Volume 279,
Issue 10,
2021
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【12月第1土曜特集】 ワクチン設計のサイエンス
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医学のあゆみ 279巻10号, 917-919 (2021);
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総論
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医学のあゆみ 279巻10号, 922-927 (2021);
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2020 年12 月に新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)に対するワクチンとしてmRNA(messenger RNA)ワクチンがはじめて承認された歴史的瞬間から1 年が経とうとしている.世界は,現在もなおパンデミックの脅威に曝されているものの,ワクチンが今回のSARS-CoV-2 の感染抑制に有効であることはさまざまな科学的データから明らかである.本稿では,SARS-CoV-2 に対するワクチンに関する免疫学的な作用メカニズムを概説するとともに,これからのパンデミック収束のためにワクチンについて考えるべき最新のトピックを紹介する.
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医学のあゆみ 279巻10号, 928-932 (2021);
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消化管をはじめとした粘膜面はさまざまな微生物にたえず曝されるため,外敵から身を守るためのユニークかつ効果的な粘膜免疫機構が存在する.その代表的なものとして,粘膜面には免疫グロブリンA(IgA)が多量に存在していることがあげられる.IgA の主な作用は,粘膜面に侵入してくる病原微生物の上皮細胞への付着・定着・侵入の阻止,病原微生物の産生する毒素や酵素に対する中和効果,粘液層での病原微生物の捕捉,抗菌作用などがあり,IgA は粘膜免疫防御機構を担う重要なプレーヤーである.したがって,病原微生物の標的となる粘膜面に高力価の病原微生物特異的なIgA を誘導することができれば,非常に効率のよい粘膜防御が可能となる.本稿では,標的となる粘膜面に高力価の抗原特異的IgA を誘導する作用をもつ自然免疫アジュバントを組み合わせた新規粘膜ワクチンについて,筆者らの最新の知見を含めて概説する.
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医学のあゆみ 279巻10号, 933-936 (2021);
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予防用ワクチンは,感染症を患うことなく免疫記憶を獲得するための免疫療法である.免疫記憶は主に抗体と記憶リンパ球から構成され,協調的に作用することで感染した病原体を多段階で排除する.ただし,これらの免疫記憶因子がどのように獲得され,維持され,そしてワクチンの予防効果に寄与するのか,とくにヒトでの情報が欠如している.新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の発生に伴い,感染者やワクチン接種者を対象とした免疫研究が集中的に行われ,ワクチン奏効機序に関わる新たな免疫学的知見が集積しつつある.本稿では,ワクチンの設計や接種の際に免疫指標候補となる抗体と記憶リンパ球に焦点を当て,SARSCoV-2 から見出された最新データを解説する.
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医学のあゆみ 279巻10号, 937-942 (2021);
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粘膜組織では,分泌型IgA 抗体を中心とするユニークな免疫システムが発達しており,外界からの病原体の感染に対する生体防御を担っている.粘膜免疫応答は,腸管のパイエル板や呼吸器の鼻咽腔関連リンパ組織などの粘膜関連リンパ組織において誘導され,その組織形成や機能発達には常在微生物や食品成分などの外界からの刺激が必要不可欠である.そのため,粘膜免疫応答の誘導を目的とする粘膜ワクチンの効果は,これら環境要因の影響を受けることになる.本稿では,粘膜免疫システムによる感染防御機構について概説し,環境要因による粘膜免疫応答の制御メカニズムやワクチン効果への影響について,筆者らの最新の知見を交えながら解説したい.
