医学のあゆみ
Volume 269, Issue 3, 2019
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特集 悪性腫瘍の病理・遺伝子診断に基づくプレシジョンメディシン
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悪性腫瘍の病理診断と遺伝子プロファイルのクロストーク:Overview
269巻3号(2019);View Description Hide Description個々の遺伝子プロファイルに基づく遺伝子診断が隆盛をきわめつつあるが,これはけっして形態学の終焉を意味するのではない.むしろ先人たちにより積み重ねられた莫大な知見に基づく病理診断学に,より確度の高いゲノムバイオマーカーが追加されることで,診断病理学が次のステージ,ゲノム病理学へ診断のパラダイムシフトが起ころうとしているのである.ホルマリン固定パラフィン包埋(FFPE)検体を用いた次世代シークエンサーによるゲノム解析は,そのホルマリン固定による核酸断片化の程度と機械の解析システムがベストマッチであるために,診断への応用が進んだ.また,遺伝子プロファイルによる層別化は,実は組織学的特徴との一致をみることも少なくないため,形態学へフィードバックすることで,基本的な遺伝子解析結果と形態学的病理診断を統合した統合的病理・遺伝子診断の開発が可能である.今後は,そうした個別化診断に基づく個別化治療の体制整備が,克服すべき大きな課題のひとつである. -
KRAS/BRAF/MAPK 依存性悪性腫瘍の特徴と治療戦略
269巻3号(2019);View Description Hide DescriptionKRAS,BRAF の活性型遺伝子異常によるMAPK 経路の恒常的活性化は,悪性腫瘍に対するおもな治療標的として長年治療開発の対象とされてきた.現在までにKRAS に対する治療開発は難渋しており,いまだ治療法が確立していないが,BRAF に関してはBRAF V600 変異に対する治療法として,BRAF 阻害薬とMEK阻害薬の併用療法が一部のがん腫において標準治療として確立している.一方,がん遺伝子パネル検査の臨床実装に伴い,臓器横断的にこれらの遺伝子に異常が検出された場合の治療法に関しては確立していないが.対象となる適切な治験情報や既承認薬を用いた多剤併用療法などから個々の症例に対する治療戦略を想定することが,今後がんプレシジョンメディシンを実践するうえで必要とされる. -
HER2 がんの特徴と治療戦略(乳がん,胃がん,胆管がん,肺がんなど)
269巻3号(2019);View Description Hide DescriptionHER2とは,human epidermal growth factor recepto(r HER)familyに属するチロシンキナーゼのひとつで,その増幅はさまざまながん種でがん化に関わる経路に影響していると考えられている.乳がんや胃がんでは,HER2 蛋白の過剰発現やHER2 遺伝子の増幅の有無が治療方針決定に関わっている.HER2 陽性の乳がんや胃がんでは予後が悪く,治療戦略ではHER2 蛋白に対する分子標的薬であるトラスツズマブなどが使用されている.さらに近年,がんプレシジョンメディシンの普及に伴って,ほかのがん種でもHER2 遺伝子の増幅や活性化変異が認められることが明らかになっており,その結果が治療方針決定に役立つ可能性が示唆されつつある.本稿では,HER2 陽性の乳がんや胃がんを含めたHER2 遺伝子の増幅や活性化変異を伴うがん,HER2 がんの特徴と治療戦略について概説する. -
受容体型チロシンキナーゼRTK がんの特徴と治療戦略
269巻3号(2019);View Description Hide Description受容体型チロシンキナーゼ(RTK)は,悪性腫瘍において遺伝子増幅や遺伝子変異が多数報告されており,細胞膜に貫通型で薬剤到達性も良好であることから,古くから癌治療の標的分子として注目されてきた.近年ではRTK を標的とした多くの分子標的治療薬やモノクローナル抗体などが開発されている.本稿では,ドライバー遺伝子として代表的なRTK のEGFR,c-Kit,血小板由来増殖因子受容体α(PDGFRA)について,肺癌,膠芽腫,消化管間質腫瘍(GIST)における最新の知見と治療戦略上の問題点について概説する. -
PI3K 経路分子をドライバーとする悪性腫瘍の遺伝子プロファイル病理診断
269巻3号(2019);View Description Hide Descriptionホスファチジルイノシトール3-キナーゼ(PI3K)経路に関わる遺伝子の変化は,さまざまな悪性腫瘍に認められている.そのため,治療標的や病理診断の補助マーカー,腫瘍マーカーとしても注目されるシグナル伝達経路である.本稿ではとくに,高率にPI3K 経路の遺伝子に異常が認められる乳癌,子宮体部類内膜腺癌,神経膠腫について,実際の臨床例や臨床研究の結果とともに述べる.乳癌においてはPI3K 経路の変異のほとんどがPIK3CA の変異であるが,AKT1 変異を認めた乳癌の1 例を経験したので提示したい.また子宮体部の類内膜腺癌は病理組織学的にはType 1 とType 2 に分類され,両者はゲノムプロファイルも異なることが知られている.当院のがん遺伝子診断外来症例のなかでERBB2 増幅を認めたType 2 類内膜腺癌の1 例を経験したので紹介したい.神経膠腫は,先進的に分子異常と病理診断による統合診断がされてきた腫瘍である.神経膠芽腫におけるPI3K 経路の異常としては,ホスファターゼテンシンホモログ(PTEN)に高頻度に機能欠失変異を認める.著者らの講座では脳腫瘍診断用の遺伝子パネル検査の臨床研究を行っており,そこから得られたPTEN の知見も提示したい. -
ALK/ROS1/RET 融合遺伝子陽性がんの特徴と治療(肺がん)
