医学のあゆみ
Volume 269, Issue 13, 2019
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【6月第5土曜特集】 脂質クオリティ研究の基礎と臨床
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- 脂肪酸クオリティと疾患制御
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ω3脂肪酸クオリティによる疾患制御
269巻13号(2019);View Description Hide Descriptionヒトの健康維持において脂肪酸バランスの重要性が指摘されている.そのなかでも,とくにω3/ω6 脂肪酸バランスについては心血管病を中心とした疾患コホート研究に加え,動物モデルを用いた生物学的検証が重ねられ,疾病予防におけるその重要性がおおむね支持されている.エイコサペンタエン酸(EPA)やドコサヘキサエン酸(DHA)などのω3 脂肪酸は多価不飽和脂肪酸の一種であり,ω6 脂肪酸であるアラキドン酸(AA)から生じるエイコサノイドの生成や作用と競合するのに加え,生体内の酵素反応で機能性代謝物に変換され,積極的に抗炎症作用を発揮することが明らかになってきた.本稿ではω3 脂肪酸の構造と機能特性,すなわちω3 脂肪酸クオリティによる疾患制御について最近の知見を紹介したい. -
飽和脂肪酸による細胞内シグナルの活性化と脂肪毒性
269巻13号(2019);View Description Hide Description脂肪毒性(lipotoxicity)は,肥大化した脂肪組織から過剰産生された遊離脂肪酸が,非脂肪組織に蓄積することにより細胞機能障害や細胞死を起こす現象であり,糖尿病や動脈硬化性疾患など代謝性疾患の病態基盤として注目されている.遊離脂肪酸のなかでも二重結合を持たない長鎖飽和脂肪酸は,Toll 様受容体(TLR)4,NLRP3 インフラマソーム,c-Src/JNK,プロテインキナーゼC(PKC),小胞体ストレス応答(UPR)などさまざまな細胞内シグナルを惹起し,脂肪毒性に大きく寄与することが示唆されている.これら細胞内シグナルの活性化には,遊離の飽和脂肪酸のみならず飽和脂肪酸の代謝物が関与しており,脂肪毒性の原因脂質や細胞内シグナル活性化機構の解明が待たれる. -
脂肪酸の“質”を制御する脂肪酸伸長酵素とその関連疾患
269巻13号(2019);View Description Hide Description生体内の脂肪酸は炭素鎖長および二重結合の数と位置の違いにより多様な種類が存在し,あらゆる生命現象に関与する.脂肪酸の鎖長はELOVL1~7 の7 種類のアイソフォームからなる脂肪酸伸長酵素ファミリーにより制御され,それぞれ基質とする脂肪酸の鎖長や不飽和度,発現分布が異なる.こうした違いは,時期・組織特異的に必要な鎖長の脂肪酸を合成するためであると考えられる.近年,各脂肪酸伸長酵素のクローニングに続き,ノックアウトマウスなどによる機能解析が進み,リポクオリティ調節における脂肪酸の鎖長の重要性とその多彩な生理機能や病態との関連が明らかとなってきた. -
極長鎖脂質による表皮および涙液における透過性バリア形成
269巻13号(2019);View Description Hide Description脂質の三大機能は一般的に,①エネルギーの貯蔵,②生体膜形成,③メディエーター機能,といわれるが,四大機能に加えるべき機能として,④バリア形成,がある.体表面に存在する表皮角質層および眼の涙液には脂質によって形成される透過性バリアが存在し,病原体やアレルゲンなどの異物の侵入と体内からの水分の蒸散を防いでいる.これらの透過性バリアの異常は,皮膚においてはアトピー性皮膚炎や魚鱗癬,眼においてはドライアイなどの疾患を引き起こす.表皮角質層および涙液油層にはバリア形成に特化した特殊な脂質群(表皮:アシルセラミド,涙液:マイバム脂質)が存在する.これらの透過性バリアを形成する脂質(バリア脂質)の共通の特徴として,鎖長が長いこと,いわゆる極長鎖型(炭素数21 以上)であることがあげられる.本稿では,バリア脂質の種類,構造,役割を紹介するとともに,近年明らかとなったバリア脂質産生の分子機構,その産生異常が引き起こす病態について解説する. -
短鎖脂肪酸による疾患制御
269巻13号(2019);View Description Hide Description腸内細菌の主要な代謝物である短鎖脂肪酸(SCFA)は,宿主のエネルギー源としてだけでなく,細胞膜上のG 蛋白質共役型受容体(GPCRs)を介して宿主の生体恒常性維持に関与することから,シグナル伝達分子としても機能することが近年の研究で明らかにされている.これらGPCRs は腸管組織のほか,さまざまな末梢臓器に発現することで,さまざまな生理機能に寄与していることが明らかにされつつある.ほかにも,SCFA がヒストン脱アセチル化酵素の活性阻害などのエピゲノム修飾にも関与することが示されている.本稿では,腸内細菌代謝物,SCFA による宿主のエネルギー代謝制御に関する著者らの知見を概説するとともに,エピゲノム修飾などを含めたSCFAの疾患に対する多彩な生体調節機能について紹介する. -
ロイコトリエンと疾患制御
269巻13号(2019);View Description Hide Descriptionロイコトリエン(LT)は細胞膜を構成しているリン脂質に含まれるアラキドン酸を材料に,刺激に応じて短時間に産生される炎症性脂質メディエーターである.LT は細胞質型ホスフォリパーゼA2(PLA2),5‒リポキシゲナーゼ依存的に産生され,①LTA4,②LTB4,③LTC4,④LTD4,⑤LTE4,の5 種類に分類される.LTA4は生理活性がないとされており,速やかにLTB4あるいはLTC4に代謝される.LTB4は古くから強力な好中球の走化性因子として知られ,生体防御に関与すると考えられていた.一方で,分子内にシステインを含有するシステイニルロイコトリエン(LTC4,LTD4,LTE4)には強力な気管支平滑筋収縮作用があり,気管支喘息への関与が非常に強いことが知られていた.長らくこれらの受容体の同定には至っていなかったが,1997 年にLTB4の受容体であるBLT1 が同定されたのを皮切りに,現在までに複数の受容体が同定されている.その後,各受容体の遺伝子欠損マウスが作製され,さまざまな疾患モデルを用いて受容体機能の解析が行われている.これらの解析により,LT 受容体は炎症・免疫応答において重要な役割を担っていることが明らかになった.本稿では最新の知見に触れつつ,LT と疾患との関わり,各受容体拮抗薬の展望について概説する. -
