立体構造やフォールディング安定性についても興味深い結果が報告されるようになった.本稿ではin-cell NMR のこれまでのあゆみを概説するとともに,この手法の現状と今後の展開について考える. -
無細胞タンパク質合成系による安定同位体標識利用NMR 解析―情報科学を融合した標識技術:SiCode
262巻5号(2017);View Description Hide Description非侵襲的に分子構造動態を探るもっとも強力で汎用性の高い計測手法のひとつである核磁気共鳴(NMR)法は,タンパク質の構造・機能解析にとって重要な手法である.NMR 法によるタンパク質解析の発展には,試料調製技術の進歩を基盤とした安定同位体標識技術の進展が大きく寄与してきた.著者らは,タンパク質の大量調製手法として無細胞タンパク質合成技術の開発を進め,NMR 解析で必要となる精密な安定同位体標識を実現するために,系内アミノ酸代謝を制御した標識スクランブリング・希釈のない無細胞系を確立した.本稿では,無細胞系による精密標識技術により実現した符号理論を基盤とするあらたな安定同位体標識技術である符号化標識法(SiCode)を紹介する. -
NMR を利用して糖タンパク質糖鎖の構造動態と相互作用を観る
262巻5号(2017);View Description Hide Descriptionタンパク質の多くは糖鎖修飾を受けており,糖鎖はタンパク質の構造,物性,機能,安定性に重要な役割を果たしている.とりわけ抗体医薬をはじめとするバイオ医薬品の開発において,糖鎖の存在は以前にも増して重要視されている.しかし,こうした糖鎖の働きを分子の三次元構造の観点から明らかにした例は乏しい状況にある.それは,糖鎖の構造不均一性や運動性が結晶構造解析をはじめとする構造生物学的な方法論の適用を阻んできたことによる.本稿ではこうした状況を打破すべく,著者らが取り組んできたNMR を主体とするアプローチを中心に,糖タンパク質の糖鎖の三次元構造とそのダイナミクスを観る方法を紹介する.得られた立体構造情報に基づいて,タンパク質の細胞内運命を決定する糖鎖とレクチンの相互作用の仕組み,ならびに抗体医薬の高機能化にかかわる糖鎖の機能制御の構造基盤について述べる. - 原子間力顕微鏡
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高速原子間極顕微鏡で観察したミオシン,バクテリオロドプシンの1 分子動態
262巻5号(2017);View Description Hide Descriptionタンパク質や核酸でできている生体分子の機能メカニズムを詳細に理解するためには,機能している最中のそれらの構造変化を直視することが単純明快なアプローチである.しかし,これまでの可視化技術では液中ナノメートル世界で繰り広げられる生体分子のふるまいを直接観察することは不可能であった.そこで著者らの研究室では,原子間力顕微鏡(AFM)の走査速度を飛躍的に向上させた高速AFM を開発してきた.近年では動作中の生体分子の構造変化や活きた細胞の表面構造をナノメートル(nm)の空間分解能,サブ秒の時間分解能でビデオ観察することが可能となり,それらの機能メカニズムの理解を深める知見が得られるようになってきている.本稿では,高速AFM の計測原理や性能を概観した後,高速AFM観察のパワフルさがいかんなく発揮されたバクテリオロドプシンとミオシンⅤの観察例を紹介する. - FTIR(フーリエ変換赤外分光分析)
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ロドプシンファミリータンパク質
262巻5号(2017);View Description Hide Description「タンパク質を観る(=構造決定)」ことができたとすると,その次は,「働く姿を観たい」ということになるであろう.このためには,機能発現に際して起こる構造変化を捉える必要がある.ロドプシンなどの光受容タンパク質は,光吸収により機能発現が開始されることからさまざまな過渡中間体が捉えられ,それらに対して最先端の研究手法が試みられてきた.赤外分光は原子の位置情報を与えないため,一般に構造生物学のツールとは認識されていないが,機能発現に際して起こる構造変化を捉えるのに優れた実験手法であることを,著者らはロドプシン研究を通して明らかにしてきた.とくに,水素結合ドナーとなるO-H 伸縮振動やN-H 伸縮振動を測定する赤外差スペクトル分光法により,光駆動プロトンポンプを制御する水分子の働きや色識別のための波長制御メカニズムが明らかになってきた. - 光遺伝学
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光遺伝学による神経科学研究の新展開
