医学のあゆみ

海外の疫学調査や臨床研究において，n3 系脂肪酸の摂取増加により心血管病の発症リスクが低下することが報告されている．一方わが国の地域住民を対象に，血清エイコサペンタエン酸／アラキドン酸（EPA／AA）比とこれらの疾患との関係を検討した疫学研究はきわめて少ない．そこで福岡県久山町の地域住民を対象とした疫学研究（久山町研究）の成績をもとに，血清EPA／AA 比と心血管病発症との関係を検討した．血清EPA／AA 比の中央値は0.41（四分位範囲0.29－0.59）であった．高感度CRP 1.0 mg／L 以上を呈する心血管病発症の高リスク群において，血清EPA／AA 比の低下に伴い心血管病の発症リスクは有意に増加した（p for trend＝0.002）．さらに，血清EPA／AA 比の低下に伴い，悪性腫瘍死亡のリスクは有意に上昇した（p for trend＝0.02）．血清EPA／AA 比はEPA 摂取量に依存することから，EPA を多く含む食物の摂取を促すことは，将来の心血管病や悪性腫瘍死亡を予防するうえで重要であることが示唆される．

慢性炎症を伴う疾患には，関節リウマチなどの自己免疫疾患，肥満や動脈硬化などのメタボリックシンドローム，Alzheimer 病などの神経変性疾患，癌など，さまざまな種類の疾患が存在する．肥満の脂肪組織では炎症性・抗炎症性アディポサイトカインの産生調節異常に加え，脂肪分解によって分泌される遊離脂肪酸とその代謝産物がメディエーターとなり，肥満の脂肪組織炎症やメタボリックシンドロームの進展をもたらす．一方，n－3 多価不飽和脂肪酸やその代謝産物には抗炎症作用や炎症収束作用がある．このほか，細胞内のコレステロールや飽和脂肪酸を含むリン脂質の増加は，脂質ラフト上の受容体集積を促進し，炎症シグナルを増強することが明らかになってきた．この結果，メタボリックシンドロームや自己免疫疾患を発症することから，脂質の質的・量的変化に着目した慢性炎症性疾患の治療法の開発が期待される．

マクロファージは病原体の感染に対する防御だけでなく，肥満・糖尿病など生活習慣病の発症につながる“慢性炎症”の制御にも重要である．マクロファージが機能的に多彩であることは古くから知られていたが，最近の研究から，炎症応答の過程でマクロファージは経時的に機能を変えることが明らかとなった．さらに，マクロファージの細胞機能としての炎症応答が細胞内の脂肪酸代謝と密接に関連していること，不飽和化や伸長などの脂肪酸クオリティが，SREBP1 依存的な転写とエピゲノムによって調節されることが明らかとなった．本稿では，おもに脂肪酸の不飽和化に注目し，脂肪酸クオリティによってマクロファージの機能が制御されるメカニズムについて概説する．

食・腸内細菌・健康の相関関係に興味が集まっている．著者らは，食事脂質に由来する不飽和脂肪酸が，腸内細菌により水酸化脂肪酸，オキソ脂肪酸，エノン脂肪酸へと代謝変換を受けること，ならびに，これらの代謝物が宿主組織に移行し脂肪酸クオリティに影響を与えていることを明らかにした．さらには，これらの腸内細菌食事脂質代謝産物が特異な生理活性を有することを見出している．たとえば，オキソ脂肪酸による代謝異常症の改善，水酸化脂肪酸・オキソ脂肪酸の脂肪酸合成抑制効果，水酸化脂肪酸の腸管バリア機能増強効果，水酸化脂肪酸の抗炎症作用，エノン脂肪酸の抗酸化・抗炎症作用などが見出されている．また，水酸化脂肪酸の食後血糖抑制作用に関してはヒト臨床試験における有効性が確認され，機能性食品素材としての開発が進められている．これらの知見は，食事脂質と腸内細菌代謝による脂肪酸クオリティ制御を介した健康増進の可能性を示している．