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医学のあゆみ 279巻10号, 943-946 (2021);
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ウイルス性感染症を予防するうえで,ワクチンは最も有効な手段のひとつである.1976 年,エドワード・ジェンナーが世界初のワクチンである種痘を発明して以来,さまざまなウイルス性感染症に対して,弱毒生ワクチンや不活化ワクチンの開発が進められてきた.生ワクチンは細胞継代などによって弱毒化したウイルスを用いており,不活化ワクチンは化学処理などによって不活化したウイルス(あるいはウイルス抗原部分)を使用したワクチンである.それぞれの感染症において,ウイルスの特性や病態などを鑑みたうえで,適切と思われるワクチンプラットフォームが選択され,ワクチンが開発されている.本稿では,弱毒生ワクチンと不活化ワクチンについて,いくつかの例をあげて概説するとともに,近年,国際的な問題となっている新興感染症に対するワクチン開発などの取り組みについても述べる.
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医学のあゆみ 279巻10号, 947-952 (2021);
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T 細胞による細胞性免疫は,中和抗体の産生とともに新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)に対する感染防御に重要である.なかでも,濾胞性ヘルパーT(Tfh)細胞は高親和性抗体の産生を促すサブセットであり,重症患者では誘導不全が報告されているが,防御に寄与するクロノタイプやエピトープは明らかでない.筆者らは,シングルセル・バルクTCR 解析,コホートデータベース解析などを組み合わせることでCOVID-19回復患者間に共通してexpand したpublic Tfh 細胞クロノタイプを同定した.迅速プラットフォームを樹立してエピトープとHLA を決定したところ,このpublic Tfh 細胞クロノタイプは現在報告されているすべての変異株(VOC,VOI)に共通するスパイクタンパク質領域を認識することが明らかとなった.本方法論とデータベースを統合することで,疾患において機能するT 細胞クロノタイプとそのエピトープを迅速に同定することが可能になり,今後の新たな感染症やT 細胞が関与する他の疾患にも応用可能であると期待される.
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医学のあゆみ 279巻10号, 953-960 (2021);
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アジュバントはラテン語で助けるという意味をもつ“adjuvare”を由来とし,ワクチン抗原と接種することでワクチン効果を持続させ,増強させる物質の総称であり,日本語では免疫賦活化剤ともよばれる.ワクチン開発においてアジュバントのもつ役割は非常に大きく,アジュバントによる自然免疫応答の活性化なしにワクチンが効果を十分に発揮することは難しい.実際に,多くの承認済みのワクチンには内因性または外因性のアジュバントが含まれており経験則的に使用されてきたが,近年の免疫学研究の急速な発展により,アジュバントによる詳細な作用機序が明らかとされてきた.新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックにより,世界中でワクチンへの関心が高まり,アジュバントによる自然免疫応答への関心も高まっている.さらにアジュバントは単剤でがん免疫療法剤(in situ ワクチン)や感染症に対する免疫予防薬(immunoprophylaxis)としても有用であることが報告されている.本稿では,アジュバントの多様性と可能性を中心に解説する.
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医学のあゆみ 279巻10号, 961-964 (2021);
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健康なヒトに対して投与されるワクチンの開発では,有効性と安全性の両方において高い水準が求められる.そのため,ワクチンの効果を増強する目的で添加されるアジュバントを効率よく開発する需要は高い.アジュバントやその候補物質が分子レベルでどのような応答を惹起するかをプロファイリングし,作用メカニズムが既知であるアジュバントおよび毒性の有無やメカニズムが既知である化合物と比較することによって有効性や安全性を評価することができれば,より効率よく優れたワクチン開発につながることが期待される.このことから,これまで研究者の経験に頼って進められてきたアジュバント開発から脱却し,分子レベルでの理解に基づいた戦略的なアジュバント開発へと移行することを可能にするため,アジュバントが惹起する生体応答のデータベース構築を進めている.
