医学のあゆみ
Volume 281, Issue 9, 2022
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特集 腫瘍と糖鎖─ 糖鎖の基礎研究から腫瘍の分子標的同定に向けて
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がんとシアル酸重合体
281巻9号(2022);View Description Hide Description長寿社会になった現在,がんはすべての人が罹患する可能性がある疾患であり,その理解は診断や治療に大きく影響する.正常細胞からがん細胞に変化するとき,その細胞表面の糖鎖が大きく変動することが古くから知られている.特にがん細胞におけるシアル酸の増加が知られている.このシアル酸の増加やシアル酸種の変化はがんの増殖や転移などの悪性形質を高め,さらに体内の免疫監査網から逃避する役割を担っていることが近年わかってきた.本稿では,特にシアル酸のなかでもシアル酸同士が縮重合したジシアル酸やポリシアル酸といわれるシアル酸重合体とがんとの関わりについて,最近の研究を紹介する. -
N-結合型糖鎖による細胞接着と上皮間葉転換(EMT)の制御
281巻9号(2022);View Description Hide Description真核生物では,生合成されたタンパク質は細胞内で修飾およびプロセッシングを受けてはじめて機能を発揮するようになる.そのため,多くの生命現象を分子レベルで理解するためにはゲノム中心の研究だけでは不十分であり,これを補完する細胞内翻訳後修飾の研究が重要である.タンパク質の翻訳後修飾のなかでも糖鎖修飾はその構造的多様性からさまざまな生物学的プロセスに関与すると考えられている.たとえば,細胞接着分子に付加される糖鎖は,細胞接着,細胞間認識や細胞内シグナル伝達といった細胞機能に密接に関わっていることが明らかになりつつある.本稿では,N-結合型糖鎖(N-型糖鎖)による細胞-細胞外マトリックス(ECM)間の接着をつかさどるインテグリンや細胞-細胞間の接着に最も重要な分子のひとつであるE-カドヘリンの機能制御と,個体発生の過程で器官形成に重要な役割を果たす上皮間葉転換(EMT)における糖鎖の機能と調節を紹介する. -
細胞膜受容体と糖鎖
281巻9号(2022);View Description Hide Description大部分の細胞膜受容体は糖鎖による機能制御を受けている.特に増殖因子受容体は分子標的薬の標的でもあり,糖鎖によるシグナル制御機構を明らかにすることは重要である.糖鎖の機能解析には部位特異的な解析と部位非特異的な解析がある.細胞膜受容体の糖鎖の部位特異的な解析では糖鎖付加率,糖鎖構造,糖鎖の生物学的機能を決定することができる.上皮成長因子受容体(EGFR)とErbB3 の糖鎖の部位特異的解析では,特定の構造と機能が関係することが示された.肝細胞増殖因子(HGF)受容体(MET)の糖鎖は,その付加部位によって下流シグナルに及ぼす影響が異なること,すなわち糖鎖の機能は部位ごとに決まっていることが示唆された.異なる宿主細胞由来の受容体でも部位別の糖鎖付加率や構造には共通する特徴があることから,糖鎖付加率や構造を決定するメカニズムの存在が考えられる.部位特異的糖鎖解析は,糖鎖によるシグナル制御機構の解明のほか,糖鎖の生合成機構の解明にも寄与する可能性がある. -
細胞外小胞の糖鎖情報からみえてきたがんとの関連
281巻9号(2022);View Description Hide Description細胞外小胞(EV)はあらゆる細胞から分泌されるナノサイズの小胞であり,細胞にとって不要な分子の除去や細胞間での分子のやりとりを担う.細胞のなかでEV が作られるときにさまざまな分子が小胞の内腔や膜に積み込まれるが,そのプロファイルはがんにおいて変化する.それらのなかにはがんに共通する,あるいはがん種ごとに特徴的なものが存在することから,EV はがんのバイオマーカーとしての可能性を秘めているといえる.このようなEV の膜表面には,“細胞の顔”とたとえられる糖鎖が高度に濃縮されているが,その詳細な構造とがんとの関連はあまり知られていない.本稿では,肺がん細胞が分泌するEV には,肺がんの組織型を反映する糖鎖が濃縮されているという筆者らの最近の報告を中心に紹介するとともに,がんにおけるEV 糖鎖の役割について議論する. -
がんにおけるルイス糖鎖の生物学的機能