262巻5号(2017);View Description Hide Description2005 年の光遺伝学の登場によって,神経科学研究は一変した.光遺伝学が登場するまでは電気刺激や薬物の局所注入などが神経回路操作としてのおもな手法であった.しかし,電気刺激では電極の周辺の細胞体や軸索などが非特異的に活性化されるため,特定の神経活動だけを操作することは難しかった.また,活性化はできるものの,抑制することはできなかった.一方,局所薬物注入では神経特異性が低いだけでなく,操作の開始と終了が薬物の拡散と代謝に依存しており,時間精度もきわめて低いものであった.しかし,光遺伝学の登場と発展によって,これらの問題はほぼ解決され,神経科学研究者は,狙った神経の活動だけを非常に高い時間精度で自在に操作できるようになった.本稿では睡眠覚醒を調節する神経系に光遺伝学が応用された研究を例にして,特定神経活動の操作と,その結果生じる行動発現に与える影響を解析し,因果関係を明らかにすることによる神経回路の動作原理解明について概説する. - 質量分析イメージング
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リン脂質のイメージング
262巻5号(2017);View Description Hide Descriptionリゾリン脂質は,細胞膜上の特異的な受容体を介して機能する脂質メディエーターである.従来,リゾリン脂質の分析は,液体クロマトグラフィと質量分析機を組み合わせる手法(LC-MS)で行われてきた.この手法は多彩な分子種を区別して感度よく検出することができるが,組織における局在情報は失われてしまう.この問題を解決するために,マイクロダイセクション法により組織の微小領域を抽出し,高感度質量分析計でリゾリン脂質を測定する方法や,イメージング質量分析技術により組織切片上でリゾリン脂質を直接イメージングする方法が開発されている.しかしリゾリン脂質はその存在量がきわめて少なく,またサンプル中でartificial に産生(分解)されるため,真の内在性リゾリン脂質を検出することは容易ではない.そうした問題を踏まえ,本稿ではリゾリン脂質の組織局在解析に関する最近の知見について,著者らの取組みも含めて概説したい. - ナノデバイス
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デジタルELISA
262巻5号(2017);View Description Hide Descriptionバイオアッセイの分野で,急速にデジタル化が進んでいる.ここでいうデジタル化とは,分析データを電子機器で処理することではなく,本来の意味である“信号の二値化”を意味する.すなわち,アッセイ溶液中にある検出対象分子からの信号を1 分子単位で所得し,そのような信号を所得する頻度から検出対象分子を定量する方法である.現在,デジタルバイオアッセイを支える技術は,超微小溶液アレイ中に酵素分子を1 分子単位で確率的に封入し,そこからの信号を二値化して定量する手法である.本稿では,簡単に本手法の原理を紹介した後,その応用例としてデジタルELISA 法を紹介する. -
チャネルの電気生理学解析
262巻5号(2017);View Description Hide Descriptionイオンチャネルは生命にとって不可欠であり,ニューロンに活動電位を生じさせ,筋収縮の誘発,心拍動の制御,免疫系の活性化,内分泌細胞によるホルモンの放出を可能にする.イオンチャネルは生体膜上にイオンを選択的に通過させる細孔を形成し,その開閉は精巧に調節されている.1970 年代後半のパッチクランプ法の開発によりイオンチャネルの活性を定量的に測定し,その調節機構,構造機能,薬理機構を研究することが可能になった.本稿ではパッチクランプ法を用いたイオンチャネル研究の基礎について述べる. - ケミカルバイオロジー
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がん細胞早期発見をめざした大環状ペプチド蛍光イメージングプローブの開発
262巻5号(2017);View Description Hide Descriptionがん細胞で発現量が多い分子に特異的に強く結合する分子標的プローブの開発は,がんの診断効率の向上とともに,プローブの標的がん細胞特異的な分子標的薬への転用も可能であり,がん治療効果の向上を促進することが期待できる.近年,既存の抗体に代わるプローブとして,分子量が小さく免疫原性の少ないペプチドが注目されている.In vitro 翻訳系をもとにしたスクリーニング手法であるrandom nonstandardpeptide integrated discovery(RaPID)システムを用いることで,標的分子特異的に強く結合する大環状ペプチドを数週間という短期間で獲得可能である.本稿では,がん細胞で発現量の多い上皮細胞接着分子(EpCAM)と肝細胞増殖因受容体(c-Met)に強く結合する大環状ペプチドをRaPID システムで獲得し,これらをもとに開発された蛍光イメージングプローブが標的分子発現がん細胞を効果的に染色し,両者のがん診断効率向上に対する有用性を紹介する. -