シクロオキシゲナーゼ経路によるリポクオリティ認識
269巻13号(2019);View Description Hide Descriptionプロスタノイドは,シクロオキシゲナーゼ(COX)を律速酵素として産生される一連の脂質メディエーターであり,これまでおもにω-6 脂肪酸であるアラキドン酸を初発基質として産生される2-系列プロスタノイドを対象として生理・病態作用の研究が展開されてきた.一方,魚油などに豊富に含まれるω-3 脂肪酸,エイコサペンタエン酸(EPA)からも3-系列プロスタノイドが産生されるが,その生理活性や役割についてはほとんど不明である.そこで本稿では,プロスタノイドの合成酵素や受容体がω-6/ω-3 脂肪酸の違いをどのように識別するのかを概説し,ω-3 脂肪酸によるプロスタノイド機能調節について,血小板凝集を例にあげて議論したい. -
アレルギー疾患における好酸球の脂肪酸代謝異常
269巻13号(2019);View Description Hide Description喘息に代表されるアレルギー疾患は近年患者数が増加の一途をたどっており,吸入薬などの局所投与薬や抗体医薬の開発により治療薬の選択肢も充実してきてはいるが,依然として治療に難渋する例が存在する.喘息の5~10%程度を占める重症喘息では好酸球性炎症が遷延する例が多く,好酸球性副鼻腔炎の合併率が高いため,病態における炎症細胞として好酸球の関与が考えられる.重症喘息では,これまでの臨床研究により脂肪酸代謝異常の存在が数多く報告されているが,細胞単位での機序については依然として不明である.本稿では,重症喘息と好酸球性副鼻腔炎の患者由来の好酸球のリピドミクス解析により同定しえた脂肪酸代謝異常について,蛋白・メッセンジャーRNA(mRNA)のオミクス解析やパスウェイ解析により明らかとなった酵素群の変化や上流因子の候補を紹介し,今後のアレルギー疾患における新たな疾患制御戦略についても概説する. -
アナンダミドとN-アシルエタノールアミンの代謝と疾患制御
269巻13号(2019);View Description Hide Descriptionアナンダミドは不飽和脂肪酸のアラキドン酸がエタノールアミンとアミド結合した生理活性脂質で,カンナビノイド受容体に対する内因性リガンドとして見出された,エンドカンナビノイドの一種である.アラキドン酸部分が異なる長鎖脂肪酸に置き換わった分子種も存在しており,これらはN-アシルエタノールアミンと総称される.N-アシルエタノールアミンは,結合している脂肪酸に応じて異なる受容体に作用し,抗炎症,食欲抑制,神経突起形成など,各分子種に固有の生理機能を発揮する.これらの生理機能を制御するN-アシルエタノールアミンの生合成機構には不明な部分が残されていたが,最近の研究からがん抑制遺伝子として見出されたPLAAT 分子群や,以前に細胞質型ホスフォリパーゼA2(cPLA2)のアイソフォームとして単離されていたcPLA2εの関与が明らかとなり,その全貌が解明されようとしている. - 膜リン脂質クオリティと疾患制御
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ホスフォリパーゼA2 による代謝と疾患の制御
269巻13号(2019);View Description Hide DescriptionホスフォリパーゼA2(PLA2)は定義上,グリセロリン脂質のグリセロール骨格の2 位のエステル結合を加水分解して脂肪酸とリゾリン脂質を遊離する酵素群の総称であり,哺乳動物には50 種以上の分子種が存在する.歴史的に,この反応は膜リン脂質からのアラキドン酸の遊離,すなわち脂質メディエーターの産生(アラキドン酸代謝)との関連を中心に研究が行われてきた.著者らは,PLA2群の包括的な遺伝子改変マウスの解析にリピドミクスを展開することにより,各PLA2の新機能を解明し,これを体系化してきた.PLA2の機能は既成概念であるアラキドン酸代謝の調節にとどまらず,脂質の4 大機能(①生理活性脂質産生,②細胞膜構成成分,③エネルギー源,④体表バリア構築)全体に及ぶ.PLA2群はまさにリポクオリティ調節の鍵酵素として,生体の恒常性維持や疾患に多様に関わっている. -
ホスフォリパーゼC によるイノシトールリン脂質代謝と疾患制御
269巻13号(2019);View Description Hide DescriptionホスフォリパーゼC(PLC)は,イノシトールリン脂質のひとつであるホスファチジルイノシトール4,5-二リン酸を加水分解し,セカンドメッセンジャーを産生することでさまざまな細胞機能を調節する酵素である.哺乳動物では13 種類のPLC アイソザイムが存在し,各アイソザイムの遺伝子改変マウスの表現型よりPLC が持つ多種多様な生理機能が明らかにされてきた.本稿では,細胞増殖・分化の制御におけるPLC の重要性に着目し,表皮角化細胞や造血系・免疫細胞の分化や成熟,増殖分化制御の破綻の結果として形成されるがんにおけるPLC の役割について概説する.また,PLC 下流シグナルがとくに重要な役割を果たす神経細胞や精子の機能に焦点を絞り,細胞機能制御におけるPLC の役割についても概説する. -
ホスフォリパーゼD の癌における多様な機能