281巻9号(2022);View Description Hide Descriptionフコシル化(フコースによる糖鎖修飾)は,がんや炎症に関連が深い糖鎖修飾である.ルイス(Lewis)糖鎖はN-アセチルグルコサミン,ガラクトース,フコース,シアル酸からなるフコシル化糖鎖であり,糖タンパク質や糖脂質に付加され,さまざまな分子の機能を制御する.さまざまながん種において,ルイス糖鎖の発現が亢進することが知られており,ルイス糖鎖の1 種であるsialyl Lewis A はCA19-9 という腫瘍マーカーとして広く使用されている.さらに近年では,がん細胞の生存や増殖能の亢進,上皮間葉転換(EMT)の誘導,転移の促進,抗がん薬耐性の獲得など,腫瘍の性質におけるルイス糖鎖の生物学的機能が明らかとなってきている.また最近,筆者らは腫瘍免疫監視機構の一翼を担うアポトーシス誘導分子であるTRAIL(tumornecrosis factor-related apoptosis-inducing ligand)によるがん細胞の細胞死をルイス糖鎖が制御することを明らかとした.本稿では,筆者らのこの新しい知見とともに,がんとルイス糖鎖の関係について概説する. -
腫瘍とコンドロイチン硫酸
281巻9号(2022);View Description Hide Description細胞表面には糖鎖が森のように生い茂り,細胞の“顔”を形づくっている.細胞は,その状態に合わせて装いを変え,たとえば健康な細胞からがん細胞へ変化すると,細胞表面の異常な糖鎖が出現し“がん細胞の顔”になる.かねてから,がんに関連して発現する異常な糖鎖構造が腫瘍マーカーとして診断に利用されてきた.近年,糖鎖のバイオマーカーとしての重要性はますます高まっているが,糖鎖は細胞ががん化した結果を反映するだけでなく,糖鎖そのものが細胞の性質を変化させる.つまり,糖鎖ががん細胞の特性を制御する細胞内シグナル伝達に関与する可能性が示されている.本稿では,糖鎖のなかでもコンドロイチン硫酸に焦点を当て,このユニークな糖鎖ががん細胞の増殖能や浸潤能を制御する仕組みの一部を紹介する. -
がんや前がん病変におけるヘパラン硫酸およびケラタン硫酸の機能
281巻9号(2022);View Description Hide Descriptionタンパク質の糖鎖修飾は最も重要な翻訳後修飾のひとつであり,その修飾される糖鎖の構造は厳密に制御されている.しかし,がんのような病態下においては時折,糖鎖の異常な高発現や異常な構造が見受けられる.それらはがん関連糖鎖として知られ,その発現はがんの悪性形質の増強に働くことが多い.多種多様な糖鎖のなかで,ヘパラン硫酸およびケラタン硫酸のようなグリコサミノグリカンについても,近年,そのがん関連糖鎖としての機能が明らかになってきた.特にヘパラン硫酸においては,糖鎖に増殖因子が特異的に相互作用することで,細胞シグナルの補助因子として働くことが明らかになり,そのことががん細胞の増殖能の亢進や治療抵抗性の増強に寄与することがわかっている.本稿では,がんや前がん病変におけるヘパラン硫酸およびケラタン硫酸の発現や機能について,その一端を紹介したい. -
免疫チェックポイント分子としてのSiglecファミリーとその腫瘍免疫への関与
281巻9号(2022);View Description Hide DescriptionSiglec は膜貫通受容体タイプの糖鎖認識タンパク質のファミリーである.Siglec は主に免疫細胞に発現し,細胞表面のシアル酸を含む糖鎖を認識して免疫細胞内にシグナルを伝達する.近年,Siglec が腫瘍免疫の制御に関与することを示唆する知見が得られている.その作用機構としては,Siglec がキラー細胞上の免疫チェックポイント分子あるいはマクロファージ上のdon’t eat me シグナル分子として働くこと,あるいはSiglec がT 細胞上の受容体を介してT 細胞活性を抑制することなどが考えられている.これらは主に基礎研究レベルでの知見であるが,Siglec またはそのリガンド分子を標的とする中和抗体(免疫チェックポイント阻害薬に相当)をはじめ,臨床応用に向けた研究も進められており,一部の抗体は臨床治験に供されている.今後の基礎・臨床両面での研究の進展が期待される. -
レクチン融合薬を用いた糖鎖標的がん治療戦略
