Volume 265,
Issue 5,
2018
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【5月第1土曜特集】 遺伝子治療の新局面
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医学のあゆみ 265巻5号, 323-323 (2018);
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総論
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医学のあゆみ 265巻5号, 327-334 (2018);
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世界においてヒトを対象とした遺伝子治療が本格的に開始されるようになってからすでに30 年以上の年月が経過している.開始当時,トランスレーショナルリサーチ(TR)の代表的存在として認識されていた遺伝子治療は,患者,医療者,科学者のみならず,倫理学者,社会学者,企業家,政治家などの広範な人びとの注目の的となってきた.技術的にも未熟な方法での多くの難病への挑戦は,前半期の遺伝子治療研究者に多くの試練と教訓を残した.しかしあきらめずに着々と歩を進めた研究者,その支援者により臨床試験が積み重ねられ,より安全で有効な遺伝子治療技術へと進化が遂げられ,ようやく遺伝子治療薬剤とよべる製品が近年産声をあげはじめてきている.TR の推進にとって重要な点は,基礎研究成果の臨床への橋渡しを信念をもって進めていく勇気と根気であり,その支援を行える十分な基盤体制の確立であると思われる.本稿では,遺伝子治療の歴史とその国内外における現状と課題に関して概説する.
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遺伝子導入・改変法・解析法:特徴と作製法,最近の話題
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医学のあゆみ 265巻5号, 337-343 (2018);
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染色体挿入型ベクターであるレトロウイルス,レンチウイルスベクターは,長期の遺伝子発現が可能であることから,基礎研究から遺伝子治療まで広くその有効性が認められている.マウス白血病ウイルスを起源とするレトロウイルスベクターは,LTR のU3 領域に存在する強力なエンハンサー・プロモーターにより高い遺伝子発現を可能にする.一方で,ゲノム上の挿入部位が転写開始部位近傍に集積することや,LTR による挿入部位周辺の遺伝子の活性化は,遺伝子治療における挿入発がん変異を引き起こすこととなった.HIV 由来のレンチウイルスベクターは,ウイルスゲノムの大部分を削除することによって安全性を向上させ,またU3 領域の削除による自己不活化によって挿入変異のリスクを低下させている.さらに,感染宿主が広いVSV-G によるシュードタイプ化や,細胞分裂に関係なく遺伝子導入が可能であることから,遺伝子導入の主要なツールとして,今後も発展していくものと考えられる.
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医学のあゆみ 265巻5号, 344-350 (2018);
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アデノ随伴ウイルス(AAV)は一本鎖DNA をゲノムとする小型ウイルスで,ヒトには感染できるが病原性は知られていない.遺伝子治療のためのウイルスベクターの研究がはじまってから,安全なウイルスとして注目されるようになった.動物実験で,筋肉細胞や神経細胞などの非分裂細胞に高い効率で遺伝子導入が可能であることが明らかになり,in vivo 遺伝子治療のベクターとして開発が行われてきた.AAV ベクターを使った遺伝子治療では,ベクターに対する免疫反応,生殖細胞への遺伝子導入,挿入変異の可能性などが議論になっているが,これまでの臨床研究で重篤な副作用は起きていない.最近では遺伝性網膜疾患,血友病,神経変性疾患などに対する臨床研究で有効性が確認されている.すでに複数のAAV ベクターが医薬品としての販売が承認されている.あらたにAAV ベクターを使ったゲノム編集の技術開発も開始されている.AAV ベクターの臨床応用はさらに広がっていくものと思われる.
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医学のあゆみ 265巻5号, 351-358 (2018);
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遺伝子治療の進展につれて,各種遺伝子治療用ベクターの改良とともに,その特性・機能がより明確になってきた.そして最近では,疾病や投与法,投与部位(標的細胞)に応じて各ベクターの使い分けが進んできた.アデノウイルスは,現在では免疫反応を伴うことを逆に利用して,HIV やエボラ出血熱,高病原性インフルエンザなどの新興・再興感染症に対するワクチンベクターとして,あるいは腫瘍細胞特異的にウイルス増幅することで癌細胞を死滅させる腫瘍溶解性ウイルスとして盛んに非臨床・臨床試験が進んでいる.本稿では,組換えアデノウイルスの開発に関する最近の話題について,著者らの知見もまじえながら紹介する.
