医学のあゆみ
Volume 262, Issue 6, 2017
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【8月第1土曜特集】 パーキンソン病の新展開─発症の分子機構と新規治療
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- 分子機構解明の新しい展開
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αシヌクレイン凝集・伝播と細胞死
262巻6号(2017);View Description Hide DescriptionこれまでのPD 研究においては,細胞レベルにおける凝集αシヌクレインが惹起する病態の研究が精力的に行われてきた.しかし近年,αシヌクレイン凝集病変がプリオン様に伝播することが示されたことで,同機序における回路レベルでの病態進行が注目されている.本稿では,αシヌクレインの凝集・伝播と,それにより生じる神経細胞死の機序について述べる. -
LRRK2(PARK8)の病態
262巻6号(2017);View Description Hide DescriptionLRRK2 は2004 年に同定された常染色体優性遺伝パーキンソン病(PD)の原因遺伝子であり,優性遺伝PD 患者のなかで一番多くの遺伝子変異が報告されている.LRRK2 はGTPase やキナーゼドメインをもつことから,多彩な機能を有することが予想される.LRRK2 変異をもつPD 患者は臨床症状および発症年齢,治療薬剤への反応性は孤発性PD と類似するが,病理所見はLRRK2 変異によって多彩な病理像を呈する.これより,LRRK2 はPD 発症機序の上流に位置しており,作用する下流分子によって病態が異なることが予想される.本稿では,LRRK2 によるPD 発症機序に関して,LRRK2 の基質分子および相互作用分子,培養細胞または遺伝子改変動物を用いた病態へのアプローチ,さらには近年注目されている免疫系における役割および人工多能性幹細胞(iPS 細胞)を用いた研究に触れながら概説する. -
GBA 遺伝子変異とパーキンソン病
262巻6号(2017);View Description Hide Descriptionリソソーム病のひとつであるGaucher 病の原因遺伝子のGBA 遺伝子の変異は,現在パーキンソン病(PD)のもっとも強いリスク因子として知られており,そのオッズ比は5.43 と報告されている.PD 発症に至るメカニズムは変異型グルコセレブロシダーゼが蓄積することによるものか,酵素活性の低下によるものか議論のあるところであり,GBA 遺伝子の変異によってPD 発症に至る分子機構の詳細はいまだ明らかではない.現在のところ,変異型グルコセレブロシダーゼの蓄積によるER ストレスの誘導やαシヌクレインの安定化,酵素活性の低下によるαシヌクレイン蓄積や糖脂質の代謝異常,オートファジーの異常やミトコンドリア障害などが報告されている.とくにグルコセレブロシダーゼの活性とαシヌクレインの量に逆相関関係があることは注目すべき点であり,治療への応用として分子シャペロン,中枢移行可能な酵素補充療法や基質の合成阻害薬の開発が行われており,PD の治療として期待されている. -
リン酸化ユビキチンを基軸としたPINK1 とParkin による不良ミトコンドリアの排除機構
262巻6号(2017);View Description Hide Description細胞内のミトコンドリアが傷害されると,活性酸素種のおもな発生源となるため,速やかに排除される必要がある.神経細胞は,分裂によってストレスを“希釈”することができないため,ミトコンドリアストレスに対して脆弱であるといえる.そこで,遺伝性パーキンソン病(PD)の原因遺伝子産物であるPINK1 とParkin が,膜電位の低下した不良なミトコンドリアを見分けて,選択的に排除するシステムが,重要な役割を果たしている.近年,その分子メカニズムの詳細がつぎつぎと明らかになってきた.本稿では,リン酸化ユビキチンを中心にPINK1 とParkin がどのように連携して働くか概観し,著者らが,「PINK1 によってリン酸化されたユビキチンは,Parkin の活性化因子であり異常ミトコンドリア上のレセプターである」と提唱するに至った経緯について紹介したい. -
PARK9(ATP13A2)モデル動物の解析と病態
262巻6号(2017);View Description Hide Description稀少な遺伝性(常染色体劣性)パーキンソン病に属するKufor-Rakeb syndrome(KRS)は,若年発症パーキンソニズムに認知症,錐体外路症状,ミオクローヌスを合併する原因不明の疾患群として知られていた.2006 年に原因遺伝子ATP13A2(PARK9)が単離され,現在までに約10 種類の病的変異が確認されている.わが国にも新規変異を有する家系が存在し,その変異を含めた機能解析から,ATP13A2 変異体はリソソームの機能障害を引き起こすことが判明してきたが,その機能についてはいまだ不明な点が多い.しかし最近のモデル動物の解析により,その病態が明らかになってきた. -
