医学のあゆみ
Volume 274, Issue 10, 2020
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【9月第1土曜特集】 肥満─外科治療と基礎研究の最新情報
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- 外科治療
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肥満に対する外科治療の歴史
274巻10号(2020);View Description Hide Description肥満を手術で治すという試みがはじまってからまもなく70 年が経過する.小腸切除による肥満症の体調改善は小腸結腸バイパス,そして胃バイパスを生み出した.後遺症が多かったScopinaro 手術は,胆膵路転換/十二指腸スイッチと進化し,その副産物としてスリーブ状胃切除が生まれた.腹腔鏡手術の導入は肥満手術の安全性を高め,肥満症の増加とともに世界中で肥満手術件数が増加した.残念ながら,肥満手術件数の急激な増加に伴い医療事故や訴訟が起こったが,トレーニングシステムや認定機構の創設により,安全に世界中に普及されるようになってきた.日本においても,肥満症だけでなく糖尿病などの代謝疾患に対しても,わが国で開発されたスリーブバイパス術が安全に普及することが期待される. -
肥満に対する外科治療のエビデンスと適応
274巻10号(2020);View Description Hide Description高度肥満症治療には内科治療と外科治療があるが,外科治療は長期的に減量効果が高い.外科治療では,内科治療より心血管疾患や癌による死亡率が減少するとされる.さらに外科治療では,2 型糖尿病に対する高い治療効果も認める.2016 年には,2 型糖尿病の治療アルゴリズムに外科治療が加えられ,世界で45 の国際学会で承認された.日本では,2014 年に外科治療のひとつであるスリーブ状胃切除が保険適用となり,2018 年にスリーブバイパス術が先進医療として承認されたが,いずれも適用条件が厳しく,かつ,2 型糖尿病の治療アルゴリズムにも合致していないため,外科治療の恩恵を享受するには十分ではない.肥満が多くの疾患の背景となっていることを注視し,患者とその家族,および社会が外科治療をより選択しやすくなるような社会制度の改善が必要である. -
日本における肥満外科手術の現状と展望
274巻10号(2020);View Description Hide Descriptionわが国における肥満外科手術は1980 年代に開腹手術からはじまり,2000 年代に腹腔鏡手術が導入された.2014 年には腹腔鏡下スリーブ状胃切除術(LSG)が腹腔鏡手術としてはじめて保険収載され,年々その数は増加している.直近のアンケート調査によると2019 年,わが国では757 例の肥満外科手術が行われ,その9 割以上はLSG であった.また,わが国から多くのエビデンスも発信され,症例数は少ないながらも安全性と有効性を確立するに至っている.そのため,2018 年4 月にはLSG の適応疾患の追加が,2020 年4 月には適応拡大がそれぞれ承認された.一方,海外では肥満を伴った糖尿病患者に対するメタボリックサージェリーのガイドラインが策定され,肥満外科手術の重要性が増している.しかし,LSG の糖尿病に対する効果は限定的であるため,今後はスリーブバイパス術などのバイパス手術も選択できるようになることが望まれる. -
スリーブ状胃切除術の基礎研究─胃縮小効果以外の機序
274巻10号(2020);View Description Hide Descriptionスリーブ状胃切除術(SG)は,大彎側胃を切除するシンプルな胃縮小術であるが,ルーワイ胃バイパス術に匹敵するほどの良好な体重減少や代謝改善効果を有している.そのため,本手術には摂取エネルギー制限以外の減量・代謝改善機序が存在すると考えられ,多くの基礎研究がなされてきた.良好なアウトカムを生じる主要機序として考えられているのが,本稿で紹介する4 因子(視床下部・迷走神経シグナル,消化管ホルモン,胆汁酸,腸内細菌叢)の変化であり,いずれの因子も肥満症の成因・増悪因子ならびに治療ターゲットして,注目されている神経内分泌学的機序である.SG の前後で,これらの因子の良好な変化が報告されているが,一方でいまだ一定の見解を得ていない因子も少なくないのが現状である.今後さらに,肥満・糖尿病外科手術前後で変化する因子に関する研究が進み,外科的・内科的肥満症治療の新たな知見につながることが期待されている. -