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医学のあゆみ 265巻5号, 359-365 (2018);
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新しいがん治療として,生きたウイルスを利用する試みが注目を集めている.このがんウイルス療法は,感染した細胞・組織内で増殖伝播しながらそれらを死滅させるウイルス本来の性質(腫瘍溶解性)をがん治療に利用する方法である.わが国でも1900 年代よりムンプスウイルスなどを使って試みられていたが,当時は野生型に近いウイルスをがん患者に投与していた.ここ数十年でがんウイルス療法の開発が急速に進展した理由は,遺伝子組換え技術,ウイルスおよびがんの分子病態解析によって,ウイルスが元来もっている正常組織に対する病原性を排除し,ウイルスをがん細胞だけで増殖させる方法が確立され,がんを標的化することが可能になったためといえる.本療法は,さまざまなメカニズムによって腫瘍を攻撃できる利点があり,ウイルス増殖による直接的ながん細胞の破壊に加え,それに伴う抗腫瘍免疫の惹起を介して,全身に治療効果を及ぼすことが明らかになっている.
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医学のあゆみ 265巻5号, 367-378 (2018);
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2012 年,細菌の獲得免疫機構に働くCRISPR-Cas 蛋白質が,ガイドRNA(crRNA,tracrRNA)を用いて真核細胞や個体のゲノムを配列特異的に切断し,細胞本来の修復機構を利用して,遺伝子のノックアウトやノックインを行うゲノム編集技術が開発された.すでに欧米,中国では,遺伝子治療の治験が開始されており,新しいベンチャーが毎週のように設立されている.しかし,日本は特許問題を懸念するあまり,国際競争に大幅な遅れを取っている.基本特許は欧米に押さえられているものの,CRISPR-Cas には,①分子量が大きくウイルスベクターに載せることが困難で細胞導入効率が低い,②CRISPR-Cas は標的配列の下流にある2~7 塩基からなるPAM 配列を厳密に認識しており,Cas をゲノム編集に用いる適用制限となっている,③非特異的切断によるOff-target の問題があり,現時点では医療応用に用いることは事実上不可能である.著者らは,5 生物種由来の大小さまざまなCas9 について,ガイドRNA,標的DNA の4 者複合体の結晶構造を1.7-2.5 Å の高分解能で発表し,ガイドRNA 依存的なDNA 切断機構やPAM 配列の認識機構を明らかにした.また,立体構造に基づいて,PAM 配列認識特異性を変えることに成功し,ゲノム編集ツールとしての適用範囲を拡張することに成功した.著者らは,2016 年1 月に日本初で唯一のCRISPR 創薬ベンチャーEdiGENE(社長:森田晴彦)を設立し,小型で,単純なPAM を認識し,Off-target のない,医療実用化可能な革新的ゲノム編集ツール“スーパーCas9”を用いて,さらに多くの難治性疾患の遺伝子治療を試みており,応用特許を押さえ,これを用いることで,日本のゲノム編集研究に大きく貢献しようとしている.
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医学のあゆみ 265巻5号, 379-383 (2018);
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従来の遺伝子導入による遺伝子治療においても,その開発が急速に進んでいるゲノム編集による遺伝子治療においても,次世代シーケンス技術による網羅的ゲノム解析が安全性評価のために欠かせない.本稿では,遺伝子治療ウイルスベクターのゲノム挿入部位解析方法を解説し,定量性に優れた方法の開発を今後の課題としてあげる.RNA 誘導性部位特異的ヌクレアーゼCRISPR/Cas9 はguide RNA 配列によって規定される本来の標的ゲノム部位(on-target)に加えて塩基置換を伴う類似配列部位(off-target)も切断する.原核生物における獲得免疫システムであるCRISPR/Cas9 においては,このオフターゲット効果は標的ウイルスのゲノム進化への適応と考えられる.しかし,ゲノム編集をヒト疾患責任遺伝子の変異修正に用いる場合,オフターゲット効果制御がきわめて重要となる.オフターゲット効果低減の試みと網羅的評価のための手法を紹介する.
