医学のあゆみ

高血圧治療ガイドライン2019（JSH2019）は，国際標準に従いクリニカルクエスチョン（CQ）に対する推奨を提唱するとともに，教科書的な解説を採用している．JSH2014 と比較して変更した主な内容は以下のとおりである．①水銀血圧計使用が推奨されなくなった．②血圧分類が変更され“正常血圧”が120/80 mmHg未満になったことや“正常高値血圧”“高値血圧”などの新しい分類が提唱され，また診察室血圧と家庭血圧の対比における数値の変更が示された．③脳心血管病のリスク層別化に関する概念と，項目の変更および高血圧管理計画が変更された．④一般成人，高齢者，冠動脈疾患，両側頸動脈狭窄がなく脳主幹動脈閉塞がない脳血管障害者の降圧目標が厳格化した．⑤蛋白尿のない糖尿病患者への第一選択薬をレニン・アンジオテンシン（RA）系阻害薬，カルシウム（Ca）拮抗薬，利尿薬に設定した．⑥フレイル，要介護，エンドオブライフにある高齢者に対する高血圧治療に関して記載した．⑦妊娠に関連した高血圧分類を変更した．⑧高血圧管理の向上に向けた取り組みと今後の展望などの追記した．これらは新しいエビデンスとともに改定され，高血圧克服への提言でもある．

高血圧は脳心血管病の最大の危険因子であり，血圧の治療管理の有用性が多くの疫学研究から明らかになっている．また，血圧の正確な測定は高血圧治療管理の根幹である．「高血圧治療ガイドライン2019（JSH2019）」では，わが国発のエビデンスを中心に高血圧の疫学的知見をコンパクトにまとめて，わかりやすく提示している．また，高値血圧の概念が導入され，高血圧に至らないが高いリスクのある対象者への適切な指導・治療加入の必要性が述べられている．家庭血圧に基づいた血圧区分も新たに加わり，医療従事者による患者の家庭血圧測定環境や手技の確認・指導の重要性が述べられるなど，高血圧の診断・治療の根拠としての家庭血圧測定の有用性がいっそう強調されている．また診察室血圧測定として，水銀血圧計の代わりに十分に訓練された検者による電子圧力柱血圧計を用いた聴診法での測定と，上腕式自動血圧計による測定を推奨している．

2017 年にアメリカ（ACC/AHA2017），2018 年にヨーロッパ（ESH/ESH2018）に続き，2019 年に日本の高血圧治療ガイドライン（JSH2019）が改訂された．ACC/AHA2017 では定量的なリスク評価が取り入れられるとともに，高血圧の基準が130/80 mmHg に下げられ，基本的に130/80 mmHg 未満を目標とした積極的な降圧治療が推奨されている．これに対し，ESH/ESH2018 とJSH2019 では，高血圧の基準は140/90 mmHg にとどめられ，予後影響因子によりリスクを層別化して降圧治療を進める方針が示されている．非薬物療法のなかでACC/AHA2017 では運動療法について具体的な運動の種類や期待される降圧効果などより詳細に示されている．降圧薬治療ではサイアザイド利尿薬，カルシウム拮抗薬（CCB），アンジオテンシン変換酵素（ACE）阻害薬，アンジオテンシンⅡ受容体拮抗薬（ARB）を中心とし，20/10 mmHg 以上降圧する場合には積極的に合剤による併用療法を行う方針は日米欧に共通する．

高血圧治療ガイドライン2019（JHS2019）において，脳血管障害慢性期の降圧目標は臨床病型にかかわらず130/80 mmHg 未満とされた．ただし，症候性の両側頸動脈高度狭窄（70％以上），脳主幹動脈閉塞および未評価の場合，脳虚血をきたすリスクが高いため，降圧目標は140/90 mmHg 未満とされた．脳血管障害慢性期にはカルシウム（Ca）拮抗薬，アンジオテンシン変換酵素（ACE）阻害薬，アンジオテンシンⅡ受容体拮抗薬（ARB），利尿薬が第一選択薬となる．冠動脈疾患（CAD）の降圧目標はCAD の二次予防のみならず，その他の脳血管疾患や心不全の発症抑制も鑑みて130/80 mmHg 未満とされた．左室駆出率の低下した心不全（HFrEF）では，血圧レベルにかかわらず個々の病態に応じて心保護，QOL 改善，心不全再入院抑制・予後改善のために，最大忍容量のレニン・アンジオテンシン（RA）系阻害薬＋β遮断薬＋利尿薬＋ミネラルコルチコイド受容体（MR）拮抗薬による治療を行うため，一概に降圧目標は定められなかった．左室駆出率の保たれた心不全（HFpEF）では，心不全再入院抑制のために利尿薬を中心とした降圧治療で，収縮期血圧130 mmHg 未満を目標とする．

