医学のあゆみ
Volume 281, Issue 13, 2022
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特集 体細胞モザイク─ 後天的ゲノム変化がもたらす未来
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血液の体細胞性モザイク(一塩基)
281巻13号(2022);View Description Hide Description当初,体細胞性モザイク(somatic mosaicism)は悪性腫瘍に罹患していない,あるいは治癒後の状態である個体の末梢血に認められる染色体コピー数異常により示された.その後,骨髄・臍帯血などコロニー形成能を有する細胞に遺伝子変異が認められること,悪性腫瘍を発症していない個人の末梢血中に,血液悪性腫瘍において高頻度に認められる遺伝子変異が検出されることなどが報告され,体細胞性モザイクはクローン性造血(CHIP)として認識されるようになった.それらCHIP は将来の血液腫瘍発症,心臓血管系イベントの危険を高め,予後とも関連することが示されたことから注目を集め,体細胞性モザイクに関して多くの研究が行われている.現在では,感染症との関連,造血器細胞以外の組織における体細胞性モザイクなどが明らかにされている.そのうち本稿では,一塩基レベルのCHIP(体細胞性モザイク)に注目し,治療関連白血病,移植後経過,ドナー由来白血病との関連についても最新の話題を解説した. -
知っておきたい血液中の体細胞における常染色体由来のモザイク
281巻13号(2022);View Description Hide Descriptionクローン性造血(CH)の遺伝的特徴の解明は,バイオバンクレベルの大規模コホートにおけるDNA マイクロアレイのデータを用いて血中の体細胞の染色体モザイクの出現を高感度に同定する手法が開発されたこともあり,ここ数年で急速に進んでいる.血中の体細胞の常染色体モザイクは,健康な人でも加齢によって全員が有するものではあるが,なかには造血系悪性腫瘍に進行したり,心血管系疾患による死亡率の上昇にもつながったりすることがわかってきた.しかし血液細胞が常染色体モザイクを有することで,実際に誰が悪性腫瘍や心血管系疾患に進展するか正確に予測すること,病気への進展の予防法の確立,そして微細な染色体変化まで正確かつ低コストで同定する方法など,改善点はあげられる.より多くの患者を対象にひとつずつ課題を解決していくことで,将来的に確実な生命予後の改善につながっていくものと考えている. -
SNPアレイデータによる血液のY染色体モザイク解析
281巻13号(2022);View Description Hide Description1 人の男性個体における細胞集団に,Y 染色体が喪失した系統と維持している系統が共存するモザイク型Y染色体喪失(mLOY)が比較的頻繁にみられることが半世紀以上前から知られていたが,大規模な集団における特徴やその発症要因はわかっていなかった.現在ではSNP アレイデータを応用してmLOY を推定することができるようになり,特に血中細胞を中心として研究が進んでいる.血中mLOY の発生は年齢と喫煙の影響を強く受け,若い集団では5%以下にしかmLOY を示す人がいないこともあるが,93 歳以上の集団では半数以上がmLOY を持っていることがわかった.また,血液腫瘍の発生と関連することは以前より知られていたが,非血液腫瘍との関連を示す複数の結果が報告されている.さらにmLOY の発生は,100 以上の感受性バリアントを持つ多遺伝子形質(polygenic trait)であることがゲノムワイド関連解析(GWAS)により明らかとなった.発見された感受性遺伝子を詳細に検討すると,細胞周期の調節とDNA 修復に関わる遺伝子が豊富に含まれていた.mLOY の解明により,さらなるゲノム医療の実現へと貢献することが期待される. -
体細胞モザイクと感染症
281巻13号(2022);View Description Hide Descriptionこれまでの研究で,体細胞モザイク(mCA)は高齢者に多く,避けられない可能性が高いことがわかっていたが,mCA が人の健康に及ぼす影響についてはまだ十分に解明されていない.mCA は,T 細胞やB 細胞などの白血球を含む血液細胞のクローナルな増殖と,それに伴う多様性の低下を反映している.これらの細胞は,獲得免疫や抗原特異的免疫反応に関与しており,T 細胞多様性の損失は感染症に対する抵抗力を低下させる可能性がある.最近,mCA と感染症との関連性が報告され,mCA を保有する人は新型コロナウイルス感染症(COVID-19)を含む感染症にかかりやすくなる可能性があることがわかってきた.このようなデータの蓄積は,mCA を新しいバイオマーカーとして活用し,感染症を発症するリスクが高い人を予測できる可能性を示している. -
クローン性造血における遺伝子変異とコピー数異常の相互作用
281巻13号(2022);View Description Hide Description加齢に伴って出現する“クローン性造血(CH)”は,血液腫瘍の前駆病変としてでのみならず,心血管疾患などのリスクファクターとしても,近年注目が集まっている.CH を構成するゲノム異常として,遺伝子変異と染色体コピー数異常(CNA)が知られているが,両者の関係性や予後に与える影響については限定的な理解しか得られていなかった.筆者らは,CH における遺伝子変異とCNA の統合解析を実施することで,両者の特徴的な共存関係を明らかにした.特に,DNMT3A,TET2,TP53,JAK2 などの遺伝子については,遺伝子変異とCNA が共存することで,ヘテロ接合性消失を起こしていた.さらに,両者の共存を認める症例では血液腫瘍・心血管疾患のリスクが著しく上昇しており,2 種類の病変の協調的な効果が示唆された.今回の研究により,特にどのような人で発症リスクが高いか予測可能となり,今後のCH に関連する研究や臨床において重要な知見となることが予測される. -
正常気管支上皮における体細胞変異