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遺伝子治療の対象疾患
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医学のあゆみ 265巻5号, 387-392 (2018);
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原発性免疫不全症(PID)の遺伝子治療は,ADA 欠損症,X-SCID,WAS,CGD,の4 疾患を対象にした臨床応用が進行している.初期にはレトロウイルスベクターを用いて造血幹細胞を標的とした遺伝子導入が行われ,一定の臨床効果が確認されている.しかしADA 欠損症を除く3 疾患においてベクターのゲノム挿入に起因する白血病様の副反応が観察され,現在はより安全性を強化したレンチウイルスベクターによる遺伝子導入が主流となっている.現在,PID 遺伝子治療の有用性は広く認められているが,疾患ごとにプロトコールを至適化しさらに有効性・安全性を高める努力が続けられており,より多くの施設で,より多数の患児が受けられる治療法として,確立されることが求められている.
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医学のあゆみ 265巻5号, 393-397 (2018);
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先天代謝異常症の治療の進歩は著しい.一部のライソゾーム病やペルオキシソーム病においては酵素補充療法や造血幹細胞移植の効果が明らかである.しかし,酵素補充療法においては,繰り返し投与が必要である.また,多くのライソゾーム病に認める中枢神経症状への効果は期待できない.造血幹細胞移植は,中枢神経症状に有効な疾患もあるが,多くの疾患でその効果は不十分である.移植療法特有の有害事象である生着不全やGVH 反応は時に重篤となる.レンチウイルスベクターで造血幹細胞に遺伝子を導入する方法(ex vivo 遺伝子治療)は,造血幹細胞移植では効果が不十分なライソゾーム病の有効な治療法となることが,すでに複数の疾患で示されている.基本的には自家骨髄移植であるので,GVH 反応は回避される.また,永続的効果も期待されるので,酵素補充療法にみられる繰り返し投与が不必要である.レンチウイルスベクターで造血幹細胞に遺伝子を導入する方法の普及が望まれる.
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医学のあゆみ 265巻5号, 398-403 (2018);
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血友病は,凝固因子の欠乏により関節内や筋肉内などに出血症状を繰り返す先天性血液凝固異常症であり,凝固第Ⅷ因子または第Ⅸ因子の欠損・活性低下による血友病A と血友病B に分類される.現在の治療の基本は,凝固因子製剤を用いた補充療法であるが,生涯にわたって凝固因子製剤の投与が必要であることから,さまざまな問題が存在している.このため,一度の治療で長期間にわたって効果が持続する遺伝子治療に期待が寄せられている.近年になって,肝を標的としてアデノ随伴ウイルス(AAV)ベクターを用いる血友病遺伝子治療の成功例が複数報告されており,先行している血友病B に加えて最近では血友病A に関しても実用化に向けた機運が高まっている.しかしその実現に際しては多くの課題が残されており,解決に向けた取組みが必要である.
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医学のあゆみ 265巻5号, 404-408 (2018);
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造血器腫瘍に対する養子免疫療法において,T 細胞の腫瘍ターゲティング効率を高めるため,キメラ抗原受容体(CAR)を用いる方法(CAR-T 遺伝子治療)が注目されている.とくに,再発・難治性B 細胞腫瘍に対して,CD19 抗原を認識するCAR を発現させた患者T 細胞を体外増幅して輸注する方法の臨床試験が進んでおり,急性リンパ性白血病(ALL)で驚くべき治療効果が得られている.さらに,ゲノム編集技術を応用し,同種T 細胞を用いるユニバーサルCAR-T 細胞療法の臨床開発もはじまっている.2017 年には,難治性ALL と悪性リンパ腫に対するCD19-CAR-T 遺伝子治療がアメリカで承認された.