核酸医薬創出に向けた核酸化学研究の進展
262巻5号(2017);View Description Hide DescriptionRNA による能動的な遺伝子発現制御メカニズムが発見されて以降,核酸医薬の実現に大きな期待が寄せられてきた.しかし,in vivo での安定性や標的臓器への送達の問題などから,核酸医薬品は容易には実現しなかった.最初に核酸医薬品が承認されたのは1998 年で,薬剤滞留性の高い眼内投与型製剤であった.その後15 年の時を経て,2013 年には初の全身投与型の製剤が承認され,核酸医薬品の可能性は格段に広がった.2016 年には2 剤が承認され,核酸医薬の分野はようやく開花の時を迎えた.この背景には核酸化学研究のめざましい発展があげられる.In vivo における安定性向上や薬理効果の向上を主軸とした人工修飾核酸の精力的な開発と地道な実用化研究が大きく貢献し,アンチセンス核酸やsiRNA,アプタマーに代表される核酸医薬品への修飾核酸の応用がなされてきた.本稿では医薬品化に向けた核酸化学研究の潮流と核酸医薬の開発動向について概説する.現在数多くの核酸医薬品の臨床試験が進められており,リバーストランスレーショナルリサーチを含め,核酸化学のさらなる技術革新によって,核酸医薬品がよりいっそう発展し,普及することが期待される. - 蛍光イメージング
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蛍光プローブ技術
262巻5号(2017);View Description Hide Description外界とのかかわりあいのなかで,脳の特定の部位で,電気的活動(神経細胞発火)の特徴的な時間的空間的パターンが生まれる.動物はそこから特徴を抽出して“パターン認識”を行う.動物の脳は,ものごとを意識する以前に大量の情報を並列的に処理しているのである.処理の仕方を変えることもできる.学習や記憶を行うことができるのだ.脳のなかで,神経細胞の発火はどのような時空間的パターンで繰り広げられているのだろうか? そうしたパターンダイナミクスを,個体レベルであるいは回路レベルで観ることはきわめて重要である.本稿では以下の3 課題,①より深い部位で神経細胞由来の現象(細胞種特異的な現象)をとらえる,②より高速の現象をとらえる,③より多角的に脳神経系機能を可視化する,を掲げ,蛍光タンパク質を活用するプローブを紹介しながらその作動原理を略説する.現在までに発表されたプローブ(脳神経機能にかかわると思われるもの)を表1,2 にまとめた.表1 は蛍光共鳴エネルギー移動(FRET)を利用したものをカバーしている.一方,表2 は単一蛍光タンパク質を事象応答性にしたものをカバーしている.本稿では,蛍光タンパク質を,“自らのペプチドを材料に蛍光性発色団を創りあげるタンパク質”と定義する.レチナールのような,天然色素を取り込んで蛍光性発色団に仕立てるような蛍光タンパク質は扱わない. -
オートファジーを蛍光で観る
262巻5号(2017);View Description Hide Descriptionオートファジーは,リソソームを介した細胞内分解系のひとつである.昨年(2016)大隅良典氏がノーベル生理学・医学賞を受賞するなど,にわかに注目が集まっている.オートファジー研究において,蛍光観察法は強力な方法である.分解基質をリソソームへ運ぶ担い手であるオートファゴソームの生成から成熟までを蛍光イメージングで追跡することができ,オートファジーにかかわるタンパク質因子の機能解析にも有用である.また,オートファジー活性を定量的に測定可能な蛍光プローブを用いれば,培養細胞だけではなくマウスやゼブラフィッシュの組織のオートファジー活性を測定することもできる.本稿では,蛍光で“オートファジーを観る”ことによってできる分子機構の解析と,オートファジー活性評価について,実例をあげながら紹介する. - 計算機科学
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計算機シミュレーションで観る膜タンパク質の構造ダイナミクス
262巻5号(2017);View Description Hide Description膜タンパク質は細胞膜近傍で生じる生命現象の多くを司る重要な生体分子である.X 線結晶構造解析を中心とする構造生物学の発展により,膜タンパク質の立体構造が原子解像度で決定され,その立体構造と機能の関係が明らかになってきた.さらに膜タンパク質の機能を詳しく理解するためには立体構造に加えて分子ダイナミクスの詳細を知る必要がある.構造解析だけでは理解できない膜タンパク質の分子ダイナミクスと機能の関係を調べる手法として,近年,分子動力学計算などの計算機シミュレーションが注目されている.とくにアメリカで開発された分子動力学専用計算機Anton や,統計力学の原理に基づく効率のよい構造探索手法を用いることで,従来は不可能であった膜タンパク質の機能にかかわる遅い分子運動のシミュレーションが可能となり,実験結果と直接比較することができるようになった.さらに,膜タンパク質の構造ダイナミクスを考慮した創薬応用や膜タンパク質がかかわる疾患の分子機構の解明につながることが期待される. -