269巻13号(2019);View Description Hide Description哺乳類のホスフォリパーゼD(PLD)は,細胞膜主要構成リン脂質であるホスファチジルコリン(PC)を加水分解して,脂質性シグナル伝達分子ホスファチジン酸(PA)を産生するリン脂質代謝酵素である.1990 年代にPLD 遺伝子のクローニングが行われて以降,精力的に細胞レベルでの機能解析が行われ,PLD が制御するシグナル経路とそれによって誘起される細胞機能が明らかにされてきた.また,癌細胞を用いた解析からPLD が癌細胞の増殖や生存・浸潤・転移に関わることが示され,治療標的としても注目を集めている.さらに,近年作製されたPld ノックアウト(KO)マウスの解析によって,癌細胞を取り巻く癌微小環境におけるPLD の機能も癌の進行に深く関わることが明らかにされつつある.本稿ではPLD を介した細胞機能の制御を概説し,PLD の癌との関わりについて細胞レベルおよび個体レベルの知見をもとに紹介する.また,著者らが最近明らかにしたPLD2 の腫瘍免疫における機能についても紹介する. -
リン脂質フリッパーゼが関与する細胞・生体機能
269巻13号(2019);View Description Hide Descriptionリン脂質フリッパーゼは特定のリン脂質を細胞膜外層から内層に輸送することで,細胞膜におけるリン脂質の非対称分布を形成する.このリン脂質の非対称分布の制御により,細胞膜における極性形成,蛋白質の集積,細胞遊走,細胞分裂など多様な細胞現象に関わることから,その破綻に伴い,さまざまな細胞・個体レベルでの異常が惹起されると想定されてきた.現在までにリン脂質フリッパーゼをコードする遺伝子群の変異に伴い肝内胆汁うっ滞性疾患,神経疾患などの疾患・病態発症が報告されており,リン脂質フリッパーゼの生体における重要性が明らかになりつつある.本稿では,リン脂質フリッパーゼの細胞・生体機能および病態との関連に焦点を当てて概説したい. -
細胞膜リン脂質スクランブリングの分子機構
269巻13号(2019);View Description Hide Description細胞膜を構成するリン脂質は非対称性を有しており,ホスファチジルセリン(PS)は細胞膜内側,ホスファチジルコリン(PC)は細胞膜外側に多く分布している.PS の細胞膜内側への移行にはフリッパーゼ(P4-type ATPase)が関与しており,ATP 依存的にPS を内側に移動させている.一方で,この非対称性は生体内においてさまざまな局面で崩壊し,PS が細胞表面に露出することでシグナル分子として機能する.たとえば,活性化した血小板において細胞表面に露出したPS は血液凝固因子が活性化するための足場として機能し,止血反応に寄与する.また,死細胞において表面に露出したPS は貪食されるための“Eat-me”シグナルとして機能し,マクロファージなどの貪食細胞による認識や貪食を促進している.PSの細胞表面への露出にはスクランブラーゼが関与しており,リン脂質を区別なく双方向に移行させることでPS を細胞表面に露出する.このリン脂質のスクランブル機構に関しては,この10 年間で少しずつその分子メカニズムが理解されてきた.本稿では,それらについて概説する. -
ABC 蛋白質による脂質輸送と疾患制御
269巻13号(2019);View Description Hide Descriptionヒトの染色体上にコードされる48 のABC 蛋白質遺伝子のうち,20 近くが脂質輸送に関わっている.そして,それらの遺伝子の異常がさまざまな病気と関連している.たとえば,タンジール病の原因遺伝子として同定されたABCA1 は全身の細胞で発現しており,高密度リポ蛋白質(HDL)を形成することによって細胞内の過剰なコレステロールを肝臓へと戻し,体内のコレステロール恒常性を保つことによって動脈硬化症の発症を抑えている.最近,ABCA1 の生理的役割はそれだけでなく,細胞膜脂質二重層の外層と内層間のコレステロールの不均一分布を形成することによって,細胞の増殖や移動など,さまざまな活動を調節していることが示唆された.また,ABCA7 がAlzheimer 病のリスクと密接に関係すること,ABCA13 が統合失調症などの精神疾患と関係することなどが示唆されはじめた.ABC 蛋白質による脂質輸送と疾病制御は,新しい展開を見せはじめた. -
膜リン脂質アシル転移酵素と疾患制御
269巻13号(2019);View Description Hide Description生体膜を構成するグリセロリン脂質は数千種類と非常に多様であり,その組成は組織ごと,また同じ細胞内においても小器官ごとに特徴的であることが古くから知られている.グリセロリン脂質の多様性は,de novo 経路と脂肪酸のリモデリングの協調作用により生じることが示唆されてきたが,その分子実態は不明な点を多く残していた.近年,その多様性形成の重要なステップを担うリゾリン脂質アシル転移酵素群の分子同定が進み,加えてそのノックアウトマウスやヒトにおける突然変異の解析が行われている.それらの報告から,グリセロリン脂質に結合している脂肪酸の多様性がリゾリン脂質アシルトランスフェラーゼにより調節されていることや,さらにその破綻がさまざまな疾患のリスクとなることが明らかになりはじめている.本稿では,リゾリン脂質アシル転移酵素のノックアウトマウスの表現型を中心に,グリセロリン脂質多様性の生体恒常性維持や疾患制御における意義について紹介する. -
細胞膜での蛋白質―イノシトールリン脂質相互作用へのアシル基の関与
269巻13号(2019);View Description Hide Descriptionホスファチジルイノシトール(PI)とそのリン酸化による7 クラスの派生体を総称してイノシトールリン脂質とよぶ.これまでに,イノシトールリン脂質と相互作用する500 以上の多種多様な蛋白質が同定されている.イノシトールリン脂質は,それら蛋白質を特定の細胞膜領域へリクルートするとともにコンフォメーション変化を誘起して,酵素活性やほかの蛋白質との結合活性を調節するシグナル伝達脂質群である.イノシトールリン脂質の生理機能や病態との関連はヘッドグループの構造に基づいて解析が進んでいるが,脂肪酸部分が持つ意義についてはあまり知られていない.この点について本稿では議論する. -