免疫を統制している“T リンパ球”という細胞の一部は，加齢に伴って異常化する性質をもっている．本来はオステオポンチンを出さないはずのこの細胞は，異常化すると大量のオステオポンチンを血中に垂れ流す．ケガをして傷ができた際に，オステオポンチンはそこで作られてきて，免疫を活性化させ，その傷口を治癒させる．傷口が治れば，オステオポンチンも消え，炎症は鎮まる．ところが，異常化したT リンパ球は，本来ならばオステオポンチンが存在しては困る状況でも大量のオステオポンチンを分泌して免疫を活性化し続ける．こうして免疫がバランスを欠いた状態となると，体の各所で小さな炎症が長期間にわたって続くようになる．この慢性炎症は体にジワジワとダメージを与え，老化を進める．老化を進める原因物質のひとつが，オステオポンチンであることが示唆される．著者らの研究グループは加齢とは別に，生物の体のなかでオステオポンチンが増えている要因を見出した．まだ研究の途上で，仮説段階ではあるが，今後，このオステオポンチンを人為的に減らす技術を開発することができれば“抗老化療法”も可能だと考えている．

近年著しく発展を遂げているリピドミクス解析などを通じ，アレルギー疾患の発症，進行，あるいは抑制などの各プロセスにおいて，脂肪酸およびそれらの代謝物が大きく影響することが明らかになってきている．脂肪酸代謝物は，基質となる脂肪酸の種類や作用する代謝酵素などにより非常に多岐にわたる構造を示す．さらには構造ごとに作用する受容体も異なり，その結果，観察される生体応答も多様性を示す．脂肪酸の供給源のひとつが食用油であるが，著者らのこれまでの研究から，食事に含まれる食用油の構成脂肪酸の違いがアレルギー発症に関与し，その作用は摂取した脂肪酸から産生される代謝物によって起こることが明らかになった．また最近の研究から，食用油を起点に産生される脂肪酸代謝物の投与が接触皮膚炎の抑制に効果があることもわかってきた．食事などから摂取する脂肪酸の種類にはじまり，それに伴い体内で産生される代謝物の変化・作用する受容体や細胞などを明らかにしていくことで，脂質クオリティの変化によるアレルギー疾患制御の仕組みを解明できると考えられる．

炭素数（C）21 以上の極長鎖脂肪酸，C26 以上の超長鎖脂肪酸は，量は少ないものの，短い脂肪酸では代替できない固有の生理機能を有し，さまざまな病態と関連する．極長鎖脂肪酸は広範な組織に存在するが，超長鎖脂肪酸は表皮，涙液，精子・精巣，網膜，脳に特異的に存在し，それぞれの組織で重要な役割を果たす．脂肪酸の伸長は小胞体における脂肪酸伸長サイクルによって行われ，脂肪酸伸長酵素（エロンガーゼ）が律速段階を触媒する．哺乳類には脂肪酸伸長酵素が7 種類存在し，それぞれが鎖長と不飽和度の異なったアシルCoA に対して特徴的な基質特異性を示す．これら脂肪酸伸長酵素遺伝子の変異によるヒト疾患の症状，遺伝子欠損マウスの表現型の解析から，それぞれの脂肪酸伸長酵素が作りだす脂肪酸の生理機能，病態への関与が明らかとなってきた．本稿ではとくに表皮・涙液における超長鎖脂質のバリア機能とその異常による病態について重点的に解説する．

多価不飽和脂肪酸とうつ病に関する臨床研究の最新知見をレビューした．うつ病治療におけるω3 系脂肪酸の効果を検証したランダム化比較試験を系統的にレビューした最新のメタアナリシスによると，厳格な診断基準に基づくうつ病に対し，エイコサペンタエン酸（EPA）含量50％超のω3 系脂肪酸を補充した場合に有効であり，ドコサヘキサエン酸（DHA）には効果がないことが明らかになった．現在もっともらしいと考えられているEPA の抗うつ効果発現メカニズムは，①神経伝達物質の調整，②抗炎症作用と抗酸化作用，③神経可塑性効果である．地域コホート研究から，DHA の1 日123 mg 摂取がうつ病発症リスクを低減させること，急性冠症候群コホート研究からリノール酸がうつ病リスクを増加させることが示されており，適切な脂肪酸の摂取制御のうつ病予防に果たす役割が示唆される．