269巻3号(2019);View Description Hide Description近年,肺がんではドライバー遺伝子変異・転座の発見と,それらに対するキナーゼ阻害薬の開発により,ドライバー遺伝子変異・転座陽性肺がんの治療はめざましい進歩を遂げている.肺がんにおける融合遺伝子としてALK,ROS1,RET があり,それぞれ肺腺がんの約5%,1%,1%を占め,比較的若年に多いとされている.ALK 融合遺伝子陽性肺がんに対しては,2012 年にクリゾチニブ(Crizotinib)が承認され,その後,2014 年にアレクチニブ(Alectinib),2016 年にセリチニブ(Ceritinib)が相次いで承認された.2018 年9 月には,ALK チロシンキナーゼ阻害薬に抵抗性または不耐容のALK 融合遺伝子陽性肺がんに対する治療薬として,ロルラチニブ(Lorlatinib)が世界に先がけてわが国で承認された.ROS1 融合遺伝子陽性肺がんに対しては,ALK 阻害薬であるクリゾチニブが2017 年に承認され,RET 融合遺伝子陽性肺がんに対しても複数の臨床試験が実施されている. -
HBOC 関連がんの管理と治療
269巻3号(2019);View Description Hide Description遺伝性乳癌卵巣癌(HBOC)は,BRCA11)またはBRCA2 2)の生殖細胞系列変異を原因とする常染色体優性の遺伝性腫瘍である.近年,ゲノム検査が実臨床でも行われるようになり,BRCA1/2 変異を有する患者のリスク低減卵管卵巣摘出術(RRSO)の予防効果が期待されている.さらに,わが国においてプラチナ感受性再発卵巣癌に保険適用となったPARP 阻害薬は,BRCA1/2 遺伝子変異を中心とする相同組み換え(HR)修復遺伝子異常のある腫瘍に対して合成致死(synthetic lethality)を誘導する.そのため,HBOC 患者への治療効果が期待されており,HBOC は近年注目を集めている疾患のひとつである.本稿では,HBOC の管理,HBOC関連癌の治療について解説する. -
Hypermutation がんの特徴と治療戦略
269巻3号(2019);View Description Hide Description免疫チェックポイント阻害薬(ICI)は,2014 年にメラノーマに承認されて以降,非小細胞肺癌,腎細胞癌,Hodgkin リンパ腫,頭頸部癌などさまざまながん種に適応が拡大し,がん治療のkey drug として日常臨床で広く用いられるようになった.一方,一部の患者しかICI に反応しないため,治療効果予測を可能とするバイオマーカー研究が活発に行われている.腫瘍組織における体細胞変異の一部は免疫応答を誘導する抗原を産生し,腫瘍抗原(ネオアンチゲン)として免疫応答に寄与している.体細胞変異の蓄積が多ければ多いほどネオアンチゲンを産生しやすくなるため,遺伝子変異数(TMB)の高い腫瘍,すなわちhypermutation がんにはICI が効きやすいとの仮説が提唱された.近年,TMB がさまざまながん腫においてICI による治療効果と正の相関があることが次々と報告されている.本稿では,TMB とICI の臨床効果に関するこれまでの報告をレビューし,hypermutation がんに対する治療戦略について論じたい.
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連載
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- 医学・医療におけるシミュレータの進歩と普及 16
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肺音聴診シミュレータ
269巻3号(2019);View Description Hide Description◎肺音聴診シミュレータは,等身大のマネキンに前胸部7 基,背部8 基のスピーカを内蔵し,患者から録音した種々の疾患の肺音を再生し,聴診器を用いて胸壁上から聴診して学習することができる.症例数は34 症例〔正常呼吸音4 例,異常呼吸音8 例,水泡音6 例,捻髪音4 例,笛様音3 例,いびき様音4 例,その他の連続性ラ音2 例,その他(胸膜摩擦音2 例,Hamman’s sign 1 例)〕である.2001 年から国内では“Mr. Lung”として販売されているが,国内のほとんどの医学部で採用され,教育効果も報告されるようになった.2015年には“Mr. Lung”の改良型である“ラングⅡ”が開発された.タブレットで症例を選択し,Wi-Fi を通じて複数のシミュレータを同時に操作できるようになった.また,15 基のスピーカから肺音を同時再生して,前胸部と背部で同時に聴診できるようになるなど,性能と利便性が向上した.今後のさらなる教育効果に期待したい. - 健康寿命延伸に寄与する体力医学 4
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加齢に伴う免疫機能の変化
269巻3号(2019);View Description Hide Description高齢者は,免疫機能の低下によって感染抵抗性が減弱してインフルエンザ肺炎,肺炎球菌肺炎などで命を落とすことが多い.この原因に免疫老化が関わっている.免疫系の老化はT 細胞老化が最も顕著であり,特に細胞傷害性T 細胞老化は,ウイルス感染,悪性腫瘍発生に関与する.微生物感染以外でも細胞を傷害する刺激は壊れた細胞から放出される分子によって好中球,マクロファージといった自然免疫系細胞を活性化させ,炎症性サイトカインを産生させる.刺激が持続すれば慢性炎症から心血管系病変,糖尿病,肝硬変,慢性閉塞性肺疾患などの中年から高齢者に多い生活習慣病を発症させる.細胞老化による老化特有の分泌分子,老化したミトコンドリア産物など,老化の過程そのものによる傷害からも低レベルの炎症が持続し,インフラマエイジングと呼ばれている.インフラマエイジングは,生活習慣病に加え,サルコペニア,フレイル,認知症といった高齢者特有の疾患を発生させる.
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- 医師のバーンアウト(燃え尽き症候群)をふせぐためには?― 脳神経内科領域の取組みから学ぶ 8
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- 医療社会学の冒険 12
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