リゾリン脂質代謝と疾患制御
269巻13号(2019);View Description Hide Descriptionリゾリン脂質は,リン脂質が酵素的に代謝されることによって産生される.ここ20 年あまりの研究から,リゾリン脂質のいくつかは特定の条件下において特異的な産生酵素によって産生され,細胞膜上のG蛋白質共役型受容体(GPCR)を介して脂質メディエーターとして機能することが明らかとなってきた.とくに,リゾホスファチジン酸(LPA)は6 種類のGPCR によって認識されることで,組織発達のみならずさまざまな疾患への関与が知られている.本稿では,これらリゾリン脂質の代謝と受容機構を概説した後,とくにLPA3受容体に焦点をあて,著者らの最近の研究成果も踏まえてその機能を紹介したい. -
リゾリン脂質輸送体と疾患制御
269巻13号(2019);View Description Hide Descriptionリゾリン脂質輸送体は,これまでにスフィンゴシン-1-リン酸(S1P)輸送体のSPNS2 とMFSD2B およびリゾホスファチジルコリン(LPC)輸送体のMFSD2A が同定されており,輸送体によるリゾリン脂質の細胞内外の量的制御により重要な生理機能が制御されることがわかってきた.SPNS2 は血管内皮細胞,リンパ管内皮細胞およびミクログリアからのS1P 放出の制御により,リンパ球の体内循環やがん転移,Alzheimer 病に関与する.MFSD2B は赤血球からのS1P 放出の制御により赤血球自体の形態を制御する.MFSD2A は血液-脳関門の血管内皮細胞でドコサヘキサエン酸(DHA)結合型LPC の取り込みや経細胞小胞輸送を制御することにより脳の形成や機能,血液-脳関門のバリア機能を制御する.今後,リゾリン脂質輸送体を標的とした創薬や薬物送達での応用により,リゾリン脂質輸送体の活性制御によるさまざまな疾患の制御が期待される. -
ジアシルグリセロールキナーゼによるさまざまな疾患の制御―がん,がん免疫,2 型糖尿病,精神疾患などとの関連
269巻13号(2019);View Description Hide Descriptionジアシルグリセロール(DG)キナーゼ(DGK)はDG をリン酸化してホスファチジン酸(PA)に変換する酵素である.DGK は10 種のアイソザイム(α~κ)からなる分子ファミリーであり,各DGK アイソザイムはC1 ドメインと触媒ドメインの共通領域に加えて,それぞれに特徴的な機能ドメインを持つ.各DGKアイソザイムは一部重複があるものの,プロテインキナーゼやG 蛋白質などの活性調節を介して,それぞれに特異的な機能を担っている.最近,DGK は予想以上に広範で多彩な生理機能や病態形成に関与していることが次々とわかってきた.たとえば,病態に関してはがん(DGKα,η,ι),2 型糖尿病(δ,γ),双極性障害(β,η),強迫性障害(δ),てんかん(δ,ε),Parkinson 病(θ),Huntington 病(ε),脆弱X 症候群(κ)などとの関連が報告されており,また,がん免疫増強の標的としても注目されている(α,ζ).さらに,各DGK アイソザイムはそれぞれに異なるPA 分子種を産生して特異的機能を発揮することがわかってきた. -
細胞内セラミド代謝と疾患制御
269巻13号(2019);View Description Hide Description細胞膜は細胞内外を隔てる脂質二重膜であり,セラミドはその細胞膜の脂質構成成分であるととらえられてきた.しかし,1980 年代後半から1990 年代にセラミド自体が刺激に応じて細胞内外で増加し,細胞死や分化誘導など自ら細胞生理活性を示すことが明らかとなった.2000 年代に入ると遺伝子解析技術の進歩により,その合成・分解に関わる多くの酵素群が遺伝子クローニングされ,刺激に応じたセラミド合成・分解だけでなく,セラミド自体が誘導する多岐にわたる細胞生理作用についても分子メカニズムのレベルで明らかとなった.また同時に,遺伝子改変や動物モデル作製での技術革新,臨床検体での解析により,これまで細胞レベルにとどまっていたセラミドの作用が生体でも確認され,さまざまな疾患に関連することが明らかとなった.本稿では,がんや生活習慣病などの疾患制御における脂質メディエーターとしてのセラミドの機能とその代謝について概説する. -
プラスマローゲン恒常性とその障害による疾患
269巻13号(2019);View Description Hide Descriptionエーテル型リン脂質プラスマローゲンは哺乳類の組織に広く分布するが,とくに脳に多く存在する.プラスマローゲンの生合成不全だけでなく,その減少を伴う脳機能障害も見出されている.これらプラスマローゲンの恒常性障害による疾患発症機構の解明と,恒常性を維持するための生合成と分解の機構の理解は,疾患の予防・早期発見や克服への基盤である.本稿では,これまでに明らかとなったプラスマローゲンの恒常性維持機構とその障害と疾患について概説する. -
ホスフォイノシチドによるチャネル・トランスポーターの制御
269巻13号(2019);View Description Hide Description膜蛋白質は脂質二重膜にあるという必然から,脂質との相互作用が重要であるという漠然とした考えは古くからあった.しかし,脂質といっても多様であり,どのような分子がどのような相互作用によって膜蛋白質機能を支えているのかは長い間謎であった.近年の研究の進展で,そうした膜脂質と膜蛋白質の具体的な相互作用が浮き彫りになってきた.とくに,構造生物学の解析から得られたイオンチャネルの構造中に脂質が内在している例が多く見出され,「膜脂質は蛋白質とともに膜機能分子のユニットの一部である」という概念に至りつつある.本稿では,脂質による膜機能蛋白質の制御因子としてホスフォイノシチド(PIPs)を取り上げ,イオンチャネルとトランスポーターがPIPs と相互作用する仕組みと生理的意義について概説する. -
膜リポクオリティ認識蛋白質の構造と機能