VPS35,DNAJC13 と小胞輸送―パーキンソン病との共通病態としての小胞輸送障害
262巻6号(2017);View Description Hide Description近年,家族性パーキンソン病(PD)PARK17,PARK21 の原因としてVPS35 遺伝子およびDNAJC13遺伝子のミスセンス変異がそれぞれ報告された.両者とも常染色体優勢遺伝形式をとり,臨床的に遅発性かつL-DOPA 反応性を示す典型的パーキンソニズムを呈する.VPS35 はエンドソームからトランスゴルジ網(TGN)への逆行性輸送を,またDNAJC13 は初期エンドソームからTGN および後期・リサイクリングエンドソームへの輸送を担っていると推定されている.細胞・動物モデルを用いた基礎研究結果から,これらの細胞内小胞輸送の破綻が,αシヌクレイン病理形成やドパミン神経変性を誘導している可能性が示唆されている. -
ゲノムワイド関連解析(GWAS)からの新展開
262巻6号(2017);View Description Hide Description連鎖解析などからMendel 遺伝性パーキンソン病(PD)原因遺伝子(α‒synuclein,parkin,LRRK2 遺伝子など)が明らかにされ,ミトコンドリア障害,酸化ストレス障害の病態への関与に加え,ユビキチン・プロテアソーム系の機能低下,つまり蛋白分解異常からドパミン細胞死に至る経路の重要性が示された.次世代シークエンサーによるエクソーム解析が展開されている.患者の95%を占める孤発性PD は多因子遺伝性疾患である.ゲノムワイド関連解析により,PD 発症にかかわる2 つの新しい遺伝子座PARK16,BST1,常染色体優性遺伝性PD の原因遺伝子SNCA,LRRK2 が同定された.国際共同研究によるGWASメタ解析が行われ,より多くの感受性遺伝子が同定されている.Gaucher 病変異も,頻度は低いが発症への寄与が大きいrare variant として重要である. -
パーキンソン病とエピジェネティクス
262巻6号(2017);View Description Hide Description近年,パーキンソン病(PD)とエピゲノムの関係について徐々に報告が集積しつつある.もっとも多いものとして,PD 患者の脳,あるいは血液で,SNCA 遺伝子intron 1 におけるCpG アイランドのDNA メチル化低下の報告があげられており,PD におけるエピゲノム異常の関与が強く想定される.また探索的な手法としてゲノム網羅的なDNA メチル化解析についても少数行われているが,こちらに関してはアプローチ方法自体を含めて,かなり発展の余地がある.本稿では,現在得られているおもな知見を紹介するとともに,エピジェネティクスの範囲にとどまらない,“trans-omics”の概念も紹介する. -
CHCHD2 とパーキンソン病のかかわり
262巻6号(2017);View Description Hide Description2015 年,家族性パーキンソン病(PD)の原因遺伝子として,CHCHD2 遺伝子が発表された.CHCHD2はミトコンドリア膜間腔に局在し,ミトコンドリア複合体Ⅳの活性調節を担っていることが示唆され,長年指摘されてきたPD とミトコンドリアを直接つなぐ分子として,病態解明や新規治療薬の標的分子として注目されている.CHCHD2 変異がPD の発症に及ぼす影響に関して,これまでの知見をもとに概説する. -
パーキンソン病の動物モデル(マウス,αシヌクレインモデル)
262巻6号(2017);View Description Hide Description疾患の病態解明のみならず,早期バイオマーカーの探索や治療介入の効果判定などのために,適切な動物モデルは欠かすことのできないものである.パーキンソン病(PD)のマウスモデルには,臨床症状・神経細胞死・病理学的特徴の再現が求められるが,そのすべてを満たすモデルはいまだ存在しない.現在利用可能な代表的なモデルとしては,MPTP やロテノンを用いた薬剤投与モデル,αシヌクレイン(α-syn)を利用した遺伝子改変モデルがある.また,近年はα-syn のフィブリルを投与することで作成するα-syn伝播モデルが注目されている.著者らは以前作成した遺伝子改変モデルに他のPD リスク因子を追加する形でのモデル改良を試みており,これらについても概説する. -
小型魚類を利用したパーキンソン病モデル