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医学のあゆみ 265巻5号, 409-414 (2018);
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TCR 改変T 細胞遺伝子治療は,抗原ペプチドを認識するT 細胞受容体(TCR)遺伝子をウイルスベクターなどでT 細胞に導入して輸注する治療法である.この10 年で10 種の臨床試験の報告がある.7 種のメラノーマを対象にした臨床試験が実施され,30~55%の奏効率が得られている.2 種の試験では滑膜肉腫を対象にNY-ESO-1 抗原を標的とする際の奏効率は50~60%である.食道がん,乳がんなど,上皮系腫瘍での有効性についてはまだ明らかではない.TCR 分子のアミノ産置換あるいはマウス由来TCR を用い高親和性としたTCR では,正常組織へのオンターゲット効果あるいは標的外の自己抗原への免疫反応による重篤有害事象の事例がある.TCR の標的とする抗原とTCR 親和性の程度によっては重度の毒性のリスクがある.高親和性TCR は,目的とする抗原ペプチド以外の類似配列をもつ第三者抗原由来ペプチドに反応する可能性がある.
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医学のあゆみ 265巻5号, 415-421 (2018);
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食道がんの罹患率は,男性では緩やかに増加傾向にあり,とくに最近では高齢患者の割合が増えているため,併存疾患などで標準治療を受けられない患者層へのあらたな治療戦略が求められている.遺伝子治療技術を基盤としたより低侵襲な治療の開発は,複合的な分子機構を駆使した多様な試みが行われている.本稿では,遺伝子工学技術を応用したテロメラーゼ特異的がん治療用ウイルス製剤Telomelysin を中心に,難治がんである食道がんを対象とした集学的治療の臨床開発の状況を概説する.
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医学のあゆみ 265巻5号, 422-428 (2018);
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泌尿器科領域においては,癌ワクチン効果を期待した種々の前立腺癌治療薬の開発が中心課題のひとつとなっている.著者らは,これまでに癌抑制・治療遺伝子REIC を発現するアデノウイルスベクター(Ad-REIC)を臨床開発し,難治性前立腺癌に対するin-situ 遺伝子治療を実施し,その抗腫瘍効果を実証してきた.この治療効果は,Ad-REIC 製剤を用いた局所遺伝子治療による癌細胞の選択的細胞死と抗癌免疫の活性化による相乗効果増強作用(自己癌ワクチン化)に基づくと考えられている.本稿では,Ad-REIC 製剤を用いた難治性前立腺癌の治療について,最近の研究結果も交えつつ解説する.
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医学のあゆみ 265巻5号, 429-432 (2018);
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アデノ随伴ウイルス(AAV)ベクターを応用して,神経変性疾患に対する遺伝子治療の開発が進んでいる.Parkinson 病には,L-DOPA をドパミンに変換する芳香族アミノ酸脱炭酸酵素(AADC)の遺伝子を被殻の神経細胞に導入する方法の臨床試験が行われ,運動症状の改善効果が得られている.この方法が有効なことは小児のAADC 欠損症でも示された.現在,AADC に加えてL-DOPA の合成に必要な酵素の遺伝子も導入し持続的にドパミンを供給する方法の治験が計画されている.Alzheimer 病には,血液脳関門・髄膜脳関門を通過するAAV ベクターにより,アミロイドβ(Aβ)を分解するネプリライシンの遺伝子を広範な脳領域で発現させる方法などがある.バキュロウイルスを応用してGCTP 基準のAAV ベクターを大量に作製する技術が開発されている.
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医学のあゆみ 265巻5号, 433-438 (2018);
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AADC 欠損症患者6 人に遺伝子治療を実施した.対象は4 歳~19 歳の6 人で,重症型5 名,中間型1名.ヒトAADC 遺伝子を搭載した2 型アデノ随伴ウイルス(AAV)ベクターを定位脳手術により,両側被殻に注入した.治療後,全例で運動機能が改善した.重症型5 例は,治療前は全例臥床状態で随意運動がなかったが,治療後,全例頸定し,四肢の随意運動が出始めている.また頻回に起こしていたジストニア発作が消失した.1 例は歩行器歩行が可能になり,経口での食事摂取が可能になった.1 例は歩行器歩行の練習を開始した.中間型例は,治療前に支持歩行が少しできたが,治療後は長距離の独歩,自転車に乗るなどが可能に,また,会話可能で言語-社会性の発達指数が40 から80 に改善した.有害事象として,一過性の舞踏病様運動があったが,ベクターによる有害事象はなく,AAV ベクターによる神経疾患の治療が安全で有効なことが示された.