消化管バイパス術の代謝改善メカニズムの基礎的研究
274巻10号(2020);View Description Hide Description減量手術のなかでもバイパスを伴った術式は代謝改善効果が非常に高く,“代謝改善手術(metabolicsurgery)”としても注目されている.しかし,そのメカニズムはいまだ明らかとされておらず,その解明に向け数多くの基礎研究が行われている.代謝改善メカニズムの中心として,消化管ホルモン,胆汁酸,腸内細菌叢がトピックとなっている.消化管ホルモンのなかではとくにGLP-1,PYY の濃度が上昇し,重要な役割を果たしていることがわかっている.また,胆汁酸濃度が上昇することも知られており,とくに直近の研究結果で,バイパス術における胆汁・膵液のみが通過するbiliopancreatic limb(BPL)において胆汁酸の再吸収が亢進している,すなわち腸肝循環の短絡化が起こっていることが示された.さらに,腸内細菌叢の構成の変化もトピックとなっており,さらなる検討が進められている.今後,本分野は臨床において必要性も高まってくると考えられ,基礎的研究の発展による代謝改善メカニズムの解明が期待されている. -
肥満外科治療におけるチーム医療の必要性と各職種の役割
274巻10号(2020);View Description Hide Description本稿では,肥満外科治療におけるチーム医療の必要性,運用方法,各職種の役割につき述べる.肥満外科治療は単純な食事や運動療法ではなく,周術期の食事や身体活動の管理が重要である.さらに,高度肥満では食事や生活習慣に認知の歪みを伴うことが多く,自己効力感やセルフモニタリングなどの行動医学,認知行動療法の手法が有用である.各職種はそれぞれの専門性を保ちながら,各職種に共通する肥満治療ストラテジーとして認知行動療法は有用である.また臨床心理士は各職種の効果をより大きく,かつ効果的に発揮するためにも重要である. -
肥満に対する手術の実際
274巻10号(2020);View Description Hide Description高度肥満症に対する外科治療(BS)は,欧米では古くから長期的な減量を期待できる治療法として認められてきた.日本でも,BS の一術式である腹腔鏡下スリーブ状胃切除術(LSG)が保険適用となり6 年が経過し,高度肥満症に対する第1 の選択肢として定着しつつある.肥満外科治療後には著明な体重減少効果のみならず,糖尿病をはじめとした肥満関連疾患の高率な改善,QOL(quality of life)の改善が得られる.多職種によるチームで手術に向けて強力なサポートを行いながら,外科医がリーダーシップをとり手術の適応およびタイミングを見極めること,また術後,長期にわたりサポートを継続できる体制を築いていくことが肝要である.本稿では,当院における肥満外科治療の実際とその臨床成績について報告し,今後の課題について述べる. -
わが国における肥満外科手術後の諸問題
274巻10号(2020);View Description Hide Descriptionわが国では肥満外科手術として腹腔鏡下スリーブ状胃切除術が2014 年に保険収載されて以降,実施施設,手術症例数とも年々増加し,2019 年度には58 施設で757 例の腹腔鏡下肥満外科手術が行われるまでに至っている.短期的な手術の安全性は担保され,治療効果の中期遠隔成績は良好であるように思われるが,今後,肥満外科手術が広く普及する前に検討しておくべき諸問題が残されている.本稿では保険診療制度,フォローアップ,治療効果判定,レジストリの問題点について考える. -