281巻13号(2022);View Description Hide Description近年のゲノム解析により,正常細胞は受精卵の段階から継続して体細胞性の遺伝子変異を獲得しており,その結果,各組織がモザイク状態にあること,またドライバー変異の獲得に伴うクローン性増殖が起こり,発がんにつながっていることがわかってきた.正常な気管支上皮細胞においても,加齢に伴った変異の蓄積に加え,喫煙歴のある症例では喫煙によると考えられるシグネチャーを持った変異が増加していた.また,それに伴い肺がん発症につながると考えられるTP53 などの遺伝子におけるドライバー変異も獲得されていることが明らかになった.一方,喫煙歴のある人,特に過去に喫煙歴のあった前喫煙者においては変異の数が正常に近い細胞も少なからず存在していることが明らかになり,喫煙などの環境因子によりダイナミックにクローン競合が起こっている可能性が考えられた. -
食道の体細胞モザイク
281巻13号(2022);View Description Hide Description次世代シーケンサーの登場と関連する技術革新によって,血液にはじまり,その他の正常組織においても老化とともに体細胞モザイクが生じることが報告された.正常食道の大半は扁平上皮から構成される.正常食道扁平上皮では発がんにさきだって,年少期のうちにNOTCH1 変異を主体とした食道がんのドライバー変異を獲得したクローンが多中心性に出現し,加齢を重ねるとともに遺伝子変異が年輪を形成するように正確なペースで蓄積していた.実際に,20 代の正常食道上皮ではまさしく“モザイク状”に変異クローンが混在していた.ドライバー変異も確認されたが,1 mm 間隔のサンプリングで共通変異を認めず,クローンサイズは小さかった.その一方で,高齢者の正常食道上皮ではドライバー変異で隙間なく満たされ,“モザイク状”ではなく密に,上皮の大半がドライバー変異を有するクローンに置換されていた.食道においてはドライバー変異を獲得したクローンによる上皮の再構築は加齢による不可避な変化であり,飲酒・喫煙という生活習慣がリスク要因として加わることで,加速的に進行すると考えられた. -
大腸における体細胞モザイクとクローン拡大
281巻13号(2022);View Description Hide Description近年,正常組織における体細胞変異の解析技術が向上し,さまざまな臓器で加齢に従った遺伝子変異の蓄積や変異クローンの拡大について報告されてきている.これら正常組織におけるクローン拡大は発がんの起源となるのみならず,他臓器疾患の発症に関与するなど,大きな注目を集めている.本稿ではまず,健常大腸における上皮細胞の遺伝子変異の蓄積および生涯にわたる大腸陰窩の拡大履歴について述べる.次に,慢性炎症性腸疾患である潰瘍性大腸炎(UC)患者の解析から,炎症が変異蓄積速度や変異クローン拡大,そして変異クローンの陽性選択に及ぼす影響を解説する.最後に,発がん過程で陽性と陰性に選択された遺伝子変異の解析から,新たな大腸がんの脆弱性に関する知見について紹介する.
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連載
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- バイオインフォマティクスの世界 12
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臨床におけるバイオインフォマティクス
281巻13号(2022);View Description Hide Descriptionアレイ技術や次世代シークエンサーの登場により,研究医(Physician Scientist)が取り扱うデータは飛躍的に増加し,いまや汎用されている表計算ソフトでデータを取り扱うのは不可能である.ゲノムデータをはじめとするオミックスデータ解析にはバイオインフォマティクスが不可欠である.臨床医学研究において,臨床サンプルを利用してオミックスデータを取得することがバイオインフォマティクスの入口であるが,解析可能なオミックスデータ取得のためには,臨床サンプルの品質とサンプル内における解析対象細胞の含有率が求められる.また,がん研究領域ではThe Cancer Genome Atlas(TCGA)をはじめ,たくさんのオミックスデータが公開されており,データを二次利用することも可能である.研究医がバイオインフォマティクスを学び,臨床的病理学的情報をフル活用しながら解析することで新知見が得られる可能性がある.
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TOPICS
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- 糖尿病・内分泌代謝学
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- 癌・腫瘍学
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- 神経精神医学
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FORUM
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- 中毒にご用心 ─ 身近にある危険植物・動物 16
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スイセン ─ 若芽をニラと誤食すると……
281巻13号(2022);View Description Hide Descriptionスイセンは早春に花を咲かせる球根植物のひとつである.花は品種にもよるが11~4 月の間に愛でることができる.地中海沿岸地域やアフリカ北部が原産とされ,スイセン属(Narcissus)として日本にも古くから存在している. ヒガンバナ科植物に分類され,日本で代表的なのは,“雪中花”と美しい和名を持ち,小さいながらも白と黄のしっかりとした花を咲かせるニホンスイセン(Narcissus tazetta var.chinensis)である.世界には1 万種類以上のスイセンが存在し,毎年新種のスイセンが作られているという.