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医学のあゆみ 279巻10号, 965-970 (2021);
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2019 年末の出現から現在に至るまで,さまざまな新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の変異体が全世界で出現しており,これらの変異がウイルスの感染性や免疫抵抗性,異種間伝播に影響する可能性が指摘されている.これまで,SARS-CoV-2 の変異が液性免疫に与える影響は研究されてきたものの,ウイルスの変異が,ヒト白血球抗原(HLA)に拘束された細胞性免疫にどのように影響するのか明らかではなかった.今回,筆者らは自然発生したSARS-CoV-2 のスパイクタンパク質の受容体結合モチーフの2 カ所の変異であるL452R とY453F が,HLA-A24 拘束性細胞性免疫への逃避を可能にしていること,さらにウイルスの感染性の上昇に寄与していることを明らかにした.
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医学のあゆみ 279巻10号, 971-975 (2021);
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近年,有効性の高い感染症予防ワクチンの開発が進んでおり,mRNA(messenger RNA)ワクチンやDNAベクターワクチンをはじめとして,ワクチンモダリティの多様化が進んでいる.一方で,スプリットワクチン(SV)や組換えワクチンの有効性を高める戦略として,アジュバントの添加が有効であることから,多様なアジュバント添加ワクチンの開発が行われている.有効性の高いアジュバントは強い免疫賦活化作用をもつものが多く,副反応の原因ともなりやすい.このことから,アジュバントの有効性は副反応発症と密接に関わっており,有効性と安全性の両者を考慮したワクチン・アジュバント設計が重要である.近年,ゲノミクスやトランスクリプトームのようなオミクス解析を毒性学や免疫学に応用するシステムバイオロジーの進展がめざましく,迅速かつ効率よく情報を取得することが可能になりつつある.このような手法をアジュバント開発に応用することで,安全性と有効性評価が効率化され,アジュバントシーズの発掘が促進されることが期待される.
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医学のあゆみ 279巻10号, 976-981 (2021);
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ワクチン開発の基盤技術のひとつとして,アジュバントの開発があげられる.自然免疫や関連するシグナル経路を活性化する天然有機化合物や生体分子は,ワクチンアジュバントとして開発が進められている.有機合成化学は,これらの分子の構造決定や機能解明において,高純度な活性体の量的供給といった観点から大きな貢献をしてきた.また,化学的手法を用いた構造変換により化合物を自在に設計・改良することで,アジュバント候補分子の性能改善や新たな機能の付与が行われてきた.さらに近年では,抗原分子とアジュバントの複合化などにおいても有機合成化学的なアプローチが大きな役割を果たしている.本稿では,Tolllike receptor 4(TLR4)リガンドであるリピドA とナチュラルキラーT(NKT)細胞活性化剤であるα-galactosylceramide(α-GalCer)に焦点をあて,ワクチン,アジュバント開発における有機合成化学の貢献と新たな取り組みを概説する.
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各論
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医学のあゆみ 279巻10号, 984-987 (2021);
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プラスミドDNA ワクチンは生体内に取り込まれた後に一過性に抗原であるタンパクを発現させ,同時に核酸による自然免疫活性化を促すことで免疫応答を惹起する.一方,生体内ではプラスミドDNA は速やかに分解されることから,一般に生体内のゲノムに取り込まれるリスクが低く,遺伝子治療薬としての安全性は高いとされている.DNA ワクチンは一般的に細胞性免疫を強く活性化することが知られているが,遺伝子発現効率を上昇させて効率よく抗体産生と細胞性免疫を誘導するために,基礎研究での検討で抗原タンパクの発現,自然免疫の活性化,投与経路・デバイスの活用などのさまざまな取り組みがなされてきた.ヒト臨床治験においても,生体での細胞内への導入効率を増加させ抗原提示を高める目的で,DDS(drug delivery system)や投与デバイス(エレクトロポレーションや無針注射器など)を併用する治験が実施されており,皮内投与デバイスを用いた新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に対するDNA ワクチンがインドで緊急承認されるに至っている.