肥満2 型糖尿病に対する代謝手術(metabolic surgery)の展望
274巻10号(2020);View Description Hide Description高度肥満症患者に対する効果的な減量手段として広く行われてきた肥満手術(bariatric surgery)は,その優れた代謝改善効果から代謝手術(metabolic surgery)とよばれるようになっている.2 型糖尿病(T2DM)に対する血糖改善効果を主評価項目として,標準治療(内科治療)と外科治療を比較したランダム化比較試験(RCT)が現在までに10 編以上報告されており,外科治療の優れた血糖改善効果が示されている.しかし,外科治療の血糖改善効果は時間経過に伴い減弱する傾向があり,治療効果を維持するためには集学的治療(multimodal care)が重要となる.内臓脂肪蓄積型肥満を特徴とするアジア人では,欧米人と比較してより低い肥満度でT2DM をはじめとする肥満関連代謝疾患を発症しやすいことから,高度肥満には至らない内科治療抵抗性軽~中程度肥満T2DM 患者に対する代謝手術の効果や安全性についての検証が行われている. - 基礎研究
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【褐色脂肪細胞と白色脂肪細胞】 褐色・白色脂肪細胞における転写制御と肥満治療
274巻10号(2020);View Description Hide Description褐色脂肪細胞は多胞性の脂肪滴や豊富なミトコンドリアを有し,UCP-1 を介した熱産生によりエネルギーを消費する.以前は,新生児には存在するが成人では失われるとされていた褐色脂肪組織が予想以上に幅広い年代に存在することがFDG-PET を用いた実験で見出された.そのため,褐色脂肪細胞は肥満症や2 型糖尿病などの肥満関連疾患の治療標的として注目されている.近年の研究により,褐色脂肪細胞の分化や遺伝子転写の制御機構の理解が深まった.本稿ではこれらを概説するとともに,褐色脂肪細胞を標的とした肥満や2 型糖尿病の治療の今後を展望する. -
【褐色脂肪細胞と白色脂肪細胞】 ヒストン脱メチル化酵素による脂肪細胞の機能制御
274巻10号(2020);View Description Hide Description脂肪は環境に応じて性質を変化させる可塑性を持っており,その分子機構にはエピゲノム機構が関与する.本稿では,多様性のある脂肪細胞の分化や性質制御に関わるエピゲノム機構についてまとめるとともに,その一例としてヒストンH3K9 の脱メチル化酵素JMJD1A の例を紹介する.JMJD1A は,H3K9のメチル化程度が低い褐色脂肪細胞のUcp1 領域において複合体を形成し,クロマチン構造を制御してエンハンサーとプロモーターの近接化による転写制御を行う.一方,ベージュ脂肪細胞分化においては,JMJD1A は複合体形成によってUcp1 を含むベージュ関連遺伝子領域にリクルートされた後,H3K9 を脱メチル化して細胞の安定的な性質決定に関与する.このような環境適応型の細胞性質制御機構には,化学的な安定性が高いヒストンメチル化の修飾酵素群が関与し,JMJD1A をはじめとする多くの酵素が一定期間続く環境応答性の細胞性質制御を担う. -
【褐色脂肪細胞と白色脂肪細胞】 褐色脂肪細胞におけるO-GlcNAc 修飾の役割
274巻10号(2020);View Description Hide Description翻訳後修飾のひとつであるO-GlcNAc 修飾は,その修飾が行われるまでの過程において,グルコース以外にもアミノ酸や脂肪酸代謝産物が関与していることから,“細胞内の栄養センサー”であると考えられている.褐色脂肪組織ではO-GlcNAc 修飾の欠損により,peroxisome proliferator-activated receptorgamma coactivator-1α(PGC1α)のタンパク発現の低下に伴うミトコンドリア関連タンパクであるuncoupling protein 1(UCP1)の発現低下によって,顕著な寒冷負荷不耐性を示す熱産生障害が惹起され,脂肪酸の利用障害およびグルコースの利用亢進をきたす.褐色脂肪細胞におけるO-GlcNAc 修飾は,寒冷環境下での熱産生に必須であるのみならず,熱産生の基質として脂肪酸とグルコースを“metabolicshift”させる栄養センサーとしての役割を担っている可能性が示唆される. -