269巻13号(2019);View Description Hide Description食物に含まれる脂肪酸は,リン脂質にも脂肪酸にも取り込まれる.必須脂肪酸の存在は,食物の脂肪酸がリン脂質に反映されることを示唆する.リン脂質は,細胞の持つ脂質膜である生体膜の主要な構成成分であることから,脂肪酸の種類によってリン脂質から構成される脂質膜の性質が変化すると考えられる.しかし,脂肪酸の種類などによって変化する脂質膜の性質が,蛋白質によってどのように認識され,さらに細胞内の蛋白質が担うさまざまな生命現象に反映されるか,あまり明らかではない.本稿では,リン脂質の脂肪酸やその他脂質分子組成に依存した脂質膜の性質が,膜の曲率やリン脂質分子の間のすき間となり,どのように蛋白質によって認識されると考えられているか,とくにBAR ドメインや両親媒性ヘリックスなどを中心に述べる. -
脂肪滴の制御と疾患の関わり
269巻13号(2019);View Description Hide Description脂肪滴(LD)または油滴は中性脂質がリン脂質一重膜で覆われた構造体であり,動物,植物,酵母,細菌に至るまで細胞内に存在する.脂肪滴はかつて単なる脂質の貯蔵庫とされ,教科書の隅に記述される程度の扱いであった.しかし,この20 年間で飛躍的に研究が進み,さまざまな機能的分子をその表面に持ち,多様な生理的機能を保持することが明らかとなり,一個のオルガネラとして異なる研究分野において注目を集めている.一方,LD は肥満における脂肪細胞,アルコール性・非アルコール性脂肪性肝疾患における脂肪肝形成において顕著に発達した構造であるが,全身の細胞に存在し,病原体増殖や神経変性疾患にも関与することがわかってきた.本稿では,脂肪滴の形成・分解といった基礎的な動態において働くLD 局在分子が関与する代表的な疾患をあげ,その背景から見えてくるLD の本来の機能を紹介したい. -
自然免疫分子の活性化とオルガネラのリポクオリティ
269巻13号(2019);View Description Hide Description自然免疫は先天的に備わった免疫であり,細菌やウイルスなどの異物が有する固有の分子パターンを認識し発動する.従来,適応免疫の補助的な役割を果たすにすぎないと考えられていた自然免疫であるが,自然免疫の発動なくしては適応免疫が作動しないことが明らかになり,自然免疫の重要性がクローズアップされている.歴史的には,Toll 様受容体(TLRs)などの細胞外の異物に対するセンサー分子の研究が先行していたが,最近になり,細胞質の異物に対するセンサー分子も多数同定されて研究が爆発的に進展している.たいへん興味深いことに,これらセンサー分子が自然免疫応答シグナルを発生する場所は,かならずしも異物を認識した場所ではないことが明らかにされ,シグナルを発生するのに適した細胞内膜環境が存在することが示唆されている.本稿では,TLR4 とSTING(stimulator of interferon genes)という2 つの自然免疫分子を取り上げ,オルガネラのリポクオリティの違いにより,そのシグナルが制御されている例を紹介する. -
オキシステロール結合蛋白質ファミリーによる細胞内脂質輸送制御
269巻13号(2019);View Description Hide Description脂質はその生合成や代謝の過程,また独自の機能を発揮するうえで細胞内を正しく輸送される必要がある.細胞内脂質輸送には,輸送小胞を介する系と介さない系が存在する.小胞に依存しない細胞内脂質輸送は,脂質輸送蛋白質とよばれる一群の蛋白質が制御する.脂質輸送蛋白質は自身のリガンド結合ドメインを介してリガンド脂質を結合し,輸送すべき脂質の種類,量,場所,方向,タイミングなどをコントロールする.脂質輸送蛋白質のなかでも,オキシステロール結合蛋白質ファミリーはコレステロール,ホスファチジルセリンおよびイノシトールリン脂質をリガンドとして生体膜間の輸送を制御する.オキシステロール結合蛋白質ファミリーは細胞膜やオルガネラ膜が近接した膜接触部位に局在し,それら異なる生体膜間におけるリガンド脂質の交換輸送を制御する役割を担うことがわかってきた. - 組織のリポクオリティと疾患制御
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中枢神経系のリポクオリティ制御と疾患
269巻13号(2019);View Description Hide Description脳は最も脂質の割合が高い組織であり,また,その組成(リポクオリティ)も特殊である.脂質や糖脂質の先天性代謝異常の多くが神経疾患を引き起こすことや,食事中の脂肪酸組成と精神神経疾患の発症が相関することから,脳の特徴的なリポクオリティには重要な生理的意義があると考えられてきた.しかし,脳のリポクオリティの制御機構,生理的意義,疾患との関連に関しては,いまなお基本的な命題の多くが未解決である.特定の脂質分子の異常な蓄積によって引き起こされる疾患についてはすでに多くの優れた総説があるので,本稿では比較的最近になって発見あるいは認知され,しかもそのメカニズムが明確にはわからない(すなわち,現在の一般常識の範疇にない現象,または理論の存在を示唆する)ものを中心に取り上げてみたい. -
リポクオリティによる乾癬病態制御
269巻13号(2019);View Description Hide Description乾癬は最も頻度の高い慢性炎症性皮膚疾患のひとつである.さまざまな疫学的研究より,肥満と乾癬の重症度・発症率が相関することが明らかとなっており,摂取食事性脂質の量や各種脂質の割合がその発症率や重症度と関連していることが示唆されてきた.しかし,その分子メカニズムについては明らかではなかった.近年,乾癬の動物モデルが開発され,各種脂肪酸の摂取量,摂取バランス,その代謝物が乾癬病態に及ぼす影響,その制御メカニズムが徐々に明らかになってきた.本稿では,慢性炎症性皮膚疾患である乾癬における食事性脂質の役割について,最近の研究をもとにレビューする. -
骨格筋のリポクオリティ制御