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医学のあゆみ 265巻5号, 439-443 (2018);
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網膜色素変性を代表とする遺伝性網膜変性疾患は,眼科領域の難治性疾患である.現時点で有効な治療法がないため,患者は失明の恐怖に曝されている.この遺伝性網膜変性疾患に対し,iPS 細胞による網膜再生療法などと並んで期待されているアプローチが遺伝子治療である.近年,欧米からは臨床応用の結果が数多く報告されており,その安全性と治療効果が確認されつつあるが,ついにアメリカではレーバー先天盲に対する遺伝子治療薬が認可された.国内でも,九州大学病院において網膜色素変性に対する視細胞保護遺伝子治療の臨床応用がスタートし,医師主導治験が実施される見込みとなっている.遺伝子治療が遺伝性網膜変性疾患の標準治療となる時代が確実に近づいてきているようだ.
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医学のあゆみ 265巻5号, 444-451 (2018);
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Duchenne 型筋ジストロフィー(DMD)は進行性の運動機能障害や呼吸循環不全を呈する重篤な遺伝性筋疾患である.ステロイド療法,呼吸管理や心不全対策が進歩しているが,変異が原因となるジストロフィン遺伝子の発見から30 年たったいまでも根本的治療法がない.欧米では,人工核酸を用いたエクソン・スキップ療法やアデノ随伴ウイルス(AAV)ベクターを応用したジストロフィン発現回復療法の臨床試験が活発に推進されている.また,これらのツールを活用し,脊髄性筋萎縮症(SMA)に対するエクソン・インクルージョン療法や遺伝子補充療法の開発が期待されている.人工核酸やAAV ベクターの本格的な社会実装に向け,安全性や有効性を高めるための関連技術の開発が重要である.
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医学のあゆみ 265巻5号, 452-456 (2018);
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末梢動脈性疾患(PAD)は動脈硬化症をおもな病因とする疾患で,欧米では100 万人あたり年間500~1,000 人が新規にPAD を発症し,55~70 歳の4~12%が罹患している.動脈硬化性病変を基盤としているため,PAD 患者の心血管死亡率は健常人に比較して3~6 倍高く,およそ50%の患者は心血管疾患(CVD)を合併している.そのためACCF/AHA のガイドラインではPAD 患者において,徹底したCVDの二次予防を勧告している.これまでに多くの薬剤(スタチン,RAS 系阻害剤,抗血小板剤)が使用され,CVD に対する予後改善の有効性が示されているが,残念ながら現時点でPAD 患者の下肢血流を改善する薬は存在していない.また,解剖学的な理由,動脈硬化病変の性質などから,外科治療や血管内治療の適応とならない多くの患者が存在する.遺伝子治療はこのような治療オプションのない患者へのあらたな治療戦略として確立されてきている.PAD に対する遺伝子治療について,とくに血管内皮増殖因子,線維芽細胞増殖因子,肝細胞増殖因子を用いた遺伝子治療が行われているが,前臨床試験と臨床試験の結果に乖離がみられる.同じ血管新生増殖因子でも,申請血管の性質,動脈硬化リスクファクターへの作用は異なる.本稿では,これら3 つの血管新生増殖因子のこれまでの臨床試験結果と作用機序の差について検討したい.