【褐色脂肪細胞と白色脂肪細胞】 脂肪組織における代謝適応とリモデリング・線維化機構
274巻10号(2020);View Description Hide Description脂肪組織は,栄養や環境温度変化といった個体の内外からの刺激に応じて,脂肪細胞のサイズや数を制御し,機能を発揮することで適応している.脂肪組織は,ヘテロで多彩な脂肪細胞と走行する血管と神経,浸潤する血球細胞,細胞外基質(extracellular matrix)などから構成され,エネルギーの貯蓄と供給にとどまらず,熱産生や免疫応答,アディポカインの分泌をつかさどることで全身の代謝を規定している.また,脂肪組織は栄養状態や環境温度変化に即座に応答し,リモデリングによってダイナミックに適応している.本稿では,脂肪細胞/組織の特徴と代謝適応(metabolic adaptation/maladaptation),リモデリング・線維化機構を概説する.脂肪細胞/組織のリモデリング・線維化が果たしている役割の最新知見を紹介し,脂肪組織における代謝適応の応用やリモデリング・線維化機構の活用による肥満治療に向けた展望について考察する. -
【アディポネクチン受容体】 アディポネクチン受容体の構造と機能
274巻10号(2020);View Description Hide Description肥満および糖尿病は,世界的に激増の一途をたどっている.肥満は,インスリン抵抗性を基盤として糖尿病,脂質異常症,高血圧といった,いわゆるメタボリックシンドロームを引き起こし,その結果,心血管疾患の発症頻度が高くなる.したがって肥満,インスリン抵抗性,糖尿病,さらには合併症の原因解明とそれに立脚した根本的予防法・治療法の確立が重要かつ急務である.肥満の病態において,脂肪細胞から分泌されるアディポネクチンおよびアディポネクチン受容体(AdipoR)が低下することが,それら疾患の原因となっていることを明らかにしてきた.本稿では,アディポカインのひとつであるアディポネクチンの病態生理的意義から,AdipoR の同定とその機能解明,さらにAdipoR 活性化低分子化合物(Adipo-Ron)の取得と立体構造解析までを概説し,生活習慣病に対するAdipoR 研究への期待と今後の可能性について述べたい. -
【脂肪組織の間葉系幹細胞・前駆脂肪細胞の作用と制御】 アディポネクチンと間葉系幹細胞
274巻10号(2020);View Description Hide Descriptionアディポネクチン(APN)は脂肪細胞から特異的に産生される分泌タンパクであり,心血管保護作用をはじめ,さまざまな臓器保護作用を有することが知られている.生理的APN は,T-カドヘリン(T-cad)への結合を介してエクソソーム(Exo)生合成を促進することがその作用原理と考えられる.間葉系幹細胞(MSCs)は全身のあらゆる組織に常在し,培養増殖した細胞は細胞医療としてさまざまな疾患に応用されつつある.APN はMSCs のExo 産生を促進し,圧負荷心不全モデルにおける細胞治療効果を左右することを見出した.APN の生理作用を解明するうえで,脂肪組織をはじめさまざまな組織に常在するMSCs群のExo 産生調節を介する機能は重要な役割を果たしている可能性がある. -
【脂肪組織の間葉系幹細胞・前駆脂肪細胞の作用と制御】 前駆脂肪細胞のニッチとしてのM2 マクロファージ─見直されつつあるM2 マクロファージ抗炎症作用説
