医学のあゆみ
Volume 272, Issue 13, 2020
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特集 不整脈のPrecision medicine
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ブルガダ症候群のPresicion medicine─多施設登録遺伝子研究から
272巻13号(2020);View Description Hide Descriptionブルガダ(Brugada)症候群は右脚ブロックを示しながらQRS 幅は正常かつV1-V3 で恒常的にST 上昇を認め,致死性の心室性不整脈を認める疾患群として,1992 年にブルガダ兄弟らにより報告された1).その診断はⅠ群薬を用いた薬剤負荷の有無にかかわらず,第2~4 肋間のV1,V2 誘導で2 mm 以上,type 1(いわゆるcoved 型)のST 上昇を伴う場合に診断され,以前のようにtype 2 やtype 3 などsaddle back pattern やST 上昇の具合が2 mm 未満の場合は診断されない2).周知のように,青年期に致死性の心室性不整脈,突然死を起こすブルガダ症候群に対する治療法は植込み型除細動器(ICD)の植込みである.しかし,ICD 植込みには誤作動や機器不全が避けられないため3),必要な症例を,より正しく選ぶためのリスクの層別化が重要である.QT 延長症候群はgenotype-phenotype correlation が強いため,遺伝子変異を明らかにすることにより有効な治療法が変わる,遺伝性不整脈はprecision medicine の走りと思われる.本稿では遺伝性不整脈であるブルガダ症候群の多施設登録遺伝子研究から,ブルガダ症候群の遺伝子結果をどのようにprecision medicineに落とし込むかを考えたい. -
ブルガダ症候群のPrecision medicine─臨床リスク評価の立場から
272巻13号(2020);View Description Hide Descriptionブルガダ(Brugada)症候群はポックリ病ともいわれ,青年期から中年期にかけての突然死の原因として重要である.特異な心電図波形から注目され,さまざまな知見が報告されている.心室細動既往あるいは不整脈原性失神を有する例では再発リスクが高く,植込み型除細動器(ICD)治療が必須である.一方,無症候例では確実なリスク評価法が定まっておらず,さまざまな臨床所見,心電図所見,電気生理学検査などを組み合わせてリスク評価を行う必要がある.なかでも,自然発生タイプ1 心電図(J 点が0.2 mV 以上のコブド型波形)は,多くの研究で予後との関連がみられている.その他,QRS 棘波,早期再分極(J 波),T 波頂点~T 波終末部間隔(TpTe 間隔)などもリスク評価の所見として有用であることが報告されている.ブルガダ症候群の遺伝子変異は心筋Na チャネル変異が1~2 割の例で同定されるが,この変異を有するものは,より心室細動リスクが高いことがわが国の多施設研究で明らかとなっている.とくに症状のない例ではさまざまなリスク因子を検討し,予防的ICD 植込みの適否を検討する必要がある. -
先天性QT 延長症候群のPrecision medicine─日本人におけるLQTS 多施設登録研究より
272巻13号(2020);View Description Hide Description先天性QT 延長症候群(LQTS)は,遺伝子型と病態との関係がこれまでの多くの研究によって解明されてきた.LQTS の診断は臨床所見,すなわち心電図のQT 時間や症状,家族歴などが重要である.先天性LQTS の約7 割を占めるLQT1~3 型については,遺伝子型のみならず遺伝子の変異部位などが疾患の重症度に関係することがわかってきたが,遺伝子変異や多型は人種による違いもあり,日本人におけるエビデンスが必要である.今回著者らは,日本人における先天性LQTS の遺伝子型・変異部位と心イベントの関連を報告し,LQTS の病態・予後予測には遺伝子だけではなく年齢や性別による違いを考慮することの重要性が明らかとなった.本結果をもとに,日本人LQTS 患者の突然死を予防するための生活指導,薬物治療や非薬物治療をより適切に実施することは,循環器診療におけるprecision medicine のモデルケースとも考えられる. -
先天性QT 延長症候群のPrecision medicine─臨床リスク評価の立場から