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医学のあゆみ 279巻10号, 988-992 (2021);
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メッセンジャーRNA(mRNA)医薬・ワクチンが注目されている.人工的に合成したmRNA をクスリとして体内に投与し,治療薬やワクチンとして用いるもので,核酸配列を変えるだけでどのようなタンパク質でも産生させることが可能である.ゲノム挿入変異リスクがないなど安全性にも優れる.このmRNA 医薬・ワクチンの実用化はmRNA 合成技術,免疫原性制御,ドラッグデリバリーシステム(DDS)など多くの技術の寄与がある.本稿ではそれらの技術の概説し,創薬・ワクチンモダリティとしてのmRNA の将来性・今後の課題について考えたい.
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医学のあゆみ 279巻10号, 993-998 (2021);
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近年,RNA 分子を基盤とした薬剤として,2018 年に“オンパットロ® 点滴静注(Alnylam Japan 社)”,2020 年には,新型コロナウイルスに対するRNA ワクチン“コミナティ® 筋注”(ファイザー社),“COVID-19 ワクチンモデルナ筋注®”(武田/モデルナ社)が相次いで承認されている.これらの製剤における“くすり”の本体であるshort interference RNA(siRNA)や,メッセンジャーRNA(mRNA)が生体内で機能を発揮するためには,標的となる細胞の細胞質まで送達されることが必要である.上記の薬剤においては,脂質ナノ粒子(LNP)が本目的のために利用されている.これらLNP は,親水基に第三級アミンを有する脂質などから形成されており,生理的pH 環境では中性電荷を有する.一方,エンドソーム内の低pH 環境下においてはプロトン化を受け,正に帯電しエンドソーム膜と相互作用することで本膜を破壊(脱出)し,搭載核酸を細胞質まで送達する.本稿では,これらのLNP の設計デザインを概説するとともに,筆者らが開発している国産の脂質様材料についても紹介する.
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医学のあゆみ 279巻10号, 999-1004 (2021);
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抗原タンパク質を発現するアデノウイルス(Ad)ベクターワクチンは,ヒト免疫不全ウイルス(HIV)やエボラ出血熱,高病原性インフルエンザなどの病原性のきわめて高い新興・再興感染症に対するワクチンベクターとして積極的な開発が進められてきた.最近では,新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に対するワクチンとして,メッセンジャーRNA(mRNA)ベクターワクチンと並んで迅速な実用化がなされた.本稿では,Ad ベクターワクチンの諸性質や開発の変遷を紹介し,COVID-19 に対するAd ベクターワクチンの特徴などについて解説する.
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医学のあゆみ 279巻10号, 1005-1009 (2021);
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ヘルペスウイルスはさまざまな動物に種固有のウイルスがあり,それぞれ宿主と共存,共進化してきたと考えられる.ヘルペスウイルスのプロトタイプである単純ヘルペスウイルス(HSV)は,ワクチンを含む遺伝子治療用のウイルスベクターとして魅力的なツールである.HSV は宿主域が広く,さまざまな細胞に感染し増殖する.HSV ゲノムには約30 kbp,HSV アンプリコンには約100 kbp の大きな遺伝子の挿入が可能である.HSV は神経指向性が高く,神経細胞内にエピゾームとして存在し,継続的な遺伝子発現が可能である.また,HSV は本来頻繁に再発する性質を有していることから,HSV ベクターは頻回投与が可能である.今日のHSV ゲノムの遺伝子改変技術の発展により,安全性を高めることや遺伝子発現を自在に制御することが可能であることから,HSV をウイルスベクターとして利用するための開発が精力的に行われている.本稿では,HSV の特性およびウイルスベクターとしての設計戦略,有用性について概説する.