274巻10号(2020);View Description Hide Description脂肪組織に在住するマクロファージには脂肪細胞の機能を調節し,全身の代謝の制御作用があることが注目されている.マクロファージはその役割の違いから,M1 型マクロファージとM2 型マクロファージに分類される.肥満で増加するM1 マクロファージは骨髄由来で,炎症性サイトカインを分泌しインスリン抵抗性を誘導する.一方,非肥満で優位に存在するM2 マクロファージから分泌されるIL-10 などのサイトカインは,その抗炎症作用によりインスリン感受性の維持に関与すると考えられてきた.すなわち,肥満に伴いマクロファージが抗炎症型のM2 型から炎症型のM1 型への変換が起こるという“表現型スイッチ理論(phenotypic switch theory)”が長い間,主流であった1,2).筆者らが,M2 マクロファージを任意のタイミングで除去可能なマウスを用いて実験したところ,むしろ炎症のマーカーが低下し,インスリン感受性が改善するという予想外の結果を得た3).このメカニズムは,前駆脂肪細胞が増殖を開始し小型脂肪細胞に分化するためであった.さらに筆者らは,前駆脂肪細胞の増殖・分化を抑制している因子が,M2 マクロファージ由来のTGF-βであることを明らかにした.M2 マクロファージ由来のTGF-βは,前駆脂肪細胞の不必要な分裂による細胞老化を防ぎ,一定の量の前駆脂肪細胞の品質を保ったまま保持するという役割を有していた.一方,IL-10 の役割に関してはTontonoz らのグループは,M2 マクロファージ由来のIL-10 が,脂肪細胞のIL-10 受容体αを介して成熟脂肪細胞での脂肪燃焼関連遺伝子を抑制し,肥満や耐糖能を悪化させている,という報告を行い4),上述の“phenotypic switch theory”は見直されることとなった. -
【脂肪組織の間葉系幹細胞・前駆脂肪細胞の作用と制御】 成熟脂肪組織および脂肪前駆細胞におけるインスリン/IGF1 シグナルの役割
274巻10号(2020);View Description Hide Descriptionインスリンの研究は1940 年代からはじまり,インスリンは膵β細胞から分泌される糖の輸送を促すホルモンとして位置づけられ,後にその主要な活性は細胞膜上の特異的受容体に結合し,チロシンキナーゼ活性を発動することが明らかにされた.その受容体は細胞質内にチロシンキナーゼドメインを有し,細胞増殖,生存,分化,遊走,そして代謝などの多様な機能をする分子ファミリー(ヒトおよび哺乳動物で55分子)のメンバーの代表である.筆者らは,インスリンのシグナルがうまく伝達されない状況,つまりインスリン抵抗性を念頭に,そのシグナル伝達経路についての研究を進めている.近年,インスリン受容体(IR)に関して新規の経路や伝達様式についての知見が報告され,インスリンシグナル研究の新しい局面を迎えている.本稿では,インスリンシグナル伝達の概要をまとめ,インスリン抵抗性の観点から筆者らの知見を踏まえつつ概説したい. -
【中枢を介した代謝調節】 糖代謝の制御を担う視床下部神経回路
274巻10号(2020);View Description Hide Description脳は,ホルモン分泌から体液や電解質のバランスに至るまで,ほとんどの哺乳類の恒常性システムの制御に重要な役割を果たしている.恒常性システムにおける脳の役割は外界の情報と体内の情報を取り入れて統合し,その情報を用いて末梢組織の機能を制御することである.糖代謝の恒常性においても脳は中心的な役割を果たしており,直接・間接的に体内の糖の量を感知し,さまざまな脳領域を介して最終的にその情報を末梢組織に伝えて糖代謝を制御する.近年の神経細胞・神経回路の解析技術の発達により,糖代謝を制御する中枢神経系のメカニズムの詳細が明らかになりつつある.本稿では,糖代謝を制御する視床下部の神経細胞と神経回路について,最近の知見を概説する. -
【中枢を介した代謝調節】 新規臓器間代謝情報ネットワーク機構の解明