269巻13号(2019);View Description Hide Description骨格筋は,身体活動や栄養素代謝にとどまらず人の健康全般にとって重要な臓器である.骨格筋は環境変化に応じてその機能や性質を変化させる適応力を有しており,骨格筋のリン脂質クオリティもまた,骨格筋の環境変化への適応に伴って変化する.リン脂質の代謝異常を原因とする遺伝性の筋疾患もいくつか知られており,リン脂質クオリティが骨格筋において何らかの重要な働きをすることが予想される.最近,骨格筋のリン脂質クオリティを維持・調節する分子メカニズムが少しずつ明らかになってきた.より詳細なメカニズム,リン脂質と骨格筋機能との関係が解明されれば,骨格筋研究にパラダイムシフトを起こすかもしれない. -
リポクオリティによるHDL の機能制御
269巻13号(2019);View Description Hide Description脂質を食事から吸収し,体内の必要な部位に分配するために,生体は“リポ蛋白”とよばれる粒子を用いて疎水性物質である脂質の輸送を行っており,粒子比重の小さい順に,カイロミクロン(CM),超低比重リポ蛋白(VLDL),中間比重リポ蛋白(IDL),低比重リポ蛋白(LDL),高比重リポ蛋白(HDL)に分類される.LDL に含有されるコレステロール,すなわちLDL-C は動脈硬化危険因子であり,今日ではさまざまな薬剤による治療的介入が可能となった.それにもかかわらず,動脈硬化疾患は増加の一途をたどっており,LDL-C 以外の“残余リスク”管理が重要な課題となっている.HDL は末梢組織から肝へ余剰コレステロールを逆転送させる能力を持ち,また抗炎症・抗酸化作用などの生体保護作用を発揮することが知られている.HDL 機能がそのリポクオリティによって制御されているという最近の知見から,動脈硬化疾患の新しい治療戦略の可能性について紹介したい. -
酸化リン脂質クオリティ制御の破綻による疾患とそのメカニズム
269巻13号(2019);View Description Hide Description酸化リン脂質還元酵素であるグルタチオンペルオキシダーゼ4(GPx4)の組織特異的ノックアウトマウスは,その組織にカスパーゼ非依存性の脂質酸化依存的な細胞死が誘導されるが,ビタミンE 投与により完全に抑制される.一方,そのビタミンE を低下させると再度疾患が発症する.このように,GPx4 とビタミンE による内在性の脂質酸化(オキシリポクオリティ)の制御は生存に必須である.GPx4 欠損やビタミンE 低下を伴う脂質酸化依存的細胞死は,二価鉄非依存的な脂質酸化依存的細胞死としてリポキシトーシスと名づけ,心突然死に関与していることも明らかとなった.また,リポキシトーシスの実行因子の同定により,二価鉄依存的なフェロトーシスとも異なる細胞死経路で,脂質酸化の下流で機能する分子も見出した.フェロトーシスは,変異RAS 依存的ながん細胞を特異的に殺す抗がん剤による細胞死研究から明らかとなった二価鉄依存的な脂質酸化を介した新規細胞死で,GPx4 はその制御因子としても機能する.二価鉄の生成経路であるフェリチンの分解に関与するフェリチノファジーの亢進やGPx4 の発現低下が,タバコ煙曝露により肺上皮細胞に起こり,フェロトーシスを誘発し,慢性閉塞性肺疾患(COPD)の病態形成にも深く関わっていることも明らかになってきた. -
酸化脂質クオリティの可視化と疾患制御
269巻13号(2019);View Description Hide Description不飽和脂肪酸(LH)は活性酸素や紫外線などによって容易に酸化される.そのため,酸化脂質は単なる酸化障害の結果産生した副生成物であるとも考えられてきた.しかし最近,これら脂質酸化代謝産物がさまざまな疾患で検出され,疾患発症の原因分子としても報告されはじめている.脂質は酸化されると,脂質ラジカル,脂質ペルオキシド,アルデヒド,また蛋白質との複合体など,非常に多くの酸化代謝産物を生成する.そして,これら酸化脂質はそれぞれが炎症反応などを誘発する.このように,酸化脂質が生体機能に影響することは広く認知されつつあるものの,ごく微量であり高反応性であるために,検出方法はそれほど多くない.そこで本稿では,脂質クオリティ変化として脂質酸化の起点である脂質ラジカルをターゲットとし,その蛍光検出プローブ,および疾患モデル動物,とくに光照射モデル動物を用いた脂質ラジカルの可視化,さらに疾患制御の可能性について紹介する. -
オキシステロール代謝と疾患制御
269巻13号(2019);View Description Hide Descriptionコレステロールは細胞膜の主要構成成分として,肝において毎日1 g 程度が合成され,同時にそれに相当する量が肝で胆汁酸へと異化され,最終的に体外に排泄されることでコレステロール出納はバランスを保っている.胆汁酸異化の中間産物として種々のオキシステロールが存在し,すべてのコレステロールは一過的にオキシステロールとして存在することになる.生体内で細胞内コレステロール量は細胞膜恒常性維持のために厳密に制御されており,コレステロール合成,低比重リポ蛋白質(LDL)受容体によるコレステロール取り込みは種々の制御因子による重層的なシステムにより調節されている.これらの制御因子の活性のコントロールを複数のオキシステロールが担っている.複数のオキシステロールは肝以外でも生成され,これらは各種臓器で個別の役割を果たし,最終的には肝へと輸送され異化される.本稿では,オキシステロールの産生経路,各種オキシステロールの機能とそれをモジュレートする機能分子について概説し,疾患発症との接点についても紹介する. -
グルコースと脂質間の代謝クロストークにおけるリポクオリティ―GPRC5B が形成する膜脂質ドメインによる代謝シグナル制御