281巻9号(2022);View Description Hide Description細胞の最外層は細胞特有の糖鎖で覆われているため,がんの治療を考えるうえで細胞膜上のコアタンパク質を狙うより,糖鎖を標的することは効率的と思われる.筆者らは,レクチンマイクロアレイで膵がん細胞に発現する糖鎖構造(フコシル化糖鎖)と,それに反応するrBC2LC-N レクチンの組み合わせを同定した.このレクチンに緑膿菌外毒素A(PEA)を融合したレクチン融合薬(LDC)が膵がん細胞株に対してIC50=1.08 pg/mLと非常に高い殺細胞効果を示し,各種膵がんマウスモデルに対しても高い治療効果を有することを確認した.糖結合タンパクであるレクチンは血液凝集素として発見されてきたため,これまで生体に投与する安全性は確立されていない.今回同定したrBC2LC-N レクチンは偶然にもヒト血球を凝集しない性質を持つことがわかり,レクチンが糖鎖を標的とした新しい薬剤担体となりうるため,創薬応用への可能性を検証している.
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連載
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- COVID-19診療の最前線から ─ 現場の医師による報告 20
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呼吸療法 ─ 酸素療法,非侵襲的換気,リハビリテーション
281巻9号(2022);View Description Hide Description●酸素療法には,低流量酸素システムと高流量酸素システムが存在する.これらのメリットは使用が簡便で開始しやすいことがあげられる.●非侵襲的換気(NIV)の使用に関しては,効果がない場合に気管挿管・人工呼吸器管理に変更することを念頭におかないといけないため,コロナ重症ベッドを保持している病院に限ったほうがよいと思われる.●リハビリテーションでは,換気量制限を行いながら治療し,換気量制限を行わずに治療継続できる際には積極的な離床や呼吸療法を実施した. - バイオインフォマティクスの世界 9
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疾患ゲノム解析Ⅱ:GWAS解析
281巻9号(2022);View Description Hide DescriptionMendelian disease の疾患原因変異の同定に,全ゲノムシークエンス解析(WGS)あるいは全エクソームシークエンス解析(WES)が有効であるとを本連載「疾患ゲノム解析Ⅰ:WGS 解析」で紹介した.本稿では,commondisease の疾患関連変異の同定法に焦点をあて,SNP ジェノタイピングアレイ(SNP アレイ)を用いた関連解析について紹介する.また同定された疾患関連変異がどの遺伝子に影響を与えるかを調べる方法のひとつであるeQTL解析,eQTL を加味した疾患発症予測モデルの開発についても概説し,今後の展望を述べる.
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TOPICS
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- 小児科学
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- 免疫学
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- 医療行政
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FORUM
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- 中毒にご用心 ─ 身近にある危険植物・動物 13
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巻貝(テトラミン,テトロドトキシン)─ 見た目だけで有毒か無毒かを見分けることは困難
281巻9号(2022);View Description Hide Description巻貝のなかで有毒物質として有名なのは,ツブ貝の唾液腺に含まれるテトラミン,一部の巻貝の内臓に含まれるテトロドトキシン(フグ毒)である. 巻貝の種類を見分けることはプロの料理人でも困難なことがあり,名前が誤表記のまま販売されている可能性もある.また地域によってよび名が異なるうえに誤解を招く名前が付けられていることから,有毒貝を誤食してしまう可能性が十分にありうる. テトラミン中毒の場合は症状がおおむね軽微で,たとえ中毒症状があっても医療機関を受診せずに(気づかないまま)治癒することがほとんどだが,テトロドトキシン中毒の場合,急激な経過を取り死亡する症例もあり注意が必要である.