274巻10号(2020);View Description Hide Description個体は生存するうえで,さまざまな環境変化に応答するための恒常性維持機構を発達させてきた.とくに代謝においては,日々の摂食に伴うダイナミックな栄養素の変化や長期的なエネルギーバランスの変化に適切に対応するため,複数の代謝関連臓器が協調して機能を果たす必要がある.これまで筆者らの研究室では,そこに主に神経系を介した臓器間ネットワークが重要であることを見出し,それらがさまざまな代謝疾患に関わっていることを発見してきた.いずれも恒常性の維持や飢餓を乗り切るために生物が進化させたメカニズムと考えられるが,その一部は飽食の現代においてはむしろ生活習慣病の形成に寄与していると想定される.本稿では,これまで明らかとなった全身の代謝調節に関わる臓器間ネットワークについて概説する. -
【中枢を介した代謝調節】 迷走神経を介した臓器連関と糖代謝
274巻10号(2020);View Description Hide Description自律神経は中枢神経と代謝臓器をつなぐ連関として重要な役割を果たしている.とくに,遠心性迷走神経は,栄養情報の入力に応じて,糖代謝恒常性維持の要である膵内分泌と肝糖代謝を制御することで,全身の糖代謝に影響力を発揮する.遠心性迷走神経に伝わる栄養情報は,視床下部や孤束核からニューロンを介して伝達されるとともに,血液を介しても入力される.その結果,遠心性迷走神経の活動は,経静脈的グルコース投与では増強し,インスリン投与では抑制される.膵島では,遠心性迷走神経の活性化は,ムスカリンM3 受容体などを介し,インスリン・グルカゴンの両者の分泌を増加させる.肝臓では,遠心性迷走神経の不活性化により肝糖産生が抑制され,活性化により肝糖取り込みが増強する.迷走神経性による肝糖産生調節は,肝臓クッパー細胞のインターロイキン(IL)-6 分泌促進により肝糖新生が抑制されることで誘導される.一方で,肝糖取り込み制御のメカニズムは明らかにされていない. -
【他臓器との関連】 肥満・炎症と腸内細菌叢
274巻10号(2020);View Description Hide Description腸内細菌は消化管内での食物や消化酵素の分解・代謝を介して,宿主のエネルギー代謝に大きな影響を与えている.腸管内で腸内細菌により合成・代謝される短鎖脂肪酸や胆汁酸などは,腸管ホルモン分泌やバリア機能など腸管の機能維持に重要な分子であり,宿主をエネルギーの過剰蓄積や慢性炎症から保護している.肥満症では腸内細菌と腸管内代謝産物の偏りが存在し,そのため腸管の機能不全が生じ,宿主にエネルギー代謝異常と,脂肪組織や肝臓などの炎症が惹起され,肥満症の病態が形成される.そこで腸管内の短鎖脂肪酸や胆汁酸代謝を操作する肥満症治療や,新しい細菌を用いた治療が臨床で試みられており,またbariatric surgery は腸内細菌叢や腸管内代謝を是正する肥満症治療法と解釈することも可能となっている.腸管機能に注目した腸内細菌を応用した肥満症治療の開発が期待される. -
【他臓器との関連】 NASH の発症と脂肪組織との連関
274巻10号(2020);View Description Hide Description肥満の脂肪組織では,脂肪細胞の肥大化が起こるが,過剰な脂肪の蓄積は脂肪細胞の細胞死を誘導し,炎症細胞浸潤や血管新生,線維化を伴って脂肪組織のリモデリングを引き起こす.脂肪細胞から溢れ出た脂肪は異所性脂肪として遠隔臓器に蓄積し,肝臓では非アルコール性脂肪性肝疾患(NAFLD)/非アルコール性脂肪肝炎(NASH)の病態を呈する.肥満の脂肪組織と肝臓では実質細胞と間質細胞の相互作用の場として共通した病理組織的構造物CLS(crown-like structure)/hCLS(hepatic crown-like structure)を認め,炎症・線維化の起点となっている.CLS/hCLS の形成メカニズムの解明は普遍的な組織修復反応の基盤病態の解明につながる可能性があり,期待される.他方,SGLT2 阻害薬を用いた検討で,臓器連関の結果もたらされる多様な生理現象を経時的に観察できるようになり,NASH の発症と脂肪組織の連関についての理解が深まってきた.肥満の脂肪組織の形態的変化・機能的変化を制御し,異所性脂肪蓄積を軽減させれば,NAFLD/NASH をはじめとするさまざまな生活習慣病の治療につながる. -
【他臓器との関連】 DOHaD 学説と肥満─DNA メチル化を介したエピゲノム記憶の関与
