医学のあゆみ
Volume 274, Issue 8, 2020
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特集 急速に変わる緩和ケア─薬物療法の進歩からアドバンスケアプランニングまで
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変わるがん疼痛の治療─WHOがん疼痛ガイドラインの改訂を中心に
274巻8号(2020);View Description Hide Description1986 年,1996 年にWorld Health Organization(WHO)が出したがん疼痛ガイドラインである“CancerPain Relief”のなかで紹介されたWHO の“鎮痛薬使用の5 原則”と“3 段階除痛ラダー”はがん疼痛治療のスタンダードとして,30 年以上にわたり世界中で利用されてきた.2019 年に,このガイドラインが全面的に改訂された.今回の改訂により,ガイドラインの内容はevidence-based となるよう一新され,がん疼痛の薬物療法だけでなく,放射線療法に関する記載も追加された.そして,この5 原則のなかの3 段階除痛ラダーが削除される大きな変更があった.3 段階除痛ラダーは,今なおがん疼痛治療の基本的な方法として有用だが,エビデンスの蓄積,鎮痛薬や実臨床の変化に対応し,より個別化を重視した内容に書き換えられた.本稿では,新しいガイドラインの変更点とガイドラインを読み解くうえで重要なポイントを概説する. -
がん疼痛に対する新規治療薬
274巻8号(2020);View Description Hide Description近年,がん疼痛に対する新しいオピオイド鎮痛薬としてヒドロモルフォン,鎮痛補助薬としてミロガバリン,ラコサミドが使用できるようになった.ミロガバリンやラコサミドはがんによる神経障害性疼痛に対して,まだエビデンスがほとんどない.しかし,副作用の少ない新しい鎮痛補助薬として期待されている.がん治療が入院から外来へシフトしてきたことにより,がん患者はがん疼痛治療を行いながら社会生活を送るようになってきている.また高齢化に伴い,併存疾患を抱えたままがん疼痛治療を行う患者も増えてきている.がん疼痛治療薬によって,気がつかないうちに患者の内服負担や眠気,薬物相互作用による薬物有害事象などを引き起こしている可能性がある.そのため,ただ痛みをとるだけでなく,患者が病院の外でどのような生活をしているかに目を向け,患者の生活スタイルに合わせてがん疼痛治療薬を選択することが重要である. -
呼吸困難の緩和治療─モルヒネは本当に効くのか
274巻8号(2020);View Description Hide Description呼吸困難は,がんならびに非がん慢性進行性疾患において合併頻度が高く,患者・家族へもたらす苦痛・影響も大きい.呼吸困難に関して,包括的な概念として“chronic breathlessness syndrome”が国際的に提案されている.従来,呼吸困難の症状緩和治療の第一選択として,モルヒネをはじめとしたオピオイドが使用されてきたが,最近,chronic breathlessness syndrome に対するオピオイドの効果を検証するための臨床試験が複数執り行われ,オピオイドはプラセボを上回る効果を示せないという結果が相次いだ.しかし,それらの試験はいずれも試験デザイン上の懸念が指摘でき,その結果を受けてオピオイドが無効とは結論づけられない.今後,臨床現場における呼吸困難治療の道しるべとなるよう,また呼吸困難に対するオピオイドの効果に関するエビデンスを創出できるよう,臨床試験を行っていく必要がある. -
アドバンスケアプランニング─本当の意味
274巻8号(2020);View Description Hide Description近年,国際的にアドバンスケアプランニング(ACP)の実践や研究,教育が推進されている.過去数十年間のうちにACP の指すものが,事前指示書を記載することから,本人・家族などと医療福祉従事者の間で本人の価値観をもとに今後の医療・ケアについて話し合っていくプロセスに大きく重点が移ってきた.国内でも厚生労働省が“人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン”の解説編でACPについて言及し,全国でACP 啓発の動きが広がっている.本稿では,まずACP についての国際的な概念の経緯を概説する.次に,国内で議論するべきことや理解をするために必要なトピックとして,ACP のタイミング,想起する状況,機序,目標,そして本当に外来の概念かどうかについて話題提供を行う.ACP は日本に比較的最近導入された概念であり,今後国内の多様な臨床現場での実践と実証研究の蓄積が期待される. -
診断時からの緩和ケア─本当の意味
274巻8号(2020);View Description Hide Description“診断時からの緩和ケア”というスローガンは,わが国のがん診療の現場における緩和ケアの啓蒙と推進に大きな役割を果たしてきた.しかし,行政用語として頻用されるこの表現は,学術的な文脈で用いられている“早期からの緩和ケア”という似た表現の示すセッティングと異なっている.そのため,医療者や研究者,施策担当者の間で混乱を生じることがあった.“早期からの緩和ケア”における専門的緩和ケアサービスのがん患者へのメリットは多くの臨床研究やそのメタアナリシスなどで示されているが,現実的な医療リソースを考えると,実際の日常臨床での普及には多くの地域や施設においてまだハードルが高い.一方,“診断時からの緩和ケア”は早期がんを含めたより広義のがん患者を対象としているものの,主治医チームを中心としたがん患者に関わる医療リソース全体で提供される緩和ケアを想定しており,わが国における緩和ケアの現実的な実装に取り組んでいるといえる. -