262巻6号(2017);View Description Hide Descriptionパーキンソン病(PD)の病態を明らかにし,その治療方法を検索するにあたって,ヒト患者さんの臨床所見,病理所見,画像所見などが重要であることはいうまでもない.それに加えて病態をより深く解析し理解するために,in vitro,培養細胞,さまざまなモデル動物も重要な役割を果たしている.著者らは小型魚類を利用してPD の病態解明に取り組んでいる.本稿では,毒物への曝露,遺伝子改変を用いたさまざまな小型魚類モデルを紹介し,その有用性について議論する. -
ショウジョウバエを用いたパーキンソン病の病態解明
262巻6号(2017);View Description Hide Descriptionパーキンソン病(PD)の発症において,α-シヌクレイン(α-Syn)が量的・質的な変容により構造変化・凝集し,神経変性を引き起こすと考えられている.α-Syn を発現するPD モデルは線虫から霊長類までさまざまな動物で樹立されているが,ショウジョウバエは世代時間・寿命が短く,安価で簡便に飼育が可能であることに加え,高度に整備された遺伝学的知見・技術が利用できるという利点がある.2000 年に初めてα-Syn を発現するショウジョウバエモデルが樹立され,その特徴を生かしてα-Syn の異常構造化・凝集やリン酸化と神経変性との関連が明らかにされた.また最近では,Parkin など他の家族性PD 原因遺伝子,および孤発性PD リスク遺伝子であるglucocerebrosidase(GBA)とα-Syn との遺伝学的相互作用が示された.今後,α-Syn 発現ショウジョウバエを用いた遺伝学的スクリーニングや薬剤スクリーニングにより,PD やDLB のあらたな発症メカニズムの解明や治療法の開発が期待される. -
パーキンソン病における疾患特異的iPS 細胞研究
262巻6号(2017);View Description Hide Descriptionパーキンソン病(PD)はアルツハイマー病(AD)に次いで多い神経変性疾患である.PD 遺伝子が発見され,遺伝子改変動物などを用いた研究によりその病態が明らかになってきたが,いまだ原因は不明である.人工多能性幹細胞(iPS 細胞)は多分化能と増殖能を持ち,患者の皮膚や血液などの侵襲性の低い組織からiPS 細胞を作製し,目的の細胞に分化誘導が可能である.現在までにiPS 細胞を用いた数多くの研究が報告されている.神経変性疾患においても疾患特異的iPS 細胞を用い,病態研究や創薬研究などが行われている.本稿では,疾患特異的iPS 細胞を用いたPD 研究を中心に概説する. - パーキンソン病の新規治療
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パーキンソン病早期からの運動療法(エクササイズ)
262巻6号(2017);View Description Hide Descriptionパーキンソン病(PD)においてエクササイズが,脳の可塑性を増し神経保護作用を有する可能性がヒトや実験動物で示され,また大規模な疫学調査でも運動障害の進行スピードが遅延することが報告されている.エクササイズは,運動障害だけでなく,精神症状・認知機能・睡眠障害などをも改善する可能性があるため,病初期から行うことが重要である.エクササイズの介入方法はさまざまであるが,PD ではとくに重心移動・体幹のひねりを伴い,かつ四肢・体幹の伸張動作が最大限になるような全身の有酸素運動が適している.このようなエクササイズの反復によって,自分の動作が遅く,小さくなっている状況を十分に認識できていないPD 患者の自己認識が修正され,正常な運動イメージが再構築されることが期待される.エクササイズは日々継続することが重要であり,音楽リズムに合わせた“楽しい”エクササイズも注目されている. -
新しい薬物療法(Device-aided therapy 除く)
262巻6号(2017);View Description Hide Descriptionパーキンソン病(PD)の治療薬はドパミン欠乏という病態に基づいたドパミン補充療法が中心であり,PD の生命予後を改善することに大きく貢献してきた.ドパミン補充療法の中心はドパミン製剤やドパミンアゴニストによるドパミン受容体刺激であるが,ドパミン代謝そのものを阻害してその作用時間を延長させる補助薬や,ドパミン以外の作用点から生まれた新しい治療薬も開発されている.さらに,既存の薬であってもより効果的な薬効動態となるような剤型の工夫も進んでいる.また,PD 治療で避けて通れない精神合併症の治療薬も開発されてきている.一方,ドパミン補充療法という対症療法だけでなく,分子遺伝学や病態生化学の成果から明らかになってきた病態に基づいたdisease modifying therapy も少しずつではあるが着実に進捗し,PD の治療薬は新しい時代に入ろうとしている.新しい治療薬の開発は多くは海外でなされているが,わが国でも積極的な新薬開発・創薬が望まれている. -
脳深部刺激療法(DBS)の新しい展開