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医学のあゆみ 279巻10号, 1010-1014 (2021);
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麻疹ウイルス(MeV)ワクチンは,人類の歴史上,最も成功したワクチンのひとつである.MeV は一本鎖マイナス鎖RNA ウイルスで,外来抗原を発現するベクターとしての能力があり,広く使われている.現在までに100 種類以上の抗原がMeV によって発現され,20 種類以上の組換えMeV(rMeV)ワクチンが動物実験で検証され,組み込んだ感染症に対して非常に有効であることが示されている.rMeV ワクチンは筋肉内,皮下,腹腔内,鼻腔内などの一般的な接種方法によって,コットンラット,マウス,および非ヒト霊長類において高レベルの免疫反応を誘導するのに有効である.現在,ジカウイルス(ZIKV),ラッサウイルス(LASV),ヒト免疫不全ウイルス(HIV)に対するrMeV ワクチンを評価する第Ⅰ相臨床試験が行われている.さらに第Ⅱ相臨床試験では,rMeV ワクチンを用いたチクングニアウイルス(CHIKV)ワクチンが,既存の抗MeV 免疫がある場合でも,ヒトのCHIKV 感染に対して非常に有効であることが示されている.また,新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)のS タンパク質を発現するrMeV がワクチンとしても有効であるという知見が動物実験で得られている.
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医学のあゆみ 279巻10号, 1015-1020 (2021);
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センダイウイルス(SeV)ベクターは,SeV エンベロープと対象細胞の膜との接触点で起こる膜融合によってベクターゲノムが侵入するので,人工脂質二重膜を必要としない.この特性は,SeV ベクターをワクチンとして利用する際にきわめて有効であり,SeV ベクターだけを接種しても細胞内に侵入することができ,そこでワクチン抗原遺伝子が発現される.また,SeV ベクター自身に自然免疫活性化を含むアジュバント効果があるので,化学アジュバントを併用しなくても強い免疫原性を示す.さらに,SeV ベクターワクチンは細胞性免疫と液性免疫のいずれかの誘導を狙って,ワクチン抗原を細胞内部,またはSeV エンベロープ膜表面や宿主細胞膜表面に繫留局在するよう設計することができる.細胞内部に局在する設計では,宿主細胞内のMHC クラスⅠタンパク質が,ワクチン抗原由来ペプチドを細胞傷害性T 細胞(CTL)に提示,それが病原体感染細胞を攻撃することが期待される.また,ウイルスエンベロープ膜表面や宿主細胞膜表面に繋留局在する設計では,SeV エンベロープ膜表面または宿主細胞膜表面に繋留局在されたワクチン抗原タンパク質が抗原提示細胞に貪食され,MHC クラスⅡタンパク質がワクチン抗原由来ペプチドをヘルパーT 細胞に提示し,抗体産生B 細胞とCTL を誘導することが期待される.
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医学のあゆみ 279巻10号, 1021-1025 (2021);
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弱毒生ワクチンは,不活化ワクチンと比較して防御効果が高く,その効果が長期間維持されると一般的に考えられてきた.一方で,弱毒生ワクチンの開発には長い時間が必要である.このため,ワクチンが存在しない感染症や新興感染症に迅速に対応する目的で,組換えウイルスを用いて多価生ワクチンを開発する構想は古くからあった.水痘帯状疱疹ウイルス(VZV)は,水痘と帯状疱疹の原因ウイルスである.わが国で開発された水痘生ワクチンvOka 株は安全で防御効果が高く,全世界で利用されている.筆者らは,大腸菌内でvOka 株ゲノムを改変するシステムを開発し,多価水痘生ワクチンの構築を試みてきた.本稿では,多価ワクチンのベースとしての水痘生ワクチンの重要性と将来性について概説する.
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医学のあゆみ 279巻10号, 1027-1034 (2021);
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ワクシニアウイルスは,痘瘡ワクチンとして天然痘の根絶に多大な貢献を果たした.1980 年5 月に世界保健機関(WHO)が天然痘の根絶宣言を行って以降,現在まで天然痘患者は発生していない.一方で,最も大きなゲノムをもつウイルスのひとつであり,比較的な大きな外来遺伝子を挿入することができることに加え,安全性が高く,免疫誘導能が高いことから,さまざまな感染症ワクチンのウイルスベクターとしての利用が検討されるようになった.加えて,温度管理が容易であることも世界中にワクチンを届けるうえで非常に重要な利点である.また,腫瘍溶解性治療ワクチンとしても活用されはじめている.ここでは,ワクシニアウイルスの特性と歴史,感染症ワクチンウイルスベクターおよび腫瘍溶解性療法としての開発状況,今後の展開について言及したい.