272巻13号(2020);View Description Hide DescriptionQT 延長症候群(LQTS)では,これまでの遺伝子型-表現型解析研究により遺伝子型別の臨床的特徴が明らかにされている.遺伝子型により,安静時,運動負荷時,およびカテコラミン負荷時の心電図所見,心イベントの誘因など異なる.心イベント(失神,心停止,突然死など)の重要な発症予測因子は遺伝子型と修正QT間隔(QTc)であり,心イベント発症の高リスク群はQTc≧500 ms を認める症例である.一方,低リスク群はQTc<500 ms の症例のうち,13 歳未満の女性LQT1,13 歳以上の男性LQT1,男性LQT2,遺伝子変異を有する潜在性の症例などである.すべてのLQTS に対する第一選択薬はβ遮断薬であるが,その有効性は遺伝子型によって異なる.その他,LQT2 ではカリウムの補充が,LQT3 ではメキシレチンが心イベント発症予防に有効である.このように,先天性LQTS は個別化医療の実践が可能な症候群である. -
カテコラミン誘発多形性心室頻拍のPrecision medicine
272巻13号(2020);View Description Hide Descriptionカテコラミン誘発多形性心室頻拍(CPVT)は,若年者に心臓突然死をきたす遺伝性不整脈疾患である.突然死予防のためには早期診断と早期の治療開始が重要である.しかし,CPVT 患者の安静時心電図はほぼ正常であるため,発症前診断は難しい.早期診断のためには,失神などの初期症状出現時に必要な臨床検査を実施する必要がある.主な原因は心筋リアノジンチャネルをコードする遺伝子,RYR2 の変異である.次世代シークエンサーを用いることにより,CPVT の遺伝子解析は容易になってきているが,同定される変異の解釈には注意が必要である.遺伝子解析を臨床検査と併用することで,CPVT の早期診断を効率的に行うことができる. -
心房細動のPrecision medicine─ゲノム情報・AI を用いたアプローチ
272巻13号(2020);View Description Hide Description心房細動は高齢者で発症率が高く,高頻度に脳梗塞を合併することから,超高齢化社会を迎えたわが国ではその対策が喫緊の課題となっている.とくに,潜在性心房細動は脳梗塞の約1/3 を占める塞栓源不明の脳塞栓(ESUS)の原因となるが,ほとんどが発作性であり,半数近くが無症状であることから,その検出方法がない.そこで,ゲノム情報や人工知能(AI)を用いたprecision medicine の利用が期待される.本稿では,心房細動のprecision medicine の取り組みにおける現状を概説する. -
遺伝性不整脈のPrecision medicine─次世代シーケンサを用いたアプローチ
272巻13号(2020);View Description Hide Description長年にわたる症例の蓄積と最近の遺伝子解析手法の発達により,遺伝性不整脈の遺伝学研究は進歩し続けている.QT 延長症候群(LQTS)は遺伝子型と表現型が合致するため,リスク予測や治療法判定に反映される遺伝子検査は保険償還の対象で,precision medicine に貢献するクリニカルシーケンスの好例である.しかし,その他の遺伝性不整脈では家系内のカスケードスクリーニングにより家族のリスク予知が可能である点は重要だが,LQTS ほど明確な有効性があるわけではない.とくに,次世代シーケンサによって見出されるバリアントは概して十分なエビデンスを持たない意義不明バリアント(VUS)で,これらとprecision medicineやクリニカルシーケンスには現時点で大きな隔たりがある.本稿では,precision medicine を見据えた現時点における次世代シーケンサによる遺伝性不整脈の解析法の有効性と限界をまとめた. -
不整脈のPrecision medicine─iPS 細胞を用いたアプローチ
272巻13号(2020);View Description Hide Descriptionさまざまな循環器疾患のなかでも致死性不整脈疾患の多くは特異的な治療方法は開発されていない.それらの疾患の多くは何らかの遺伝素因によることが知られ,遺伝子解析などにより原因となる遺伝子変異の同定が進んできている.これらの疾患の病態解明と治療方法開発のために,遺伝子改変マウスなどさまざまな研究がなされてきたが,ヒト疾患を再現できたモデルがなく,研究が進んでいなかった.人工多能性幹細胞(iPS 細胞)は体細胞から樹立可能であり,心筋細胞を含むあらゆる細胞に分化可能である.患者体細胞から樹立されたiPS 細胞は,患者の遺伝情報をすべて有している.患者iPS 細胞をさまざまな細胞に分化させることにより病気表現型が再現され,培養皿上で容易に扱える疾患モデルとなる.現在は,病態解明と新規治療方法の開発に向けた研究が活発に行われている.また,疾患iPS 細胞は患者病態を再現することより,未知の遺伝子変異・多型の解析や薬剤反応性の検討が可能であり,precision medicine へ応用されることが期待されている.