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医学のあゆみ 265巻5号, 457-462 (2018);
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末梢血管系病変のうち動脈硬化に起因する下肢慢性動脈閉塞症は,病期が進行すると下肢虚血にともなうさまざまな症状を発症し,重症下肢虚血に陥ることで下肢切断に至るケースもある.遺伝子治療は,このような末梢血管系病変に対し血管増殖因子を用い,虚血組織にあらたな血管を誘導することで,虚血状態改善をめざすあらたな治療戦略として注目されている.そのなかでも,FGF-2 遺伝子を搭載したF遺伝子欠損非伝搬型組換えセンダイウイルスベクター(rSeV/dF-hFGF2)を用いた研究は,圧倒的に高い遺伝子導入率・遺伝子発現率を示し,新規治療薬候補のRNA 製剤DVC1-0101 として臨床段階での開発が進められている.臨床第Ⅰ/Ⅱa 相試験の結果では,高い認容性・安全性が確認され,安静時疼痛の消失と歩行機能改善が持続的に認められた.現在は,第Ⅱb 相治験の実施中であり,その結果に期待がよせられているところである.
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医学のあゆみ 265巻5号, 463-468 (2018);
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表皮水疱症は,皮膚基底膜接着分子の遺伝的欠損により生直後から全身皮膚および口腔粘膜に水疱を形成し,全身熱傷様皮膚症状が生涯続く遺伝性皮膚難病である.わが国における表皮水疱症罹患者数は約1,000 人と推定され,真皮内で水疱を形成する栄養障害型が50%,表皮内で水疱を形成する単純型が約30%,表皮・真皮間で水疱形成する接合部型が約10%,その他の病型が約10%である.最重症例は幼少時期に致死となり,また真皮の損傷による著明な瘢痕形成を特徴とする栄養障害型の重症例では20 代後半~30 代に瘢痕癌を多発し,生命予後は著しく不良である.これまでまったく有効な治療法のなかった表皮水疱症に対し,現在世界中で再生医療,遺伝子治療の開発が進められている.本稿では,表皮水疱症に対して,今日の再生医療および遺伝子治療がどのようにアプローチしつつあるかについての現状を概説し,克服すべき課題と今後の展望について述べる.
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遺伝子治療の開発
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医学のあゆみ 265巻5号, 471-477 (2018);
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日本で実施される遺伝子治療は臨床研究と治験の2 種類に分けられるが,欧米と異なりそれぞれ異なる法律や指針に基づき異なる審査が行われている.臨床研究の場合,体外で遺伝子導入した細胞を人に投与するex vivo 遺伝子治療は再生医療となり,遺伝子治療用ベクターを直接人に投与するin vivo 遺伝子治療とは異なる規制がかかるため,遺伝子治療の規制は非常に複雑である.遺伝子治療の臨床研究と治験に係る2 つの指針は,遺伝子治療の安全性を確保しつつ,早期実用化をはかるための規制基盤整備の一環として大幅な見直しが行われている.本稿では,これら遺伝子治療関連規制の現状と指針改正の動向について概説する.
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医学のあゆみ 265巻5号, 478-482 (2018);
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遺伝子治療製品の開発・製造には各段階で遺伝子組換え生物を使用するため,カルタヘナ法は避けて通れない.その体系はいささか馴染みにくく,法律で規制されることに対する反発もあって,研究や製品開発の足枷になっているとの声も根強い.とはいえ法は法であり,その背景も考慮しつつ現実に即して対応せざるをえない.本稿では,最近のカルタヘナ法運用の流れを踏まえ,遺伝子治療製品の開発・製造において必要な手続きについて述べる.
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医学のあゆみ 265巻5号, 483-488 (2018);
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欧米の再生医療等製品で高価格のものが現れているが,かならずしも受け入れられていない.医療経済学的評価に裏打ちされていないものは受け入れられていない印象を受ける.では日本では価格の算定はどうあるべきか? 医薬品で類似のものがない場合は原価計算方式が採用されるが,再生医療等製品では原価計算方式が採用されるべきと考える.その際,現行法の計算方法は医薬品の経験に基づいたものであるので,再生医療等製品にあっては,その特性にあった原価計算方式が必要と考える.再生医療等製品はどうしても製造原価が高くなるので,条件期限付き承認後においては医療経済学的評価を行い,その価値を評価すべきである.また同一カテゴリーの製品があっても,製造法やパテントの範囲が異なったりするので,個々の製品についても原価計算方式を採用すべきである.再生医療等製品の特性を加味した価格の計算方式が望まれる.