ハイブリッド分子シミュレーションによるロドプシン光受容体の分子機能の理解と設計
262巻5号(2017);View Description Hide Description近年のコンピュータ能力の急速な進歩により,分子の近似的なエネルギー関数に基づく分子力場を用いた分子動力学(MD)シミュレーションによる生体分子の原子レベルの解析が広く行われるようになってきた.一方,多くの生体分子機能では,活性部位における酵素反応など,分子力場では記述できない電子状態が陽に変化する化学的活性化状態の生成が重要な役割を果たす.そのような生体分子機能の解析のために,量子化学的な電子状態計算と,通常のMD シミュレーションで用いられる分子力場に基づく分子力学法を組み合わせるハイブリッドQM/MM 法が開発された.本稿では,ハイブリッドQM/MM 法の方法論を概説するとともに,その適用例としてレチナールを発色団分子にもつ膜タンパク質であるロドプシン光受容体の分子機能の解析および新規光特性を有する変異体の理論的設計に関する研究を紹介する. - FRET(蛍光共鳴エネルギー移動)
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FRET イメージングを用いたシグナル伝達の可視化―分子活性と細胞機能を顕微鏡で観る技術
262巻5号(2017);View Description Hide Description生体内のシグナル伝達を理解するには,情報がいつどこに伝わるかという時空間情報が必須である.この時空間情報を可視化するために開発されているのが,フェルスター共鳴エネルギー移動(FRET)の原理に基づく分子プローブである.なかでも蛍光タンパク質を基本エレメントとするFRET バイオセンサーは遺伝学的にコードされているため,培養細胞や実験動物に安定発現させることが可能であり,シグナル伝達分子活性の非侵襲的イメージングを可能とする.FRET バイオセンサーが検出できるものはシグナル伝達分子の活性にとどまらず,温度や張力などの物理的パラメータ,イオンや糖などの低分子まできわめて広範であり,その応用分野はきわめて広い.本稿ではこのFRET バイオセンサーをめぐる状況を俯瞰するとともに,FRET プローブを使った新しい発見の例として,著者らの研究室で見出したERK マップキナーゼの活性伝播現象について紹介する. -
1 分子FRET で観る分子の動態
262巻5号(2017);View Description Hide Description古典的な生化学および細胞生物学的手法では,生体分子の動態は多分子の平均的な反応を計測するものであった.個々の分子のふるまいを観察できる1 分子イメージング技術の発展とともに,従来の計測では平均値に埋もれていた各分子の特徴的な動態がつぎつぎに明らかになっている.1 分子イメージング技術のなかでも,1 分子FRET(蛍光共鳴エネルギー移動)計測は比較的簡便に行うことができ,1 分子の結合・解離や分子内構造変化を可視化できる強力な手法である.本稿ではまず,1 分子FRET を可能にした1 分子蛍光イメージング技術について概説する.続いて,1 分子FRET によるタンパク質動態計測の例として,抗生物質によるタンパク質翻訳の阻害機序に関する研究,およびゲノム編集ツールとして近年注目を集めているCas9 の分子動態について述べ,最後に1 分子FRET の応用技術について紹介する. - 超解像度実体顕微鏡
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超解像顕微鏡で観える生物現象
262巻5号(2017);View Description Hide Description光学顕微鏡の分解能は光の回折によって波長の半分程度に制限される.そのため,200nm 程度より小さい細胞内の微細構造動態を光学顕微鏡で観察することはできないと考えられてきた.近年,蛍光顕微鏡の特徴を上手く活用することで,回折による分解能の限界を突破する超解像顕微鏡法の開発が活発となり,生きた細胞内で100nm 以下の微細形態の観察が可能となってきた.本稿では超解像顕微鏡法のおもな方法について,その原理を概説したうえで,超解像顕微鏡を用いた細胞内小器官の微細構造観察の実例を紹介する.
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