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連載
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- 診療ガイドラインの作成方法と活用方法 16
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ビッグデータは診療ガイドラインのエビデンスになるのか?
272巻13号(2020);View Description Hide Description本稿は“ビッグデータ”を診療ガイドライン作成のなかで活用するための方法について紹介する.診療ガイドライン作成過程において,まずは,個々の研究のバイアスリスクが評価されるが,ビッグデータから得られるエビデンスは,多くの場合,観察研究に分類されることになる.個々の観察研究のバイアスリスクに対する評価方法には,日本医療機能評価機構の示すもののほかにRisk Of Bias In Non-randomised StudiesofInterventions(ROBINS-I)がある.これらを用いたバイアスリスクを評価した後に,エビデンス総体の確実性を評価し,推奨作成のための資料とする.日本においてもすでにビッグデータを用いた診療ガイドラインの作成が実施されているだけでなく,ビッグデータを収集・蓄積する仕組みを用いた診療ガイドラインの評価も進められている.今後,ビッグデータをエビデンスとして用いる診療ガイドライン作成の事例が蓄積され,議論が深まることで,ビッグデータの活用が,より一層進められることが期待される. - 老化研究の進歩 5
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DNA 損傷応答と老化
272巻13号(2020);View Description Hide Description老化は,フレイルや老年病発症の重大なリスクファクターのひとつである.老化速度が促進し,比較的若年期より種々の老年病を発症し短寿命の早老症・早期老化症の原因遺伝子が同定され,DNA 修復およびDNA の安定化機構の破綻と老化の関係が持ち上がってきた.早老症・早期老化症患者のみならず,一般の高齢者においてもDNA 損傷が蓄積することが明らかになり,DNA 損傷,DNA 損傷応答が老化を促進しているという仮設が提唱されてきた.DNA 損傷に応答したDNA 損傷応答は,アポトーシス,細胞老化,細胞老化付随分泌現象(SASP)を引き起こすが,これらはがん抑制メカニズムとして作用する.一方,早期老化症モデルマウスや老齢マウスを用いた研究から,DNA 損傷応答によって引き起こされるアポトーシス,細胞老化,SASP が老化にも大きく関与することが明らかになってきた.
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TOPICS
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- 生化学・分子生物学
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- 神経精神医学
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- 社会医学
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FORUM
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- 日本型セルフケアへのあゆみ 4
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がんの在宅療養─家で,快適に,人生を有意義にする療養をめざして
272巻13号(2020);View Description Hide Description● 外科治療や薬物治療を組み合わせる集学的治療や,分子標的薬や免疫療法などの新規治療法の進歩により,進行がんにおいても生存率が向上している.最近ではがんの外来患者数は入院患者数を大きく上回り,がん療養の中心は病院から家へと変化してきている.● こうした背景から,“家で,快適に,人生を豊かにする”がん療養を求める声が強くなっており,在宅療養に関する情報を患者家族・医療従事者・介護福祉スタッフへ発信するプラットフォームとして「がんの在宅療養」などのウェブサイトが注目されている.● 広く国民に正しい情報が提供されることが望まれるが,患者のなかには,インターネットにアクセスする方法を知らない方や,手段がない方も多くいる.周囲の方々が積極的に患者の理解を助けることもまた重要である. - 対話―ダイアローグのはじめかた 7
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