腎障害の成因，臨床的意義が変化している．近年，軽度腎機能低下やアルブミン尿などの検尿異常を呈すると，腎不全への進行のみならず心筋梗塞，脳卒中などの心血管疾患（CVD）を高率に発症することが判明した1,2）．慢性腎臓病（CKD）は国民の健康寿命を毀損する重大な病態である3）．高血圧，糖尿病，メタボリックシンドロームなどの生活習慣病，加齢がCKD の病因に関与する．それゆえ，わが国では今後もいっそうの増加が危惧されている．糖尿病合併の有無によって降圧目標と推奨される降圧薬が異なることから，本稿では糖尿病非合併のCKD と糖尿病合併例を分けて記述する．

高血圧治療ガイドライン2019（JSH2019）の第7 章は「他疾患を合併する高血圧」に割り当てられ，糖尿病などの代謝性疾患，呼吸器疾患，肝疾患などを合併した高血圧管理の指針が述べられている．わが国の糖尿病は耐糖能障害を含めて2,000 万人，高血圧は4,300 万人と推定され，両者の合併も多い．そして，糖尿病と高血圧の併存は心血管疾患をはじめとする合併症の発症を増加させ，予後を悪化させる．これらの予防には糖尿病では集学的管理が必要であり，高血圧では厳格な降圧が求められる．JSH2019 での糖尿病合併高血圧の降圧目標値は，わが国で実施されたJDOIT－3 の成果を取り入れ，130／80 mmHg 未満とした．また，今回新たに実施したシステマティックレビュー（SR）の結果から糖尿病合併高血圧の第一選択薬は，微量アルブミン尿・蛋白尿がない場合には，①アンジオテンシン変換酵素（ACE）阻害薬，②アンジオテンシンⅡ受容体拮抗薬（ARB），③カルシウム（Ca）拮抗薬，④利尿薬の4 種から，微量アルブミン尿・蛋白尿が併存するときにはACE 阻害薬，ARB から選択することを推奨した．これらは先行した欧米のガイドライン（ACC/AHA2017，ESH2018）とほぼ同様の降圧目標値，選択薬となっているが，JSH2019 では，より簡便で利用しやすいガイドラインとなっている．

高血圧は脳卒中や心疾患の最大の危険因子であり，その制圧は超高齢社会のわが国ではとくに大きな課題のひとつといえる．2015 年に発表されたSPRINT 研究ではより低い降圧目標が提唱され，その結果を色濃く反映したガイドライン（ACC/AHA2017）が2017 年にアメリカから発表された．また2018 年，ヨーロッパからも「ESC/ESH2018」が発表され，2019 年4 月には日本高血圧学会から「高血圧治療ガイドライン2019（JSH2019）」が発刊された．高血圧は心疾患や脳卒中に対する最大の危険因子であることは周知のことであるが，高齢者高血圧と認知症に対する降圧治療のエビデンスはいまだ不十分な状態であり，さらなる検討を要するのが現状である．本稿では発展途上の段階ではあるが，高齢者高血圧と認知機能障害や認知症に対する現在の知見を，認知機能低下や認知症の発症予防や進展抑制の観点から紹介し，これらに関する降圧治療について日欧米における最新のガイドラインを概説する．

ミネラルコルチコイド受容体（MR）拮抗薬は，アルドステロン作用を阻害し降圧作用を有する．ステロイド骨格を有するスピロノラクトン（SPL），エプレレノン（EPL）に加え，ステロイド骨格を有さない新規MR 拮抗薬のエサキセレノンが，このたび新たにわが国で使用可能となった．MR 拮抗薬は心血管・腎の保護作用を有し，原発性アルドステロン症（PA）や治療抵抗性高血圧，慢心心不全に対してのみならず“MR 関連高血圧”といった病態に対する有用性が注目されている．また，糖尿病合併高血圧におけるSGLT2 阻害薬の降圧作用・臓器保護作用が広く認知されるようになり，さらに慢性心不全を合併した高血圧治療におけるアンジオテンシンⅡ受容体拮抗薬（ARB）とネプリライシン（NEP）阻害薬の両者の骨格を持つ薬剤（ARNI）の臨床応用が間近となっている．本稿ではこれらの薬剤の特徴を解説し，病態に合わせた薬剤の適正使用の実践と，高血圧治療における臨床イナーシャを克服していくことの重要性について概説する．