269巻13号(2019);View Description Hide Description肥満は2 型糖尿病のおもなリスク因子である.肥満がどのような機構でインスリン抵抗性(IR)を引き起こすのかに関して世界的なレベルで活発な研究が展開され,多くの事柄が明らかにされてきた.肥満によるIR は,生理活性脂質が促すシグナルによりインスリンシグナルが阻害された結果であり,この過程においてグルコースと脂質の代謝クロストークが中心的な役割を担っていると考えられる.肥満によるIRに至るメカニズムは,飽和脂肪酸と不飽和脂肪酸のバランスの崩壊からはじまる.すなわち,不飽和脂肪酸が増えるとトリグリセリド(TG)の合成が活発になり,飽和脂肪酸が増えると不飽和脂肪酸の含有率が低いスフィンゴ脂質の代謝が活発になる.スフィンゴ脂質代謝の活性化は,IR の原因物質として考えられている生理活性脂質セラミドの細胞内蓄積を誘発する.著者らによる肥満関連因子GPRC5B とスフィンゴミエリン(SM)代謝に関した最近の研究から,SM 合成酵素SMS2 によりSM が生合成される過程で生じる形質膜でのジアシルグリセロール(DAG)が,IR の主役を演じる脂質の本体であることが示された. -
脂肪酸を基軸とする“代謝-免疫-疾患”スパイラルの分子機構解明
269巻13号(2019);View Description Hide Description近年,脂肪組織のみならず,がんや炎症病態などの疾患局所においても代謝-免疫システムのクロストークの重要性が明らかとなっている.免疫細胞のなかでも,T 細胞は分化段階によって細胞サイズ,増殖能,サイトカイン産生などその細胞特性が劇的に変化することから,最も代謝の影響を強く受ける細胞のひとつである.事実,ここ数年間の研究から,T 細胞は分化段階(ナイーブT 細胞→エフェクターT 細胞→記憶T 細胞)に応じて,まったく異なる代謝経路を使用していることが明らかになりつつある.本稿では,T 細胞の分化・機能獲得における代謝経路,とくに“脂肪酸代謝”の重要性について解説したい.また,著者らが発見したT 細胞分化をつかさどる脂肪酸代謝メタボリックリプログラミングのユニークな分子制御メカニズムについて,最新の知見を交えて解説する. -
蛋白質リジンアシル化修飾と疾患制御
269巻13号(2019);View Description Hide Description脂質による蛋白質翻訳後修飾は,蛋白質の局在・安定化・活性などを制御し,シグナル伝達経路などに深く関わっている.脂質修飾のうち脂肪酸アシル化では,蛋白質N 末端グリシン残基に起こるN-ミリストイル化と分子内システイン残基に起こるS-パルミトイル化が知られているが,近年,分子内リジン残基の脂肪酸アシル化が発見され,脂質修飾の新たな一分野として注目されている.しかし,アセチル化以外のリジンアシル化修飾の研究はまだ歴史が浅く,異なったアシル化修飾の役割やそれぞれのアシル化修飾の調節機構など,多くの課題が未解明である.リジンアシル化修飾は,アシル基転移酵素による“Writing”と脱アシル化酵素サーチュインによる“Erasing”によって厳密に制御されていると考えられているが,現在のところ,リジン残基に中長鎖脂肪酸アシル基を転移する酵素は知られていない.本稿ではサーチュインを中心にリジンアシル化研究の現状を概説する. - 微生物のリポクオリティと疾患制御
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腸内細菌による脂肪酸代謝と疾患制御
269巻13号(2019);View Description Hide Descriptionわれわれの腸管内には無数の腸内細菌が生息しているが,腸内細菌の脂肪酸代謝についてほとんどわかっていなかった.著者らは,植物油に広く分布しているリノール酸を基質に,腸内細菌の脂肪酸代謝能を探索したところ,好気性微生物とは異なる特異な代謝を数多く見出した.さらに,代謝に関連する酵素や中間体を特定することにより,代謝の全貌を明らかにすることに成功した.また,多種多様な中間体について,乳酸菌由来酵素を発現する形質転換大腸菌を活用して生産法および高純度化法を確立し,得られた代謝物を用いて腸管バリア機能制御,脂肪酸合成・脂質代謝制御,免疫制御,炎症抑制,抗酸化,抗菌作用などさまざまな観点から生理機能を評価し,興味深い生理機能を数多く見出した. -
A 群連鎖球菌の糖脂質によるC 型レクチン受容体を介した宿主免疫制御
269巻13号(2019);View Description Hide DescriptionA 群溶血性連鎖球菌(GAS)はself-limiting な上気道感染症や侵襲性感染症の起因菌として知られている.GAS 感染時の感染防御において自然免疫が重要とされるが,自然免疫細胞がGAS を認識する機序は解明されていない.著者らはトランスクリプトーム解析やレポーター細胞などを用いることにより自然免疫受容体であるC 型レクチン受容体Mincle がGAS を認識する受容体であることを明らかにした.さらにMincle がGAS に含まれる糖脂質モノグルコシルジアシルグリセロール(MGDG)を認識し,マウスの感染実験から感染防御に必要であることがわかった.一方,GAS はMincle に結合能を有する糖脂質ジグルコシルジアシルグリセロール(DGDG)も産生し,MGDG-Mincle により誘導される活性を阻害した.とくに,DGDG/MGDG 比の高いGAS 菌株ではMincle を介した免疫応答が阻害されることが明らかとなり,GAS は保有する糖脂質のリポクオリティを変化させることにより,宿主の免疫応答を制御している可能性が示唆された. -
宿主スフィンゴ脂質とヒト病原体との相互作用
269巻13号(2019);View Description Hide Descriptionスフィンゴ脂質は,真核生物に普遍的に存在する膜脂質のひとつである.スフィンゴ脂質の代謝物は細胞の分化や増殖,細胞死などを調節する.また,形質膜上でコレステロールとともに“脂質ラフト”と総称する膜マイクロドメインを形成し,その物性に基づいて特定の蛋白質を集積させ,細胞内小胞輸送や細胞応答に関わる機構として,多様な生命現象に関与すると考えられている.さらに,さまざまな病原体が宿主細胞の膜受容体としてスフィンゴ脂質を利用すること,脂質ラフトが病原体感染時の情報伝達の場に利用されることなど,スフィンゴ脂質は感染症にも深く関わることが明らかになっている.本稿では,宿主細胞の産生するスフィンゴ脂質の病原体受容体としての機能および宿主細胞内での病原体増殖における役割ついて紹介する. -