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医学のあゆみ 279巻10号, 1035-1040 (2021);
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現在でも世界の人口における3 割が結核菌に感染していると報告されており,先進国のなかでも日本は中等度の発症国となっている.しかし,唯一の結核ワクチンであるBCG の誕生から100 年たった現在でも実用化された新規結核ワクチンはなく,結核を撲滅するための新たな結核ワクチンの開発が望まれている.ウイルスベクターとして呼吸器粘膜を標的とするヒトパラインフルエンザ2 型ウイルス(HPIV2)を用いたHPIV2 ワクチンは,リバースジェネティクス法により発現させたい抗原を組み込んだ安全性の高いリコンビナントHPIV2(rHPIV2)を簡単に作製できる.結核抗原を発現するrHPIV2 の経鼻接種は,肺局所に抗原特異的な免疫応答を誘導し,結核菌感染マウスの臓器内菌数を大幅に減少させた.本稿では,この新たな結核ワクチンとして期待ができる粘膜免疫誘導型のrHPIV2 ワクチンについて紹介する.
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医学のあゆみ 279巻10号, 1041-1046 (2021);
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BCG はウシ型結核菌の弱毒株で,結核に対する生ワクチンである.一方で,BCG は表在性膀胱癌の再発予防などに用いられるように,非特異的な効果を発揮する.例として新型コロナウイルス感染症(COVID-19)パンデミック下においては,BCG 接種国でのCOVID-19 の罹患率が有意に低いことや,BCG 接種が結核以外の肺感染症の罹患率を有意に低下させたことが報告されている.BCG は接種後も生体内で生存して抗原を持続的に産生し,主にTh1 型の細胞性免疫応答を長期にわたって誘導する.接種部位では,菌体の構成成分がパターン認識受容体(PRRs)を介して免疫および炎症反応を惹起する.さらに,BCG を認識した抗原提示細胞はリンパ節や脾臓へ移行してサイトカインを分泌し,CD4 陽性およびCD8 陽性T 細胞を活性化させる.これらのT 細胞はIFN-γを産生し,結核菌に対抗するマクロファージを活性化する.このような効果の持続性と免疫賦活性を利用して,BCG を外来抗原のベクターとして用いることが可能である.それには高発現のプロモーターを用いて,コドン最適化された外来抗原遺伝子をBCG 内で転写・翻訳して菌体外に分泌させることが肝要と思われる.組換えに用いるベクターやDNA 断片を作製した後,エレクトロポレーションを行い,外来抗原DNA を挿入することで組換えBCG(rBCG)ワクチンを作製できる.
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医学のあゆみ 279巻10号, 1047-1052 (2021);
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ファージ(バクテリオファージ)は細菌に感染して増殖するウイルスである.ファージを担体としたワクチン開発は古くから研究されているが,ファージは哺乳動物には感染することがなくヒトへの投与実験において安全であることが示されており,アジュバントを用いることなく体液性免疫および細胞性免疫の両者を誘導できる,非侵襲的な投与も可能,物理化学的に過酷な条件でも安定であるなどの利点により,ファージを担体としたワクチン開発が注目されつつある.ファージワクチンには,①ワクチン抗原をファージ表面に提示させたファージ粒子をワクチンとして利用する試みと,②ファージをDNA ワクチンの運搬体として利用する試みがある.本稿では,ファージディスプレイ法を利用した繊維状ファージワクチン研究の話題を中心に,この領域の概要を述べる.