262巻6号(2017);View Description Hide Description脳深部刺激療法(DBS)は,現在,進行期PD の主にオフ期の症状改善に広く用いられている.定位脳手術の手法を用いて脳の深部にある視床下核(STN)や,淡蒼球内節(GPi),また振戦が主たる問題症状の場合には,視床腹内側核(Vim)などの構造に細い治療用電極を留置し,これに高頻度の電気刺激を加えることで治療効果を発揮する.しかし,病勢が進行すると四肢の筋強剛や無動に対する効果に比して体幹部症状,構語障害,姿勢反射障害などに対する治療効果が失われていくことが問題となっている.この問題に対して,脚橋被蓋核(PPN)や黒質網様体(SNr)などのあらたな治療標的が模索されている.また,治療効果を高めるために刺激電極や刺激発生装置の改良も進んでいる. -
レボドパ・カルビドパ合剤ジェル腸内持続投与療法──難治性運動合併症に対する新規治療のリスクベネフィット
262巻6号(2017);View Description Hide Description多種あるパーキンソン病(PD)治療薬のなかで,レボドパは今もなおゴールドスタンダードである.しかし,長期にわたるレボドパ治療の結果,薬効の短縮(wearing off)やdyskinesia が出現し,十分なコントロールが得られなくなることがある.そのような症状に対する新規治療法として,レボドパ・カルビドパ合剤ジェル腸内持続投与療法(LCIG)が開発された.運動合併症に対する効果は高く,適切な患者を選択すれば患者のquality of life(QOL)を大きく改善することが期待される.また,運動症状のみならず一部の非運動症状をも軽減できる可能性がでてきている.一方,有害事象はデバイスや手術に関するものが多い.本稿では,LCIG 療法の仕組みと効果および安全性についてのエビデンスを紹介し,適応を決定する際の指標について概説する. -
細胞移植治療の臨床応用―パーキンソン病に対するiPS 細胞を用いた細胞移植
262巻6号(2017);View Description Hide Descriptionパーキンソン病(PD)の主たる治療はL-DOPA 製剤による内服治療であるが,病気の進行とともに内服治療だけでは病状のコントロールが難しくなってくる.そこであらたな治療選択として,細胞移植治療が期待されている.なかでも多能性幹細胞を用いた細胞移植治療はここ数年以内に臨床応用されようとしている.幹細胞技術の進歩に先立ち,欧米では1980 年代より中絶胎児脳組織をドナーソースとした細胞移植治療が試験的に行われており,一定の効果が報告されている.そのため,幹細胞技術により中絶胎児脳組織と同等のドナー細胞が準備できれば,移植後の効果はおおいに期待できる.すでに多能性幹細胞からのin vitro でのドパミン神経分化誘導法は臨床応用可能な方法でほぼ確立されており,in vivo でのPDモデルを用いた幹細胞由来ドパミン神経前駆細胞の細胞移植では有効性・安全性が確認されている. -
核酸治療
262巻6号(2017);View Description Hide Descriptionパーキンソン病(PD)では,αシヌクレイン蛋白の蓄積・凝集により神経変性が引き起こされる.PD の根治療法,とくに症状の進行抑制にはαシヌクレイン蛋白の凝集抑制が必要不可欠となる.一方,近年の核酸修飾技術の飛躍的な進歩に伴い,人工核酸を用いて標的となる蛋白生成を未然に防ぐ治療アプローチが可能となっている.こうした人工核酸を核酸医薬とよび,すでに他の神経変性疾患では臨床応用もなされている.著者らは,αシヌクレインをターゲットとする核酸医薬によるPD 治療研究を進めており,早期の医師主導治験開始をめざしている.αシヌクレイン抑制核酸医薬によるPD 治療が可能となれば,早期発見による治療介入により,PD 患者の日常生活動作(ADL)維持だけでなく,発症予防も夢ではなくなる. -
遺伝子治療
262巻6号(2017);View Description Hide Descriptionパーキンソン病(PD)に対してアデノ随伴ウイルスベクターを応用した遺伝子治療の臨床試験が実施されている.①L-DOPA をドパミンに変換する芳香族アミノ酸脱炭酸酵素(aromatic L-amino acid decarboxylase:AADC)などの遺伝子を被殻の神経細胞に導入しドパミン産生能を回復する方法,②視床下核の神経細胞に抑制性神経伝達物質GABA の合成酵素の遺伝子を導入し大脳基底核の機能を調整する方法,③被殻と黒質で神経栄養因子の遺伝子を発現させ黒質線条体路の変性を抑制する方法,という3 種類の戦略がある.とくに①の方法では運動症状の改善効果が得られており,ドパミン合成に必要な3 種類の酵素の遺伝子を導入し持続的にドパミンを供給する方法の治験が計画されている.GMP グレードベクターを大量に作製する技術開発も進んでおり,近い将来に遺伝子治療は脳深部刺激治療と並ぶ標準的な治療法になると期待される.
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