心不全の緩和ケア─今わかっていること,そしてこれから
274巻8号(2020);View Description Hide Description“がんの終末期になってはじめて導入される”というイメージの強い“緩和ケア”であるが,2018 年の診療報酬改定において,それまでがんと後天性免疫不全症候群(AIDS)のみが算定対象であった緩和ケア診療加算の対象に“末期心不全”が加わった.また,同年に発表された“急性・慢性心不全診療ガイドライン”では,はじめてガイドラインにおいて末期心不全に対して緩和ケアを導入することが推奨されている.しかし現状,心不全緩和ケアの実践についてはわが国においては手探りな状況である.それは緩和ケア=がんの症状緩和というイメージが強く,心不全診療医が,そもそも緩和ケアに何を期待したらよいのかわからない面が大きいと思われる.今後の心不全の緩和ケアの担い手は専門的な緩和ケアを行う緩和ケア医より,基本的な緩和ケアを身に着けた心不全診療医が行うべきであり,そのための基本的緩和ケアの普及が今後求められる. -
安楽死・自殺幇助と緩和ケアの接点
274巻8号(2020);View Description Hide Description世界的に安楽死(euthanasia),医師による自殺幇助(PAS)の合法化が相次いでいる.安楽死,PAS,治療の差し控え・中止(withdrawal or withholding life-supporting treatment)はそれぞれ異なる行為であるので,定義を理解することが重要である.しばしば安楽死と混同される行為に“苦痛緩和のための鎮静”がある.苦痛緩和のための鎮静とは,ほかに緩和できない苦痛に対して少量の鎮静薬を投与することである.近年,古典的な鎮静とは異なる集団に鎮静が適用されているようになってきている.フランスにおいては,治療中止を行うときの苦痛の予防として,持続的に鎮静薬を投与することを医師の義務とする法を施行した.もうひとつの鎮静の従来とは異なる適用として,精神的苦痛に対する鎮静がある.安楽死,自殺幇助とホスピス,緩和ケアはステレオタイプな考えからすれば,“対立する概念”であるが,協働して患者の苦痛を軽減するという取り組みもみられる.わが国においてはこれらの議論はまだほとんどみられないが,人のしあわせに寄与するために医学はなにを果たすべきかという観点から,より具体的で実践に沿った議論がもとめられる.
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連載
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- 再生医療はどこまで進んだか 11
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臨床応用をめざすヒューマンオルガノイド研究
274巻8号(2020);View Description Hide Description近年,生体内環境を模倣した三次元培養系を駆使することにより,ヒトの幹細胞から小型の器官様構造体,すなわちミニ臓器を試験管内で構築するヒューマンオルガノイド研究が急速に発展している.オルガノイドは,解剖学的・機能的に生体内に存在する器官に類似した特徴を有することから,これまで研究・実験上の制約が大きかったヒトにおけるさまざまな生物学的現象を解析することが可能となってきている.また,患者由来細胞から構築した疾患オルガノイドを用いることで,ヒトにおける疾患メカニズムの解明のみならず,創薬における前臨床試験としてヒトでの反応を予測する技術や,オルガノイドを用いた臓器再生技術など,医療応用をめざす試みにも大きな注目が集まっている.本稿では臨床的側面から,ヒューマンオルガノイド技術の可能性と課題について議論する. - 臨床医が知っておくべき最新の基礎免疫学 4
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T細胞機能と細胞内エネルギー代謝
274巻8号(2020);View Description Hide Descriptionエネルギー代謝は,個体の活動だけでなく,細胞機能を発揮するうえでも非常に重要である.哺乳類において,エネルギー代謝経路は,古くから肝や筋組織において解析され,代謝は安定的で変化に乏しいものだと考えられていた.しかし,近年の研究により,細胞の代謝状態は環境などによって劇的に変化し,それが細胞機能の調節と密接に関わっているのみならず,代謝適応の異常が疾患発症の引き金となることがわかってきた.免疫システムにおいても,抗原認識や抗原刺激によって細胞内エネルギー代謝経路が劇的に変化し,それが免疫細胞機能の変化につながることが報告されている.免疫細胞のなかでは,T 細胞において代謝変化と活性化,分化,機能発現の関係が最も解析が進んでいる.そこで,本稿では,代謝によるT 細胞機能制御に関する最新の知見を概説するとともに,免疫疾患治療への応用の可能性ついても紹介する.
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TOPICS
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- 病理学
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- 医用工学・医療情報学
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- 遺伝・ゲノム学
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