脂質代謝と寄生適応戦略―赤痢アメーバの硫酸代謝の特殊性
269巻13号(2019);View Description Hide Description硫酸代謝は生物界に普遍的に存在する重要な代謝経路である.ヒトにアメーバ赤痢を引き起こす寄生原虫“赤痢アメーバ”の場合,硫酸代謝が含硫脂質代謝に特化しており,コレステロール硫酸とfattyalcohol disulfates が合成される.これら含硫脂質の機能解析の結果,fatty alcohol disulfates が栄養体期の原虫の生存に,コレステロール硫酸がステージ移行であるシスト形成制御に重要な分子であることが明らかになった.つまり,含硫脂質は赤痢アメーバの生活環を通じて重要な代謝産物であり,含硫脂質合成経路は生活環の維持,つまり“寄生適応”と密接に関係がある代謝経路であるといえる.また,本代謝経路は治療薬や伝播阻止薬の有用な標的となることが期待されており,本稿ではこれまでの全容解明に向けた取り組み,そして今後の課題について紹介する. - リポクオリティ分析系と応用
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リポクオリティの違いを捉えるノンターゲット脂質解析
269巻13号(2019);View Description Hide Description近年,液体クロマトグラフィタンデム型質量分析(LC-MS/MS)の進歩により,一度の分析で数千の生体内脂質種が検出可能になってきた.一方,得られた測定データをどのように解析し,信頼性の高い代謝物の定性・定量結果を得るかといった課題が多く残されており,リピドミクスを用いた脂質生化学研究のための実験計画法ならびにデータ解析システムの研究開発が必須である.本稿では,脂質のノンバイアスかつ包括的な解析(ノンターゲット脂質解析)を行ううえで重要となる,①脂質代謝物の定量情報の標準化,②質量分析より得られたMS/MS スペクトルから脂質アノテーションを行うための方法論,③insilico MS/MS データベースを用いた生体内脂質プロファイリングの例を紹介する.本稿で紹介する解析プログラム(MS-DIAL,MS-FINDER)およびデータベースについては,理化学研究所のPRIMe のウェブサイト(http://prime.psc.riken.jp/)より利用可能である. -
組織リポクオリティのマスイメージング
269巻13号(2019);View Description Hide Descriptionマスイメージングは,質量分析技術と顕微鏡技術を組み合わせることによって,ラベルフリーで分子種の空間的分布を明らかにすることができる画期的な技術である.この技術によって従来では限られていた,さまざまなリポクオリティのイメージングが可能となった.また,近年の質量分析技術の発展は非常にめざましいものがあり,これと組み合わせることによってマスイメージングについてもあらたな知見が次々に得られている.本稿では,さまざまなリポクオリティを形態学的に可視化できる唯一の手法であるマスイメージングで現在おもに行われている3 種類の手法〔①マトリックス支援レーザー脱離イオン化法(MALDI),②脱離エレクトロスプレーイオン化法(DESI),③二次イオン質量分析法(SIMS)〕について紹介し,それぞれのリポクオリティに関する近年の知見について,著者らの成果を中心に述べる.また近年リリースされたマスイメージング解析ソフトウェアであるIMAGEREVEALTM MSについても紹介する. -
臨床検査におけるリポクオリティ
269巻13号(2019);View Description Hide Description現在,臨床検査にて臨床応用されている脂質検査は,脂質の“量”に着目したものが多い.しかし,現在の臨床検査で用いられている脂質検査は,動脈硬化性疾患を除けば,いまだ疾患の診断能・予測能が十分ではなく,新しく脂質の“質”に着目した臨床検査(リポクオリティ関連検査)の開発が求められている.リポクオリティ関連検査の候補としては,①脂質の細分類,②脂質の運搬形態,③脂質の分子種,があげられる.このうち脂肪酸の分子種(ω-3 脂肪酸/ω-6 脂肪酸比)が臨床検査に導入される可能性が一番高いが,リゾリン脂質に代表される新しい生理活性脂質も疾患関連バイオマーカーとなりうることが最近の臨床研究でわかってきた.今後,質量分析計の精度向上などにより,リポクオリティ関連検査の臨床検査への導入が期待されている. -
血中脂肪酸バランスと疾患リスク(久山町研究)
269巻13号(2019);View Description Hide Description海外の疫学調査や臨床研究において,n-3 系脂肪酸の摂取増加により心血管病の発症リスクが低下することが報告されている.一方,わが国の地域住民を対象に血清エイコサペンタエン酸/アラキドン酸(EPA/AA)比とこれらの疾患との関係を検討した疫学研究はきわめて少ない.そこで福岡県糟屋郡久山町の地域住民を対象とした疫学研究(久山町研究)の成績をもとに,血清EPA/AA 比と心血管病発症との関係を検討した.血清EPA/AA 比の中央値0.41(四分位範囲0.29-0.59)であった.高感度C 反応性蛋白(CRP)1.0 mg/L 以上を呈する心血管病発症の高リスク群において,血清EPA/AA 比の低下に伴い心血管病の発症リスクは有意に増加した(傾向性p 値=0.002).さらに,血清EPA/AA 比の低下に伴い,悪性腫瘍死亡および抑うつ症状を有するリスクは有意に上昇した(傾向性p 値<0.05).血清EPA/AA 比はEPA 摂取量に依存することから,EPA を多く含む食物の摂取を促すことは,将来の心血管病や悪性腫瘍,抑うつ症状を予防するうえで重要であることが示唆される.
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