呼吸器疾患，とくに炎症性肺疾患と脂肪酸とのかかわりは，これまでも臨床研究あるいは基礎研究を通して多く報告がされてきた．脂肪酸，とくにアラキドン酸から生成されるロイコトリエンやプロスタグランジンなど，炎症を惹起するメディエーターによる病態形成および治療応用への検討，そして本来生体が兼ね揃えている能動的な炎症収束に関与する脂質メディエーターの存在が明らかにされてからは，炎症・抗炎症のバランスの破綻がその病態形成に関与している可能性が示唆されるようになった．さらに近年進歩したリピドミクス解析は肺における数多くの脂肪酸代謝物の変動を明らかにし，炎症性肺疾患における脂肪酸クオリティの意義を，より明確な方向へ導いてくれようとしている．今後，これまで治療に難渋した呼吸器疾患において，あらたな創薬への応用・治療法の確立にこれらの結果がつながることが期待されている．

脂肪酸は，生体では遊離脂肪酸，トリアシルグリセロール，グリセロリン脂質，グリセロリゾリン脂質などとして存在している．これらの脂質はその脂肪酸鎖の種類により，その分子種が決定される．疾患とのかかわりについては，おもに動脈硬化性疾患において研究が進んでおり，とくにω3 脂肪酸が抗炎症作用により抗動脈硬化作用を有することは現在すでに確立しており，また，癌をはじめとするさまざまな疾患への脂肪酸クオリティの関連を示す研究成果も発表されてきている．また，近年の質量分析計の進歩により，グリセロリン脂質やグリセロリゾリン脂質の脂肪酸分子種の測定が容易になり，リン脂質の脂肪酸クオリティと疾患の関連についても研究が急速に進んできている．いまだ課題は多いが，将来の臨床検査への応用が期待されはじめている．

◎地元から日本の医療を変えようと使命感を掲げる東京を例に，地域に密着した救急・災害医療への医師会の貢献を，前編・後編に分けて概説する．都の救急医療政策は都福祉保健局・東京消防庁・都医師会の三者合意で実施されるが，前編では，まず医師会組織の歴史に触れ，都医師会の組織と位置づけを述べた．都指定二次救急医療機関の指定により，患者年齢を問わず常時救急を応需する体制を確立し，搬送先選定困難患者の迅速な受入れを目的として“東京ルール”を制定．応需率の考えを導入することで救急受入れに積極的な姿勢をみせる医療機関を高く評価するほか，地域全体で救急医療を支えるため地域救急会議では多機関連携を促している．さらに，循環器疾患や脳卒中など専門性の高い疾患の診療体制も全都で構築して質と安全を高めている．

高齢者の健康は，その個人を取り巻く環境によって決定づけられている部分が大きい．地域の“人びとの絆”“お互い様の文化”のような“ソーシャル・キャピタル“とよばれる社会環境要因が，そこに暮らす高齢者の健康に重要な影響を与えることがわかってきた．われわれが取り組む日本老年学的評価研究（JAGES）プロジェクトでは，全国の約40 市町村・約30 万人の高齢者を対象とした調査を行い，地域のソーシャル・キャピタルと高齢者の健康との間の関連性を検証している．その結果，社会参加が活発な地域に暮らす高齢者は転倒や抑うつなどの要介護リスクを抱える人が少なく，要介護認定率も低かった．これを受け，高齢者が社会参加できる“通いの場”を地域に増やし，地域づくりによる介護予防を円滑に進める方策の検討を進めるとともに，その効果検証を行っている．本稿では，JAGES のそれらの取組みや知見を概説し，社会環境要因と高齢者の健康との関連性に迫る．