高血圧は循環器疾患の最大のリスク因子のひとつである．しかし，リアルワールドでは高血圧の制圧はまだまだ不十分である．近年，薬物治療の残余リスクを低下させる新規高血圧治療として，デバイス治療が注目されている．なかでも，最も臨床に一番近いものが，腎デナベーション（RDN）治療である．RDN は，革新的デバイスを用いて経カテーテル的に腎動脈血管内から腎交感神経を除神経し，神経調節機構を修飾する“ニューロモジュレーション治療”である．近年，3 つの国際多施設・無作為シャム手技コントロール比較試験で，明確な24 時間降圧効果が証明されて以降，RDN の臨床導入への期待が大きく盛り上がっている．RDNは降圧薬のアドヒアランスの影響を受けず，薬物治療の弱点である夜間・早朝高血圧も有意にコントロールする．したがって，RDN は単なる降圧にとどまらず，より有効な循環器疾患のイベント抑制効果が期待される．

糖尿病合併高血圧は高血圧患者の50％を占め，糖尿病患者の50％を占める．両者の合併は単独に比べて心血管疾患リスクを2 倍以上に高める．糖尿病合併高血圧では，非糖尿病合併例に比べて厳格な血圧コントロールが必要となる．厳格な血圧コントロールができてはじめて心血管疾患合併症を減らすことができる．2014 年に，糖尿病薬としてsodium－glucose co－transporter 2（SGLT2）阻害薬が新たに加わった．SGLT2は腎の近位尿細管に発現し，グルコース再吸収の90％を担っている．SGLT2 阻害薬はこれを選択的に阻害して，グルコース再吸収を抑制することによって尿糖排泄を増加させて血糖値を下げる．SGLT2 阻害薬には血糖降下作用以外にも，体重減少や血圧低下が期待され，すでに20 を超えるメタ解析で証明されつつある．SGLT2 阻害薬は糖尿病治療薬でありながら，糖尿病合併高血圧における血糖コントロールのみならず厳格な血圧コントロールにも有用で，糖尿病合併高血圧における心血管疾患リスクを減らす効果が期待できる．

数値データである血圧値は，インターネット機器によるデータ収集とビックデータ化，人工知能（AI）による解析，アプリを介した管理などのデジタル技術と相性がよい．現在進行中のデジタル技術の飛躍的進歩により，血圧データの精密解析が可能となり，これまでにない健康情報・予後情報が得られると期待される．技術革新の結果もたらされる，新しい高血圧診療による高血圧の制圧をめざして，日本高血圧学会では2018年に，“みらい医療”計画（JSH Future Plan）を発表した．「良い血圧で健やか100 年人生～Good Blood Pressurefor Lively 100 Years～」をスローガンとし，「高血圧の国民を10 年間で700 万人減らし，健康寿命を延ばす」ことを国民に対して誓っている．高血圧制圧のための3 つの柱として，①医療システム：生涯にわたる高血圧診療システムの構築，②学術研究：高血圧研究の推進，③社会啓発：国民が血圧管理に自ら取り組む社会づくり，を掲げ，その実現に向けたタスクフォースを立ち上げ，“みらい医療”実現に向けた活動を展開している．

◎著者が高機能患者シミュレータをはじめて見たのは，2001 年イングランド北部ハロゲートという町で開催された医療機器の展示会（AMBEX）の会場である．そこで開発中のSimMan の試作品が展示されていた．パソコン画面にさまざまな生体情報が表示され，そのパソコンからシミュレータを操作することが可能であること，呼吸や脈拍を直接とることができること，気管挿管が実施可能なことに加えて挿管困難な状態にできること，などなどに非常の驚いたことを覚えている（図1）．その後，外傷初期診療標準コース（JATECTMコース），東京医科歯科大学での学生実習，アメリカ医師会が主催する災害医療標準研修コース（National DisasterLife Support），全国医学生を対象としたカリスマ救急医養成セミナーin 医科歯科などで，高機能患者シミュレータをおおいに活用している（図2）．本稿では，高機能患者シミュレータのうち，現在最も広く普及しているHPS（CAE Healthcare 社製）とSimMan3G（Laerdal 社製）を紹介する．

高血圧治療の目的は，高血圧の持続によってもたらされる脳心血管病の発症・進展・再発を抑制することである．治療の基本は生活習慣修正および薬物治療である．生活習慣のなかでは減塩が最も重視されており，運動は忘れられがちである．運動に関しては有酸素運動の降圧効果は確立されているが，運動強度に関するエビデンスは少ない．定期的な運動は日常生活のなかでの身体活動度を増加させることも含め，生活習慣修正改善に大きく貢献する．運動が降圧を生じうる機序として，交感神経系を抑制することと，ナトリウム利尿作用が示されている．また，局所アンジオテンシン系抑制や抗酸化・抗炎症効果なども示唆されている．しかし，現代の医療現場では，運動について具体的に“処方”することはできず，降圧薬に頼ることが多い．一方，心臓リハビリテーションにおいては運動療法が積極に行われるようになってきている．高血圧治療としての運動について，積極的な取り組みを行うシステムづくりが必要であろう．