274巻10号(2020);View Description Hide Descriptionさまざまな疫学研究や動物実験の結果をもとに,成人期の肥満や2 型糖尿病などの生活習慣病へのかかりやすさは胎生期から乳児期の生活環境,とくに栄養環境が規定するという“Developmental Origins ofHealth and Disease(DOHaD)”学説が提唱されている.その分子機構として塩基配列の変化を伴わない遺伝子発現の制御機構であるエピジェネティクス(エピゲノム制御)が想定されている.とくにDNA メチル化によるエピゲノム制御は長期の遺伝子発現制御機構である“エピゲノム記憶”をつかさどる可能性があり,DOHaD 学説の主たる分子機構と考えられる.さらに近年,肥満発症と進展に関する“エピゲノム記憶”の分子実体が徐々に解明されつつあり,今後“エピゲノム記憶”を応用した肥満に対する先制医療の開発が期待されている. -
【他臓器との関連】 マクロファージによる臓器間ネットワークの形成
274巻10号(2020);View Description Hide Description多疾患併発(multimorbidity)の患者が急増しており,疾患間の連関に関心が集まっている.たとえば,心不全と慢性腎臓病(CKD)の併存は予後を強く悪化させることが知られている.このような心血管疾患と腎疾患の間に存在する互いの発症,進展,予後を規定する強い関連を心腎連関,あるいはcardiorenalsyndrome とよぶ.このような疾患間の連関は臓器間の密接なネットワーク,さらには器官システム間の相互作用によってもたらされている.マクロファージは臓器間ネットワークの実現に必須な細胞である. -
【他臓器との関連】 薬剤による腸内細菌叢の変化と代謝への影響
274巻10号(2020);View Description Hide Description近年,腸内細菌叢の破綻が肥満や糖尿病を引き起こす重要な因子であることが明らかとなった.腸内細菌叢をうまく操ることができれば,肥満や代謝疾患の治療に有用となりうると考えられ,活発に研究が行われている.腸内細菌叢を最も大きく変化させる因子は食事に含まれる栄養素であるが,その他あらゆる生活習慣や遺伝素因,環境素因も密接に関与する.抗菌薬はいうまでもなく抗菌薬以外の薬剤にも,腸内細菌叢に影響を与えるものがあることが最近わかってきた.また,肥満や糖代謝と関連する腸内細菌として,Akkermansia muciniphila(A. muciniphila)が注目されている.本稿では,薬剤による腸内細菌叢の変化,とくにA. muciniphilaとの関連とそれらがもたらすエネルギー代謝,糖代謝への影響について概説したい. -
【他臓器との関連】 肥満・糖尿病とサルコペニア─分子メカニズムを含めて
274巻10号(2020);View Description Hide Descriptionサルコペニアは加齢による筋量減少とそれに伴う身体活動能力の低下に特徴付けられる病態であり,さまざまな疾患の基盤となることから,健康寿命短縮の重要な要因である.加齢による生理的変化がサルコペニアの最重要な発症要因であるが,さまざまな要因がサルコペニアの発症に関わることも明らかとなりつつある.以前より肥満および肥満を発症基盤とする糖尿病はサルコペニアに関連することが指摘され,肥満や糖尿病がサルコペニアの促進因子であることが複数の疫学研究において示されている.肥満や糖尿病がサルコペニアを引き起こすメカニズムについては,炎症・ストレスシグナル,インスリン作用不足,高血糖などが想定されており,とくにタンパク同化作用を有するインスリンの作用不足が重要な要因と考えられている.一方,糖尿病の中心的な代謝異常のひとつである高血糖とサルコペニアの関連性を示す疫学研究も存在し,高血糖とサルコペニアをつなぐ分子機構についても解析が進みつつある.本稿では,最近注目されている肥満および糖尿病とサルコペニアの関連性について,臨床成績や分子メカニズムについての知見を含めて概説する.
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